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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA3
――――さあ、始めようではないか……。

「ッ!?」
 いま、サイトの頭の中に声が飛び込んできた。男の声だった。深みのあって、何かの優しげさを思わせる声だった。
(なんだろ、一体……)
 サイトは顔を俯かせ考え込んだが、その正体を見つけようなど、煙を掴もとするようなものだ。
 それよりも、だ……。
「なんで……?」
 サイトは今の自分の目を疑った。
 何故なら、通常ならば有り得ない事が起きているからだ。ダイブアウトできない。メニュー画面を開くポップアップを押すと、自分の視界の中に左右5つずつの黄色いポップアップが浮かぶ。
 右には「カードフォルダ」「ライブラリ」「メッセージ」「アイテム」「プレイヤー」という名前のポップアップがあり、左には「ネットワーク」「SNS」「インフォメーション」「保管」「サブカード」がある。それらの下に二つの長方形型のポップアップがある。その内の一つは「オートコール」と言って、俗に言う「電話」のような物だ。そしてもう一つが、「ダイブアウト」だ。今、ゲームの中に入り込んでいる自らの意識、感覚を現実で眠っているオリジナルの自分に戻すものだ。コマンドだ。いつもであれば、それを押せばサイトの意識はこの世界から離れ、現実で眠っているオリジナルのサイトへとその意識はもどるのだが……。
「なんで無効に……?」
 たまに電脳世界で行動規制エリアがあるのだ。そこではメニュー画面を開いたとき、ある一つの操作ができないという場所だ。プレイヤーはこれを「規制がかかる」と言っている。その時、その規制がかかっているポップアップはいつもならば黄色く表示されているはずなのに、そこでは赤黒と交互に点滅している。もちろん、「ダイブアウト不可能エリア」もある。
 しかし、ここはそんな場所ではない。β時代の時でもここに来ていた。そして、ここでもいつものようにダイブアウトして、再び現実へと帰っていた。なのに、なぜ……。
「バグ…………なのかなあ」
 いや、それしかないだろう。こんなことなんか一度もなかった。
急にこんなことが起きたという事は、この辺りで何かしらのイベントでもやるのだろうか、ということも考えたが、GMゲームマスターから音沙汰無しだという事を考えると、そういうイベントの可能性は0だ。なので、サイトはこの一連のことをバグだと判断した。
 その時、サイトの耳にビーッ! ビーッ! と警告音が鳴り響き、その時に表示された赤い大きなポップアップに「GM Account service warp popup」という文字が浮かび上がってきた。そのポップアップをダブルタッチした時、サイトの体は「ルーム」と呼ばれる場所に飛ばされる。このポップアップが出て来たのはコレが初めてではない。もちろん、それもβテスト時代の時だ。あの時はステータスの振り分けがおかしい、ショップでアイテムを購入した際にそのアイテムがストレージに更新されない等の多数のバグが発見され、そのバグを修正する為にその時にログインしている全プレイヤーをルームにワープさせた。これらから分かるように「ルーム」という場所はいわば、一時退避場所だ。もちろん、そこからでもダイブアウトすることができる。
 もし、このポップアップが通例通りならば、このダイブアウトが出来ないというこのことをバグだとしているのだろう。ならば、早くルームに入ってメンテナンスしてもらわなければいけない。そう思って、サイトはそのポップアップに触れようとした。
「…………」
 しかし、何だろうか…………。この胸の内にグルグルと回る、黒い感覚は。
 サイトは自分の指を止め、少し考え込んだ。あの頭の中に直接聞こえるような声は、一体なんだったのだろう……。
「……………………」
 だが、考えたところで分かるはずもない。結局は、GMの思うままに動くしか手はない。
 サイトは視界に映る赤いポップアップをダブルタッチした。その時、仮想世界でのサイトを形作るアバターは、その体を「ROOM IN」という文字に変えた。サイトの意識は真っ白い世界の中に包まれた。


 サイトはなぜか、ダイブアウトできないような気がするという、不安をかんじながらその意識をワープの中へと飛び込ませた。






 目を閉じたら、あの日を思い出す。
 

 彼は、瞼の裏に浮かんでいる光景を再び見た。
人の想いが、思惟が、神に集まっていく。神の翼が広がり、世界を虹の彼方へといざなう。想いが繋がり、想いを増幅し、そして昇華して行く……。
もう一つ、それはまたもう一つの世界。建物もあり、植物が、自然が芽生える。そしてあろうことか、人までもが居る。
その中心にいる者は、決して人間と言うような形容は出来なかった。


究極の人間の可能性。神だった……。






「…………」
 真っ白の世界をでて、サイトが真っ先に目にしたのはどこかの電脳世界だった。しかし、周りには石や草といったオブジェクトは一つも無い。そこは、多数の大きな青色の基板が地面、壁、天井になっており、それぞれの溝に光がスッと通り抜けていっているような場所だった。あの光は、何かしらのデータなのだろう。
 そこが、「ルーム」だ。さすが、一時退避場所というだけあって飾らない作りになっているエリアだ。あまりに無機質だからここに来たがらないプレイヤーもいるだろう。ここに入るぐらいならダイブアウトする方がマシだと考える者もいるぐらいだ。もちろんサイトもその一人だが、そのダイブアウトが出来ないのならルームに入るほかしょうがない。それに、あの男の声は一体なんだったのだろうか、と言うことも考えたかった。考え事するには無機質な場所か、静かな場所が一番いいからだ。
 多分会ったことがある。それは間違いない。サイトがネットワークに強い興味を抱いていた事を知った父が、その人物に会わせてくれからだ。しかし、ど忘れなのかどうか、その人の顔が頭の中でぼやけて、あろうことか名前すら思えだせない。顔か、名前を聞けばきっと思い出せるはず……。


『ログインプレイヤー全員の「ルーム」への入室を確認させていただいた』


「……ッ」
 サイトの遥か頭上から男の声が聞こえた。それは深みがあり、まるで全てを成し遂げ、達観した者が発するそんな声だった。
(さっきと同じ声の人……)
 サイトはその男の声を聞いて、第一にそう思った。さっき頭の中で「始めよう」と言った声がこの声だった。
 一体誰だったけ?
 サイトの頭の中には今も尚ぼやける顔が浮かび上がっていた。ここまで声を聞いているのに、なぜ思い出せない? いや、思い出したくない…………のか?
 その男の声が響いた瞬間、ルームにいる前プレイヤーの上空に、真っ白の人形のシルエットが浮かんで天井を大きな大の字で隠していた。そのシルエットは光って、揺らめいでいて、その揺らめきざまにちょっとした嗚咽感を覚えた。もちろん、シルエットなので表情どころか、顔や、容姿すらはっきりしない。映画で良く出てくる人型の宇宙人みたいなシルエットだ。

『私は、このゲームのプログラミング主任をさせてもらった、高坂切夜こうさかきりやだ。また、ネットワーク学者もさせてもらっている』

(そっか。あの人だったのか)
 高坂切夜。天才ネットワーク学者にして、この「バトルネットワーク・オンライン」のプログラミングの主任を務めている人物。また、サイトの父が勤めている科学省に勤めている人物でもあった。
 そういえば、サイトも父のつながりでこの人物に会った事があった。それ以前にも、サイトはこの人物に一種の憧れを抱いていた。それも、父の影響からこの人物に繋がったものだ。
 特に、彼が提唱する「ネットワーク持心論じしんろん」と呼ばれる説には、ネットオタクでもあるサイトの中に衝撃を与えて見せた。普段は人間がネットワーク内の散在する情報から人が学習する。もちろん、それをするのには人の手によって情報がネットワークに与えられなければならない。だが、彼の「ネットワーク持心論」と言うものは全く持って違っていた。人間がネットワークに情報を与えるのではなく、ネットワーク自身に、世界中にある情報を学習させるものだ。。また、ネットワークに人間そのもの、つまり人間だけが持つ「感情」、「知識」、「記憶」と言った特有の物の根幹を学習させる。つまり、観察する側が、観察される側に回る。それが、未来の新しいネットワークの有り様なのだ、と言う説が彼の提唱したそれだ。サイトの父も、高坂切夜と並んで日本を代表する科学者だが、さすがの父も「彼には敵わない」と言ってしまうほど。これが実現される事によって、その瞬間に起きた出来事の情報を取り入れ、情報の発信のロスを完全になくすことができる。また感情を学習する故、人間が現在の感情から何の情報を知りたいかを瞬時に引き出し、さらには表情からどうして欲しいかなど、それを読み取って機械を動かすなどができる。さらに、その媒体となる端末が小型化されることによって今世間で言われているユビキタスネットワーク社会が大きく発展することだろう。遠い未来、それがインターネットに変わる物になって行くだろう。彼は、それに先立ってそうなったネットワークの名前を心のあるネットワーク、「サイコネット」と仮名した。そんな説を唱えた彼は、HAI(High quality Artificial Intelligence)の開発に成功した。既存するAIに、人間のDNAデータを組み込むことによって作られた物だ。そう言ったできる、と言うことを提唱したのは彼自身ではなく、サイトの父だった。つまり、サイトの父が考え、高坂切夜が行ったという訳だ。「High quality」と、名前から「高性能」と言うだけだから大した事無い、なんて事は無い。AIはただ人の行動から判断するものだとするなら、HAIは人の感情をかねて行動を判断する上、自身も人間と全く変わらぬ行動を起こす。さらには感情とほぼ同じものを持っているものだから、ただ「高性能」と言うものでは物足りない。人間とよく似たDNAデータを使ったAI。感情もそのうちの一つだ、とサイトの父は言っていた。
 将来では人間とは全く変わらないような体構造をした生体端末にHAIを入れる事で、人間社会にまで深く入り込むことさえできると言う。彼はこれを「エボレイド」と先立って名づけた。もちろん、これらを実現するまでにはまだまだ時間を要するだろうが、高坂切夜、サイトの父、沖野永一(おきのえいいち)。この三人が手を取り合っているこの世界だ。まだまだ時間を要するといっても、最高でも三十年ぐらいだろう。
 サイトは、そう言った事から自分の父と同様に、「ネットワーク持心論」を説き、土台を築いた高坂切夜を尊敬していた。それに対して父はまるで解せぬと言った態度を取って「なんだか、色んな意味でライバル出来ちゃったなあ」と言っていた事も良く覚えている。
 だが、謙虚なのか、ただメディアが嫌いなのか、高坂切夜は先に挙げた三人のネットワーク学者の中でメディアの露出が極端に少ないのだ。何せ、どこの大学を出たのか。どういう経路でネットワーク学者となったのか。あろうことか、親族関係すら一切明かされていない。ただ、高坂切夜が天才だということだけが、世間一般に知られていた。サイトも、初めてあった時に、少し興味本位で聞いてみては見たが、「人の過去や経歴を、そんな軽く聞くものじゃないよ」と、言われてしまい、ちょっと怒らせたことがある。
 そんな高坂切夜が、ルームに直々に登場して、光色のシルエットで全プレイヤーにその姿をさらけ出したのか……。今までの切夜からして、その行動の真意は全く読み取れなかった。


『プレイヤーの中には、恐らくログアウトキーが無効になっている事に気付いている者もいるはずだと思う。後に全プレイヤーのダイブアウトポップアップはメニュー画面から消滅する。だが、これ全ても、バトルネットワーク・オンラインの正式サービスの仕様内の一つだ。そして、君たちはまたこのゲームのエリアFをクリアするまで、だれもこのゲームからダイブアウトも、アカウントのログアウトをする事も出来ない。知っておいてくれ』


 死刑宣告染みたその言葉が、オブラートに包み込まれてサイトの耳に入った。


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