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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA10
 自分は夢でも見ているのか。それとも、これは死後の幻影なのか。だが、そのどちらも違う。仮想によって伝わる風の感触。自分の体温のぬくもり。そして、今自分が感じている鼓動。仮想によって伝わるそのどれもが、本物だった。
 目の前で敵を一気にないだ少年は、中性的な顔立ちで、どこよりも澄んで綺麗な、いわば美人な少女さえ思わせてしまう、エメラルド色の瞳をしていた。
「サイト……」
「ギリギリセーフだね、ゼクト」
 ポツリとつぶやいたサイトの声は、自分に嵌められたと言うことさえ忘れてしまったぐらい、穏やかに響いていた。だが、今も尚その視線は、ウイルスたちへと向かっている。
「なぜだ、サイト……」
 だが、ゼクトは感謝の心よりも、疑念が浮かび上がった。
「なぜ俺を助けた」
「ん?」
「俺はお前をはめたんだぞ。お前を、あろうことか殺そうとしたんだぞ!」
「そうだっけ……。あれだけのウイルスなんか、僕一人でやっつけちゃったよ。なかなかいいトレーニングだったよ」
 そんな、飄々としたような口ぶりが、むしろサイトの強さをさらに引き立たせた。そう思って、ゼクトがサイトの足元に映るHPの表示を見ると、そこには240の数値が刻まれていた。最後に見たときは、260だった。つまり、あれから、たった20しか食らわなかったことになる。アレだけの集団を、たった20のダメージで切り抜けた。しかも全て倒したって……。
「ならば、その後逃げればよかっただけだろ! お前を裏切った俺を放っておいて!」
「無理だよ、それは」
 物静かに発せられたその言葉に、ゼクトは自分の耳を疑った。無理だとは、なんだ……。
「助けられるから、助けたんだ。手が届くんだったら伸ばす。そこで伸ばさなかったら、僕は絶対に後悔する。それだけは嫌だから、手を伸ばすんだ」
「サイト……」
 サイトの背中を見上げながら、少年の名前をもう一度呼んだ。それが、サイトを動かしたのか。ただの道徳的な感情だ。だが、今自分はそれに救われた。この世界ではそれは必要でないと思ったが、それはほんの数時間で、この少年の手によって打ち砕かれた。
 ゼクトは、立ち上がりもう一度ロングソードを握り、一丁一刀と構えるサイトと背中合わせになるように立った。
「全部倒すよ、ゼクト」
「そのつもりだ」
 お互いは目を合わせず、口元で不敵に笑った。周りを取り囲むウイルスたちのターゲットインフォが一斉にサイトとゼクトのほうへと向かって伸びる。だが、それでいいと、二人は思った。そう来て貰わなくて、こちらとしても張り合いが無い。
 一斉にウイルスたちがサイトとゼクトに襲い掛かってきた。サイトとゼクトを食らわんとするそれらは、たとえ集団でもこの二人に敵うはずも無かった……。




 ミスリルソードのミッションが終わった時には一体何時になっていただろうか。ただ、夜が明けて朝の光が疲れた自分達の体を照らしたのは間違いなかった。あの集団のウイルスと戦っている間に一体どれだけの回復(リカバリー)を使ったものか……。森を抜けた頃には、サイトとゼクトのHPはそれぞれ100を切り、お互い二桁にまで減っていた。平原に出次第、すぐにサイバーアウト。また先日にサイバーインした広場に戻った。それから一息つき、ゼクトは一息つき、サイトの方へと向き直った。
「ようやく終わったな、サイト」
「うん。装備も強くなったし、カスタムポイントも貰ったし、願ったり叶ったりだね」
「ああ、だが、バディはここで解消させてもらいたい」
「……ん?」
 いまなんと言った?
「バディを解消? なんで?」
「まあ、確かに俺と君のコンビネーションは最高だったな。だが、俺はお前を嵌めて、殺そうとした。今、俺はお前と一緒にいられない。だが、ライバルとしてならいられるだろう」
「ライバル……」
 その言葉の意味は一体どういう意味だろう。ライバル。いつもなら、ゲームとか、アニメとかで良く聞く言葉だ。そんな言葉を、今プレイヤーであるゼクトから聞いた。今いるゼクトは、現実体の彼自身を完全に真似て作られたアバターだ。本当の彼ではない。だが、ゼクトのアバターを動かしているのは、紛れも無く彼自身だ。この言葉も、彼自身の心から発せられた言葉だ。そう自覚したサイトは、ゼクトのほうへと向き、口元で笑った。
「そうだね。それの方がいいよ。張り合いがあるからね。どっちが強くなれるか、ね」
「ああ。いつか、お前と戦える事を望んでみようかな。このゲームが終わったら」
「うん、またいつか」
 ゼクトとサイトは、互いの拳同士を当てあい、もう振り向くまいと背中合わせで歩いていった。そして、サイトの視界のメッセージのポップアップが立ち上がった。

『プレイヤー、ゼクトがバディの解散を要求しました。承認しますか?』

 サイトは、そのメッセージの下に映る、「YES」と「NO」の二つのキーに目を移した後、後を振り返った。ゼクトは、背を向けたまま振り向こうとはしない。ただ、遠ざかろうとしていた。サイトはもう一度、ゼクトの体に背を向けるように正面を向いた。そして、視界に映る「YES」のキーを押した。

『プレイヤー、ゼクトとのバディを解散しました』

 そのメッセージウィンドウは数秒経過した後、自動的に閉じられた。
「お疲れ様」
 そう言い残し、サイトはまた歩いた。


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