「それでどうなったのにゃ?」
「どうもこうもそれまでの行動を根掘り葉掘り聞かれて全部白状させられたよ。未だに怒りは冷めてないからマジで困ってる」
あの後、イリスに洗いざらい話したオレは怒りながらもニンフのことを詳しく教えてくれた。仕事は仕事だからと物凄く不満そうに。
話している内に経験はないと言っていたジュリーが、何故手管が豊富なのか、初めてなのにそういうことの腕の善し悪しがわかるのか、という最初に気づくべき疑問にようやく気付いたオレはイリスからその答えを得た。曰く、ニンフは生まれてくるときに母親からそれらの経験と記憶の一部とを継承するのだとか。それ故初めてでもその腕は熟練の物であるらしい。考えてみればそういったことで人をいやすことが欲求である種族がその行為について無知なわけがなかった。食事や睡眠を知らない人間がいないのと同じことだ。
その後イリスは怒り冷めずといった様子で部屋に閉じもってしまったのだった。
「それはアゼルが悪いにゃ。イリスは朝ご飯作って待ってくれてたんだにゃ?」
「それは聞いてなかったからとはいえ悪いと思ってるよ。わかってたらちゃんと朝になる前には帰ってたし」
「そう言う問題じゃない気がするけどにゃ」
イリスがオレの不在に気付いた理由はオレの為に朝早くから支度して朝ご飯を作ってくれていたからである。食事についてオレが並々ならぬ情熱持っていることをわかっていたイリスはオレの為にわざわざ宿の厨房まで借りて自らの手料理を振舞おうとしてくれたのだ。あの時間に出来上がっていたことを考えれば下手すれば日が昇る前から起きて料理していたのだろう。
「それで料理が出来てアゼルを驚かせるために起こしに行ったらいにゃいし、その上、別の女の所からキスマークをつけての朝帰りするなんて怒られて当然にゃ。むしろ怒るだけで許してくれてるイリスは優しい方にゃ」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。自分が悪いことは誰が見ても明らかだし、かなりひどいことをしていしまったという自覚もある。なので、何度も部屋に行き、開けてくれなかったので扉越しに誠心誠意謝ったのだが一言も返してくれなかった。
イリスの料理はかなり冷めていたが本当においしかった。愛情がこもった料理を台無ししてしまった、その行動にオレは物凄い自己嫌悪をさせられた。
「もちろんアゼルの方にも言い分はあると思うけどにゃ。イリスが朝ご飯を作ってくれてることも知らなかっただろうし、男だからある程度、そういうことを我慢できないことも理解できるにゃ。けど彼女じゃなくて別の女を内緒で、しかもわざわざ娼館にまで行って抱くなんて人としてどうかしてるにゃ」
「ちょっと待て。確かにオレが最低なことしたと言う事は否定できないがイリスがオレの彼女というところは訂正させろ。あいつは仲間であって断じてそういう仲ではない」
「そんな嘘、信じると思うのにゃ?」
「これはマジだ。天に誓って嘘はない。好きでもない男とそんな噂立てられるなんてオレはともかくイリスが可哀そうだ」
メイはこちらの言葉を聞いて大きく溜め息を付いた
「……そう思ってるならアゼルは究極の間抜けにゃ。救いがたい阿呆にゃ」
「否定はしないがそれ以外何かあるのか?」
「訂正、手遅れにゃ」
「お待たせ、メイ」
そこに依頼を取に行っていたイリスが帰ってくる。
イリスはオレが呼びかけても決して出てこなかったのだがメイとの約束の時間の前になると支度をして部屋から出てきてくれた。その場で誠心誠意気持ちを込めて謝るがイリスは完全に無視、オレの存在を決して見ようとせずにオレを置いていくように行ってしまおうとしたのでオレも慌てて準備してギルドに行く道ずっとあの手のこの手で謝り話し続けたのだが効果はなく、メイ合流した後はメイのみ話しやはり俺のことはガン無視だった。オレを避けるように依頼を取ってくると言って離れて行ったイリスの様子をメイに聞かれ、起こったことをこと細かく話、相談して今に至ると言うわけだ。
「なあ、イリス。本当に悪いと思ってる。だから話だけでも聞いてくれ」
「準備が出来たなら行きましょう、メイ。今回の依頼は最初だし安全第一でEランクにしといたから簡単だと思う」
「了解にゃ」
やはりと言うべきかこちらには目もくれない。どうしたらいいのか対処に困っていると
「おうおう、アゼルじゃねえか。昨日は楽しんだか?」
「ダ、ダグラス! お前良いからちょっと黙ってくれ!」
いつの間にか背後にやって来たダグラスが不用意に爆弾を投下してきやがる。イリスのこめかみに青筋が走ったのをオレは見逃さなかった。
「ちょ、ちょっと離れて話そう」
「いいぜ、丁度オレもお前に話が合ったからな。イリスちゃんと、メイちゃんは悪いけどちょっと待っててくれるか?」
「はいはい、わかったにゃ。イリスもいいにゃ?」
「……わかりました」
「そんな堅苦しくならないでって! ちょっとだけこいつ借りるよ」
オレとダグラスは二人元を離れる。少し離れるだけのつもりがダグラスは何故か昨日も使った個室にオレを案内した。その話とやらは人前ではできない重要なことなのだろうか。
「まず初めに聞いておこう、昨日はどうだった?」
「ぶ! 真面目な雰囲気でいきなり聞くことかそれが!?」
「誤魔化すなよ。で、どうだったんだよ?」
黙っていても仕方ないので正直に詳しい内容はぼかして大まかことを話す。イリスが怒ったことも含めて。
「どーりでイリスちゃんの機嫌が悪い訳だ。まあ、でも、そこまで大げさに考えるこたないと思うけどね」
「どこかだよ。一言も口聞いてくれないし、このまませっかく作ったパーティも抜けちまうんじゃないかって思ってるよ、オレは」
それは何としても避けなければならない。イリスを守ることはヘルメスさんとも約束した大切なことだ。人とのかかわりが今までなかった分、仲良くなった人との関係を大切にしたいと一応考えているのでこんな自分の馬鹿なことの所為でイリスと仲違いなんてしたくなかった、
「それはないから安心しな。そんなつもりだったらお前を置いてとっくにどこかに行ってるだろうさ」
「それは仕事を放り出したくないからだろ。イリスは真面目だし」
「本気で嫌いな人間には人は近寄りたくもないもんさ。わざわざ謝られ続けるってわかっててもお前の傍から離れはしない時点で本当には嫌ってないってことさ。仕事云々はただの言い訳、愛情があるから怒っていて、それ故素直になれないってところだろうよ。まあ、ああいう時の女をなだめるのは苦労するから頑張んな、根気強く謝り続ければいつか許してくれるさ」
「そうだといいんだがな……それでこんな話をするためにオレをわざわざこんな個室に呼んだわけじゃないだろうな?」
「もちろんだ。俺はお互い好き合ってるのに素直に慣れなくて夫婦喧嘩してる奴のお守りなんて事するほど暇じゃないんでね。ほれ」
色々訂正したかったが、紙を渡されたのでそれを読む。そこにはC-ランクの依頼が架かれていた。
「これは? 今回オレ達が受ける依頼はEランクの簡単な物って決めてるし、個人でも今のところこれを受けるつもりはないぜ」
ちなみにメイにはニキとダイの事は言ってないがオレ達がC-ランクであることは話してある。今回の依頼が終わったら詳しく説明するからという事で納得してくれているのだ。
「ところがどっこい、お前らに若干関係してくるんだよ。このC-の依頼がな」
「どういうことだ?」
そう聞くともう一枚紙を渡してくる。これはさっき見たオレ達が受けようとしていたEランクの依頼だ。
「これを見比べてみな。そうすればわかるだろ」
とりあえず言われた通りにしてみる。そこには
C-ランク 分類・討伐系―殲滅
討伐対象 サウザンドゴーレム(D+ランク)
依頼内容 ミクリの森南部に生息するサウザンドゴーレムの殲滅
*なお、数は十体前後と言われているが不確かであり、警戒が必要
続いてもう一枚
E-ランク 分類・討伐系
討伐対象 ランドラビット(Fランク)
依頼内容 ミクリの森南部にいるランドラビット十~二十体の討伐とその巣穴の破壊
*近隣の村の情報なので正確ではない、なお敵のテリトリーでの戦闘になるので警戒が必要
「なあ、怪しいだろ? どっちも同じ時期、同じ場所だってのに違う魔物がそこにいるんだってよ」
「ただ単にいるだけならともかく巣穴まで作ってる場所に他の魔物がいるとなると不自然だな。巣穴を作る魔物は縄張り意識が高いから余程の事がない限り自分のテリトリーに例え魔物であろうと他の種族は近づけない。なのに、こういうことになってるってことは」
「十中八九何かある、そう思って他の依頼も調べてみたらこんなのまで出てきた」
G-~D+ランク 分類・捜索、情報収集系
捜索対象 不明
依頼内容 ミクリの森、主に東部から聞こえる奇妙な唸り声の調査
*なお、僅かではあるが高位の魔物が生息している場合が考えられるので警戒が必要
「この主にってところが引っ掛かるんだが」
「俺もそう思って調べてみたら南東部からもその声が聞こえるって情報がある。これらのことを考慮した場合どんな可能性が生まれると思う?」
「……魔物の大群が潜んでいる可能性があるな。他の種族まで支配できるくらいの魔物がいてそいつの所為で本来なら相容れることがない魔物を共生していると仮定すれば、D+の魔物を従えうる相当な高位な魔物がいるのかもしれない。少なく見積もってもC-下手すりゃ、Cより上の奴がいるはずだ」
「滅多にいないエレメンタルアサシンの亜種が現れたこともそうだし、最近ここら一帯に妙な気配が流れている気がする。もちろん、オレの気のせいでただの偶然って可能性も否定できないがな。むしろその可能性の方が高いだろうがどうにも嫌な予感がしてな」
ダグラスからそれまであったふざけた雰囲気が消えていた。世界で十人しかいないギルドマスターの嫌な予感、それは不吉な言葉だった。
「最近、ここら一体で他に奇妙な出来事はなかったか? 普段比較的温厚で普段巣穴に籠ってるような魔物が人を襲ったり、逆に人を良く魔物の被害が収まっていたりとか。魔徒の森で過ごした経験から言えるが、魔物がおかしな行動をする時はほぼ必ずと言っていいほど他の強い魔物が何らかの影響を与えた結果だった。支配でされたりそいつ逃げ出したりと理由は様々だったがどれにも共通して言えることは一つだけある」
「それは?」
「どんな場合でも普段では考えられない厄介な事態になるってことだ」
「うれしくない教訓だね、まったく」
そうしてダグラスと最近起こった奇妙な事件や事故などについて議論を重ねている内、ハッと気づいた時にはかなりの時間がたっていた。三十分近くたっているというのにイリス達は何も言いに来ていない。
そのことにダグラスではないが嫌な予感がして、いったん会話を打ち切りイリス達の様子を見に行く。そして結論から言ってその嫌な予感は当たっていた。
「あいつら勝手に行きやがったのか!?」
何も言わずにどこかに行ったとなればそれ以外考えられない。いや、もしかしたらトイレなどでいないだけか?
「メルル! イリス達がここにいたはずなんだがどれくらい前までいたかわかるか?」
「どうしたの? そんなに慌てて」
その近くにいたメルルに話しかけたが、メルルもこちらの顔を見てただ事でないと悟ったのかすぐに教えてくれる。
「あなたとギルドマスターが個室に入って言ってすぐ出て行ったわよ」
「あのバカ共が!」
完全に確定だ。オレはメルルに礼を言う事すら忘れてギルドを飛び出した。ミクリの森は王都から南西の方角にあり歩いて約三十分の所に位置している。イリス達が魔法を使って移動したと仮定すればもっと早くついているはずだ。時間がない。
「ニキ! ダイ!」
宿にいる二匹を迎えに行っている時間も惜しい。オレは一直線に街の南西に向かって走り出す。昼時で道は混雑しているので
「邪魔だっての!」
魔法も使わず民家の屋根に飛び乗ってそのまま屋根伝いに駆けていく。もちろんその先は城壁が広がっていて普通なら行き止まりだ。だが、
「ナイスタイミングだ、ニキ!」
城壁が目前に迫ったところでニキの背中が目の前に現れる。この二匹の感覚なら騒がしい昼の街でもオレの声を聴きとってくれると信じていたかいがあった。
そのままニキの背中に跨って城壁を難なく超える。空を駆ける黒狼にこんな壁は柵にもならない。その城壁を器用にダイも駆け上がり馬鹿でかい城壁はこれで二匹ともクリア。
「オレとニキは先に行く! ダイはオレ達の後を追って着いたらニキと別々にイリス達を探してくれ!」
メイの事は話だけはしてあるのでわかるはずだ。ダイが頷くのを確認した後、
「頼む、ニキ」
「ガウ」
任せろって言ってくれる。俺にはもったいない相棒だ
本気の黒狼の疾走、それは背中に乗っているだけでも危険なくらいのものだ。いくら二匹に乗り慣れているオレと言えど気を抜けば振り落とされてしまうだろう。それ程の速さなのだ。
「ニキ、もうちょい左寄り。そうそのまま真っ直ぐ。その先の森でストップだ」
地図の内容を必死に思い出し指示する。
そうして徒歩で三十分はかかる道のりをものの数分で走破したニキの背中から飛び降りる。
「ニキとダイは南側を細かく探してくれ! オレはその周辺を探してみる!」
ニキは頷くと大きく息を吸い遠吠えをする。恐らく遅れてくるであろうダイに指示の内容を伝えているのだ。依頼の内容からして南の森にいるはずなので捜索範囲が広い二匹にはその場所を、万が一迷ったり魔物に追われたりした場合を考慮してオレはダグラスとの話に出た南東側の森を捜すことにした。
もし、魔物が高位の個体に統率されているなら獲物を主の元まで追い立てる可能性が高い。主その手で獲物を仕留め、出来るだけ新鮮な肉を食えるように。
(ふざけんな!)
そんなことを許すわけがない。
仲間を殺させるなんてことをオレが認められるわけがなかった。この世界でようやく得られて友人、仲間、死んだ母以外に心を許せる人の存在。それは思っていた以上にオレの中で大きな割合を占めていた。そのことをこんな場面になって、いや、だからこそわかることができたのだ。
耳を澄ましけれどその足は全力で動かしながら進み続けいたら、
「っつ! 聞こえた!」
確かに人の声が聞こえた。場所的に言えば森の東側、ニキ達がいる方とはとは反対の方向だ。予想は正しかった、ただしもっと場所が奥だったが。
まだ、二人と決まったわけではないので二匹は呼び戻さない。別の冒険者が襲われているとも限らないのだ。
その声の方に走ると次第に何かが焼け焦げたような匂いと大抵の魔物の腐ったドブのような血の匂いは別の、ほんの僅かだが、鉄臭い人の血の匂いが漂っている。
「メイ! イリス! どこだ!」
見えた、その後ろ姿は間違いない。あの二人だ。二人とも服は所々破れたりしているがほとんど怪我はない。若干ナイフを持つメイが数か所から血を流しているが軽傷だ。ただ、二人とも息を大きく息をしており、今にも倒れそうだった。
案の定イリス体が限界を迎えたのか膝から崩れるように地面に倒れそうになる。杖で体を支えて何とか倒れないようにしているがあれでは隙だらけだ。その隙を逃すはずもなく近づくのを食い止めるように振るっていたメイのナイフから逃れた一体の人型の形をした岩型の巨人、恐らくサウザンドゴーレムがイリスに向かって無情にもこぼしを振り降ろそうとする。
「ふざけんな! オレの」
オレはさらに加速する。魔法を使っている暇も刀を抜く猶予もない。
(オレの)
ゴーレムが拳を振りかぶり
(仲間の)
振り降ろそうとしたところでイリスの背中を飛び越えその間に阻むように立ちふさがり、
(女達に手出ししてんじゃねえ!)
振り降ろされる拳にこちらも全力で拳を叩き込んだ。普通ならそのまま後ろのイリスも巻き込みながら押し潰されて一巻の終わりだ、普通なら。だが、生憎生まれた時から神獣と戯れ続け、鍛錬を続けたオレは残念ながら普通じゃない。
この世界の人間は元の世界の人間のより身体機能が勝っている。それは二つの体を実際に操っていたオレが言うのだ、間違いない。しかもこちらの世界の人間は力の下限は同様でもその上限は比べ物にならないくらいに高いのだ。簡単に言えば鍛錬すればするほどあちらとは比べ物にならない程強くなるということだ。無論、限界はあるだろうが今のところオレにその兆候はない。まだまだ上昇する余地が残っている。これは無論オレがという話であり、もしかしたらほかの人間は違うのかもしれない。別世界から転生した奴を基準に考えるのもおかしな話だからだ。ただ、今ここで必要な情報は一つ。
それは、肉体だけでもオレは神獣と競い合えるぐらい強いということだ。
当然所詮D+の魔物の一撃なんて、岩だろうが鋼鉄だろうが例えダイアモンドだろうが関係ない。
骨と皮と肉で構成されたひ弱なはずの拳が頑丈なはずの岩の拳を破砕、それどころかその衝撃でその岩の体全体が耐えきれずにバラバラになって吹き飛ぶ。
そこで改めてオレは先程オレが思ったことを宣言してやる。時間もないので簡潔に。
「オレの(仲間の)女達に何してくれてんだ!」
なんか略すとこ間違った気がするけど怒りで頭に昇った血がそんな些細なことを思考の彼方へ追いやる。
「大丈夫かイリス。怪我はないか?」
「え、あ、うん、大丈夫。それよりアゼル、手は」
「話は後で聞く。メイも大丈夫か?」
「正直もうヘトヘトにゃ。立ってるのもしんどいにゃっと!」
メイは相手をしていたゴーレムの一撃を後ろに飛んで躱す。ただその言葉通りその勢いを殺しきることが出来ずにそのまま倒れそうになる。
「だろうな。まあそこで休んでろ」
その事態は予想していたので前に出てその体を抱き留めるとイリスの元に戻りその場に優しく降ろしてやる。
「にゃ、にゃあー」
「何だよ、まるっきり猫みたいな声出して。ま、イリスにも言ったが話は後だ。サクッとこいつら片付けるからちょっと待ってろ」
顔を赤らめて変な態度のメイは若干気になったが怪我も深くないし、毒も受けてる様子はない。命に別状あるわけでもないので詮索は後回しにした。
手早く魔法を使いイリスの周り全体に障壁を張る。二人の安全確保が最優先だからだ。これでもうイリス達に危害加えることは出来ない。続いて、オレ達を含んだ魔物達全体を覆うかのように周囲に障壁も張る。この障壁というものの普通の使い方は魔力のこもった楯として使うものであり、こうして使っても意味がないように皆普通は考える。魔物達もこちらの意図がわからないようで首を傾げる奴も中にはいた。
馬鹿な奴らだ、いずれ嫌でもわかるというのに。
「さてと、あ、忘れた」
腰に差し日本の刀も背中にある身の丈もある杖もイリス達のいる障壁にこの武器だけ透隙間を作って中に放り込みまたすぐその隙間を塞ぐ。これで障壁を解かない限りもう武器は取りだせない。また隙間を作る方法もあるにはあるがそんなことをするつもりはない。そしてする必要もない。
「ほら、何してる。かかってこいよ」
両手を広げておいでと言わんばかりに手で招く。先程の様子を見る限りある程度の知恵はあるようなのでこちらの言葉もこの手の意味も分かってくれるはずだ。案の定、数体の角の生えたウサギのような魔物、ランドラビットがその角で突くように飛び掛かってくる。
武器を捨てたオレにはこの攻撃は防げないと思ったのだろう。そんなことはないのだが、ある目的の為にあえて無防備で目を瞑り攻撃を受けてやる。
「ほら、サービスだ。どっからでもかかってこいよ」
その言葉に激高したのか三体のランドラビットが甲高い声を上げてオレの体にその角を突き立てた。雄叫びにしては随分と声に力がないなと場違いなことを考えながら、
「ああ、いい気持ちな。マッサージか?」
その角はオレの肌で止まり、一切の傷をつけていない。言葉上は気持ちいと言ったが実際には余りのも微々たる衝撃と痛み過ぎてそんなレベルですらない。蚊に刺されたと同じく感じるのが不可能なくらいの痛みだ。
「そんな無茶すると、大変だぞ」
そう言って少し体に力を込める。それだけでそれまで肌で止まっていた角が耐えきれなくなったかのように砕け散った。角が砕け散ったランドラビットの見た目は完全にサイズが大きなウサギ、そのものだった。
「なんだ、こうなると可愛いじゃないか」
オレは襲い掛かって来た三体の内の一体の頭を優しく赤子に触るかのおように撫でてやり。
ゴキッと鈍い音がした。
見た目に変化は一切ない、かのよう見えるが実際は首を高速で三百六十度回してやったのだ。三百六十度回ったので元に戻った、なんて馬鹿なことが起こるはずもない。死体となったそのウサギの首と胴体を軽く力を入れることで捩じ切って、残った二体にそれぞれを投げつける。汚れるのが嫌だったので血が噴き出す前より早く投げつけられたそれは残った二体を針金細工のようにグシャグシャにしながら吹き飛んでいく。呆然としてイルカの残った魔物ところで停止し、そこでようやく血が噴き出した。
もちろんこのショッキングな光景はさりげなく体で隠して二人の視界に入らないようにした。ただ、血が噴き出るのまでは流石に隠しきれなかったが魔物を殺すことを生業にする冒険者だ、これくらいは堪えられなければ話にならない。
「イリス、メイ。このままオレの戦いを見続けるとショッキングな映像を御覧に入れることになるから、嫌なら目を瞑っときな。悪いけどオレはこいつらを徹底的に痛めつけなきゃ気が済まない」
振り返ることなくそう言った。後どうするかは二人次第だ。もしかしたら、いや、十中八九オレの獣的部分を見たら引かれて、下手すれば二度と会話すらしてもらえないかも知れないと頭ではわかっているのだが、一度本気で怒ったオレはニキやダイでも止められないし、止まらない。この十七年生活で前の世界ではありえなかった人間の中にある獣的本能、オレはそれをいいことなのか悪いことなのか覚醒させてしまっていた。
先程わずかな血の匂いを感じ取った時のような周囲に対する円敏な五感に加えて危機に関して予感が働く第六感、そしてなにより決して止まろうとはしない圧倒的暴力的衝動。それらは普段は抑え込んでいるのだが、一度タガが外れるとなかなか収まらない厄介な代物だった。
もちろん、頭の中の半分は我を忘れていてももう半分は冷静に状況を確認しているので武器も魔法を使用には何の問題もない。けれど今回それら一切使う気はなかった。
「お前らが通りすがりの人を襲おうが、ガラム王国攻めて見知らぬ人間が何人死のうがぶっちゃけオレには関係ねえ。そりゃ気分は悪くなるが他人の事で心痛めるほどオレは優しくないし、自分の事が第一だからな」
一歩前に踏み出す。数匹の魔物が怯えたように後退る。
「ただ、お前らはオレを怒らせた。逆鱗に触れたって奴だ。オレは自分勝手で我が儘でマジで傲慢な奴なんでな。オレを怒らせた奴をタダで許すなんてそんな甘っちょろいことはしねえ」
もう一歩踏み出す。今度はすべての魔物が後退った。
「お前等には地獄に行っても恐怖に怯え続けるように徹底的に教えてやるよ。それで覚えとけ」
大きく息を吸って、吐き出す。全力の怒声と共に。
「オレのもんに手を出すってのがどういう意味なのかをよ!」
ここからオレは一切の容赦も慈悲もなく魔物どもを蹂躙した。拳で頭蓋を砕き割り、蹴りで岩の体を砂に返す。時には生きたまま首を握り潰し、まとめて積み上げた岩の体をまとめて踏み潰す。
武器も魔法も使わないのはもちろん慈悲などではない。そんな簡単に痛みや恐怖もなくもなく殺してやるわけがないではないか。徹底的に、圧倒的に、暴力的に、己が何をしてしまったのかを深く後悔させてから殺す。
既に魔物達は完全にオレに怯えきって逃げ出そうとしてもそれは徒労に終わる。すぐに前もって張った障壁の壁に逃亡を阻まれるからだ。全てを包むようにして張られた障壁の檻から逃げるには障壁をぶち破るしかない。地中にも逃げられないように球状に張っているので空も地の底にも逃げ場はないのだから。
オレはその怒りのまま虐殺を続け、気付けば五分も経たぬ間にそこにいた魔物を全滅させていた。
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