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世界のモバイル事情

携帯電話は「諸刃の剣」の存在 ─ 100万加入を超えた北朝鮮携帯電話市場の実態(後編)

2012.05.07

北朝鮮で「アラブの春」が起こる可能性

2011年に中東及びアフリカで、携帯電話やソーシャルメディアが民衆蜂起の原動力の一翼を担って政権崩壊をもたらした「アラブの春」が、北朝鮮でも起こり得る可能性は少なくとも現時点では極めて低い。政権崩壊に至ったチュニジア、エジプト、リビア、イエメン各国の携帯電話普及率は概して高く、最も低いイエメンでも約半数近い46%(2010年末時点)で、最も高いリビアでは172%(2010年末時点)にも達している(表2)。

▼表2:北朝鮮及び「アラブの春」で政権崩壊に至った4カ国の携帯電話加入数/普及率比較
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出典:各種資料に基づき作成 ※北朝鮮=【図2】に同じ、北朝鮮以外の4カ国=国際電気通信連合(ITU)

携帯電話が一般大衆化していたこれらの国々では、携帯電話が政権崩壊をもたらすトリガーとなった一般市民間の情報流通の面で大きな役割を果たしていたとされる。エジプトの携帯電話普及率も87%(2010年時点)と高く、オラスコム・テレコムが自国エジプトで出資している携帯電話事業者モビニル(注1)の顧客自らも、同国の政権崩壊に多かれ少なかれ加担していた、ということになるだろう。このオラスコム・テレコムをパートナーとして携帯電話ビジネスを手掛けてきた北朝鮮にとって、これはまさに皮肉な出来事として映っているに違いない。

しかしながら、これらの国々に比べ北朝鮮の携帯電話普及率は僅か数%程度と断然低く、また顧客の大半は政府寄りの富裕層であると想定されるため、携帯電話が体制に及ぼす影響は微々たるものだろう。しかも、携帯電話は当局の厳格な監視・管理下に置かれており、所有者であっても事実上、反体制的な情報発信を行うことは不可能だ。さらに、ソーシャルメディアを含むインターネットへのアクセスも厳しく制限されている状況にある。こうした理由から、現況下において北朝鮮で携帯電話が政権を揺るがすほどの影響力を持つことは無い、と言ってよいだろう。

  1. オラスコム・テレコムのヴィンペルコムへの売却後、オラスコム・テレコムよりスピンオフされ2011年12月にコリョリンクとともにOTMT傘下に入った。

松本 祐一(まつもと・ゆういち)
情報通信総合研究所副主任研究員。日本国際通信(現ソフトバンクテレコム)及びNTTコミュニケーションズで、在日外国人市場における国際電話サービス販売促進業務に携わる。2008年4月より現職。海外のモバイル市場に関わる調査業務に取り組むとともに、会員向け情報提供サービス「InfoCom モバイル通信T&S」の編集・執筆を担当。

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