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転生編
プロローグ3 別離、本当の誕生
 オレを拾ってくれた婆さんは、口は悪いが優しい人らしく文句を垂れながらも甲斐甲斐しくオレの世話をしてくれた。

 意識は前の世界の十七の時のままなのだが体は赤ん坊の機能そのものらしく食事も最初はミルクだし寝返りもうてない。トイレは……そこは語らないでおこう。オレの尊厳を守るためにも。とりあえず拾ってくれた婆さんが若くなかったことだけは神に感謝した。母乳吸わされるなど羞恥プレイ以外の何物でもない。

 家には人間は婆さんだけで他には近隣にも誰もいないようだった。ある程度体がでかくなって外をうろついてみても薄気味悪い森が広がるだけで人の気配がなく獣らしき唸り声しか聞こえなかったから間違いない。

 ただ、婆さんには何匹かの相棒がいた。何故相棒かと言うとペットと言ったら怒られたからだ。こいつらは家族であり相棒だからそんな言葉は使うなと五歳児に拳骨までくらわせて。五歳児にとってその拳は激痛をもたらすものでありくそババアと思ったものだが、痛い目見るのも嫌だったのでその言葉には従っておいた。まあ、結果的には暮らしていくうちにその意味を理解できるようになったから婆さんが正しかったのだけれど。

 オレが五歳になった時点で婆さんの相棒は現在三匹いた。一匹は目が覚めた時に会った白い狼、シロだ。婆さんの言う相棒とはこいつの事でかなり長い付き合いらしい、その毛並みは真っ白で気品さえ感じられた。

 他の二匹はこのシロの子供でどちらもオレが四歳頃に生まれた。一匹は母親の白い毛並が遺伝したオスの狼で名前はダイ。ちなみにこの名前はオレが付けた。この頃になると軽くしゃべることは出来たので。何故婆さんが付けなかったかと言うとオレが却下したからだ。シロ二号なんてふざけた名前を付けようとしていたがこれはふざけてなどではなく大真面目である。この時ばかりはつい四歳児ならぬ態度をとってしまったが仕方ないだろう。

 もう一匹は母親の遺伝は何処に行ったのかという真っ黒なメスの狼だ。名前はニキで聞いた話ではオレは見たことはないが父親そっくりらしい。白とは正反対の色ではあったがその気品に変わりはなく綺麗な黒い毛だった。

 ちなみに、名前の由来は白と黒の宝石のダイアモンドとオニキスからとったものである。

 ゲーム等がないオレにとってこの二匹とじゃれ合うことは数少ない暇潰しであったから毎日のように遊んだ。そのおかげか二匹ともオレに懐いていて寝る時も一緒なくらいに仲良くなれた。
 
 ただ、それだけで時間は潰せないので他にオレは幼い身では変わっているかもしれないが本をよく読んだ。もちろんそれは幼児向けの絵本ではなくこの世界の事などが書いてある本で、オレはそこから情報を得ていたのだ。
 
 そこでこの世界はオレが今までいた世界ではないということも確認した。どういう理屈かこちらの世界の言葉は耳で聞く分には日本語として聞こえるのだが文字は全く読めなかったので苦労したがそこは婆さんに頼った。絵本でなく歴史書とかを読むようにせがむ子供、よく考えてみたらとてつもなく変な話だ。
 
 案の定婆さんは用意した玩具に見向きもせず本を読むオレのことを変わった子だとよく言っていた。
 だが、オレはそれでも本を読むことを止められなかった。情報を得ることを目的の一つだが一番の理由はこの世界には魔法があるからだ。
 
 元いた世界ではありえないとされて、ファンタジーの世界などにしかない空想、それが今までの俺にとっての魔法だった。使ってみたいと思い憧れたのは一度や二度ではない。
 その魔法が現実に使えるとわかったのだ、のめりこんでも致し方ないだろう。
 
 幸いオレは魔力がかなり多いらしく魔法を使う分には何の問題もなかったし、婆さんも魔法を使えたので、駄々をこねて無理矢理教わる約束をして、その師事の元メキメキと力をつけていった。七歳になる頃にはダイやニキと一緒に内緒で森に行き獣を狩ったりしたものだ。最初はビビり体が固まってしまい死にかけたがニキ達のおかげで命からがら家に逃げのびたりして婆さんにこっぴどく叱られた。けれど魔法を使う者には必要だからと言うことで実戦的な鍛錬もするようになった。

 魔法だけでなく肉弾戦を想定して鍛えたのでかなりきついものになったがそれでもオレはその鍛錬が楽しかった。一年その鍛錬に耐えた時点でオレがどんなきつくしても根を上げないということを悟ったらしくそれまで最低限のことしか教えないように消極的な指導しかしなかった婆さんがより熱心に積極的にオレを鍛えるようになっていき、次第にニキとダイもその鍛錬に参加するようになったのだ。

 そこから十年森に狩りに行ったり鍛練したりの生活が続き次第に森の主でさえ倒せるようになり敵はいなくなっていった。

 そんな生活を続けるうちに元の世界の事はだんだん思い出さなくなっていった。知識は変わらず覚えていたが様々な思いで家族とのものであったり、学校の物であったりと転生した当初は頻繁に懐かしんでいたというのにいつの間にかこちらの世界に馴染み始めていたのだ。ただ、心のどこかでまだ自分は元の世界の住人であるという思いは消えなかったが。

 その十年の期間で婆さんにこの世界の事や言葉や歴史など様々なことを詳しく教え込まれた。本である程度のことを理解していたし元の世界の経験である程度わかっていることもあったが、それは所詮知識の欠片でしかなく通用しないことも多々あるのし明らかに情報が足りていなかったので丁度よかったが。
 
 まず、この世界の名前がユーロディアという名前であること、幾つもの国や村が世界に点在しており、あるところは平和であるところは戦争しているといった元の世界と変わらないことを教わった。
 
 次にこの世界には魔物がいることを教わった。国や村を集団で襲うこともありその脅威は計り知れないと言われたが、その時点で気付かぬ内に獣を狩る感じで魔物退治をしていたオレは正直実感がわかなかった。そのことを言ったら拳骨を落とされその年でそれだけの実力を持っている方が以上なのだとしつこく言い聞かされた。周りに比較対象がいなかったためやはりよくわからなかったが一応理解するように頑張った。とにかく魔物は世界に蔓延っていて国同士の戦争もないことはないがそれより魔物との戦争の方が圧倒的に多いとのこと。そしてその魔物退治をする集団を仕事にする者達がいることを知った。

 その集団は二つあり一つは国直属の部隊、例を挙げるなら王国騎士団や宮廷魔術師などである。国に仕える者として戦う人たちだ。ただこれだけは人数が足りないが国が毎年の試験の合格者の中から一から教えるとあって時間も費用もかかるのでそうそう増員は出来ない。そこでその人数不足を補うようにできたのが冒険者ギルドだ。
 
 冒険者は魔物を倒してその体から得られる部位を売ったり遺跡から宝物を発掘したり、はたまた荷物を運んで報酬を得たりと様々な方法で金を稼ぐ人たちの事だ。ギルドは市民や各国から依頼を受けその内容を冒険者に提示、冒険者は自分に合った内容の仕事をクリアして報酬を得るというゲームの中でもよくある設定と同じだ。

 婆さんもこの冒険者だったこともあるとのこと。詳しい話は嫌がったので聞けなかったが昔は有名だったとこぼしていることからかなり強いらしかった。
 
 その他様々ことを教わったがその中で一番驚かされたのがシロ達のことだ。
 ただの白や黒の狼だと思っていたシロ達は婆さん曰く、伝説の神獣とのことだった。
 
 魔物は決して人に懐くことはない。獣と魔物違いはその圧倒的な力の差もあるが人間やそのほかの種族と決して分かり合えないといものらしい。この世界には様々な種族の生物がおり時に敵対したり協力したりいているが魔物とだけは誰も協力した者はいない。魔物は魔物以外の存在を決して生かしはしないらしい。どういう原理かはいまだにわかっていないらしい。

 そしてそんな魔物と対を為すとされるのが聖獣だ。極めて理性的で人と同格かそれ以上の知識を有しており力は一体で魔物数百を滅ぼせるものだし、人間側がよほどのことをしない限り手は出してこないというすばらしい奴ららしい。その聖獣は稀ではあるがときおり己が認めた存在と共に住処を離れ人の世に降りてその者が死ぬまでともに過ごすこともあり、その為聖獣は人からは守り神として扱われることもしばしばだとか。

 そしてその聖獣の中でも最強の七種のことを人々は神獣と呼び、崇められているとか。

 その七種は
 不死鳥
 古龍
 黒狼
 白狼
 王虎
 妖狐
 神馬
 である。オレの足元で気持ちよさそうに寝ている二匹、ダイは白狼、ニキは黒狼だと言う。つまり伝説の存在だ。

「……こんなまったりと寝てるやつが?」
 
 婆さんは母であるシロは白狼、ごく稀に見る父親であるクロは黒狼だから間違いないと頷いた。確かに父親は真っ黒だったしどいつも魔物にはない気品やオーラがあるとは思ってはいたがまさか伝説の神獣だとは。

 その伝説の存在は腹が減ったとオレの足を甘噛みしてくる。完全に懐いた犬じゃねえか。

 そんなこんなで様々なことを知り、年を取って衰えたせいもあるが婆さんにも勝てるようになってきた十七歳の時婆さんが倒れた。

 病気ではなく寿命だから医者呼んでも意味はないと諭され、諦めきれず魔法で体の中を調べたがその言葉通りだった。

 様々な魔法を覚えてきたがこの世界には所謂治癒魔法は存在しない。薬草やポーションのような回復薬はあるのでそれを試してみたがやはり効果はなく婆さんはみるみる衰弱していった。
 いっそ()()()()を使おうと考えたがそれをしても結果は変わらないのはわかりきっていた。人が死ぬ。それは変えられぬ、変えてはいけない真理なんだから。

「……なあ、アゼル」
「何だよ、婆さん」
 
ベッドで横たわる婆さんの手を握りながら答えを返す。婆さんは数日前までとは打って変わって弱弱しい声で話し出した。

「私が死んだらあんたはこの森を出て外に行き。誉めるようなこと言いたかないがあんたは私が見てきた中でも飛びっきりの腕になった。外で宮仕えするにしても冒険者になるにしても困ることはないだろう」
「……やめろよ」
「シロは好きにするだろうからいいとして、ニキとダイは本人達が望むんだったらアンタが連れてきな。多分、あの子たちもそれを望むだろう。この家は放置していい」
「やめろよ!」
 
 オレは柄にもなく感情のままに叫んでいた。こちらの世界に転生してからというもの感情が制御できなくなることはなかった。赤子の時でさえ精神年齢は十七だったのだ。今では意識的には三十年は生きている。その経験とそれ以上に自分はこちらの世界の住人でないという思いからくる現実感の無さがオレの心の中に常にあり、どんなことをしていてもゲームをしているかのような感覚が拭えなかったからだ。
 
 だが、今はそんな虚無感はない。ただただ焦りと悲しみだけが心を占めていた。

「あんたが死ぬわけない。なあ、そんなの演技だろ。あんな強かったあんたが死ぬはずねえよ!」
「……アゼル」
 
 その名も今までは自分の名前とどうしても思えなかった。その名を呼ばれるたびに前の世界の名がどこか頭の中でちらついていたのだ。

「人は死ぬ、それは永遠に変わらぬものだし決して変えてはいけない掟なのさ。例えここで不老不死になる方法があったとしても私は死を選ぶ」
「なんで……なんでだよ!」
 
 目から涙がボロボロとこぼれていくのが止められなかった。こちらに来て初めて本気で泣いた。悲しくて、悲しくてどうにかなってしまいそうだった。

「あんたが泣くとこなんて初めて見たよ」
「……赤ん坊の頃は散々見ただろ」
「泣いてはいたけどあれはどこかに余裕があったのさ。私が気付かないと思っていたのかい?」
 
 その言葉に息を呑んだ。今までばれてないと思っていたのに婆さんは気付いていたのだ。

「詳しいことはわからんが赤ん坊の時のあんたの眼を見て思ったもんだよ。こいつこっちのことがわかってるって。アンタの眼には確かな意思が感じられたからね。正直不気味だったよ」
「……それならなんで?」
「気まぐれさ。旦那が死んでからずっと一人だったから、どうせなら私の人生を見届ける奴を育てるのも悪くないかと思っただけの事さ」
 
 嘘だ、そんなのは照れ隠しの言い訳だとすぐにわかった。なにせずっと一緒にいた家族なのだから。

「私はこの齢まで人生を全うした。それは素晴らしいことで悲しむことじゃない。だからもういい加減泣くのをやめな。最後くらい笑顔で見送りよ」
「……わ、わかったよ」

 精一杯笑ったが泣き笑いだった。

「それからあんた外に言って名乗るときに絶対私の名前を使うんじゃないよ。間違っても姓を自分の名前に付けるなんてことはしないように」
「……なんでだ?」
「……私の机の中に手紙が二通入ってる。それを読めばわかるさ。こんな状態じゃ話しきることは出来ないだろうしね」
「……婆さん」

 呼吸が弱くなっていた。嫌でもわかった。婆さんがこの世を去ろうとしているのが。

「さて……これでようやくあの人のところにいけるね。あんたもこっちにはしばらく来るんじゃないよ」
「ああ、わかったよ」
「外はここみたいに狩りしてればいいだけじゃないから気を付けるんだよ。人間てのは欲深くて狡賢い生き物だから騙されないようにしっかり気をつけな」
「ああ」
「……」
「なあ、婆さん。いや」
 オレはしっかりと自分の口でそう言った。
「今までありがとう……母さん」

 その言葉を聞いた婆さん、いや母さんは目から涙を流した。

「……最後の最後で泣かすんじゃないよ、まったく」
 
そう言って目を瞑る。もう呼吸はほとんどしなくなっていた。

「達者でやんな……バカ息子」

 そう言って大きく息を吸って、もう二度とその息を吐くことはなかった。
 オレはその手を握りながら声も出ないくらい泣いた。シロやニキ、ダイも悲しげに仲間の死を惜しむように遠吠えする。
 
 その日オレは母さんのそばから離れなかった。


 次の日、冷たくなった母さんを埋葬し、夜通し泣き続けて腫れぼったい目を擦りながら婆さんの机を探していた。手紙は引き出しの中に丁寧にしまわれていた。
 
 先、と大きく書かれた方を手に取り中を読む。そこには婆さんがなんでこんな辺鄙なところに住んでいたのかと言う理由や姓を名乗らないように言った理由が書いてあった。

 昔、母は宮仕えをしていたらしかった。そこで鍛えられ元々あった才能にさらに磨きがかかり宮廷魔術師の中でも断トツの腕前だったらしい。だが、そんな輝かしい経歴をたどっていたというのに、ある時母はそのすべてを捨てて冒険者として生きる道を選ぶ。その理由はある男と出会ったから。冒険者をしていた男、後に母さんの夫になる男つまり一応オレの父だ。貴族の令嬢でもあった母と平民の冒険者の父という身分違いを跳ね除けそいつと結ばれるためにすべてを捨て結ばれてハッピーエンド、になるはずだった。だが、その幸福は長くは続かなかった。母の実力に嫉妬していた他の宮仕えの奴らはすべてを捨てた母さんの行動を許せなかった。国の威信に泥を塗られたと感じた数名が秘密裏に刺客を雇って父を暗殺し、母も殺そうとしたが返り討ちにあう。そこで真実を知った母は激高しその命令を出した奴らの一族を皆殺しにして国を去りすべてに絶望して人気のないこの森で暮らしてその内にシロに会ったということらしい。その為、母の名は国際的に指名手配された大悪党でありかなりの年月が過ぎたとはいえその名を名乗るのは危険とのことだった。下手をすれば国から刺客が送られる可能性もあると書かれている。

「……」

 その手紙を読み、次に後と書かれた方を開く。その手紙にこう書かれていた。

『この手紙は必ずもう一つの方を読んでから開くこと。そして前の内容を呼んでもなお私の姓を名乗ろうと馬鹿なことを考えている場合のみこれを見ること。ちなみにこれはシロに言い聞かせてあるから嘘をついて読もうとしても無駄だよ』

 顔を上げるといつからいたのかシロがこちらをじっと見ていた。まるでこちらの心を読むかのように。シロに限らす聖獣神獣は人の嘘に敏感らしく騙すことはできない。
 だからオレは正直に答えた。

「オレはこの世界の住人じゃなかったし、血のつながりとか関係なく本当の意味であの人の息子でもなかった。だからこの手紙は読まなかった……昨日までなら」

 そう言ってしっかりとシロの眼を見た。

「でも、オレは昨日あの人のおかげでこちらの世界に初めて心を、感情を持つことが出来た。今までみたいに偽りのない純粋な気持ちで。そのせいかずっとあったゲームをやっているような感覚は昨日からきれいさっぱり消え去ってくれたんだ」

 きっと人の言葉を理解する聖獣だとしても理解できない内容だとわかりながらも言葉を続ける。

「今のオレはこのユーロディアという世界に生きるオレだ。そして昨日元の世界に生きていたオレはようやく完全に死ねたんだ」

 思い出は今でも心の中にあるし前の世界で得た経験や知識はこれからも利用していく。だが、もうあの世界の事は過去のものとしなければいけないのだ。
 
 この世界で新しく生きていくために。

「今のオレはアゼル、あの人がオレにくれたこの名前が今のオレなんだ。だからあの人の子であるオレはあの人の名を引き継ぎたい、いや、引き継がなきゃいけないんだ」

 そしてオレはようやくこの世界に生まれ落ちた。

「オレの名前はアゼル・ディスティニア。オレを十七年かけてこっちに誕生させてくれた母親の名は誰が何と言おうと、これからどんな苦難が待ち受けていようと名乗り続けるよ」

 この言葉を聞いたシロはしばらくこちらをじっと見ていたがやがて納得したのか

「ウォン」

 小さく一吠えすると立ち去っていく。どうやら認めてくれたようだった。シロと入れ違いに入ってきたニキとダイもちゃっかり手紙を覗き込む。
 準備も整ったので改めて手紙の先を読んでいく。

『どうやら、あんたは究極の大バカだったようだね。外に出て後悔することになると思うが、いざとなったらここでの言葉を撤回したって私は死んでる身だから構いやしないよ。ただ、神獣は契約を破る者を嫌うからあんたの元を去ることになるだろうけどね。それでもいいなら先を読みな。嫌ならここで止まること』

 全く持って用心深いと言うか心配症と言うか、ずいぶん長い前置きだった。

 
 オレはニキとダイに向かって頷くと二匹も返してくる。これでもう後戻りはできない。

『……まったく、こんだけ警告してもまだ読んでるとは教育を間違えたようだね。でもそれだけの覚悟があるなら私は信じることにするよ。
さて、これからの内容は私があんたに思っていたこと、ただそれだけだよ。面白くもないだろうからつまらないと思った時点で捨てても一向に構わないからね。
……私があんたを見つけたのはシロがあんたを見つけて吠えていたから。珍しく遠吠えしていたシロがまさか人間の子供を大切そうにしていたからね。正直驚いたよ、神獣は心が綺麗でしっかりとした意志を持つ存在じゃなきゃ決して相手にしないからね。こんな赤子に意志があるのかと思ったけどシロが見誤るはずもないし、ためしにとあんたを我が家に連れ帰ったのが掛け値ない最初の気持ちさ。
 そこであんたの世話をする内、私にもあんたが普通じゃないってことがわかってきた。泣く時も笑う時もこっちの様子を窺って観察するような目に決して駄々をこねることはなかった安定し成熟し過ぎた精神性。魔法を教わるときにそれっぽいことはあったけどあれは計算してるのバレバレだったからカウントはしないよ』
「ばれてたのか」

 オレはばつが悪かった。まさか感づいているとは夢にも思っていなかった。

『そんなこんなであんたに修行をつけて鍛えて、一緒に寝て食事をして風呂に入っている内に心のどこかに残っていた人に対する恨みと不信感がいつの間にかきれいさっぱりなくなっていたんだよ。数十年持ち続けた恨みがたった数年子供と過ごしただけだっていうのに。我ながら単純だと思ったけど後悔はなかったし、不思議と幸せだったよ。
 あんたがずっと何か悩んでいたのはわかっていた。たぶんその変な精神性やら偏った知識やらありえないはずの経験をもっている弊害なのか原因なのかはわからないけど、あんたは何かに戸惑っていたね。でも、私はそれについては何も言う気はなかった。アンタから相談されればいくらでも話は聞くつもりだったけど、そうじゃないならあんたが自分で解決することだと思っていたからね。いつかその悩みが解決されればいいと願っているよ。
 これで大体の内容は終わり。つまらない内容だっただろう。読むに値するとは思えない内容だと思うね。私だったら絶対読まない。
 けど、最後だからもう一言だけ、余計なことを言っておくよ。柄じゃないからって笑うんじゃないよ』
 
 そこからかなり行間が空いて、こう書いてあった。


『あんたは私の自慢であり最愛の息子だよ。あんたと過ごした時間は幸福に溢れていた。こんな私なんかにこんな大きな幸せをありがとうね。元気でおやりよ。
ヒュメリ・ディスティニア
PS この机の下に保管されているのは私と夫が現役の時の武器で、少しはましだから良ければ持ってきな』

 最後が武器の事とは相変わらずと言うべきだった。言われたところを調べてみると装備一式にかなりの量の金貨があった。

 しかし、この手紙を読まなかったら金なども放置することになっていた。金が欲しい訳ではないがそんな無駄なことを好む性格でもなかった。

「……いや、読まなきゃ読まないでシロが持ってくるように言ってたんだな」
 
 だからシロはこの部屋に来ていたのだろう。こちらの意思の確認ともし名乗らないと決めたなら金を渡すために。
 自分が用意したのではなくシロが勝手に貯めたお金として。
「照れ隠しもここまで来ると立派だよ、母さん」

 武器一式は細身の剣というより刀のようなものが二振りと丈夫そうな衣服が一式、それから防寒具らしきローブが一着と拳ほどの赤い大きな宝石が付いた身の丈程ありそうな長い杖が一つだ。前者が母のもので後者が大きさから父の物だと判断した。母の物はサイズを直したのかピッタリで実に動きやすかった。父のローブは若干大きかったが服の上から羽織るので問題ない。二振りの刀を腰に差し、杖を背負う。金や数日分の食糧、地図などを用意した袋に詰めて旅立つ準備は出来た。

「ニキ、ダイ。お前らはどうする?」

傍らの二匹に問いかけるが反応がない。ただその眼はありありと語っていた。言うべき言葉が違うだろ、と。

「わかった、わかった。言い直すよ。一緒について来てくれないか?」

 この言葉に二匹は

「「ウォン」」

 了承の答えを返してきた。当然だと言わんばかりに。
 それから色々と後始末をして最後に一日我が家に泊まる。シロやニキ、ダイ達と寄り添って別れを惜しむように。

 次の日の朝、

「じゃあ、行ってくるな」

 シロは頷く。昨日の時点でシロはこの家に残ると態度で示していたのでここでお別れだった。
 子供二匹は別れを惜しむようにしていたがやがてシロの元を離れる。傍にやって来たダイの背に飛び乗ると二匹はゆっくりと歩み始める。

 家の姿が見えなくなるギリギリのところでシロの遠吠えが聞こえてくる。思えばこの遠吠えがこの世界で初めて聞いた音だった。それを新たな始まりで聞くことになるとはある意味運命なのかもしれない、そう柄にもなく考えるのだった。

 ニキとダイも遠吠えで返事すると二匹は迷うことなく走り出す。もう振り返ることはない。
(いつか帰ってくるから)
 そう心の中で呟きながら疾走する。目指すは地図に書かれているいちばん近い村。
 
こうしてオレは新たな命を授かったこの世界でまた新しい一歩を踏み出すのだった。
文字数どれくらいがいいのかもわからないド素人ですいません。
ご意見お待ちしております


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