「方角は間違ってないはずなんだけどな」
薪に火を起こし野営をしながらオレはその火で焼いた肉を頬張りながら地図を見る。書かれている地形に間違いはないしこの付近に村があるはずなのだが見当たらなかった。
「うーん」
考え込んでいるとふと、袖が引っ張られる。ダイが恨めしそうな目でこちらを見ながら手を甘噛みしてきた。
「ああ、悪い。もういいぞ」
そう言って炙っていた二つの肉の塊をニキとダイそれぞれに渡してやる。二匹ともやっと食えると言ったようにうれしそうにむしゃぶりついていた。
この肉は森を出てからしばらく進んだところで倒したオーク、人型の豚の魔物で森でもよく焼いて食べていたものだ。前の世界の豚ほどうまくはないが他に倒した熊や狼の魔物は肉が固いのであまりオレは好きではないし、自然と柔らかいこいつを食うことにしたのだ。
この十七年で狩猟生活にも慣れてしまった。完全に野生児である。
「塩と米が欲しいなー」
かなり油は乗っていて不味くはないのだがそれでもどこか物足りない。人が多い街に言ったらちゃんとした料理を学ぶと心の中で誓うオレだった。なにせこの十七年は娯楽がほとんどないに等しかったし、生きるために必要でもある食事は鍛錬や狩りと同じで数少ない娯楽だったのだ。自然に食にはうるさくなってしまうが、あそこでは設備がないから焼くか煮込むかの二択で単純な料理しかできなかったのだ。もちろんそれでも今まで食べたことがない味で十分うまかったのだが。
「とりあえず人がいるとこに行かなきゃ始まらないか」
地図周辺の場所は調べたが村どころか人がいる気配すらなかった。地形を確認しながらだったのと初めての景色の観察を重視したので途中からはダイから降りて徒歩で散策したからそこまでの範囲は探してないとはいえここまで見つからないのはおかしな話だった。
既に日は暮れて一日目から野宿決定である。
「やっぱり地形とかはかなり正確に書かれてるからこの地図が間違ってるわけでもなさそうだし、明日は本格的に探すとするか」
ニキやダイに乗って移動すればその行動範囲は比べ物にならない。最悪魔物を狩り、それを食べながら地図を無視して自由気ままに旅するのでも問題はないと開き直る。実際森ではそんな感じで何日どころか一か月以上狩りに出続けたこともあるのだ。こんな見晴らしもよくて、魔物も森のより弱い奴らばかりのところなら何年だって生き残る自信がある。
ニキとダイ与えた肉を食い終えたが物足りなさそうにこちらを見てくる。残りの分はこれからの分にしようと思っていたのだが仕方ない。
「待ってろ、今焼いてやるから」
この言葉にダイはこちらの顔をうれしげに舐めてきて喜びを表す。ニキは流石にそんなことはしないがそれでも嬉しそうに尻尾をパタパタ振っている。
前から思っていたが普段は完全に犬である。伝説の神獣とやらが豚の肉ではしゃぐなと言いたかった。
いい感じで肉が焼けてきた時、ふと音が聞こえる。何もない平原で音が聞こえると言うことは危険が迫っている可能性が高い。
それを本能で悟っているニキとダイも今までのだらけた雰囲気は一瞬で掻き消え周囲に気を張っている。
「魔物の吠えと……人の声?」
後者の方は小さすぎて自信がなかったがニキがこちらの言葉を肯定するように小さく吠える。単純な感覚ならニキやダイの方が鋭いのでこいつらがそう言うならそうなのだろう。
さて、大体の状況はつかめた。恐らくオレ達以外の誰かが近くにおり、そいつらが魔物に襲われているのだ。そこまで大きな音がしないしこの近くに人が住むところはないのは確認済みなので詳しい人数は不明だがオレ達と同じような旅人みたいな人だろう。
「数名の叫ぶ声が聞こえてくるので少なくとも一人ではない、か」
ダイ達からの情報は今まで間違っていたことはない。なので、勘違い等の心配はしていない。
問題は助けに行くべきか、というところだった。前の世界のオレだったら力があるなら助けようと及ばないなら関わらずこっそり逃げて、まあ助けを呼ぶくらいはしただろう。
けれどこの世界でオレは学んでいた、ここは弱肉強食であるということを。助けに行けば間違いなくオレだけでも魔物は殲滅できる。だが、目の前に困っている人がいるからと言って助けて自らの負担を増やすと言うのはこの世界では自殺行為に他ならないし、困った人がいたら手を貸すべきなどと言う偽善者ぶるつもりも毛頭ない。
いかに危険がなくとも面倒を抱え込むのは賢い選択でないし、そもそもこんな夜にこんなどこからでも襲われる場所で野営をするならそれなりの準備か実力があってのことか何か表だって行動できない滋養があるのだろう。実力不足で死んでもそれはただの間抜け、自業自得だ。ほっといても何も問題はないし、それで痛むようなやわな心はしていない。
だが、人に会えると言うのは今のオレにとってはわりかし重要なことだった。近隣の村の位置を聞けるかも知れないし、そうでなくても人と会えると言うことは貴重な経験だ。もし、助けた奴らが盗賊かなんかなら軽く捻ってやればいいし、こちらを殺そうとするような奴なら返り討ちにする。
人間だからと言って手心を加える気など毛頭ない。長年の狩りが命を奪うということについての価値観を大きく変えていた。迷えばそれだけこちらの命が危うくなるのだ、油断や情けなどそこに介入する余地はない。
「ま、さすがにそんなことにはならんだろうけど」
傍らに置いてあった刀と杖を装備する。ちなみに肉を切ったのは別に用意していたナイフで、さすがに形見で肉を裁くようなことはしていない。
ニキとダイもそれだけでこちらの意図を察したのかニキが先導するように駆け出す。オレがすぐさまダイに跨ると、ダイもその後を追う。並みの馬なんて比べ物にならない二匹の速度はあっという間に目的地に辿り着かせてくれた。
そこには予想通り人はいた。ただいささか装いがおかしかった。
「あれって確か……宮廷魔術師の服だよな?」
昔、本で見たその服に酷似した格好をした集団が魔物に襲われて阿鼻叫喚の図になっていた。魔物はオークやゴブリンと魔物図鑑の中でもF級、はっきり言えば雑魚だ。
「おいおい、嘘だろ?」
そんな奴らに押されるどころか壊滅状態になるなんてどれだけレベルが低いのか。十歳頃のオレでさえその程度魔物なら倒せたくらいなのに大の大人が情けなさ過ぎる。
既にニキは近くのオークを数匹その牙で仕留めている。だが、それでもかなりの数が残っていた。思った以上の数だが種族は先程上げた二種しかいない。これなら手こずるはずもなかった。
このまま背に乗って戦うよりバラバラに戦った方が効率的なので、ダイが走って獲物に食らいつくところで素早く背中から飛び降りその場にいた二体のゴブリンを一刀の元に斬り伏せる。こんな相手に本気を出すまでもない、オレはただの食後の運動レベルという気持ちで次々と魔物達を斬っていく。ダイ達も一切の攻撃を受けることなくその爪と牙で命を刈り取っていた。別にこの程度の攻撃ならあの二匹に頑丈な毛の前には傷一つつけられないが汚れや泥、涎まみれの手や武器に触れられるのは流石に嫌なのかすり抜けるような身のこなしだった。
さすがに人間であるオレは剣で肉体を斬られれば怪我するので受けるわけにはいかない。種族的に丈夫と言うのは若干ずるいと思う今日この頃だ。
そんなこんなでオレと二匹の活躍により戦闘はものの五分も経たないうちに魔物達の壊走と言う形で終わった。
刀に付いた血を払うと鞘にしまう。この刀特殊な魔法が掛かっているのか多少の刃こぼれや汚れは鞘に入れてその程度に応じた時間が経てば綺麗に消してくれる優れ物だった。もちろん流石に折れたり砕けたりしたら修復は難しいらしいが。二匹もいい運動だったと言わんばかりに欠伸をしながらこちらに向かってくる。ちょっと待て、ダイの奴見たところ一番デカいオークの死体を咥えてきやがる。ご褒美に食わせろってか。
とりあえず馬鹿犬は放っておくことにして、その場にへたり込む奴らに話しかける。
「おい、無事か?」
「……え、あ、ありがとう。助かった」
皆、今起きたことについて行けないのか呆然としていたが一人の男はやがて我に返る。他の奴らは話が出来なさそうなのでこの男と話すことにした。
「あんたらその恰好ってことは宮廷魔術師だろ。何でこんとこにいんだ?」
本当は何でそんな弱いんだと聞きたかったが言ったら面倒なことになるのがわかっていたのでやめておいた。元の世界の経験が無かったら多分言っていたが。
「わ、私たちはある魔女と魔物を退治してきた帰りだったんだ! 皆疲れ切っていたから不覚を取っただけで、いつもならこんなことはなかったんだ!」
「……ふ」
思わず鼻で笑ってしまった。あまりにもくだらなさ過ぎて言葉もないとはこのことだ。
「お、お前、何がおかしい!」
「いや、別に。いくら疲労してるからってゴブリンやオーク程度の奴にやられるようじゃその魔女と魔物もたいしたことなかったんだと思ってね」
「な、何だと!」
男は激高するが相手にするつもりはなかった。素直に弱いことを認めるならともかくこんなくだらない言い訳をする時点でもうこいつらに興味がなくなった。今回はオレが運よく助けたがそうじゃなければ死んでいたはずだ。こいつらは地獄でそんな言い訳を言うつもりだったのだろうか、だとしたら愚かが何物でもない。
「お前、私達を助けたからって調子に乗るなよ! 私達がその気になればお前一人如き国の力で潰すことなど造作もないのだぞ!」
「国の力を借りなきゃ俺には敵わないって思っているのはわかったよ。正直だな」
男は最早声も出ないくらいに怒り狂っていた。他の奴らもこの男につられてきたのか次々に罵声を浴びせてくる。
その言葉を聞き流しながら、こんな奴らなら助けなければよかったと若干後悔していた。
「俺達は、グリス王国の宮廷魔術師だぞ!平民の小僧が無礼だぞ!」
「魔女を倒してきた英雄に向かってなんて口を叩くんだ!」
「調子に乗ってるとぶっ殺すぞ!」
女のいない集団だったのでむさいことこの上ない。前の世界のチンピラですらここまで馬鹿じゃないと思うんだが。
呆れてさっさと情報だけ引き出して去ろうと思ったところで、
「魔徒の森の魔女と同じ運命を辿らせてやろうか!」
この言葉飛んできて気が変わった。ただの馬鹿が喚く分には怒りはしないが、この言葉は聞き過ごせない。
オレの纏う空気が変わったのを察したのか男たちは青い顔で黙った。どうやら命の危険を感じられないほど愚かではないらしい。既に地雷を踏んでいる時点で賢いとは到底言えないが。
「お前、今なんて言った?」
言ってはいけない発言した奴を見る。睨んだつもりはなかったが恐れるようにビクリとして変な汗をかき始めていた。
「え、その」
「魔徒の森、ね。確かにあそこには魔女みたいな奴はいたけどそいつをなんだって?」
確かに馬鹿みたいに強い婆がいた。魔女と言う言葉がこうまでぴったりくる奴もそうそういないだろう。だが、そいつをなんだって?
「ひ!」
「早く答えろよ」
一切の感情を込めないで先を促す。怒りを見せないようにしてやっているのに一体何をそこまで恐れているのか。
もうわかったと思うが魔徒の森とはオレが暮らしていた森の事だ。その森の魔女と言えば一人しかいない。虚言だとは理解しているがだからといって聞き流せることでもなかった。
「……くだらない見栄を二度と張るな。次そんなことを吹聴していることを耳にしたらどこにいようと追いかけて制裁を下す。いいな?」
男たちは取れそうなくらい大きく首を縦に振る。これで勘弁してやることにした。
「よし、じゃあいくつか聞きたいことがあるから答えろ」
そこから有無を言わさず情報を聞き出していく。
まず、使っていた地図は十年以上前の物で地形は正しいのだが村はなくなったり、別の場所に行ったりいる物が少なからずあり、オレが目指す村もその一つだったのだ。その村は魔物の生息地域から離れるために数年前に若干場所を移していたがそれでもここから一番近いとのことなのでそこを目指すことに変更はなし。正確な場所を地図に書かせようとしたら新しい地図を快く譲ってくれる。断じて脅してはいない。ただ、新しい地図が欲しいなと言ってにっこりと笑いかけたら慌てた様子で持ってきてくれたのだ。親切な人達で大変助かる。
その他、国や世情などについても軽く聞いたが途中で止めた。聞いてもいまいち要領を得なかったし、馬車で世界を旅している冒険者か、そうでなければギルドに行って聞いた方が正確でわかりやすいそうなのでそうすることにしたのだ。
聞くことも聞いて用はなくなったのでひとまず先程の野営の場所に戻ることにした。一応魔法で前もって障壁張っていたので荷物が取られていることもないし、今日はひと眠りして明日朝村に行くことにしたのだ。こんな夜中に村に行っても迷惑だろうし。
「ダイ、肉なら向こうにあるから置いて行けよ。ある程度は取ったしあんまりあっても捨てるだけだぞ」
背中に跨りながらそう言い聞かせてもダイは決してオークを咥えて離そうおしなかった。食い意地が張っているのはいつもの事だがここまでかたくななのは珍しかった。
「まあ、いいか」
ここで言い争っていても意味はないので好きにさせる。ニキは呆れた様子でこちらを見てきていたが何も言うことはなった。
用済みになった男達の元を何も言わずに離れる。また襲われても今度は助けるつもりはない。運が悪いとまた魔物に襲われて、幸い怪我人はいても全員生き残ったと言うのに、今度こそ全滅だろう。
まあ、関係ないのでどうでもいいが。
二匹のおかげであっという間に野営地に戻りそこでようやく気付いた。
「やべ、火点けっぱなしだった」
ニキ達の晩飯その二は完全に黒こげになっており食えたものではない。これでは今から食うこいつらの飯がないと思ってダイを見ると、咥えた肉を誇らしげに見せ、だから言っただろと言わんばかりの顔してやがった。間違っていたのはこちらなので何も言えないが伝説の神獣が飯にがっつくなと改めて言ってやりたくなった。
そんなダイとオレを見てニキが呆れたように溜息をつくがそれはご愛嬌と言ったところだろう。
今度こそ再度の晩飯を食って満足げな二匹と寄り添って眠りにつく。狩猟生活の所為なのか眠ろうと思えばすぐ眠れる特技が身についていたのであっという間に夢の世界に旅立つのだった。
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