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黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」
【パート1】【パート2】【パート3】【パート4】【パート5】【パート6】【完】






508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:38:10.55 ID:KmqRKDbT0
    ――夕方、男の住む街

    黒髪娘「……」おどおど
    男「そんなにおっかなびっくりじゃなくても」

    黒髪娘「ばれたりはせぬか?」(小声)
    男「大丈夫だって。同じ人間じゃない」

    黒髪娘「そうでもあろうが、こ、このような髪の
     持ち主は居ないではないか。みんな、短いし……」

    男「いーの。黒髪は、その髪が綺麗なのっ」
    黒髪娘「そう言ってくれるのは嬉しいが」びくっ

    男「?」

    黒髪娘「いますれ違った婦人、
     こちらを見て笑っていなかったか?
     くすくす笑っていなかったかっ!?」

    男「お前、本当に引きこもりなのな」

    黒髪娘「出歩く時に牛車がないなんてっ。
     こうやって周囲に壁がない広い空間に出ると
     落ち着かないんだっ。うううっ」

    男「ハムスターみたいなやつだなぁ」

511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:44:10.72 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「あれはなんだ?」
    男「ああ、ポストだ。郵便……
     んっと、手紙とかを入れると届けてくれる」

    黒髪娘「あの赤い箱が届けてくれるのか?」

    男「いや、ちがうちがう」はははっ
     「こっちでは、雑色とか女房とか、居ないんだよ。
     みんなが平民みたいな物だから。
     だから、手紙を届ける専門の人がいて、
     あの赤い箱からみんなの手紙を取り出して
     一通ごとに、宛先の……つまり手紙を書いた人が
     届けて欲しい相手に届けて回るんだよ」

    黒髪娘「ふむふむ……あ、あれは? もしかして」

    男「あれはただのラーメン屋だ」
    黒髪娘「らあめん? こんびにではないのか」

    男「こんびには、そら。あっちの明るいのだ」

    黒髪娘「おお。あれがコンビニか!」
    男「寄りたいのか?」

    黒髪娘「うむ。い、いや……沢山人がいるな。
     いまは、その……任務があるからまたの機会に」

    男「くくくくっ。そうだな。先にスーパーいくか。
     なぁに、スーパーもコンビニも似たようなものだ」

518 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:03:59.41 ID:KmqRKDbT0
    ――スーパー「主婦の店いずみ」

    んがー

    黒髪娘「開いたっ」
    男「自動ドアだって。ほら、えーっと。なんだ。
     俺の後くっついてきてな? 見回しても良いけれど
      走り出したり迷子になったりするなよ」

    黒髪娘「自慢ではないが、走るほどの体力はない」

    男「ぷくくくっ」

    黒髪娘「この煌びやかな寺社はなんなのだ?」

    男「寺社じゃないよ。商店、つまりあー。
     商いの店だ。こうやってた何ある物は全部売ってるんだよ」

    黒髪娘「これほどの物を商っているのか。
     で、物売りはどこにいるのだ?」

    男「この加護に、欲しいものを入れていって、
     最期に物売りと話をするわけ」

    黒髪娘「そうか……。今宵は何を買うのだ?」

    男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
     おやつを少しばかりと、明日の分と……」

    男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
     おやつを少しばかりと、明日の分と……」

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    黒髪娘「……」きょろきょろ
    男「やっぱり珍しい?」

    黒髪娘「何もかもが見慣れぬ。やっと男殿が
     我が世に来た気持ちがわかった」

    男「だろぉ。もう何でも珍しい訳よ。
     質問がありすぎて、帰って聞けなくなっちゃったりな」

    ころん

    黒髪娘「それは菜だな。こちらは葱、瓜もあるな。
     野菜は似たものが多くあって、ほっとしたぞ」

    男「それは俺も思ったよ。そっちの野菜の方が
     小振りな物が多いけれどな。
     こっちも馬鹿にしたものじゃないぞ」

    黒髪娘 じぃっ
    男「どうした?」

    黒髪娘「これは、150であろう?
     150とは、どれくらいの値なのか?」

    男「そうだなぁ。何と言えばいいのかな」
    黒髪娘「この150をどれくらい買えるのだ?」

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    男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
    別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
    良いくらいな訳で……)


520 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:07:07.83 ID:KmqRKDbT0
    男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
     別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
     良いくらいな訳で……)

    男「そうだな。普通の男が一日汗水流して働いて
     5千から2万くらいかな。こっちの通貨は円と云うんだけど」

    姉「ふむ。では、この菜を毎日50個も食すことが出来るのか。
     いや、しかし、一族郎党となるとそれでは」

    男「だから、貴族は居ないからさ。
     もちろんそれ以上稼ぐ人もいるけれどな。
     大抵は、お父さんが一家4、5人を食わせればそれで済む」

    黒髪娘「そうなるのか」

    男「豆腐と……何鍋が良いかな。黒髪は何が良い?」
    黒髪娘「判らない。男殿に従う」

    男(やっぱり、何となくでも覚えのある味だと安心するよな。
     俺もそうだったし。そうなると、塩か、味噌か。
     醤油は、醤(ひしお)とはちょっと味が違ったしな。
     考えてみれば、みりんもないのか?)

    黒髪娘「?」

    男「うっし、きまった。味噌だな」

527 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:21:50.50 ID:KmqRKDbT0
    ――男の自宅、夜の食卓

    ぐつぐつ

    黒髪娘「これはよい香りだ」 そわそわ
    男「まだ蓋開けちゃダメだからな」

    黒髪娘「心得ている」
    男「姉ちゃんも、開けようとしないっ」

    姉「いいじゃん、ちょっとくらい」
    男「湯気が逃げると、煮えるの遅くなるでしょ」

    姉「しゃぁないなぁ。あ。ビール」
    男「はいはい」

    姉「黒髪ちゃんは?」
    黒髪娘「わたしは」
    男「黒髪は、まだ酒はダメです。はい、お茶ね」

    姉「ちぇっ」

    黒髪娘「ふふふっ」
    男「ったく」

529 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:29:52.93 ID:KmqRKDbT0
    姉「それにしても、どう?」
    男「どうって?」 きょとん

    姉「とろいなぁ。黒髪ちゃんの格好よ」
    黒髪娘「あ……」
    男「それは、そのー」 かぁっ

    姉「どうよ、この姉! みんなの希望の星!
     庶民のスーパースターお姉ちゃんの見立てはっ!
     まず、この胸元のタックっ! 清楚な中にも
     可憐さを演出する臙脂色のリボンタイっ!!
     そして極めつけはっ!」

    がたっ、だたんっ。

    黒髪娘「ひゃっ!?」

    姉「この 黒 タ イ ツ っ!!」
    黒髪娘「うっ。ううっ」

    姉「黒髪っ娘×黒タイツっ。
     この禁欲的な組み合わせに胸ときめかないやつは居る?
     板としてもそいつ非国民だから。
     割り当て的には衛星軌道の外だからっ!」

    男「それ非国民じゃなくて非地球民じゃんよ……」

538 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:49:37.74 ID:KmqRKDbT0
    姉「で、どうなの」ずいっ
    黒髪娘「……うう」

    男「な、なにが?」
    姉「黒タイツよ。黒髪ちゃんの……」

    男(あ、あ。ああ……う。
     ……ぐ……。
     く、悔しい。
     悔しいがっ。
     姉の云うことにも……一理ある……。
     似合う。
     似合いすぎている……っ。
     俺が福本漫画なら悔し涙を流しているところだが……)

    姉 にやにや
    黒髪娘「……滑稽だろうか?」ちらっ

    男(上目遣いしないでくれっ。
     ただでさえ、身長差があっていろいろ
     いっぱいいっぱいなんだからっ)

    男「い、いや。似合う……んじゃねぇすか?」
    姉「あ。逃げた」

    男「ニゲテナイ」
    姉「童貞が逃げた」


545 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:00:18.08 ID:KmqRKDbT0
    姉「あんたねー。女の子可愛い服着てたら
     褒めるっしょ? それ基本でしょ?
     基本外したら落とすよ? アクシヅ」

    男「うろ覚えのにわかオタネタやめようよ」

    黒髪娘「……」そわそわ

    男「あー。可愛い。すごく似合う。
     こっちのどんな娘より
     美人で綺麗だから、安心しろって」

    黒髪娘「う、うむ……。ありがとう」

    姉(“こっちの”?)

    黒髪娘「軽くてふわふわ頼りなくて落ち着かぬが
     そう言って貰えると、本当に嬉しい……」

    男「調子狂うな」
    姉「まぁ、いいじゃない。煮えた?」

    男「もうちょっと」

    姉「ふぅん」 にやにや
     「あんた達二人はゆでだこみたいに、
      良く煮えてるみたいだけどね〜」

    男「うっさい!!」



556 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:24:35.66 ID:KmqRKDbT0
    ――その夜、男の祖父の家

    がらがらがら……

    男「疲れただろう?」
    黒髪娘「少し」

    男「うそつけ。引きこもりなんだからぐったりのくせに。
     わるいな、ほんとに。騒がしい姉ちゃんでさ。
     悪いやつじゃないんだけどな。
     ゆるしてくれよ。
     まぁ、ほら、あがって」

    黒髪娘「ん。その……」
    男「?」

    黒髪娘「いや、その。この……」
    男「ああ。靴な」

    黒髪娘「沓(くつ)ならば判るのだが」
    男「いま、脱がしてやるよ」

    黒髪娘「んぅ……」
    男「ほら、もじもじしない」


557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:30:39.35 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「しかし。殿方に沓を脱がさせるとは。ううう」
    男「?」

    黒髪娘「恥ずかしい……」

    男「〜っ! 恥ずかしがられると、
     こっちが余計に恥ずかしいっ」

    黒髪娘「済まない。その……抵抗しないので……
     出来れば、手早く済ませてくれると……」

    男(こいつ計算抜きでこれ云ってるヨ……)

    黒髪娘「ひゃ……」

    男「なんだよ」

    黒髪娘「ちょっとヒヤっとしただけだ。
     なんでもない。私は冷静だぞ」 かぁっ

    男「うううっ……」

    黒髪娘「もう、良いか?」
    男「うぐ。うんっ。もう出来た、ほら、行くぞっ?」

    黒髪娘「判った」 すくっ。……っとっと
    男「手を貸せ。……こっちな?」


559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:38:43.61 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、和室。並べた布団で。

    黒髪娘「姉御殿はよかったのかな……」
    男「良いんじゃないか。多分、明日か明後日には
     こっちに顔を出すと思う」

    黒髪娘「うむ……。賑やかになるな」
    男「あっちの方が良かったか?」

    黒髪娘「あちらのほうが都の中心に近いのであろう?」
    男「都、と云うか……駅には近いかな」

    黒髪娘「で、あれば、こちらの方が落ち着く」
    男「そっか。うん、そのせいもあって
     こっちに来たんだけどな。
     急に色々見ちゃうと、パンクしちゃうだろう。
     少し見聞をならさないとな」

    黒髪娘「感謝する」

    男「いえいえ。ちょっと馴れたら、お出かけにも
     連れてってやるよ。本屋とか、見たいだろう?」

    黒髪娘「もちろんっ。それは、その……。
     もしかすると、でいと、と云うものか?」

    男「でいと? あ。ああ……まぁ、そう……かな」

    黒髪娘「そうか」 にこり

560 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:42:47.56 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿……は」
    男「ん?」

    黒髪娘「いや……良いのか? こんなに世話をさせて」

    男「たかだか五日やそこらだろう? 心配するなよ。
     黒髪はまだ14で子供なんだから甘えておけ」

    黒髪娘「わたしは……子供か……」

    男「あー。うん。……そだな。
     前も話したけれど、こっちの世界では
     二十歳で成人を迎える。元服、みたいなものかな。
     だから、黒髪の歳は、まだ、子供だ」

    黒髪娘「……うん」

    男「でも、黒髪の世界では子供じゃないんだよな。
     いや、それは判ってる」

    黒髪娘「いや……子供だ……」

    男「へ?」

    黒髪娘「成人とは元服のような物なのだよな?
     女子のそれは裳着(もぎ)と呼ぶのだが……。
     それはおそらく、この世界において
     独り立ちを意味するのだろう……?」


562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:45:55.59 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「よくは、そのぅ。判らないが……。
     貴族の居ないこの世界にあって、働いて
     菜を米を、味噌を購うと、それが成人なのだな。
     成人というのは、我が道を戦える者だ。。
     であれば……。
     私は、やはり子供なのだろう。
     右大臣家の娘として、
     自分の口に糊することもせず今を過ごしている。
     男の世界の目で見れば、
     一人前の人間として扱われずともやむをえぬ……」

    男「……」

    黒髪娘「そんな私が、言の葉にする資格のない
     そんな思いが沢山あるのだろうな……」

    男「……黒髪は」

    黒髪娘「……」

    男「黒髪が大人だか、子供だか。
     あの長びつを見つけたこの屋根の下では
     俺にはどっちが正しいのか、判らないよ。
     でも、
     黒髪は、俺の知ってる誰より、頑張り屋さんだよ」

    黒髪娘「……ありがとう。男殿」


588 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:26:50.56 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、縁側

    チチチ、チチチチッ

    黒髪娘「四十雀だ」
    男「シジュウカラ?」
    黒髪娘「黄色い胸の小さな鳥だ」
    男「ああ。ここは、山近いからなー」

    黒髪娘「この時代にも居るんだな。……安心する」
    男「そりゃ、変わらない物だって沢山あるよ」

    黒髪娘「……」ぽやぁ
    男「……」ぽやぁ

    黒髪娘「今日はこんな感じか?」
    男「うん、そう」

    黒髪娘「日向ぼっこか……」
    男「陽がある間だけな。すぐ寒くなるから」

    黒髪娘「色々見聞を広めたい気もするのだが」

    男「無理だろ。ほれ」 ちょこんっ

    黒髪娘「くぅっ!」

    男「どれだけ引きこもりなんだよ。
     スーパーに往復するだけで筋肉痛とか」


590 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:32:31.31 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「いや、しかし。それはわたし個人と云うよりも
     牛車によって生活している者全般にいえる事で」

    男「あと、動きが鈍い」
    黒髪娘「うう……」

    男「十二単って重いじゃない?」
    黒髪娘「うむ」

    男「だから、あれを脱いだら
     サイヤ人みたく早くなるかとちょっと期待してた」

    黒髪娘「そんなわけ無いであろうっ。
     そのなんとか人と云うのはわからぬが。
     天竺の導師でもないのに器用に動けるものか」

    男「ほら、脚伸ばせ」
    黒髪娘「うむ……」おずおず

    男「痛いか?」
    黒髪娘「そうでもない。すぐに良くなる」

    男「まぁ、今日は一日ゆっくりしよう」
    黒髪娘「退屈はしないな」

    男「そうか?」


591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:34:42.01 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「家の中にも見知らぬものが沢山あるのだ。
     てれびんとか、水のでる台とか」
    男「そりゃそうか」
    黒髪娘「こちらの家は、皆小さいのだなぁ」
    男「悪いな。ははっ」

    黒髪娘「ん?」

    男「人間が沢山増えたんだよ。
     だから、土地が不足して高くなった。
     宮古の中心部は、そりゃすごい価格だぞ」

    黒髪娘「そういうことなのか。
     しかし、それら全ての家に湯浴みの施設があるのだろう?
     さらに云えば、自動の竈(かまど)さえある」

    男「そうだな。殆どにはあるな。水洗のトイレも」
    黒髪娘「驚愕すべきことだ」
    男「かもなー」

    黒髪娘「それに、色々書籍もある」
    男「いや、それは本じゃなく出前のチラシだから」

    黒髪娘「このように色鮮やかな錦絵とは」
    男「ピザだって」

    黒髪娘「興味深い」
    男「うーん」


595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:02:13.72 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、納戸

    黒髪娘「これがこちらの長びつか」
    男「そうそう」

    がちゃ、かちゃ……

    黒髪娘「何をさがしているのだ?」

    男「どっかに懐中電灯とか、そういうのないかなって。
     この家、田舎やだから、夜のトイレの廻りとか暗いんだよ」

    黒髪娘「わたしなら平気だ。
     暗いのは故郷で十分に経験している」
    男「まぁ、そりゃそうだろうけど」

    がちゃ、かちゃ……

    黒髪娘「……ん?」
    男「どした?」

    黒髪娘「この長びつ、ずいぶん黒いな」
    男「ああ、汚れてるし、ここ暗いしな」
    黒髪娘「そういえばそうか」

    男「あったあった。……え、あっ」 がたっ

    むぎゅっ

    黒髪娘「っ!!」


601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:34:42.84 ID:KmqRKDbT0
    男「ご、ごめんっ」
    黒髪娘「いや、この程度、なんでもない」

    男「いやいや、悪かった」
    黒髪娘「こ、こちらこそ……粗末なものを」
    男「そんな事無いぞ。ふっくら良い感じだ」
    黒髪娘「ふっくらしているからダメなのだ」

    男「……」
    黒髪娘「……?」

    男「あー」
    黒髪娘「ん?」

    男「いや、こう。色んな誤解がね」
    黒髪娘「誤解?」

    男「黒髪は、その卑屈なところは良くないぞ?」
    黒髪娘「仕方ないではないか。私は不器量なのだ」

    男「いいから、こっちこい」
    黒髪娘「へ? へ?」


618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:11:08.43 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、お茶の間

    TV:わははははは! あはははは!

    男「判ったか!」 ばぁぁん!!

    黒髪娘「っく!!」

    男「これがこの時代的な『美人の女』だっ」

    黒髪娘「馬鹿な! これは肥満した年増ではないかっ!?」
    (注:別に1はTVに悪意があるわけではありあせん)

    男「時代と共に価値観は変わるのっ」

    黒髪娘「この時代だったら
     私だって十人並みの器量だったのか……」

    男(いや、この時代だったら相当可愛いだろ)

    黒髪娘「しかし年齢はどうにもならない……。
     どっちつかずなこの身が恨めしい……」

    男「いや、そのままでいいんだって。黒髪は」


620 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:23:14.34 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「それにしても、このてれびは不思議だな」
    男「まぁ、そうな」

    黒髪娘「道術で動いているのか?
     つまり、宝貝のごときものなのか?」

    男「当たらずとも遠からず、かなぁ」

    黒髪娘「それにしても……」
    男「ん?」

    黒髪娘「何でこの者たちは裸なのだ?」
    男「〜〜っ。ちがうって、着てるじゃん」

    黒髪娘「裸も同然ではないか。……デブなのに」

    男「デブじゃないって。しかも裸じゃないって。
     ただのキャミソールだろうにっ」

    黒髪娘「むぅ」

    男「これがこっちの世界のスタンダードなのっ」

    黒髪娘「そうなのか。こういうのが人気があるのか……」

621 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:54:20.49 ID:KmqRKDbT0
    男「黒髪はこういうのの影響は受けないで良いんだからなっ」
    黒髪娘「むぅ……」

    男「こういうのは、そのー。
     なんていうのかな、芸人というか。
     人気商売で、男性受けを考えてやるものだからっ」

    黒髪娘「白拍子※なのか?」
    男「それは判らない」
    黒髪娘「つまり、その……。遊女、のような?」

    男「あー。そうそう。そういうことっ」

    黒髪娘「やはり異性への魅力ではないか」ぼそり
    男「?」

    黒髪娘「いや、なんでもない。いくらなんでも
     右大臣家の娘が真似できることではない」
    男「そうそう。そのままが一番」

    黒髪娘「それはそれで成長を否定されているようでつらい」
    男「なんでそんなに急ぐかなぁ」

    黒髪娘「……う」
    男「まぁ、十分可愛いから心配無用だよ」

    ※白拍子(しらびょうし):歌舞の一首でありその舞い手。
    美人の娘さんがなった。身分は卑しくても貴族の家で
    上演することも少なくなかった。


622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:19:30.94 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、勝手口

    からから

    姉「こんばんわー」
    男「あー。姉ちゃん。電話しようかと思ってた」

    姉「ちゃんと買い物行ってきたよ」
    男「さんきゅー。何にした?」

    姉「アジとハマグリとね、後は野菜はーカブと大根と、
     適当に見繕ってきた。和食が良いんでしょ?」
    男「んだね。食べつけてるだろうし」

    姉「なんだかなぁ。めちゃ惚れじゃない」
    男「そういうんじゃないよ」

    ドサドサッ

    姉「んっと。黒髪ちゃんは?」
    男「ああ、いま部屋。布団ひいてるんじゃないかな」

    姉「ふぅん……」
    男「どったの?」


623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:22:38.22 ID:KmqRKDbT0
    姉「いやいや。あんな娘、どこでモンスターボールに
     閉じ込めやがったんだこのえろ人間と思って?」にやにや

    男「……」

    姉「お。なんか反応薄い?」
    男「可愛いとは思うけど、そういうのとはね」

    姉「違うの?」
    男「――わかんねーけど」

    姉「ま。難しいよね。中学生じゃ、ずいぶん年も違うし?
     まぁ、歳以外にも色々違うみたいだし」

    男「え?」

    姉「あの子、ずいぶんお嬢様でしょ?」
    男「――どうして?」

    姉「だって、お風呂場で髪を洗う時、
     明らかに“洗ってもらうことに馴れて”いたもの」

    男「……」


625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:28:09.80 ID:KmqRKDbT0
    姉「それも、そんじょそこらの箱入り娘じゃないよね」
    男「駆け落ちとか誘拐とかじゃないからな」

    姉「あったりまえよ。あんたそんなに根性無いでしょ」
    男「う」

    姉「……ん? 違う?」
    男「ま、仰るとおり」

    姉「気持ちはわかるけれどね。
     ――あんた甘いから。
     相手の分まで臆病になるって云うのは」

    男「……」
    姉「でも、あんまり子供扱いしない方が良いよ」

    男「また、云われた」

    姉「説明無しで大人が全部責任取るって
     まさに子供扱いでしょう?
     でも、それでも、一緒にいたいって女が願ったら
     そうゆうのってただのいじめだからね。
     諦めるなら、相手にも諦めるチャンスくらい
     あげなさいよね」

    男「経験者みたいだな、姉ちゃん」

    姉「うっさい。バカ弟」

632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:32:20.94 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、お茶の間

    姉「と、云うわけで!」

    男「本日は、アジフライとかぼちゃの煮物。
     カブのクリーム詰め。大根のお味噌汁です」

    姉「いぇーいっ!」
    黒髪娘「……」じぃっ

    男「どしたの?」
    黒髪娘「あ。いえ、すごく美味しそうだ……です」

    姉「いいのよ。普段どおりで。黒髪ちゃんは」
    黒髪娘「すいません……。すごく美味しそう」

    男「ではいただきますっ」
    姉「頂きますっ!」
    黒髪娘「いた、だきます」 ちらっ

    男「そうそう、ご自由にどうぞ。
     ああ、ソースかけるな、……んっしょっと」
    姉「お姉ちゃんもー!」


634 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:37:29.13 ID:KmqRKDbT0
    姉「美味しいねぇ。
     ……こうやって、来てみるとさ。
     お爺ちゃんの家も良いねぇ。
     なんか、落ち着くね。木造住宅は」

    男「だろー? 俺なんか気に入っちゃってさ」

    黒髪娘 もぐもぐ

    姉「美味しい?」

    黒髪娘「はい。このカブがとても美味しい」
    姉「そっか」 にこにこ

    男「なんか予想外に仲が良いな」

    黒髪娘「そうか?」
    姉「そう? 仲がよいのは普通でしょう」

    男(連合軍を組まれた気がする……)

    黒髪娘「アジをこのように食べるのは初めてだ」

    姉「へ?」


635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:42:45.97 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「いつも、煮るか焼くかです」
    姉「そうなんだ。ふぅん」

    男「あー(たしか、まだ“揚げる”はないんだったな)」

    黒髪娘「外側のサクサクがとても美味だ」
    姉「だね」 にこっ

    男(くっ。姉ちゃん、また何か誤解してるだろう。
     金持ちのお嬢様で世間知らずだとかっ。
     いや、金持ちのお嬢様は間違いではないんだが)

    黒髪娘「ん……」もくもく

    姉「ねー。あんた達」
    男「ん?」

    姉「デートはいかないの?」
    男「っく。なっ……。なに云うの、姉ちゃん」

    姉「なんだって良いでしょ。黒髪ちゃんに聞いてるの」

    黒髪娘「明日連れてって頂けるのだ。
     ……約束しているのです」 にこり


638 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:48:46.29 ID:KmqRKDbT0
    姉「わお! ね。どこどこ? どこいくの?」
    男「……う」

    黒髪娘「駅前と云うところの本屋です。
     それから、みすどなる所も約束しました」

    姉「あんた相手14歳だからって
     なに手抜きのコースですませようとしてんのよっ!!
     駅前の本屋って何よ、それあんた散歩じゃないのよっ!」

    男「ちげーって!! これは手抜きとかじゃないんだって!!」

    黒髪娘「あっ。はい。姉御殿。ちがいます。
     その、わたしがお願いしたのだ……です」

    姉「そなの?」

    男「そうなの。こいつ、本好きでさ」

    黒髪娘 こくこく

    姉「じゃ、しょうがないけど……」むぅ

    男「ったく。お味噌汁もう少しいる人ー」
    黒髪娘「はい」おずおず
    姉「お姉ちゃんもー!」

    男「あいあい。わっかりましたっての」



644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:24:32.30 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の家、客室、女性組

    姉「ふんふーん♪」

    しゃすっ、しゃすっ。

    黒髪娘「……」ぴしっ

    姉「そんなに緊張しないで良いよ? 黒髪ちゃん」
    黒髪娘「は、はい。姉御殿」

    姉「本当に、綺麗な髪ね」

    黒髪娘「ありがとうございます。
     母上にも、その……親しき人にも、
     それだけは褒められるのです」

    姉「そっか」

    黒髪娘「私は生まれつきかわいげのない性分だから」
    姉「そんな事無いのに」

    黒髪娘「……」


645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:29:42.97 ID:KmqRKDbT0
    姉「ん。出来た。……黒髪ちゃんは奥ね。
     その方が温かいから」

    黒髪娘「はい。その……」
    姉「ん? なに?」

    黒髪娘「髪をとかして頂きありがとうございます」ふかぶか

    姉「や、やだなぁ。そんな三つ指ついて頭下げないでよ。
     そんなに大したことはしてないってば」

    黒髪娘「いえ、男殿もそうですが、
     私には何一つ恩返しが出来る当てもないのに
     これほどに受け入れてくださって。
     感謝の言葉もないです」

    姉「やだな、そんなこと。
     ……それに、私はともかくとしてね。
     男相手には、お返しというか……
     ほら、あっちも下心も無きにしも……というか……」

    黒髪娘「はい?」 きょとん

    姉「ん〜。お布団入ろうか」

    黒髪娘「はい」


647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:49:39.16 ID:KmqRKDbT0
    ぱちんっ。

    姉「……ふぅ」
    黒髪娘「……お布団、柔らかい」

    姉「黒髪ちゃんは懐いてるね。うちのバカにさ」

    黒髪娘「男殿は聡明な方です。
     私は何度も助けられました。
     意地っ張りで人と衝突して、
     それで拗ねて引きこもっていた私を歌会に連れ出してくれた」

    姉(引きこもり……か。なんだ、弟のやつ
     ちょっとは考えて、手を貸してるんじゃない)

    黒髪娘「……初めて内裏の友人と云える人が出来たのも
     男殿のお陰だと思ってる……です」

    姉「そっか」

    黒髪娘「男殿は私にいろいろなことを教えてくれます。
     私の学んだことを飽きもせずにいつまでも聞いてくれますし。
     寒い日に二人で炬燵に入って、互いに本を読んだり
     喋らないで過ごしたりするのも
     気持ちが和む……ます」


649 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:58:55.52 ID:KmqRKDbT0
    姉「黒髪ちゃんは、弟のこと……らぶ?」

    黒髪娘「らぶ?」 きょとん
    姉「あれ?」

    黒髪娘「らぶとは……なんでしょう?」
    姉「えっと……うぅ。困ったな……」

    黒髪娘「??」
    姉「弟のこと、好きなのかな、って」

    黒髪娘「……」 きゅぅっ
    姉「……?」

    黒髪娘「わか……りませぬ……」
    姉「へ?」

    黒髪娘「私は余りにも不調法で、
     そんな事が赦されるような……身でも……」
    姉「……(っちゃぁ、地雷踏んじゃったかな)」

    黒髪娘「でも」



652 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:10:43.68 ID:KmqRKDbT0
    姉「……」

    黒髪娘「男殿に……触れてもらいたくなる時があって
     髪の毛を撫でて欲しいとか。
     背中に触りたいとか
     その袖に掴まりたいとか……」

    姉「……」

    黒髪娘「自分でも、なんだかよく判らなくて。
     友女にも相談したのですけれど
     “姫は悪くない”っていわれて……。
     でも、やはり私はそんな風に思えない。
     なんだかとっても格好悪くて
     情けない気持ちで
     不器用すぎて何も出来ない気分で
     優しくされてるのに、泣きたくなるし
     些細なことで落ち込んでしまうし」

    姉「……」

    黒髪娘「いえ、その。良くしてもらって。
     いつも一緒で、それは嬉しいのだ……です」

    姉「嬉しいのだ、でいいよ」 くすっ
    黒髪娘「はい」 しゅん


654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:16:26.75 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「ざわめいて、羽ばたいて。
     心が魑魅(すだま)になって、飛んでいきそうで。
     これはその……。好き――なのだろうか?」

    姉「……」

    黒髪娘「すみませぬ。
     学問も儒教の礼は学んだつもりだが
     怯懦な心を抑えきれぬ」

    姉「ううん。その……友さんだっけ?」

    黒髪娘「はい」

    姉「友さんの言うとおり。
     黒髪ちゃんは、なんにも悪くないよ。
     ……もうね、そりゃねー。
     春になったら花が咲くとか、
     夏になれば蝉が鳴くとか
     秋になれば葉が染まるとか。
     それくらい仕方がないよね」

    黒髪娘「そうなの……か?」

    姉「こればっかりは、胸の内側が
     “そういうことだよ”って熟すまで
     待つしかないもんね」


711 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:07:41.41 ID:KmqRKDbT0
    ――駅前の本屋

    黒髪娘「なんという数の書だ!!」
    男「気に入ったか?」

    黒髪娘「うむ! すばらしいぞ。
     い、いったい何冊有るのだっ!? 千冊か、二千冊か?」

    男「わかんないけど、一万くらいじゃないか?」
    黒髪娘「一万っ!?」

    男(テンション高いな……。なんかもう、ほんと。
     こいつ、すげー可愛いよなぁ)

    黒髪娘「入って良いのか? 作法とかはあるのかっ?」

    男「この間のスーパーと大差ないよ。
     カゴとかはないけれどな。あと、大きな声は出さないこと」

    黒髪娘「うむ、わかったぞ」

    男「じゃ、行くか」

715 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:13:34.75 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘 じぃっ

    男「どうした?」

    黒髪娘「余りにも沢山あって、どうすればいいのか判らぬ」
    男「あー」

    黒髪娘「どうしよう、男殿?」 おろおろ
    男「うーん。そうだなぁ」

    黒髪娘「そもそも、煌びやかな書が多すぎるではないか」むぅ
    男「そういう認識かもな。うん」

    黒髪娘 そぉっ。ちょん。
    男「なんでそんなにおっかなびっくりなんだ?」

    黒髪娘「書は慎重に触れねば壊れてしまうであろう?」

    男「ここにあるのは、そこまでボロくはないよ。
     うーん。しかたない。まずは案内してやるから
     一周ぐるっと回るとしようか」

    黒髪娘「手間をかけて申し訳ない」

    男「なーに。かえってデートらしいってもんだ」


717 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:19:23.48 ID:KmqRKDbT0
    男「まず、ここがマンガコーナーだ」
    黒髪娘「まんがこーなーとはなんだ?」

    男「コーナーは、場所って云うような意味だ。
     棚によって異なる種類の書物が収められているって訳だよ」

    黒髪娘「ではマンガの棚か。……マンガってなんだ?」
    男「ぷくくっ」

    黒髪娘「笑うことはないではないか。真面目に質問しているのに」

    男「いやいや。おれもそっちに行ったばっかりの頃は
     会話の殆どが“XXって何だ?”だったとおもってさ」

    黒髪娘「うむ。その通りだ。厠(かわや)ってなんだ?
     と聞かれた時は、どこの知恵遅れかと思ったぞ」

    男「くっ。それはもう良いだろっ」

    黒髪娘「で、マンガとはなんなのだ?」どきどき

    男「それはこんな感じの……」
    黒髪娘「ふむ。おお!!」

    男「このちいさな四角の中に、絵と台詞が入ってるわけだ。
     右上から読んでいって、物語になってるわけだな」

    黒髪娘「ふぅむ。興味深い……」


720 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:26:20.46 ID:KmqRKDbT0
    男「で、こっちは絵本コーナー」
    黒髪娘「絵本とは?」

    男「こんな感じだ」
    黒髪娘「マンガと一緒ではないか」

    男「こっちは、小さな四角がないんだよ。基本的にな」

    黒髪娘「ふむ。ああ。判るぞ。なぁんだ。
     これは、要するに絵物語ではないか」

    男「あ、そうなの?」

    黒髪娘「うむ。このような物は貴族の間では特に珍重されるのだ。
     もちろんこのような綴じ本ではなく巻物なのだが」
    男「ふむふむ」

    黒髪娘「書の執筆、編纂というのはあちらでは
     学識や見識の集大成とも云えるもので
     任じられたり人気が出たりするのはとても名誉なことなのだ。
     絵物語を書く職人は珍重されている」

    男「そりゃこっちでも似たようなものかもなぁ。
     ラノベ作家とか人気者だもんな」


722 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:33:30.31 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「この棚は全て絵物語なのか?」

    男「うん、そうだよ。絵本っていうのは、
     こちらでは多くの場合、子供向けなんだ。
     子供が字を覚え始める頃に絵と一緒だと覚えやすい、
     って云う配慮なのかな。
     ほら、この本なんか、文字がとても大きいだろう?」

    黒髪娘「本当だ……。鮮やかな絵だなぁ」

    男「どうした?」

    黒髪娘「絵合(えあわせ)というものがあって」
    男「ふむ」

    黒髪娘「つまり、歌会のような集まりなのだが
     みんなが持ち寄った絵を自慢し会うような会なのだ。
     もちろん我が家も右大臣家であるから、
     唐から取り寄せた秘蔵の絵巻物をいくつも所有している。
     しかし、おそらくこの棚ひとつにも満たぬのだろうな、と」

    男「……」

    黒髪娘「いや、つまらないことを云った」

    男「いや。……黒髪は、いいこだな。
     次に行くか。まだまだ色々あるんだぜ?」

723 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:38:18.40 ID:KmqRKDbT0
    男「このコーナーは、一般書籍。右は小説で、左は実用書だな」
    黒髪娘「小説とは何だ?」

    男「物語だよ。絵がついていない、文字だけのやつ」
    黒髪娘「ふむふむ。竹取物語のようなものだな」

    男「ああ、それってかぐや姫の話だろう?
     それはこっちでも親しまれてるぞ?」

    黒髪娘「そうなのか? 女房や貴族達はあの美貌の姫を
     うらやんだり褒めそやしたりするのだ。
     公達がこぞって求婚するのが素敵らしい。
     だが、わたしは幼い頃からあの、
     殿方を手玉に取るやりようが気にくわなくてな。
     いやならいやだと断れば良かろうものを」

    男「あー」

    黒髪娘「あのような宝物をねだって諦めさせるとは
     如何にも不実なやりように思われてたまらぬ」
    男「まぁ、そうとも云えるかな」

    黒髪娘「これだから私は恋が――
     す、すまん。とにかく!
     男女の機微が判らないなどと云われるのだ」

    男「ふぅん。そう言われるのか」 にやにや


725 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:50:47.70 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「いいではないかっ。
     ――で、こちらの実用書とは?」

    男「言葉のどおり、実用の書だ。
     日常に役立つ技術の指南書だな。
     仕事の本とか、資格の本とか、料理の本なんかも含まれる」

    黒髪娘「ふむふむ。職人の本と云うことか?」
    男「おおむね間違っちゃいないんだろうな」

    黒髪娘「それにしても膨大な数だな」
    男「前も云ったけれど、もう貴族はいないんだ。
     逆に言えば全員が貴族だとも云える。
     今では、誰でもが気軽に本が読めるからな」

    黒髪娘「全員文字が読めるのか?」

    男「読めるよ。もちろん、本を読むのが
     好きな人も嫌いな人もいるけれどね」

    黒髪娘「うーむ。それでこんなにも書があるのか……」
    男「そういうことだな」

726 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:59:54.26 ID:KmqRKDbT0
    男「それから、こっちは雑誌だな」
    黒髪娘「雑誌とは何だ?」

    男「あー。んー。あれ? いざとなると結構説明が難しいな」
    黒髪娘「そうなのか?」

    男「この世界の書には大きく分けて二種類有るんだ。
     1つは書。今まで見てきたの全部だ。
     もう一つは雑誌、ここにあるようなものだな」

    黒髪娘「ふむふむ」

    男「書の方は、何か書きたいこと1つに搾って
     それについて書かれているんだな。大抵はそうだ。
     書き上げたら発表される。
     中には長い時間かけて書かれるものもある。
     雑誌の方は逆に、日取りを決めて定期的に出ている。
     週に一回とか、月に一回とか、年に四回とか」
    黒髪娘「ふぅむ」

    男「で、色んな出来事が書いてあることが多いな。
     例えばこれなんかは旅行についての雑誌だ」

    黒髪娘「“宇治”と読めたぞ?」
    男「うん、この季節……つまり、雪の宇治に行って
     温泉につかろうと、そんな事が書いてあるみたいだ」

    黒髪娘「なんて精巧な錦絵なのだろうなぁ」 うっとり


744 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:41:57.86 ID:KmqRKDbT0
    男「さて。説明はこんなものかな」
    黒髪娘「手間を取らせた、男殿」 にこっ

    男「結構時間がたったな。面白かったか?」
    黒髪娘「うむ、目のくらむ思いであった」

    男「そっか」 なでなで
    黒髪娘「……むぅ」

    男「それじゃさ」
    黒髪娘「ん?」

    男「何か買ってやるよ」
    黒髪娘「え?」

    男「その予定だったんだ。沢山は買ってやれないけれど
     買ってやるからさ。何が良い? 選んでみればいいよ」

    黒髪娘「よ、良いのか?」 どきどき
    男「まぁな。でもダメなものはキッパリダメだからなっ。
     ……特に店のあっちの端には近づかないことっ!」

    黒髪娘「迫力があるぞ、男殿。……それなら」
    男「どうした?」

    黒髪娘「一緒に選んで欲しい」


746 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:47:18.15 ID:KmqRKDbT0
    男「どんな案配だ?」

    黒髪娘「えっと、えっと……もう少し」
    男「ああ。ゆっくりでいいぞ。時間をかけて」

    黒髪娘「選ぶのが楽しすぎるのが問題なのだ」
    男「楽しむのが良いって」

    黒髪娘 ぱたぱた、ぱたぱた
    男「……たのしいなぁ、あいつ」

    黒髪娘 ぴたっ
    男「お、止まった。実用書にするのか?」

    黒髪娘 ぱたぱた
    男「違うのか」

    黒髪娘 ぴたっ
    男「写真集か。そういやそんなのもあったなぁ」

    黒髪娘 ぱたぱた
    男「せわしないやつ」 ぷくくっ


747 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:51:41.53 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿、男殿」
    男「決まったか?」

    黒髪娘「これにしようかと思う」
    男「これはまた。面白いのを選んだなぁ」

    黒髪娘「そうなのか?」
    男「いや、でもそれは読んだことがある。良い本だよ」

    黒髪娘「猫の絵が凛々しいと思うのだ」

    男「そうだな。小さくて黒いのは、黒髪みたいだ。
     ……じゃ、それにしようか」

    黒髪娘「でも、その。……よいのか?
     これは千三百もするから、あの大きな菜が十個も
     買えるわけで……そのぅ」

    男「いいんだよ。それくらい。遠慮しすぎだ。
     それからこっちの一冊は、俺からの贈り物」

    黒髪娘「え? え?」

    男「古語辞典だよ。黒神はこれがあると助かるだろう」
    黒髪娘「こんなに厚い書を頂くわけにはっ」

    男「なんだ。絵本を選んだのはそんな理由なのかぁ?
     変なところで慎み深いんだなぁ。黒髪は」


752 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:05:07.66 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「変ではない。それが儒教の礼節だ」
    男「いいのいいの。これは、俺が、黒髪にあげたいの」

    黒髪娘「そんなっ」

    男「――あの話だってさ」

    黒髪娘「へ?」

    男「あの姫が、蓬莱だ龍だなんて無茶振りして
     取ってこれないようなものを
     ねだったのがいけなかったんだよ。
     そうでなければ、男の中にはごく当たり前の好意で
     姫に贈り物をしようとした人もいたと思うぜ?
     それこそ、送っただけで満足。
     あの姫に使って貰えたら嬉しいなぁって、
     それだけの気持ちだったヤツだって、
     最期に残った五人の皇子以外にはいたと思うんだよなぁ」

    黒髪娘「……」

    男「まぁ、そいつらはあの話では、予選オチしたわけだけど」

    黒髪娘「あの女は見る目がなかったのだ」

    男「かもな」

    黒髪娘「ありがとう。大事にする。男殿っ」 にこっ


754 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:11:07.27 ID:KmqRKDbT0
    ――駅前ドーナツチェーン店

    男「……っと、こんな感じかな」
    黒髪娘「何がなにやらさっぱり判らぬ」

    男「うん、説明しても良いんだけど、
     後ろも並んでるから」
    黒髪娘「わっ」

    男「適当に俺が選んじゃうぞ」
    黒髪娘「う、うむ。頼む」

    男「ミートパイがないのが痛いよなぁ。
     あれすげー美味いのに」
    黒髪娘「白やら桃色やら、美しいなぁ」

    男「甘いんだぜ?」
    黒髪娘「甘いのかっ」

    男「そりゃもう、大人気ですぜ」
    黒髪娘「むむむ……。梅饅頭よりもうまいか?」

    男「良い勝負かなぁ」


756 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:18:29.74 ID:KmqRKDbT0
    カタン、すとん。

    男「まぁ、どうぞ」
    黒髪娘「うむ」 きょろきょろ

    男「美味しいよ?」
    黒髪娘「頂きます」
    男「頂きますっ」

    黒髪娘 あむっ 「っ!」
    男「おお、びびってる。びびってる」

    黒髪娘「何という軽さなのだ! 淡雪のようだっ」
    男「エンゼルクリームって云うくらいだから」

    黒髪娘「どうなつとはこのような食べ物なのか」
    男「南蛮渡来の菓子なんだよ」

    黒髪娘「これは、なんとも……。
     霞を食べているような心地よさではないか」 きらきら

    男「どんどんどうぞ?」
    黒髪娘「うむっ」



758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:20:53.74 ID:KmqRKDbT0
    男「こっちのも行けるぞ? ジャム入りだ」
    黒髪娘「うむ。頂いている」 そわそわ

    男「どうしたんだ?」
    黒髪娘「いや」

    男「?」
    黒髪娘「男殿……」 ちらっ

    男「ん?」

    黒髪娘「その、わたしは、何か粗相をしているのではないか?」
    男「なんでさ?」

    黒髪娘「道行く人も店の人もこちらを見ていないか?」
    男「あー。うん」

    黒髪娘「なにか、悪いことをしてしまっただろうか」

    男(今日のも、お出かけ前に姉ちゃんが
     わざわざ着飾らせたコーディネートだからなぁ。
     悪い意味で手抜きがないって言うか……。
     姉ちゃん無駄にきめまくりだろ……)

    黒髪娘「ううう」 おろおろ

759 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:24:33.16 ID:KmqRKDbT0
    男「いや、まて。落ち着け。説明するから」
    黒髪娘「?」

    男「その編み込み、姉ちゃんがやってくれたんだろう?」

    黒髪娘「ん? 髪か? そうだ。
     姉御殿がそのままだと街歩きでは邪魔にもなるし、
     重かろうと編んでくれたのだ」

    男「それと、服もさ」
    黒髪娘「軽すぎて、心許ない」 かぁっ

    男「そういうの、すごく可愛いんだよ。
     ……タイツとか。似合ってっから」
    黒髪娘「――」 きょとん

    男「可愛く見えるの。すごく。TVに出てる子みたくっ」
    黒髪娘「そう……なのか?」

    男「ったく」
    黒髪娘「何で男殿が怒るのだ?」 むぅっ

    男「怒ってない」
    黒髪娘「そんな事無いではないか」

    男「なんでもないって。ほら、食べよう?」
    黒髪娘「……」


762 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:32:57.50 ID:KmqRKDbT0
    ――帰りの夜道

    黒髪娘「男殿?」
    男「ん?」

    黒髪娘「その……なんでもない」しゅん
    男「そっか」

    黒髪娘「……」
    男「……」

    黒髪娘「……」 ぎゅっ
    男「荷物、持とうか?」

    黒髪娘「ううん。これは自分で持ちたいのだ」
    男「そうか」

    黒髪娘「…………機嫌が悪いの……か?」 ぼそぼそ
    男「どうした?」

    黒髪娘「なんでもない」 ふるふるっ


764 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:40:27.06 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿……」
    男「どした?」

    黒髪娘「頭を……撫でてくれないか?」
    男「……」

    黒髪娘「髪に触れて欲しいのだ」
    男「……ん」

    ふわり……。
     なで……なで……

    男「……こうか?」

    黒髪娘「……機嫌を直してくれ」
    男「怒ってないよ」

    黒髪娘 ぎゅっ
    男「……黒髪。ほんとだよ」

    黒髪娘「……」
    男「本当だってば」 なでなで



黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」【パート5】へつづく


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