「そっか、そうだよね」
サイト自身では決定的なことを忘れていた。このバトルネットワーク・オンラインはデスゲーム、抹消は死に直結すると言う事を。だが、対してゼクトはその事を全く忘れていなかった。このゲームで死ねば、本当に死んでしまうと言う事を。それが、今の状況を作り出した。ゼクトとサイトがお互い立ち会っている状況の、決定的な差がそれによって生まれた。
今や、サイトの視界の先はウイルスに埋め尽くされている。恐らく、ゼクトも逃げ出しただろうに……。
「ふぅ……」
サイトは口から小さく息を吐き、目の前に浮かぶウイルス群を見詰めた。
「けどね、ゼクト……。君も、情報不足なのかな……。デコイショットは、使用したプレイヤーの基礎ステータスにのっとるんだよ。だから、君のデコイショットは、このウイルスたちには効かないよ……」
聞いているのか、聞いていないのか分からない。ただ、自分の目の周りにいるウイルスたちは、サイトや、違う彼方の方へとターゲットインフォを伸ばしていった。だが、その70%は彼方の方へと……。残り30%、サイトのほうへと伸びて来ていた。この際だ。ゼクトよりも今は自分だと、無理やりにでも言い聞かせた。
「ゴゴバァッ!!」と言う、HP290の獣型ウイルスである「ガルル」が、鳴き声を上げて、大口を開けてきた。その口に、赤い火球が溜め込まれる。アレには、着弾時に爆発効果がある。サイトは、その事をベータの中で知った。ガルルの弱点部位は口の中。ガルルのあの火球のダメージは60前後に及ぶ。アレを利用すれば、ガルルに大ダメージになる。だからと言って、こんな囲まれている状況で遅延が発生するバトルカードを使うわけにも行かない。今こうして、他のウイルスが攻撃態勢をとったまま何もしないのは、恐らくサイトがバトルカードを使うのを待っているからだろう。サイトが使うバトルカードが遅延が発生しないエアーシュートの類ならまだいい。だが、そのエアーシュートが自分の手札に無い、と言うのが問題だった。だが、あの火球にチャージセイバーを叩き込んだら、その際の爆発に巻き込まれる可能性がある。だから、至近距離からの攻撃も却下だ。通常なら万事休すだが、このバトルネットワーク・オンラインはそんなことにはならないようになっている。何故なら、他にある打つ手など、いくらでもあるからだ。
サイトは、もう一度小さく息を吐いた。時間が止まったみたいだ。周りにウイルスが集まれば集まるほど、集中力がよりいっそう研ぎ澄まされていく。そして「いくよ」と、小さく呟いて右手に武器を出現させた。否、もう一個。左手に武器を具現化する同様のエフェクトが浮かび上がる。
サイトの右手にロングソードが。そして、左手には銃身が長いショット系統の武器が、出現しそれのグリップにサイトは手を掛けた。ショット系等の初期装備である、「シングルバスター」だ。一撃の攻撃力は10。チャージして攻撃すれば、セイバーと同様に威力が5倍される。サイトは、シングルバスターを構え、飛び掛るガルルへとその銃口を向けた。シングルバスターの銃口にエネルギーがチャージされる。いきなりのサイトの行動の変容に、周りのウイルスたちは少々戸惑い気味に見えた。ガルルの攻撃のチャージが速いか、サイトのシングルバスターのチャージが速いか、競争に近いが、その勝負は決まっていた。ガルルの火球が飛び出し、コンマ数秒遅れたテンポでサイトが放ったチャージショットがその火球に着弾し、それがガルルの中で爆ぜた。ガルルに与えられたダメージを計算しよう。まず、ガルルの火球の爆発が60。サイトが放ったチャージショットがガルルに着弾したので、さらに50。だが、もう一つ。それは、ガルルの火球その物のダメージだ。爆発よりも10高いダメージが、さらにガルルに与えられた。コレだけの合計でも、すでに180。さらにクリティカル判定が入るので、さらに2倍され総計で360ものダメージだった。そのHP290しかないガルルは「グガガッガッ!!」と言う、呻き声にも似た鳴き声を漏らし、空中でその体を消滅させた。
それが決戦の火蓋でも言わんばかりに、周囲のウイルスたちが一斉に飛び掛ってきた。サイトは、その瞬間をまだ、「止まっている」と形容しもう一度か細い息を吐いた。何故か、サイトはゼクトに裏切られたとは思えなかった。ただ、自分が普通ではなく、狂っている事は分かった。
ゼクトの心は今もなお淀んでばかりいた。あれが正解の選択肢なのは間違いない。朝になってからイベントを回収しようとすると、ほかのプレイヤーと熾烈な競争になる。またそうなれば、更なる強い武器を手に入れられる可能性はぐっと下がってしまう。だからと言って、あの状況で誰と組む気にもなれない。だから、自分は次のタウンにすぐに入り、プレイヤーを待った。ここに来たプレイヤーは間違いなく、あのルームにいたプレイヤーとは違うだろうと思ったからだ。何単純。動けるのだ。プレイイングができる。ただそれだけだが、今のこの状況ではそれがどれだけ価値あるものか……。
だが、あのときのサイトは、完全に自分を信じきっていた。いや、どちらが信じきってしまったのだろうか。サイトは、恐らく純粋に楽しんでいるのだと思う。HPが0になれば死ぬ。それを承知で楽しんでいるのだ。このゲームを。楽しまなければ、ゲームではない。彼にはわかっているのか……。そんな基本的なことを……。
「クッ!」
なのに、残酷だ。あんな事をするなんて。MPKと呼ばれる、間接的なプレイヤーの抹消方法。間接的な、殺害方法。自分の手を汚さず、ウイルスにその役目を与える。
ゼクトは、自分の胸の中にたまったわだかまりをどうする事も出来ず、歯軋りをかんだ。
ベータテストの日、最初にこのゲームにフルダイブした時は、こんな筈ではなかった。ただ、新しい世界が見たかった。現実では味わえない新しい世界。五感全てがゲームの世界に入る。その新しい感覚を体感したくて、このゲームにフルダイブした。
そして、正式サービスが始まったこの日、全てがひっくり返った。だが、その時不思議と危機感は感じられなかった。何故なら、それでこの世界がもう一つの現実だと言う事に頭の中が切り替わったからだ。生きるために何をすべきかが、すぐに頭の中に思い浮かんだ。
その末のこの結末だった。サイトを殺した。
サイトは、もう抹消されてしまっただろう。そして、いま現実にいるサイトはダイブリンガーによって、脳の延髄を破壊され、心拍停止によって死亡している頃合だろう。それでも、あのサイトは集団のウイルスの3割近く、もっと言えば半数前後を抹消したはずだ。サイトのプレイイングは天才その物だった。ゲームのプレイングとかどうこう問題じゃない。一瞬の判断が早いのだ。バトルネットワーク・オンラインはレベルの概念がない分、序盤は本人その者の反射速度や脚力、その他の運動能力に依存する面が濃い。それを踏まえると現実のサイト自身、相当な運動神経の持ち主なのだろう。
「最低だな、俺は」
そんな自分を嘲り笑うかのように呟いた。
その時に、一気に状況が変わった
「ッ!」
ゼクトの後方から、衝撃波が猛スピードで地を張って迫ってきている。だが、如何せん距離が長い。それにこの攻撃を放つウイルスのこの衝撃波は真っ直ぐしか飛ばない。いや、この時点では、まだ真っ直ぐの攻撃しか出来ないのだ。後のエリアのことは知らない。ベータで攻略したエリア9までにはそんなウイルスは出現しなかった。
ババババババババッ!! と凄まじい音を立てて地面を削ってゼクトの方へと向かってくる衝撃波をかわし、後ろをむいた。だが、それで一体ではなかったらしい。次々とあちらこちらからターゲットインフォがコチラに伸びてくる。その数はざっと数えてみても、二十数本。それでも尚次々と伸びてくる。
「コレは一体ッ!?」
ゼクトには分からなかった。あの時サイトにデコイをかけて全ての敵をサイトにひきつけたはず。それがここに来たと言うのか。だが、それでもおかしい。コレだけのウイルスを残して倒れたのか、あの少年はッ!?
「クッ!」
ゼクトはすぐさま右手にロングソードを具現させた。だが、コレだけのウイルス、相手に出来るか?
そんな不安が自分の心の中を走り、背中に悪寒を走らせた。頬に緊張の汗がたれ、生唾を飲み込んだ。
その時、「ゴグバアアッ!!」と言う鳴き声を上げながら影の中からガルルが飛び出す。
「クッ! バトルカード、ビッグパンチ!」
バトルカードのコマンドを入力し、戦闘体勢に入る。ゼクトの握っていたロングソードが消滅し、変わりにゼクトの右手が金属質の巨大な拳に変化した。
ビッグパンチの攻撃力はフォルダの中では破格の80。しかし、弱点が一つだけ。それは、余りにもリーチが短いこと。そして、発動期間もまた短い事。バトルカードには、発動期間と言うものが設定されている。コレは、プレイヤーがバトルカードの発動してから、それからの発動するまでの時間だ。だが、コレには一つ特徴がある。それは、発動せずとも勝手にバトルカードは消滅してしまうのだ。もちろん、バトルカードで攻撃せずにそのまま消滅したらもちろん、対象にダメージは無い。使うだけでそんな上、それでもしっかりとバトルカード発動後の遅延が生じる。悪く言えば、これらは「不発」なのだ。なんとも都合が悪い。
ゼクトも、少し都合が悪かった。まだガルルと自分の距離がそんなに縮まっていないと言うのに、発動期間が短いビッグパンチを発動した、そのことに尽きる。ビッグパンチの発動期間は全バトルカード中最短の10秒。最初にそんな馬鹿でかい威力があると思ったらそんな上手い話は無いと言う事だ。もちろん、それ相応のデメリットが発する。
ゼクトはビッグパンチを発動したまま向かってくるガルルへと向かった。だが、何せ片方だけが重たいのだ。バランスが取りづらく、また走りづらい。
「ゥワッ!」
ゼクトはしばらく走った後、バランスを完全に崩し、その場で倒れこんだ。その間にガルルはすでに自分の目前。コレは神の采配か。ゼクトは今も尚発動し続けているビッグパンチをガルルへとぶつけた。「グルバッ!!」と言う短い悲鳴にも似た呻き声を上げ、ガルルの体が数メートル吹っ飛んだ。
それが決戦の火蓋だった。自分へとターゲットインフォを伸ばしていたウイルスたちが影から現れてきた。ターゲットインフォの数え間違えだったか。今時分の周りを取り囲んでいるウイルスたちはざっと見、30体前後。どれも200オーバーのHP持ちである。コレだけの数。ゼクトは半ば諦めかけていたが、プライドが勝った。それでも尚武器を構える。コレが最後の戦いだと言い聞かせ、気を引き締めた。ドバッと、一気にウイルスたちが飛びかかり、剣を振るう。数体は怯み、動きが止まる。だが、その後陣の敵も同様に攻撃を仕掛ける。向こうの方でガルルが口を開けて火球を溜め込んでいた。
「ナッ!」
その光景にあっけを取られて、ゼクトの意識が一瞬周りから完全にそれた。HAIであるウイルスは自らで戦術を組み立てて、プレイヤーを攻撃してくる。そんなウイルスににとっては、それこそ待っていたと言う感じだ。そのうちの一体がゼクトに体当たりしてきた。ゼクトの口から「グアッ」と言う小さな呻き声が漏れ、再び輪になっているウイルス群の中心に戻された。鈍い痛みが走る体を起こし、自分の視界に映るHP表示を見た。残りHP、260。減った数値はたった40だ。だが、それだけで危機感が感じられた。
さまざまなウイルスの鳴き声がまるで不協和音のように混じりあい、ゼクトの気を滅入らせる。
「……ここまでか」
ゼクトは、半ば呆れ気味に呟いた。ロングソードはまだ構えているだが、それ先ほどとは違い、なにか気が抜けているように見える。
一斉にウイルスたちが飛びかかってきた。ゼクトは、ただ呆然と構えたままだった。
その時に、剣尖の残光が、数体のウイルスの体を横一線に薙いだ。しかし、それはゼクトの剣ではなかった。死んだはずの、少年のそれだった。
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