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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA4
「…………」
 サイトの頭の中でその一瞬の出来事の中で整理がつかなかった。
 仕様、ダイブアウト不能、ログアウト不能、正式サービス………………。
 その4つで合点が行った。つまりだ、このダイブアウト、及びアカウントのログアウト不能であるこの状況こそが、このバトルネットワーク・オンラインの正式サービスの仕様であると、この高坂切夜は言っているのだ……。
 合点が行ったからって、納得。何て事にはならなかった。まず、ここにいるプレイヤー全員がそう思っている。
「ふざけんなッ!」「こっちだって予定があるんだ!!」「大体、ベータでも十分の一行かなかったらしいじゃないか!!」
 その騒々しさの中、その言葉が聞こえた瞬間、サイトは小さく歯軋りをかんだ。十分の一も行かなかった。全く持ってその通りだ。どうやら、どっからか情報が漏れていたらしい。ベータに参加していたサイトは知っていた。一年間のベータの期間でクリアしたエリアは、九つ。対して、最終ステージであるエリアFまでは200。十分の一は愚か、二十分の一すら行けていない。単純計算でも、このゲームをクリアするまでに20年間弱かかってしまう。
 普通ならば、一種の絶望感が襲うはずだった。何故か、サイトにはその絶望感が襲ってこなかった。「何故そんなことをする?」と言う疑問が、サイトの頭に浮かんだ。
 その疑問を悟ったかのように、すぐに高坂切夜はいった。




『きっとここにいる全員はこの私の一連の行動に意味を理解していないだろう。何せ、私自身がこんな事をすればどうなるか、もちろん、私の地位なんてものは陥落し、それどころか、10万人ものプレイヤーを監禁した重罪人になってしまう。だが、私はそれでもかなえたい願いがあった。それは、この状況を作る事だ。驚きだろうが、私はこの世界、この状況を創ってこそに意味を為していると考えている。恐らく、心の底の方では、君たちにはこのゲームをクリアしてほしくは無いと考えているのだろう。まあ、それは置いておこう。話を戻そうか。つまり、このゲームの完成、この状況こそが私の望んだ理想であり、そして、この後にでも死んでも構わんとさえ思っている』
 


 その切夜から発せられた言葉に、一同は完全に騒然とし始めた。いや、それ以外に何も出来なかった。しようも無かった。
 サイトでさえ、ただ呆然と切夜を見上げて見詰めているしか出来なかった。そういえば、サイトが高坂切夜の元に寄った日、彼が席を外した時に、サイトは机の上に無造作に置いてあった手書きの手記を見つけた。あのときのサイトは何の好奇心が芽生えていたのか、それをちょっとのぞき見てしまった。そこには、こう書かれていた。


――――私はその時、神を見た。
 人の想いが、思惟が、神に集まっていく。神の翼が広がり、世界を虹の彼方へといざなう。想いが繋がり、想いを増幅し、そして昇華して行く。


 これが、人の進化の果てなのか……?


 いや、それはどうでもいい。私が何よりも目を奪われたのはその神の背中に存在する物だった。それは一体なんだ。
 まるで、私の住む世界と同じだ。建物もあり、植物が、自然が芽生える。そしてあろうことか、人まで居るではないか。
 その分け隔たれた世界。それは、もう一つの世界だ。私がそれに気付くまでに一体どれぐらいの時間を要したか……。


 私は、神を見た。
 私は、新しい世界を創造することを、夢に見る。


 と……。あの時は、ほんの冗談なのかな? と思った。その中にある「もう一つの世界」と言う記述。恐らくそれは「2032事変」の事だろうが、高坂切夜は40歳だ。対して今は2079年。2032事変から、もう既に47年だ。高坂切夜は生まれてすらいない。なのに、何故……。
 勝手に覗いた物だから、もちろん彼に「勝手に人の日記を見るものじゃないよ」と怒られた。
 そんなことを思い出している間にも、高坂切夜の話は続く。


『さて、こんな事言っても、やはりゲームだ。ルールももちろん存在する。このゲームは完全なリアリティを追求したVRMMOだ。このゲームでは、これから一切の蘇生方法は存在しない。つまり、電脳世界でウイルスなどのエネミーに抹消デリートされると、この世界からは永久退場してもらう。そして、もし、永久退場になった場合、現実世界でダイブしている君達の脳の延髄部に特殊な電磁波を与えて機能を停止させて頂く』


「…………」
 今、切夜が言ったことが理解できなかった。
 もう一度整理してみよう。高坂切夜はここを、完全な現実感リアリティを追求したVRMMOだと言った。そして、プレイヤーはエネミーの手によって抹消デリートされた場合、この世界から永久に追放すると言った。そして、永久に追放されたプレイヤーは現実世界で、装着しているダイブリンガーによって脳の延髄部に特殊な電磁波を与えて機能を停止させると言っていた。延髄が司る機能は、呼吸や、血液等の循環機能だ。つまり、肺や心臓、肝臓のことを指す。つまり生命機能の重要な部分だということだ。肺が止まれば、呼吸が止まる。心臓が止まれば、体中にある血液が止まり、体中に酸素が行き渡らなくなり、臓器が機能不全に陥る。脳に酸素が行き渡らなくなれば脳死となり、実質「死」となる。良くて、植物人間だ。それぐらいここにいる全員が知っているはずだ。それじゃ無しにも、脳のどこかの部位の機能を停止させると聞いただけでも、抹消デリート=死である事ぐらい、小学生でも自覚できたはずだ。


『さらに、外部からの干渉を受け、ダイブリンガーと脳波の接続の強制切断が行われようとした場合、延髄部の機能停止フェイズに移行し、また、それと同時に脳の大脳、小脳、中脳、骨髄にも同様の機能停止フェイズを行い、現実世界からの永久退場される。なお、このことはあらゆるメディアにこの情報を流したので、これが理由で君達の命が奪われる可能性はまさしくゼロに等しいが、ほんの数分前には何人もの人間が、これらの理由によりすでに命を落とした方もおられる』


 と、ルームの天井にいくつものウィンドウが立ち上がり、「ダイブリンガーによって、心配停止!」や、「自宅で変死。全てダイブリンガー装着者と判明」など、いくつものニュースが立ち並んでいる。さっき、切夜は「何人もの」と言っていた。あえてリアルな人数を言わなかったのは、この為だった。多分、10万人程いたプレイヤーも今ではもう7~9万人ぐらい……。
(この人は……)
 サイトはギリッと歯軋りをかんだ。
 天才だ。この人は……。その天才が、ついにこんなマッドサイエンティスト染みた行動に出た。それが意味する事は、「己が欲望のためなら他人など眼中に無い」だ。この天才がその気になれば、ここにいる全員をダイブリンガー越しに殺す事さえ出来る。たとえば、ルールを破ったペナルティとかで、殺すとか……。不思議と、サイトはその情報を呑み込めていた。余りに状況が変わりすぎていて、絶望すら感じられなかったからだ。
 恐らく、科学省もこの事について何かしらの対策を検討しているだろうが、高坂切夜ならばそんなこと予想しているに決まっている。この男がやりかねないことも、サイトには何となくだが分かる。
 自分に関するデータ全てを科学省から消去し、ダイブリンガーの延髄機能停止フェイズの解除コードキーを、「テトラコード」と呼ばれるもので暗号化するのだろう。四音音階(四個の音から成る音列)と言う意味があるが、今指した「テトラコード」とは、音ではなく四個の記号で表されるのだ。こういうような暗号法は、テトラコードが初めてではない。古典暗号の中に換字式暗号かえじしきあんごうと言う物がある。ABCDや、あいうえお等の文字を、記号や人の形で表すことによって、他の誰も解読できないようにする方法だ。このテトラコードは、置き換えない換字式暗号と言うものだ。テトラコードの例を挙げよう。〇∀゛Щマル・スベテ・ダクテン・シシャー。こういうように四つの記号のランダムな組み合わせで出来た暗号が、テトラコードだ。記号と言うものは全部で200以上にも上る。さらには、それら四つそれぞれの記号を知るためにまたテトラコードを解読しなければいけない事もある。この例のテトラコードの中にある〇を知るために、その〇を知るために、また別のテトラコードを解読しなければいけないと言うようにだ。そうして複雑化していくことによって解読が出来ないようにしていく。形が数字みたいに複雑ではない故に、簡単に複雑化することが出来るのが、テトラコードだ。そうして、数兆個にも及ぶテトラコードを組み上げられてしまえば、例え科学省の誇るスーパーコンピューターでも数十年の年月を要してしまうだろう。そういった極限的にテトラコードによってプロテクトされたプログラムは、「オメガシークレット」と位置づけられてしまう。そうなれば、終わりだ。何故なら、たった一つの暗号のためにそんな長い時間を要するわけにも行かないからだ。科学省と言うものは、何も日本だけにあるわけではない。代表的なのは、アメリカ、ドイツ、イギリス、中国と言った、ネットワークが全世界の中で比較的に発展している国だ。日本の科学省のスーパーコンピュータが駄目ならば、他の国の科学省のスーパーコンピューターを使えばいいではないか、という事も成りかねないが、現在世界一の性能を誇るスーパーコンピューターが日本の科学省にある、「ジェネシス」だ。しかも都合が悪い事に、そのスーパーコンピューターを作ったのは先にも述べた日本で誇られる科学者三人だ。「ジェネシス」が何を不得意としているのかぐらい、高坂切夜なら知っている。弱点を突いてテトラコードを組み上げられているのであれば、例え世界中の科学者が知恵を出し合ったところでお手上げになってしまう。そして、きっとそうなるようにテトラコードを組んだのだろう。
 これが、サイトの予測する、高坂切夜が対科学省のために打った手だ。
 そんな中、高坂切夜が次の言葉を発した


『もう一つ、君たちには一つプレゼントを与えさせてくれ』
 
 
 と、サイト達上空から切夜の声が響いたと思ったらサイトの視界にメニューウィンドウが強制的に立ち上がった。きっと、サイトだけじゃない。ここにいる全員がこうなっているはずだ。そして、メニュー画面の中心に「WARNING」と言うポップアップが浮かび上がった。
「グッ!?」
 異変が起きたのはその瞬間だった。サイトの口から獣染みた呻き声が漏れた。サイト、いや、ここにいる全プレイヤーが、まるで金縛りにあったみたいに体が固められていた。動けと、脳が命令しても、まるで体と脳の接続が切られているみたいに、体が動かなかった。システム的干渉による永久遅延効果。これを形容するならこの言葉が相応しい。
 遅延によって体を固められたサイトには、今から起きる出来事その物が全く予想つかなかった。何が起こるにしても、抵抗の術は無い。切夜はプレゼントと言っていた。ただし、その正体は何なのか、全く予想すら出来ない。
 すると、今度は立ち上がっているメニュー画面から、「LOAD」と言うメッセージが浮かび上がっているポップアップが立ち上がって、そのメッセージの下に、黄色いゲージが表示され、それが右から左へと溜まって行く。
(何をするつもりなんだ……、この人は……)
 サイトがそう思っている間にも、視界に映るゲージは溜まっていた。


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