ワールド&インテリジェンス

ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・

ダマスカス情報

 ちょうど1週間前にダマスカスを脱出し、ロシアに落ち着いた義母から、いろいろ詳しく話を聞きました。じつは義母がダマスにいた頃は、一般電話回線だったこともあって、秘密警察の盗聴を恐れてあまり政治的な話はしませんでした。

 妻の実家は、ダマスカス市内の新市街地にあります。住民のほとんどは中流層以上で、さまざまな宗派の人が混在しているエリアです。何軒かは政府要人の住居もあります。
 100メートルもないくらいの距離に、ムハバラート(秘密警察)の拘置所があり、毎日、小型バスによって、反体制派の捕虜が連行されてきます。そのため、妻の実家を含む一画は完全に軍に封鎖され、ムハバラート関連車両以外の車両の通行が禁止されています。妻の実家も自家用車はあるのですが、今ではまったく使えない状態になっています。
 そんなエリアですから、基本的に政府軍による爆撃などはありません。自由軍の標的になり得る場所ですが、今のところそうした攻撃もなく、おそらくダマスでももっとも安全なエリアのひとつになります。
(ただ、徒歩圏内の近隣で爆撃も戦闘も毎日ありますから、音は聞こえますし、義母も姪も買出しに出たりすると、普通に道端に射殺死体を目撃したりしていました)
 このエリアで小さな反体制デモが発生したのも昨年秋頃で、シリア全土でももっとも遅いほうです。今では自由軍も入り込んでいますが、いまだ地下活動がほとんどで、表立った戦闘行動には至っていません。そんな場所なので、おそらくシリア全土でももっとも危機感の伝播が遅かったエリアだと思います。
 義母はもとより心中は反アサドですが、民衆蜂起のスタート時から長らく、自由軍がこれほど勢力を拡大するとは信じていませんでした。アサド政権の怖さを充分に知っているので、いずれ反体制派は皆殺しされるだろうと考えていました。
 このエリアでは、こうした考えの人はそれなりにいたようで、「どうせ人々が殺されて終わるだけだろうから、逆らわないほうがいいのに」と考えていた人もそれなりにいたようです。シリア各地の民衆蜂起と自由軍の攻勢の情報はそこそこ知ってはいたのですが、政府軍の完全支配地域だったので、どうも現実の実感が湧かなかったのですね。
 ムハバラートの巣窟のようなエリアなので、長らく政府批判はタブーだったのですが、今年9月のダマス攻勢から、もう人々は自由に語り出しています。それまでタテマエ上は政府支持のようなことを言っていた隣人たちの多くも、いっきに自由軍支持をカミングアウトしています。
 それで現在では、実家のエリアでも、住人が政権派と反体制派派がはっきり分かるようになっています。私の知っている人でもラジカルな反体制派になっている人が何人もいます。ムハバラートがまだうようよいますが、もういちいち一般住人まで摘発する余裕がなくなっているので、そうしたことを公言することが、もう怖くないという雰囲気になっています。もっとも、全員が反体制派を公言したわけではなく、数は非常に少ないですが、いまだに政府支持者もいます。私もよく知っている爺さんは、まだ政府派だそうです。長年そう言って暮らしてきたので、そうすぐには切り替えられないのでしょう。爺さんは自由軍支持の息子たちと四六時中言い争いをしているそうです。
 ところで、実家の一角だけは完全封鎖状態ですが、数週間ほど前から、自由軍はダマス中心部に多く入り込んで攻撃をかけています。自由軍の戦法はいわゆるゲリラ戦ですが、勢いは完全に自由軍側にあり、ダマス陥落は時間の問題になっていると、このエリアの住人も考えています。
 義母たちは、高齢なのでネットはやっていませんが、衛星テレビでシリア情勢の情報の多くを得ています。アルジャジーラやアルアラビーヤだけでなく、今では自由軍系の放送もあります。もちろんアサド系のチャンネルもいくつもありますが、そんなものを信じている人はまずいません。
 ただ、現場の自由軍関連の情報などは、やはりクチコミです。どこそこに自由軍が潜んでいるとか、非常に詳細に知っていますが、それは義母ならではのコネによるもので、一般の住民はなかなかそこまではわかりません。ちなみに義母は今では敬虔なムスリムで、ただの元気なおばあちゃんですが、若い頃はシリア共産党政治指導部の闘士だった人で、現在のシリア国民評議会の議長であるジョルジュ・サブラは昔からの知人で「いい人よ」だそうです。
(ちなみに、パレスチナ人やイラク人やクルド人の左翼にも古い友人が多く、70年代とかには日本人の若者たちにも会ったことがあるそうです。日本赤軍と思われますが、そこは「よく覚えてないわねえ」だそうです。なお、義母はもう立派な婆さんですが、1週間でロシア暮らしが飽きてしまい、「シリアに戻って自由軍に入りたい」とわけのわからないことを言って義兄を困らせています)

 実家のエリアでは各宗派が混在していて、宗派抗争はまったく発生していないのですが、周辺エリアでは宗派抗争もたしかに起きているとのこと。以前もたとえば、北方のアッシュルワルワルはアラウィ派の町ですが、女性と子供はすでに親戚を頼ってほぼ全員がラタキア地方に逃れており、今では成人男性しか残っていません。それで、隣接するバルぜ地区のスンニ派のグループとすでに抗争状態になっています。
 自由軍はアレッポ県のほうでは無法集団化したグループも紛れ込んでいるとかで、住民の一部に反感を買っているところもあるようですが、ダマスではそういうことはありません。とくに砲撃の被害を受けてモスクや学校などに身を寄せた人々に対し、食事や日用必需品の支給をかなり潤沢に行っています。
 そうした民生活動を行っているのは、自由軍でもすべてダマスの地元出身者のグループです。ダマスでは、ダラアなどの南部から来た自由軍部隊が中心になって軍事作戦を行っていますが、民生の部分は地元グループがあくまで中心になっています。こうした地道な努力により、ダマスでは自由軍は住民の信頼を獲得しています。
 さて、すでに実家の家族の何人かについては書きましたが、それ以外の親族の話。
 私もよく知っている叔母のひとりは、カーブーンとアルビンの間に家があるのですが、そこが最近、政府軍の拠点となり、家のすぐ隣の路上がアルビンやカーブーンに向けたロケット砲の発射拠点となったため、報復攻撃の標的になり得るということで、やはり子供たちと親族宅に避難しました。
 叔父のひとりは、もともと運送会社の運転手なのですが、民衆蜂起後は通常の仕事がなくなり、会社は今、シャビーハの輸送を請け負っています。それで叔父は現在も、シャビーハの運転手となっています。自由軍の攻撃目標となるので本当は辞めたいそうですが、シャビーハに脅されていて、逃げられなくなっているということです。
 一族には悪い男もいました。従姉妹の子供にあたる若者のひとりは、連れ子なので一族と直接血縁ではないのですが、以前から犯罪グループに入っていて、純粋に犯罪での前科もあります。私も妻も会ったことはないのですが、彼が報奨金目当てで、近所の住人や親族のことをムハバラートに密告していました。義弟が昨年、4ヶ月秘密警察に捕まっていたことはすでに書きましたが、それもこの男の密告によるものだろうということです。
 この若者ですが、すでに昨年のうちに殺害されています。犯人はわかりませんが、まだ自由軍が活動する前だったので、密告された近所の住人の関係者による可能性が高いとのこと。いずれにせよ、一族にそんな情けない奴がいたとは残念です。
 以上はすべて、本日、義母から聞いた話です。うちの一族は国外に親族が多いのでかなり恵まれているほうですが、これがダマスカスに生きる人々のリアルというものです。
  1. 2012/12/22(土) 17:26:43|
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黒井文太郎

Author:黒井文太郎
 63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。

 著書『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』等々。

 ニューヨーク、モスクワ、カイロに居住経験あり。紛争地域を中心に約70カ国を訪問し、約30カ国を取材している。




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