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王都大侵攻編
第十四章 嫌な予感
 念願のイリスの手料理を食べたオレは大満足だった。元の世界と比較してもトップレベルにうまかったし、なによりイリスが恥ずかしながらも、あーん、と言って食べさせてくれたのでその幸福感は最高のものだ。ニキやダイもイリスがじっくり仕込んだ肉に夢中でむしゃぶりついていたしダイにいたってはお代わりを数回していた。食べ終わった後もご満悦だったのでこれで昨日気を利かせて部屋に戻ってこなかったことの礼にはなっただろう。
 そうして朝食を済ませたオレ達はメイと合流するためにギルドに向かった。メイは敬称とはいえイリスよりも傷が深く治療中だったので昨日は動くに動けなかったらしい。イリス曰く、急がなきゃいけなかったからとりあえず昨日と同じ時間で待ち合わせだけはしてあるとのことだった。
 だからか、オレがどうなったか結果を知らされていなかったメイはオレの顔を見るなり
「にゃ、アゼル!」
 オレの胸に向かって飛び込んできた。
「良かったにゃ! イリスしか来なかったらってずっと心配で、心配でたまらなかったにゃ!」
「その件に関しては悪かったから、とりあえずは離れろ。周りから変な目で見られるし目立つだろ」
「嫌にゃ! その事ばっかり考え過ぎてて今でも不安な気持ちが……やっぱりアゼルの体はいい匂いにゃ~」
「あっさり消えたな」
 神獣の匂い様々である。
「しかし、お前もあいつらの匂いが好きだな」
「あいつらってだれにゃ?」
「今日は連れてきたから紹介する」
 そこでメイをギルドの外に連れて行き、そこで路地裏でひっそりと待たせていたニキとダイを紹介した。案の定、今までの人と大差ない反応、つまり仰天したメイを時間は掛かったもののなんとか宥める。毎回この手間は面倒だが、それ以上の利点をあの二匹からは貰っているのでこれくらいは我慢しよう。
 一頻り驚いたメイはこれでニキとダイの匂いを嗅ぎにオレから離れてくれると思ったのだが
「で、何でまだオレに引っ付く?」
「今はアゼルの方が好きなにゃ」
 一体いつ心変わりをしたのやら。イリスに目で助けを求めると、
「はあ、やっぱりね」
 何故か呆れた様子でこちらをジト目で睨んでいる気がするのは気のせいだろうか。何かしでかしたつもりはないだが。
「そんなことより、昨日の件をギルドマスターに詳しく報告しなきゃいけないんだろ? だったらこんなところで油売ってないで早く行こう。それとメイはせめて引っ付くなら後ろからにしろ。前から抱き着かれると歩きにくくてしょうがない」
「了解にゃ!」
 改めてニキとダイを置いて。首に手を回してくるメイをおんぶする形で引き連れたオレ達はメルルの元へ向かう。こちらの姿を見たメルルはキョトンとした顔をしてすぐに笑い出した。
「昨日はダグラスからの情報でお楽しみだったかしら? それにしても随分大きな荷物を背負ってるのね」
 その話題はやめてくれ、イリスの眼が怖い。
「今ならタダで譲るぞ」
「遠慮しておくわ。そんなことしたら後が恐そうだし、ねえ?」
「あっかんべーにゃ」
 メイの態度がやけに刺々しかった。この二人、仲が悪いのだろうか。メルルの方はそんな風には見えないのだが。
「相変わらず私には冷たいのね。そんなに匂いかしら?」
「プンプンするにゃ! 森の奴らの匂いにゃ!」
 森の奴ら?一体どういうことだ。メルルは見た目は完全に人間だというのに匂いはそんなに違うことはあるのだろうか。
「確かに私は人間じゃなくてハーフエルフだけど生まれも育ちもこの街なんだけど」
「それでも血の匂いは消せないにゃ! メイはエルフの匂いをする奴は嫌いなんだにゃ! あっち行け!」
 珍しく語尾にいつものにゃが付かないくらい怒っている。猫のようにフシュ―と言った警戒しるような鳴き声も上げている。それは構わないのだが、オレの耳元で大声出したり鼻息荒くしたりしないで欲しかった。うるさいしくすぐったい。
 ただ、今の会話の内容に興味がわいた。
「メルルってハーフエルフなのか? 見た目は完全に人間しか見えないけど」
「人の血が濃く出たのか見た目でエルフってわかることはほとんどないわね。よく見れば耳がほんの少しだけエルフみたいにとがっているのだけどわかる?」
 凝視したがわからなかった。言われてみれば確かにそんな気もするが個人差でなとt九出来る程度のものだ。これでわかる人などいないだろう。それこそメイみたいに匂いなんて特殊な方法で感知できる奴以外は。
「ハーフだけどエルフとしての弓の技には自信があるんだから。これでも冒険者登録もしてあるしランクD+はあるのよ」
「そいつはすごいな」
 D+、あと一歩で一流の仲間入りだ。
「少しくらい腕が立って仕事も出来て背も高くてスタイル良くたって胸が大きいからって調子にのるにゃ!」
「だけってレベルか、それ?」
それにスタイルと胸って若干かぶってる気がするのだが。まあ、背中に当たるそう言う意味では残念な胸板の感触のことを考えればその嫉妬にも納得だが。メルルの体は非常に女性的起伏が激しい体だし。肌を出さない中々ゆったりした服なのにスタイルの良さもわかることから相当なものだとわかる。
「アゼルもこんな奴の胸ばっかりみてるんじゃないにゃ!」
「いって! 首に歯を立てるな!」
 首みたいな急所に噛みつかれたら鍛えたこの体でも流石に痛い。かなり強いがギリギリ甘噛みと言える程度なので血は出なかっでいいものを。
「あら、私はアゼルの事は人としても男性としても好意的に見ているし悪い気はしないわね。今度二人でのみにでも行く?」
「ぜひ」
「にゃー!」
 今度は頭を掴んで噛みつかれるのは阻止した、思いっきり牙突き立てようとしやがったこいつ。
「冗談もいいけどあんまりからかうなよ。あんまりやるとオレの首が噛み切られる」
「例えそうでも全然無事そうな気がするのだけれど、まあいいわ。いつもの個室でギルドマスターが待ってるから行って。二人も一緒で良いそうよ」
「了解、ありがとな」
「どういたしまして、約束楽しみにしてるから」
 そう言ってウインクされる。さっきの返事は冗談で言ったつもりだったのだがまさか本気なのだろうか。まさかである。
「ちょっとアゼル」
「いてて! 今度はイリスか、何だよ?」
 メイが噛みつこうとしている方とは逆側の方の耳を引っ張られる。視線が若干冷たいのだが何故だ。
「随分仲良しになってるみたいだけど何があったのかしら? まさか変なことしてないでしょうね」
「何にもしてねえよ。あんなのただの普通のお世辞を混ぜた会話だろ。きっと向こうも本気じゃねえって」
「だといいけど」
 耳はそれで離してくれたが納得はしていなさそうだった。本当に何もないのだしこれ以上何も言えないのだが。
「独占するのは無理ってわかっていたこととは言え、綺麗な女の人とすぐ仲良くなるんだから。むかつく」
 小声でブツブツ言ってるが聞かないことにした、雰囲気的に聞いてはいけないという予感がビシビシと伝わってくる。こういう雰囲気の時のイリスには適う気がしないので放っておくのが最善である。触らぬ神に祟りなし、元の世界のことわざはこちらでも適応するらしい。
 両後ろに厄介のものを引っ提げながら案内された個室に入ると、ダグラスは呆れた表情でこちらを見てくる。
「おいおい、両手に花とはうらやましいな。昨日の恐がられてる云々の話とはまるで違うじゃないか」
「オレもそれには驚いてるよ。こんな簡単に受け入れてもらえるとは思ってなかったからな」
チラリと後ろの二人を見るとニッコリと微笑まれた。なんというか、若干ながら気恥ずかしい。オレだけ変に気にしていたみたいで。
 そんなオレに不利な雰囲気を変えるためにすぐさま別の話題を上げる。
「ギルドマスターなんて地位があるなら女の一人や二人簡単に落とせるんじゃないのか? ダグラスはどう考えても女っ気が無いようには見えないし」
「野暮なこと言うなよ。それにそんな顔や地位とか表面的な部分で人を判断するような安い女はこっちから願い下げだって。外見も中身のいい女じゃないとな」
 いいこと言って誤魔化しているが否定はしないダグラス。これ以上は藪蛇になりそうなので止めておいた。言っていることに少なからず共感できる時点でオレも同類かもしてないし。
「まあ、あんまりそういうこと言ってると後ろの美人二人の怒りを買いそうだし、今はここらへんにしておこう」
「そうだな」
 まだ死にたくないしという言葉は心の中で付け足す。ダグラスだけはわかったようでにやにやしながら頷いてやがる。
 そのにやけた面も次の話題になったらきれいさっぱり消え去った。ギルドを統べる男に相応しい凛々しく頼りになりそうなギルドマスターとしての表情がそこにはあった。
「それでギルドでも冒険者派遣して確認はしといたが、昨日二人が襲われたのはサウザンドゴーレムとランドラビットの二匹、ミクリの森の南東で間違いないな?」
 その言葉に間違いはないので頷く、後ろの二人も同じでように。
「ギルドの得た出現場所と若干違いがあるのは魔物も生き物だし完璧に把握なんて不可能だから、しょうがない部分もあるんだ。ただ、ランドラビットの巣穴は情報通り森の南部にあるのが確認された。ただしそこはもぬけの殻、つまりランドラビットはわざわざ群れ全体で自分達の巣穴から出て森の南東まで行ったってことだ。餌を取りに行くためでも巣穴を空にするなんてありえないし、しかもそこには同じく南部にいるはずのサウザンドゴーレムまでいた。こいつらが一緒に行動していた可能性がだいぶ高まってきたってことだ」
「やっぱり統率している魔物がいるってことなのか?」
 ダグラスは顔を顰めて首を横に振る。
「わからん。その可能性は前より高くはなったがそれでも微々たるものでしかない。魔物が通常通りの行動をしないことなんてざらにあるし、偶然の一言で片づけてもいいくらいに些細なことでもある。それにこの国の騎士団は並大抵の事じゃやられないから普段ならそんな魔物がいてもたいした危機にはならんのだが、今は若干厄介な状況なんだ」
「今だと何か問題があるんですか?」
 イリスが聞く。
「イリスちゃんも騎士団長には会っただろう。この国は至階梯宮廷魔術師と騎士総長一人ずつそして騎士団長三人と上階梯宮廷魔術師二人で主に国の守護に当たっている。無論軍隊はあるし練度も中々のものではあるんだが、彼らがいなければ大侵攻が起こった時には為す術がないのが現状だ。それほどまでにその七人の強さが突出しているってことだが。ただ、その七人の内現在この王都にいるのはお前があった騎士団長のクライスだけだ。あいつもいざとなったら軍の指揮や各方面に引っ張りだこになるだろうからまず前線では戦えない。指揮官がいなければ軍など有象無象の集団に成り下がってしまうからな。そうなれば前線での戦いは激化、通常より圧倒的多くの犠牲が生まれることになるだろう。さすがに王都を落とされることはないだろうがな」
 騎士団長が軍を放り出して戦いに赴くわけにはいかないだろう。国の留守を預かっている責任とやらはオレごときでは到底想像すらできない。
 しかし、そこまで防衛を手薄にするなんて後いない六人の内半分でも居れば状況は変わるだろうにいったい何をしているのか。
「騎士総長と至階梯宮廷魔術師は隣国シルフェンの王子との間に最近生まれた第一子の顔見せと婚儀の日取りなどの国を挙げての祭事の決めるべきことの為に隣国に向かった第一王女とその子や隣国の王子の護衛に付いてる。他国の重要人物しかも第一王女の夫になる奴に生半可な護衛を付けては国家間での問題にもなりかねないからな。他の騎士団長二人と一人の上階梯宮廷魔術師は大侵攻に晒されている同盟国からの救援要請で遠征中だし、残りの上階梯宮廷魔術師は実はこの王都にはいるんだが今は身重で戦える状態じゃない。平常時なら非常におめでたいことなんだがな」
 素直に祝いたい気持ちだが、この奇妙で嫌な予感の時に戦えないとなると単純に喜べないか、ギルドマスターも大変である。
「ここのギルドの冒険者にも今は大侵攻経験者も前線で戦い抜けるような腕の立つ奴はいない。いや、一人だけいるかもしれんがそいつの実力は、まだ完全に確認出来てないしな」
「その冒険者とやらは、まさかと思うがオレの事じゃないだろうな?」
「それ以外誰がいる。神獣に認められし者であり、過去に大罪人に貶められた英雄、ディスティニアの後継者。希望を持たない奴がいないだろう。現にお前の母親は数回大侵攻の最前線で戦って生き抜いた豪傑だしな。だからこその英雄でもある。お前を作戦に組み込みたいところなんだが不確定要素がある人物をそう簡単には扱えないから困ったところではあるんだが」
確かにオレは普通の奴よりは腕が立つ程度の自信はあるが、その大侵攻とやらは見たことがないから何とも言えないのが正直なところだ。ギルドマスターたるダグラスは万全を期したブレの無い作戦を立てるのがその立場の責任だろう。実力のわからないオレを下手に加えれば周囲の不審を買うだろうし、なによりオレにどの程度の役割を任せていいのかもわからないようでは役割を与えようがない。下手をすれば連携がうまくいかず自滅する可能性すらあるだろう。
「クライスとでも真剣勝負してもらって実力を見たいところではあるんだがオレもあいつも緊急事態に備えて何かと身だからそんな時間はしばらく取れそうにもないしな。無理に時間作って他がおろそかになったら元も子もないし」
「街の人を避難はさせられないのにゃ? 王宮とギルドが協力してやれば時間はかかるかもしれないけど命が一番大事だと思うにゃ」
「ここ以上に安全で堅牢な城壁があるとこと言えばお隣の国まで行かなきゃない。そんなとこまで住人全員連れて避難なんて出来るわけないし、そうするくらいなら多少の無理を承知で騎士総長か至階梯宮廷魔術師を呼び戻す方がまだ現実的だ。それにまだ可能性の域を出ないことを発表することはできない。オレや王宮がそう言う声明を出せば信じる奴も多いが、いたずらに不安をあおればパニックになってもっと手の付けれられない状況にもなりかねない。一応ギルド内で王都の外に出るなら準備して警戒を怠らないよう呼びかけるのと、万が一の時の為にクライスと共に戦いの準備を進めるのが限界だ」
「で、それをわざわざ一冒険者に過ぎないオレ達に言うのはどういう理由なんだ? 今までの情報の中で機密っぽいのが幾つもあったようだけど」
 ダグラスはこの言葉にニヤリと笑った。ばれたかという表情である。
「ギルドマスターとしてお前を当てにするわけには立場上いかないが、個人的には真逆の立場のつもりだしな。まだ大侵攻が起こったわけではないからお前が他の国に行くのも止められないし、そうさせないために釘を刺しておこうと思ってな」
 別にオレだけならそんなこと知ったことでないと言う事も可能だ。だが、もしそれで現実に大侵攻が起こり、死人が出たらイリスやメイが罪悪感に苛まれるのはわかりきっていた。昨日の時点でオレが置いて行こうとしたとはいえ、二人を完全に見捨てられないことはダグラスにばれているだろうしこうなったらここに残って戦う以外の選択肢はないも同然だった。無理矢理二人を連れて行って悲しませるのはオレにはできない。だったら戦ったほうが断然ましである。
 二人にはそうとはわからないようにオレにだけ向けてそう言っていた。
「この陰険腹黒野郎」
「偉くなると綺麗じゃいられないからね。もちろん悪いと思ってる。ただ、ある程度の便宜も図るし、報酬は弾むつもりだから勘弁してくれ。別に自分の欲のためじゃないし、それでも許せないなら侵攻が終わった後にでも俺を好きにするといい。何なら命を取ってくれても構わないぞ」
 これがギルドマスターという世界に十人しかいない者の覚悟か。街を守るためなら悪魔にでも魂を売り、自らの命させもなんの躊躇いもなく差し出す。普段はチャラチャラした三十代のおっさんにしか見えないダグラスの凄さをまざまざ思い知らされた形だ。
これにはオレも納得するしかない。
「わかったよ、万が一そうなったら全力で王都を守ることを約束する。それが冒険者としての義務だしな」
「もちろんメイもにゃ!」
「アゼルだけ戦わせるわけにはいかないから私も微力だけど手伝います」
「そう言ってもらえるとありがたい。ただ、そんなすぐにどうにかなるわけでもないと思うから気張らずに普段は普通に依頼をこなしてくれて構わないから。あんまり王都から離れるのは危険だからおすすめはしないが」
 ダグラスの話はこれで終わった。ちなみに昨日の依頼は巣穴を壊せなかったもののほぼすべてのランドラビットを倒したので成功扱いとしてくれた。さすがにサウザンドゴーレム討伐の依頼の方は全体駆逐か確認できなかったとのことで報酬はもらえなかったが報酬がもらえるだけ十分だろう。無償で手当てもしてもらって逆に申し訳ないくらいである。これがさっき言った便宜の一部ではあるのだろうが。
 この後どうするか聞いたところ昨日の怪我のことなどなかったかのように依頼を受けるとハモりながら二人は答える。いくら動いて問題ないと医者のお墨付きをもらったとはいえ命の危険を味わったのっだからもう少し休んでもいいと思うのだが、二人が良いというのだからこれ以上余計なことを言ってやる気を削ぐのは野暮というものだろう。なので、メルルに今すぐ受けられる依頼を見せてもらい、その中の一つ、魔物の討伐の依頼を選んですぐに出発した。
そうそう例外が起こるはずもがなく、その日は普通に目標の魔物を倒し依頼を終える。そうして王都に戻った時には日も暮れていたので後日同じ時間にギルドに集まることを約束してオレとイリスはメイと別れ宿に戻った。


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