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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA14
 目の前にいるウイルスたちを一閃にないだその少年は、ユウナを少し一瞥し、柔らかい微笑みを浮かべた。そのエメラルド色の瞳は、まるで美少女を思わせたが、同時に如何なる者も触れ難い力強さを垣間見せた。
「よかった。間に合ったよね?」
 と、その少年はバンディンの抹消デリートを確認したあと、ユウナの方へと振り向いて顔を覗き込んできた。そして柔らかい表情を一変させ、その少年は真剣な眼差しでユウナの青みがかった黒色の瞳を見つめた。
「君は下がってて。後は、ボクがやるから……」
「へ?」
 その少年が言った言葉にユウナは自分の耳を疑った。「後は、ボクがやるから」と言った。つまり、いま自分たちを取り囲んでいるウイルスたちをすべて抹消デリートするということなのだろうか。
 その少年は自分に手に握る青い刀身をした片手直剣ワンハンドロングソード、「マカライトソード」をブンッと一振りし、自分を取り囲むウイルスたちを一瞥した。
「バトルカード、インビジショット」
 と、少年はまたしてもユウナでは意味がわからない単語を口から発した。それはバトルカードの発動の発声コマンドだった。
 少年の片手に筒状の青い銃口が装着された。そして、その銃口をユウナの方へと向けた。
「へ!?」
 と、そのあとの言葉を吐いてすらいない間に、少年はそのインビジショットを発動した。だが、聞こえたのはカチリッという音がしただけ。そのあとは何もない。否、その変化はすぐに起きた。すべてのウイルスの赤いターゲットインフォが少年めがけて伸びてきていた。ウイルスたちの目はまるでユウナの姿に気づいていないように見えた。
 それもそのはずだ。少年が発動したインビジショットというパートナー補助系統のバトルカードはそういう効果を持っているからだ。対象プレイヤーにインビジショットを射出し、そのインビジショットが着弾したプレイヤーに、最低3分間のインビジ効果を与えるのだ。
 さて、インビジ効果と言うのも説明しなくてはなるまい。他のRPGやTPS系統のゲームにもある効果だ。それは姿を消す効果だ。ただ、あれらは姿を消しただけで攻撃はあたってしまう。だが、BNOのインビジ効果と言うのは姿を消すだけでなく、インビジ効果を受けている間、「対インビジ効果」の攻撃以外の攻撃を受けないのだ。まるで幽霊がごとく、すり抜けていくのだ。
 このようなバトルカードは他にもあるのだが、こんな序盤であるAREA1にはこの少年が発動したインビジショット以外存在しない。しかも、このバトルカードは通常ではなかなか手に入らなはいボーナスカードだというものだから、驚きだ。
 一斉に伸びてきたターゲットインフォをぼんやりと見ているようにしか見えないその少年の立ち姿には、どこか危なっかしいところが感じられた。そう、言うなれば、無防備だ。どうぞ攻撃してくださいと言っているように見える。
「君ッ――――!」
 ユウナが声を発する前に、すでに戦闘は始まりつつあった。それは、一体のウイルスが飛び掛ってきたことにより、決戦の火蓋は切られた。そのウイルスとは、「ベロル2」と言うHP190の、例のメンタルアタッカーのウイルスの上位互換だ。ユウナもあのタイプのウイルスの攻撃を受けたことがあるが、その際に自分についた腐臭と、ベトベトとした感覚にこれ以上の戦闘をしたくなくなるほど気が滅入った。あの時はそれで済んだからよかったものの、こんなところでこのウイルスの攻撃を受けたくはない。だが、それでも尚少年そのベロル2の姿を見つめているだけだった。そして、ベロル2の大きな口から大きな舌が飛び出してきた。その時に口からたれてきた涎らしき液体に、ユウナは顔をしかめた。そして、ベロル2はその大きな舌をムチのように振るい――――ッ!
「ゼァッ!」
 その瞬間を射抜いたかの様に、その少年は一気にベロル2との距離を詰め、振るわれようとしていた舌を横一線に薙ぎ切った。赤いエフェクトが一線にベロル2の舌に走り、そしてそれを辿るかのように切断された。「グチュロロッ!!」という悲鳴にも近い鳴き声を上げて、ベロル2の巨体は地面に落ちた。またその瞬間を狙っていたかのように少年は剣を大きく振り上げ、力を込めた。その時、剣にチャージされているという知らせるかのように光が集まっていった。
「ハアッ!!」
 そんな短い気合とともに放たれたチャージセイバーは、容赦なくベロル2の残りHPを削り取った。まるで、そのウイルス一体ではこの少年を止められない。そう悟ったのか、ウイルスたちは一斉に飛びかかってきた。そこに法則性もくそったれもない。ただ、数あれば倒せると思ったのだ。あれだけのウイルスに一斉に飛びかかられてきたら、さすがのユウナでも逃げ腰になってしまう。だが、少年はそうはならなかった。ただ、「いくよ」と小さく呟いて腰を低くして身構えた。そして、少年のマカライトソードを持つ手と逆の手に、もうひとつの武器が顕現された。それも片手直剣であるが、マカライトソードとは打って変わって、それは銀色の綺麗な刀身をした片刃剣だった。「ミスリルブレード」。それは、最初にあった「ミスリルソード獲得クエスト」によって手に入る「ミスリルソード」を2段階強化した武器だ。
 さて、ここで武器の強化について説明しておこう。
 そもそも、BNOには武器というのが存在するが、実のところその武器というのは通常の武器屋で購入するととんでもない額になってしまうのだ。なので、大半のプレイヤーは自分の持っている武器を「加工屋」と呼ばれる、タウンには必ず一つあるその場所で強化してもらうのだ。その強化の過程で装備している武器には、まずその武器の名前の後ろに「改」という文字がつく。その後もう一段階武器を強化すると、完全に武器の名前が変わるのだ。そう、「ミスリルソード」が、「ミスリルブレード」に変わったように……。そんな武器を持っているということは、この少年は誰よりもこのゲームをプレイし始めたプレイヤーである「クイッカー」と呼ばれる者なのだろうか。この世界にはその「クイッカー」と呼ばれるプレイヤーは二人しかいないと言われている。ならば、この少年はその内の一人なのだろうか。
 そんな考え込んでいる内にも、ウイルス群と少年の戦いは確実に進んでいた。否、戦況はなぜか一人である少年の方が有利だった。その両手に握られた片手直剣は、縦横無尽に振るわれまるでそれは不規則でバラバラであるかのように見える。ただがむしゃらに振るわれているように見える。だが、それらは不規則でバラバラであるが、がむしゃらであるとは到底言い難い。なぜなら、二つの剣によって放たれる斬撃は確実にそれぞれのウイルスたちのクリティカル部位にヒットさせていたからだ。無双と言わしめる少年の戦いは、まるで剣で舞を踊っているかのように見え、ユウナを見とれさせていた。
「バトルカード、ブレード、ワイドブレード、ロングブレード!」
 幾重にも重なる、鬼人ごときの剣舞についにウイルス群の硬い陣形が崩れた。その時に、少年は一気に三枚のバトルカードをコマンドした。そして、少年の両手に握られていた二つの剣が消え去り、コマンドした三枚のバトルカードどれとも違う大ぶりの剣が少年の手に握られた。それは赤い閃光を発し、周りのウイルス群を照らし出した。
「エクリプスソード!!」
 そして、その大振りの剣を持ったまま、少年はその場で片足を軸にして一回転をして周りの敵を薙いだ。赤く強い残光が少年とユウナを取り囲むように円を描いた。その攻撃に触れたウイルスたちは瞬く間にその体を分解させ消滅していき残りのギリギリで生き残ったウイルスたちもその圧倒的な戦力差にたじろぎした。
「バトルカード、ホイッスル!」
 と、次のバトルカードのコマンドを発声した少年。逃がす気など、毛頭無いように見えた。ここで殲滅戦とした。少年のからだから、「ピーッ!」という音が発せられた。その瞬間、たじろぎしてその場でとどまっていたウイルスが、赤いターゲットインフォをサイド少年に伸ばしてきた。ホイッスルにはこう言った、自分にデコイ効果をかける効果があった。様々な鳴き声を上げながらウイルスの残党たちは少年に飛びかかってきた。すると、少年の手に握られたのは先ほどの二つの剣ではなく、二つの銃だった。一個は初期装備である「シングルバスター」を一段階強化した「シングルバスター・改」。もう一つは、「シュートショット」だ。二刀流の戦闘を見せた上、今度は二丁拳銃の戦闘を繰り広げようというのか。そして、一斉に飛びかかって来たウイルスたちにそれらの銃の銃口を向けた。銃身の長いそれは、確実にウイルスたちのクリティカル部位へと向けられていた。そして、一斉に射撃した。飛びかかってきたウイルスである「ガルル2」や、ウサギ型ウイルスである「エレビー」など、クリティカル部位を何度もヒットさせられその体を分解させた。そして、仕留めそこねたウイルスたちが少年のすぐ傍まで来た。だが、それも予測のうち。
「バトルカード、ポイントスチール」
 少年の口から発せられたバトルカードのコマンド。その瞬間、少年のいた空間と少年のちょっと三mほど後方の上空の空間が入れ替わったかのような現象が起きた。少年の体はユウナの頭上7メートル程上に現れ、ウイルスたちが攻撃したのは、少年もいないくうだった。
 どこに行ったかと戸惑いを見せるウイルスたちに、少年は上空からウイルスたちに目掛けて両手に持つ銃を乱射した。どれの攻撃も正確にウイルスたちの体を射抜き、外れ弾はずれだまなど一つもなかった。連続の攻撃を受け、そのHPを削り取られたウイルス群残党は瞬く間に半分にまで減っていた。
「バトルカード、キャノン、ホウガン、アタックプラス!」
 一斉に三種類のバトルカードをコマンド発声した少年の手に、紫色の大きな砲台が装着された。
「インパクトショット!!」
 そして、その紫色の砲台から不可視のエネルギーが発射され、少年の体はその反動でブレた様に見えた。不可視のエネルギーが直撃したウイルスはもちろん、その周囲一帯にいたウイルスたちにまでその際の爆風に巻き込まれ、その体を分解させた。
 ユニットアドバンス、「インパクトショット」。直撃ダメージが2300にも及ぶ超大型のユニットアドバンスだ。その直撃した際はもちろんだが、当たらなくても地面や岩などのオブジェクト、果てはウイルスに直撃した場合、広範囲に及ぶ爆風が発生する。その爆風のダメージは直撃ダメージの半分ちょっとしたである1100だが、文句なしの威力だ。だがその反面、このバトルカードを発動させた際に発生する自分へのディレイ効果が13秒間もあるのだ。しかも発動してから発射するまで、たくさんの時間を要する。重いのだ。少年は先ほど上手いことウイルスに直撃させた。あれはあらかじめ発動する前に自分で着弾位置を指定していたからだ。インパクトショットが発動し、その重量が腕に掛かる前に発射したので、しっかりとウイルスめがけて攻撃を当てられたのだ。
 少年はくるりと空中で一回転して地面に両足を着いた。そして、「ふぅ」と細い息を吐きその後、ユウナの方へとエメラルド色の瞳を向け先ほどの顔色とは打って変わって、ニッコリと柔らかい表情を浮かべ、「大丈夫だった?」と聞いてきた。そこに、先ほどの鬼人ごときの戦闘振りを見せつけたという面影はどこにも無かった。


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