ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA12
「へ?」
 と、フードの奥からも見える。彼女は表情を歪め、何を言っているのか分からないという風な感じだった。上辺事の様な言葉を発したサイト。後にサイトはハッとしたような表情を浮かべた。
「あ、ううん。何でも無い」
 と、サイトは首を横に振って、愛想よく笑いを浮かべた。
「君も……」
「ん?」
 彼女の口からつぶやき声のように小さな声が聞こえた。
「これのせいで失ってるものがあるんだね、君も……」
「…………」
 つまり、だ。《BNO》が始まり、ここにいるプレイヤーは全員現実側に何かを置いてきた。置いてきて、そして忘れた。向こうに置き忘れたものがあるのだろう。失ってしまったもの……。
 そこまで理解したサイトは、口元を引き結んで小さく頷いた。
「そうだね、いっぱい無くしてるかも……」
「私だけじゃ、ないんだね」
「みんなそうだよ」
「じゃあ、組んであげる……。同じ、痛みを知ってるから……」
 と、少女は視界の右端に映るメニューキーを押して、浮かび上がったポップアップを操作した。そして、サイトの視界に映るメッセージウィンドウ。


『プレイヤー、ユウナがバディの要請してきました』


その下に「YES」と「NO」のキーが出ている。サイトはその内の「YES」キーを人差し指で押す。


『プレイヤー、ユウナとバディを組みました』


 そう立ち上がったメッセージウィンドウは数秒してからすぐに立ち消えた。
(ユウナちゃん、か……。本名かな?)
 たまにあったりするのだ。自分の本名をそのままユーザーネームにしてしまう人が。ある意味個人情報だから、自分の名前をそのままユーザーネームにするなんてことは滅多にしない。サイトもさすがにそんなことをしてはいなかった。
 サイトはそのメッセージウィンドウが立ち消えてから数秒した後、そのユウナと呼ばれたプレイヤーの方へと向き直った。
「じ、じゃあよろしくね」
 なんとか人見知りを抑えて、サイトは笑顔を繕いその少女へと手を差し伸べた。つまり、握手しましょ、だ。
「………………」
「………………」
 永遠と続くかもしれない沈黙。気まずすぎる……。そういえば、ゼクトと初めて会った時もこんなことが起きたような気がするが、ゼクトは男だ。これが今度は女の子と来た。一体どうすればいい? サイトの精神がそろそろやられそうだった。
「じゃあ、みんな組んでくれたか!」
 と、壇上の方からレレイドの声が響いた。サイトの意識は、その時にユウナからレレイドの方へと向いた。
「では、俺たちがこれから挑むボスについてのわかっている情報だ!」
 と、レレイドは自分のアイテムストレージからひとつのノート冊子を取り出す。どう書かれているのだろうかとも思った。考えるところ、おそらく良心的なβテスターが出したのだろう。だが、なぜかそれに目がつかずショップではすぐに自分の基礎HPを30だけ増やすHPメモリばかり買っていた物だから、目もくれず……。まず、自身もβに参加していたし、エリア9までの情報とダンジョンの設計はすべて頭の中に入っている。おそらく無料だと思うが、そんなものを買っている時間があるなら電脳世界でウイルス達を相手している方が効率がいいと判断していた。
 だが、何度も言うが、サイトにとっては当分の間そういう情報ブックは必要ないと感じた。
 エリア1のボスネームは、「パンター・レオニウス」。
 HPは10万前後。傍からしたら「HPたっか!」となってしまうだろうが、その10万のHPを削り取るために集団のプレイヤーがバトルカードやチャージアタック等で袋叩き状態にしてしまうのだ。動きもパンターという物は名ばかり、スピードはそんなに早くないし、(バルクラフトの3分の2程度)それは愚か一撃の攻撃力も強攻撃を除いて、70前後しかない。そう考えたら、ボス戦の前にいるウイルスたちが本当は本番なのではないかと勘違いさせられてしまうものだ。それに、サイトの攻撃力が限界値(おおよそ、チャージセイバーの威力が150)なのに対し、オーノックのような大柄なプレイヤーも居る。そういうプレイヤーが放つチャージアタックはいきなりの一撃で200オーバーなんて事は珍しくもなんともない。しかもこの人数だ、どんな最高なリザルトでボスを倒せるのだろうか……。それとも、やはり抹消デリートボーナスのために喧嘩を始めてしまうのだろうか……。「俺がトドメ刺す!!」「いんや、俺だ!!」「ふざけるな! お前何もしてないだろ!!」という具合にだ……。そうなれば、参加プレイヤーにとっては一体どれが本番だったのか、ホントに分からなくなってしまう……。
 サイトはユウナの横に立ちながら、その事を思い出して苦笑いをしそうになった。いや、もうすでにしている。と、横に立っているユウナに何か言われてしまうのではないかというそんな感じがして、サイトはハッとしたあと、ユウナからさらに目をそらし、口元を押さえた。それがまた一々女なのか男なのかよくわからないような仕草だ。
「俺たちが希望の架け橋になるということを忘れるな! 俺たちが、ここでこのエリアをクリアしなくちゃ、何も始まらない! 必ず、クリアするんだ!!」
 そのレレイドのよく響く声に、周り(おそらくサイトと横に立って顔を隠しているユウナ以外)のプレイヤーたちは拳を高々と突き上げて「ウオォォォォォォォオオオオオオッ!!!!」というホントにこの広場のオブジェクトがグラグラと揺れたのではないかというぐらいに声を響かせた。
 サイトからしたら、「そんなに張り切らなくても……」と、ちょっと呟いて肩を落とした。なんだか後ですごい争いになりそうな予感がしたからだ。ただ、この横に立っている無言の少女は一体どう思っているのだろうかと、サイトも少々気にはなっていたりした。




 と、さすがにプレイヤー全員決起といって、いきなり「よし行くぞ」なんてことは無く、今日一日はバディとのコミュニケーションを図るため、翌日の午前10時まで完全自由時間となった。だが、そんな時に電脳世界に出て抹消デリートされたなんて事になったら、さすがにシャレにならない話になるので、誰もさすがに出ているわけがなかった…………。

「バトルカード、ショットガン、ブイガン、サイドガン、クロスガン!!」

 だが、この少年約1名は完全に別であったらしい。電脳世界でその声を響かせたのは、紛れもなくサイトだった。四種類のバトルカードのコマンドを発声したとき、それぞれのバトルカードのイラストがサイトの視界に映り、一枚になった。つまり、ユニットアドバンスだ。
「スプレットバースト!!」
 前後上下左右と複数の誘爆が生じ、サイトが必死で引き寄せ集めたウイルスを一瞬にして抹消デリートしてしまう。こうして見ると、なんだかメインであるウイルスの抹消デリートが霞んで見える。その何もなくなり、ただ平原が広がるその光景を見て、サイトは小さく細い息を吐いた。ある一首の虚無感。ただ、ウイルスを倒して自分の強化をする。それがこの世界で生きていく方法として、手っ取り早い方法だとはわかっている。だが、こうもこういうのが続くと、精神的にも疲れてくるし、それに飽きる。ずっと同じゲームをして自分があまりにも強くなりすぎて、飽きが回ってくる。そんな感覚だ。だから、何か変化が欲しかったのだろうか。ただウイルスを抹消デリートして、自分のカスタムポイントをためることに飽きが回った自分は、大勢の即席クランの中に入って、ボス戦に参加したくなったのだろうか。サイト自身のことなのに、そのサイト自身がそのことをまったく認識できなかった。
 現在のサイトの最高HPは450。序盤にしてはなかなか高い部類だろう。ウイルスが抹消デリートされ、その消えたポイントにリザルトが表示された。が、あまりにも多いので、いちいち全部に目を配っている暇はない。
 これ以上、ここにこもって何の意味があるのだろうか、と言う思考が働いた。細く息を吐いて、『サイバー・アウト』と、発生コマンドを発し、サイトの体が複数の立方体ポリゴンになって消えた。その間に、今日自分とバディを組んだ少女と話をしてみるかと思った。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。