生活保護をはじめとする社会保障を削減する理由として、しばしば挙げられるのは「国庫に資金がない」「財源がない」である。公務員の世界も例外ではない。いったん終身雇用という条件で雇用した正職員の雇用条件は、容易には変えられない。人件費を削減するとすれば、正職員を非正規雇用の職員に置き換える以外に方法はない。その非正規職員は、不安定な身分ゆえに、ちょっとしたきっかけで、生活保護以外の選択肢がない状況に直面する。結局のところ、自治体の人件費削減は、生活保護利用者の増大に結びついてしまっているのだ。まことに、救いのない構造である。
「貧困の連鎖」が続く
困窮家庭支援の難しさ
平田さんはかつて、「適応指導教室」の指導員として、数多くの生活保護世帯・貧困世帯に接してきた。
学校に行きたいけれども「遠慮しとく」と、不登校を続けている児童がいた。両親は、どちらもアルバイトを続けていた。生活保護水準以下の生活なのだが、生活保護は申請していなかった。両親は、貧困世帯向けの教育支援制度も知らず、給食費を支払うこともできなかったので、子どもは、小学校に通うことを遠慮していたのだった。
直接、担当していた世帯ではなかったが、家庭に大きな問題があると考えられるケースがあった。生活保護世帯であった。指導員たちは、ぜひ家庭訪問をして、母親に面談したいと考えていた。ところが、その家庭訪問と面談が、なかなか実現しない。電話で、面談の日時を事前に打ち合わせることは可能なのだが、当日になると、住まいには誰もいない。なぜか自動車を保有している母親が、車にのって出かけてしまい、留守にしてしまうからである。
また、入退院を繰り返している母親がいた。若干の体調不良程度はあるものの、深刻な病気を抱えているわけではない。就労はしておらず、生活保護以外には生計の道がないのだが、ときどき生活保護を廃止する。そして、生命保険に加入し、入院する。その後はしばらく、支払われた保険金で、生活保護水準以上の生活をする。保険金を使い果たしたら、また生活保護を申請する。平田さんは「生活の悪知恵」という。
親たちとの間に、尋常な会話が可能であるとも限らない。精神疾患を抱えている親が、処方された向精神薬を大量に服用して「ラリって」いることもある。かと思えば、電話で話していて、突然、理由なく怒り始めたりすることもある。精神状態が不安定なのだ。何をしゃべっているのか良くわからないような話しかできない親もいる。知的障害児の親が、また知的障害者である場合もある。