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王都大侵攻編
第三章 土下座?
 そうしてやって来た家は村長の家と言う割にはいささかボロイところだった。はっきり言って他の家とたいして変わらない。まあ、オレのところの継ぎはぎだらけの家と比べ物にならないほど上物だが。先にイリスが事情を説明するために中に入り、しばらくしてお待たせしましたと、扉が開かれるので招かれるままにお邪魔させてもらう。
「あなたがアゼルさんですか。私はこの村の村長を務めさせていただいているヘルメスです」
 そう言ってそこに立っていたのは女性だった。てっきり村長は男性だと思っていたので驚いた。ヘルメスさんはこちらの顔をしっかり見ると丁寧に礼をする。
「このたびは娘が無礼な態度をとり大変申し訳ありませんでした。未熟な娘でご気分を害したかもしれませんが、なにとぞご容赦意いただきたくお願い申し上げます」
「いえ、そんなこと」
 丁寧を通り越して仰々しかった。こんな扱い受けたことがないので焦ってしまう。
「あの、そこまで気を使ってもらわなくて結構ですよ。こんなガキにそこまでされるとこっちも困ってしまうので」
 笑い入れ失礼にならないようにけれど場の空気を和ますように気を受けながら話す。目論見は成功したのかはわからないがヘルメスさんは若干態度を軟化させてくれる。
「本当に謙虚な方なのですね。神獣と共にあるだけで巨万の富と最高峰の名誉が簡単に手に入ると言うのに」
「そうなんですか?」
 それは知らなかった。こんな犬もどき共がそこまでのものとは。伝説の神獣の名はハッタリではないらしいがやはりどうしても実感はわかない。こればかりは長年の積み重ねによるものなので今更直しようがないので諦める。
「オレ、今まで人里離れた森に育ての親とそのパートナーの神獣、その子供のこいつらで住んでたからこの世界の事ほとんど何も知らないんですよ。だから神獣って言葉の意味はなんとなく分かるんだけど実感わかないんですよね」
「森……なんという森か教えてもらっていいですか」
「魔徒の森です」
 別に隠すことではないので正直に話すだが、それを聞いた瞬間親子そろって顔色が真っ青になった。まさかばれたかと思ったらその予想は当たっていた。
「し、失礼ですがお名前をお聞きしても?」
「アゼル・ディスティニアです」
 この間を継ぐことはあの時誓っていたので正直に一瞬の遅れもなく言い放つ。聞かれるまでわざわざ言うつもりはないが。
 この言葉を聞いた親子二人は青どころか血の気が完全になくなった死人のような白い顔にいきなり土下座した。
「え、ちょ?」
「あの森の魔女が神獣に認められた方で、しかもそれがディスティニア様とは知らなかったとは言え大変な無礼を働いてしまい本当に申し訳ありません! なにとぞ釣り合わないのは重々承知ですが私の命でどうかご容赦を!」
 最早堅苦し過ぎて意味を理解するのも大変だ。
その言葉をこの世界にも土下座はあるんだな、と間の抜けたことを考えながら見ていたがそこでふと疑問に思う。
「ディスティニア……様? オレの聞いた話だと母さんは大罪人として有名だって聞いてたんですけど違うんですか? ああ、怒ってないんで顔上げてくださいよ」
 そう言ってもピクリとも動かないので近寄って両手で顔を挟んで力ずくで面を上げさせる。そうするとさすがにかわかってくれたのか力が抜け手を離してもそのままの姿勢ではいてくれた。イリスも同じように顔を上げさせて驚いた今にも泣きそうなくらい涙ぐんでいる。女の子を泣かすというのは元の世界でも苦手だったし、そもそも得意であってたまるか、こっちに来ても女子と触れ合うこともなかったのでどうしたらいいのかわからなかった。
 このままふつうには話していても埒が明かないのでしょうがないから強硬策に出る。
「わかりました。とりあえずオレには色々とわからないことが多すぎてさっぱりなんで全部順を追って説明してください。話はそれからでそれが終わるまで何もしませんから。だから立ってください」
 この言葉でようやくヘルメスさんは起き上がってくれる。娘のイリスも涙目は変わらないが母にならって立ってくれた。
「それで全く分からないんで一から説明してもらえますか?」
 かたくなに座ろうとしない二人を家主でもないオレがなだめで近くにあった椅子に座らせる。何か間違っている気がしないでもないが無視した。
「……わかりました。全て話させていただきます」
 そう言ってヘルメスは話し始めた。
「私たちの村は比較的魔物がいない、近寄らないような場所に作られたもので数年前まで魔物に襲われることもほとんどなく平和に暮らしていました。ですが魔物は時折地震や天候など様々の理由で生息地を変えます。一年ほど前からゴブリンやオークといって魔物が村の近くを頻繁に訪れるようになって時折襲撃もされるようになってきたのです。そうなった時は村に戦える人が多い場合は魔物の村を殲滅して、そうでないごく一般の村は近くの国に保護を求めます。国はその通達を元に騎士団や宮廷魔術師を派遣したり、ギルドから冒険者が派遣されて魔物を倒してくれます。ですが数が多いためそれにはお金も時間もかかるので怪我人も出ていて裕福でないこの村にとってそれはとてもきつい条件だったのです。いつもだったら最初に言った自分たちで魔物を如何にかするのですが今回は事情がありましてその方歩もとれず、だから私たちはもう一つの方法をとることにしました。それは村を丸ごと別の場所に移動させると言うものです。もちろんそれには空間を操作する魔法を覚えた魔法使いの方が必要ですが幸い近隣の村にその条件に合う人もいたので数日かけて交渉してその日が、昨日の事なのですが、来ました。ですが昨日になって突然国から派遣されたと言う宮廷魔術師の方がやってきて彼らで魔物を殲滅するから報酬をよこせと言われたのです。報酬は他の村の魔法使いの方に支払うための物しかなかったので先に約束をした方を優先しようとしたら宮廷魔術師の方たちは魔物増加の原因になったのは魔徒の森に住む魔女の仕業だと、そいつを倒さない限りこの近隣は魔物で溢れ返ると言っていました。え、信じたのかですか? 正直半信半疑でした。確かに昔からあの森に人が住んでいるという噂はありました。けれどそれは何十年も前からの話で所詮噂だと思っていたんで。あんな魔物が蔓延る危険な森に人がいるなんて考えられませんでしたから。宮廷魔術師の方たちはそいつも倒してやるから報酬をそちらに渡すように言い放ってこちらの返事も聞かず出て行かれてしまったのです。私達は早くこの場から移動したかったのですか、勝手に移動してもし宮廷魔術師の方たちが本当のこと言っていてこちらのために動いてくれていたなら、報酬も出さず宮廷魔術師を騙したということで次に魔物が現れて危険があっても答えてくれなくなる可能性があったので私たちは彼らが返ってくるのを待つことにしました。そうして次の日になってあなたが現れたのでまさか魔物を従えると聞かされていた人が神獣に認められた方でしかもヒュメリ様のご家族だと知ってとんでもない間違いをしてしまったとわかったんです」
 ちょくちょくわからないことを訪ねながら聞いたが、話は実にわかりやすかった。ただこれでは一つ疑問が残る。
「でもオレの名を聞いたら普通魔女って話を信じる要因にならないか?」
「確かにあなたのお母様、ヒュメリ様は十数年前までは大罪人として各国で追われていました。ですがその当時のヒュメリ様が仕えていた国、ガゼル王国というのですが、その国の国王が病気で亡くなり新たな国王になった時にある声明が出されたのです。それはヒュメリ様は夫を殺され自らも殺されかけて止む無く数人の宮廷魔術師殺したのであって権威に笠を着て不正を行っていた悪は殺された方だと。そのことが各国にも伝わりヒュメリ様の名誉は回復されました。元々は優れた宮廷魔術師であり国の危機を何度も救った英雄だったので、ガゼル王国は今までの非礼と不遇の立場に追いやったことを謝るために国を挙げて彼女を探していたのです。その捜索は現在も続いていますよ」
 全く持って意外だった。母さんの言っていることとまるで違う。いや、前半部分は大体聞いてたことと合っているが後半は全く違う。と言うか聞いてない。
「……母さんはそんなこと一言も言わなかった」
「知らなかったんだと思います。魔徒の森は外界から隔離された一種の秘境のような場所ですから国が発した情報でも伝わらなかったんだと思います。たまに外に出てもずっとそのことが触れ回っているわけでもありませんから」
 確かに外にちょくちょく出て行く時もあったが、顔を隠してばれないように行動しているようだった。その王様からの情報とやらもある程度時間が経てば皆が知るところになるからその内容を耳にすることも少なくなる。母さんの耳に入らない可能性も十分あり得ることだった。だとしたら母さんはあんな森ではなく外で最後の時を過ごすことが出来たのだ。英雄として皆に温かく迎えられ、そして送られて。
 そのことを今、母さんが知ったらなんというだろうか。そう考えて笑ってしまった。
 その態度がおかしかったのか親子そろって不思議そうな顔で見られたのでちゃんとその内容を話す。
「いや、母さんにそのこと言ったらそんな歓迎されるのはまっぴら御免だ。静かに死なせてくれって言いそうで、つい」
 よくよく考えてみればあのひねくれ者がそんなことを喜ぶわけがない。迷惑そうにしてどうせばれないようにしただろう。だったら何も変わらない。善悪問わず有名でもこの名を名乗ると決めたのだからオレがやることに変わりはないのだから。
「母さんもあの世できっと笑ってますよ。そんな余計なことして馬鹿じゃないのかって。ああ、殺されたわけじゃいんで気にしないでください。昨日病気で眠るように逝ったのをオレが看取ったんです。だからあなた達が心配するようなことは何もないですよ」
 そう言ってオレは少し安心させるために意識して笑いかけた。二人は戸惑っていたがやがて、はいと答えられた。
「でも、私たちが嘘をついているとは考えないのですか?」
 ヘルメスさんはそこまで気を使ってくる。そう言う時点で嘘をついていない証拠だと思うが他にもちゃんと根拠がある。
「こいつらに嘘は通じないんです。でもこいつらもその話に何も異論は挟まなかった。だから信じられます」
この話を鵜呑みするのはこれが一番の理由だ。どんなに巧みな詐欺師でもこいつらは騙せない。こいつらは人の心そのものを感じ取ることが出来るのだ。
「伝説の通りなのですね。神獣は優しさと純粋さそして強い意志を持つ者としか行動を共にしないと言うのは」
「いや、オレはガキの頃から一緒だったからかもしれませんよ。家族みたいなもんですからお情けくれてるのかも」
 そう言ってダイの頭を撫でる。気持ちよさそうにしている姿はやっぱり犬だ。
「それで、その宮廷魔術師って昨日出てったんですね?」
「はい、まだ戻ってませんが」
「オレ、そいつらと会ったかもしれません。平原でそれっぽい服着た奴らをゴブリン達に襲われてたんで助けたんですよ。魔徒の森の魔女についてもなんかいろいろ言ってましたし、まず間違いないと思います」
「はあ……やっぱり」
 ヘルメスさんは大きく溜め息を付いた。
「これではっきりしました。彼らは宮廷魔術師ではありません。宮廷魔術師がそんなゴブリン程度にやられるわけがありませんから。大方、宮廷魔術師の名前を語る偽物でしょう」
「仕事したふりして報酬を横取りって寸法か」
「でしょうね。宮廷魔術師の名を偽って語るのは重罪ですが、この村が魔物に滅ぼされればそのことが国に伝わることはないとでも考えたのでしょう。これではすぐに村の場所を動かさなければ」
 ここでふと思いついた。
「何ならですけど、その魔物達オレが倒しましょうか?」
「それは……助かりますけどそこまで厚意に甘えるわけにはいきません」
 少し迷ったがキッパリと断って来た。自らの責任を人任せにしないその態度にオレは好感を持った。だから何と言われようと手伝うことにした。
「色々教えてもらったお礼ですよ。それに森の外の魔物と戦うのはいい経験になりそうですからこっちにもメリットはあります」
「ですが……」
「ていうか、断られても勝手にやります。でも、やっぱ認められてやった方が色々面倒にならないだろうしそっちとしても楽でしょう?というわけで決定で!」
 まだ迷っていたので強引に押し切った。こう言えばこの人は逆らわないのはさっきまでの会話でわかってる。卑怯な手だとわかっているが、だからと言って譲る気もない
「……ありがとうございます」
 ヘルメスさんは深々とお辞儀をしてくる。オレとしては楽な仕事だし犬二匹にとっては最早遊びだ。事実、ダイなど豚をたらふく食うことを想像してるのか涎をたらしそうな顔してやがる。ただ、ニキはいつもと違って甘えてくることもないしずっと無関心を貫いている感じだった。人目を気にしているのだろうか。
「それでどの魔物を倒せばいいんですか?」
「はい、村から東にしばらく行った洞窟に魔物の巣窟があるのでそこのある魔物を倒していただければ結構です」
 思っていたより簡単な内容だった。殲滅するつもりだったので表示抜けですらある。
「構いませんけど本当にそれだけでいいんですか?なんならそこら周辺の魔物共狩り殺してきますけど」
「その魔物さえ倒してくれれば私や娘であとはどうとでもなるんです。その魔物の名前はエレメンタルアサシンというCランク相当の魔物です」
 聞いたことがない魔物だった。まあ、オレが知っている魔物なんて家に会った古い図鑑に載っていた雑魚か魔徒の森の出る奴らくらいだから当然だが。森の魔物はランクもわからんし。
「えーと、確かCランクだとハイベアーくらいの強さですか?」
 森の中でそれっぽい魔物を言う。ハイベアーとは森の中でも中々強い魔物でその爪の一振りで木々を軽くなぎ倒すくらいの強さだった。オレが最初に遭遇して殺されかけた魔物だが、今なら群れで現れても無傷で倒しきれる。
「確かにハイベアーもC-ランクですが強さはエレメンタルアサシンの方が圧倒的に劣ります。と言うより、この魔物は単純な強さ的にはFクラス以下なのですが、その特殊能力が厄介でして」
「特殊能力?」
「この魔物は魔法無力化という特殊な能力を持っていて自身の周囲に特殊な結界を張っての魔力を完全に無効化、つまり魔法が完全に使えなくなるんです。私も娘もそれなりの腕の魔法使いなのですが、魔法が封じられたら一般の女性と大差ないので手も足も出ないと言ったのが正直なところです。しかもその洞窟にいるのが厄介の事に亜種でして結界の範囲も通常種より圧倒的に広くて結界の外から魔法を当てると言う方法もとれないんです」
 このエレメンタルアサシンという魔物は結界内での魔法の発動を無効にするだけであってその外で発動した魔法が結界の中に入った場合は普通に効果を発揮するとのこと。その為魔法使いは対策として遠距離から魔法を当てるというものがあるのだが、ただでさえ洞窟にこもられて魔法が当てにくい上に通常の倍以上ある結界のせいで正確に洞窟に高い威力の魔法を叩き込むのは不可能、その方法は無理とのことだった。
 ちなみに亜種とは突然変異ともいい通常の魔物と違って体の色や大きさや形が違い、どの魔物も通常種より遥かに高い能力を秘めている、と確か教わった記憶がある。どうやって生まれるかは不明、一説には別の魔物の血を取り込んだ為、力が倍増したと言われているが真偽のほどは定かでないはずだ。
「その結界とやらはどれくらいの距離まで届くんですか?」
「個体によって多少違いはありますが通常種では五十から百シクル、その亜種は約二百シクルまで可能です」
「うへー、そりゃすげえ。流石にその距離じゃただ当てるならともかく的確に狙い澄ますのは難しいな」
 シクルはメートルと変わらないので二百メートル離れなければ魔法は使えないということだ。
「魔法を封じられるってことは剣士とか肉体使う人じゃなきゃまともに戦えなくなりますからね。他の魔物がいないならともかく巣窟に魔法使いが乗り込めるわけがないか」
 ヘルメスさんは悔しげに頷く。先程言った自分たちで倒せない事情とはこのことだったのだ。
「面倒な魔物ですね。まあ、了解しました」
「そ、それだけですか?この話を聞いて」
 拍子抜けしたような、呆れたような微妙な表情のヘルメスさん。
「はい、面倒ですけどその程度だったら楽勝なんで任せてください」
 オレは安心してもらう為に胸を張って堂々と答える。だが、何故か呆れたような表情は変わらなかった。こちらを信じていないのだろうか。
「では、お願いします。報酬は何が良いでしょうか?お金でも物資でもお好きな物を出来る限りはご用意しますが」
「そんなのいらな……じゃあ一つお願いしてもいいですか?」
 重大なことに気づき言いかけた言葉を飲み込んで一応確認する。
「はい、出来る限りのことはさせていただきます」
 迷うことなく頷いてくれたのでこちらも要望を口にした。
「……」
 この要望を聞いたヘルメスさんは顔をいぶかしげにしかめるのだった。


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