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【FILE1】ビギニング・ワールド
AREA1
――――A.D.2079
 
 三年前の、はじまりの日。
 帰ってきた、この世界に……。
それが、サイトがこのバトルネットワーク・オンラインにダイブして、完全なバーチャル空間に入ったときの感想だ。
 サイトは自分が設定したアバターの体相を見て口元で微笑を浮かべて、見た自分の右手をギュッと力強く握った。この世界に入ったら何をしたい? 何でもしたい。できること何でもしたいという好奇心が、自分の胸の内から湧き出てきた。
 とは言えども、サイトがやることはこの世界にダイブする前から決まっていた。そして、知っていた。サイトは一年前からずっとβテスターとしてこのゲームをプレイしていた。新しい世界、誰も見たことが無い世界を見たいと思いながら。だから、今の目標はこの世界で誰よりも強くなること。ゲームは強くなれば強くなる程、楽しいに決まっている。
 今すぐ電脳世界に出てエネミーを蹴散らしまくってECやバトルカードのドロップを狙うのがいい。
 サイトはすぐに駆け出した。ゲーム内で定義する「現実世界」を……。



 そして辿り着いたのは広場だ。噴水等があり、軽快なBGMが奏でるその場所は、プレイユーザー達の憩いの場でもあった。ここならば入れるはずだ。そう思ったサイトは一息ふぅ、と細い息を吐いた。

≪サイバーリンク サイトEXE オン・エア!≫

 その瞬間、サイトの視界が一瞬ブラックアウトを起こした。周りから見れば、その瞬間サイトを形成するアバターが透明な「SAIBER LINK」と言う文字を作り、そしてパシンッと消え去っているように見えたであろう。
 ブラックアウトを起こし、視界が戻った時に目に映った光景は、周りが平原に囲まれた世界。いや、よく見ると機械の基板みたいなものだった。あちらこちらにはたまに光のラインが走っている。
 いまサイトが立っている世界がゲーム内で言う「電脳世界」だ。ここにはエネミーである「ウイルス」や、ドロップデータがある。効率よくアイテムを集めたいのならこの世界のほうがいい。ただし……。
「ッ!」
 一瞬起きた感情の逆流のような感覚。βテストの時もこういう感覚があった。その時に、何が起こるかなんて事は、サイト自身が良く知っていた。
「そこかッ!」
 サイトは振り向きざまに初期装備の近接装備の「ロングソード」を片手に具現させ、それを振り払った。
 その瞬間だった。何かの獣の呻き声が聞こえばたん、と何かが落ちた。それは人でもなく、普通の動物でもない。それは、足の無い緑色の羽をした灰色の鳥だった。
 それがこの世界で言うウイルスと言うエネミーだった。名前は「バルクラフト」。そのバルクラフトの下に白い文字で、バルクラフトの現在の残りHPの数値が表示されていた。バルクラフトは再び推進力で浮いたかのようにフワフワと浮きだし、目をサイトのほうへと鋭い眼光を向け「バルルルルッ!!」と威嚇染みた鳴き声を上げ、その身を空中で小刻みに震わせた。バルクラフトの残りHPは180。サイトの近接攻撃の一撃は20ダメージ。あと9回攻撃を当てれば終わりだ。
 バルクラフトの地点から赤い弧を描くラインがサイトに伸びてきて、そして瞬く間に消えた。それは、「ターゲットインフォメーションライン」と言う、プレイヤーがどの敵を狙っているのか。又はどの敵が自分を狙っているのかを教えるものだ。名前もいちいち長いので、プレイヤーは短くして「インフォ」と呼んでいる。だが、それだけだと色々な情報が更新されているBNOのSNSソーシャル・ネットワーキング・サービスに毎回更新される「インフォメーション」と勘違いする人もいる。なので、今ではβテスターの間では、「ターゲットインフォ」と呼ぶのが主流になっている。そのターゲットインフォにも色がある。例えば、バルクラフトからサイトに伸びてきた赤色のターゲットインフォは、どれかの敵が自分のことを攻撃対象に選択したというのを知らせているのだ。逆の場合。つまり、サイトがウイルスなどの敵をを攻撃対象に選択した場合、サイトからそのウイルスに青いターゲットインフォが伸びる。また、他のプレイヤーが別のプレイヤーを支援する場合は、その支援するプレイヤーから支援されるプレイヤーに、緑色のターゲットインファが伸びる。
 先程のように赤いターゲットインフォがバルクラフトからサイトへと伸びてきたという事は、このバルクラフトはサイトに目掛けて攻撃してこようとしているのだ。
 バルルルルッ! という呻き声にも近いような声を発するバルクラフトは両翼からスラスターにも近いような音を発してサイトへと飛んできた。
「うおっ!」
 サイトはその真っ直ぐ飛んでくる攻撃を横ジャンプで交わす。バルクラフトは遥か遠くへと飛び過ぎて行き、そして旋回して帰ってきた!?
「やっぱり仕留めといたら方が良かったかな?」
 さっき、思いっきりバルクラフトが退け反っていたことを思い出し、サイトは自分の行動の愚かさに対して呆れ気味に溜め息を吐いた。そして、短くとも力強い息を吐いた。
 だったらここで仕留める!
「バトルカード、アタックプラス!」
 その瞬間、サイトの足元から赤い円形状のエフェクトが出現し、それがサイトを包み込むように頭の方へと上昇した。そしてサイトの体が仄かな赤い光が放たれ、静かに消えていった。
 アタックプラスはソード系統の通常攻撃をプラス10、バスター系統の通常攻撃をプラス1するサポートカードだ。これでもまだ少なすぎる。
 真直線に向かってくるバルクラフトを真っ直ぐに見据え、ロングソードを自分の右肩先まで引き寄せ、左手を前に突き出した。サイトからバルクラフトへ青いターゲットインフォが伸びる。そして、ロングソードが緑色の光を放ち、しばらくしたら強い黄色の光を放ち始めた。
 サイトが行おうとしている事。それは「チャージスラッシュ」と言う(バスターなら「チャージショット」)、単なる溜め攻撃だ。だからといって舐めてはいけない。何故ならチャージスラッシュは通常攻撃を5倍にして放つ、この序盤にしてはかなりの大技だ。外せば0.5秒間の遅延ディレイを味わう事になる。その間は指一本も動かせないほど体が動かない。つまり攻撃やられ放題と言うわけだ。下手には出れない。動作はシステムアシストでしっかりと補正してくれるので、しっかりとした形になるのだが、命中させるのは完全な自分の技能だ。オートロックオンなんて都合のいい物なんて無い。
 バルクラフトがサイトの攻撃範囲アタックレンジまで入ってこようとした。
「ゼァッ!」
 その瞬間、サイトはバルクラフトに目掛けて剣を振り下ろした。
 短い気合と共に振り下ろされた剣はシステムアシストによって加速され、サイトの狙い目通り、バルクラフトの背中真ん中にチャージスラッシュが直撃した。その一撃がバルクラフトの180もあった体力を完全に削り取った。
 「クリティカルヒット」判定を貰ったからだ。クリティカル判定を行うと、バトルカードやウェポンでの攻撃が敵の弱点であるクリティカル部位にヒットすると2倍の攻撃判定になる。つまり、チャージスラッシュによって5倍に引き上げられた攻撃力はまた、2倍に引き上げられるということだ。300もダメージを与えればここらあたりのウイルスなんてものは一撃で葬れる。
 サイトの足元で目を回して力無く倒れているバルクラフトは「ブルルル……」と、力無しな鳴き声を上げている。その後、バルクラフトは透明な立方体のポリゴンに変わりそして分解させた。
 その様子を確認したサイトは細い息を吐いて、ロングソードを振り払うかのように手を振った。その瞬間、ロングソードはポリゴンの粒子になって消え去った。
 バルクラフトが消え去った後には手に入ったドロップアイテムが現れ、サイトの保管ストレージに入っていく。
 こうして、ウイルスとの戦闘がひとつ終わる。これがBNOの戦闘形式だ。ターゲットインフォが現れてから敵をなるべく早く倒せば、成績であるリザルトもランクが高くなり、それだけレアなアイテムやバトルカードが手に入る可能性は上がるし、手に入るECだって高額にもなる。
 今回は最初に気を抜いてしまっているせいでリザルトは余りよろしくない様子……。ちょっとした悔しさを感じ、それを振り払うかのようにブンブンと首を振った。
「さっ、次!」
 未だに躍る胸が止まらないサイトは、仮想の電脳世界の中を駆けた。


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