アレから何分たっただろうか。大分森深くまで入ってきた気がする。そこらかしこでウイルスであろう、そんなものたちの呻き声が聞こえる。たぶん、これらの呻き声は朝~夕方の時間にかけての間で活動しているウイルスたちの呻き声だ。どこかではバルクラフトの呻き声も聞こえる。だが、代わりに呻き声が聞こえないものは、今まさに活動していると言う事になる。この夜の森に迷い込んだプレイヤーを倒さんとどこかに潜んでいるのだ。
「サイト……」
「何?」
その静けさの中でサイトに喋りかけてきた。その時のゼクトの声は静けさの中ではよく響いたものだった。おそらくゼクトも声を相当沈めて言葉を発しているのだろう。現時刻はいったい何時だろう。だが、さすがのサイトもこの時間帯にこんな森の中を歩き回ったことがない。何が起きるかなんて想像することもできない。
「いざとなった場合は、どうする?」
「ん?」
「つまり、だ。俺たちが強力なウイルスに囲まれた時に――――」
「それ以上言わなくていいよ」
それ以上はあまり聞きたくない。サイトはそのあとの言葉をあまり聞きたくない。つまり、ゼクトが言おうとしたのは、どちらかにデコイをかけて、一人がそのウイルス群と戦うということだ。もう一方の人物はイベントの回収に向かうということだ。普通ならばこの作戦は五人のバディか、集団のクランでやるものだ。だが、サイトとゼクトは違う。二人一組のバディだ。デコイをかけられたどちらか一方は、確実にウイルスと戦闘になる。しかもたった一人で集団の、強力なウイルスと戦う事になる。確実に抹消されるだろう。つまり、死ぬのだ。この世界からも、いま眠っている現実の自分も……。
「そうなる前に、片付ければいいだけだから……」
「…………」
そのサイトの低く発せられたサイトの声にゼクトは生唾を飲み込んだ。それから、「そうだな」と言い、短く鼻で笑った。
「夜も深いな。急ぐか」
「そうだね」
そう言って、自分たちのスピードバロメーターに身を任せて森の中を駆け抜けていった。
「ッ!」
サイトの頭の中では、また変なものが流れ込んできていた。
「ツッ……!」
しばらくしたら、それは頭痛に変わった。突然襲ったそれに、サイトは立ち止まって頭を抑えた。内側から膨れ上がって破裂しそうな頭痛が、サイトを襲っていた。
「どうした? サイト」
「いや、ちょっと頭痛が……」
「頭痛? おかしいだろ、それは」
「だね……」
今度はなぜかなかなか治まらない。サイトの頭の中に投げれこんでくる何か強大なものはどんどん大きくなる一方だった。そのうちに耳鳴りまでもなってきた。
「グッ!」
ガクッと、サイトは頭を抑えながら膝を落とした。
「サイトッ」
ゼクトはサイトの体に肩を貸して近くの木まで運んで、そこに座らせた。サイトはそのまま、目をつぶって頭痛をなんとか抑えようと意識を集中させた。だが、まぶたを閉じた瞬間、さらにその黒いものの形がはっきりした。
――――もうダメだ……。
そう誰かの声が聞こえ、その形が立ち消えた。
――――こうすればきっと戻れるはずよね?
そう誰かの声が聞こえ、その形が立ち消えた。
――――みんな集まれば怖くないはずやな?
そう誰かの声が聞こえ、その形が立ち消えた。
「ダメだッ!」
サイトは咄嗟に目を開けて、強く声をもらせた。だが、サイトがまぶたを開けた時に飛び込んできた光景はさっきまでいた森の中、ゼクトはサイトの体を揺さぶりながら何度も呼びかけていたらしい。
「ゼクト……」
「大丈夫か、サイト」
「うん……」
周りの森は相変わらず、鬱蒼として真っ暗だった。まだ若干頭に痛みが残っているが、影響はないぐらいだった。
「どれぐらい寝てた?」
「およそ30分ぐらいだ」
「ウイルスは?」
「出現せずだ。何もなかった」
「そう……」
サイトは自分の頭を押さえながら、視界に映る様々なカーソルを見わたした。ゼクトのHP、じぶんの残りHP、サイトの手札のバトルカード、視界右端に映るメニューのポップアップ。
サイトは立ち上がって、呼吸を一拍おいた。
「ホントに大丈夫か? サイト」
「うん、大丈夫。何もない」
若干、自分が発した言葉に何か違和感を感じたが、そんなこと考える気にもなれない。サイトは自分の頭を押さえていた手を離してまたもう一度一呼吸おいた。
「そろそろ危ないね。ここも」
「ああ、そうだな。あまりここに長居しても俺たちにも利益は何も無いだろう。君のさっきの頭痛のせいで大分時間を食ったからな」
「…………」
嫌味なつもりで言ったのだろう。ゼクトはにやりとしたような笑いを浮かべてサイトにその言葉を投げかけてきた。
起きたものはしょうがない。だが、何故起きるのか分からない。ダイブリンガーのバグなのか。それとも、この状況下に置かれて、突然の状況の変化に自分が狂ってしまったのか。それは今では分かる由も無かった。
「さて、行こうか。サイ……ッ!?」
「ッ!」
その時、サイトとゼクトの耳に何処かしらの物音が聞こえた。ガサッとしたような……。その瞬間、サイトとゼクトの視界に「WARNING」の表示が現れた。コレは、奇襲の知らせ。つまり……。
「ベチャチャッ!!!」
そんな気味の悪い鳴き声と共に、「ベロル」と呼ばれるHP250のウイルスが飛び出してきた。ピンク色のボディに肥満体質と思わせるような、それは見るだけでもちょっと悪寒が走る。その上、攻撃方法が、舌を鞭みたいにぶつけてくる。ダメージは30だったが、それよりも精神的なダメージのほうがデカイ。ベータに参加していたプレイヤーの中には、そのダメージを食らって、あまりの精神的なダメージでウイルス郡に真正面に突撃して自滅するような始末を起こすものさえいた。しかし、さすがにそれはシャレにならない。何度も言うが自滅すればほんとに死ぬからだ。そこは、さすがのサイトやゼクトこ心得ている。
「HP高いな」
「うん」
ベロルのHPである250は全プレイヤーの初期HPとたった50の差しかない。このゲームで50なんて数字は有ってないようなものだ。ウイルスよりもHPが下回れば、それだけでもプレイヤーには何かしらの危機感を与えられる。危機感を与えられれば、それだけでプレイイングミスの可能性も高くなる。それに直結するのは、やはり死だ。
何よりも電脳世界では死と直結する。死と背中合わせの状況。だが、サイトと、ゼクトは未だにその実感を沸かせていない。
「べギュギュロッ!!」
ベロルから赤いターゲットインフォがサイトとゼクトに枝分かれに伸びて、すぐに立ち消えた。攻撃の合図と言わんばかりに、その巨体を大きく跳ね上がらせ、口から太くて長い舌を出してきた。あの巨体に身長と同じぐらいの舌が格納されているのだ。一体どんな構造をしていたのか知りたいが、知らせてくれないのがこのゲームだ。好奇心を働かせてくれる。
「バトルカード、エレキリング!」
サイトの暗闇の中を突き抜けるような声が響き、その右手にほのかに青白い火花を走らせる輪っかが握られた。「ハァッ!」と言う短い気合とともに、それを空中で跳んでいるベロルへと投げつけた。「エレキリング」のダメージはたったの20。その上、中距離の攻撃である上、使ったあとには通常通りバトルカードの遅延が発生する。だが、直撃した相手に約3秒間のストップ効果を与える。エレキという名に合う追加効果を持っているバトルカードだ。
サイトが放ったエレキリングがベロルに直撃し、「べチャッ!?」と言う短い悲鳴にも似た声がベロルから聞こえ、ベロルの体が空中でひっくり返り、その巨体が地面に叩きつけられた。そして、それから黄色い点滅エフェクトが浮かび上がっていた。
「チャンスッ!」
そうゼクトが右手にロングソードを握り駆けた。
「バトルカード、アタックプラス!」
バトルカードのコマンドを放ち、ゼクトの体を一瞬ほのかな光がまとった。そして、ロングソードにも光が集約していく。チャージセイバーをはなとうとする印だ。アタックプラスとチャージセイバーがかけ合わさった場合の攻撃力は150。だが、幸いなことに今ベロルは弱点である舌を出しながらストップがかかっている。ここで直撃した場合の攻撃力はさらに2倍され、合計300ダメージだ。220のHPなら一撃で蒸発するだろう。
「セイッ!」
バガダンッ! と言う爆発音にも似た音と共に、ベロルにチャージセイバーが振り下ろされた。それも、ちょうどクリティカル部位である舌に、だ。直撃し、真っ二つに切り裂いたのか、ゼクトのチャージセイバーが地面に衝突し、剣先から土が飛び散るようなエフェクトが発生した。
「べチョチュチャッ!」
と、そんな最後まで気味の悪いような鳴き声を上げて、サイトとゼクトの精神にダメージをかけてくれるベロルは、その体を消滅させた。だが、その時のゼクトの表情は、飽く迄も無表情だった。
――――すまない、サイト……。
「へ?」
さっき、ゼクトの声が直接サイトの頭の中に入り込んできた。「すまない」、その言葉の意味がわからない。だが、その意味は突然、前触れもなく現れた。
さっき、ベロルが出現した時と同じようにまたガサガサと物音が聞こえた。それも一つではない。複数だ。これだけの複数のウイルスがなぜ出現する? そう思って、周りを見渡すと、カチッと言う音が聞こえた。そして、もう一度自分の視界に映る物すべてを見渡した。自分の視界真正面、ゼクトが何やらのショット系統のバトルカードを入力したのか、その右腕にショットガンのような筒状の銃口が装着されていた。それをサイトの方へと向けていた。何も動きがないということは、既に射出されているということになる。何を射出した? そんなもの決まっている。さっきゼクトの声として入ってきた「すまない」、減っていない自分のHP、そして、ウイルスが群れでやってくるこの状況。
おそらく、ゼクトはバトルカードである「デコイショット」を使ったのであろう。着弾してから効き目は約9秒間。その間は、すべての敵からのターゲットインフォが着弾者にヒットする。だが、このバトルカードには、ひとつ大きな欠点がある。それは、プレイヤーにしか効き目がないということだった。なぜ、こんなバトルカードを作ったのか分からない。だが、そのバトルカードがいまこうして使われた。わからなかったことが、今ひとつわかった。デコイショットは、こうして使われるものなのだと……。
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