そうして見えてきたのは予想よりはるかに大きい城壁とその中に聳える城だった。
「あれがガゼル王国か」
魔物が蔓延る草原のど真ん中にあるだけあってその城壁は巨大で頑丈そうだった。
「このガゼル王国の領地は世界的には大きい方なのか?」
「ガゼル王国は世界でもかなり大きめな国だよ。ここはガゼル王国の王都レディアントで私たちの村やアゼルが住んでいた魔徒の森も含めたここら一体の地域すべてをガゼル王国って言う場合でもあるしここをガゼル王国または王都って言葉で表したりするの。もちろん魔徒の森みたいに領地内でも国が手も付けられない場所もたくさんあるから全部管理しているってわけではないけど、それでも広大な土地を治めていたり世界で十人しかいないギルドマスターが経営するギルドがあったりと有名なのは間違いないと思う」
たった一つの質問に詳しくその他に必要だと思われる情報までわかりやすく説明してくれた。この話を聞いている限りあながちヘルメスさんの言葉は親のひいき目でないとわかる。
「国境をまたぐのにはお金はかからないけど確か首都に入るのには身分を証明できるものがないと一定の金銭が必要のはず。身分の証明は都市としてある程度栄えているところで生まれた国家証明書、どこかに国の騎士であったり宮廷魔術師であったりを証明する第一級戦技証明書、それにギルドに所属する冒険者を示すギルドカードの三つだけどどれも持ってないよね?」
あるわけなかった。こちとら人が訪れない卑怯のような場所に引きこもって痛みである。もちろん母さんの荷物にもそれらしきものはなかった。
「私の村も田舎だから証明書ないし門のところで入国審査受けるしかないんだけど……ニキとダイをどうしよっか?」
「神獣ってこの中は入れないの?」
「ううん、魔物は無理だけど聖獣や神獣は入る分には問題ないの。けど聖獣でも大騒ぎになるのに神獣なんて正直に言ったら絶対前代未聞の騒ぎになるし王室のところまで情報は回されるから多分アゼル、王様かそれに近い人に呼び出されることになるけどいい? 嘘ついても多分通じないだろうし」
「マジか、そんな目立つつもりはなかったんだが」
確かにこんな巨体の奴らをただの犬ですって言っても信じられないだろうし聖獣と言っても大して変わらないとなればそんな微妙な嘘を吐いてもしょうがないだろう。出来れば周りにあまりばれないようにこっそり国王とやら会いたかったのだがこうなったら諦めるしかないだろう。
「もちろんその情報は秘匿されるだろうから余程偉い人とかじゃない限りアゼルの事が広まることはないはずだけど、ただでさえ二匹を連れていたら目立つから。もしかしたらすぐ有名になっちゃうかもしれないけどね」
「まあ、いまから考えてもしょうがないだろ。なるべく目立たないように気を付けるしかないだろうし」
二匹を外に置いて行くのは流石に認められないので、ならば正当な手順を踏むしかないのだから割り切る。一瞬忍び込ませようとも考えたが後々面倒になり気がしたのでやめた。事実イリスにそれとなく聞いてみたらすぐにばれるし逆効果だから絶対やらないよう釘を刺された。
「門のところに関所があってそこで入場手続きができるはず」
「うーん……あった」
遠目からではわかりにくいが兵士らしき人がいる場所がある。小屋らしきものがあるしそこで間違いないだろう。その前に軽やかなステップで二匹は着地してオレ達は地面に降りる。
門に近づくと鎧に身を包んだ二人の男がこちらに視線を向けて慌てて剣を抜く。
「と、止まれ! 何者だ?」
殺気丸出しなのでオレは敵意がないことを、両手を上げることでアピールする。それでも警戒を解こうとしないのは二匹を魔物と勘違いしているからだろうか。
「オレ達は怪しいもんじゃないです。普通にこの中に入りたいんで手続して欲しんですけど」
「し、しかしその隣にいるのは魔物だろう。魔物はいかな存在と言えど中に入れるわけにはいかない」
門番はこちらが抵抗しいのと普通に話しかけてきたので拍子抜けしたのか、若干緊張を解いて話を聞いてくれた。それでも未だに剣はこちらに向けたまま警戒は怠らないが。普通の人なら剣を抜けられて警戒されれば恐怖か理不尽なことに対する怒りを持つだろうが、むしろ、オレはそういう隙がない姿勢に好感を持てるくらいであるのでにこやかに答えてあげた。
「いや、こいつら魔物じゃないです」
「魔物でなければ一体……ま、まさか聖獣使いの方ですか!」
そこでハッとした表情になって言う。その言葉に周りの兵も目を見開き半信半疑な表情をこちらに向けてくる。
「こいつらは神獣、黒狼と白狼です」
「し、神獣!」
男たちは慌てて剣を収めると直立不動の姿勢で敬礼してくる。
「し、失礼しました! 自分、ガゼル王国、王国騎士団所属剣士軍団第三部隊隊長シュバーン・アイオニアと申します! 神獣に認められた方とは知らぬこととはいえ大変なご無礼、この命を持ってどうかお怒りをお鎮めいただきたくお願い申し上げます」
「あーそういういいから、楽にしてよ」
ヘルメスさんと言いこのシュバーンと言いそんなことで命をかけるなと突っ込みたかった。こちらとしては、嘘はついていないが証拠もないただの言葉をよく簡単に信じてくれるものだ。これなら神獣って言葉で詐欺をいくらでもできそうなものだが、この世界ではそんなこと考える人がいないのだろうか。
「おい、今すぐ騎士団長様に使いの者を送れ! 門の警備? んなもん後回しだ! 今すぐこの方達を案内する部屋しろ! 非番の奴も関係ない! 全員首根っこ掴んでも叩き起こせ!」
ここではこの男が一番偉いらしく部下の男に怒声を浴びせている。その声で呆然としていた部下たちも慌ただしくそれぞれの行動を開始し始める。
「それでは用意ができるまで関所でお待ちしていただいてよろしいでしょうか?」
異論はないので頷く。そのまま関所のなかに入って客室のような部屋に通された。そこで来客用のソファに勧められるまま腰かける。
そこからこちらの自己紹介もまだだったので名乗る。
「オレはアゼル、白狼の方がダイで黒狼がニキです。それで彼女が」
「イリス・ヘキサグラムと言います」
「ヘキサグラム……それではあなたはヘルメス教官のご子息であられますか?」
神獣の名を付出た時ではなかったがイリスの名を聞いたシュバーンさんは驚きをあらわにした。宮廷魔術師だったころのヘルメスさんを知っているらしい。
「はいそうです。といっても今の私はアゼルの従者」
「仲間です」
イリスの言葉を遮っては口を挟む。失礼だとはわかっていたがここは譲れないところだ。
「イリスはオレの仲間で一緒に旅をしています。それとオレも名前で呼んでください」
この発言にイリスは呆れたようなけれど、どことなく嬉しそうにこちらを見てくる。面倒事を少なくしようとしてくれたイリスの気持ちはありがたかったが周りから彼女を従者扱いさせるようなことはさせるわけにはいかないし、させたくなかったのだ。
何となくこちらの事情を察したのかシュバーンさんはそのことについては言及することなく話を進める。
「わかりました、それではアゼルさんとイリスさんとお呼びしますね。それでアゼルさんこの国には何か目的があっての事ですか? それとも観光か何かですか?」
「一応ギルド登録をするつもりではいます。後、この国の王様に一目会いたいと思って」
「その理由はなんでしょうか?」
気さくに話しかけながらシュバーンさんは一切気を抜いていない。先程と同じかそれ以上に気を張って警戒している。巧妙にそれを隠してはいたがオレやニキ、ダイにはバレバレだった。ただ、その姿勢は国を守る仕事に熱心だからこそのものだろうし気付かないふりをしておいたが。
「母さんがちょっとこの国と奇妙な因縁があるんです。そのことでちょっと聞きたいことがあるんです」
そこでシュバーンさんが何か言う前に扉が開いて人が入ってくる。シュバーンさんより高級そうな装備をつけているし、たぶんさらに偉い人だろう。
「き、騎士団長様!」
その予想通りシュバーンさんは慌てて立ち上がって敬礼をする。騎士団長と言う事は騎士団のトップだろうか。イリスも緊張した様子でいることから余程の人だという確信を得たオレは立ち上がって礼をして改めて自分と仲間の自己紹介をする。
騎士団長は偉ぶったりせず非常に丁寧な態度だった。
「私はガゼル王国、王国騎士団団長のクライス・ジン・キオニスです。いきなりで恐縮ですがアゼル様、国王がお呼びですので来ていただけますか?」
「いいですよ」
こちらにも用事があるので早々に会えるなら幸いだ。
「ただ、大変申し訳ないのですが、神獣に認められた方であるアゼル様だけしか謁見の間には案内できないのです。ですからイリスさんには王宮の客室でお待ちいただくことになります」
イリスを見ると当然と言わんばかりに頷いていた。出来れば一緒に行きたかったが、どうやらそれが正しい礼儀らしいので従っておくことにする。
「それではご案内いたします」
その前にシュバーンさんに挨拶をしておいた。
「ありがとうございました、シュバーンさん」
「ま、またのお越しをお待ちしております! アゼルさん、イリスさん」
それじゃあまるで料理屋の店員だし、こんな小屋にまたは来ないだろと思ったが緊張しているのは丸わかりだったし、ここでそれを指摘するのは酷だと判断してやめておいた。
クライスさんはシュバーンさんの気安い呼び名に少し驚いた顔をした後、困ったように苦笑している。ただ、その表情には部下に対する思いやりがあった。
そうして、クライスさんの後を付いて行くと街の大通りをつっきって王城の中に案内される。途中でイリスとは客室へと行く道で別れ残ったのはオレと二匹だけだ。
「こいつらは連れて行けるんですか?」
「はい、神獣とその神獣に認められた人を案内するように言われているので大丈夫です。彼らはどちらもあなたを認められているのですか?」
「認めているっていうか生まれた時から一緒で、その流れで未だに行動を共にしてるって言った方が合ってますね。最早家族そのものなんであんまりそう言うのは気にしたことないんです」
「なるほど、道理で息が合っているのですね」
「ところで一つ聞きたいんですけど、クライスさんは騎士団長なんですよね? ってことは騎士団で一番偉いってことですか?」
「いえ、私の他に二人騎士団長がいて、その上の騎士団総長が名実ともに騎士団のトップです。まあ、騎士団なのにトップが総長なのはおかしな話ですけれど。宮廷魔導師はまた別に、見習い宮廷魔術師、初階梯宮廷魔術師、中階梯宮廷魔術師、上階梯宮廷魔術師、そしてトップの至階梯宮廷魔術師という位があるので総長でも完全に軍隊のトップというわけではありませんが。総長と至階梯の二人が協力して軍を管轄しているのが現状です」
つまりこの人は軍のナンバー2から3らへんというわけだ。とんだお偉いさんだった。もっと話をしたかったが謁見の間についてしまいその時間はなかった。
「王様、神獣の主をお連れしました」
「ご苦労、君が神獣の主か。思っていたよりずっと若いのだな」
王座のような場所に座っている男、これがガゼル王国、国王か。王冠を付けていると思っていたが衣装は高級そうなものを着ているものの頭には何もない。なんだかちょっとがっかりした。
「ふむ、ご苦労だった。下がってよいぞ」
「え、ちょ」
まさかこれで終わりとは。聞きたいことも聞けていないしあまりにも早過ぎる。食い下がろうとしたところでクライスさんに前を塞がれ止められる。そんなので諦められるわけがなくオレは、力づくでもやってやるとしたところ、
「大丈夫です、今はこちらに従ってください」
そう小声で囁かれた。迷ったが二匹が反応していないのであればこの人に悪意はない。嘘もついていないはずなので信じることにした。そのまま短い謁見は終わり無言のままイリスが待っている客室に案内される。
「そこで少しお待ちください」
クライスさんはオレが何か聞く前に部屋の扉を閉めて行ってしまう。一体何だというのか。
「アゼル、王様とは話せた?」
「まったく。顔見ただけで追い返された」
「……ああ、なるほど」
「何だ?」
「たぶん、周囲の視線を……」
イリスは何か納得したみたいだった。その答えを聞く前に客室の扉が開き、
「おお、さっきぶりだな。神獣とその相棒殿」
超フレンドリーな王様が入ってきた。
「いやーすまなかった。王宮というのは仕来りにうるさいのばかりでな。儂も堅苦しいのは苦手なのだが手順を無視したら下に示しがつかないのでな。ああいう形でやらしてもらったというわけだ」
そう言ってこちらの肩をバンバン叩きながら話す王様。本当にこれがさっきの荘厳とした雰囲気の人なのか。百八十度違い過ぎる。
「王様、お客様が困惑されています」
王様のすぐ後ろに控えるようにして立っていたかなりの齢を取った男の老親が口を開く。
「おう、そうであったな。まず自己紹介といこう。儂は知っての通りこの国の国王、レーヴァン・ガゼル・レディアントだ。クライスはもう知っているだろうし、この儂の後ろに立っている頑固そうな爺が宰相のグラント・ハウトだ。よろしく頼む」
後ろの頑固爺と呼ばれたグラントさんは微動だにしなかった。たいした面の皮の厚さだ。
「もうすぐギルドマスターも来るはずなのだが、来てない奴の話をしてもしょうがない。あいつのことは後回しにしてそなたたちのことを教えてくれ。イリス殿や神獣達の名前は聞いておる。それでそなたはアゼル殿と言ったな、姓はなんという?」
「オレは、オレの名前はアゼル・ディスティニアです」
この言葉に王様は驚きを表した。後ろのクライスさんも鉄仮面のようなグラントさんですら目を見開いている。
「なんと! それではヒュメリ・ディスティニアの息子というわけか!」
「正確には育ての親なので血は繋がってませんが。捨てられていたオレを拾って育ててくれた大切な母親です」
「そうか、ヒュメリ殿は生きていたのか。今、どこにおるのだ? 是が非でも会いたいのだが」
王様は明らかに神獣の事を知った時よりテンションが上がっている。しかも久しぶりと言う事は知り合いのだろうか。母さんはかなり前に国を出ているはずだが。
「母さんは数日前病気で死にました。遺体はオレ達が暮らしていた魔徒の森に埋葬しています」
「なんと、そうか。もう一度会って礼を言いたかったのだが……それは儂があの世に行ってからになってしまったか。真に無念だ」
王様は明らかに悲しそうに俯いていた。だが、すぐに顔を上げて話し出す。
「儂が幼いころの話じゃが、ヒュメリ殿が宮廷魔術師として活躍されていたのは知っておるかの?」
「はい」
「儂はこの性格を見ればわかると思うが昔からやんちゃというか自由奔放での、よく騎士団や宮廷魔術師達にいたずらをしてヒュメリ殿に叱られていたのだよ。他の奴なら捕まることもなかったのだが彼女にだけはどんな手を使っても逃げられなくてな、よくこの場内で鬼ごっこをしたものだ。彼女が在野の冒険者と結ばれて城から去った後もよく……いや、ときどき儂は城を抜け出して会いに行っておったくらい世話になったものだ」
王様はグラントさんの絶対零度の視線を気にして言葉を言い直す。この人絶対ほぼ毎日城抜け出していたな。
「儂は叱られるたびによくブスだのババアだの悪態を吐いていたが、内心では彼女を実の姉のように慕っておった。じゃから彼女が罪人になったと聞いた時儂は信じられなかった。先代の王、儂の父が亡くなって儂が王となった時、当時の事を徹底的に調べなおして真実を発表したのだが、どうやら遅かったらしいなぁ」
「そうだったんですか」
母さんには様々なことを教わったが肝心なところが抜けすぎている。こんな重要なことを何故言わないのか。あるいは知らなかったのかもしれないが。
「魔徒の森の魔女の噂は知っていたが、それがまさか彼女だったとは。もっと早くそこを探していればあるいは……」
「いえ、例えそうだとしても、たぶん母さんは見つからないように隠れたと思いますよ。面倒だって言って」
「確かに、ヒュメリ殿なら言いそうなことだ。それにこのような立派な息子を育てたところを見るとヒュメリ殿の幸せだったに違いない」
そう言いながらも王様は寂しげだった。本当に仲が良かったのだろう。変人の母さんをここまで心配してくれるなんていい人だとオレは思った。
「ふむ、アゼル殿がこの国の王都に来たのは儂を訪ねるためであったか。神獣の主がいきなりやって来たと聞いて何事かと思って心臓が止まりそうだったわい」
あんな堂々としていたのに内心はそんなこと思っていたのか。まったく気づけなった。
オレはここに来たのがギルドに登録するためであることや、その他森での母さんやシロの事、ニキやダイとの関係について話した。
「どちらも混血の白狼と黒狼か。なんとも信じられん存在じゃな」
「正直、神獣だと言って信じてもらえると思ってなかったのでみんな疑わないんですから驚きました」
「神獣の名を騙る者もいないわけではなかったがそのような者は皆、原因不明の大怪我を負うという不思議なことが続出してからというもの誰もその名を騙る者はいなくなったのだよ。一説には神獣の怒りを買ったと言われているが、真偽のほどはわからないが現状じゃしな」
名前を騙れば裁きが下るか、どうりでだ。
そんな呪いみたいなことできるこいつらの方が魔物よりよっぽど気味の悪い存在だと思うが。いて、足を噛むな。
「ところでダグラスはまだ来ないのか? ギルドの話をするのなら、あやつがおった方がいいだろうに」
「ただ今、確認して参ります」
クライスさんがそう言って部屋をいく。誰だ、そのダグラスって言うのは。
「確かダグラスって人はここら一体のギルドを管理するギルドマスターの名前だったと思う。要はここら一体のギルドで一番偉い人ってこと」
イリスがこっそりとオレにだけ聞こえるように囁いて教えてくれる。さっきからずっと黙っていると思ったら必死で影になろうとしていたらしい。確かに、王様に会えば普通は緊張するものだ。全くそんなことないオレはやはり変らしい。
「ふむ、非常に博識な御嬢さんのようだな、イリス殿は」
「あ、ありがとうございます!」
耳ざとく聞いていた王様がイリスに話しかける。イリスは完全に恐縮しきってカチコチに固まっていた。一体この数日でどれだけの心労を背負っているのやら。
「確か、お母上が元宮廷魔導師だとか。確か名前は」
「ヘルメス・ヘキサグラム様。約三十年前に宮廷魔導師として活躍し、ある時の戦いで再起不能の傷を負い前線から遠ざかった後は数年間騎士団、宮廷魔導師限らずに指導する教官となり後進の育成に従事。後、教官も職も後の者に託し在野に下った。そう記憶しております」
グラントさんがスラスラと述べる、これが本当だったらこの人そんな前の事をこんな正確に覚えているのだろうか。一体どんな記憶力なのだ。
「ふむ、グラントが言うなら間違いはないな。おぬしはどうして王都に来たのだ? よければ聞かせてもらいたい」
「は、はい!」
イリスと王様はそこから話し始める。最初はがちがちだったイリスも気さくな王様の雰囲気のおかげか徐々に緊張が取れてきている。というか、王様があんなフレンドリーでいいのだろうか。威厳とか欠片もない気がするのだが。案の定,グラントさんが嘆くように額に手を当てて大きなため息をついているところからして、やっぱり問題らしい。
イリスの話がほぼ終わったところで丁度、クライスさんが見知らぬ人を連れて戻ってくる。
「いやー、悪い。仕事が片付かなくて」
「ダグラス様、陛下の前で無礼ですよ」
グラントさんが入ってきた男、ダグラスさんを叱る。この人がギルドマスター、思っていた以上に若い人だった。髪は真っ白だが顔を見る限りまだ若い。三十代、下手をすれば二十代ではないだろうか。
「りょーかい、兄貴」
「ここは公の場です。それに合った言葉遣いをしていただきたい」
「いーじゃん、なあ王様」
「グラント、この場は儂の私的な場じゃ。大目に見てやれ」
「かしこまりました」
この会話からするとグラントさんとダグラスさんは兄弟なのだろうか。どう考えても齢が離れすぎだが。というかグラントさん、冷静過ぎる。
「お、お前がアゼルか。大体の話はクライスから聞いてるぜ。俺の名前はダグラス・ハウト、知っていると思うがここら一体のギルドを取り仕切るギルドマスターだ。冒険者希望なんだってな。冒険者やギルドについて聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれ」
ダグラスさんは一言でいえば陽気な人だった。王様に向かってため口聞いたりと、かなり肝っ玉も据わっているらしい。
「よろしくお願いします、ダグラスさん」
「さん、なんて堅っ苦しいのはいいって。ダグラスって呼んでくれ、俺もアゼルって呼ぶから」
「それじゃあ改めてよろしく、ダグラス」
すぐに何のためらいもなく言葉遣いを変えたオレを興味深げに笑いながらダグラスは見る。その眼が面白物を見つけたと、あり合いと語っていた。
「それで王様、遅刻した俺が言うのもなんだがそろそろ時間じゃないの?」
「ああ、そうだな。アゼル殿大変申し訳ないが儂も一国の主として多忙な身でな、もう行かねばならぬのだ」
「そうですか、色々母さんの話とか聞けて良かったです。ありがとうございました」
「儂の方こそ長年の思いに決着をつけることが出来たのだ。礼を言わせてくれ。そなたならいつでも歓迎だ。騎士や宮廷魔導師に興味が湧いたら儂の元に訪ねてきてくれ。試験などパスで迎え入れよう」
「ありがとうございます」
内心それは職権乱用だろと思ったがせっかくの厚意なので受け取っておいた。
「では、ダグラスよ。儂が用意したものはギルドに届けるゆえ、頼んだぞ」
「りょーかいですって!」
王様はダグラスの返答を聞くとグラントさんと一緒に、来た時と同じように颯爽と去っていく。まるで嵐のような人だ。
「さてと、それじゃあ本題に戻ろうか。お前ら二人はギルドに登録して冒険者になりたい、それでいんだよな?」
オレとイリスは頷く。
「なら色々と規約があるんだがそこはオレ以外が説明できるから後回しにするとして、とりあえずお前ら二人の実力が知りたい。普通なら誰でも最低のG-ランクからスタートなんだが神獣に認められた者に元宮廷魔導師の娘となると滅多にない例外だからな、もっと上から始めてもらうためにもギルドマスターたる俺の眼でしっかりと確認しなきゃいけねえんだ。まあ、個人的興味もあるんだが」
「ぶっちゃけたな。それでオレ達は何をすればいいんだ?」
呼び捨てでいいと言われたのだから敬語も使う気はなかった。この方が本音で会話駅るし手っ取り早い。ダグラスはそんな礼儀とか気にする方じゃないだろうし。
「ハハハ! 本当に面白い奴だな、気に入ったぜ! とりあえずまずイリスちゃんの方からこれに魔力を流し込んでみてくれ。終わったらアゼルな」
そう言って手渡された者はなんだか鉄の塊みたいだったが、上部にメーターらしきものがあった。
「みりゃわかると思うがそれは魔力の量を簡易的に調べる物だ。頑丈だし滅多に壊れるもんじゃねえから全力で流し込んでいいぞ」
「わかりました」
イリスは言われるがままにその塊に魔力を流し込んでいく。するとメーターが動き四分の三まで言ったところで止まる。
「ほお、魔力量はB-か、こりゃすげえ」
「B-で凄いのか?」
元の世界の成績表なら普通だが。
「CとBは天と地の差があるって言われてるだろう。Cの壁を超えられるかどうかは努力だけじゃなく才能が必要不可欠、常識だぜ」
イリスに目でそうなのか尋ねてみると困った表情で頷かれた。全く知らなかった。
「じゃあ次はアゼルな」
メーターを零の位置に戻した塊を受け取って精神を集中、そして全力で魔力を流し込む。ところがメーターは一切動かなかった。
「あれ? マジか」
これでもそこそこの魔力量だと思ってきたのでまさかピクリとも動かないとは予想外だった。才能の壁が超えられるとはさすがに考えていないがDか運が良ければCくらいになると考えていたのだが甘かったらしい。
「あれ? お前、魔法使えないの?」
ダグラスも不思議そうにしている。何か期待させた分、恥ずかしかった。
「いや、一通りの魔法はつかえるはずなんだけど」
「ならメーターがピクリともしないのはありえないんだけな。どんなに微量でも魔力が流れ込めば変化が出るはずなのに……ちょっと貸してくれ」
オレは言われた通りに持っていた塊を差し出されたダグラスの掌の上に置く。するとその塊はダグラスの手に触れた瞬間まるでスライムのようにドロドロになって掌からこぼれ床に落下する。メーター部分も原形をとどめてなかった。しかも溶けた元塊は数秒すると気化したかのように液状の物さえ消えてしまう。後には何も残らなかった。
何故か誰もが沈黙を保って停止しているので、仕方なくオレが口を開く。
「壊れたってことは弁償?」
ダグラスは無言のまま首を振った。
「……まさか原型留めず消滅させられるとは、な。少なくともAランク相当の魔力を有してるってことか」
しみじみと感心するようにダグラスが呟く。
説明を求めてイリスを見ると予期していたのかすぐに教えてくれる。
「魔物も冒険者にもその実力に合わせてランクが付けられるってことは知ってるよね。ランクの種類は下からG、F、E、D、C、B、Aの順で最高がAランク。それぞれにプラスとマイナスが付くから全部で二十一段階の評価になるの。つまりアゼルは魔力量に限って言えばほぼ最高ランクの力を持ってること」
「冒険者はこのランクに応じた依頼しか受けられない。Dランクの冒険者はD+以上の依頼はこなせないようになっているわけだ。実力に見合わない依頼を受けても無駄死にするのは目に見えてるからな」
ダグラスがイリスの言葉を引き継ぐ。
「ちなみに魔物のランクは冒険者のランクと全く同じってわけじゃない。例えばF-ランクのゴブリン、こいつの十体の退治の依頼をギルドで出すなら少なくともF、出来ればF+のランクの依頼として出す。何故だかわかるか?」
「……確実にこなせるようにと不測の事態が起こっても生き残れるように余裕を持たせるため、か?」
「おみごと、ほとんど正解だ」
ダグラスは賞賛するように拍手する。だが、ほとんどと言う事はまだ足りないのだ。
「補足するなら、冒険者のランクに誤差はほとんど出ないが魔物は個体によってランクが大きく変動するからっていうのがある。お前、亜種ってわかるか?」
ごく最近だが確かにその知識は得ているので頷く。
「なら、話は早い。ギルドはもちろん自分たちで情報酬集はしているが、それ以外に他者や他国からもたらせる情報も多い。それについても下調べはなるべくするがすべてをこなすには人材が足りないから必ずどこかに穴が出来る。村人から通常種はという情報が来たのに亜種やそれに近い個体であったなんてことも結構な頻度で起こるんだ。それに加えて魔物達は条件によってその危険度が大きく変動する」
そう言ってダグラスは懐から一つの絵を取り出した。その絵に描かれた魔物には見覚えがあった。
「こいつは最近ここらに現れたっていうエレメンタルアサシンって言う魔物だ。知ってるか?」
これも頷く。知っているどころか実際戦って倒した魔物である。倒したことは言わず能力を知っていると言うと、それを話すとダグラスはまた感心したような様子で今度は口笛を吹く、いちいち動作が派手な奴である。
「結構、博識じゃねえの。こいつの能力は単体だったら何の問題もない。G-、つまりこいつだけなら普通の冒険者じゃない一般人でも簡単に倒せるくらいに弱いからな。けどこいつに仲間がいた場合その危険度が一気に上昇するんだ、これが。こいつらが百体のゴブリンに囲まれ守られてるとしよう。そうなるとまずゴブリンを倒してそれからじゃなきゃこいつを倒せないのはわかるな。つまり、冒険者たちは百体のゴブリンを魔法なしで倒さなきゃいけなくなるって寸法だ。これがゴブリンならそこまで問題ないがもっと強力な魔物だったらとその危険性を顧慮してこいつはCランク、一流の冒険者達が必要になるように設定してある。しかも最近こいつの亜種がどこかの洞窟に現れたって話で手を焼いてるんだわ。どの中堅以上のパーティーも魔法使いが要になってる場合が多いからそれを封じるこいつの討伐はみんな受けやしないしよ。ギルドマスターとしては近隣の村の情報だし早めにどうにかしたいんだけど、Cランク以上の一流冒険者は基本忙しいから中々捕まらないし」
「その依頼今この場で受けられるか?」
「は! やってくれるって言うんなら、本当はダメだが俺の権限でどうにかしてやるよ」
ダグラスは半ばやけくそ気味にそう言う。けれど確かに言った。イリスにも確認する。
「イリス、今の言葉確かに聞いたよな」
「聞いてけど、アゼル、まさか」
そのまさかである。
「依頼完了したぞ。報酬くれ」
その場から一歩も動かずダグラスに言ってやった。これにはさすがのダグラスも理解できなかったのか反応できないでいる。
「は? いったいどういう意味?」
「ぶっちゃけると、ここに来る前にお前が言うエレメンタルアサシンの亜種倒してきた。だから報酬くれ」
「……マジで?」
「マジで、なあイリス」
「ごめんなさいギルドマスター、その情報源は私の村です。確かにアゼルが、今ギルドマスターが述べた特徴、条件が一致する魔物を倒すところを私と私の母が確認しています」
「……」
静寂が数秒流れて
「ブッ! あははははははは! マジか!? こりゃすげえや!」
ダグラスは腹を抱えて笑い出す。
「あははははは! いいぜ、報酬を支払おう! ギルドマスターとして言ったことには責任もたなきゃな!」
そう言って先程出したエレメンタルアサシンの絵が描かれた紙をよこしてくる。
「それをギルドの受付で出せば報酬を受け取れるように手配しておく。それとアゼル、お前C-ランクからスタートでいいや。流石にそれ以上からのスタートは他のギルドマスターの承認がいるから無理だしな。イリスちゃんも同じでいいでしょ」
「C-ランクって一流の冒険者ってことですよ! いくらなんでもアゼルはともかく私は無理です!」
「無理だと思ったら俺のとこ来てよ。ランク上がるのは難しいけど下げるのはすぐ済むから。とりあえずイリスちゃんもB-ランクの魔力は持ってるんだし全然問題はないから頑張ってみなさいって」
この言葉にイリスはは何も言えなくなってしまう。ギルドマスターにここまで便宜を図られたら断りにくいのだろう。世間知らずのオレはそんなの一切関係ないがうまい話をわざわざ蹴る必要はないので了承した。
「そういや、何の証拠もないのに信じるのか?」
ダグラスは笑い過ぎて目に浮かんだ涙をこすりながら頷く。
「イリスちゃんが嘘を付くとも思えないし、嘘ならその時はその時だ。ギルドマスター権限でギルドから永久追放させるくらいのことはするから。追放されると名前も各国に広まって生きるの、すっげえ苦労するよ」
嘘じゃないからいいが、その情報は心に留めておこう。ギルドを敵にするのはやめておいたほうがよさそうだ。
「さてと、思ったより楽しかったせいかもうこんな時間だ。俺も次の仕事に向わなきゃいけないんで残りの事はギルドに行ってメルルっていう受付の子に聞いてくれ。その子はお前ら専門の受付係として唯一お前らの情報を教えてるから話は分かってくれる。他の子に話して情報漏えいしても自己責任だぞ。俺は知らんからな。クライス、後はよろしく!」
ダグラスは突然走り出すと客室の窓から飛び降りる。ここが何階だがわからないが少なくとも結構な段数は昇って来てる。相当な高さのはずだ。だと言うのにダグラスは一切怯えることなく、優雅に空を滑空していった。恐らく飛行魔法を使ったのだろう。簡単にそんな高度な魔法を使えると言う事はダグラス自身も中々の腕の証拠だ。
「ねえ、アゼル」
その姿を見送りながらイリスは疑問を口にする。
「思ったんだけど私達たらい回しにされてない?」
「オレも今そう思った」
客分のはずなのに何か間違っている気がしてならない。結局ギルドの事おほとんど聞けなかったし。
「アゼル様方のお気持ちはお察ししますよ。あの人たちに付き合わされるとろくなことはないですから今度から気を付けてくださいね」
笑ってないでそう言う大事なことはもっと早く言ってくださいよ、クライスさん。それとオレに様なんて敬称つけないでください、とお決まりの事をオレはまた言う羽目になった。
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