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世界のモバイル事情

携帯電話は「諸刃の剣」の存在 ─ 100万加入を超えた北朝鮮携帯電話市場の実態(後編)

2012.05.07

北朝鮮にとって「諸刃の剣」と言える携帯電話事業。今後の展望

北朝鮮にとって携帯電話事業は、一方では経済成長力向上の起爆剤となるが、他方では体制維持の脅威となる危険性をはらんでおり、まさに「諸刃の剣」である。サウィリス一族は、最終的に約2.4千万人の人口のスケールメリットを十分享受できる段階にまで北朝鮮の携帯電話ビジネスを拡大していきたい、という野心を抱いているに違いないだろう。しかし、北朝鮮側は国家体制の維持に大きな影響を及ぼしかねない携帯電話事業に対しては、現体制に大きな変化が起こらない限り、今後も慎重姿勢を貫いていくものと思われる。そのため、他の新興国市場のように、闇雲に価格を下げて低所得者層にまで一気に普及が拡大していくようなことは期待できない。

ただ、北朝鮮は携帯電話ビジネスが、今や同国の経済発展に欠かせない重要な役割を果たしているという現実は少なからず認識していると思われる。北朝鮮で流通している携帯電話端末の大半は中国製であり、国連の統計データによれば2010年には平均単価約80米ドルで約43万台が輸入された(THE WALL STREET JOURNAL(2012年1月17日))。前述の携帯電話端末の販売単価約350米ドルから単純にこの輸入原価を差し引いたベースで、1台販売当たり約270米ドルを稼ぎ出している。2010年の輸入総数約43万台にこの単金を掛け合わせると、年間粗利額は1億1,610万米ドルに達する。2012年4月のミサイル発射費用は推定約8億5,000万米ドルで、これは国民1年分の食糧費に相当すると言われている(中央日報(2012年4月13日))。これを基準として試算した場合、携帯電話ビジネスの中でも端末販売による年間粗利(2010年の輸入台数ベース)だけで2カ月弱の国民の食糧費を確保していることになる。携帯電話ビジネスがこのように多額の利益をもたらしている現実からも、当局は監視・管理体制を堅持しながら今後も相応の拡大路線を突き進めていくものと考えられる。

今後の携帯電話事業の進め方を巡っては、エジプト側のサウィリス一族と北朝鮮当局の間にある程度の方向性の違いや温度差は存在していると思われる。両者の思惑をうまく一致させた上で、いかにして円滑に携帯電話事業を推進していくことができるかに、同事業の行く末がかかっていると言える。また、現行の契約条件によればコリョリンクの事業独占権が2013年前後に切れることになっており、その後の動向も注視する必要がある。但し、複数事業者の参入は当局による監視・管理体制を複雑化させかねないため、2013年以降も当面の間は現状の1社体制が続く可能性が高いと見られる。

様々な制約下におかれてきたものの、サービス開始から3年超にわたり北朝鮮の携帯電話事業は成長を維持し続け、100万加入突破という一つの節目を迎えた。加入増の頭打ちも懸念される中、コリョリンクは今後も引き続き加入増の勢いを堅持することができるかどうかが注目される。富裕層の大半が属していると想定される朝鮮労働党の党員数約300万人に達するか否かが、北朝鮮における本格的な携帯電話普及期の到来を判断するための一つの指標になるだろう。


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松本 祐一(まつもと・ゆういち)
情報通信総合研究所副主任研究員。日本国際通信(現ソフトバンクテレコム)及びNTTコミュニケーションズで、在日外国人市場における国際電話サービス販売促進業務に携わる。2008年4月より現職。海外のモバイル市場に関わる調査業務に取り組むとともに、会員向け情報提供サービス「InfoCom モバイル通信T&S」の編集・執筆を担当。

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