遺伝医療をすすめる際に最低限必要な遺伝医学の基礎知識
1.遺伝医学の基礎知識 | 2.遺伝カウンセリング | 3遺伝子検査 | 4.染色体検査 | 5.出生前診断 | 6.日本人類遺伝学会認定医の到達目標

 

 
 

近年の遺伝子に関する研究にはめざましいものがあり,さまざまな知識が蓄積され,また新しい技術が開発されてきている.医療の場においても,多くの疾患の病因が遺伝子レベルで解明されてきており,これらの成果は徐々に臨床の場面で用いられるようになってきている.すでに遺伝子診断および遺伝子治療という新しい医療も実施されつつある.
一方「遺伝」に関しては,一見華やかな未来を感じさせる「遺伝子,DNA,染色体」という言葉とは異なる,陰湿な,話題にしにくい暗さがつきまとっており,正しく理解されていないための悲劇が繰り返されている.遺伝現象,遺伝疾患を理解するための遺伝の基礎知識について概説する。

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2.「遺伝」にまつわる誤解

 

病気の原因には大きくわけて環境要因と遺伝要因とがある.近年の遺伝医学の進歩は多くの疾患において遺伝要因が関与していることを明らかにしている.たとえば感染症は一般にはウィルスや細菌などが原因すなわち環境要因によるものと考えられがちであるが,同じウィルスに罹患しても重症化し死に至るものから,全く症状のでない不顕性感染で終わるものまである.これはそれぞれの免疫力という体質すなわち遺伝要因が関与しているのである.現在多くの日本人が加齢とともに発症している虚血性心疾患,本態性高血圧,糖尿病,骨粗鬆症,神経変性疾患,老年期痴呆などは成人病あるいは生活習慣病と呼ばれているが,それまでの生活習慣だけではなく,遺伝要因も深く関与することが明らかにされており,多因子遺伝疾患に位置づけられている.
従来は遺伝疾患は稀なもの,特別なもの,健康な人たちには関係ないものという印象が根強かったのだが,実際には死ぬまでには,すくなくとも60%の人は遺伝性の病気にかかるのである.すなわち遺伝性疾患とは決して特殊なものではなく,すべての人々が罹患しうる病気であり,みんなの問題として取り扱わなければならないのだが,そうした認識は一般に乏しいのが現状である.
遺伝については,さまざまな誤解があり,問題をさらに深刻にしている.たとえば「遺伝病とは遺伝する病気」という誤解など,その最たるものである.親の形質(形や性質)が子どもに伝わることを遺伝というのだが,遺伝病は遺伝という現象を担っているものすなわち遺伝子や染色体の異常によって起こる病気を言うのであり,伝わるとか伝わらないという概念ではないのである.
もちろん,親に異常があって子どもに伝わる場合もあるが,親が正常でも突然変異によって起こる遺伝病もある.先天異常についていえば,病気の赤ちゃんの多くは,まったく正常な両親から生まれており,決して特別な人がかかわるわけではない.遺伝病の中にはある程度の年齢に達してから発症するものもあるので「自分自身が遺伝病に罹患しているかもしれないし,遺伝病の子が生まれるかもしれない」というのが正しい理解の仕方なのである.

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遺伝子とは遺伝情報の単位であり,遺伝形質を規定している.遺伝子には次の3種類がある.a)mRNA に転写(transcription)される構造遺伝子.この mRNA は次にポリペプチドに翻訳(translation)される .b)rRNA, tRNA に転写される構造遺伝子.c)転写されることはないが,DNA複製や転写に関与する調節遺伝子.
DNAはdeoxynucleotide が多数結合してつくる二重ラセン構造の極めて大きな高分子物質である.その構成単位であるnucleotideは,糖の一種であるdeoxyriboseとリン酸および塩基からなっている.塩基にはadenine (A), Guanine (G), Cytosine (C), Thymine (T) の4種があり,3個の塩基が1組となって,1つのアミノ酸を規定している.すなわち,この塩基配列に遺伝情報がコードされているのである.ヒトゲノムには約 3 x 10 9の塩基があると考えられている.1個の構造遺伝子は1,000〜200万塩基対(base pair)からなっていて,構造遺伝子の総数は約2万数千個あると考えられている.ゲノムDNAの内,遺伝的情報を有する構造遺伝子は3〜5%に過ぎず,残りは spacer DNAと呼ばれ,意味のない配列である.
染色体は細胞核の中に存在するDNAとタンパク質の複合体であり,細胞分裂時に観察されるものである.ヒトには23対46本の染色体がある.
これら,遺伝子,DNAおよび染色体という言葉はしばしば混同して用いられるので注意が必要である.この3者の関係を次のように長さに例えると理解しやすい.DNAの1塩基を1mmと仮定すると,ヒトゲノムは3,000kmということになる.これは北海道の稚内から九州の鹿児島までのJRの線路の長さに匹敵する.一番小さい遺伝子は約1メートル,一番大きいジストロフィン遺伝子は2キロメートルとなるが,多くの遺伝子は数十メートルである.染色体は一番大きな1番染色体は250キロメートルで,東京から浜松までの距離,一番小さい21番染色体は55キロメートルで東京から藤沢までの距離ということになる.後述する染色体分析における一つのバンドはこの日本地図で表すと約3キロメートルである.すなわち染色体分析では日本全体のうち,3キロメートルが増えたり,減ったりしていれば検出可能であるが,それ以下の変化はとらえることができない.一方,単一遺伝子疾患の多くは一つの遺伝子内の1塩基の違いすなわち,この例えでいえば 1ミリメートルの変化で疾患が引き起こさるのである.この変異をみつけることは日本全体から1ミリメートルの部分をみつけることに等しいわけで,その困難さが実感される.

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遺伝疾患は

a.単一遺伝子疾患(メンデル遺伝病)

b.染色体異常

c.多因子遺伝病

d.ミトコンドリア遺伝病

e.体細胞遺伝病

の5種類に分類するのが,一般的である.

a.単一遺伝子疾患 (single gene disorders)

メンデル遺伝病は単一遺伝子疾患とも言い,例の「メンデルの法則」で有名な学者の名前を採ったものである.人の体は約2万数千個の遺伝子で作られているが,その内の1つの遺伝子の異常により,発症すると考えられている.遺伝様式によりメンデル遺伝病は主に常染色体優性,常染色体劣性,そしてX連鎖性の三つに分けられている.

人は両親から一個ずつ遺伝子をもらう.正常な遺伝子を白丸,病気の遺伝子を黒丸とし,健康な人の遺伝子を白丸二個の組み合わせで表すと,黒丸が一個でも病気になるのが優性遺伝病である.これに対して,劣性遺伝病の場合は黒丸一個では病気にはならず保因者になり,黒丸二個で初めて病気になるものを言う.

1)常染色体優性遺伝病 (autosomal dominant disorders)
この突然変異による発症について考えてみよう.最も頻度の高いのはフォンレックリングハウゼン病で,1/10000,すなわち全く健康なカップル10000組から1人,患者が生まれているのである.これは一人一人の男性の何億個とある精子のうち,だれでも10000個に1個ぐらいフォンレックリングハウゼン病の遺伝子に異常のある精子を持っているということを意味している.遺伝子異常を有する精子が受精するかしないか,が問題なのである.女性にしても数百万個の卵子を持っているので,一人当たり数百個くらいの遺伝子異常を有する卵子を持っているのである.
突然変異は,父親年齢が高くなると出やすい,という統計がある.軟骨無形成症という病気の場合は,平均発症率を1とすると年齢群が上がるにつれて44歳では2倍,47歳以上では3倍になっている.父親の精子というのは,遺伝子をコピーして日々新たに作られているので,何回もコピーしていると間違いが起こりやすくなるのだと考えられている.
2)常染色体劣性遺伝病

両親とも保因者で,それぞれ1個は白丸,1個は黒丸を持っている場合,患者が生まれることがある.どちらから白あるいは黒が伝わるかで,4通りの組み合わせが出来る.白と白なら正常,白と黒は健康で保因者,黒と黒なら病気の子となる.すなわち,保因者同士のカップルからは,4人に1人の割合で病気の子供が生まれる.

劣性遺伝病は1万人から10万人に一人の割合で起こるものが多い.平均して発生頻度が4万人に1人の病気の場合,患者すなわち黒丸二個の人は4万人に1人の割合で生まれるが,保因者すなわち黒丸1個の人がどれくらいいるかというと,答えは100人に1人である.4万人に1人と大変稀な病気であっても,保因者の頻度は二桁も高くなるのである.
常染色体劣性遺伝病は先天代謝異常症を中心に600から700種類知られている.すべての疾患の頻度が明らかになっているわけではないが,保因者頻度を100人に1人程度とすると,すべての人は常染色体劣性遺伝病の病的遺伝子を6〜7個有しているということになる.「人類みな保因者」なのである.


よく,劣性遺伝病の子供が生まれると,親は自分たちが保因者だったことを重く見て落ち込む人がいるが,それはたまたま病気の子供が生まれ,1個分の黒丸を持っていたことがわかっただけで,6〜7個はみんな持っているということを忘れてはならない.保因者であることは,恥ずべきことではないのである.


自分にとって親,子,兄弟のうち,だれが遺伝的に一番近いかについては我国ではよく誤解されている.人は父親から半分,母親から半分の遺伝子をもらっているので,親と子供は50%遺伝子を共有していることになる.実は兄弟同志も親と同じく50%の遺伝子を共有しているのである

すなわち親子の関係と兄弟の関係というのは,遺伝的には同じなのである.遺産相続などのため,法律的には親子は一親等,兄弟は二親等という区分けをしているが,医学的には一度近親,二度近親という言い方をする.一度近親は遺伝子の1/2を共有している親子,兄弟姉妹,二度近親は遺伝子の1/4を共有している祖父母,孫,おじ,おば,甥,姪との関係,三度近親は遺伝子の1/8を共有しているもので,いとこがそれにあたる.


いとこ結婚が好ましくないことは我国では大変広く知れわたっているが,その理由を正確に知っているひとは少ないようである.いとこというのは同じ遺伝子を1/8持っているので,もし自分が黒丸を一個持っていると,従兄弟も黒丸を持っている確率は1/8あることになる.従って,常染色体劣性遺伝病の保因者同士になりやすく,劣性遺伝病の発生頻度が高くなるために好ましくないと考えられているのである.たとえば他人結婚であれば4万人に1人の割合で発生する劣性遺伝病すなわち保因者頻度が1/100の病気の場合,従兄弟同士では両親のどちらかが保因者である確率は1/100であるが,相手方も保因者となる確率は他人結婚の場合は1/100であるが,いとこなので1/8となり,劣性遺伝病の発現率は1/4なので,いとこ結婚での発生率は 1/100 x 1/8 x 1/4 = 1/3200 と3200人に1人となる.一般頻度が4万人に1人なのに対して,3200人に1人なので,いとこ結婚では12倍ほど危険性が高くなることになる.

遺伝カウンセリングでは「いとこ結婚しようと思うんですが,危険でしょうか」と相談されることがある.しかし,ものの見方によって判断基準は分かれるので,一概にいい,悪いと答えることはできない.国の公衆衛生的な考えに立てば,いとこ結婚が増えれば患者も必ず増えるのでいとこ結婚は極力避けたいわけであるが,愛し合った当事者にとつて1/3200という確率はどういう重みがあるであろうか.3200人も子供を生むわけではなく,残る3199人は正常な子供が生まれるわけなので,当事者にとってはそれほど大きな問題でないとも考えられる.しかし公衆衛生面からは近親婚は好ましくないので,ここにギャップがあることは確かである.遺伝カウンセリングに来る人は,すでに生むか生まないかあるいは結婚するかしないか決めている人が多く,カウンセリングを受けてから決めようという人は少ないようである.遺伝カウンセリングでは,とにかく正しい情報をお知らせし,どのようにするかは本人にすべて任せるようにするのが原則である.
3)  X連鎖遺伝病
X連鎖優性遺伝病には変異遺伝子のヘミ接合体が生存できるものと,それが致死的であるものとがある.
代表的疾患

前者の代表的疾患はビタミンD抵抗性くる病であり,ヘテロ接合体の女性とヘミ接合体の男性が発病し,その性比は男1に対し女2の割合となる.一般に男性患者の方が重症となる.また分離比は患者の性別によって異なり,女性患者の子では性別に関係なく50%が発病するが,男性患者の子供の場合,女児はすべて発病し,男児はすべて発病しない.


変異遺伝子のヘミ接合体が致死的な場合は,患者はすべてヘテロ接合体の女性である.女性患者の子供のうち,女児の50%は発病し,男児の50%は胎内死亡し,出生しない.したがって,女性患者では流死産の既往が多く,またこどもは女児が男児より2倍多い.

3-2) X連鎖劣性遺伝病
代表的疾患
血友病,ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーなど約600種類の病気が知られている.

母が保因者で父が正常の場合,母のX染色体は2本あるので,子供には白丸,黒丸のいずれかが伝わる.父からはX染色体をもらったとすると,母から白丸が伝われば健康な女性,黒丸が伝われば保因者の女性となる.父からY染色体をもらったとすると,母から白丸が伝われば健康な男性,黒丸が伝われば病気の男性になる.すなわち,生まれてくる男の子の半分が病気になる.


ここでは母が保因者の場合を説明したが,母が保因者ではなくても,X連鎖性の子供が生まれてくる場合がある.これは常染色体優性遺伝病の項で説明したのと同様,卵子が作られる時,遺伝子が白丸から黒丸に変わる突然変異のためと考えられている.


X連鎖性遺伝病の場合,病気となるのは母が異常な遺伝子を男の子に伝えたためで,母親の責任にされてしまうことがある.しかし,常染色体劣性遺伝病の項で説明したように「人類皆保因者」であることをもう一度理解すべきである.X連鎖性遺伝病の場合,その遺伝子がたまたま男女で構成の異なるX染色体にあったために男女間で発症のしかたが異なっているのにすぎないのであり,母親の責任ではないのである.

b.染色体異常

染色体は遺伝子・DNAの担体で,ヒトの体細胞には46本の染色体がある.通常22対の常染色体と2個の性染色体とからなっている.ある染色体の全てあるいは一部分が多くなったり(トリソミー,テトラソミー),少なくなったり(モノソミー)することにより発症するのが染色体異常である.


広義の染色体異常には個体のレベルで恒久的にみられる構成的異常(constitutive abnormality)と,一部の細胞・組織にのみ一時的にみられる異常(facultative abnormality)とがある.前者の代表は染色体異常症であり,後者は染色体断裂症候群,悪性腫瘍,ウィルス感染症などでみられる染色体異常である.ここでは狭義の染色体異常を意味する構成的異常について述べる.

1) 数的異常
染色体の数的異常にはさらに異数性と倍数性がある.異数性とは正常ヒト体細胞の染色体数 (2n=46)よりも1本ないし数本の染色体の増減がある異常である.染色体が1本減じている異常をモノソミーという.この場合,減じた染色体においては2本あるべき相同染色体の片方がない.1本の過剰染色体を有する異常をトリソミーという.この場合,該当する染色体においては2本の相同染色体にもう1本加わり,計3本の相同染色体が存在する.また4本の相同染色体を有するものをテトラソミーという.これらの異常は細胞分裂(多くは成熟分裂)のときに,染色体不分離,染色体核外喪失あるいは分裂終期脱落の機構で生ずる.体細胞すべてが異数性を示す個体で出生まで生存可能な常染色体の異常は,13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー(ダウン症候群)の3種のみである.
倍数性とは半数染色体数セット(haploid, n=23) の整数倍の染色体数の細胞を有するものをいう.ヒトでは3倍体(3n=69)と4倍体 (4n=92)の存在が知られているが,いずれも流産胎児,死産児あるいは早期新生児死亡で認められるのみである.
<動画集>
正常な減数分裂
染色体不分離
Hironao NUMABE,M.D.作
Tokyo Medical University/Department of Paediatrics/Genetics Study Groupホームページ から許可を得て転用
2) 構造異常

染色体に切断が起こり,切断端が再結合するときに生ずる異常で,以下のようなものがある.


1.相互転座:異なった2本の染色体に切断が起き,互いの切断片を交換して再結合する.

2.Robertson型転座:相互転座の特殊型として,2本の端部着糸型染色体(D群およびG群染色体)の動原体付近で切断が起き長腕同志が再結合し,短腕同志の転座染色体を失う.


3.逆位:1本の染色体に2ヶ所で切断が起き,切断片が180度回転して再結合する.


4.挿入:1本の染色体に由来する切断片が,元の染色体の他の部位,あるいは他の染色体に入り込み再結合する.
5.欠失:ある染色体に切断が起き,その切断片を失う.


6.環状染色体:1本の染色体の長腕および短腕の遠位端近くで切断が起こり,切断点より遠位断片を失い,短腕と長腕の切断点同志が再結合する.


7.同腕染色体:動原体部の異常分離あるいは相同染色体の動原体付近での相互転座によって短腕同志あるいは長腕同志が再結合する.


8.重複:相同染色体間の不均等交叉などで1本の染色体の一部分が連続して2つ存在する.重複部分の方向により正位重複と逆位重複に分けられる.


相互転座(Robertson型転座を含む)では,原則として染色体の過不足はない.すなわち遺伝子の量は不変であるので,一般には表現型は正常である.しかし,相互転座保因者の配偶子形成過程においては,第1成熟分裂接合期に転座染色体を含んだ4本の染色体が十字に接合し,四価染色体が形成される.この四価染色体が種々に分離することにより,正常配偶子以外にさまざまな異常配偶子が形成され,これが受精すると,部分トリソミー,部分モノソミーあるいは両者の合併などいろいろな染色体異常が生ずる.

逆位の場合も遺伝子量に変化はないので,表現型は正常であるものがほとんどであるが,相互転座の場合と同様に第1成熟分裂時,逆位部分は相同染色体の正常部分とループを形成して接合するので,このループ内で,交叉が起これば不均衡型染色体構成の配偶子が生じる.


染色体構造異常は染色体の過不足を伴わない均衡型と過不足を伴う不均衡型に分けられる.均衡型の場合は原則として表現型は正常であるが,不均衡型の場合は,部分トリソミー,部分モノソミーあるいは両者の合併を有することとなり,異常部位の特異性により,さまざまな染色体異常症を引き起こす.

3) モザイク
モザイクとは,染色体構成の異なる2種以上の細胞群が同一個体に混在する異常である.これらの細胞群は受精卵の分割分裂の初期に染色体不分離,染色体核外喪失あるいは分裂終期脱落などによって生ずる.Turner症候群の多くは正常細胞とのモザイクであることが知られている.そのほか,生命予後が良好な疾患としてはモザイク型ダウン症候群(47,XY,+21/ 46,XY)や,8トリソミーモザイク(47,XX,+8/ 46,XX)などがある.
4) 隣接遺伝子症候群

隣接遺伝子症候群は微細欠失・重複症候群とも呼ばれ,染色体上に隣接して存在するお互いに無関係な複数の遺伝子が同時に染色体の微細欠失あるいは重複などにより障害されて発症したと考えられるもので,染色体異常と単一遺伝子疾患の中間型とも言うべきものである.

今まで原因不明であるとされてきた多くの奇形症候群がこの概念で説明できるようになってきた.

5) 染色体異常の頻度

染色体異常の頻度は受精時,胎生期,新生児期,一般成人集団中でそれぞれ異なる.新生児期におけるマススクリーニングにより得られた染色体異常頻度を表1に示す.新生児ではすべての染色体異常を含めると頻度は 0.54%であるが,周産期死亡児では約6%,自然流産児では約50%に染色体異常が認められる.これは染色体異常胎児の多くは妊娠早期に淘汰されていることを示している.さらに受精の時点では受精卵の約50%は何らかの染色体異常を有しており,その多くは妊娠に気付かれる前に失われると考えられている.


染色体異常の発生は決して稀なことではない.

6) 性染色質とX染色体不活化現象

女性の性染色体はX染色体が2本であるのに対し,男性ではX染色体1本とXよりもずっと小型のY染色体1本よりなる.女性の方が男性よりも多くの遺伝子を有することになるが,ヒトでは次のような機構で,男女間の遺伝子量の差を補正している.


女性の2本のX染色体のうち1本は不活化される.この不活化は胎生の初期に起り,父由来,母由来どちらのX染色体が不活化されるかは無作為に決定される.一度決定されるとその子孫細胞はそれに従うので,女性では通常,父由来のX染色体が働いている細胞と母由来のX染色体が働いている細胞がちょうど半分ずつ存在している.このX染色体の不活化現象は Mary Lyon により発見されたのでライオニゼーション Lyonizationと呼ばれる.


このX染色体の不活化は通常は父由来のX染色体と母由来のX染色体に1:1の割合で起るが,ときに不均等に起ることがある.X連鎖劣性遺伝病の保因者の女性で,X染色体の不活化が不均等に起ると,すなわち正常遺伝子のあるX染色体が選択的に不活化され,変異遺伝子のあるX染色体が不活化をまぬがれると,保因者であっても発症することがある.


不活化されたX染色体は凝縮し,間期の細胞では,核の縁に接した太い染色質として認められる.これをX染色質,Xクロマチン,あるいはBarr小体という.ある細胞におけるX染色質の数はその細胞中のX染色体総数より1つ少ない.原則として男性ではX染色体は1本しかないので,X染色体の不活化は起らず,X染色質は存在しない.


男性のY染色体長腕はQ分染で強い蛍光を発し,間期の細胞でも観察できる.これをY染色質,YクロマチンあるいはY小体という.Y染色質の数は細胞中のY染色体長腕の数に一致する.

c. 多因子遺伝病
多因子遺伝病は複数の遺伝子と環境要因の相互作用により発症すると考えられている.

口唇口蓋裂,先天性心疾患,無脳症,二分脊椎,幽門狭窄症,ヒルシュスプリング病,多指症など.


体の一ヶ所に形の異常が起こる単発奇形のほとんどは,多因子遺伝病と考えられている.


体質性の疾患,糖尿病,高血圧,心筋梗塞などの成人病,胃潰瘍,てんかんの一部,分裂症の一部.


人には連続した形質がある.身長を横軸にとり,一般集団の人数を縦軸にとってグラフを書くと,平均ぐらいの身長の人がもっとも人数としては多く,これより背が高くなったり,低くなるにつれて次第に人数が少なくなってきて,非常に身長が高い人や,逆に非常に身長の低い人はきわめて少ない.このような分布パターンをとるものを正規分布という.身長に関係する遺伝子は複数あると考えられているが,やはり背の高い夫婦からは背の高い子供が生まれやすいし,背の低い夫婦からは背の低い子供が生まれやすい.時々は,両親とも背の低いのに背の高い子供の生まれることもあるがその頻度は少ない.これらの遺伝現象を血圧を例に取って説明してみよう.

血圧に関係した遺伝子は11種類22個あり,片親から11個ずつの遺伝子を受け継ぐと考えてみよう.血圧の高い人と低い人がいて,血圧を高くする遺伝子を黒丸,低くする遺伝子を白丸とする.血圧の高い人は黒丸が多く,低い人は白丸が多いと仮定すると,全部黒丸の人と全部白丸の人が結婚すれば,子供は白と黒を半分ずつもらうことになり,血圧は丁度平均くらいになる.では,半分ずつ持っている人同士が結婚するとどうなるか.中には両方から黒だけをもらう人もいるが,それは少ない.黒5個に白17個というようにバラつきが出てきて,一番多いのはやはり11個ずつもらう場合である.したがって,正規分布となる.このバラつきによって,黒の方が多いと血圧は高くなり,白を多くもらうと低くなるが,複数の遺伝子が関係してくると,それだけ複雑になる.


血圧の遺伝子と同じように,「ある病気へのなりやすさ」に関係する遺伝子というのがあるとすれば, 白丸黒丸をいくつ持っているかによって,なりやすさが決まってくる.なりやすさの程度がある閾値を越えるとその人だけが病気になると考えるとうまく病気の発症機序を説明できる疾患群のことを多因子遺伝病と呼ぶ.病気になるならないではなく,病気へのなりやすさが遺伝するのである.一般的にいえば黒丸の多い病気の人が子供を生む場合は,黒丸の半分を子供に伝えるので,子供の病気へのなりやすさは一般の人よりも強いこととなり,発症頻度は高くなる.たとえば口唇口蓋裂の一般頻度は600人に1人位だが,両親のどちらかが口唇口蓋裂の場合,その子供の発症率は3〜4%である.一般頻度よりは高くなるが,メンデル遺伝病の優性遺伝病の場合の50%よりはかなり低い. 多因子遺伝病については「病気へのなりやすさ」はだれでもがもっているのだということを理解することが重要である.

d.ミトコンドリア遺伝病

メンデル遺伝形式を示さず,細胞核の外の遺伝情報の伝達によって発症する疾患を細胞質遺伝病という.ミトコンドリア遺伝病がその代表である.


ミトコンドリアは細胞内のエネルギー産生に関与している細胞質内の小器官で,1細胞あたり10〜1,000個存在しているが,これらはすべて母由来である.

Hironao NUMABE,M.D.作


Tokyo Medical University/Department of Paediatrics/Genetics Study Groupホームページ から許可を得て転用


1個のミトコンドリアDNAの変異はすぐには病的形質につながらないが,母のミトコンドリアのうちある数のミトコンドリアDNAに変異があって,かつ子供における初期発生の段階で,細胞分裂時,変異ミトコンドリアDNAが不均等に分離すると,ある程度の数の変異ミトコンドリアDNAが細胞,組織,器官に蓄積することになり発症する.

 

代表的疾患
ミトコンドリア脳筋症やLeber視神経萎縮など
具体例については,「カウンセリングの具体例- ミトコンドリア異常による糖尿病 」を参照.
参考文献
福嶋義光,上野一郎:臨床検査における遺伝子診断の現状と今後の展望.日本臨床1999年増刊
涌井敬子,福嶋義光:染色体検査の適応となる病態・疾患および試料の採取法.日本臨床1999年増刊
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福嶋義光:遺伝子診療システムの構築に向けて.臨床医25 (6): 1254-1257, 1999
福嶋義光,玉井真理子:遺伝医療における患者支援.臨床医25 (6): 1247-1249, 1999
福嶋義光:遺伝子診療の現状と将来.Mebio 16 (6): 98-102 , 1999
福嶋義光:遺伝カウンセリングの基礎と応用.小児科診療62 (7) :971-976, 1999
福嶋義光,玉井真理子:遺伝医療におけるサポートグループとの連携.小児科診療62 (7) :994-997, 1999
福嶋義光:遺伝子解析の進歩と遺伝子診療.綜合臨床48:29-36,1999
福嶋義光:遺伝子診断.生活教育43(4):48-49, 1999
福嶋義光:細胞遺伝学.医科遺伝学 改訂第2版,南江堂 pp.56-78, 1999
福嶋義光:染色体異常症.医科遺伝学 改訂第2版,南江堂 pp.345-354, 1999
福嶋義光,涌井敬子:染色体検査(第13章).「臨床検査法提要」(金井正光 編).金原出版pp.1213-1277,1998
福嶋義光:遺伝子診断と疾患予知−信州大学病院遺伝子診療部の試み−.Pharma Medica 16:39-43, 1998
福嶋義光:染色体検査.病理と臨床16:993-998, 1998
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福嶋義光:遺伝医学の基礎知識と最近の進歩.発達障害医学の進歩10:1-17, 1998
福嶋義光:遺伝子診断(先端医療最前線8).月刊ナーシング18:104-107, 1998
福嶋義光:遺伝子診断を考える.ナーシングトウデイ13:68-71, 1998
福嶋義光:遺伝カウンセリングの実際.東京小児科医会報 17:43-46, 1998
福嶋義光:信州大学・遺伝子診療部.遺伝子医学 1:297-299, 1997
福嶋義光:染色体異常.今日の診断指針第4版,医学書院 pp.1732-1735, 1997
福嶋義光:先天異常と遺伝医学:総論.小児科学,医学書院 pp.194-200, 1997
福嶋義光:精神遅滞と分子細胞遺伝学的研究.精神医学レビュー No.23 精神遅滞の精神医学.pp.16-24, 1997
福嶋義光、涌井敬子:染色体診断法の実際.臨床染色体診断法(古庄敏行監修).金原出版,pp.207-231, 1996
福嶋義光:序論:染色体異常症候群について.臨床染色体診断法(古庄敏行監修).金原出版,pp.280-281, 1996
福嶋義光:脳形成異常の分子細胞遺伝学.BRAIN and NERVE 48:787-794,1996
福嶋義光:遺伝.発達障害指導事典.学習研究社,東京,(小出進編集代表),pp.36-39, 1996
福嶋義光:染色体異常.発達障害指導事典.学習研究社,東京,(小出進編集代表),pp.411-414, 1996
福嶋義光:顔貌[特集:こどもの特性]. 小児科37:651-654, 1996
福嶋義光:ヒトゲノム解析と分子細胞遺伝学の進歩 -遺伝子・DNA・染色体の基礎-.シンポジウム「耳疾患と分子遺伝学」特集.6:102-104,1996
福嶋義光:出生前DNA診断.医学検査,45:687-692,1996
福嶋義光:遺伝医学総論「遺伝子異常と耳疾患」.図説耳鼻咽喉科 New Approach No.2,メジカルビュー社,東京,(神崎仁,喜多村健編集)pp.2-7,1996

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