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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA7
「バトルカード、エアーシュート!」
 サイトの右腕に青い筒状の銃口が装着されるように出現し、それを前方にいるHP180弱のウイルスである「キャークン」へと向ける。そのウイルスは歩く砲台というように、上半身は緑色の砲台、下半身は短足の足二つという、傍から見れば、かなりシュールなウイルスだ。だからと言って油断してはならない、一撃の威力は50もある上、カーソルにロックオンされればたとえ物陰に隠れようともヒットする。カーソルがあってしまったら、とにかく相手の攻撃の瞬間を見切るしかない。これが、あまり夜には電脳世界をであるかないほうがいいという理由の一つだ。ウイルスが朝~夕方にかけての間のと、夜のあいだのウイルスとの強弱差があまりにも広すぎるのだ。しかもまだ森にも入っていないこのエリアで、だ。森に入ったら一体これがどうなるのか、まったくもって見当がつかない。
 キャークンのHPは残り30。ここまでサイトとゼクトが倒してきたウイルス数はもう20にも登っている。の、くせに未だにお互いのダメージが0とはまたこれも驚きだ。サイトもこうやってバディを組んでいるうちにゼクトのプレイイングのすごさには驚いている。ゼクトもHAIの特性をしっかりと理解しているらしい。攻撃パターンを複雑に変えながらも、隙あらばクリティカルポイントなどで大きなダメージを狙っている。精密さと度胸が合わさった戦術だ。
 一方のゼクトにもサイトのプレイイングには、ベータの時と同様に見とれてしまう一面があった。相手の攻撃の方法から相手の動きすべてを予測し、それに応じて確実にダメージを狙っていく。だが、相手もHAIなので、いつまでも同じようなパターンが通じるとは思えない。タイミングを外されていることもある。だが、その時に見せるサイトの反応速度と、敏捷度。ほとんど先読みに近いそれは、到底ほかのプレイヤーが真似できるような芸当じゃなかった。
 そんなお互いのプレイイングのレベルが相まって、ここまでノーダメージで来られた。このゲームではレギオンというシステムがあるのだが、そんなふうに大勢集まって強くなるよりかは、よっぽどこっちの方がいいと、サイトは思った。
 サイトへと照準を合わせたキャークンの銃口に光が集まっていく。ああ言う風にチャージしたら通常かわさなければいけない、が、逆に言えば攻撃のタイミングさえ掴んでしまえば、カウンターを狙ってしまえば、大きなチャンスになる。しかもカウンターというのもある意味全プレイヤーたちにとってはロマンそのものだ。決められるものならどうしても決めたくもなる。
「行けッ!!」
 サイトの構えているエアーシュートから空気砲が放たれる。エアーシュート系統の最大の特徴が、バトルカードディレイが課せられない事と、ヒットした敵に数秒間のディレイが課せられるという事、それと弾速がバトルカード全系統中最速であるということ。ダメージの低さにはちょっと顔をしかめがちだが、それを補うだけの特性がある。初心者、廃人御用達の優れものバトルカードだ。つまり、一番ウイルスのカウンター判定が取れやすいのだ。
 キャークンの銃口から既に紅色の光の球体が半分でかかっていた。と、同時に、その球体にエアーシュートの空気弾が直撃した。
「キュルルルバッ!?」
 キャークンの体勢が後ろ目に崩れる。その瞬間にキャークンの体が黄色い点滅エフェクトに帯びられた。それはカウンターの成功を意味していた。そして、キャークンの体が数メートルぐらい後ろに吹っ飛ぶ。この間がディレイタイムだった。このディレイタイムが解除されてからが、キャークンのカウンターストップタイムだった。
「ゼクトッ!!」
 この間に抹消デリートしてしまいたい所だが、ここからサイトが一気に距離を詰めてやるよりも、ゼクトによる第二波を浴びせて抹消デリートしてしまう方が、リザルトも上がりやすい。
「ああッ。バトルカード、ショットガン!」
 キャークンの左方、ゼクトの腕にショットがーンガ装着され、ストップしているキャークンに照準が合わさる。
「ッ!!」
 短い気合と共に、ゼクトが構えるショットガンから紫色のエネルギー弾が高速でキャークンへと向かって放たれる。
 カウンターストップタイムは約7秒間。それだけの時間があれば、ショットガンぐらいヒットできる、一撃の攻撃力は30であるショットガン。たった10しかないHPなんて吹き飛ぶに決まっている。
 キャークンは「キュキュバッ!!」と言う鳴き声を上げながら数発ほどを空打ちして、そのままその体を四散させた。
 抹消デリートされたキャークンがいた位置にECとスキルポイントが表示される。それがリザルトだ。独りソロなら表示されている数値の二倍のECが表示されるが、バディを組んでいるから普通の数値の半分が今サイトの視界の中で表示されている。
「ふぅ……」
 サイトはそのリザルトの数値が消え去ってから、一息ついて肩を落とした。
「やったな、サイト」
 ゼクトは自分の武器をしまい、サイトのほうへと歩み寄ってきた。やったなと言われても、たかがウイルス一体だ。何をそこまで……。
「まさか、当たってるとか?」
「ああ、そうみたいだな」
 そう言ってゼクトは自分のメニュー画面を開いてバトルカードのリュックを開けた。そして、そのうちの一枚をタッチしてポップアップを浮かべてそのポップアップを百八十度回転させて、そのバトルカードを見せた。
 バトルカード、「ピアシングショット」。攻撃力40とそこそこの攻撃力を持っているから、手に入れたら大きな助けになるのは確かだ。だが、もう一つ。ピアシングショットにはもう一つ効果がある。それは強い貫通効果だ。ウイルスやエネミーにヒットすると、そのあと十数メートルほど弾丸が貫通していき、それにヒットした敵にも40ダメージを与えるものだ。
 だが、普通では手に入らないバトルカードだった。つまりボーナスカードと言う事になる。ボーナスカードとは、ウイルスを倒した際、リザルト表示時に、稀に通常では手に入るはずが無いバトルカードが手に入ることがあるバトルカードだった。そのうちの一枚がピアシングショットだった。
「すごいじゃん! 自慢できるよ!」
「ああ、そうだな。その第一号が君とはな」
「うん、そうだね」
 はっきり言って、ちょっとサイトは傷ついてしまっている。カウンターボーナスなんて、一年間ベータやっていた中で一度も当てたことが無い。それを、こんな初日に当ててしまうなんて……。傷ついた上、ちょっと嫉妬を覚えたのは間違いない。それでもなんとか口上だけでも賞賛を言ってみる。
「なんだか、ちょっとショック受けてないか?」
「う、うん? そんなことないよぉ? ちょっと嫉妬しただけだから」
 それをショックを受けているというのだ、という事は寸でのところで止めたゼクト。その時のサイトは確かに笑っていた。笑ってはいたが、口元だけは例外だった。どう見ても笑ってない。口元が引きつって、「こんちくしょう」と言いたげだった。
「さ、行こう! 早く行かなくちゃ、今度こそほんとに帰れなくなっちゃうよ?」
「ああ、そうだな」
 自分を震え立たせるように一起したサイトに少しだけ自分が押されているような気がしたゼクトは、小さく鼻からため息を吐いた。いい加減、こういうふうにボーナスカードをオープンにし続けるのは見苦しい。ゼクトはポップアップを操作して、ピアシングショットをバトルカードフォルダの中に入れてメニューを閉じた。




 しかし、森に入ったら双方歴然。さっきの平原とは打って変わってわけが違ってしまっていた。まず、ウイルスの強弱だ。やはり、平原にいたようなウイルスよりも、森にいるウイルスの方が、強い。と言うより、相手しづらい。
 たとえば、サボテンのような形をしたウイルス、「ボープル」というウイルスだ。HPは150前後と、ほかのウイルスと比べても差は大きくない。と言うより、完全にこの森のエリアに出現するウイルスの平均HP以下だ。だが、HP=強いと言うような、そんな単純な理由でウイルスの強弱が決まるわけではない。まだ他にもそのウイルスが強いか否かという判別は、別にある。それは、「攻撃方法」だ。「チュートン」や、「バルクラフト」のように直線的、または攻撃が見えるようなウイルスでは、とても強いウイルスとは思えない。
 逆に先にあげた「ボープル」は植物系のウイルスなのだが、なんと他のウイルスとは違い、炎形しかダメージが通らない。もちろん、それ以外の方法でダメージを与える方法はあるのだが……。
「おっとッ!!」
 サイトの足元からド太いツタが伸びてサイトの体へまきつこうとしてきた。それが完全にできるまでの時間があまりにも早すぎるので、通常ならかわすことさえできない。だが、ゼクトが見ていたように、サイトの反射速度は傍から見たらほぼ先読みに近い。ましたから伸びてきたツタに気づいたのか、サイトは自分の敏捷度に任せて大きくバックジャンプをふんだ。先のとがった緑色のツタがズズッと地面から突き出るように伸びきる。そして、また面倒くさいことにどこにいるのか分からない。向こうからは見えているのだろうが、こちらからはまったく見えない。だが、たおせる……ッ!
「バトルカード、キャノン!」
「バトルカード、エアーシュート!」
 サイトとゼクトの声がちょうど重なるようにその音声コマンドが森の中で響いた。サイトの右手に、緑色の砲台。つまり、平原でたたかっていたキャークンの上半身が。ゼクトの腕には青色の筒状の銃口のようなものが装着され、それを視界に映る照準が定まる前にその伸びきっていたツタに向かって射出した。二つの光弾が直撃し、そのツタがその場でもがくようにその身をくねらせ、すぐに地面の中に埋まって言った。「ボープル」にダメージを与えるもう一つの方法。それは攻撃してきた時に出現したツタに攻撃を加えることだ。見えなくとも、向こうが見えているならそれでいい。自然と向こうからその顔を出してくれる。次の攻撃の時に、ボープルに攻撃を加えるチャンスはまた来る。今度は何処に来る? ボープルのあの攻撃は一発とは限らない。連続で数発放ってくることさえある。
「ッ!!」
 その瞬間だった。サイトの頭に何かが流れ込んでくるような感覚が走った。あのルームで感じた黒い感じに似ていた。だが、今度は絶望とか憎しみなどではなかった。あえて言うなら、危険察知。ここに居たらとても危ないような感覚ッ!
「ッ!?」 
 その瞬間、サイトの足元から二本の同様のようなツタが突き出してきた。それが一瞬にしてサイトの体に巻きついた。
「サイトッ!」
 ゼクトがサイトを呼ぶ声がした。向こうも手出しが出来ない。もし、うかつに攻撃をして、サイトを攻撃したら、サイトにダメージが及ぶ。だからと言って、このまま放って置いたらサイトのHPがみるみるうちに削られていく。実際、サイトの視界左上端に映っている自分のHPの数値は赤色に変わり、徐々に減っていっている。あれが0になると、抹消デリート。つまり、死だ。高坂切夜が言っているとおりなら、ダイブリンガー越しに自分の脳の延髄を破壊して、殺す。そう思ったら背中の辺りがゾッとしてきた。
「クッ!」
 なにか、この状況を打開する方法は無いか!? いや、ある。サイトのバトルカードにたった一枚だけ。
「バトルカード、ポイントスチール!」
 その瞬間、サイトの体がその場で空間の中に溶け入るかのように消え、その刹那、サイトの体がうごめくツタをはさんでゼクトと対照的な位置に出現した。
 バトルカードの「ポイントスチール」は、言うなれば空間塗り替え、つまりワープだ。自分のいるポイントと、指定したポイントを塗り替え、自分はその塗り替えた対象先にワープ先に飛ぶと言う奴だ。
「ふぅ……」
 サイトは一息つき、そのうごめいているツタを見詰めた。対象が突然消えて戸惑っているようにも見えるそれは、絶好の的だった。
「ゼクトッ!」
「ああ! バトルカード、ショットガン、ブイガン、サイドガン、クロスガン!」
「バトルカード、ブレード、ワイドブレード、ロングブレード!」
 サイトとゼクトの視界にそれぞれコマンドしたバトルカードのイラストが全て映りこみ、それが一体となった。
「ユニットアドバンス!!」
「ユニットアドバンス!」
 それぞれ二つの言葉が重なり合った。
 ユニットアドバンスは複数のバトルカードを組み合わせることで発動する、強力コンボ。いわば、バトルカードの合体だ。ユニットアドバンスはどれも攻撃力は合計値で1000オーバーである、のこりHPがたった100前後しかないボープルにはちょっとやりすぎではないかと思うが、そこを言ってはいけない。
「スプレットバースト!!」
「エクリプスソード!!」
 ゼクトの腕に青色の筒状にさらに銃口を上乗せしたようなものが装着され、サイトの手の平に赤く強く輝くソードが握られた。
 スプレットバーストは敵に直撃した時、周りに誘爆し、中心地の敵には300ダメージが4発ヒットし、それ以外の誘爆箇所にはその半分である2発。中心地の敵には合計で1200ダメージ、それ以外の敵には合計は600ダメージだ。
 対して、サイトが発動したエクリプスソードが至極単純。範囲内の敵にソード系統の1700ダメージ。
 初期デフォルトフォルダはランダムで40種のうちどれか一つのユニットアドバンスが発動できるような構成になっている。
 だから今現在では、サイトはエクリプスソードしか、ゼクトはスプレッドバーストしか使えない。そんな切り札をこんなウイルスに使うとは……。こんな状況でもやはりゲーマーとして持ちが騒いで「ちょっと使ってみたい」らしい。
「ゼアッ!!」
「行っけぇ!!」
 ゼクトのスプレットバーストから複数のエネルギー弾が飛び出し、サイトは一気に距離を詰め、エクリプスソードを横一線になぎ払った。スプレットバーストが被弾し、エクリプスソードにそのツタを切り裂かれ、もがく暇さえ与えない間にウイルスがデリートされたエフェクトが発生し、消滅した。おそらくどこかでこのツタの本体であるボープルもデリートされただろう。やられ方がやられ方である。一言で言うなら、「惨い」だ。タコ殴りにして白旗揚げている相手に「止めの一発」と言う風に超強力なパンチを与えるようなものだ。酷い……。
 さて、ボープルがデリートされたのだろうが、一体何処にいたのだろうか。コレではリザルトが見え無いではないか。しかし、それも心配ない。抹消デリートした時、リザルトが表示されるのだが、敵が見えないで、そして、見えない間に敵ウイルスを抹消デリートした時、その本体がいた方向にリザルトが表示される。抹消デリートしたのに、自分に何が起きたのかを教えてくれないと言うそんな非情なことはさすがにしなかったらしい。
 リザルトに取得ECとポイントが表示され、しばらくしたら立ち消えていった。
「大丈夫か、サイト」
 それから、サイトの心配をしてくれるゼクト。
「うん。捕まってすぐ逃げたからね」
 サイトはそう言って、自分の視界に映るHP表示を見た。300もあったHPは260までに減っていた。初心者から見たらその40のダメージはかなり痛いだろうが、βテスターだったサイトから見れば、その40のダメージは小さく見えた。それにしても、あろうことか、森に入ってまだ間もない時にもうポイントスチールを使ってしまうとは……。アレは本当に危なくなったら使おうと思って手札に取っておいたバトルカードだ。残りのポイントスチールは後一枚。バトルネットワークオンラインはサイバーアウトするか、フォルダの中のバトルカードを全て使い切らなければ、再び使ったバトルカードが復活してくる事は無い。サイバーアウトしたらまた平原からやり直しだ。そう思ったらサイト自信、鬱になってくる。
「ほんとに大丈夫か、サイト」
「う、うん? なにが?」
「どう見たって、顔色悪いぞ」
「う~ん、ちょっと考え事かな?」
「そうか……」
 そう言ってゼクトは小さく息を口から吐く。一体それが何を意味するのかは考える必要はあるのだろうか。
「ま、君が大丈夫ならいいんだろう。君が抹消デリートされてしまったんでは、俺もここから抜け出る事は出来ないかもしれないからな」
「大丈夫だよ。元からボクは死ぬつもり何か全然無いからさ」
「ふん、調子のいい事を……」
 サイトのその言葉に鼻で笑って、自分のウェポン出あるロングソードの実体化を解除した。
「行こう、サイト。余り長居しても危険なだけだ」
「そうだね……」
 サイトも自分の手に握ってあるロングソードを戻して、ちょっと肩を落とした。

 今日の夜の冒険は、もう少し続きそうだった。


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