遺伝医療をすすめる際に最低限必要な遺伝医学の基礎知識

1.遺伝医学の基礎知識 | 2.遺伝カウンセリング | 3遺伝子検査 | 4.染色体検査 | 5.出生前診断 | 6.日本人類遺伝学会認定医の到達目標

 
 

1.染色体検査の適応
2.染色体検査法
3.染色体分析結果の解釈
4.染色体核型記載法

 
染色体検査は医療における臨床検査のひとつに位置づけられている.染色体検査はいうまでもなく染色体異常の検索に用いられる検査法であるが,染色体異常には,個体自体に先天異常を起こす構成的染色体異常と,がん細胞など一部の体細胞のみに一時的に現れる一時的染色体異常があり,これらは区別して考えなければならない.遺伝医療で問題になるのは,前者の遺伝疾患のひとつに分類される先天的な染色体異常であり,ここでは主に前者について述べる.

 染色体検査を円滑に進めていくためには,まずその目的が明らかにされなければならない.同じ染色体を扱ってもその目的には,先天異常および生殖障害に関する染色体検査,出生前診断に関する染色体検査,および悪性腫瘍に関する染色体検査などがあり,これらおのおのについて,染色体検査の適応(どのような場合染色体検査が必要になるか),検体の採取法,さらに染色体検査法の選択(目的とする結果を得るためにはどのような組織,培養法,分染法を用いるか)が異なってくる.先天異常の染色体検査は,その結果が疾患の確定診断に直結するという大変重要な検査である.検査を依頼する側と検査結果を報告する側の両者に,細胞遺伝学の基礎から臨床までを含めた高度な知識と技術が要求され,また,両者が連携して検査をすすめることが必要である.また,その結果は慎重に扱われる必要がある.

 
1.染色体検査の適応
どのような場合に,何を目的として染色体検査を行うかについて以下に解説する.染色体検査は目的によっては培養液の組成,添加物質,培養時間などを変えて培養することが必要になるので,検査を依頼する場合にはその目的をはっきっりと検査サイドに伝えることが重要である.
a.先天異常および生殖障害に関する染色体検査の適応
1) 臨床診断が可能な染色体異常症:核型の確認を目的として検査を行う.ダウン症候群,18トリソミー症候群など臨床診断が可能な染色体異常でも,染色体検査は必要である.トリソミー型か転座型かを確認し,転座型の場合はさらに親が保因者かどうかを検索することが,次子の再発率を推定し,その後の遺伝カウンセリグをすすめてゆくための資料になる.モザイク型の場合は一般的に症状が軽いので,予後を推定するうえで参考になる.

2)多発奇形,発達遅滞,成長障害:常染色体の不均衡な染色体構造異常を伴っていた場合,この3つの症状を伴うことが多い.

3)低身長の女児,手足にリンパ浮腫のある新生児女児:Turner 症候群を疑って行う.Turner 症候群はモザイク型が多く,また,染色体数は46本で1本のX染色体が構造異常となる核型を伴っていることも少なくない.

4)性腺低形成,二次性徴遅延,不妊症:Turner 症候群や Klinefelter 症候群など性染色体異常を疑って行う.

5)成長障害,免疫不全,光線過敏症:毛細血管拡張性小脳失調症(ataxia-teleangiectasia),Fanconi 貧血,Bloom 症候群など染色体切断症候群が疑われるときに行う.

6)精神遅滞:精神遅滞はほかに特徴的な所見が認められなくても染色体検査の適応となる.精神遅滞のみが主徴である微細な染色体異常が存在するし,脆弱X症候群の可能性もあるからである.

7)既知の奇形症候群,メンデル遺伝病(特に常染色体優性遺伝病,X連鎖遺伝病):微細な染色体構造異常や均衡型構造異常の検出を目的として検査を行う.均衡型構造異常を有する症例がみつかれば,これが端緒となり,その疾患の遺伝子座位が明らかにされることがある.

8)染色体構造異常を有する子供の親,染色体検査ができなかった多発奇形児の親,習慣性流産あるいは不妊症の夫婦:遺伝カウンセリングの一環として必要な検査である.均衡型染色体構造異常をみつけること,すなわち転座保因者かどうかを確認することが目的となる.染色体に変化が認められれば,染色体異常の子供については不均衡な染色体の由来が判明するので確定診断ができ,次子については羊水細胞あるいは絨毛細胞を用いた染色体検査による出生前診断が可能となる.

 
b.出生前診断に関する染色体検査の適応
1)夫婦のいずれかが染色体異常の保因者:夫婦のいずれかが均衡型構造異常を有する場合,胎児が不均衡型構造異常となる可能性がある.この場合,両親の染色体が詳細に分析されていることが必要である.最近の染色体分析技術はかなり高度になっているので,非常に微細な構造異常を確認しなければいけない場合がある.どの程度のバンドレベルで診断可能かあるいは後述するFISH法を用いなければならないかなど,出生前診断を行なう前に明らかにしておかなければならない.

2)染色体異常児を分娩した既往を有する場合:両親の染色体は正常であっても,染色体異常児を分娩した既往を有する場合,児に再び染色体異常児が生まれる再発率は一般頻度に比べごく僅か高くなる.トリソミー型ダウン症候群の場合,一般頻度は約1/1,000であるが,ダウン症候群を分娩したことのある母親の次回の妊娠における再発率は約1/200である.

3)高齢妊娠(一般には35歳以上):高齢の母親からは,染色体不分離によるトリソミー,モノソミーの頻度が高くなる.トリソミー型ダウン症候群を例にとると,一般頻度は1/1,000であるが,35才以上では1/300,40才以上では1/100,45才以上では1/45と高頻度になる.

4)重篤な胎児異常の恐れの有る場合:羊水過多や過少,small for date 児,超音波断層法で胎児奇形が発見されるなどして,胎児の染色体異常が疑われた場合,分娩周産期管理の方針を決める目的で染色体検査が行なわれることがある.

5)母体血清マーカー検査の結果,ハイリスクと判定された場合:母体血清マーカー検査とは胎児が21トリソミー,18トリソミー,13トリソミーなどの染色体異常症に罹患していると,その母体血中のα-fetoprotein(AFP),human chorionic gonadotropin(hCG)あるいはunconjugated Estriol (uE3)の値は異常高値あるいは異常低値となる傾向があるので,妊娠中期に母体血をとり,これら3つの値を測定すると,胎児が何らかの染色体異常であるリスクを算定できる.リスクがある程度高い(おおよそ1/300以上)と判定された場合には,羊水染色体分析を行なうことにより染色体異常の有無を確定診断できる.欧米では母体血清中のAFP,hCG,unconjugated estriol(uE3)の測定が胎児染色体異常のスクリーニング検査として用いられ,異常値を示す例に対して羊水検査による確定診断を行う方法がとられている.近年,我が国においても急速に普及しているが,この検査に関する事前の説明が不十分であることなどから妊婦に誤解や不安を与えていること等が指摘されており,厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会で検討された,「母体血清マーカー検査に関する見解」が平成11年7月21日,厚生省より通知された.本見解の主旨は,母体血清マーカー検査には,十分な説明が行われていない傾向があること,胎児に疾患がある可能性を確率で示すものに過ぎないこと,胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質と問題があること等から,医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく,本検査を勧めるべきでもないというものである.

 

一般に出生前診断では,胎児に重篤な異常が発見された場合に人工妊娠中絶を考慮しうる妊娠22週までに診断が確定している必要がある.しかし,妊娠後期になってからも超音波検査などで胎児の異常が疑われ,分娩様式を決定するなど産科的適応のために行われることがある.

 胎児の染色体検査は以上のような場合,十分な遺伝カウンセリングののち,クライアントが検査を希望した時に行なわれる.

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一般的な染色体検査は,染色体を観察できる分裂期の細胞を得るための培養からはじまり,分裂中期の細胞を蓄積するための細胞分裂阻害剤の添加,細胞を膨化させるための低張処理とその後の処理のための固定,スライドガラス上への染色体標本の展開,染色,顕微鏡観察とそれに引き続く解析(写真分析,画像解析)の手順で進められる.

 先天異常および生殖障害に関する染色体検査では,無菌的に採取された末梢血リンパ球を用い,細胞の幼若化物質であるphytohemagglutininを加えた培養液中で72時間培養後にハーベストをするのが一般的である.モザイクが疑われる場合や,リンパ球以外の組織の染色体構成を知る必要がある場合は,培養皮膚線維芽細胞など異なる細胞を用いたりして検索する.FISH法による検索が可能な場合には頬粘膜細胞を用いた解析を併用できる場合もある.

 出生前診断を目的とした胎児の染色体分析には羊水培養細胞あるいは絨毛細胞が用いられる.いずれの場合も検体採取後,速やかに培養を開始するのが原則である.

 いずれも,通常はG分染法で分析する.染色体分染法とは染色体標本に種々の処理を行い,染色体上に縞模様(バンド)を表出させ,染色体を精密に分析する方法の総称である.現在最も一般的に用いられているのは,バンドパターンの詳細な検討が可能なG分染法(G-banding)である.その他,目的に応じてQ分染法,R分染法,C分染法,DA/DAPI分染法などが用いられる.G分染法の結果をふまえて,必要に応じて異なる分染法やFISH法を併用し,総合的な細胞学的診断を行う.染色体相互転座保因者の出生前診断の場合は,異常の判定に必要な染色体分析の精度あるいはFISH解析など特殊な方法が必要かどうかをあらかじめ明らかにしておき,出生前診断に際しては,事前に明らかにされた方法に従って行う必要がある.

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a.先天異常および生殖障害に関する結果の解釈

 染色体検査の限界を熟知した上で,結果を解釈する必要がある.通常の染色体検査は末梢血リンパ球のみについて観察しており,その観察する数も20細胞程度である.従って,低頻度のモザイクを見逃す可能性はあるし,リンパ球以外の組織での染色体異常に関しては検出できない.リンパ球の染色体には異常を認めず,皮膚線維芽細胞において12pテトラソミーと正常細胞とのモザイクが検出される Pallister-Killian 症候群などはその例である.

 これらの疾患が疑われたり,臨床診断と染色体検査の結果が一致しないときには,観察する細胞数を増やしたり,リンパ球以外の組織(皮膚線維芽細胞,骨髄血など)での染色体分析,さらに必要に応じて FISH解析を考慮する.

 染色体分析は通常,その過程に組織培養を用いているので,培養中に染色体の切断,再結合,環状染色体形成などの染色体異常が生じる可能性がある.このような異常が観察されたときには,再現性を調べたり,複数の培養容器から得られたそれぞれの標本でも同様な異常がみられるかなど,この異常が個体にとって意味のあるものかどうかについて検討する必要がある.一般に構造異常を伴ったモザイクは稀であるが,皆無ではないので,最終的結論に導くためにはよく検討しなければならない.

 染色体構造異常については通常G分染法をもちいて分析するが,この場合観察できるバンドの数はハプロイドあたり320〜550程度にすぎない.従って,微細な欠失,重複,挿入や,バンドのパターンが類似した部分どうしの相互転座や逆位は見逃される可能性がある.また,写真分析をする場合,染色体の重なりは避けられないことなので,ある核板で重なっている場合は,その重なりの部分に異常がないかどうか,他の核板で確認しておくことが必要である.さらに染色体には伸び縮みがつきものなので,一つの染色体核板の写真だけで判断せずに,複数の染色体写真をみて判断しなければならない.さらに必要に応じ他の分染法,FISH解析も含めて総合的に診断することが大切である.

 異常が発見された場合には,これを正しく記載し,報告する.また次に行うべき事柄についても明らかにしておく.異常が発見されたからといって結論を急いではいけない.一つの異常があるからといって,別の異常がないわけではない.慎重に他の異常がないことを検討しなければならない.構造異常の場合には,他の家族の情報があるとより詳細な結論を導くことができることがあるので,1回目の報告はあくまでも仮のものとし,他の家族の染色体分析の必要性もあわせて報告する.

b.出生前染色体診断に関する結果の解釈

1)数的異常:13,18,21番のトリソミー,triploidy,および性染色体の異常がモザイクではなく検出された場合は,真の胎児の異常と考えることができる.他の数的異常は非常に稀なので,もしそのような異常が検出された場合は真の異常であるかどうか慎重に検討する必要がある.とくに超音波検査で異常が認められない場合は要注意である.場合によっては胎児血を用いて再検する必要がある.

2)家族性染色体構造異常:両親のどちらかが染色体異常の保因者のために出生前診断を行った場合,染色体分析の精度が適切であれば,分析結果をそのまま信頼してよい.

3)de novo (両親に異常が無く,新たに児に異常が認められること)の染色体構造異常:予期せず均衡型染色体構造異常が検出された場合,早急に両親の染色体分析をする必要がある.表現型正常な親にも同様の均衡型染色体構造異常が認められた場合は,臨床的に問題はないと考えられる.しかし de novo の場合は経験的に 5-10 %の胎児は何らかの異常を伴うことが予想される.ロバートソン転座の場合は de novo であっても問題はないことが多い.

予期せず不均衡型染色体構造異常がモザイクではなく検出された場合,それが確実なものであれば適切な遺伝カウンセリングののち妊娠中絶が考慮される場合がある.異常が微細であったり,何らかの不確実な部分がある場合は中絶の前に両親の染色体分析を行ったり,胎児血を用いた染色体分析を行ってから最終的判断を下す.

4)過剰マーカー染色体:過剰マーカー染色体は出生前診断の際,1000回の分析中0.4 〜1.5回程度検出される.G群染色体よりも小さい過剰マーカー染色体の場合,両親にも同じ過剰マーカー染色体を認める場合があり,この場合は胎児に表現型の異常がおこる可能性は低い.しかしわずかではあるが,親子とも同じマーカー染色体であるにも関わらず,子にのみ表現型の異常が認められた症例も報告されている.過剰マーカー染色体が両親の均衡型転座の3:1分離に基づくものであれば,全ての症例において,表現型の異常が引き起こされる.de novo の euchromatin を有するマーカー染色体が過剰に認められる場合は,何らかの異常を伴っている可能性が高いので,FISH法などを併用してマーカー染色体の由来を同定し,過去の報告例における症状などを調べておくことが望ましい.過剰マーカー染色体がモザイクで認められた場合は,胎児血の染色体分析を行うなどして慎重に判定する必要がある.

5)モザイク:羊水培養細胞では,3%程度は染色体異常を伴っていると考えられている.このほとんどは,in vitro での培養中に起きた体細胞分裂時の異常に基づくものであり,臨床的に意味はない.直接法で収穫した場合,一つのコロニーから2〜3個の細胞の染色体をチェックすることによって,ほとんどの染色体異常はアーチファクトであると判定できる.コロニーのすべての細胞に同じ染色体異常が認められる場合は,真のモザイクである可能性があり,他のコロニーおよび他の培養容器から得られた標本をチェックする.間接法で収穫した場合,一つの細胞で染色体異常が認められたら,観察数を50細胞程度まで増やし,同じ染色体異常がないかどうかを検討する.それで同じ染色体異常が検出されなければ,アーチファクトである可能性が高い.低頻度に複数の細胞で同じ染色体異常が認められた場合,別の培養容器からの標本を観察する.いずれの場合も真のモザイクか偽のモザイクかの判定が困難なときは,胎児血による染色体分析を考慮する.

13,18,21番のトリソミー,triploidy,および性染色体の数的異常など,生産児でもみられる染色体異常がモザイクで検出された場合は真のモザイクである可能性がある.その他,7,8,9,20,22番のトリソミーの真のモザイクも起こりうるが,ほとんどは胎児期に致死的である.2番のトリソミーモザイクも出生前診断では比較的多く観察されるが,これはほとんど胎児以外に由来する細胞の染色体異常で,臨床的には意味がない.

6)母親細胞の混入:母親細胞の混入も起こり得るが,観察した細胞すべてが混入した母親由来の細胞である可能性は低い.しかし,細胞増殖が良好でなかった場合や,観察できたコロニーが少なかった場合などで,正常女性核型を示したときは常に,母親細胞の混入の可能性を考慮する必要がある. 

 

染色体分析の結果はISCN(1995)(An International System for Human Cytogenetic Nomenclature (1995))のルールに則り記載する.核型記載に用いられる主な記号を以下の表に示す.

記号 意味                               

add  Additional material of unknown origin 由来不明の過剰染色体部分

arrow (→ or ->)  From-to, 詳述法で起点から終点を示す

brackets, square ([ ]) 観察した細胞の数を囲む 

chi  Chimera キメラ

colon, single (:)  詳述法で切断を示す

colon, double (::)  詳述法で切断と再結合を示す

comma (,)  染色体の数,性染色体,染色体異常を区別する

del  Deletion 欠失

de novo  染色体異常が遺伝性でなかったことを示す

der  Derivative chromosome 派生染色体 

dic  Dicentric 二動原体

dup  Duplication 重複 

fra  Fragile site 脆弱染色体部位 

h  Heterochromatin 構成性のヘテロクロマチン(異質染色質)

i Isochromosome 同腕染色体

ins Insertion 挿入 

inv Inversion or inverted 逆位,あるいは逆位の 

mar Marker chromosome マーカー染色体 

mat Maternal origin 母親由来 

minus sign (-) Loss 減少 

mos Mosaic モザイク 

multiplication sign (×) 再構成染色体の複数のコピー 

p 染色体短腕

parentheses ( ) 染色体と切断点の構成的変化を囲む 

pat Paternal 父親由来

plus sign (+) Gain 増加

q 染色体長腕

r Ring chromosome 環状染色体 

rea Rearrangement 再構成

rec Recombinant chromosome 組換え染色体

rob Robertsonian translocation ロバートソン型転座 

semicolon (;) 1つ以上の染色体を含んだ構造的再構成の染色体や切断点を区別する

slant line (/) クローンの区別

t Translocation 転座 

tel Telomere 染色体端部

ter Terminal 染色体末端 

upd Uniparental disomy 片親性ダイソミー 

核型記載に際しての一般的原則と主な核型記載につき列挙する.
a.核型記載の一般的原則

1)最初に性染色体を含めた総染色体数を記載し,コンマを続け,次に性染色体構成を記載する.ブランクは空けないことに注意する.常染色体は異常があるときのみ記載する.

2)染色体異常の記述では,最初に性染色体異常を記載し,次に常染色体の異常を記載する.これは異常の種類にかかわらず,染色体番号の若いほうから記載する.それぞれの異常はコンマによって分けられる.

3)数的異常は,増加あるいは減少した染色体の前にプラス(+)あるいはマイナス(-)の記号を付けて表す.

4)構造異常の表記には簡略法と詳述法の2つの方法がある.簡略法は,再構成の種類を記号で示したのち,切断点を切断が起きたバンドあるいは領域で表す方法である.詳述法は再構成の種類の特定だけでなく,それぞの異常染色体をそのバンド構成によって明らかにする方法である.再構成の同定の記述や切断点を特定するための方法はどちらの記載法にも共通である. 

5)正常変異のうち,ヘテロクロマチン部分 (h),サテライトストーク (stk),そしてサテライト (s)の長さの変異は,適切な染色体や腕を明示したのち,h,stk,sの記号を示し,その後にプラス(+)あるいはマイナス(-)をつけることによって表される.このことにより,他の構造異常の結果として起こる腕長の増大あるいは減少の記載と区別される.

6)モザイクあるいはキメラの核型表記にはスラントライン(/)が用いられる.モザイク(同一の接合子からの細胞系列)とキメラ(異なる接合子からの細胞系列)を区別するためにはそれぞれmosあるいはchiの3文字が用いられ,それに続けて核型を表記する.たとえば,mos 45,X/46,XXやchi 46,XX/46,XYとなる.正常な2倍体のクローンが存在するとき,それは,たとえばmos 47,XY,+21/46,XY,mos 47,XXY/46,XYといったように,常に最後に記載される.

7)異常を含んだある染色体が,母あるいは父から由来することがわかっているとき,これはそれぞれmatあるいはpatの略号を異常の記載に続けて示すことで表される.もしその異常に関して両親の染色体が正常であったとき,その異常はde novoと表される.

b.主な核型の記載例

主な核型の記載例とその意味を以下に記す.構造異常の記載は上段が簡略法,下段が詳述法である.

                                      

46,XX    正常女性.

46,XY    正常男性.

45,X Xモノソミー(Turner 症候群).

47,XXY 2本のX染色体と1本のY染色体の核型(Klinefelter 症候群).

47,XXX 3本のX染色体の核型.

47,XYY 1本のX染色体と2本のY染色体の核型.

47,XX,+21 21トリソミー(トリソミー型ダウン症候群).

 

47,XX,+mar 過剰な由来不明のマーカー染色体を1個認める女性.

 

46,XX,add(1)(p36)

46,XX,add(1)(?::p36→qter)

 由来不明な付加染色体が1p36に付着している.

 

46,XX,del(2)(q35)

46,XX,del(2)(pter→q35:)   

2q35から末端部までの端部欠失,すなわち2q35から末端部までの部分モノソミーである.

 

46,XX,del(3)(q12q21)

46,XX,del(3)(pter→q12::q21→qter)

3q12から3q21の部分の中間部欠失,すなわち3q12から3q21の部分モノソミーである.

 

46,XX,der(4)t(4;5)(p16;q25)pat

46,XX,der(4)(4qter→4p16::5q25→5qter)pat

4p16と5q25を切断点として末端部までの部分が相互転座した均衡型構造異常をもつ父親から由来した,不均衡型構造異常である.派生染色体は4番染色体で,4p16から4pter を欠失し,5q25から5qterが重複している.

 

45,XX,dic(13;13)(q14;q32)

45,XX,dic(13;13)(13pter→13q14::13q32→13pter)

13番の相同染色体それぞれにq14とq32で切断と再結合が起こり,相同染色体による二動原体染色体となっている. 正常な13番染色体は見られず,総染色体数は45.

 

46,XX,dup(6)(q23q27)

46,XX,dup(6)(pter→q27::q23→pter)

6q23から6q27部分の重複,すなわち6q23から6q27部分の部分トリソミーを有する6番染色体の不均衡型構造異常.

 

46,Y,fra(X)(q27.3)

男性で、X染色体のq27.3に脆弱部位を認める.脆弱X症候群.

 

46,XX,ins(7)(p15q22q32)

46,XX,ins(7)(pter→p15::q32→q22::p15→q22::q32→qter)

7番染色体長腕のq22からq32部分が短腕のp15ヘ正位挿入している.全体としては均衡型構造異常.

 

46,XX,inv(8)(p12p22)

46,XX,inv(3)(pter→p22::p12→p22::p12→qter)

8p12と8p22を切断点とする8番染色体短腕内の腕内逆位.全体としては均衡型構造異常.

 

46,X,i(X)(q10)

46,X,i(X)(qter→q10::q10→qter)

1本のX染色体が長腕の同腕染色体となっている.すなわち,X染色体の短腕のモノソミーとX染色体の長腕のトリソミーを有している女性.Turner 症候群にみとめられる核型.

 

46,XX,r(9)(p24q34)

46,XX,r(9)(::p24→q34::)

9p24と9q34で切断し再結合することで発生した環状染色体で,切断点より端部は共に欠失している.

 

46,XY,t(10;16)(q26;p11.2)

46,XY,t(10;16)(10pter→10q26::16p11.2→16pter;16qter→16p11.2::10q26→10qter)

10q26と16p11.2を切断点として,お互いの切断点より端部までの部分を交換している均衡型相互転座.

 

46,XX,t(2;11;5)(p21;q22;q23)

46,XX,t(2;11;5)(2qter→2p21::5q23→5qter;11pter→11q22::2p21→2pter; 5pter→5q23::11q22→11qter)

2p21から端部までが11番染色体q22へ転座,11q22から端部までが5番染色体q23へ転座, 5q23から端部までが2番染色体p21へ転座している.全体としては均衡型構造異常.

 

46,XY,t(1;12)(p10;q10)

46,XY,t(1;12)(1pter→1p10::12q10→12qter;12pter→12p10::1q10→1qter)

1番染色体短腕と12番染色体の長腕,1番染色体長腕と12番染色体の短腕がそれぞれの動原体で結合している全腕転座である.全体としては均衡型構造異常.

 

45,XX,der(1;12)(p10;q10)

45,XX,der(1;12)(1pter→1p10::12q10→12qter)

1番染色体短腕と12番染色体長腕から構成される派生染色体である.正常な1番染色体と12番染色体が,それぞれ1個ずつ欠失している.核型は正常な1番染色体と12番染色体と派生染色体が1個ずつ認めることを示している. 1番染色体長腕と12番染色体短腕がモノソミーとなっている不均衡染色体異常である.前記の核型と比較のこと.

 

46,XX,der(14;21)(q10;q10),+21

14番と21番染色体の長腕から構成される派生染色体(ロバートソン転座)とともに,正常な21番染色体が1個過剰にある. 転座型ダウン症候群の核型である.核型は,14番染色体が1個,21番染色体が2個,派生染色体が1個あることを示している.14番染色体の短腕の欠失と,21番染色体の長腕がトリソミーとなっている不均衡型である.

 

46,XX,rec(2)dup(2p)inv(2)(p21q33)

46,XX,inv(2)(p21q33)の腕間逆位を有する親の第1成熟分裂時に形成されるループ内で交差が起こり形成された組換え染色体.2pterから2p21までの重複と2q33から2qterまでの欠失を伴っている.

1qh+

1番染色体長腕のヘテロクロマチンの長さの増大.C分染法にて確認できる,正常異型.

mos 45,X[15]/47,XXX[7]/46,XX[28]

3種類の細胞からなるモザイクがあり,15細胞は45,X ,7細胞は47,XXX,28細胞は46,XXを示した.Turner 症候群ではしばしばこのようなモザイクの核型がみとめられる.

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