応急処置法・心肺蘇生法
 
九州大学健康科学センター 山本和彦
 
                                                                                            

事故や急病など緊急の事態が発生した時、現場ですばやく対処すると 患者の予後の良くなることがある。救急車が到着するまで、現場で、現場にいる人が行う医療的処置が応急処置(first aid) である。応急処置は、簡単な技術でありながら有効性が高いので、全ての人が修得することが望ましい。

以下、実習や実験で遭遇する事態に対処する処置法を述べる。
 

(1)心得

緊急事態に遭遇すると、人は動転して慌てる。怪我をして出血してい る人を見れば冷静さを失い、卒倒している人を見れば判断力を失って何をしたらいいのか分からなくなってしまう。応急処置法を修得していても動転するとする べき事を見失い、するべき事をしてもミスが起こる。緊急事態に遭遇して冷静さを失わないことが、処置を行う上での基礎である。

●困難な状態に陥っている人に援助の手を差し伸べることは、最も人 間的な賞賛に値する行為である。援助の手を差し伸べたにもかかわらず患者が不幸な転帰をとっても、援助者は責任を問われない。困難に直面している人に援助 の手を差し伸べようとする積極的姿勢が、対応力を高める。

●困難な状況に陥っているのは自分ではなく、他人である。自分は苦 しみや痛みを直接体験しているわけではない。他人の痛みや苦しみと自分のそれを切り離した視点に立つと、苦しんでいる患者の状態を客観的な目で観察するこ とができる。

●応急処置法を学んだ後、これを反復して学習し、シミュレ−ション を行って技術の向上を図る。
 

(2)心肺蘇生法

心肺蘇生法(Cardio-Pulmonary Resuscitation=CPR)は、事故や急性疾患で心呼吸停止に陥った患者に、 現場で直ちに行う救命法である。心停止から4分以内にCPRを開始すると救命率が高い。

●適応

溺水、電撃傷(感電事故)、墜落などによる心呼吸停止、自殺企図や 窒息による心呼吸停止、心筋梗塞や不整脈など心疾患による心室細動、心停止など。

●方法(一人で行う場合)

@倒れている人→意識の有無の確認

患者をゆっくりと仰臥位(あおむけ)にする。患者の右手側にひざま ずき、「大丈夫ですか?」と呼びかけ、その頬をたたいて意識の有無を確かめる。

意識があれば、患者はうめいたり、目を開いたり、うなずいたりす る。この場合、経過を観察する。

意識がなければ患者は反応しない。この場合、「だれか来て!」と大 声で叫び、援護者を呼ぶ。
 

 

図1
 
図2
 
図3
        
 
 図4
 
図5
 
 
図6
                      
                        
 

A呼吸の有無の確認→人口呼吸

耳を患者の口に近づけ、その呼吸音を聞く(図1)。また胸の動きを 見て、呼吸の有無を確認する。 呼吸があれば、経過を観察する。

呼吸がなければ、患者の気道を確保し(図2、図3)、その鼻を摘 み、口−口法(図4、図5)で2−3回空気を肺に吹き込む。左手を額に、右手を頤(おとがい)に当て、頤を額方向に軽く押すと気道が開く(図3)。空気が 肺に入れば、患者の胸の動きが観察される(図6)。気道が閉息していれば、空気が口と鼻から逆出する。
 

図7
 
 
図8
 
図9 
 
図10

                       
B心停止の確認→心マッサ−ジ

患者の頚動脈を触れる(図7)。右手中指を患者の喉仏に置き、ゆっ くりと下方へ動かすと頚動脈に達する。

呼吸がないにもかかわらず脈を触れる時、人口呼吸(3−4秒間に1 回程度)を行いながら経過を観察する。

脈を触れない時、「救急車を呼んで!」と救急隊への連絡を依頼し、 直ちに心マッサ−ジを開始する。みぞ落ちの最上部に右手中指を置き、人差指を中指に並べて置いた、その左方に左手の手のひらを置いた位置(図8)が、心 マッサ−ジの場所である(心マッサ−ジの位置は重要)。この部分を15回垂直下方にリズミカルに圧迫する(1分間に80回程度の速さ)。左手の上に右手を 置き、両肘を伸ばした状態で、真上から上半身の重みを加え、胸部が4cmへこむ程度の圧力を加える(図9、図10)。

C人口呼吸→心マッサ−ジ→人口呼吸

心マッサ−ジ後、再び気道を確保し、口−口法で2回肺に空気を吹き 込む。次いで心マッサ−ジを15回行う。救急隊が到着するまで、この動作を繰り返す。

●留意点

@CPRは死の危機に瀕した人を援助するものであり、巧拙により結 果に差が生じても術者は責任を問われない。
A板など、硬いものの上に患者を寝かせてCPRを行う(柔らかいベッドの 上でCPRを行っても効果がない)。
B術者は、患者が死亡しているか否かの判断を行わない(患者が既に死亡し ているとしても、CPRを続行する)。
C術者は、救急隊が到着するまで患者から離れない。
D気道の確保と胸部圧迫の場所が、CPRのポイントである。
E高齢者など骨の脆い患者で、肋骨骨折をきたすことがある。重篤な傷害で はないので、そのままCPRを続行する。
F圧迫する手の位置が悪いと肺損傷や、肝破裂をきたすことがある。
G落下事故などで頚椎損傷があると、気道を確保する際、頚髄を損傷して患 者が死亡することがある。頚椎を骨折し、かつ心呼吸の停止した症例は救命することが困難である。
Hシミュレ−ション訓練を積み、頭でなく体でCPRを会得する。
 

(3)外傷と出血

外傷は、部位や大きさ、深さ、動脈損傷の有無などにより処置が異な る。上下肢の近位部を切断したり、これに近い重篤な外傷を受けた場合、この部の主幹動脈が切断されている。医師や救急隊が近くにいなければ、失血によって 患者は速やかに死に至り、応急処置を行う時間はほとんどない。ここでは、四肢、躯幹部の局所的外傷と指切断時の処置を述べる。
 

図11
 
図12
 

●応急処置

受傷患者をみた時、傷が深いか浅いか、出血が動脈性か静脈性かを判 断する。

[比較的深い傷]=細菌と異物が深部に達していると仮定して処置を 行う。出血が激しくない場合、水道水などきれいな水で患部を洗う。傷の内部までよく洗って、異物が内部に残らないようにする。患部が挫滅して異物を水で流 せない時、清潔な布で患部をゴシゴシ洗う(痛みがあっても行う)。患部をきれいにしたのち圧迫止血し、包帯を卷く。

動脈性出血を伴う時は止血を第一とする。患部を清潔な布で強く圧迫 して止血する。出血が少なくなった時、患部に圧迫包帯を卷く。止血しにくい時、患部を手で圧迫止血したまま医療機関を受診する。

[浅い傷]=傷の浅い場合も上記と同様の処置を行う。浅い傷で動脈 を損傷することはないので、出血していても水道水を流しながら患部をよく洗う。汚れの落ちにくい時、布で患部をゴシゴシ洗う。布でしばらく圧迫止血した 後、包帯を卷く(図11,図12)。静脈性出血は、圧迫することで10分以内に止血する。

[指切断]=鋭利な刃物や金属との接触で指が切断されているため、 切断面は砂やゴミが付着していない。動脈を損傷しているので止血を第一とする。切断部を清潔な布で圧迫止血する。次に、切断された指を清潔なビニ−袋にい れ、これを氷水に漬けて医療機関を受診する(保存状態が良ければ再建することができる)。ミンチ状になった指は再建することができない。

●留意点

@動脈性出血は、勢いよく拍動性に出血する。判断しにくい時、血液 を布でぬぐって出血状態を観察する。患部圧迫による止血を原則とし、毀損動脈より近位部の上下肢を止血帯で縛って止血する方法は行わない。
A静脈性出血は、患部から血液がジワジワと染み出る。出血しても大事に至 らないので、患部をよく洗う。
B釘や鋭利なものが深く刺さった時、破傷風に罹患する可能性がある。過去 5年以内に破傷風トキソイドの接種を受けたことがなければ、抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与を受ける。
C応急処置を行った後、必ず医療機関を受診する。
 

(4)熱傷

熱傷は、深さ、広さによって処置が異なる。熱傷は、深い熱傷と浅い 熱傷、局所性熱傷と広範囲熱傷に大別される。

●深達度の判断

@浅い熱傷は、患部が赤くなったり、水泡になったり、糜爛(びら ん)になったりする。皮膚表在神経は損傷されていないので、痛みを感じる。 
A深い熱傷は、患部が炭化して黒ずみ、皮膚表在神経が損傷されて痛みを感 じない。
 

 

図13
 
図14
 
 

●応急処置

[浅い熱傷]=局所性の浅い熱傷は、受傷後直ちに水道水で患部を冷 やす(図13)。冷やす時間が長いほど(数時間に及ぶこともある)疼痛は軽くなり、患部の回復が速い。冷やした後、患部を清潔な布で卷き医療機関を受診す る。 

広範囲の熱傷も患部をできる限り長く冷やす(図14)。患者は ショック状態に陥ることがあり、状態を注意深く観察する。熱傷の範囲が広いと患部から体液が失われ、循環不全や腎不全を併発する。集中治療を要するので、 患者を速やかに医療機関に搬送する。

[深い熱傷]=深い熱傷は植皮を必要とする。筋肉など他の組織の損 傷を伴うことがあるので、範囲が広いと予後不良である。

深い熱傷は、真皮まで傷害されているので痛みがなく、皮膚が再生し ない。細菌感染をきたしやすく、放置すると重大な結果となる。痛みのない炭化した熱傷は洗わず、患部に清潔な布を卷き、直ちに医療機関を受診する。

組織が広範囲に炭化した患者は救命することが困難であり、応急処置 の対象ではない。

●留意点

@患部に軟膏などを塗布すると、かえって回復が遅れる。
A痛い熱傷は軽症であり、痛みのない黒ずんだ熱傷は重症である。
B患部に付着した燃え残りの衣服などを剥さない。
 

(5)電撃傷(落雷事故を含む)

電撃傷は、電流のジュ−ル熱による皮膚や諸臓器の損傷と、電流によ る心臓の電気的障害(特に心室細動)が主たる障害である。高所で作業していれば、落下による外傷を伴う。
 

図15
 
図16
 
●応急処置

@電流が心臓に達すると、心筋の電気的機能が障害され、心室細動 (心臓がピクピクけいれんし、心停止と同じ状態)をきたす。心停止をきたした人に、上記(2)の要領で直ちにCPRを行う。

大量の電流が流れ、諸臓器が広範囲に傷害されている場合、救命する ことは困難である(図15)。A意識不明の患者が不穏状態にあれば、心呼吸機能は作動していると考えられる。この場合CPRを行わず、患者を医療機関へ搬 送する。

B患者が電源から手を離すことのできない時、直ちにこれを電源から 離す(この際自分が感電しないよう注意する、図16)。

C高所より落下して出血があれば、局所を清潔な布で圧迫して止血す る(CPRの術者以外の人が行う)。

●留意点

@高圧電源ほど死亡する確率は高いが、100Vの電源でも心室細動 をおこすことがある。
A皮膚が湿っていると電流が通りやすい。
B交流に触れると一時的に手が痲痺し、吸いつけられた状態となる。
C電流が心臓を通過する(左手から右足に抜ける)と、心室細動をおこしや すい。
 

(6)骨折

外傷性骨折は、骨折の部位により処置が異なる。ここでは、四肢の外 傷性骨折に対する応急処置を述べる。

●骨折状態の把握

骨折が単純(閉鎖)骨折か複雑(開放)骨折か判断する。

単純骨折は、折れた骨が皮膚の外に出ない骨折である。単純骨折で も、内部で骨が粉々になっていることがある。

複雑骨折は、折れた骨が皮膚を破って外に出た(外と交通した)状態 の骨折である。複雑骨折でも、シンプルな折れ方をしていることがある。単純骨折では細菌感染の恐れはほとんどないが、複雑骨折は感染をきたしやすい。
 
 

図17
 
図18
 
図19
 
図20

       

図21
 
図22
 
図23

             

●応急処置

[単純骨折]=骨折した手足を注意深く引き延ばしながら副木を当 て、動かないよう固定し、患者を医療機関に搬送する。

前腕骨折は図17のように副木を当てて前腕を固定し、三角巾でこれ を吊る。
上腕骨折は図18のように副木を当てて上腕を固定し、前腕を90度曲げ、 三角巾でこれを吊る。
 

下腿骨折と大腿骨折は図19、図20のように骨折部を牽引しなが ら、副木を当て、足を固定する(図21)。 両足は8の字に縛り、ブラブラ動かないように固定する(図22)。

膝関節骨折は膝下にタオルなどを敷き、下肢を軽く屈曲した状態で足 を固定する(図23)。 

大腿骨折や上腕骨折は疼痛が激しく、患者が一時的にショック状態に 陥ることがある。これは自然に回復するので、経過を観察する。ショック状態から回復した後、副木を当てて固定する。

[複雑骨折]=外傷と出血を伴う。患部が土やゴミで汚れている場 合、水道水で洗った後圧迫止血する。止血後清潔な布で患部を巻き、単純骨折に準じて副木を当て固定する。複雑骨折は細菌感染をきたしやすいので、患者は早 急な治療を要する。

動脈性出血を伴う場合、患部を清潔な布で圧迫して止血する。圧迫止 血したまま患者を医療機関に搬送する。

●留意点

@複雑骨折は処置が遅れると、四肢切断に至ったり死亡したりする。 患者を可及的速やかに医療機関に搬送する。
A一見単純骨折に見える骨折でも、複雑骨折であることがある。
B止血(複雑骨折の場合)する時、尖った骨で手を傷つけやすい。この際 HIVやB型肝炎ウイルスの感染することがある。
 

(7)目の傷害

●異物

小さな異物が目に入った時、水道水で目を洗ってこれを除去する。生 理的食塩水(水1Lに食塩9gを溶かす)を用いると、疼痛が少ない。手で目を擦らない。

●外傷

金属が目に刺さったり外傷を受けたりした時、患側を硬い紙や金属の 碗のようなもので覆い、健側を布で覆って見えないようにして患者を直ちに医療機関へ搬送する。患部を手で擦らない。

●薬品

硫酸や硝酸、水酸化ナトリウムなど強酸や強アルカリが目に入った 時、直ちに大量の水道水で目を洗う。生理的食塩水(前述)で洗うと、疼痛が少ない。pH測定用紙があれば、目のpHを測定する。pHが7.0になるまで目 を洗った後、医療機関を受診する。疼痛があっても目を擦らない。

(8)薬品による傷害

強酸、強アルカリが皮膚に付着した時、大量の水道水でその部を洗 う。洗った後、硫酸であれば1%重曹で、水酸化ナトリウムであれば1−2%酢酸でその部を中和することがある。その他の有毒物質が付着した場合も大量の水 でその部を洗う。

有毒物質が誤って口に入った時、これを吐き出し、大量の水で口を漱 ぐ。自殺目的で意図的に有毒物質を飲む場合を除き、致死量の有毒物質が口に入ることはない。 ただしシアン化合物は微量で致死量に達するので、取扱を厳格にする。
 

(8) 急性アルコール中毒

急性アルコール中毒とは、短時間に比較的大量のアルコールを飲むこ とで血中アルコール濃度が急上昇し、アルコールとその代謝産物によって脳機能が一過性に著しく障害された状態をいう。通常、患者は泥酔・昏睡状態にある。 重篤な場合は呼吸中枢の麻痺により死亡する、危険な薬物中毒の一つである。
 
血中アルコール濃度が300mg/dlを超えると脳機能が著しく低下し、 泥酔・昏睡状態となる。血中アルコール濃度が400mg/dlに達した昏睡患者を放置すると、数時間で死に至る。通常、血中アルコール濃度が 400mg/dlを超える状態は、比較的大量のアルコールをイッキ飲みする以外には起こり得ない。

●予防及び介護

死に至る危険な急性アルコール中毒を予防する唯一の方法は、イッキ 飲みをしないことである。また、他者にイッキ飲みを強制したり、はやし立ててイッキ飲みを誘導したりしてはならない。イッキ飲みの危険性を知りながら他者 に強制し、強制された者が急性アルコール中毒によって死亡したり、不利益をこうむったりする場合は、強要罪・傷害罪などの刑事的問題、損害賠償などの民事 的問題が、強制した本人に生じるので注意すること。

アルコールを飲んで酔っぱらったヒトが倒れている場合、昏睡状態に あるか否かを確かめることが最も重要である。昏睡の有無を確かめる方法は、倒れているヒトの体を激しく揺さぶり大声で名前を呼ぶか「大丈夫ですか?」と何 度も呼びかけることである。昏睡でなければ、患者は体を動かしたり、うめいたり・わめいたりする。眠っているように見えても、必ず何らかの反応がある。こ のような場合は、患者を安全で暖かい場所に移送し、経過を観察し、嘔吐・失禁があれば介護する。
 
呼びかけにもかかわらず患者が体を動かしたり、うめいたりする反応がなけ れば昏睡状態にあることが疑われる。この場合は速やかに救急車を呼び、患者を病院に搬送する。昏睡の場合は数時間で死亡する可能性が高いので、患者をその まま放置したり、そのまま経過を観察したりしてはならない。患者が泥酔して眠っているように見えても、実は昏睡状態に陥っていることがあるので、泥酔して 眠っているように見える患者は必ず一度激しく体を揺さぶり、名前を大声で呼んで、昏睡の有無を確かめること。
 
急性アルコール中毒患者が心拍・呼吸停止状態にある場合は、その場で、前 述の方法にしたがって心肺蘇生術を行うこと。

 
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