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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA15
 サイトは細い息を吐きながら、宿屋で借りたベッドに腰掛けた。そして、そのまま上半身を倒れ込ませる。自分の体が少しずつ沈んでいいくのを感じながら、「今日は一番暴れたものだ」と思いながら瞼を閉じた。二丁拳銃は愚か、まさか二刀流まで人前で披露するとは……。なにせ、この頃大量のウイルスと一斉に戦い合うなんて状況なんて遭っていなかったものだ。だからいつもよりも本気を出して戦ってしまった。そんな戦い方を他のβテスターは、全種二重片手装備使いオールラウンドツインワンハンドアタッカーと言っていた。この戦い方を出来たのは、なんとサイトただひとりだけだと言う。この世界ではスキルというものは確かに存在する。だが、そういったお得スキルなんてものはない。完全にサイトが自分で練習して出来るようになったものだ。これを出来るようになるまで一体どれだけの時間を費やしたか……。
「はあ……」
 だがそんな戦闘スタイルを作ったのは、なにも人に見せびらかせて羨望の眼差しを受けたいからではない。飽く迄も自己満足のためだ。「自分はここまでできる」という自覚を自分に埋め込ませるために、ただひたすら練習したに過ぎなかった。あの時の自分の戦いぶりをどんなふうに彼女は見ていたのだろうか? 気になるところだったが、サイトにそんなことを聞ける勇気もあるはずがなかった。
 サイトはこの時、自分の意識を真っ暗な海の中へと投げ入れてやろうと思った。だがそんな時、サイトの耳に「ピリリリン」という効果音が静かに響いた。それはメッセージメールという、名前のとおり「メール」と同じものだ。サイトの視界に「Message」と書かれている緑色のポップアップが浮かび点滅していた。ここで他の場所をタッチすればこのポップアップは閉じるのだが……。
「誰からだろ……」
 このポップアップを視界から消すよりも一体誰から来たのかということがまずは気になった。だからこのメッセージのポップアップを消さずにダブルタッチをした。するとサイトの視界にメッセージウィンドウが開かれ、そこには誰から来たのかも記されていた。
「ユウナちゃん?」
 そのメッセージの差出人欄に「from Yuna」と書かれている。そして重要な本文には、ただ「今日はありがとう」というたった一言のメッセージだけが記されているだけだった。それを見たサイトはそのメッセージウィンドウを閉じ、また「ふぅ」と細い息を吐き目を閉じ腕で両目を覆った。今度は、眠気の海へとその意識を投じることは、容易に感じた。




 エリア1ダンジョン9。いま、エリア1ボス攻略パーティーはそういうところにいた。サイトがいつか見たアメリカの観光スポットである「ザ・ウェイブ」を思わせるそこは、一体この道はどうなっているのかが分からなくなってしまいそうだ。だが、似ているだけになかなかに絶景であった。さすが、世界で一番美しいと言われている場所をモチーフにしただけにある。いつもなら見とれてそこで立ち止まってフォトをとってしまうのも悪くないが、今回はさすがにしようとは思えなかった。先も言ったとおり、これはボス攻略パーティーなのだ。このパーティーの目的はボス攻略であってダンジョンの観光ではない。そこはさすがに間違ってはいけない。
 合計77人編成のこのパーティーはレレイドとそのレレイドのバディメンバーを先頭に進んでいた。そんな中でサイト・ユウナバディはその中で一番後方で歩いている。他のバディは歩調を進めながらも喋ってそのコミュニケーションは十分に取れてると見えるが、サイトとユウナはただ無言で歩みを進めていた。サイトはサイトで彼女に喋り掛けづらかった。だからと言って、ユウナがサイトに喋りかけてくることも無かった。それによって作られるのはただ沈黙だけであった。
「……………………」
「……………………」
 気まずすぎる沈黙が続き、どうにも気が詰まってしまう。
「あ、あのさ?」
「…………」
「そういえば、君ってチーム戦術タクティス何か知ってる?」
「チーム戦略…………?」
 どうやら知らないらしい。そのフードの奥から除く榛色の瞳はサイトのエメラルド色の瞳を一点に見つめていた。
「うん。スイッチとか、オーバーラップとかさ」
「スイッチ? オーバーラップ?」
 BNOはバディを組んで戦う際個人の能力値もそうだが、もう一つ重要視されるのはチームプレイだ。ただバラバラな戦い方ではお互いがお互いの足を引っ張ってしまう。そのために、チーム戦術タクティクスと言うものがある。
 サイトが言った「スイッチ」や「オーバーラップ」の他に、「クイック」や「ローテーション」等、その戦術は様々……。
「知らないの?」
「知らない。私、ずっと一人だから……」
「ふぅ~ん……」
 喋りかけてみると、暗いながらもしっかりと返してきてくれる。
「じゃあ、教えてあげるよ」
 と、サイトはフードを深くかぶって今もなお俯いているユウナの方へと顔を向けて、長々とチーム戦術タクティクスについて話していた。




 しばらくダンジョン9を歩いていたころだろう。パーティー一団の前に大きなワープポイントが見えた。それが、ボスのいるルームへと飛んで行く物だ。その前で全員の先頭に立っていたレレイドが振り向き自らの顔を見るすべてのプレイヤーの顔を見渡した。
「俺たちはここまで来た! 後は何もない! 全員生きて、勝つぞ!!」
「ッ!!」
 その瞬間、サイトの頭の中に何か黒い感覚が入って来た。だが、それはいつものように長くそこに留まるなんてことはなかった。本の数秒してすぐにスッと消え入るかのようにその感覚は消滅した。その瞬間のサイトの様子は誰も見ていなかった様だ。周りのメンバーは前に立つレレイドに注目していたらしい。
「よし、行くぞッ!」
 と、レレイドが一歩を踏み込みそのワープポイントに入り、後ろにいたプレイヤーも次々とそのワープポイントの中に入った。そんな中、サイトは先ほど感じた感覚に思考が持って行かれていた。一体あれは何だったのだろうか……。嫌な予感がする……。
「サイト」
 と、自分の名前を呼んだのはゼクトだった。サイトの異変に気づいたのか、ゼクトはバディを先に行かせサイトに呼びかけた。ゼクトの声がサイトの耳の中に入り、意識をうつつに戻した。
「どうした、サイト」
「へ……うん……」
 曖昧な答え方に、ゼクトは怪訝な表情を浮かべた。
「お前のバディがワープポイントの中で待ってるぞ」
「へ?」
 と、サイトはワープポイントの方へと視線を移す。その視線の先には、サイトの方へと榛色の瞳を向けるユウナが映った。
「あぁ……」
「まさか、また頭痛とかしたのか?」
 こうも的をギリギリ外すような答えを出すとは。いつか当ててくるのではないのだろうかと思ってしまう。
 真摯な目でサイトの目を見つめてくるゼクトに、サイトは口元で薄らと笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ。あんなことは起きてないから」
「そうか。ならいいが……」
 と、ゼクトは前にある大きなワープポイントへと目を移して、それからサイトに鷹色の瞳を向けてはにかんで見せた。
「さあ、行こうか。ここまで来たんなら、逃げる必要などないだろう」
「そうだね。第一、一度倒しちゃったんだからね」
 サイトとゼクトはワープポイントの方へと向き、お互いに拳を合わせ。そしてサイトとゼクト、「クイッカー」と呼ばれるトッププレイヤーはその歩みを進めた。


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