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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA13
 日本の東京都の都心を思わせるほどの大都市を連想させる『現実世界』は、もう22時を過ぎ、辺りがネオンで照らされ、空は真っ暗になっている。だが、先に言ったとおり、電灯に照らされたその街は余りにも明るすぎた。何かしらの犯罪常習犯なら、涙を流しながらオフィシャルに自首するだろうに……。いや、そうであって欲しいと、サイトは思っていた。
 広場では、今回のボス攻略参加プレイヤー達であろうか、ワイワイと談笑しているではないか。だが、サイトが目指している場所はそこではない。もちろん、ゼクトのほうでもない。
「あれぇ……、どこ行ってるのかなあ……」
 と、辺りをキョロキョロと見回して、サイトはその場に立ち止まった。サイトが探しているのは他でもなく、ユウナだった。
 いまある自由時間は本来バディメンバーとコミュニケーションを図るために与えられたものだ。だから、きっと彼女もここら辺りににいるものだと思って、探し回っているのだが……?
「う~ん……」
 と、サイトはバツの悪い表情を浮かべ頭をガシガシと掻いた。一体どこに行ったのだろうか……。そう思ったその時だった。
「おお、サイトか」
 と、またここで声をかけてきたのはゼクトだ。何かと強い縁があるらしい。サイトは自分の頭の中で渦巻いていた思考を隅に置き、意識をゼクトの声のした方へと向けた。ゼクトと一緒にいるのはオーノックともう一人、ニードル頭をしたプレイヤーだった。奇抜なヘアースタイルである。見たところ、ゼクトとバディを組んでいるプレイヤーだろう。有ろうことか、最年少と思われるゼクトがバディのリーダーになっている。
「ゼクト……」
 だが、サイトにとってはその事は余り気にすることではなかった。なぜか隅に置いておいたはずのユウナの事が気になってしょうがない、バディを組む前と、組んだ後ではこんなにも差があるのだろうか。だとするのなら、バディシステムとはさも恐ろしいものだ。そんなことが表情に出ていたのか、ゼクトはサイトの顔を伺ってきた。
「どうしたサイト。表情が暗いな」
「うん、ちょっと考え事だよ」
「ほう、考え事か。まさか、お前のバディの事か?」
「ッ!?」
 サイトはそのゼクトの言葉に大きく目を見開いた。
「何で知ってるの!?」
「さっき、お前のバディが電脳世界に入っていくのをチョロッと見かけた。こんな時間帯に電脳世界に入り込むのは、少々どうかだが……」
 ユウナが電脳世界に入り込んだという以降の事はまったく聞いていなかった。サイトの思考はすでにどうするか、という事が頭のなかにぐるぐると回っていた。
 このあたりの電脳世界のウイルスはエリア1の中でも高ランクの強さを誇っている。それが夜の時間帯になるとどうなるか……。
「クッ!」
 サイトは歯を食いしばり、中で舌打ちを打った。
「サ、サイト?」
『サイバーリンク、サイトEXE、オン・エア!!』
「サイト!!」
 ゼクトが自分を呼ぶ声が聞こえた。その後ろでオーノックが突然のサイトの変容振りに唖然とした表情を浮かべているのが見えた。またニードル頭のおじさんプレイヤーもオーノックと同じだった。
 否な予感を身に感じながらサイトは、再び電脳世界へとその身を投じた。




 なぜこうなってしまったのだろう。そんな葛藤がユウナの頭の中で数反していた。自分の手に握る細剣レイピアを振るい、目の前にいるマウスン2の残りHPを削りきった。だが、それも群になっているウイルスの内の一体にしか過ぎなかった。未だに残り10数体のウイルスがユウナの目の前にいる。夜の時間帯で、こういう状況は余りよろしくない。パッと見でもHP250オーバーのウイルスがそこら中に湧いている。長期戦になればなるほど不利になっていくのは間違いない。ならば、サイバーアウトすれば良いということになる。が、そういうわけにも行かない。何故なら、サイバーアウトは妨害されるからだ。サイバーアウトのコマンドを発声した時、そのプレイヤーのアバターは、「SAIBER OUT」と言う透明な立方体型のポリゴンになるのだ。そのポリゴンが完全にその電脳世界から消えて、初めてそのプレイヤーは電脳世界から現実世界へと帰還する事が出来る。しかし、その「SAIBER OUT」という透明立方体型ポリゴンが消える前にそのポリゴンになんらかの攻撃が加わった場合、そのプレイヤーはサイバーアウトすることが出来ず、電脳世界に留まってしまう。それどころか、ダメージ計算すらもされるうえそのダメージも通常の倍のダメージを食らう事になってしまう。サイバーアウトのコマンドを発声してから、サイバーアウトの完了まで約5秒間もある。これだけ囲まれてしまうとなるとHAIで出来た、一定のアルゴリズムなど無いウイルスに、その隙を突かれて攻撃されてしまう可能性もある。それに、ユウナの残りHPも問題だ。ユウナの残りHPはわずか170。サイバーアウトしている間にほんの数体のウイルスに攻撃されるだけであえなく抹消デリートされてしまう。痛みも感じる事も出来ず、この世界からも、そして、今も尚自室のベッドで横たわって寝ているユウナも死ぬ。背中に走る悪寒にユウナは生唾を飲み込んだ。
 ホントはこんなはずではなかった。ただ、この世界をほんの少しのぞき見るだけのはずだった。今まで自分がたどってきていたルートは恐らく正しかったのだろう。だが、正しさが全てではない。いつからか、そう思った彼女はあるときふと買ってみた雑誌にあったダイブリンガーのプレゼントページ。ゲームなんて一度もやった事が無かったユウナは、本来の自分ならやらないような事をやってみようと思ったのだろう。それに申し込んでそれに当選。さすがにBNOのβテスターには選ばれなかったものの、それでも後に開かれる新しい世界に少し胸が躍った。1年間のβテスト期間が終わって、ようやくダイブリンガーで行える初のVRMMO「バトルネットワーク・オンライン」をインターネットでダイブリンガーの中にソフトをダウンロードをした。そんな所をあろうことか兄にバレたと言う事は、今でも新しいほうの記憶だ。全部打ち明けた後、今までに無いほどの羨望の眼差しを向けられた。最後は結局、仮想の世界へと旅だって行くところを見送ってくれた。
 そして、初めて立った現実とは全く違う世界。近未来の大都市をイメージされたその町並みに、ユウナは魅力を感じた。仮想世界に魅入られていたのだ。だが、すべてがあの瞬間でひっくり返った。高坂切夜よいう名前は聞いたことはある。だが、ユウナにとってその世界は全く関係のないことだと思っていた。だが、そう思っていた所にこの男がやってしまった。現実を奪われた。自分をうばわれた。この先の事はどうすればいい? 何もわからない。助けて欲しい。だが、来ない。待っても来ない。この時に感じた絶望感は今でも覚えている。否、あれを絶望感という簡単な言葉で片付けられるものか。その時の状態の言葉など、あるはずもなかった。
 毎晩毎晩泣いていた。始まりの街に会った無料の宿屋で昼夜なんて関係なしに泣きじゃくっていた。この世界では涙は堪えることはできない事を知った。そして、誰も助けになんか来ないことも知った。そう思った彼女は動いた。電脳世界に出て自分を強くするために。もうすでに最初のクエストは誰かに終了させれれていた。そして、また他のクエストも終わらせられていた。この時に感じた事は、「出遅れた」だ。だからユウナは荒れ狂うようにその武器を振るった。狂戦士がごとく、ユウナは周りにいるウイルスたちを抹消デリートしまくった。強く、もっと強く……。もっと強くと、どんどんウイルスたちを抹消デリートしていった。その間にスキルポイントを貯め、基礎ステータスを上げ、バトルカード(ユウナ自身はそれがなんなのかは分からない)を手に入れて、強くなっていった。おそらく今のユウナは現在で生存しているトッププレイヤーにも引けを取らないほどであろう。ねる間も惜しんで自分の強化をしていた。今回もそうしようとしていた。だが、舐めていた同じエリアだから、自分が強くなっていることからウイルスなんて強くもないと思っていた。だが、相手は自ら複雑な思考をし、そして、ウイルス同士でコミュケーションのようなものも取る。ここでは雑魚に値するウイルスでもこうして群になって襲いかかってきたら、それはどんなボスであろうともその力を上回ることはできない。しかもウイルスの種類は一種や二種なんてそんなレベルではない。数十種に及ぶ程のウイルスが群になっているのだ。いつかはくるものかと思っていた時が来た。そう確信したユウナだった。ならば最後ぐらいせめてもの精一杯の悪あがきをして死んでやろうと思った。手に握る細剣レイピアにさらに力を込めた。そして、一本の赤いターゲットインフォが伸びてきた。その伸ばしたウイルスはバンディンと呼ばれるウイルスである。そのウイルスの最大HP270、だがそのウイルスは70と、明らかに少ない。理由など、考えるまでもない。ユウナが削ったからだ。先ほど倒しきれなかったウイルスが最後の止めを差しに来る。あのウイルスの攻撃力は50にも及ぶ。あのウイルスの攻撃を喰らえばそれを合図かのように周りのウイルスが飛びかかってくるだろうだが、だからと言って迫ってくるバンディンに攻撃をしたら周りのウイルスから注意がそれてしまう。それを見計らって周りのウイルスが襲ってくるだろう。どちらにしろ、ユウナに待っているのは、死だけだ。
「ッ!」 
 ユウナが、手にもっている細剣レイピアの刺突を用意した。
「バトルカード、ポイントスチール!」
「ッ!?」
 ユウナの耳に男の子の声が聞こえた。その声ははっきりするほどに突き刺さり、ユウナの行動を止めた。そして、次に目に映った光景は、突然青色の細い残光がバンディンの首を真横に掻き切り、残り70だったHPを残りあまさず削り取った。空中で分解するようにバンディンの体はその体を散らせた。そのウイルスを倒したプレイヤーは、今日出会った少年だった。


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