2012年12月23日
ノロウイルスとインフルエンザウイルス
世間では、ノロウイルスが猛威を振るっているようです。何でも今年のノロは変異を起こした新型だそうで、極めて始末が悪いようです。筆者も、ノロには以前だいぶひどい目に遭いました。

ノロウイルス
新型といえば、2009年には新型インフルエンザが発生し、真夏の大流行という異例の事態となりました。店や学校の入口などにエタノールの噴霧器が設置され、みな手に吹きつけて消毒に励んでいたことは、ご記憶の方も多いかと思います。
しかしこのエタノール消毒は、ノロウイルスには効かないということです。同じウイルスでありながら、なぜこういう差が生じるのでしょうか。
ウイルスというのは、遺伝子となるDNAあるいはRNAが、タンパク質の殻(カプシド)に収まった構造です。ウイルスは、自分自身だけでは複製を作ることができず、他の生物の細胞にとりつき、その増殖機構を乗っ取ることでコピーを増やします。細胞膜をぶち破ってたくさんの子ウイルスが出てくる有様は、想像するとなかなかホラーです。

細菌の表面に集合したウイルス(ファージ)
インフルエンザウイルスは、この時に宿主の細胞膜の一部をちぎりとり、ウイルスの表面にかぶって外界に出てきます。これをエンベロープといいます。人体細胞の複製システムを乗っ取った挙げ句、膜まで勝手に持っていくわけですから、実に図々しい連中です。
しかし、このエンベロープという薄い膜は、エタノールや石鹸洗いなどで破壊されます。このため、インフルエンザウイルスはこれらに弱いわけです。勝手に人のものを持って行くからだ、ざまあみやがれって話ですね。
が、ノロウイルスはこのエンベロープを持たず、タンパク質でできたカプシドだけです。エタノールはカプシドにも多少の効果はありますが、強力なノロウイルスの増殖能に追いつくほどではないようです。このため、ノロをやっつけるにはもっと強力な次亜塩素酸水溶液(まあキッチンハイターみたいな漂白剤ですね)を持ち出す必要があるわけです。

カプシドの一例(アデノウイルス)。美しい多面体構造を取るものが多い
ただ、これは床にこぼれたノロ患者の吐瀉物などを処理する場合のことであり、手洗いに漂白剤を使うのはよくありません。石鹸でよく手洗い、というのが最善の選択肢のようです。専門家の解説がありますので、詳しくはこちらなどどうぞ。
で、ノロウイルスには効く薬がないので、病院に行っても意味がないという話も出ています。ノロに限らず、ウイルス全般に効く薬剤というのは今のところありません。抗生物質は一種類で多くの細菌をやっつけてくれるのに、この差は何なのでしょうか。
細菌は、自力で生活するためのシステムを一揃い持ちあわせています。このため、どこか増殖に必要なシステムを破壊してしまえば、細菌は増えることができなくなります。特に細菌の体を取り囲む「細胞壁」は、多くの細菌にとって不可欠です。つまり細菌をやっつけるなら、この細胞壁を作る酵素を稼働不能にすればよいわけです。ペニシリンなどの抗生物質は、この細菌にとっての「弁慶の泣き所」を蹴飛ばす化合物です。

ペニシリン
ところが、ウイルスの仕組みは極めて多様であり、エンベロープのあるものもないものもあるし、形も球状のものやらせん状のもの、遺伝子がDNAのものやRNAのもの、さらにそれが直鎖状のものやら環状のものやらがあり、定まった部分というものがありません。サイズの方も、数nmから400nmまでえらく多種多様です。つまり、あらゆるウイルスに共通の「泣き所」というものはなく、抗生物質のようにあらゆる相手に有効な医薬は創りにくいのです。
というわけで抗ウイルス剤は、ある一つのウイルスだけを相手にするものにならざるを得ません。しかし、せっかくそうした抗ウイルス剤を創っても、ウイルスは変異を起こしやすいので、すぐに耐性を獲得してしまいます。このあたり、ウイルスが「人類最後の敵」と称されるゆえんです。
そのようなわけでウイルスは厄介であり、今季のノロは中でも強敵であるようです。みなさまも、くれぐれもご用心のほど。
(参考文献) 創薬科学入門—薬はどのようにつくられる?
オーム社
ノロウイルス
新型といえば、2009年には新型インフルエンザが発生し、真夏の大流行という異例の事態となりました。店や学校の入口などにエタノールの噴霧器が設置され、みな手に吹きつけて消毒に励んでいたことは、ご記憶の方も多いかと思います。
しかしこのエタノール消毒は、ノロウイルスには効かないということです。同じウイルスでありながら、なぜこういう差が生じるのでしょうか。
ウイルスというのは、遺伝子となるDNAあるいはRNAが、タンパク質の殻(カプシド)に収まった構造です。ウイルスは、自分自身だけでは複製を作ることができず、他の生物の細胞にとりつき、その増殖機構を乗っ取ることでコピーを増やします。細胞膜をぶち破ってたくさんの子ウイルスが出てくる有様は、想像するとなかなかホラーです。
細菌の表面に集合したウイルス(ファージ)
インフルエンザウイルスは、この時に宿主の細胞膜の一部をちぎりとり、ウイルスの表面にかぶって外界に出てきます。これをエンベロープといいます。人体細胞の複製システムを乗っ取った挙げ句、膜まで勝手に持っていくわけですから、実に図々しい連中です。
しかし、このエンベロープという薄い膜は、エタノールや石鹸洗いなどで破壊されます。このため、インフルエンザウイルスはこれらに弱いわけです。勝手に人のものを持って行くからだ、ざまあみやがれって話ですね。
が、ノロウイルスはこのエンベロープを持たず、タンパク質でできたカプシドだけです。エタノールはカプシドにも多少の効果はありますが、強力なノロウイルスの増殖能に追いつくほどではないようです。このため、ノロをやっつけるにはもっと強力な次亜塩素酸水溶液(まあキッチンハイターみたいな漂白剤ですね)を持ち出す必要があるわけです。
カプシドの一例(アデノウイルス)。美しい多面体構造を取るものが多い
ただ、これは床にこぼれたノロ患者の吐瀉物などを処理する場合のことであり、手洗いに漂白剤を使うのはよくありません。石鹸でよく手洗い、というのが最善の選択肢のようです。専門家の解説がありますので、詳しくはこちらなどどうぞ。
で、ノロウイルスには効く薬がないので、病院に行っても意味がないという話も出ています。ノロに限らず、ウイルス全般に効く薬剤というのは今のところありません。抗生物質は一種類で多くの細菌をやっつけてくれるのに、この差は何なのでしょうか。
細菌は、自力で生活するためのシステムを一揃い持ちあわせています。このため、どこか増殖に必要なシステムを破壊してしまえば、細菌は増えることができなくなります。特に細菌の体を取り囲む「細胞壁」は、多くの細菌にとって不可欠です。つまり細菌をやっつけるなら、この細胞壁を作る酵素を稼働不能にすればよいわけです。ペニシリンなどの抗生物質は、この細菌にとっての「弁慶の泣き所」を蹴飛ばす化合物です。
ペニシリン
ところが、ウイルスの仕組みは極めて多様であり、エンベロープのあるものもないものもあるし、形も球状のものやらせん状のもの、遺伝子がDNAのものやRNAのもの、さらにそれが直鎖状のものやら環状のものやらがあり、定まった部分というものがありません。サイズの方も、数nmから400nmまでえらく多種多様です。つまり、あらゆるウイルスに共通の「泣き所」というものはなく、抗生物質のようにあらゆる相手に有効な医薬は創りにくいのです。
というわけで抗ウイルス剤は、ある一つのウイルスだけを相手にするものにならざるを得ません。しかし、せっかくそうした抗ウイルス剤を創っても、ウイルスは変異を起こしやすいので、すぐに耐性を獲得してしまいます。このあたり、ウイルスが「人類最後の敵」と称されるゆえんです。
そのようなわけでウイルスは厄介であり、今季のノロは中でも強敵であるようです。みなさまも、くれぐれもご用心のほど。
(参考文献) 創薬科学入門—薬はどのようにつくられる?
route408 at 15:46│Comments(1)│TrackBack(1)│
トラックバックURL
この記事へのトラックバック
1. インフルエンザ 最新情報 - 知識陣 (健康 医療) [ 知識陣 健康 ] 2012年12月24日 05:34
インフルエンザ に関する最新情報
この記事へのコメント
1. Posted by リィ 2012年12月23日 18:33
感染した細胞にウイルスを閉じ込めて、他の細胞に伝播させないような薬って、ありませんでしたっけ?コンセプトはあるけど薬は無い状態、とかだったかも知れませんが…