私はその時、神を見た。
人の想いが、思惟が、神に集まっていく。神の翼が広がり、世界を虹の彼方へといざなう。想いが繋がり、想いを増幅し、そして昇華して行く。
これが、人の進化の果てなのか……?
いや、それはどうでもいい。私が何よりも目を奪われたのはその神の背中に存在する物だった。それは一体なんだ。
まるで、私の住む世界と同じだ。建物もあり、植物が、自然が芽生える。そしてあろうことか、人まで居るではないか。
そのわけ隔たれた世界。それは、もう一つの世界だ。私がそれに気付くまでに一体どれぐらいの時間を要したか……。
私は、神を見た。
私は、新しい世界を創造することを、夢に見る
天才ネットワーク学者・『バトルネットワーク・オンライン』プログラミング主任 高坂切夜の手記より――――――――
「はああっ!!」
剣尖が青い残像を引く。何の一寸の狂いも無い。綺麗な弧を描いた剣尖は、容赦なく目の前の獣型ウイルス、「ガルゴー」を切り裂いた。残りが100ものあった「ガルゴー」の残りの生命を示すHPはその一撃で0となり、数々の立方体の透明ポリゴンになって、ついには分解され消滅した。そのガルゴーが倒された位置に、ウイルスを倒した際のリザルト、つまり成績が映し出される。それは、ガルゴーが抹消された事を意味していた。
しかし、それで終わりではい。
倒した「ガルゴー」だって、自分の周りを取り囲むウイルス群の一匹に過ぎない。ざっと見て50数体。その中には、ほんの一割程度しか削ってない物や、全く削ってないウイルスもいる。
周りから「キチキチ」という奇怪な泣き声を発するウイルスや、ブルルンッブルルンッ! と自分の武装している剣やハンマー、挙句ツルハシを振り回している奴もいる。見るからにそうとう気が立っていることが分かる。正体不明な生物がそんな事をしている様子を見たら普通は震え上がる。しかし、サイトは自分の視線の先に居るウイルスたちを見据続けた。こんな光景、もう見慣れた。自分の視界の中に居るウイルスの中にはHPが500にも上る者もいる。 さらには、この数となるとそれぞれを一撃で倒していかなければいけない。
「行けるか……?」
サイトは小さく呟いて、自分の視界の下端に映るランダムで8枚選ばれているバトルカードユニットを一挙に見た。
そして、自分の視界左上端に映る「3000」と表記されている自分の残りHP数値と、ウイルスたちの下に映る残りHPをそれぞれ一瞥した。
「これなら行けるか……」
サイトは呟き気味に口から漏らすと一気に足に力を入れた。
その瞬間だった。サイトの体がその場から消えた。いや、実際には違う。加速ステータスを全開にして、一気にダッシュで敵の群れの中心に入り込んだのだ。敵は全てサイトが残した青い残像に攻撃する。本体に気付いているウイルスはほんのわずか。
(いまだ……っ!)
「バトルカード、スイコミケン!」
サイトの手に握られていた青色の片手直剣が消え去り、その代わりまたその手に黄色の太いU字型の柄がある幅広の剣がサイトの手に握られた。
「へあッ!!」
サイトは短い気合と共に片足を軸にして剣を突き出して一回転。その際の回転斬りに巻き込まれたサイトの周りにいたウイルスたちはデリート、またはHPを100削られた。
しかし、それで終わりではない。スイコミケンには、攻撃した範囲から扇状に50メートル先までの敵をこちらに引き寄せる。
さらにはサイトはこれを回転斬りで発動した。つまり……。
ブォォォオオオオオッ!!
サイトを中心として風……いや、むしろ大嵐が発生したといってもいい。その大嵐はそのサイトを中心として大きく巻き起こり、さらにはその大嵐に巻き込まれたウイルスたちを巻き上げ、サイトのほうへと引き寄せる。
ウイルスたちは待ってましたと言わんばかりにサイトに目を一斉に向け、攻撃準備に入った。許されるのは5秒間。その間に片付けるッ!
サイトは自分を見下ろすウイルス群を見上げた。
「バトルカード、タイフーンアーム、トルネードアーム、ハリケーンアーム!」
サイトの視界下端に映るランダム8枚の手札から一気に3枚無くなり、そのバトルカードのイラストが三枚浮かび上がって一枚のバトルカードになった。そして、それはすぐさま発動される。
それによって起こる現象。恐らくこれが決まれば、自分を狙い撃ちしようとするウイルス群の全滅は免れないだろう。
サイトの体全体がほのかに光を放った。
今から始まる現象。それは、複数のバトルカードを組み合わせることで発動する「ユニットアドバンス」だ。全部で40種あるらしいが、どれもカードの組み合わせがばらばらでしかも、このバトルネットワーク・オンラインには1stクラスと2ndクラス、3rdクラス、SEクラスあわせるだけで全10万種もバトルカードがある。ユニットアドバンスを発動させるには最低でも3種類、最高でも5種類のバトルカードを一気に選択しなければいけない。それに組み合わせの順番が違えば、ユニットアドバンスは発動せず、それぞれが一枚のバトルカードとしての働きを行ってしまう。サイトがこれを見つけれたのはほんの偶然に過ぎなかった。
「ウォォォオオオオッ!!! サイクロンアーム!!!」
サイトが天に叫んだその瞬間、サイトを包んでいたほのかな光がパッと消え去り、そしてスイコミケンを軽く凌ぐ大嵐が発生して、周りにいるウイルスたちを引き裂き、切り裂いていった。周りから「ギッギッギ……ッ!」や、「グゴアアッ!!」という悲鳴にも似たウイルスたちの鳴き声が聞こえる。しかし、サイトはそれに耳も貸さず、容赦なく倒していく。ここで手を止めれば、自分がやられる。なんとしてもやられるわけには行かないッ!
ユニットアドバンス、「サイクロンアーム」の攻撃力は一撃で100、それが連続で周りの敵に16ヒット。合計で1600ダメージだ。ウイルスなんて物がその攻撃を受ければ、一撃で蒸発だ。
周りでウイルスたちが四角い透明立方体のポリゴンになって分解され、消えていく。「サイクロンアーム」はその間もなお猛威を振るう。まだだ、まだいるかもしれないッと言う危機感にも似たような感覚が、サイトを止めなかった。
それが11回分の攻撃をしたとき、ようやくサイクロンアームによって発生した竜巻が消え去った。周りではまるで何も無かったかのように静かな光景が広がる。
それもそのはず。ステージのオブジェクトは全て不可能破壊だからだ。
サイトは周りにウイルスは一体も居ない事を確認した後、力を抜く細い溜め息を吐いた。ようやく終わった……。ちょっとした油断が引き金になって起こってしまった自らの危機。
自分の視界右上端に移るメニューのポップアップをタッチすることで、デジタル音にも似た「ピルリッ」というサウンドと共に、メニュー画面が開いた。サイトはその中の格納ストレージを選択して、その中にあるアイテムを一気に見た。ほとんどはゲーム内通貨であるECやバトルカードだが、その中にほんの数種類ぐらい、カスタムプログラムがある。
「今頃こんなのが来たって……」
サイトはボソリと呟きECだけを受け取り、その他は全てシュート。つまり捨てた。
メニューを閉じたサイトは自分のHPの残量に目を向けた。
さっき3000もあったHPはいつの間にやら2800に……。サイトは自分の思考の中に現れたちょっとした危機感を強がりにも似た感情で打ち消した。あの間に一発いいのを貰っていたらしい。そう思うことにした。
サイトは半ば呆れ気味な溜め息を吐いて視界の下に移した。そこには自分のHPを回復するためのバトルカードがある。だが……。
「ま、大丈夫か……」
と、はき捨てた。今ここで使うと、本当に使うときに使えなくなってしまう。そうなった時は覚悟なんてしなくてはいけない。
「もう帰ろっと……」
と、ボソリと誰も聞いていない呟きを吐き、「サイバー・アウト」と言う今いる電脳世界から現実世界に帰還するためのコマンドを発声した。サイトを構成するアバターが、たちまち透明な立方体のポリゴンによって作られた「SAIBER OUT」と言う文字を作り、ソレが消滅した。
自分がいま、約1割ほど死に近づいていたことは、もう忘れる事にした。自分が「亡霊」と呼ばれるようになった日から……。
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