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自虐史観は明治から
2012-06-19
歴史は、当然ながら
編纂する為政者の都合の良いことを並べ、
先の為政者を悪く書く。
つまり帰納法によって編纂される。
記紀は、
日本の神話であるが、
書いた人物たちは、
司馬遷に代表される、
支那の正史史観に依って立って書き、
それ以前の、
言葉も歴史も文字も
ないもののように扱った。
政権が変わって
民を虐殺し
先の政権の墓を暴いて財宝を奪う行為と全く同じある。
明治政府も同じ。
宗教の視点からいうと、
欽明天皇以来、
仏教が入って来てからというもの
神道は人気がなくなった。
それを指し示す言葉さえなく、
仏教、道教に呼応して
神道ということばが生まれた位に
自律性を無くした。
人生の細やかな悩みや苦しみ、不条理に何ら応えなかったからだろう。
かくして、
聖武天皇の時に東大寺ができて、
時間を経て、
江戸に至って民間による大修理運動が沸き起こり、
完全無欠に国教的保護をうけたのは仏教である。
仏教の下あるものとして神道は扱われた。
維新で、
為政者も宗教も
上下がひっくり返った。
神道が躍り出た。
岩倉具視が狂信していたオカルト神道者のせいのようだが詳細をしらない。
このあたりは『国家神道とは何だったのか』しか読んでいないから。
教育においては、
上下ひっくり返すと下がなかったのか、
明治政府の行った教育は、
制度も教科書も
西洋を翻訳したものであった。
『誰か戦前をしらないか』では
明治の日本の教科書を
西洋の教科書の海賊版だと
すっきりと記してある。
「ポチ」という犬の名前は
petit から来ている。
面白いのは教育勅語である。
井上毅が中心になって書かれたこれは、
博愛なんて言葉があって、
儒教的ではないとすぐにわかる。
つまり日本的ではない。
だから、
教育勅語が発表された後、
天皇の生活は、
衣食は西洋スタイルであるし、
精神はキリスト教の教えに則っているとして
基督教を国教にした
天皇を戴く国家にしようという言論が存在したりする。
東京裁判で却下された弁論や
杉浦重剛氏の文章にもあるが、
教育制度とともにその内容は
洋の東西を問わず、
すぐれたものと思われた教えを教育しようとすることであった。
明治政府には
すでにキリスト教徒が為政者として多く存在していた。
中世日本を世界でたぐいまれな教育国にした寺子屋は無視である。
寺子屋がなくなって、
江戸の教養を習えるところが無くなった。
さて、
戦後盛んに教えてくれた自虐史観だが、
『誰か「戦前」を知らないか』の帯では、
「戦前お尋ね者史観」であるという。
笑った。
確かに言い得ている。
頭のいい人は素敵である。
帯の言葉は戦前戦後の
封建主義、自由主義、共産主義、
夫々の体制を短い文章で言い表している。
著者は戦前のデモクラシーを「大正(ご遠慮)デモクラシー」と呼んでいる。
「民主」といっては天皇陛下に遠慮がある。
だから「民本主義」と呼んだ。
けれどもデモクラシーに二つはない。
戦後の左派の多くは共産党の転向者である。
何が何でも戦前をまっ暗にしたい。
いかにも左翼の転向者は「特高」に監視され「まっ暗」だった。
著者はこれを「戦前お尋ね者史観」と呼んでいる。
また、ぽつぽつとご紹介でき、
原書を手に取って頂けたら幸いであるが、
自虐史観は戦後はじまったのではないと、
前々から思っていたものだから、
『誰か戦前をしらないか』の帯をみて、
ふと、書いてみた。
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『敵国日本』という本
2012-05-23
『敵国日本』なる本を手にしている。表紙は
毎日新聞より提供されたという、
戦闘機が煙は吐き
降下してくる映像がセピアに調なっている写真である。
おそらく、
これはアメリカ側から撮られた特攻攻撃の写真ではないだろうか。
この美しい外形は零戦だ。
左翼が被弾、
煙を吐いて、
降下してくる敵国日本の戦闘機を
映したのだろう。
見えないが、
誰かが操縦席にいるのは確かである。
零戦は、
操縦士が気を失って、
操縦桿から手を離してしまうようなことがあっても、
何度か上昇下降を繰り返すと、
平行に飛行を始める、
名機である。
零戦を操縦した飛行士の言葉によると
特攻を行うための操縦は
急降下を行うので、
操縦桿を思う通りに扱い、
飛行をコントロールするのは至難の業であったはずだという。
繰り返すが、
零戦は、
飛行士が気絶しても、
急降下すると機首を上げる、
燃料がある限り、
飛行能力の限り、
飛行士を護る名機である。
この表紙に映った零戦の操縦士は
満身の力で
目標に向けて零戦をコントロールし
下降させている。
機首が下がっている。
これも零戦飛行士の話であるが、
護衛している艦を護るために、
己を囮にして
敵機に自機を狙わせて
機銃を打たせることがあったという。
機銃を撃っている間は
艦に爆撃できないからだ。
自機に機銃弾があたったことを感じた時、
気持ちが軽くなったというのだ。
機銃を撃っている間は艦に爆撃できない。
きっと特攻した者たちも
同じ思いをしただろうというのを読んだ。
『敵国日本』の表紙のこの戦闘機が
零戦であろうという推測が的を得たものであったとして、
敵艦にあたると分った時、
気持ちが軽くなっただろうか。
彼らは日本海軍の教育を受けている。
日本海軍は英国海軍から教育団を受け容れて、
その教育を伝統にしている。
日本海軍の、
この写真の操縦士が学んだことを出来るだけ多く知りたい。
知る努力をせねばならぬだろう。日本人ならば。
さて
『敵国日本』の本文であるが、
日本に駐在したアメリカ人記者によって、
執筆され、
開戦後70日で出版されたモノである。
日米の双方に居住していた在米日本人、在日米人を、
それぞれ交換、送還するために組まれた
第一回交換船に乗って
1942年6月には日本に入ってきている。
内容は、
戦後教育の“日本史”の内容かと見紛う言い回しがある。
また、
訳者のあとがきで判るが、
高松宮殿下や近衛は早々に内容を把握したようであるが、
彼らに解説するにあたって
尾崎秀美が、
蝋山氏などを使って論陣を張り繰り返した
「戦争を出来る限り長く戦い続けなくてはならない」という言葉をいう人物も出てくる。
そして、
1941年に、
グローバリゼーショナルな今日の経済・国家観の一員になることを奨めている。
グローバリスト(地球支配主義)という言葉は、
『共産中国はアメリカがつくった』にあった言葉であるが、
この思想に沿って18世紀から様々な歴史的事件が起きている。
大東亜戦争もその一つだ。
背筋が寒くなった。
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人間の知恵は二千年前に出尽くしたという
2012-04-09
「二千年も前に人間の知恵は出尽くしている」は、山本夏彦氏の言葉である。
『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトが、
「死者皆悉成仏」の思想は、
仏教国の中で日本にしかないと書いているので、
すぐに、
それはそうだろう!だってそれは神道そのものの思想だものと結論した。
神道は人の中に神性を認める。
昭憲皇太后の御歌の
“金剛石も みががずば たまの光は そわざらん。 ひとも 学びて 後にこそ、まことの徳は あらわるれ”
も神道の思想が根底にある。
磨き、勉めれば、どの人もその神性より光が現れると信じているからこその御歌である。
その点に貴賤・賢愚の差も区別もない。
それを感性とするからこそ、
生存本能と自己犠牲との狭間、
狭間と書く余地も選択の機会もない戦場で、
驚愕の利他的行為を日本人はやってのけた。
個々の戦場史を追う前に『日本人の勇気』という
軽い読み物を訪れになると、
数時間で、
英霊より
今を生きる日本人に贈られたモノに出会える。
予告しておく。
我ら民族の祖先は凄い。
神あがる人の話が連なっている。
アメリカ 戦略局は
日本人に戦い死んでも神になれないと思わせなくてはならないと“決定”した。
そして、
マッカーサーは、ユダヤ教の原罪を以て日本人を啓蒙しようと思った。
この時期、日本でもアメリカでも
共産主義者は自由を謳歌していたから、
若造の国からやって来たマッカーサーの
そもそも余計なお世話だったことがあらぬ方向へ進んでいく。
いずれの国においても
自由と平等を!道徳は封建的だからやめましょう!
となった。
日本は教育勅語を学ぶ機会を子供から盗りあげた。
アメリカの偉いところは、
そんな社会主義・共産主義教育の結果について分析し、
軌道修正しようとしたことだ。
60年代以降のアメリカの教育界は“子ども中心主義”で、
十五歳から十九歳の子供の自殺率がかつての三倍にもなり、少年犯罪が激増したという。
一九九三年に『道徳読本』という本を刊行し、現在ではアメリカ家庭の第二の『聖書』となりつつあるという。
ただ戦いはずっと続いている。
終わることはないだろう。
社会主義・共産主義者のやったことは
人間をして
食を充たし
文明を築かせ
産業を起し
数千年、生き延びてきた秘訣は
その間に醸成し、継承し、加え、削りして今尚伝わる智慧であって、
古来より使い古されたような伝統的その智慧と秩序は、
健全な人間に必要不可欠であったことを証明したことと、
そのために
30年間、自殺した多くの子供の命と、犯罪者になった子たちの頭脳と人生を
実験材料に使い、捨てたことである。
自由と平等の代償にしては大きくないか?
そもそもその文明に育っていた文化を、
道徳を尊重していれば、
多くの子は死なず、犯罪者になって自ずと卑しく感じ入る心で生きる人間を造らずに済んだ。
さて、
始めに、
「死者皆悉成仏」の思想は、
神道そのものの思想だと結論したと書いたが、
私はそんな結論に辿り着いた史上初の人間ではない。
『「やまとごころ」とは何か』という本の中にも
同じ結論が出てくる。
これ己が馬鹿であると卑下することではない。
功名心のある学者や学者の意義を取り違えた人には一大事かもしれない。
先人が
「二千年も前に人間の知恵は出尽くしている」と書き残してくれている。
やっと自ずと人間の知恵に辿り着けるに至ったと安堵すれば良い。
功名心が満足できぬ事態であっても
新しい紙に書き残し、
子に話せば良いことである。
それを聞いた世代は
私が辿り着くまでに要した時間と経験の半分の労力で
二千年も前に出尽くした人間の知恵の意味を知るだろう。
日本はそうして二千六百年、文明の綾を織ってきたのだと思う。
そしてそれはかなり美しく残っている。
なにせ二千六百年遡れ、
二千六百年分の人間の生き様を知ることができるのだ。
行いと末路、不条理、挫折、幸運、努力、再起、無常。
まだ己が経験せぬそれを二千六百年分多様な人から知り、
またその人々が愚かで賢明であったことは知る機会を持つ
国に生まれたことは幸い。
二千六百年、日本文明が織ってきた綾はかなり美しい。
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天皇たちの和歌
2012-03-23
『天皇たちの和歌』という本があります。
この題名に、
違和感を持つ方はいるはずです。
天皇陛下が詠んだ和歌は、
御製というのでした。
皇后陛下が詠むとお歌でしたか。
『天皇たちの和歌』とは、
正確には歴代の御製集となります。
なぜ御製という言葉を使わなかったでしょうか。
多くの人になじみがないから使わなかったのでしょうか?
では、なぜ多くの人になじみがないのでしょう。
御製という言葉は存在するのに、
多くの人がそれを知らない理由は?
また、
多くの御製を紹介し、
独自の解釈を添える傍ら、
御製という言葉を使わず、教えず、
啓蒙しない理由はなんでしょうか?
その結果は?
このようなことを考えたことがあるでしょうか?
御製という言葉を使わないと、
人が御製という言葉に触れる機会が減ります。
代わりに、
天皇の和歌という言葉を見て知るために、
御製という言葉が世代を超えて継承されなくなります。
さらに今日、
テレビ画面を眺めて過ごす人は多くいます。
そのテレビでは、
迂回と書かず、う回と書いていました。
蔓延と書かず、まん延と書いていました。
雪庇と書かず、雪ぴと書いていました。
こう書くことで、
日本人が日本人独自の文化・文明に接する機会をそれぞれ一回奪われました。
日本人が、己の文化・文明を継承する機会を奪う底意があるのだろうと思えてきます。
遥か遠い昔、日本でも字をを読めるのは、僅かな人だけでした。
ひらがな、カタカナ、その上多くの漢字を知っていることが、
自由に思考する手段として有利でした。
多くの漢字を知っている人びとにだけ、
情報も教養も占有されて、
他者に対して有利に生きる手段となっていました。
江戸時代に、
学問が自由になったことで、
日本人は漢字を使うことで遥か昔の書物を読むことができ、
賢者の言葉を知る機会を得ました。
漢字を使わなくなれば、
昔の叡智に触れる力を失います。
一時の流行り廃りの言葉で思考せざるを得なくなる危機に身を置くことになります。
御製という言葉一つを安易に思って、
天皇の和歌という言葉に置き換わっていることを見逃すのは、
危険だと思いました。
少しずつ知識・叡智を失うシステムの中に住まわされていると、
疑ってよいでしょう。
僅かしか情報がなく、
論理的思考を可能にする言葉が少ない人びとは、
洗脳しやすい人になってしまいます。
この人々は専横を許す土壌になります。
文化・文明が醸成される前の人間に、人の教養を戻すシステムが、
あちこちで働いているようです。
そんな視点で一冊の本を眺めてみました。
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ブログがこちらに引越しました。
2012-03-23
ブログがこちらに引越しました。慣れないので、
しばらくアメブロと並行して運用するつもりです。
始めにライブドアをご紹介下さった方に、御礼申し上げます。
ご紹介頂く前にこちらに引っ越しており、
時間に追われて未だここにおります。
ライブドアのブログは情報拡散等に利便性があるなど
今回のように引越すの機会まで、
お教え頂いたことは有り難く心に留めおきます。
お教え頂いたのですからご縁があるものと思っております。
誠にありがとうございました。
さて、
botは少し入れ替えました。
botの最後に参考書籍を明らかにしています。
ご興味が持てたものがありましたら、
是非参考書籍そのものをお訪ねくださいませ。
此の度は、
ブログの引っ越しのお知らせのみにて、
失礼いたします。
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