ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
王都大侵攻編
第五章 オレは仲間を手に入れさせらた!?
村に戻ったオレたちは予想外の光景を目にすることになった。
 昨日あった宮廷魔術師達(偽物だが)が村の中にたむろっていたからだ。その姿は皆ボロボロではっきりって情けなかった。
「あなたたち、ここで何をしているんですか?」
 村長であるヘルメスさんがまず最初にそいつらに近寄って声をかける。ただその声には心なしか棘があった。騙されていたのだからそれも当然だ、むしろよく怒りを隠していると言える。
「仕事をしてきたから報酬をもらいに来たんだ。当然の権利だろう」
 オレとも話していた男、恐らくリーダーなのだろう、が率先して口を開く。相変わらず傲慢で尊大な態度だった。それに実力や中身が伴っていればいいのだが、まったく釣り合っていないのだから始末に負えない。
 そんな奴らに流石に怒りを隠すつもりもなくなったのかヘルメスさんの声にはっきりとした怒りの色が露わになる。
「本当に成功したのですか?宮廷魔術師と名前を偽って私達を騙していたのに?」
「な、何だと!オレ達を侮辱するつもりか!国が黙っていないぞ!」
 言う事が昨日と大差ない。馬鹿はそうそう治らないのはこちらでも同じらしい。
「国に報告して困るのはあなた達の方でしょう。宮廷魔術師の名前を騙れば理由に問わず死罪。国を挙げて指名手配されあなた方が助かる可能性はありませんよ。今、しょうじきに罪を告白するなら私は黙っています。どうしますか?」
 理路整然としたヘルメスの言葉に対して、男は青くなった顔で言葉に詰まっていたが
「お、俺達は……う、うるさい!黙って金を出しやがれ!出さないならぶっ殺すぞ!オレ達は魔徒の森の魔女を殺し」
 怒りがオレを動かす、その前に既に動いている影があった。そしてその影は刹那の間に動き終えていた。
 宙に舞う人の腕、それは喚く男の物だった。
「え……」
 あまりの出来事に誰も、当の本人すらキョトンとしていた。オレはその光景を何の感情も抱かず俯瞰する。そしてその腕が地に落ちたところで止まっていた時が動き出した。
「う、腕が、俺の腕がぁ!」
 斬られた腕からも残った胴体部分からも血は出ない。斬られた瞬間に傷口が完璧に凍らせたからだ。一瞬のうちにこれらの事を行ったのは、当然のことながらニキとダイだ。ニキが男の腕をその牙で斬り飛ばしすぐさまダイが凍結、まさに早業だった。
 二匹は既に男の元から離れオレの足元に戻っていた。ただ、その瞳には隠そうともしない怒りの色が映っていたが。いつもは食う事ばかりのダイですら怒りを迸らせ、神獣の名に恥じない荘厳な空気を纏っている。
「ありがとな」
 ニキとダイに礼を言う。先んじてこいつらが動いてくれなければ間違いなくオレはあいつらを殺していた。二匹はそれをいち早く察して行動に移してくれたのだ。オレに無闇な殺しをさせないために。本当にできた相棒たちである。
 神獣は自ら人を襲うことはない。だが、決して人を傷つけないわけではない。襲って来たり主や家族に害を為したりする者には容赦なく制裁を下す。ましてや、母さんは二匹の母親の主だ。こいつらは下手すればシロ以上に母さんに敬意を表しているくらいなのだからその人の尊い死を二度も侮辱した者を許せるはずもなかった。殺さないだけ充分温情を与えていると言ってよい。
 そんなことを理解するはずもない男は、血が飛び散るのを嫌ったダイが凍らせた所為か痛みはたいしたものでなかったらしく、思ったより動揺することなく仲間の男に支持をする。
「て、てめえら、こうなったらやっちまえ!皆殺しだ!」
 馬鹿の仲間は馬鹿らしく雄叫びを上げてそれぞれ隠し持っていた武器を抜く。だが、その行動は何の結果を生み出すことなく終わるのだった。
「蠢く縛徒(リビングドール)!」
 イリスが放った魔法が男達の自由を奪う。男たちは自らの影から現れた黒い人型の何かに体を拘束されていく。ただ一人逃れたリーダー格の男が他の男が落とした剣を取り近くにいたヘルメスさんに向かって一直線に走り出す。腕を失った分捉える時間が掛かり拘束が甘くなったのだ。
「くそがあ!」
 焼けになったのかがむしゃらに突き進んでいく。その頑張りをもっと他に生かせと思ったが言っても無駄なので口に出しはしない。男はヘルメスさんのすぐそばまで肉薄し、けれどあえなく影に今度こそ捉えられた。捉えた影は男から現れたものではなく、ヘルメスさんの影から出てきたものだ。
「娘が使える魔法を私が使えないと思ったのですか?」
 素早い魔法の発動に洗練された技術、二人とも思っていて以上の実力らしかった。男たちの抵抗もここまでで皆あえなくお縄に着くことになる。
 ヘルメスさんとイリスは後始末あるとかでお礼などに関しての話は明日、落ち着いてから話すことになった。宿も無償で用意してもらいまだ明るかったが二匹とも相談した結果、早々に休むことにして、飯をたらふく食べた後ふかふかのベッドという久しぶりの感触を楽しみながら眠りについていった。


 体を揺さぶられる感覚に意識が眠りから覚めていく。目を開けるとそこには知った顔少女がいた。
「アゼルさん、起きましたか」
「ん……イリス?」
 寝ぼけた頭で時間か掛かりながらも名前を思い出す。
「もうお昼ですよ?」
「……えー」
「今起きないとご飯片付けられちゃいますよ?」
 まだ布団でごろごろしていたかったが腹は減っていたので眠気を振り払い、体を起こす。転生する前も後も朝は弱いのだった。
「あれ……何でイリスがいるんだ?」
「アゼルさんが起きてこないってお店の人から言われたんです。起こしづらいから起こしてくれって」
 あんなでかい狼連れてば当然か。そこで昨日からヘルメスとは話したが、最初有った時を除けば、ずっとイリスとなんだかんだ話していなかったことに気づく。しかも口調まで堅苦しいものに変わったままだった。
「……イリス」
「何ですか?」
「敬語やめて」
 眠いので深く考えることなく思ったことを正直に言う。声に力がないのが自分でもわかる。だが魔物には勝てても、どうしても眠気には勝てないのだ。
「え、でも……」
「お願い。普通が良い」
「……わかった。じゃあアゼル、早く起きなよ」
「……了解」
 ベッドから降りて、二匹を探すと目は開けているので起きてはいるらしいが、昨日と同じようにカーペットに寝転がっていた。
「……かわいいなぁ」
「何が?」
ぼそりとイリスが呟いたのをオレが聞き逃さず尋ねる。すると何故かイリスは顔を赤くして焦った様子になる。
「え、いや、その……だ、ダイ達がかわいいなって!」
「ああ、あいつら見た目はデカいけどよく見れば犬みたいだしな」
 ダイは、べったりと地面に張り付くように寝ていて完全にだらけきっていた。サイズさえ無視すれば可愛いものである。
「そ、そうそう!」
「何でそんなに焦ってるんだ?」
「あ、焦ってないよ!」
 だったら怒鳴らないでほしいと思った。朝っぱらから脳に響く。
「あー了解。とりあえず飯食いながら話そう」
「そ、そうだね! そうしよう!」
 だから叫ぶなと思ったが黙っておいた。また騒がる気がしたからだ。
 ダイは飯という単語に反応し飛び起きる。ニキはそんなこちらの様子を呆れたように見て溜め息を吐きやがった。何だと言うのか。
 釈然としないまま食堂に行き二匹とイリス一緒に昼飯を食べる。時々話している途中でイリスが顔を赤くして照れているのが気になったが深く考えるのはやめておいた。眠かったので。




 食事を終えたオレはイリスの案内でヘルメスさんの元へと案内された。昨日の件も国に通報して罪人も引き渡したとのことで万事解決だそうだ。
 そうしてお礼を言われて世間話をした後、報酬の話になった。
「本当にこんなものでいいんですか?」
「もちろんです。というかあの程度でお礼もらうのが申し訳くらいです」
 オレが欲しいと言ったものそれは、
「料理のレシピなんてどこでも手に入りますよ?」
 そう、これだ。外に出たらこの世界にしかないうまい物をたらふく食うと決めていたのでこれはオレにとって宝にも等しいものなのだ。森で食ってたものが不味かったわけではないが単調、レシピも限られているので飽きていたのだ。
(いずれ、どんな料理も作れるようになってやる)
 それか専属の料理人を雇えるほど偉くなるつもりだった。二匹もうまいものを食えれば喜ぶだろうし、ダイなど目を輝かしていやがる。いくらレシピ貰ったからっていきなり上等なものは出せないとわかっているのか怪しいものだった。
「ありがとうございます、大切にします」
 しっかりと両手で受け取り。折り曲がらないように気を付けてバッグの中にしまう。
 そこで予想外の発言を受ける。
「アゼルさん、宜しければいいのですが娘を雇ってはいただけませんか?」
「はい?」
「え?」
 オレ、イリスは同時に間抜けな声を出す。と言う事はイリスにも予想外の事態なのだろう。
「お、お母さん!いきなり何言って」
「雇うと言ってもお金はいりません。一緒に連れてくだけでいいんです、出来るなら魔法を教えてくれれば最高なのですが、そこはおまかせします。どうですか?」
「母さん!」
 ヘルメスさんは完全にイリスを無視していた。視線すら向けないとは徹底している。
「いきなりそう言われても……」
「この子、家事も洗濯もできますよ。料理だって私がスパルタで仕込んだので相当なものですし嫁にするにもそこそこの物件に仕立て上げましたから」
「か、母さん!??」
 イリスは顔を真っ赤にして先程よりも大きな声を出す。余程恥ずかしいのか顔が真っ赤だった。
「失礼ですけどアゼルさんはこの世界の事について知らないことが多いですよね。もちろん責めているわけではありません。ずっと魔徒の森で過ごしてきたならそれも当然でしょう。ですけど、やはり一人ではわからないこともこれからたくさん出てくると思うんです。例を挙げるならヒュメリ様のことのように」
「まあ、確かにそうですね」
 事実なので肯定するしかない。実際母さんのことはわからなかったしこれからもそう言うことは増えてゆくだろう。
「ですから旅のお供がいたらそんなことも少なくなると思いませんか?その点娘はただの村娘のレベルではないことを知っていますよ。私が教えましたから」
 その自身は何だと言いたかったが確かに神獣の詳しい事を知っていたり、魔物の特徴や様々な魔法を知っていたりすることは洞窟に行く途中でも確認している。ただの村人は神獣の種類を言えるだけでも学がある母さんは言っていたし、ヘルメスさんが相当賢いのも間違いないだろう。その母親が太鼓判を押すイリスも相当なものと予想が出来る。
「言っていませんでしたが私、元宮廷魔術師だったんですよ。その期間はあまり長くなかったですけど見習いの頃に王宮の専属学校で色んなことを学んできましたし、娘もいずれ宮廷魔術師にするつもりで教育してきましたから。一切の誇張なく娘は知識だけなら楽々合格できます」
 親バカなのかと思ったがダイもニキも嘘だと言わないところを見ると本当の事なのだろう。それにしてもまさかヘルメスさんが宮廷魔術師だとは。でも、納得できる部分もある。母さんの話をやたら詳しく知っていたのはその当時宮廷魔術師だったからだろう。国からの情報を最も近くで聞ける位置にいたのだから覚えていて当たり前だ。
「それとも娘に気に入らないところがありますか?それならしょうがないですが……」
「いや、そんなところないです! 可愛いし、しっかりしているし素晴らしい人だと思います」
 人生経験の差から手玉に取られているのが否めなかった。例え文句があっても本人の前で言えるわけがなかった。無論、今、言ったことはすべて本心だが。
「な、あ、アゼルも何言ってるのよ!お世辞言わなくていいから!」
「いや、本心だって。それに嘘だったらこいつら反応するぞ」
 二匹を指差しながら言う。嘘は言ってないので当然全く反応しない。
「え、あ、も、もう知らない!」
 イリスはそう言うと顔を耳まで赤くして外に飛び出して行ってしまう。いくら褒められて恥ずかしいからって反応が大きすぎるだろうに。
 残されたヘルメスさんは気にせず話を進めてきた。この人、思っていたより神経図太いな、おい。
「でしたら他に連れていけない理由があるのでしょうか?それなら諦めますが」
「いや、特に重大な理由はないんですけど」
 そこで正直に言わなきゃいいのに流れを完全に握られているので乗せられてしまう。
「でしたら」
「で、でも年頃の娘さんを預かるなんて出来ませんよ!」
「親が認めているので大丈夫ですよ。そのことで何があっても私が責任を取ります」
 うまい言い訳が出たと思ったら一刀両断にされた。次の策を探すが中々出てこない。
「えっと……そうだ、ニキとダイにも聞いてみないと!オレだけの意見じゃ決められないですし」
「確かにそれはそうですね、じゃあ今聞いてみましょう。どうですか、御二方の意見は?」
 過ぎた敬称を使ってヘルメスさんは二匹に問いかける。空気を読めと目で語りかける。ここでこいつらが首を振れば後はどうにでもなるのだ。
 案の定二匹はしょうがないと言う顔をしてこちらの意思を理解してくれたらしい。これでよし……と思ったら。
「おいしいご飯作ってくれますよ」
「がう」
 この言葉でダイがすぐさま肯定を示す。速攻で裏切りやがった。
 ダイには後できつくおしおきをすると心に固く決めておいてニキに感謝する。こんな言葉では惑わされないらしくツンと顔を背けていた。後でうまい物たらふくあげよう。
 頼りになるその姿にヘルメスさんが悪魔の囁きのように言葉を投げかける。
「今の話を聞いて娘がいた方が便利だと思いませんか?」
 ここでわずかに反応があった。ニキも利点はあると思っているらしい。だが、それでもすぐに態度を硬化させる。よし、その調子だ。
「デメリットはなんでしょか?イリスが尊大な態度をとってあなた方の邪魔をする場合などでしょうかね。ならあなた方がそう思った時点でイリスは首にしてもらって結構です。神獣なら公正な判断を下してくれるでしょうからね」
 嘘が嫌いなこの二匹は確かにそんな卑怯なことはしないだろう。
「デメリットもそこまででなくメリットが大きい。しかもそれはあなた自身ばかりでなく主人の利益になることです。それでもあなたは断りますか?」
 ニキが遂にヘルメスさんの眼を真正面から見る。真剣に話を聞いているようだ。
「勿論私にも目的や利益はあります。ですが、あなたの主人を使って権力を得たりするつもりは一片の欠片もありません。これは私の命に懸けて誓います」
 そう言ってヘルメスさんは困ったような笑みを浮かべた。
「同じ大事な娘だから親心を掛けたくなってしまうの。同じ女ならわかってくれないかしら」
 この言葉の意味は分からなかったが、ニキには通じたようで渋々と言った様子で頷く。
 まさかこの状態のニキを説得するとは。焦るオレにヘルメスさんは満面の笑顔で言う。
「御二方の了解は取れました。他に何かありますか?」
「え、いや」
 追い込まれた感が濃厚だった。意識は三十年以上生きても人とまともに関わったのはその半部以下というところの穴が出た。戦闘関係は別だが、通常の人間関係形成や心理戦などで致命的な欠点が有り過ぎる。
 もちろんオレとしてもイリスが付いて来てくれれば非常に助かるし、そうした方が賢いと言うのもわかる。しかも向こうはこれだけこちらに有利な条件でいいと言ってくれているのだ。普通なら断る理由などない。身の危険もオレや二匹で気を付ければ大抵のことは問題にすらならないのだ。それに、正直あれだけの可愛い子と一緒に旅というのはそれだけで魅力的だった。前世も今も、エロ真っ盛りの十台後半である。普通の人より、そういうことへの渇望は強かった。何せ十七なのに赤子だったのだ。あの時のもどかしさと言ったら言葉で表せるものではない。メリットばかりの提案。だが、だからこそのむわけにはいかなかった。
こうなったらしょうがないので軽蔑されてもいい覚悟を決めて本当の理由を話す、そう決めた。
「イリスって、その、可愛いじゃないですか?」
「まあ、小さい村のコンテストですが毎回優勝していますね。毎回嫌がっているのを私が無理矢理出場させているのですけど」
「鬼畜だな、おい」
 思ったことをついに言ってしまった。ヘルメスさんの思っていた印象がガラガラと崩れていく。礼儀正しい裏の無い人かと思ったら、とんだ腹黒だ。
「って、そうじゃなくて話を戻しましょう。オレも男ですし綺麗な女性を見れば、その、そういう気持ちが湧いてくるわけですよ。多分、人一倍」
「当然ですね」
 ヘルメスさんは変な顔すること無く頷いてくれる、少し心が救われた。
「だから、大事な娘さんを預かって、その、堪えられる気がしないんですよ。恥ずかしい話なんですけど最初は我慢できてもいつか絶対傷物にしちゃう自信があります。変な自信ですけど」
「そこは問題ないので気にしないでください」
「いや、ヘルメスさんが良くても本人が」
「なら本人に聞いてみましょう。そろそろ戻ってくる頃ですし」
 その言葉通りすぐにイリスが出て行った時と同じ勢いで扉をけ破って部屋に入ってくる。
「って、私が出て行っても勝手に話を進められたら意味ないじゃない!」
「ようやく気付いたのね」
 そう言って笑うヘルメスさん、この人どんだけ先を読んでいるんだ。恐ろしいにも程がある。
「イリス、ちょっと耳を貸しなさい」
「母さんはいつも勝手なのよ!この前だって」
「耳を貸しなさい」
ヘルメスさんが一文字ずつ区切るように言ったイリスはそれまでの勢いは何処に行ったのか青い顔して素直に従う。いつの間にかオレの入る余地はなくなっていた。
 ヘルメスさんが耳打ちをしてイリスが顔を赤くしてこちらをちらちら見ながら耳打ちし返すと言う事が何度か繰り返される。一体何を話し合っているのやら。十分近く話していて二人はようやく決着がついたのか改めてこちらを抜き直り、
「娘も問題ないとのことなので大丈夫です」
「嘘!?」
 問題ないと言う事はつまりそういうことしてもいいというのだろうか。しかし、それ以外答えは思いつかない。どういう意図なのかわからずイリスに顔向けると、倒れるんじゃないか心配なくらいずっと赤いままの顔を更に紅潮させる。
「ち、違うから!私は別にそういうことを了承したわけじゃないからね!」
「だ、だよな。そんなはずないよな……でも、それじゃあ何が大丈夫なんだ」
「そ、それは……と、とにかく大丈夫だからそこは気にしないでいいの!理由は聞かないで!」
 無茶苦茶な、と思ったがあまりの剣幕に頷くしかなかった。やはり女性に強く出られると何も言えないのは元の世界のままらしい。そういうヘタレなところは消え去ってほしかったのだが、そううまいことはいかないらしい。というよりへタレは性格のようなものだから成長していない証かもしれない。自嘲的にそう考えて若干萎える。
「これで問題はなくなりましたね」
「く!」
 確かにもう問題はなかった。よくわからないが無理矢理なしされた感じがするがそんなこと言っても無駄だと感覚でわかってしまう。ここまでだった。
 元々、本心ではついて来てほしかったので決断したら速かった。
「わかりました、娘さんは預からせていただきます」
「不出来な娘ですがよろしくお願いします。ほらイリスも」
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします」
 それは嫁入りじゃないかと思ったが黙っておいた。こちらでは違うのかもしれないし。
「それでアゼルさんはこれからどこに向かうつもりとかはあるのですか?」
「あ、はい。ヘルメスさんが言っていたガゼル王国に行ってみようかと思っています」
「それは……」
微妙な顔をするヘルメスさん達に笑って手を振る。
「母さんの祖国を見てみたいだけですよ。それにそこならギルドもあるだろうし一度どんなものか見ておきたいですから」
 復讐なんて柄でもないことはするつもりはない。そんなこと望む人でもなかったし、今はもう名誉も回復しているのだ。無駄に騒いで目立つ必要もない。
「準備が出来次第出発するつもりです。もちろんイリスの事情を考慮して、ですけど。これから旅立つわけだし色々やっておきたいこともあるでしょうから」
「ありがとうございます、なるべく早く済ませますので。じゃあ私は村の人に伝えてくるからあなたは荷物をまとめておきなさい。アゼルさんは申し訳ないですがしばらく自由にしていてくださいますか。宿は無料で泊まれるように手配しておきますから」
「わかりました」
「それでは失礼します」
そう言ってヘルメスさんは足早に出て行ってしまう。残されたイリスはなんとも気まずそうだった。俺も同じ気持ちだったが、どうしても聞きたいことがあったので仕方なく話しかける。
「なあ、ヘルメスさんっていつもあんな感じなのか?」
「あんな感じって?」
「いや、なんというか……ぶっちゃけると腹黒いというか」
 その言葉にイリスは吹き出す。どうやらツボに入ったみたいだ。
「あはは、そうよ。お母さんは滅茶苦茶腹黒で陰険で正確悪いんだから」
「実の娘が言う事かよ」
「実の娘だからこそ言うのよ。アゼルが最初に見た恐縮しきった母さんなんて私も初めて見たんだから。貴重なもの見れてよかったわね」
「よくねえよ、あのせいで間違った印象持ってたから本性出してきたときは焦ったんだからな」
「もう騙されないからいいじゃない」
 確かにその通りだが納得できない。詐欺にはめられたような気がしてならなかった。
 いつの間にか会話を続ける内に気まずい感じがなくなっていた。普通に会話できてる。
「……ねえ、アゼル」
「なんだ?」
「本当に私を従者として連れていくのでいいの?私はアゼルみたいな凄腕の人と行動できれば自分のスキルアップにつながるけど、アゼルは私なんかいても足手まといだろうし正直、邪魔にしかならないと思う。それでも本当にいいの?」
 繰り返すように念押ししてくるイリス。その表情は不安そうで申し訳ないというのがありありと浮かんでいた。そんな表情見たくないしこれから旅を共にする仲なのだ、互いの気持ちを誤魔化していても後々問題になるだろうからここで正直に言っておく。
「はっきり言ってオレはイリスが従者として着いて来るのは望んでない」
 この言葉にイリスは、こちらに気づかれないように気を使ったのだろうが、辛そうに顔をほんの少し歪めたのがわかった。だが、オレの言葉はこれで終わりではない。
「けど、仲間として一緒に旅をする分には大歓迎だよ」
「え?」
「イリスもヘルメスさんもオレの事、神獣の主とか母さんの息子とかってことで凄い丁寧に接してくれてるのはわかる。それはありがたいし、オレに自覚はないけどこの世界じゃ当然の事なのかもしれない。でも、オレはオレ自身を認めてくれる人がいいんだ。我儘だけどそう言う肩書とか関係なしに友人として付き合ってくれる人が欲しいんだ。ずっと同年代の人と会ってなかったし。今までただの狩りして暮らす野生児だったから敬われても正直、違和感しかないし。イリスは初めて会った時普通に話してくれたし、今日もオレが頼んだら普通に接してくれた。きっと、そんな人は滅多にいないのはなんとなくわかるしさ。その、これでも感謝してるんだよ」
 思わず照れて顔を背ける。らしくないこと言ってるのなぁ。
「だから、イリスがオレの友人として共に戦う仲間として付いてくれるなら本当に嬉しいし。オレ、常識ないから色々迷惑かけるだろうから逆にこっちの方が申し訳ないくらいだ」
「……そっか、そんなこと考えてたんだ」
 恥ずかしくてイリスの顔が見れない。こんな臭いこと言うつもりじゃなかったんだが。
「アゼル」
 名を呼ばれたのでしょうがなくイリスの方に顔を向けると、手が差し伸べられていた。
「握手」
 そう言われたのでこちらも手を出しイリスの手を握る。次の瞬間、イリスはこちらの体を思いっきり引っ張ってくる。と言ってもオレにしたらたいした速さでも力でもないので抵抗するのは簡単なのだがイリスが理由もなくこんなことしないだろうと考えてされるがままになっておいた。
 引っ張られたことで体が前のめりになって顔が下がる。その頬をイリスの空いてる方の手が優しく包み込んで、イリスの顔が近づいてくる。
(ちょ、え、嘘!)
 その光景はゆっくりになった視界でちゃんと捉えていた。イリスは何か覚悟を決めたかのように目を閉じている。このままでは顔と顔が接触するのは避けられない。
つまり、そういうことだろうか。いや、まさかそんなことが。でもそれ以外この状況で答えはあるかだろうか。思いつかない。いや、でも、しかし……
 急速に頭の中がヒートアップし始め高速で思考が次々と頭の中に流れる。思考が浮かびそれを否定してはまた浮かぶ、それを何百回と繰り返し続けたところで脳がショートした。先程までの躱せる余裕なんて彼方に吹っ飛んでいる。この世界に生まれて初めての事態に完全に体が固まっていた。
 なるようになれと、やけくそ気味にオレも目を瞑る。そして次の瞬間、
「いった!」
 頭突きをぶちかまされた。偶然当たったとかじゃない、完全に意思のこもった攻撃だった。そこまで痛くなかったのだがつい声を上げてしまう。しかし攻撃した方のイリスの方が何故か声も上げられないと言って様子で頭を押さえ悶絶していた。
「……ああ、もう!アゼル、頭、固過ぎ!」
「す、すいません」
 オレ悪くないよな。でも怒られたのでつい謝ってします。
「まあ、本当は私が悪いんだけど……と、とにかくこれで今まで色々あったけどそれは全部忘れて対等ってことにしましょ」
「……よくわからんがありがとな」
 行動の意味は分からなかったがこちらの思いを組んでくれた故の事だったらしかった。ならば感謝はしても文句などを言う事ではない。
今度こそお互い普通の握手をする。
「どういたしまして?なんか違うけど、まいっか」
 そう言ってイリスはこちらに微笑んでくる。その顔を見てオレは不自然にならない即出でけれど全力で顔を背けた。
 別にイリスが何かしたわけではない。ただ、そう、その笑顔が反則なまでに可愛かったのだ。ドキッとしてしまい顔に血が昇ってきそうになるのがわかる。それを感づかれないためにオレは慌てて別の話題を振ることにした。といっても焦っていたのでこの場で適切じゃない話題を選んでしまったのだが。
「いきなり顔近づけるかからキスされるかと勘違いして思って焦っちまったよ」
 言葉上は平静を装ってそう言うとイリスはサッと握っていた手を振り払う。
「そ、そんなわけないじゃない!」
「だよな。普通に考えればそうだよな」
 オレは必死に自分に平静になるように言い聞かせたおかげでもう動揺はなくなっていた。自己の感情のコントロールは魔法を使う上でも、何より狩りをする上で非常に重要なことで母さんにずっと鍛えられた所為かどんなに動揺しても数秒経てばすぐ平常時に、冷静になれるまでになっていたのでこんなのは朝飯前だった。もちろん、全く動揺しない悟りの精神までは流石に獲得には至っていないが。
「……納得しないでよ、馬鹿」
「ん?何だって?」
「なんでもない、それじゃあ私も準備があるから行くわね」
 イリスはそう言い残すと足早に去って行ってしまう。何やら機嫌が悪く見えたのは気のせいだろうか。別に怒らせるようなことを言った覚えはないのできっと気のせいだと自分で解答、納得したのだが何故だがこちらを見ていたニキがどうしようもない奴を見る目で大きなため息を吐くのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。