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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA6
 あれからいったい何時間たっただろうか……。高坂切夜によって宣言されたデスゲーム、バトルネットワーク・オンライン。
 サイトはそんなことをふと考えながらも目の前に現れたウイルスを抹消デリートしていった。あれから何枚ものバトルカードが追加され、どれぐらいのECが溜まったのか。それすらも見当がつかない。唯一ついえることは、生き残ることが大前提だと言う事だった。そして、サイト自身、『生き残ること』で頭の中はいっぱいだった。
「はぁッ!!」
 サイトの装備である「ロングソード」の白い刀身が残像を引き、ウイルスを切り裂いていく。そろそろ夜になる頃だろう。ウイルスの出現率が高くなっているような気がする。だが、立ち止まっている暇なんてものは無い。次のタウンへと入れるポイントまではまだまだ先になる。もし、そこに辿り着く前に夜にでもなってしまえば、どれだけのウイルスが湧き出てくるか……。出会いたくない上に、想像したくも無い。
 しかも、ここまではHP120前後のウイルスばかりだが、夜になると、突然HP300などと言う強力なウイルスまでもが出てきてしまう。始まったばかりでノーカスタムであるサイトなんて、たった一撃でも当たってしまうと抹消デリートされてしまう。抹消デリート=死であるこの状況で夜に電脳世界をほっつき歩くのは御法度だ。すぐにサイバーアウトするべきだ。そうなる前にも、なんとしても次のタウンには着いておきたい。
 でも……。
(みんな、どうしてるんだろう……)
 たぶん、あの宣言を聞いてからこういう風に電脳世界に出たのはサイトが一番最初だろう。ルームから出たのも、サイトと、ジェインの二人が一番最初のはずだ。そして、今は一人だ。サイトが言う皆とは、ジェインを含めてサイト以外のプレイヤー全員と言う事になる。アレから、一体どうしているのだろうか。未だにルームに留まって助けを待っているのだろうか。それとも、今のサイトみたいに次のタウンに向かって電脳世界に出ているのだろうか……。
 気になるのは山々だが、どちらにしろ今のサイトに他のプレイヤーの手助けするなんて余裕なんてない。とにかく先に先にへと行かなくてはならなかった。
 



 そして、夜になった。そのときにはすでにサイトは、次のタウンに入って現実世界に戻っていた。後ほんの数秒で夜になってその瞬間終わりだった。宿泊所に入って、今日は休もうかと思ってタウン中を歩き回っていた。この世界での現実世界は良くあるファンタジー物の町とか都市等とは、似ても似つかない.
そもそも、バトルネットワーク・オンライン自体、ネットワーク社会が発達した未来が舞台だ。そんな世界でファンタジックな世界なんて、ミスマッチにも程がある。そこはさすがに高坂切夜も分かっていたらしい。
「分かってくれてもなあ……」
 そう呟いてサイトはただ一人ぽつんとこの町をぶらぶらと歩き回っていた。その異変に気付いたのか、周りのNPCもコチラにチラッと目を見やるがすぐに目をそらしていく。その動作も何も違和感が無い。さすがHAIと言ったところか。限りなく人間に近いようにプログラミングされたAI。もちろん、感情や、会話による対応能力のようなものも持ち合わせており、会話すれば、普通の人と会話しているような感覚で会話する事さえ出来る。一人だとなんだか単純に寂しくなってしまう。あの時ジェインと一緒にいればよかったなんて思ってもいまさら遅い。だったら、誰かNPCに喋りかければいいと言うようになるが、なぜかサイトはそんな気が起きなかった。さっさと宿泊所に入って寝ちゃおう、と言うことが頭の中に浮かび上がってただひたすらに歩き続けていた。
「ねえ、君!」
「うん?」
 誰だろうかと思ってサイトはキョロキョロと辺りを見回した。なんだかさっき自分の事を呼ばれたような……。
「君、もしかしてベータの人かい?」
「うん」
 サイトに喋りかけてきたのは、恐らくサイトと同じ歳のプレイヤーの少年だろう。少々肌が黒く、さらりと肩辺りまで伸びているプレイヤーだった。赤色を基調とした服装だから、初期装備は赤色のを選んだのだろう。その少年プレイヤーは鼻から小さく息を吐きサイトのほうへと歩み寄ってきた。その表情はちょっと警戒心を出しているサイトとは違って、笑みを浮かべていた。とてもこのデスゲームの中に囚われているとは思えなかいような表情だった。
「よかった、このタウンに着いたときに誰もプレイヤーいなかったから、ちょっと不安になってたんだ。俺みたいに先に行こうって思ってたプレイヤーがいただけでも、なんだか気が助かったよ」
「ふぅ~ん」
 なんだか変な人、と言うのがサイトの第二印象。ホントはデスゲームのはずなのに、そんな気がしなくなってきた。いや、そんな気をなくさせられてきた。
「そうだ、自己紹介させてもらうよ。俺はゼクト。元ベータテスターのプレイヤーなんだ」
「ボクはサイト。ベータだったらもしかして会ってるのかな。たぶんエリア1攻略の時に顔あわせてるはずだし」
「ああ……」
 と、ゼクトはそのことで思い出したのか、ちょっと天を仰いだ。
 βテストの時、初めてプレイヤーがエリアをクリアした時は覚えている。あの時は、念には念を入れてそのときの参加プレイヤー全員を集めてエリア1のボス攻略に挑んだ。後で「あんなに人数要らなかった」なんて事はひそかにベータテスターの中で禁句になってしまっている。あの時はあろうことか6~7分ぐらいでボスを抹消デリートした上、かえって抹消デリート報酬によるドロップアイテムの分配に余計な手間が生まれたという、今思い返せば余りにも滑稽な思い出があった。
「そういえば、あの時に周りの人よりもひときわすごいプレイヤーがいたな。そうか、その時のプレイヤーが君だったのかぁ」
「そ、そうだったのかな……」
 全く覚えていない。あのときの自分はあろうことか回りに全く目もくれず、ただ来る攻撃を前線で弾いている事に必死だった。攻撃はそんなに強くないくせに攻撃回数はやたらと高かったのだ。しかも拡散型だから初見殺しの代名詞だった。その最中に隙があれば攻撃を加えていたが、ちょっと周りを見てみれば数がへっていたり、攻撃が防ぎきれずダメージを追ったりと、「どんな作戦だったっけ?」と言うようになってしまった。(きっと皆も思っていたはず)
 そのときに、もしかしたら顔はあわせたのかも。だが、あの時は完全仮想のアバターであり、今のように現実世界の顔がそのままのアバターなんてなかった。
 たぶん、ユーザーネームで自分のことを知ったのだろう。知ったところで自分から喋りかける勇気なんてない。そんな勇気があるこのゼクトの事をなんとなく羨ましく思ってしまった。
「ああ。まさかあの時のプレイヤーがこんな人だったなんてね。ちょっとは驚いてるよ」
「そ、そう?」
 サイトもさすがに苦笑いを浮かべることしかできなかった。驚くのは無理はない。あれだけのプレイを見せてる時点で相当のネトゲ廃人だと誰しも思ってしまう。かくいうサイトも相当なネトゲ廃人なのだが、一般人が抱くネトゲ廃人のイメージとは全くかけ離れている。男なら「かわいい」に相当するし、女の子なのだとしたら「かっこいい」と言われるようなぐらいの中性的な容姿だ。だれもパッと見ではサイトがネトゲ廃人だなんて思うはずもない。
「君は一体これからどうする気なんだ?」
「うん? ボクはどっかの宿泊所探して今日は寝とく」
 この世界はゲームだが、どうやら「食欲」や「睡眠欲」などといった人間が生理的に発する欲望までもが存在するらしい。昼や夕方の食時しょくどきにはお腹がすくし、夜になったら眠くなってまぶたがものすごく重たくなる。
 一体どこまで現実を追求したVRMMOなのか、ただの一プレイヤーであるサイトでは分からなかった。しかも、今はログアウト不能状態なので、睡眠欲はともかく、食欲はどうなるのか……。これのケアも考えてなかったら高坂切夜はもはや鬼だ。クリアしたあとも永遠に恨んでやろうかと、今更思ってしまう。
「そうか、君は「ミスリルソード」のミッションはやらないのか?」
「そういえば……」
 またこのイベントもベータのときにやったものだ。「ミスリルソード獲得ミッション」と呼ばれたそれは、なんとHP200前後のウイルスばかりが出没する森林地帯に行かなければ行け無かった。しかもその前にもそのイベントポップアップも回収しなければいけないから面倒なものだった。
「でも、やるにしてももう時間が時間だし、明日の朝になったら挑戦しよっかなあ」
 先にも言った通り、夜の電脳世界はとにかく危険だ。とにかく強くなるのだから、それだけで夜に「サイバー・イン」しないという理由になる。それなのに、こんな時間帯にイベントの話を持ちかけるなんて、何かワケアリっぽい?
「夜なのに、なんでそんな話持ちかけるの? まさかMPKモンスタープレイヤーキルでもやろうとしてるの? 怖いよ……」
 そうだったらホントに冗談抜きで怖い。いまこのバトルネットワーク・オンラインはデスゲームと化している。つまり、抹消デリート=死、であることだ。そんな状況なのにわざわざ危険な場所に足を運ぶなんて論外だ。
 こんなところから推測したら真っ先に思い浮かぶのが、MPKと呼ばれる手法だ。なんの簡単、読んで字の如くとはこの事を言う。この世界で言うザコ敵であるウイルスを集めまくって、組みになったプレイヤーを襲わせて自分はそのあいだに漁夫の利を得ようとするものだ。そうだったらホントに困る……。
「まさか、君でも知っているだろう、今この状況を」
「知ってるよ。それを踏まえてかな、って思って」
「やっぱり信用されないか……」
「できないよ……」
 さしずめ、「そのミッションの間だけバディを組もう」と言ってくるだろうが、あって早々の人とそんなことしたくない。デスゲームになったこのゲームなら尚更だ。
「バディ組もうなんて言われてもできないよ?」
「そうか……。だが、俺がこういうふうにミスリルソードを狙っているようにほかのベータの奴らも狙ってるかもしれないぞ? しかも獲得できるのは最初にそのミッションをクリアしたプレイヤーと、そのバディのみだから、集団で組んだらすぐにミッションに挑むだろうね」
 ここでゼクトが言ったのは「バディシステム」と呼ばれる物だった。人数制限は最大5人まで。ウイルスを倒した場合のゼニーはバディ全員で山分け。獲得バトルカードは倒した本人に渡されるというやつだ。しかも、バディ全員が同じミッションに挑んだ場合、そのミッションの報酬がバディメンバー全員に与えられるのだ。ただし、そのミッションが達成されると全プレイヤーのミッションリストからそのクリアされたミッションが消去されてしまう。つまり、「早いもの勝ち」なのだ。言うが早いか、動くが早いか、とりあえずそのミッションを一番最初にクリアしたバディメンバーのみに支給される。なんとも不公平な話だ。全員に配って欲しいと、サイトは今でも思っている。わざわざフォーマットする必要なんかないのに……。またあの血みどろの争いをしなくてはならないのか……。
「じゃあ、ボクと君の二人一組で組むんじゃなくてさあ、ほかの人も誘ってからにしようよ。じゃないと絶対にあのミッションクリアできないよ?」
「だが、その時間帯になった時にはたくさんのプレイヤーがミッションに挑むかもしれないな。そうなったらホントの血みどろの争いになるかもな」
 その時間帯とは、きっと朝になってそろそろ他のプレイヤーたちが動い出す頃の時間帯だろう。そうそう、サイトやゼクトみたいなプレイヤーは現れないだろうが……。
「う~ん……」
 しかし、あろうことかサイト君、ここで頭を悩ましてしまう。確かに夜は危険だが、だからと言って、ほかのプレイヤーたちと血みどろの争いをはじめるのはどうか……。今このログアウト不能、死んでしまう、というこの状況、バトルカードのフォルダはもちろん、武器もちょっとぐらい強いほうがいいに決まっている。第一、ほかのプレイヤーを構っている暇もない。もし、集団になるまで待って、いざミッションを挑んだらもう終わってました、なんてことになっているかもしれない。あとの方はともかく、今は自分が生き残ることが大事なのだ。そう思ったら、なんでジェインを置いてきたんだろう、と、今更後悔してみたりする。あのままジェインとジェインのネトゲ仲間とバディを組んでこのミッションに挑んでおけばよかった……。そのツケがここに帰ってきたか……。
「………………」
「………………」
 しばらく続く沈黙……。
「そうだね、ちょっと怖いけど、戦い方によったら強いウイルスもさばけるかもね」
 要は戦い方だ、とサイトは割り切ってしまった。
「じゃ、よろしくな」
「うん」
 ゼクトはメニューを開き、ポップアップを操作する。そして、サイトの視界にポップアップが映る。

『プレイヤー、ゼクトがバディの要請をしてきました』



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