白華の檻 〜緋色の欠片4〜
『季封のくりすます』

 


胡土前「――おーい、秋房。
    これどこに持っていきゃいんだよ」

秋房 「ええっと……
    その大きなものは、あとで飾りつけるものですから、
    今は放っておいても問題ありませんね!」

空疎尊「小僧。貴様の言っていたもの、
    わざわざ運んできてやったが……なんなのだ、あれらは。
    中を確認したが、ガラクタばかりではないか。
    それに足袋やら草履やら――履物がやたらと混ざっていたのはどういうわけだ?
    あれらを必要とすることに、一体どのような意味があるというのだ」

秋房 「おお! 本当に運んで来てくれるとは!
    性悪なお前のことだから、どうせ投げ出すと思っていたが……
    なんだ、いいところもあるんだな! 空疎!」

空疎尊「ほお?
    我の問には答えず、あまつさえ我を侮辱するか。
    よかろう。あれらの飾りは、今から元あった場所へ返してくるとしよう」

秋房 「わあ、ダメだダメだ!
    ちゃんと質問にも答えるって!
    あの飾りは姫様を喜ばすために、必要なものなんだよ!!」

空疎尊「玉依姫を……?」

古嗣 「――おや、そうだったのかい? それは僕も知らなかったな。
    朝早くから秋房と胡土前に叩き起されて、
    理由もわからずに肉体労働をさせられるんだものなあ。
    ああもう、身体中が軋んでるよ」

胡土前「はっ、お前は朝弱すぎんだよ、古嗣。
    俺みたいに健康的になってみろって。朝からスッキリと一日が過ごせるぜ?
    健全な精神は健全な肉体に宿る――ってな!
    その絹糸みたいな身体は、絶対鍛えておくべきだっての」

古嗣 「絹糸みたいな、って例えは普通、
    髪に対する賞賛に使うと思うんだけどね……」

秋房 「というか、胡土前殿から見たら
    みんな貧弱に分類されるのでは……?」

胡土前「ん? あー、ははは。
    まあ、お前らみんなひょろいからなあ。
    あ。でも、幻灯火はいい身体してると思うぜ?
    あいつは素手でもかなりつええだろうな」

空疎尊「ふん、貴様らの肉体談義などどうでもいいわ。
    それで小僧。玉依姫のため――と言ったな?
    この我が手を貸してやったのだ。どういう意味なのか、説明してもらうぞ」

秋房 「言われなくても、元からそのつもりだよ。
    全員揃った時に説明するつもりだったんだ。
    空疎も来たし、あと来てないのは幻灯火だけなんだけど……」

古嗣 「なんだい、秋房。
    幻灯火にも何か頼んでいるのかい?」

秋房 「ああ、あいつには【役】を頼んでいるんだが……」

胡土前「役ぅ? なんだそりゃ――ん?
    噂をすれば歩いてくるの、幻灯火……って!?」

空疎尊「なんだ、なにをそのように……――!?」

幻灯火「――皆、すまない。遅くなってしまった」

秋房 「おお、よく来た幻灯火!」

古嗣 「げ……幻灯火?
    その、なんで顔がたくさんの白ヒゲ、それに白眉……」

胡土前「な、なんだどうした!?
    変化に失敗して、顔だけ中途半端に狐になっちまったのか!?」

幻灯火「いや、これは……」

空疎尊「全く、手間をかけおって阿呆め……こちらへ来い。
    その程度の失態、我が瞬く間に消してやる」

幻灯火「そうではないのだが……」

古嗣 「空疎、僕も手伝うよ。
    しかし一体どうすればこんなことになるんだい……?
    君ほどの力の持ち主が、珍しいこともあるものだね」

幻灯火「…………むぅ」

秋房 「待て待て、そうじゃないって!
    よく見てくれよ!? これは全部付けヒゲ!! 眉も同様だ!!」

胡土前「んんん? ……おお、本当だ。
    かなり精巧に作っちゃいるが、
    近くでよく見ると肌に貼り付けてんだな、これ」

古嗣 「変装……というわけではないよね?
    秋房、これが君の言っていた【役】とやらかい?」

秋房 「その通りだ!
    今回、姫様を喜ばせるための宴において、
    主だった活躍をしてくれる予定なんだ!!」

空疎尊「狐が白ヒゲを付けたところで、なにがある――というわけでもあるまい。
    小僧……貴様、これらは本当に玉依姫の望むことなのだろうな?」

秋房 「当然だ! 智則から聞いたんだ! 間違いあるはずがないだろう!!」

胡土前「あ、なーんだ。
    智則が言ってんのか、なら間違いはねえな。
    一瞬秋房が意味のねえことしてるのかと、疑っちまったぜ」

古嗣 「ふふ、そうだね。僕も同じくだ」

空疎尊「……っち、言蔵の小僧か。ならば間違いはないか……」

秋房 「あれ!? 俺はいま喜ぶべきか悲しむべきか、どっちだ!?」

幻灯火「――それで、秋房。
    あとはお前の言っていた羽織を纏うだけのはずだが……」

秋房 「あ、ああ! そうだったな!」

胡土前「なー秋房、それで結局これはどういうことなんだよ?
    朝から付き合ってる俺もイマイチ状況が理解できてねーや。
    宴の準備――ってのは、なんとなく理解できるんだけどよ。
    もっかい、きちんと説明してくれ」

秋房 「あ。は、はい!
    でも、ええと……羽織を……」

空疎尊「ふん。さっさと話せ、愚図め」

古嗣 「はいはい、秋房も空疎も落ち着いて。ね?」

幻灯火「秋房、話を優先するべきなら私は構わぬ。
    それに、皆にも説明は必要だろうからな」

秋房 「あ、ああ……わかった。
    じゃあ順を追って説明していくぞ。
    まずは、この宴についてなんだが――
    その名を【くりすます・ぱーてぃー】というらしい」

古嗣 「不思議な響きだねえ。
    それ、カミの言葉ではないのかい?」

胡土前「栗酢升……?
    いやあ聞いたことねえな。鴉、お前聞いたことある?」

空疎尊「知らぬ」

幻灯火「もちろん、私も今日まで知らなかった。
    秋房、智則はそれをどこで知ったのだ?」

秋房 「ん? 季封への手紙に書いてあったそうだ。
    信濃の国府の友人からだったそうだが、
    その知人も地方にて聞いた話だそうで――」

胡土前「なんでえ、又聞きの又聞きかよ。
    一気に信憑性が薄まったなあ」

古嗣 「まあまあ、いいじゃないか。
    お姫様のために宴を開く、という点に関しては
    何も反対することなどないんだし」

秋房 「それでな?
    どうやらその祭りは樹木に飾りつけをしながら、宴を開くらしいんだ」

胡土前「あー、それで鴉がガラクタを山のように……
    けど木に鍋蓋を飾るって、どーなんだ?」

秋房 「が、ガラクタって言わないでくださいよ! 仕方ないじゃないですか!
    何飾っていいのか、わからなかったんですから!」

空疎尊「理解出来ぬな……
    ということは、あのやたらと詰め込まれた履物も
    同様に飾り付けるつもりだったのか?」

古嗣 「はは。なんともすごい絵面になりそうだ」

秋房 「いや、それが馬鹿に出来ないんだ」

古嗣 「……と言うと?」

秋房 「ああ。
    今から幻灯火が扮する役目が、正に【それ】なんだが……
    その宴の夜にな――どこからともなく、とある翁がやって来るらしいんだ」

胡土前「おいおい、爺さんの一人歩きかよ。
    家族は何してんだ、危ねえなあ」

秋房 「い、いや、まあそれはそうかもしれないんですが……」

古嗣 「はいはい、続きをどうぞ」

秋房 「なんとその翁、只者ではないらしい。
    宴で飾り付けられた履物一つ一つに、
    供物をくくりつけていくらしいんだ……!」

幻灯火「なんと面妖な……」

空疎尊「物の怪の類か……?
    いやしかし、人に仇なしてはいないのか……
    では、もの好きの老人……? ううむ、分からぬな」

秋房 「しかも格好は――……ええと……あ、あった。幻灯火、これ!
    これを羽織ってくれ!」

幻灯火「む、承知した」

古嗣 「おおー……これはまた鮮やかな朱色だねえ」

空疎尊「目の覚めるような色だな」

胡土前「で? この羽織がなんだってんだ、秋房」

秋房 「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!!
    今の幻灯火の姿こそが――その翁の姿なのですよ!!」

幻灯火「…………」

胡土前「へえー……! 妙ちくりんな格好をした爺さんもいたもんだなあ」

古嗣 「顔を覆うような白ヒゲに、鮮やかな朱の羽織……
    日常に無い外見だからか、どうにも仙人かなにかと
    勘違いしてしまいそうだね」

秋房 「いや、その解釈は間違っていないかもしれないぞ」

古嗣 「そうなのかい?」

秋房 「ああ、なにせその翁は空を駆けることもできるらしい!!
    供物の束を風呂敷に包み、自在に動き回るそうだ!!」

幻灯火「……私は出来ないぞ?」

胡土前「とんでもねー爺さんだな……
    つーか空飛ぶなら、鴉のほうが適任だな。
    ははは、どーよ? あの格好してみればいいじゃねーか」

空疎尊「ふん、阿呆が。
    誰があのような格好、好き好んでするものかよ」

幻灯火「…………」

秋房 「あとこの宴には、
    翁にも通じる共通の合言葉があるらしいんだ」

古嗣 「へえ、言葉遊びのようなものなのかな?
    そういうところは宴らしいといえば宴らしいなあ」

空疎尊「それで、その言葉とは?」

秋房 「えっと……な、なんだっけな。
    『えらい、苦しめてやる』……だっけ……?」

胡土前「おい、すんげえ物騒な爺さんに早変わりしたぞ」

幻灯火「…………」

古嗣 「そ、その言葉を聞いてから幻灯火をみると、凄く怖いね……」

空疎尊「やはり物の怪の類であったか……」

胡土前「おい幻灯火、お前ちょっと今の言葉、言ってみ?」

幻灯火「……えらい苦しめてやる」

胡土前「こわっ!!」

古嗣 「うん、間違いなく物の怪だね。
    加えて赤い羽織が余計によくない」

空疎尊「ちぃ、狐ほどの力をもった物の怪か……面倒な」

幻灯火「まるで私がその翁そのものような扱いだな……」

秋房 「あ、違う!! 思い出したぞ! 『めりー・くりすます』だ!!」

胡土前「似ても似つかねえじゃねえか……」

秋房 「き、聞きなれない言葉だからですよ!!」

空疎尊「それで、その翁が訪れるという宴……
    結局のところ、意味することはなんだというのだ?
    あの女を喜ばせるだけならば、わざわざこの形式にこだわる必要はないはず」

古嗣 「となれば、当然理由があるだろう――ってことだね。
    どうなんだい、秋房?」

秋房 「ああ、それはだな――その……」

幻灯火「何か言いづらい内容なのか?」

秋房 「いや、言いづらいわけでは無いんだが、
    その……とても恥ずかしい言葉ではあるというか」

胡土前「いーからいーから、ちゃちゃっと言っちゃえよ」

空疎尊「蛇の言う通りだな。時間の無駄だぞ、小僧」

秋房 「わ、わかったよ……
    その、どうやら宴の【くりすます・ぱーてぃー】とやらは
    想い人同士で参加すると、その絆をより強くするという逸話があるらしく――
    あと、先に言った【めりー・くりすます】という言葉を互いに投げかけ合うことにより、
    その愛は永遠になるとかならないとか……」

幻灯火「そうだったのか……
    わざわざ私のために――ありがとう、秋房。
    彼女は必ず、幸せにしてみせる」

秋房 「うん……――うん!? 何言ってんだお前は!?」

空疎尊「ほう……想い人とな?
    なるほど、短絡的な貴様のことだ。
    あの女が自らを想っている愛している――などと自惚れ、
    根拠もない噂話を信じ込み、今回の宴を形にしようと張り切ったわけか」

秋房 「うぐ……!?
    あ、愛は置いておくとしても!
    姫様は常に周りの者を想ってくださっている!
    そのお心に応えたいと、近くにありたいと思うのは当然だ!」

 

胡土前「おお、珍しい……秋房が隙の無い言葉で切返しやがった……」

古嗣 「ふふ、胡土前はいいのかい? 『姫さんは俺のもんだー』とか言わなくて」

胡土前「あん? 今更姫さんへの想いが、誰かに負けてるなんて思わねえよ。
    あとは姫さん次第だが、そこを強制するのはあんまり好きなやり方じゃねえしな。
    どうせお前もそんなこったろ? 『僕以外をお姫様が選ぶわけがない』って」

古嗣 「ご名答、参ったね」

 

幻灯火「ふむ……となれば、彼女がこの場に来たとき誰がいち早く
    【めりー・くりすます】を受け取ることが出来るかが肝となるわけか……」

胡土前「いやでもよ、姫さんはそんな言葉知らねえんじゃねえか?」

秋房 「いえ、こちらに向かう前には、
    智則から今日の宴の説明を受けているはずですから、
    逸話の話を含め、知らないということはないかと思います」

空疎尊「ふん、ならば話は早い。
    そのような逸話があるこの宴にて、あの女が我以外に言葉を投げかけるなどありえぬ」

古嗣 「おや、奇遇だね空疎。
    僕も全く同じことを考えていたところだよ」

幻灯火「皆、無駄なことはよせ。
    彼女に最もふさわしいのは私に決まっているだろう。
    きっと彼女は一番に私に声をかけてくるはずだ」

胡土前「…………いやあ、お前の場合は……」

秋房 「いつもと格好が違いすぎて――」

古嗣 「顔も隠れてるし、
    幻灯火だ、と言われない限りは判別がつかないね……」

幻灯火「――――――!!!!!!」

空疎尊「阿呆の極みだな……」

 

 

智則 「――以上が、今宵の宴の説明となります。姫」

詞紀 「ふふ、楽しそうなお祭り。――ねえ、智則?」

智則 「はい。いかがなされましたか?」

詞紀 「めりー・くりすます。ふふっ」

智則 「!? え……え、あの、姫。
    先ほどのお話を――!?」

詞紀 「ええ、もちろん聞いていたわ。
    想い人とより強い絆で、永遠の愛で結ばれるのでしょう?」

智則 「で、でしたら、なぜその様な……私にまで――」

詞紀 「だって私は、皆を愛しているもの」

智則 「…………あ」

詞紀 「だから、今日村の皆に言って回ろうと思うの」

智則 「……ええ。とてもよいお考えかと」

詞紀 「幻灯火様たちにもしっかりと伝えなきゃね。
    私は貴方たちを――愛しています、って」

 

おわり


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