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黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」
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508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:38:10.55 ID:KmqRKDbT0
――夕方、男の住む街
黒髪娘「……」おどおど
男「そんなにおっかなびっくりじゃなくても」
黒髪娘「ばれたりはせぬか?」(小声)
男「大丈夫だって。同じ人間じゃない」
黒髪娘「そうでもあろうが、こ、このような髪の
持ち主は居ないではないか。みんな、短いし……」
男「いーの。黒髪は、その髪が綺麗なのっ」
黒髪娘「そう言ってくれるのは嬉しいが」びくっ
男「?」
黒髪娘「いますれ違った婦人、
こちらを見て笑っていなかったか?
くすくす笑っていなかったかっ!?」
男「お前、本当に引きこもりなのな」
黒髪娘「出歩く時に牛車がないなんてっ。
こうやって周囲に壁がない広い空間に出ると
落ち着かないんだっ。うううっ」
男「ハムスターみたいなやつだなぁ」
511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:44:10.72 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「あれはなんだ?」
男「ああ、ポストだ。郵便……
んっと、手紙とかを入れると届けてくれる」
黒髪娘「あの赤い箱が届けてくれるのか?」
男「いや、ちがうちがう」はははっ
「こっちでは、雑色とか女房とか、居ないんだよ。
みんなが平民みたいな物だから。
だから、手紙を届ける専門の人がいて、
あの赤い箱からみんなの手紙を取り出して
一通ごとに、宛先の……つまり手紙を書いた人が
届けて欲しい相手に届けて回るんだよ」
黒髪娘「ふむふむ……あ、あれは? もしかして」
男「あれはただのラーメン屋だ」
黒髪娘「らあめん? こんびにではないのか」
男「こんびには、そら。あっちの明るいのだ」
黒髪娘「おお。あれがコンビニか!」
男「寄りたいのか?」
黒髪娘「うむ。い、いや……沢山人がいるな。
いまは、その……任務があるからまたの機会に」
男「くくくくっ。そうだな。先にスーパーいくか。
なぁに、スーパーもコンビニも似たようなものだ」
518 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:03:59.41 ID:KmqRKDbT0
――スーパー「主婦の店いずみ」
んがー
黒髪娘「開いたっ」
男「自動ドアだって。ほら、えーっと。なんだ。
俺の後くっついてきてな? 見回しても良いけれど
走り出したり迷子になったりするなよ」
黒髪娘「自慢ではないが、走るほどの体力はない」
男「ぷくくくっ」
黒髪娘「この煌びやかな寺社はなんなのだ?」
男「寺社じゃないよ。商店、つまりあー。
商いの店だ。こうやってた何ある物は全部売ってるんだよ」
黒髪娘「これほどの物を商っているのか。
で、物売りはどこにいるのだ?」
男「この加護に、欲しいものを入れていって、
最期に物売りと話をするわけ」
黒髪娘「そうか……。今宵は何を買うのだ?」
男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
おやつを少しばかりと、明日の分と……」
男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
おやつを少しばかりと、明日の分と……」
---------------------------------------------
黒髪娘「……」きょろきょろ
男「やっぱり珍しい?」
黒髪娘「何もかもが見慣れぬ。やっと男殿が
我が世に来た気持ちがわかった」
男「だろぉ。もう何でも珍しい訳よ。
質問がありすぎて、帰って聞けなくなっちゃったりな」
ころん
黒髪娘「それは菜だな。こちらは葱、瓜もあるな。
野菜は似たものが多くあって、ほっとしたぞ」
男「それは俺も思ったよ。そっちの野菜の方が
小振りな物が多いけれどな。
こっちも馬鹿にしたものじゃないぞ」
黒髪娘 じぃっ
男「どうした?」
黒髪娘「これは、150であろう?
150とは、どれくらいの値なのか?」
男「そうだなぁ。何と言えばいいのかな」
黒髪娘「この150をどれくらい買えるのだ?」
---------------------------------------------
男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
良いくらいな訳で……)
520 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:07:07.83 ID:KmqRKDbT0
男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
良いくらいな訳で……)
男「そうだな。普通の男が一日汗水流して働いて
5千から2万くらいかな。こっちの通貨は円と云うんだけど」
姉「ふむ。では、この菜を毎日50個も食すことが出来るのか。
いや、しかし、一族郎党となるとそれでは」
男「だから、貴族は居ないからさ。
もちろんそれ以上稼ぐ人もいるけれどな。
大抵は、お父さんが一家4、5人を食わせればそれで済む」
黒髪娘「そうなるのか」
男「豆腐と……何鍋が良いかな。黒髪は何が良い?」
黒髪娘「判らない。男殿に従う」
男(やっぱり、何となくでも覚えのある味だと安心するよな。
俺もそうだったし。そうなると、塩か、味噌か。
醤油は、醤(ひしお)とはちょっと味が違ったしな。
考えてみれば、みりんもないのか?)
黒髪娘「?」
男「うっし、きまった。味噌だな」
527 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:21:50.50 ID:KmqRKDbT0
――男の自宅、夜の食卓
ぐつぐつ
黒髪娘「これはよい香りだ」 そわそわ
男「まだ蓋開けちゃダメだからな」
黒髪娘「心得ている」
男「姉ちゃんも、開けようとしないっ」
姉「いいじゃん、ちょっとくらい」
男「湯気が逃げると、煮えるの遅くなるでしょ」
姉「しゃぁないなぁ。あ。ビール」
男「はいはい」
姉「黒髪ちゃんは?」
黒髪娘「わたしは」
男「黒髪は、まだ酒はダメです。はい、お茶ね」
姉「ちぇっ」
黒髪娘「ふふふっ」
男「ったく」
529 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:29:52.93 ID:KmqRKDbT0
姉「それにしても、どう?」
男「どうって?」 きょとん
姉「とろいなぁ。黒髪ちゃんの格好よ」
黒髪娘「あ……」
男「それは、そのー」 かぁっ
姉「どうよ、この姉! みんなの希望の星!
庶民のスーパースターお姉ちゃんの見立てはっ!
まず、この胸元のタックっ! 清楚な中にも
可憐さを演出する臙脂色のリボンタイっ!!
そして極めつけはっ!」
がたっ、だたんっ。
黒髪娘「ひゃっ!?」
姉「この 黒 タ イ ツ っ!!」
黒髪娘「うっ。ううっ」
姉「黒髪っ娘×黒タイツっ。
この禁欲的な組み合わせに胸ときめかないやつは居る?
板としてもそいつ非国民だから。
割り当て的には衛星軌道の外だからっ!」
男「それ非国民じゃなくて非地球民じゃんよ……」
538 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:49:37.74 ID:KmqRKDbT0
姉「で、どうなの」ずいっ
黒髪娘「……うう」
男「な、なにが?」
姉「黒タイツよ。黒髪ちゃんの……」
男(あ、あ。ああ……う。
……ぐ……。
く、悔しい。
悔しいがっ。
姉の云うことにも……一理ある……。
似合う。
似合いすぎている……っ。
俺が福本漫画なら悔し涙を流しているところだが……)
姉 にやにや
黒髪娘「……滑稽だろうか?」ちらっ
男(上目遣いしないでくれっ。
ただでさえ、身長差があっていろいろ
いっぱいいっぱいなんだからっ)
男「い、いや。似合う……んじゃねぇすか?」
姉「あ。逃げた」
男「ニゲテナイ」
姉「童貞が逃げた」
545 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:00:18.08 ID:KmqRKDbT0
姉「あんたねー。女の子可愛い服着てたら
褒めるっしょ? それ基本でしょ?
基本外したら落とすよ? アクシヅ」
男「うろ覚えのにわかオタネタやめようよ」
黒髪娘「……」そわそわ
男「あー。可愛い。すごく似合う。
こっちのどんな娘より
美人で綺麗だから、安心しろって」
黒髪娘「う、うむ……。ありがとう」
姉(“こっちの”?)
黒髪娘「軽くてふわふわ頼りなくて落ち着かぬが
そう言って貰えると、本当に嬉しい……」
男「調子狂うな」
姉「まぁ、いいじゃない。煮えた?」
男「もうちょっと」
姉「ふぅん」 にやにや
「あんた達二人はゆでだこみたいに、
良く煮えてるみたいだけどね〜」
男「うっさい!!」
556 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:24:35.66 ID:KmqRKDbT0
――その夜、男の祖父の家
がらがらがら……
男「疲れただろう?」
黒髪娘「少し」
男「うそつけ。引きこもりなんだからぐったりのくせに。
わるいな、ほんとに。騒がしい姉ちゃんでさ。
悪いやつじゃないんだけどな。
ゆるしてくれよ。
まぁ、ほら、あがって」
黒髪娘「ん。その……」
男「?」
黒髪娘「いや、その。この……」
男「ああ。靴な」
黒髪娘「沓(くつ)ならば判るのだが」
男「いま、脱がしてやるよ」
黒髪娘「んぅ……」
男「ほら、もじもじしない」
557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:30:39.35 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「しかし。殿方に沓を脱がさせるとは。ううう」
男「?」
黒髪娘「恥ずかしい……」
男「〜っ! 恥ずかしがられると、
こっちが余計に恥ずかしいっ」
黒髪娘「済まない。その……抵抗しないので……
出来れば、手早く済ませてくれると……」
男(こいつ計算抜きでこれ云ってるヨ……)
黒髪娘「ひゃ……」
男「なんだよ」
黒髪娘「ちょっとヒヤっとしただけだ。
なんでもない。私は冷静だぞ」 かぁっ
男「うううっ……」
黒髪娘「もう、良いか?」
男「うぐ。うんっ。もう出来た、ほら、行くぞっ?」
黒髪娘「判った」 すくっ。……っとっと
男「手を貸せ。……こっちな?」
559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:38:43.61 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、和室。並べた布団で。
黒髪娘「姉御殿はよかったのかな……」
男「良いんじゃないか。多分、明日か明後日には
こっちに顔を出すと思う」
黒髪娘「うむ……。賑やかになるな」
男「あっちの方が良かったか?」
黒髪娘「あちらのほうが都の中心に近いのであろう?」
男「都、と云うか……駅には近いかな」
黒髪娘「で、あれば、こちらの方が落ち着く」
男「そっか。うん、そのせいもあって
こっちに来たんだけどな。
急に色々見ちゃうと、パンクしちゃうだろう。
少し見聞をならさないとな」
黒髪娘「感謝する」
男「いえいえ。ちょっと馴れたら、お出かけにも
連れてってやるよ。本屋とか、見たいだろう?」
黒髪娘「もちろんっ。それは、その……。
もしかすると、でいと、と云うものか?」
男「でいと? あ。ああ……まぁ、そう……かな」
黒髪娘「そうか」 にこり
560 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:42:47.56 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿……は」
男「ん?」
黒髪娘「いや……良いのか? こんなに世話をさせて」
男「たかだか五日やそこらだろう? 心配するなよ。
黒髪はまだ14で子供なんだから甘えておけ」
黒髪娘「わたしは……子供か……」
男「あー。うん。……そだな。
前も話したけれど、こっちの世界では
二十歳で成人を迎える。元服、みたいなものかな。
だから、黒髪の歳は、まだ、子供だ」
黒髪娘「……うん」
男「でも、黒髪の世界では子供じゃないんだよな。
いや、それは判ってる」
黒髪娘「いや……子供だ……」
男「へ?」
黒髪娘「成人とは元服のような物なのだよな?
女子のそれは裳着(もぎ)と呼ぶのだが……。
それはおそらく、この世界において
独り立ちを意味するのだろう……?」
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:45:55.59 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「よくは、そのぅ。判らないが……。
貴族の居ないこの世界にあって、働いて
菜を米を、味噌を購うと、それが成人なのだな。
成人というのは、我が道を戦える者だ。。
であれば……。
私は、やはり子供なのだろう。
右大臣家の娘として、
自分の口に糊することもせず今を過ごしている。
男の世界の目で見れば、
一人前の人間として扱われずともやむをえぬ……」
男「……」
黒髪娘「そんな私が、言の葉にする資格のない
そんな思いが沢山あるのだろうな……」
男「……黒髪は」
黒髪娘「……」
男「黒髪が大人だか、子供だか。
あの長びつを見つけたこの屋根の下では
俺にはどっちが正しいのか、判らないよ。
でも、
黒髪は、俺の知ってる誰より、頑張り屋さんだよ」
黒髪娘「……ありがとう。男殿」
588 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:26:50.56 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、縁側
チチチ、チチチチッ
黒髪娘「四十雀だ」
男「シジュウカラ?」
黒髪娘「黄色い胸の小さな鳥だ」
男「ああ。ここは、山近いからなー」
黒髪娘「この時代にも居るんだな。……安心する」
男「そりゃ、変わらない物だって沢山あるよ」
黒髪娘「……」ぽやぁ
男「……」ぽやぁ
黒髪娘「今日はこんな感じか?」
男「うん、そう」
黒髪娘「日向ぼっこか……」
男「陽がある間だけな。すぐ寒くなるから」
黒髪娘「色々見聞を広めたい気もするのだが」
男「無理だろ。ほれ」 ちょこんっ
黒髪娘「くぅっ!」
男「どれだけ引きこもりなんだよ。
スーパーに往復するだけで筋肉痛とか」
590 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:32:31.31 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いや、しかし。それはわたし個人と云うよりも
牛車によって生活している者全般にいえる事で」
男「あと、動きが鈍い」
黒髪娘「うう……」
男「十二単って重いじゃない?」
黒髪娘「うむ」
男「だから、あれを脱いだら
サイヤ人みたく早くなるかとちょっと期待してた」
黒髪娘「そんなわけ無いであろうっ。
そのなんとか人と云うのはわからぬが。
天竺の導師でもないのに器用に動けるものか」
男「ほら、脚伸ばせ」
黒髪娘「うむ……」おずおず
男「痛いか?」
黒髪娘「そうでもない。すぐに良くなる」
男「まぁ、今日は一日ゆっくりしよう」
黒髪娘「退屈はしないな」
男「そうか?」
591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:34:42.01 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「家の中にも見知らぬものが沢山あるのだ。
てれびんとか、水のでる台とか」
男「そりゃそうか」
黒髪娘「こちらの家は、皆小さいのだなぁ」
男「悪いな。ははっ」
黒髪娘「ん?」
男「人間が沢山増えたんだよ。
だから、土地が不足して高くなった。
宮古の中心部は、そりゃすごい価格だぞ」
黒髪娘「そういうことなのか。
しかし、それら全ての家に湯浴みの施設があるのだろう?
さらに云えば、自動の竈(かまど)さえある」
男「そうだな。殆どにはあるな。水洗のトイレも」
黒髪娘「驚愕すべきことだ」
男「かもなー」
黒髪娘「それに、色々書籍もある」
男「いや、それは本じゃなく出前のチラシだから」
黒髪娘「このように色鮮やかな錦絵とは」
男「ピザだって」
黒髪娘「興味深い」
男「うーん」
595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:02:13.72 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、納戸
黒髪娘「これがこちらの長びつか」
男「そうそう」
がちゃ、かちゃ……
黒髪娘「何をさがしているのだ?」
男「どっかに懐中電灯とか、そういうのないかなって。
この家、田舎やだから、夜のトイレの廻りとか暗いんだよ」
黒髪娘「わたしなら平気だ。
暗いのは故郷で十分に経験している」
男「まぁ、そりゃそうだろうけど」
がちゃ、かちゃ……
黒髪娘「……ん?」
男「どした?」
黒髪娘「この長びつ、ずいぶん黒いな」
男「ああ、汚れてるし、ここ暗いしな」
黒髪娘「そういえばそうか」
男「あったあった。……え、あっ」 がたっ
むぎゅっ
黒髪娘「っ!!」
601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:34:42.84 ID:KmqRKDbT0
男「ご、ごめんっ」
黒髪娘「いや、この程度、なんでもない」
男「いやいや、悪かった」
黒髪娘「こ、こちらこそ……粗末なものを」
男「そんな事無いぞ。ふっくら良い感じだ」
黒髪娘「ふっくらしているからダメなのだ」
男「……」
黒髪娘「……?」
男「あー」
黒髪娘「ん?」
男「いや、こう。色んな誤解がね」
黒髪娘「誤解?」
男「黒髪は、その卑屈なところは良くないぞ?」
黒髪娘「仕方ないではないか。私は不器量なのだ」
男「いいから、こっちこい」
黒髪娘「へ? へ?」
618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:11:08.43 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、お茶の間
TV:わははははは! あはははは!
男「判ったか!」 ばぁぁん!!
黒髪娘「っく!!」
男「これがこの時代的な『美人の女』だっ」
黒髪娘「馬鹿な! これは肥満した年増ではないかっ!?」
(注:別に1はTVに悪意があるわけではありあせん)
男「時代と共に価値観は変わるのっ」
黒髪娘「この時代だったら
私だって十人並みの器量だったのか……」
男(いや、この時代だったら相当可愛いだろ)
黒髪娘「しかし年齢はどうにもならない……。
どっちつかずなこの身が恨めしい……」
男「いや、そのままでいいんだって。黒髪は」
620 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:23:14.34 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「それにしても、このてれびは不思議だな」
男「まぁ、そうな」
黒髪娘「道術で動いているのか?
つまり、宝貝のごときものなのか?」
男「当たらずとも遠からず、かなぁ」
黒髪娘「それにしても……」
男「ん?」
黒髪娘「何でこの者たちは裸なのだ?」
男「〜〜っ。ちがうって、着てるじゃん」
黒髪娘「裸も同然ではないか。……デブなのに」
男「デブじゃないって。しかも裸じゃないって。
ただのキャミソールだろうにっ」
黒髪娘「むぅ」
男「これがこっちの世界のスタンダードなのっ」
黒髪娘「そうなのか。こういうのが人気があるのか……」
621 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:54:20.49 ID:KmqRKDbT0
男「黒髪はこういうのの影響は受けないで良いんだからなっ」
黒髪娘「むぅ……」
男「こういうのは、そのー。
なんていうのかな、芸人というか。
人気商売で、男性受けを考えてやるものだからっ」
黒髪娘「白拍子※なのか?」
男「それは判らない」
黒髪娘「つまり、その……。遊女、のような?」
男「あー。そうそう。そういうことっ」
黒髪娘「やはり異性への魅力ではないか」ぼそり
男「?」
黒髪娘「いや、なんでもない。いくらなんでも
右大臣家の娘が真似できることではない」
男「そうそう。そのままが一番」
黒髪娘「それはそれで成長を否定されているようでつらい」
男「なんでそんなに急ぐかなぁ」
黒髪娘「……う」
男「まぁ、十分可愛いから心配無用だよ」
※白拍子(しらびょうし):歌舞の一首でありその舞い手。
美人の娘さんがなった。身分は卑しくても貴族の家で
上演することも少なくなかった。
622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:19:30.94 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、勝手口
からから
姉「こんばんわー」
男「あー。姉ちゃん。電話しようかと思ってた」
姉「ちゃんと買い物行ってきたよ」
男「さんきゅー。何にした?」
姉「アジとハマグリとね、後は野菜はーカブと大根と、
適当に見繕ってきた。和食が良いんでしょ?」
男「んだね。食べつけてるだろうし」
姉「なんだかなぁ。めちゃ惚れじゃない」
男「そういうんじゃないよ」
ドサドサッ
姉「んっと。黒髪ちゃんは?」
男「ああ、いま部屋。布団ひいてるんじゃないかな」
姉「ふぅん……」
男「どったの?」
623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:22:38.22 ID:KmqRKDbT0
姉「いやいや。あんな娘、どこでモンスターボールに
閉じ込めやがったんだこのえろ人間と思って?」にやにや
男「……」
姉「お。なんか反応薄い?」
男「可愛いとは思うけど、そういうのとはね」
姉「違うの?」
男「――わかんねーけど」
姉「ま。難しいよね。中学生じゃ、ずいぶん年も違うし?
まぁ、歳以外にも色々違うみたいだし」
男「え?」
姉「あの子、ずいぶんお嬢様でしょ?」
男「――どうして?」
姉「だって、お風呂場で髪を洗う時、
明らかに“洗ってもらうことに馴れて”いたもの」
男「……」
625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:28:09.80 ID:KmqRKDbT0
姉「それも、そんじょそこらの箱入り娘じゃないよね」
男「駆け落ちとか誘拐とかじゃないからな」
姉「あったりまえよ。あんたそんなに根性無いでしょ」
男「う」
姉「……ん? 違う?」
男「ま、仰るとおり」
姉「気持ちはわかるけれどね。
――あんた甘いから。
相手の分まで臆病になるって云うのは」
男「……」
姉「でも、あんまり子供扱いしない方が良いよ」
男「また、云われた」
姉「説明無しで大人が全部責任取るって
まさに子供扱いでしょう?
でも、それでも、一緒にいたいって女が願ったら
そうゆうのってただのいじめだからね。
諦めるなら、相手にも諦めるチャンスくらい
あげなさいよね」
男「経験者みたいだな、姉ちゃん」
姉「うっさい。バカ弟」
632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:32:20.94 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、お茶の間
姉「と、云うわけで!」
男「本日は、アジフライとかぼちゃの煮物。
カブのクリーム詰め。大根のお味噌汁です」
姉「いぇーいっ!」
黒髪娘「……」じぃっ
男「どしたの?」
黒髪娘「あ。いえ、すごく美味しそうだ……です」
姉「いいのよ。普段どおりで。黒髪ちゃんは」
黒髪娘「すいません……。すごく美味しそう」
男「ではいただきますっ」
姉「頂きますっ!」
黒髪娘「いた、だきます」 ちらっ
男「そうそう、ご自由にどうぞ。
ああ、ソースかけるな、……んっしょっと」
姉「お姉ちゃんもー!」
634 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:37:29.13 ID:KmqRKDbT0
姉「美味しいねぇ。
……こうやって、来てみるとさ。
お爺ちゃんの家も良いねぇ。
なんか、落ち着くね。木造住宅は」
男「だろー? 俺なんか気に入っちゃってさ」
黒髪娘 もぐもぐ
姉「美味しい?」
黒髪娘「はい。このカブがとても美味しい」
姉「そっか」 にこにこ
男「なんか予想外に仲が良いな」
黒髪娘「そうか?」
姉「そう? 仲がよいのは普通でしょう」
男(連合軍を組まれた気がする……)
黒髪娘「アジをこのように食べるのは初めてだ」
姉「へ?」
635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:42:45.97 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いつも、煮るか焼くかです」
姉「そうなんだ。ふぅん」
男「あー(たしか、まだ“揚げる”はないんだったな)」
黒髪娘「外側のサクサクがとても美味だ」
姉「だね」 にこっ
男(くっ。姉ちゃん、また何か誤解してるだろう。
金持ちのお嬢様で世間知らずだとかっ。
いや、金持ちのお嬢様は間違いではないんだが)
黒髪娘「ん……」もくもく
姉「ねー。あんた達」
男「ん?」
姉「デートはいかないの?」
男「っく。なっ……。なに云うの、姉ちゃん」
姉「なんだって良いでしょ。黒髪ちゃんに聞いてるの」
黒髪娘「明日連れてって頂けるのだ。
……約束しているのです」 にこり
638 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:48:46.29 ID:KmqRKDbT0
姉「わお! ね。どこどこ? どこいくの?」
男「……う」
黒髪娘「駅前と云うところの本屋です。
それから、みすどなる所も約束しました」
姉「あんた相手14歳だからって
なに手抜きのコースですませようとしてんのよっ!!
駅前の本屋って何よ、それあんた散歩じゃないのよっ!」
男「ちげーって!! これは手抜きとかじゃないんだって!!」
黒髪娘「あっ。はい。姉御殿。ちがいます。
その、わたしがお願いしたのだ……です」
姉「そなの?」
男「そうなの。こいつ、本好きでさ」
黒髪娘 こくこく
姉「じゃ、しょうがないけど……」むぅ
男「ったく。お味噌汁もう少しいる人ー」
黒髪娘「はい」おずおず
姉「お姉ちゃんもー!」
男「あいあい。わっかりましたっての」
644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:24:32.30 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、客室、女性組
姉「ふんふーん♪」
しゃすっ、しゃすっ。
黒髪娘「……」ぴしっ
姉「そんなに緊張しないで良いよ? 黒髪ちゃん」
黒髪娘「は、はい。姉御殿」
姉「本当に、綺麗な髪ね」
黒髪娘「ありがとうございます。
母上にも、その……親しき人にも、
それだけは褒められるのです」
姉「そっか」
黒髪娘「私は生まれつきかわいげのない性分だから」
姉「そんな事無いのに」
黒髪娘「……」
645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:29:42.97 ID:KmqRKDbT0
姉「ん。出来た。……黒髪ちゃんは奥ね。
その方が温かいから」
黒髪娘「はい。その……」
姉「ん? なに?」
黒髪娘「髪をとかして頂きありがとうございます」ふかぶか
姉「や、やだなぁ。そんな三つ指ついて頭下げないでよ。
そんなに大したことはしてないってば」
黒髪娘「いえ、男殿もそうですが、
私には何一つ恩返しが出来る当てもないのに
これほどに受け入れてくださって。
感謝の言葉もないです」
姉「やだな、そんなこと。
……それに、私はともかくとしてね。
男相手には、お返しというか……
ほら、あっちも下心も無きにしも……というか……」
黒髪娘「はい?」 きょとん
姉「ん〜。お布団入ろうか」
黒髪娘「はい」
647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:49:39.16 ID:KmqRKDbT0
ぱちんっ。
姉「……ふぅ」
黒髪娘「……お布団、柔らかい」
姉「黒髪ちゃんは懐いてるね。うちのバカにさ」
黒髪娘「男殿は聡明な方です。
私は何度も助けられました。
意地っ張りで人と衝突して、
それで拗ねて引きこもっていた私を歌会に連れ出してくれた」
姉(引きこもり……か。なんだ、弟のやつ
ちょっとは考えて、手を貸してるんじゃない)
黒髪娘「……初めて内裏の友人と云える人が出来たのも
男殿のお陰だと思ってる……です」
姉「そっか」
黒髪娘「男殿は私にいろいろなことを教えてくれます。
私の学んだことを飽きもせずにいつまでも聞いてくれますし。
寒い日に二人で炬燵に入って、互いに本を読んだり
喋らないで過ごしたりするのも
気持ちが和む……ます」
649 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:58:55.52 ID:KmqRKDbT0
姉「黒髪ちゃんは、弟のこと……らぶ?」
黒髪娘「らぶ?」 きょとん
姉「あれ?」
黒髪娘「らぶとは……なんでしょう?」
姉「えっと……うぅ。困ったな……」
黒髪娘「??」
姉「弟のこと、好きなのかな、って」
黒髪娘「……」 きゅぅっ
姉「……?」
黒髪娘「わか……りませぬ……」
姉「へ?」
黒髪娘「私は余りにも不調法で、
そんな事が赦されるような……身でも……」
姉「……(っちゃぁ、地雷踏んじゃったかな)」
黒髪娘「でも」
652 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:10:43.68 ID:KmqRKDbT0
姉「……」
黒髪娘「男殿に……触れてもらいたくなる時があって
髪の毛を撫でて欲しいとか。
背中に触りたいとか
その袖に掴まりたいとか……」
姉「……」
黒髪娘「自分でも、なんだかよく判らなくて。
友女にも相談したのですけれど
“姫は悪くない”っていわれて……。
でも、やはり私はそんな風に思えない。
なんだかとっても格好悪くて
情けない気持ちで
不器用すぎて何も出来ない気分で
優しくされてるのに、泣きたくなるし
些細なことで落ち込んでしまうし」
姉「……」
黒髪娘「いえ、その。良くしてもらって。
いつも一緒で、それは嬉しいのだ……です」
姉「嬉しいのだ、でいいよ」 くすっ
黒髪娘「はい」 しゅん
654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:16:26.75 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「ざわめいて、羽ばたいて。
心が魑魅(すだま)になって、飛んでいきそうで。
これはその……。好き――なのだろうか?」
姉「……」
黒髪娘「すみませぬ。
学問も儒教の礼は学んだつもりだが
怯懦な心を抑えきれぬ」
姉「ううん。その……友さんだっけ?」
黒髪娘「はい」
姉「友さんの言うとおり。
黒髪ちゃんは、なんにも悪くないよ。
……もうね、そりゃねー。
春になったら花が咲くとか、
夏になれば蝉が鳴くとか
秋になれば葉が染まるとか。
それくらい仕方がないよね」
黒髪娘「そうなの……か?」
姉「こればっかりは、胸の内側が
“そういうことだよ”って熟すまで
待つしかないもんね」
711 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:07:41.41 ID:KmqRKDbT0
――駅前の本屋
黒髪娘「なんという数の書だ!!」
男「気に入ったか?」
黒髪娘「うむ! すばらしいぞ。
い、いったい何冊有るのだっ!? 千冊か、二千冊か?」
男「わかんないけど、一万くらいじゃないか?」
黒髪娘「一万っ!?」
男(テンション高いな……。なんかもう、ほんと。
こいつ、すげー可愛いよなぁ)
黒髪娘「入って良いのか? 作法とかはあるのかっ?」
男「この間のスーパーと大差ないよ。
カゴとかはないけれどな。あと、大きな声は出さないこと」
黒髪娘「うむ、わかったぞ」
男「じゃ、行くか」
715 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:13:34.75 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘 じぃっ
男「どうした?」
黒髪娘「余りにも沢山あって、どうすればいいのか判らぬ」
男「あー」
黒髪娘「どうしよう、男殿?」 おろおろ
男「うーん。そうだなぁ」
黒髪娘「そもそも、煌びやかな書が多すぎるではないか」むぅ
男「そういう認識かもな。うん」
黒髪娘 そぉっ。ちょん。
男「なんでそんなにおっかなびっくりなんだ?」
黒髪娘「書は慎重に触れねば壊れてしまうであろう?」
男「ここにあるのは、そこまでボロくはないよ。
うーん。しかたない。まずは案内してやるから
一周ぐるっと回るとしようか」
黒髪娘「手間をかけて申し訳ない」
男「なーに。かえってデートらしいってもんだ」
717 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:19:23.48 ID:KmqRKDbT0
男「まず、ここがマンガコーナーだ」
黒髪娘「まんがこーなーとはなんだ?」
男「コーナーは、場所って云うような意味だ。
棚によって異なる種類の書物が収められているって訳だよ」
黒髪娘「ではマンガの棚か。……マンガってなんだ?」
男「ぷくくっ」
黒髪娘「笑うことはないではないか。真面目に質問しているのに」
男「いやいや。おれもそっちに行ったばっかりの頃は
会話の殆どが“XXって何だ?”だったとおもってさ」
黒髪娘「うむ。その通りだ。厠(かわや)ってなんだ?
と聞かれた時は、どこの知恵遅れかと思ったぞ」
男「くっ。それはもう良いだろっ」
黒髪娘「で、マンガとはなんなのだ?」どきどき
男「それはこんな感じの……」
黒髪娘「ふむ。おお!!」
男「このちいさな四角の中に、絵と台詞が入ってるわけだ。
右上から読んでいって、物語になってるわけだな」
黒髪娘「ふぅむ。興味深い……」
720 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:26:20.46 ID:KmqRKDbT0
男「で、こっちは絵本コーナー」
黒髪娘「絵本とは?」
男「こんな感じだ」
黒髪娘「マンガと一緒ではないか」
男「こっちは、小さな四角がないんだよ。基本的にな」
黒髪娘「ふむ。ああ。判るぞ。なぁんだ。
これは、要するに絵物語ではないか」
男「あ、そうなの?」
黒髪娘「うむ。このような物は貴族の間では特に珍重されるのだ。
もちろんこのような綴じ本ではなく巻物なのだが」
男「ふむふむ」
黒髪娘「書の執筆、編纂というのはあちらでは
学識や見識の集大成とも云えるもので
任じられたり人気が出たりするのはとても名誉なことなのだ。
絵物語を書く職人は珍重されている」
男「そりゃこっちでも似たようなものかもなぁ。
ラノベ作家とか人気者だもんな」
722 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:33:30.31 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「この棚は全て絵物語なのか?」
男「うん、そうだよ。絵本っていうのは、
こちらでは多くの場合、子供向けなんだ。
子供が字を覚え始める頃に絵と一緒だと覚えやすい、
って云う配慮なのかな。
ほら、この本なんか、文字がとても大きいだろう?」
黒髪娘「本当だ……。鮮やかな絵だなぁ」
男「どうした?」
黒髪娘「絵合(えあわせ)というものがあって」
男「ふむ」
黒髪娘「つまり、歌会のような集まりなのだが
みんなが持ち寄った絵を自慢し会うような会なのだ。
もちろん我が家も右大臣家であるから、
唐から取り寄せた秘蔵の絵巻物をいくつも所有している。
しかし、おそらくこの棚ひとつにも満たぬのだろうな、と」
男「……」
黒髪娘「いや、つまらないことを云った」
男「いや。……黒髪は、いいこだな。
次に行くか。まだまだ色々あるんだぜ?」
723 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:38:18.40 ID:KmqRKDbT0
男「このコーナーは、一般書籍。右は小説で、左は実用書だな」
黒髪娘「小説とは何だ?」
男「物語だよ。絵がついていない、文字だけのやつ」
黒髪娘「ふむふむ。竹取物語のようなものだな」
男「ああ、それってかぐや姫の話だろう?
それはこっちでも親しまれてるぞ?」
黒髪娘「そうなのか? 女房や貴族達はあの美貌の姫を
うらやんだり褒めそやしたりするのだ。
公達がこぞって求婚するのが素敵らしい。
だが、わたしは幼い頃からあの、
殿方を手玉に取るやりようが気にくわなくてな。
いやならいやだと断れば良かろうものを」
男「あー」
黒髪娘「あのような宝物をねだって諦めさせるとは
如何にも不実なやりように思われてたまらぬ」
男「まぁ、そうとも云えるかな」
黒髪娘「これだから私は恋が――
す、すまん。とにかく!
男女の機微が判らないなどと云われるのだ」
男「ふぅん。そう言われるのか」 にやにや
725 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:50:47.70 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いいではないかっ。
――で、こちらの実用書とは?」
男「言葉のどおり、実用の書だ。
日常に役立つ技術の指南書だな。
仕事の本とか、資格の本とか、料理の本なんかも含まれる」
黒髪娘「ふむふむ。職人の本と云うことか?」
男「おおむね間違っちゃいないんだろうな」
黒髪娘「それにしても膨大な数だな」
男「前も云ったけれど、もう貴族はいないんだ。
逆に言えば全員が貴族だとも云える。
今では、誰でもが気軽に本が読めるからな」
黒髪娘「全員文字が読めるのか?」
男「読めるよ。もちろん、本を読むのが
好きな人も嫌いな人もいるけれどね」
黒髪娘「うーむ。それでこんなにも書があるのか……」
男「そういうことだな」
726 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:59:54.26 ID:KmqRKDbT0
男「それから、こっちは雑誌だな」
黒髪娘「雑誌とは何だ?」
男「あー。んー。あれ? いざとなると結構説明が難しいな」
黒髪娘「そうなのか?」
男「この世界の書には大きく分けて二種類有るんだ。
1つは書。今まで見てきたの全部だ。
もう一つは雑誌、ここにあるようなものだな」
黒髪娘「ふむふむ」
男「書の方は、何か書きたいこと1つに搾って
それについて書かれているんだな。大抵はそうだ。
書き上げたら発表される。
中には長い時間かけて書かれるものもある。
雑誌の方は逆に、日取りを決めて定期的に出ている。
週に一回とか、月に一回とか、年に四回とか」
黒髪娘「ふぅむ」
男「で、色んな出来事が書いてあることが多いな。
例えばこれなんかは旅行についての雑誌だ」
黒髪娘「“宇治”と読めたぞ?」
男「うん、この季節……つまり、雪の宇治に行って
温泉につかろうと、そんな事が書いてあるみたいだ」
黒髪娘「なんて精巧な錦絵なのだろうなぁ」 うっとり
744 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:41:57.86 ID:KmqRKDbT0
男「さて。説明はこんなものかな」
黒髪娘「手間を取らせた、男殿」 にこっ
男「結構時間がたったな。面白かったか?」
黒髪娘「うむ、目のくらむ思いであった」
男「そっか」 なでなで
黒髪娘「……むぅ」
男「それじゃさ」
黒髪娘「ん?」
男「何か買ってやるよ」
黒髪娘「え?」
男「その予定だったんだ。沢山は買ってやれないけれど
買ってやるからさ。何が良い? 選んでみればいいよ」
黒髪娘「よ、良いのか?」 どきどき
男「まぁな。でもダメなものはキッパリダメだからなっ。
……特に店のあっちの端には近づかないことっ!」
黒髪娘「迫力があるぞ、男殿。……それなら」
男「どうした?」
黒髪娘「一緒に選んで欲しい」
746 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:47:18.15 ID:KmqRKDbT0
男「どんな案配だ?」
黒髪娘「えっと、えっと……もう少し」
男「ああ。ゆっくりでいいぞ。時間をかけて」
黒髪娘「選ぶのが楽しすぎるのが問題なのだ」
男「楽しむのが良いって」
黒髪娘 ぱたぱた、ぱたぱた
男「……たのしいなぁ、あいつ」
黒髪娘 ぴたっ
男「お、止まった。実用書にするのか?」
黒髪娘 ぱたぱた
男「違うのか」
黒髪娘 ぴたっ
男「写真集か。そういやそんなのもあったなぁ」
黒髪娘 ぱたぱた
男「せわしないやつ」 ぷくくっ
747 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:51:41.53 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿、男殿」
男「決まったか?」
黒髪娘「これにしようかと思う」
男「これはまた。面白いのを選んだなぁ」
黒髪娘「そうなのか?」
男「いや、でもそれは読んだことがある。良い本だよ」
黒髪娘「猫の絵が凛々しいと思うのだ」
男「そうだな。小さくて黒いのは、黒髪みたいだ。
……じゃ、それにしようか」
黒髪娘「でも、その。……よいのか?
これは千三百もするから、あの大きな菜が十個も
買えるわけで……そのぅ」
男「いいんだよ。それくらい。遠慮しすぎだ。
それからこっちの一冊は、俺からの贈り物」
黒髪娘「え? え?」
男「古語辞典だよ。黒神はこれがあると助かるだろう」
黒髪娘「こんなに厚い書を頂くわけにはっ」
男「なんだ。絵本を選んだのはそんな理由なのかぁ?
変なところで慎み深いんだなぁ。黒髪は」
752 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:05:07.66 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「変ではない。それが儒教の礼節だ」
男「いいのいいの。これは、俺が、黒髪にあげたいの」
黒髪娘「そんなっ」
男「――あの話だってさ」
黒髪娘「へ?」
男「あの姫が、蓬莱だ龍だなんて無茶振りして
取ってこれないようなものを
ねだったのがいけなかったんだよ。
そうでなければ、男の中にはごく当たり前の好意で
姫に贈り物をしようとした人もいたと思うぜ?
それこそ、送っただけで満足。
あの姫に使って貰えたら嬉しいなぁって、
それだけの気持ちだったヤツだって、
最期に残った五人の皇子以外にはいたと思うんだよなぁ」
黒髪娘「……」
男「まぁ、そいつらはあの話では、予選オチしたわけだけど」
黒髪娘「あの女は見る目がなかったのだ」
男「かもな」
黒髪娘「ありがとう。大事にする。男殿っ」 にこっ
754 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:11:07.27 ID:KmqRKDbT0
――駅前ドーナツチェーン店
男「……っと、こんな感じかな」
黒髪娘「何がなにやらさっぱり判らぬ」
男「うん、説明しても良いんだけど、
後ろも並んでるから」
黒髪娘「わっ」
男「適当に俺が選んじゃうぞ」
黒髪娘「う、うむ。頼む」
男「ミートパイがないのが痛いよなぁ。
あれすげー美味いのに」
黒髪娘「白やら桃色やら、美しいなぁ」
男「甘いんだぜ?」
黒髪娘「甘いのかっ」
男「そりゃもう、大人気ですぜ」
黒髪娘「むむむ……。梅饅頭よりもうまいか?」
男「良い勝負かなぁ」
756 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:18:29.74 ID:KmqRKDbT0
カタン、すとん。
男「まぁ、どうぞ」
黒髪娘「うむ」 きょろきょろ
男「美味しいよ?」
黒髪娘「頂きます」
男「頂きますっ」
黒髪娘 あむっ 「っ!」
男「おお、びびってる。びびってる」
黒髪娘「何という軽さなのだ! 淡雪のようだっ」
男「エンゼルクリームって云うくらいだから」
黒髪娘「どうなつとはこのような食べ物なのか」
男「南蛮渡来の菓子なんだよ」
黒髪娘「これは、なんとも……。
霞を食べているような心地よさではないか」 きらきら
男「どんどんどうぞ?」
黒髪娘「うむっ」
758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:20:53.74 ID:KmqRKDbT0
男「こっちのも行けるぞ? ジャム入りだ」
黒髪娘「うむ。頂いている」 そわそわ
男「どうしたんだ?」
黒髪娘「いや」
男「?」
黒髪娘「男殿……」 ちらっ
男「ん?」
黒髪娘「その、わたしは、何か粗相をしているのではないか?」
男「なんでさ?」
黒髪娘「道行く人も店の人もこちらを見ていないか?」
男「あー。うん」
黒髪娘「なにか、悪いことをしてしまっただろうか」
男(今日のも、お出かけ前に姉ちゃんが
わざわざ着飾らせたコーディネートだからなぁ。
悪い意味で手抜きがないって言うか……。
姉ちゃん無駄にきめまくりだろ……)
黒髪娘「ううう」 おろおろ
759 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:24:33.16 ID:KmqRKDbT0
男「いや、まて。落ち着け。説明するから」
黒髪娘「?」
男「その編み込み、姉ちゃんがやってくれたんだろう?」
黒髪娘「ん? 髪か? そうだ。
姉御殿がそのままだと街歩きでは邪魔にもなるし、
重かろうと編んでくれたのだ」
男「それと、服もさ」
黒髪娘「軽すぎて、心許ない」 かぁっ
男「そういうの、すごく可愛いんだよ。
……タイツとか。似合ってっから」
黒髪娘「――」 きょとん
男「可愛く見えるの。すごく。TVに出てる子みたくっ」
黒髪娘「そう……なのか?」
男「ったく」
黒髪娘「何で男殿が怒るのだ?」 むぅっ
男「怒ってない」
黒髪娘「そんな事無いではないか」
男「なんでもないって。ほら、食べよう?」
黒髪娘「……」
762 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:32:57.50 ID:KmqRKDbT0
――帰りの夜道
黒髪娘「男殿?」
男「ん?」
黒髪娘「その……なんでもない」しゅん
男「そっか」
黒髪娘「……」
男「……」
黒髪娘「……」 ぎゅっ
男「荷物、持とうか?」
黒髪娘「ううん。これは自分で持ちたいのだ」
男「そうか」
黒髪娘「…………機嫌が悪いの……か?」 ぼそぼそ
男「どうした?」
黒髪娘「なんでもない」 ふるふるっ
764 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:40:27.06 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿……」
男「どした?」
黒髪娘「頭を……撫でてくれないか?」
男「……」
黒髪娘「髪に触れて欲しいのだ」
男「……ん」
ふわり……。
なで……なで……
男「……こうか?」
黒髪娘「……機嫌を直してくれ」
男「怒ってないよ」
黒髪娘 ぎゅっ
男「……黒髪。ほんとだよ」
黒髪娘「……」
男「本当だってば」 なでなで
黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」【パート5】へつづく
――夕方、男の住む街
黒髪娘「……」おどおど
男「そんなにおっかなびっくりじゃなくても」
黒髪娘「ばれたりはせぬか?」(小声)
男「大丈夫だって。同じ人間じゃない」
黒髪娘「そうでもあろうが、こ、このような髪の
持ち主は居ないではないか。みんな、短いし……」
男「いーの。黒髪は、その髪が綺麗なのっ」
黒髪娘「そう言ってくれるのは嬉しいが」びくっ
男「?」
黒髪娘「いますれ違った婦人、
こちらを見て笑っていなかったか?
くすくす笑っていなかったかっ!?」
男「お前、本当に引きこもりなのな」
黒髪娘「出歩く時に牛車がないなんてっ。
こうやって周囲に壁がない広い空間に出ると
落ち着かないんだっ。うううっ」
男「ハムスターみたいなやつだなぁ」
511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:44:10.72 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「あれはなんだ?」
男「ああ、ポストだ。郵便……
んっと、手紙とかを入れると届けてくれる」
黒髪娘「あの赤い箱が届けてくれるのか?」
男「いや、ちがうちがう」はははっ
「こっちでは、雑色とか女房とか、居ないんだよ。
みんなが平民みたいな物だから。
だから、手紙を届ける専門の人がいて、
あの赤い箱からみんなの手紙を取り出して
一通ごとに、宛先の……つまり手紙を書いた人が
届けて欲しい相手に届けて回るんだよ」
黒髪娘「ふむふむ……あ、あれは? もしかして」
男「あれはただのラーメン屋だ」
黒髪娘「らあめん? こんびにではないのか」
男「こんびには、そら。あっちの明るいのだ」
黒髪娘「おお。あれがコンビニか!」
男「寄りたいのか?」
黒髪娘「うむ。い、いや……沢山人がいるな。
いまは、その……任務があるからまたの機会に」
男「くくくくっ。そうだな。先にスーパーいくか。
なぁに、スーパーもコンビニも似たようなものだ」
518 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:03:59.41 ID:KmqRKDbT0
――スーパー「主婦の店いずみ」
んがー
黒髪娘「開いたっ」
男「自動ドアだって。ほら、えーっと。なんだ。
俺の後くっついてきてな? 見回しても良いけれど
走り出したり迷子になったりするなよ」
黒髪娘「自慢ではないが、走るほどの体力はない」
男「ぷくくくっ」
黒髪娘「この煌びやかな寺社はなんなのだ?」
男「寺社じゃないよ。商店、つまりあー。
商いの店だ。こうやってた何ある物は全部売ってるんだよ」
黒髪娘「これほどの物を商っているのか。
で、物売りはどこにいるのだ?」
男「この加護に、欲しいものを入れていって、
最期に物売りと話をするわけ」
黒髪娘「そうか……。今宵は何を買うのだ?」
男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
おやつを少しばかりと、明日の分と……」
男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
おやつを少しばかりと、明日の分と……」
---------------------------------------------
黒髪娘「……」きょろきょろ
男「やっぱり珍しい?」
黒髪娘「何もかもが見慣れぬ。やっと男殿が
我が世に来た気持ちがわかった」
男「だろぉ。もう何でも珍しい訳よ。
質問がありすぎて、帰って聞けなくなっちゃったりな」
ころん
黒髪娘「それは菜だな。こちらは葱、瓜もあるな。
野菜は似たものが多くあって、ほっとしたぞ」
男「それは俺も思ったよ。そっちの野菜の方が
小振りな物が多いけれどな。
こっちも馬鹿にしたものじゃないぞ」
黒髪娘 じぃっ
男「どうした?」
黒髪娘「これは、150であろう?
150とは、どれくらいの値なのか?」
男「そうだなぁ。何と言えばいいのかな」
黒髪娘「この150をどれくらい買えるのだ?」
---------------------------------------------
男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
良いくらいな訳で……)
520 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:07:07.83 ID:KmqRKDbT0
男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
良いくらいな訳で……)
男「そうだな。普通の男が一日汗水流して働いて
5千から2万くらいかな。こっちの通貨は円と云うんだけど」
姉「ふむ。では、この菜を毎日50個も食すことが出来るのか。
いや、しかし、一族郎党となるとそれでは」
男「だから、貴族は居ないからさ。
もちろんそれ以上稼ぐ人もいるけれどな。
大抵は、お父さんが一家4、5人を食わせればそれで済む」
黒髪娘「そうなるのか」
男「豆腐と……何鍋が良いかな。黒髪は何が良い?」
黒髪娘「判らない。男殿に従う」
男(やっぱり、何となくでも覚えのある味だと安心するよな。
俺もそうだったし。そうなると、塩か、味噌か。
醤油は、醤(ひしお)とはちょっと味が違ったしな。
考えてみれば、みりんもないのか?)
黒髪娘「?」
男「うっし、きまった。味噌だな」
527 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:21:50.50 ID:KmqRKDbT0
――男の自宅、夜の食卓
ぐつぐつ
黒髪娘「これはよい香りだ」 そわそわ
男「まだ蓋開けちゃダメだからな」
黒髪娘「心得ている」
男「姉ちゃんも、開けようとしないっ」
姉「いいじゃん、ちょっとくらい」
男「湯気が逃げると、煮えるの遅くなるでしょ」
姉「しゃぁないなぁ。あ。ビール」
男「はいはい」
姉「黒髪ちゃんは?」
黒髪娘「わたしは」
男「黒髪は、まだ酒はダメです。はい、お茶ね」
姉「ちぇっ」
黒髪娘「ふふふっ」
男「ったく」
529 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:29:52.93 ID:KmqRKDbT0
姉「それにしても、どう?」
男「どうって?」 きょとん
姉「とろいなぁ。黒髪ちゃんの格好よ」
黒髪娘「あ……」
男「それは、そのー」 かぁっ
姉「どうよ、この姉! みんなの希望の星!
庶民のスーパースターお姉ちゃんの見立てはっ!
まず、この胸元のタックっ! 清楚な中にも
可憐さを演出する臙脂色のリボンタイっ!!
そして極めつけはっ!」
がたっ、だたんっ。
黒髪娘「ひゃっ!?」
姉「この 黒 タ イ ツ っ!!」
黒髪娘「うっ。ううっ」
姉「黒髪っ娘×黒タイツっ。
この禁欲的な組み合わせに胸ときめかないやつは居る?
板としてもそいつ非国民だから。
割り当て的には衛星軌道の外だからっ!」
男「それ非国民じゃなくて非地球民じゃんよ……」
538 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 22:49:37.74 ID:KmqRKDbT0
姉「で、どうなの」ずいっ
黒髪娘「……うう」
男「な、なにが?」
姉「黒タイツよ。黒髪ちゃんの……」
男(あ、あ。ああ……う。
……ぐ……。
く、悔しい。
悔しいがっ。
姉の云うことにも……一理ある……。
似合う。
似合いすぎている……っ。
俺が福本漫画なら悔し涙を流しているところだが……)
姉 にやにや
黒髪娘「……滑稽だろうか?」ちらっ
男(上目遣いしないでくれっ。
ただでさえ、身長差があっていろいろ
いっぱいいっぱいなんだからっ)
男「い、いや。似合う……んじゃねぇすか?」
姉「あ。逃げた」
男「ニゲテナイ」
姉「童貞が逃げた」
545 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:00:18.08 ID:KmqRKDbT0
姉「あんたねー。女の子可愛い服着てたら
褒めるっしょ? それ基本でしょ?
基本外したら落とすよ? アクシヅ」
男「うろ覚えのにわかオタネタやめようよ」
黒髪娘「……」そわそわ
男「あー。可愛い。すごく似合う。
こっちのどんな娘より
美人で綺麗だから、安心しろって」
黒髪娘「う、うむ……。ありがとう」
姉(“こっちの”?)
黒髪娘「軽くてふわふわ頼りなくて落ち着かぬが
そう言って貰えると、本当に嬉しい……」
男「調子狂うな」
姉「まぁ、いいじゃない。煮えた?」
男「もうちょっと」
姉「ふぅん」 にやにや
「あんた達二人はゆでだこみたいに、
良く煮えてるみたいだけどね〜」
男「うっさい!!」
556 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:24:35.66 ID:KmqRKDbT0
――その夜、男の祖父の家
がらがらがら……
男「疲れただろう?」
黒髪娘「少し」
男「うそつけ。引きこもりなんだからぐったりのくせに。
わるいな、ほんとに。騒がしい姉ちゃんでさ。
悪いやつじゃないんだけどな。
ゆるしてくれよ。
まぁ、ほら、あがって」
黒髪娘「ん。その……」
男「?」
黒髪娘「いや、その。この……」
男「ああ。靴な」
黒髪娘「沓(くつ)ならば判るのだが」
男「いま、脱がしてやるよ」
黒髪娘「んぅ……」
男「ほら、もじもじしない」
557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:30:39.35 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「しかし。殿方に沓を脱がさせるとは。ううう」
男「?」
黒髪娘「恥ずかしい……」
男「〜っ! 恥ずかしがられると、
こっちが余計に恥ずかしいっ」
黒髪娘「済まない。その……抵抗しないので……
出来れば、手早く済ませてくれると……」
男(こいつ計算抜きでこれ云ってるヨ……)
黒髪娘「ひゃ……」
男「なんだよ」
黒髪娘「ちょっとヒヤっとしただけだ。
なんでもない。私は冷静だぞ」 かぁっ
男「うううっ……」
黒髪娘「もう、良いか?」
男「うぐ。うんっ。もう出来た、ほら、行くぞっ?」
黒髪娘「判った」 すくっ。……っとっと
男「手を貸せ。……こっちな?」
559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:38:43.61 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、和室。並べた布団で。
黒髪娘「姉御殿はよかったのかな……」
男「良いんじゃないか。多分、明日か明後日には
こっちに顔を出すと思う」
黒髪娘「うむ……。賑やかになるな」
男「あっちの方が良かったか?」
黒髪娘「あちらのほうが都の中心に近いのであろう?」
男「都、と云うか……駅には近いかな」
黒髪娘「で、あれば、こちらの方が落ち着く」
男「そっか。うん、そのせいもあって
こっちに来たんだけどな。
急に色々見ちゃうと、パンクしちゃうだろう。
少し見聞をならさないとな」
黒髪娘「感謝する」
男「いえいえ。ちょっと馴れたら、お出かけにも
連れてってやるよ。本屋とか、見たいだろう?」
黒髪娘「もちろんっ。それは、その……。
もしかすると、でいと、と云うものか?」
男「でいと? あ。ああ……まぁ、そう……かな」
黒髪娘「そうか」 にこり
560 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:42:47.56 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿……は」
男「ん?」
黒髪娘「いや……良いのか? こんなに世話をさせて」
男「たかだか五日やそこらだろう? 心配するなよ。
黒髪はまだ14で子供なんだから甘えておけ」
黒髪娘「わたしは……子供か……」
男「あー。うん。……そだな。
前も話したけれど、こっちの世界では
二十歳で成人を迎える。元服、みたいなものかな。
だから、黒髪の歳は、まだ、子供だ」
黒髪娘「……うん」
男「でも、黒髪の世界では子供じゃないんだよな。
いや、それは判ってる」
黒髪娘「いや……子供だ……」
男「へ?」
黒髪娘「成人とは元服のような物なのだよな?
女子のそれは裳着(もぎ)と呼ぶのだが……。
それはおそらく、この世界において
独り立ちを意味するのだろう……?」
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 23:45:55.59 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「よくは、そのぅ。判らないが……。
貴族の居ないこの世界にあって、働いて
菜を米を、味噌を購うと、それが成人なのだな。
成人というのは、我が道を戦える者だ。。
であれば……。
私は、やはり子供なのだろう。
右大臣家の娘として、
自分の口に糊することもせず今を過ごしている。
男の世界の目で見れば、
一人前の人間として扱われずともやむをえぬ……」
男「……」
黒髪娘「そんな私が、言の葉にする資格のない
そんな思いが沢山あるのだろうな……」
男「……黒髪は」
黒髪娘「……」
男「黒髪が大人だか、子供だか。
あの長びつを見つけたこの屋根の下では
俺にはどっちが正しいのか、判らないよ。
でも、
黒髪は、俺の知ってる誰より、頑張り屋さんだよ」
黒髪娘「……ありがとう。男殿」
588 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:26:50.56 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、縁側
チチチ、チチチチッ
黒髪娘「四十雀だ」
男「シジュウカラ?」
黒髪娘「黄色い胸の小さな鳥だ」
男「ああ。ここは、山近いからなー」
黒髪娘「この時代にも居るんだな。……安心する」
男「そりゃ、変わらない物だって沢山あるよ」
黒髪娘「……」ぽやぁ
男「……」ぽやぁ
黒髪娘「今日はこんな感じか?」
男「うん、そう」
黒髪娘「日向ぼっこか……」
男「陽がある間だけな。すぐ寒くなるから」
黒髪娘「色々見聞を広めたい気もするのだが」
男「無理だろ。ほれ」 ちょこんっ
黒髪娘「くぅっ!」
男「どれだけ引きこもりなんだよ。
スーパーに往復するだけで筋肉痛とか」
590 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:32:31.31 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いや、しかし。それはわたし個人と云うよりも
牛車によって生活している者全般にいえる事で」
男「あと、動きが鈍い」
黒髪娘「うう……」
男「十二単って重いじゃない?」
黒髪娘「うむ」
男「だから、あれを脱いだら
サイヤ人みたく早くなるかとちょっと期待してた」
黒髪娘「そんなわけ無いであろうっ。
そのなんとか人と云うのはわからぬが。
天竺の導師でもないのに器用に動けるものか」
男「ほら、脚伸ばせ」
黒髪娘「うむ……」おずおず
男「痛いか?」
黒髪娘「そうでもない。すぐに良くなる」
男「まぁ、今日は一日ゆっくりしよう」
黒髪娘「退屈はしないな」
男「そうか?」
591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 02:34:42.01 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「家の中にも見知らぬものが沢山あるのだ。
てれびんとか、水のでる台とか」
男「そりゃそうか」
黒髪娘「こちらの家は、皆小さいのだなぁ」
男「悪いな。ははっ」
黒髪娘「ん?」
男「人間が沢山増えたんだよ。
だから、土地が不足して高くなった。
宮古の中心部は、そりゃすごい価格だぞ」
黒髪娘「そういうことなのか。
しかし、それら全ての家に湯浴みの施設があるのだろう?
さらに云えば、自動の竈(かまど)さえある」
男「そうだな。殆どにはあるな。水洗のトイレも」
黒髪娘「驚愕すべきことだ」
男「かもなー」
黒髪娘「それに、色々書籍もある」
男「いや、それは本じゃなく出前のチラシだから」
黒髪娘「このように色鮮やかな錦絵とは」
男「ピザだって」
黒髪娘「興味深い」
男「うーん」
595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:02:13.72 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、納戸
黒髪娘「これがこちらの長びつか」
男「そうそう」
がちゃ、かちゃ……
黒髪娘「何をさがしているのだ?」
男「どっかに懐中電灯とか、そういうのないかなって。
この家、田舎やだから、夜のトイレの廻りとか暗いんだよ」
黒髪娘「わたしなら平気だ。
暗いのは故郷で十分に経験している」
男「まぁ、そりゃそうだろうけど」
がちゃ、かちゃ……
黒髪娘「……ん?」
男「どした?」
黒髪娘「この長びつ、ずいぶん黒いな」
男「ああ、汚れてるし、ここ暗いしな」
黒髪娘「そういえばそうか」
男「あったあった。……え、あっ」 がたっ
むぎゅっ
黒髪娘「っ!!」
601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 03:34:42.84 ID:KmqRKDbT0
男「ご、ごめんっ」
黒髪娘「いや、この程度、なんでもない」
男「いやいや、悪かった」
黒髪娘「こ、こちらこそ……粗末なものを」
男「そんな事無いぞ。ふっくら良い感じだ」
黒髪娘「ふっくらしているからダメなのだ」
男「……」
黒髪娘「……?」
男「あー」
黒髪娘「ん?」
男「いや、こう。色んな誤解がね」
黒髪娘「誤解?」
男「黒髪は、その卑屈なところは良くないぞ?」
黒髪娘「仕方ないではないか。私は不器量なのだ」
男「いいから、こっちこい」
黒髪娘「へ? へ?」
618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:11:08.43 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、お茶の間
TV:わははははは! あはははは!
男「判ったか!」 ばぁぁん!!
黒髪娘「っく!!」
男「これがこの時代的な『美人の女』だっ」
黒髪娘「馬鹿な! これは肥満した年増ではないかっ!?」
(注:別に1はTVに悪意があるわけではありあせん)
男「時代と共に価値観は変わるのっ」
黒髪娘「この時代だったら
私だって十人並みの器量だったのか……」
男(いや、この時代だったら相当可愛いだろ)
黒髪娘「しかし年齢はどうにもならない……。
どっちつかずなこの身が恨めしい……」
男「いや、そのままでいいんだって。黒髪は」
620 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:23:14.34 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「それにしても、このてれびは不思議だな」
男「まぁ、そうな」
黒髪娘「道術で動いているのか?
つまり、宝貝のごときものなのか?」
男「当たらずとも遠からず、かなぁ」
黒髪娘「それにしても……」
男「ん?」
黒髪娘「何でこの者たちは裸なのだ?」
男「〜〜っ。ちがうって、着てるじゃん」
黒髪娘「裸も同然ではないか。……デブなのに」
男「デブじゃないって。しかも裸じゃないって。
ただのキャミソールだろうにっ」
黒髪娘「むぅ」
男「これがこっちの世界のスタンダードなのっ」
黒髪娘「そうなのか。こういうのが人気があるのか……」
621 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 06:54:20.49 ID:KmqRKDbT0
男「黒髪はこういうのの影響は受けないで良いんだからなっ」
黒髪娘「むぅ……」
男「こういうのは、そのー。
なんていうのかな、芸人というか。
人気商売で、男性受けを考えてやるものだからっ」
黒髪娘「白拍子※なのか?」
男「それは判らない」
黒髪娘「つまり、その……。遊女、のような?」
男「あー。そうそう。そういうことっ」
黒髪娘「やはり異性への魅力ではないか」ぼそり
男「?」
黒髪娘「いや、なんでもない。いくらなんでも
右大臣家の娘が真似できることではない」
男「そうそう。そのままが一番」
黒髪娘「それはそれで成長を否定されているようでつらい」
男「なんでそんなに急ぐかなぁ」
黒髪娘「……う」
男「まぁ、十分可愛いから心配無用だよ」
※白拍子(しらびょうし):歌舞の一首でありその舞い手。
美人の娘さんがなった。身分は卑しくても貴族の家で
上演することも少なくなかった。
622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:19:30.94 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、勝手口
からから
姉「こんばんわー」
男「あー。姉ちゃん。電話しようかと思ってた」
姉「ちゃんと買い物行ってきたよ」
男「さんきゅー。何にした?」
姉「アジとハマグリとね、後は野菜はーカブと大根と、
適当に見繕ってきた。和食が良いんでしょ?」
男「んだね。食べつけてるだろうし」
姉「なんだかなぁ。めちゃ惚れじゃない」
男「そういうんじゃないよ」
ドサドサッ
姉「んっと。黒髪ちゃんは?」
男「ああ、いま部屋。布団ひいてるんじゃないかな」
姉「ふぅん……」
男「どったの?」
623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:22:38.22 ID:KmqRKDbT0
姉「いやいや。あんな娘、どこでモンスターボールに
閉じ込めやがったんだこのえろ人間と思って?」にやにや
男「……」
姉「お。なんか反応薄い?」
男「可愛いとは思うけど、そういうのとはね」
姉「違うの?」
男「――わかんねーけど」
姉「ま。難しいよね。中学生じゃ、ずいぶん年も違うし?
まぁ、歳以外にも色々違うみたいだし」
男「え?」
姉「あの子、ずいぶんお嬢様でしょ?」
男「――どうして?」
姉「だって、お風呂場で髪を洗う時、
明らかに“洗ってもらうことに馴れて”いたもの」
男「……」
625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 07:28:09.80 ID:KmqRKDbT0
姉「それも、そんじょそこらの箱入り娘じゃないよね」
男「駆け落ちとか誘拐とかじゃないからな」
姉「あったりまえよ。あんたそんなに根性無いでしょ」
男「う」
姉「……ん? 違う?」
男「ま、仰るとおり」
姉「気持ちはわかるけれどね。
――あんた甘いから。
相手の分まで臆病になるって云うのは」
男「……」
姉「でも、あんまり子供扱いしない方が良いよ」
男「また、云われた」
姉「説明無しで大人が全部責任取るって
まさに子供扱いでしょう?
でも、それでも、一緒にいたいって女が願ったら
そうゆうのってただのいじめだからね。
諦めるなら、相手にも諦めるチャンスくらい
あげなさいよね」
男「経験者みたいだな、姉ちゃん」
姉「うっさい。バカ弟」
632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:32:20.94 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、お茶の間
姉「と、云うわけで!」
男「本日は、アジフライとかぼちゃの煮物。
カブのクリーム詰め。大根のお味噌汁です」
姉「いぇーいっ!」
黒髪娘「……」じぃっ
男「どしたの?」
黒髪娘「あ。いえ、すごく美味しそうだ……です」
姉「いいのよ。普段どおりで。黒髪ちゃんは」
黒髪娘「すいません……。すごく美味しそう」
男「ではいただきますっ」
姉「頂きますっ!」
黒髪娘「いた、だきます」 ちらっ
男「そうそう、ご自由にどうぞ。
ああ、ソースかけるな、……んっしょっと」
姉「お姉ちゃんもー!」
634 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:37:29.13 ID:KmqRKDbT0
姉「美味しいねぇ。
……こうやって、来てみるとさ。
お爺ちゃんの家も良いねぇ。
なんか、落ち着くね。木造住宅は」
男「だろー? 俺なんか気に入っちゃってさ」
黒髪娘 もぐもぐ
姉「美味しい?」
黒髪娘「はい。このカブがとても美味しい」
姉「そっか」 にこにこ
男「なんか予想外に仲が良いな」
黒髪娘「そうか?」
姉「そう? 仲がよいのは普通でしょう」
男(連合軍を組まれた気がする……)
黒髪娘「アジをこのように食べるのは初めてだ」
姉「へ?」
635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:42:45.97 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いつも、煮るか焼くかです」
姉「そうなんだ。ふぅん」
男「あー(たしか、まだ“揚げる”はないんだったな)」
黒髪娘「外側のサクサクがとても美味だ」
姉「だね」 にこっ
男(くっ。姉ちゃん、また何か誤解してるだろう。
金持ちのお嬢様で世間知らずだとかっ。
いや、金持ちのお嬢様は間違いではないんだが)
黒髪娘「ん……」もくもく
姉「ねー。あんた達」
男「ん?」
姉「デートはいかないの?」
男「っく。なっ……。なに云うの、姉ちゃん」
姉「なんだって良いでしょ。黒髪ちゃんに聞いてるの」
黒髪娘「明日連れてって頂けるのだ。
……約束しているのです」 にこり
638 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 08:48:46.29 ID:KmqRKDbT0
姉「わお! ね。どこどこ? どこいくの?」
男「……う」
黒髪娘「駅前と云うところの本屋です。
それから、みすどなる所も約束しました」
姉「あんた相手14歳だからって
なに手抜きのコースですませようとしてんのよっ!!
駅前の本屋って何よ、それあんた散歩じゃないのよっ!」
男「ちげーって!! これは手抜きとかじゃないんだって!!」
黒髪娘「あっ。はい。姉御殿。ちがいます。
その、わたしがお願いしたのだ……です」
姉「そなの?」
男「そうなの。こいつ、本好きでさ」
黒髪娘 こくこく
姉「じゃ、しょうがないけど……」むぅ
男「ったく。お味噌汁もう少しいる人ー」
黒髪娘「はい」おずおず
姉「お姉ちゃんもー!」
男「あいあい。わっかりましたっての」
644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:24:32.30 ID:KmqRKDbT0
――祖父の家、客室、女性組
姉「ふんふーん♪」
しゃすっ、しゃすっ。
黒髪娘「……」ぴしっ
姉「そんなに緊張しないで良いよ? 黒髪ちゃん」
黒髪娘「は、はい。姉御殿」
姉「本当に、綺麗な髪ね」
黒髪娘「ありがとうございます。
母上にも、その……親しき人にも、
それだけは褒められるのです」
姉「そっか」
黒髪娘「私は生まれつきかわいげのない性分だから」
姉「そんな事無いのに」
黒髪娘「……」
645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:29:42.97 ID:KmqRKDbT0
姉「ん。出来た。……黒髪ちゃんは奥ね。
その方が温かいから」
黒髪娘「はい。その……」
姉「ん? なに?」
黒髪娘「髪をとかして頂きありがとうございます」ふかぶか
姉「や、やだなぁ。そんな三つ指ついて頭下げないでよ。
そんなに大したことはしてないってば」
黒髪娘「いえ、男殿もそうですが、
私には何一つ恩返しが出来る当てもないのに
これほどに受け入れてくださって。
感謝の言葉もないです」
姉「やだな、そんなこと。
……それに、私はともかくとしてね。
男相手には、お返しというか……
ほら、あっちも下心も無きにしも……というか……」
黒髪娘「はい?」 きょとん
姉「ん〜。お布団入ろうか」
黒髪娘「はい」
647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:49:39.16 ID:KmqRKDbT0
ぱちんっ。
姉「……ふぅ」
黒髪娘「……お布団、柔らかい」
姉「黒髪ちゃんは懐いてるね。うちのバカにさ」
黒髪娘「男殿は聡明な方です。
私は何度も助けられました。
意地っ張りで人と衝突して、
それで拗ねて引きこもっていた私を歌会に連れ出してくれた」
姉(引きこもり……か。なんだ、弟のやつ
ちょっとは考えて、手を貸してるんじゃない)
黒髪娘「……初めて内裏の友人と云える人が出来たのも
男殿のお陰だと思ってる……です」
姉「そっか」
黒髪娘「男殿は私にいろいろなことを教えてくれます。
私の学んだことを飽きもせずにいつまでも聞いてくれますし。
寒い日に二人で炬燵に入って、互いに本を読んだり
喋らないで過ごしたりするのも
気持ちが和む……ます」
649 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 09:58:55.52 ID:KmqRKDbT0
姉「黒髪ちゃんは、弟のこと……らぶ?」
黒髪娘「らぶ?」 きょとん
姉「あれ?」
黒髪娘「らぶとは……なんでしょう?」
姉「えっと……うぅ。困ったな……」
黒髪娘「??」
姉「弟のこと、好きなのかな、って」
黒髪娘「……」 きゅぅっ
姉「……?」
黒髪娘「わか……りませぬ……」
姉「へ?」
黒髪娘「私は余りにも不調法で、
そんな事が赦されるような……身でも……」
姉「……(っちゃぁ、地雷踏んじゃったかな)」
黒髪娘「でも」
652 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:10:43.68 ID:KmqRKDbT0
姉「……」
黒髪娘「男殿に……触れてもらいたくなる時があって
髪の毛を撫でて欲しいとか。
背中に触りたいとか
その袖に掴まりたいとか……」
姉「……」
黒髪娘「自分でも、なんだかよく判らなくて。
友女にも相談したのですけれど
“姫は悪くない”っていわれて……。
でも、やはり私はそんな風に思えない。
なんだかとっても格好悪くて
情けない気持ちで
不器用すぎて何も出来ない気分で
優しくされてるのに、泣きたくなるし
些細なことで落ち込んでしまうし」
姉「……」
黒髪娘「いえ、その。良くしてもらって。
いつも一緒で、それは嬉しいのだ……です」
姉「嬉しいのだ、でいいよ」 くすっ
黒髪娘「はい」 しゅん
654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 10:16:26.75 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「ざわめいて、羽ばたいて。
心が魑魅(すだま)になって、飛んでいきそうで。
これはその……。好き――なのだろうか?」
姉「……」
黒髪娘「すみませぬ。
学問も儒教の礼は学んだつもりだが
怯懦な心を抑えきれぬ」
姉「ううん。その……友さんだっけ?」
黒髪娘「はい」
姉「友さんの言うとおり。
黒髪ちゃんは、なんにも悪くないよ。
……もうね、そりゃねー。
春になったら花が咲くとか、
夏になれば蝉が鳴くとか
秋になれば葉が染まるとか。
それくらい仕方がないよね」
黒髪娘「そうなの……か?」
姉「こればっかりは、胸の内側が
“そういうことだよ”って熟すまで
待つしかないもんね」
711 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:07:41.41 ID:KmqRKDbT0
――駅前の本屋
黒髪娘「なんという数の書だ!!」
男「気に入ったか?」
黒髪娘「うむ! すばらしいぞ。
い、いったい何冊有るのだっ!? 千冊か、二千冊か?」
男「わかんないけど、一万くらいじゃないか?」
黒髪娘「一万っ!?」
男(テンション高いな……。なんかもう、ほんと。
こいつ、すげー可愛いよなぁ)
黒髪娘「入って良いのか? 作法とかはあるのかっ?」
男「この間のスーパーと大差ないよ。
カゴとかはないけれどな。あと、大きな声は出さないこと」
黒髪娘「うむ、わかったぞ」
男「じゃ、行くか」
715 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:13:34.75 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘 じぃっ
男「どうした?」
黒髪娘「余りにも沢山あって、どうすればいいのか判らぬ」
男「あー」
黒髪娘「どうしよう、男殿?」 おろおろ
男「うーん。そうだなぁ」
黒髪娘「そもそも、煌びやかな書が多すぎるではないか」むぅ
男「そういう認識かもな。うん」
黒髪娘 そぉっ。ちょん。
男「なんでそんなにおっかなびっくりなんだ?」
黒髪娘「書は慎重に触れねば壊れてしまうであろう?」
男「ここにあるのは、そこまでボロくはないよ。
うーん。しかたない。まずは案内してやるから
一周ぐるっと回るとしようか」
黒髪娘「手間をかけて申し訳ない」
男「なーに。かえってデートらしいってもんだ」
717 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:19:23.48 ID:KmqRKDbT0
男「まず、ここがマンガコーナーだ」
黒髪娘「まんがこーなーとはなんだ?」
男「コーナーは、場所って云うような意味だ。
棚によって異なる種類の書物が収められているって訳だよ」
黒髪娘「ではマンガの棚か。……マンガってなんだ?」
男「ぷくくっ」
黒髪娘「笑うことはないではないか。真面目に質問しているのに」
男「いやいや。おれもそっちに行ったばっかりの頃は
会話の殆どが“XXって何だ?”だったとおもってさ」
黒髪娘「うむ。その通りだ。厠(かわや)ってなんだ?
と聞かれた時は、どこの知恵遅れかと思ったぞ」
男「くっ。それはもう良いだろっ」
黒髪娘「で、マンガとはなんなのだ?」どきどき
男「それはこんな感じの……」
黒髪娘「ふむ。おお!!」
男「このちいさな四角の中に、絵と台詞が入ってるわけだ。
右上から読んでいって、物語になってるわけだな」
黒髪娘「ふぅむ。興味深い……」
720 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:26:20.46 ID:KmqRKDbT0
男「で、こっちは絵本コーナー」
黒髪娘「絵本とは?」
男「こんな感じだ」
黒髪娘「マンガと一緒ではないか」
男「こっちは、小さな四角がないんだよ。基本的にな」
黒髪娘「ふむ。ああ。判るぞ。なぁんだ。
これは、要するに絵物語ではないか」
男「あ、そうなの?」
黒髪娘「うむ。このような物は貴族の間では特に珍重されるのだ。
もちろんこのような綴じ本ではなく巻物なのだが」
男「ふむふむ」
黒髪娘「書の執筆、編纂というのはあちらでは
学識や見識の集大成とも云えるもので
任じられたり人気が出たりするのはとても名誉なことなのだ。
絵物語を書く職人は珍重されている」
男「そりゃこっちでも似たようなものかもなぁ。
ラノベ作家とか人気者だもんな」
722 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:33:30.31 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「この棚は全て絵物語なのか?」
男「うん、そうだよ。絵本っていうのは、
こちらでは多くの場合、子供向けなんだ。
子供が字を覚え始める頃に絵と一緒だと覚えやすい、
って云う配慮なのかな。
ほら、この本なんか、文字がとても大きいだろう?」
黒髪娘「本当だ……。鮮やかな絵だなぁ」
男「どうした?」
黒髪娘「絵合(えあわせ)というものがあって」
男「ふむ」
黒髪娘「つまり、歌会のような集まりなのだが
みんなが持ち寄った絵を自慢し会うような会なのだ。
もちろん我が家も右大臣家であるから、
唐から取り寄せた秘蔵の絵巻物をいくつも所有している。
しかし、おそらくこの棚ひとつにも満たぬのだろうな、と」
男「……」
黒髪娘「いや、つまらないことを云った」
男「いや。……黒髪は、いいこだな。
次に行くか。まだまだ色々あるんだぜ?」
723 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:38:18.40 ID:KmqRKDbT0
男「このコーナーは、一般書籍。右は小説で、左は実用書だな」
黒髪娘「小説とは何だ?」
男「物語だよ。絵がついていない、文字だけのやつ」
黒髪娘「ふむふむ。竹取物語のようなものだな」
男「ああ、それってかぐや姫の話だろう?
それはこっちでも親しまれてるぞ?」
黒髪娘「そうなのか? 女房や貴族達はあの美貌の姫を
うらやんだり褒めそやしたりするのだ。
公達がこぞって求婚するのが素敵らしい。
だが、わたしは幼い頃からあの、
殿方を手玉に取るやりようが気にくわなくてな。
いやならいやだと断れば良かろうものを」
男「あー」
黒髪娘「あのような宝物をねだって諦めさせるとは
如何にも不実なやりように思われてたまらぬ」
男「まぁ、そうとも云えるかな」
黒髪娘「これだから私は恋が――
す、すまん。とにかく!
男女の機微が判らないなどと云われるのだ」
男「ふぅん。そう言われるのか」 にやにや
725 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:50:47.70 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いいではないかっ。
――で、こちらの実用書とは?」
男「言葉のどおり、実用の書だ。
日常に役立つ技術の指南書だな。
仕事の本とか、資格の本とか、料理の本なんかも含まれる」
黒髪娘「ふむふむ。職人の本と云うことか?」
男「おおむね間違っちゃいないんだろうな」
黒髪娘「それにしても膨大な数だな」
男「前も云ったけれど、もう貴族はいないんだ。
逆に言えば全員が貴族だとも云える。
今では、誰でもが気軽に本が読めるからな」
黒髪娘「全員文字が読めるのか?」
男「読めるよ。もちろん、本を読むのが
好きな人も嫌いな人もいるけれどね」
黒髪娘「うーむ。それでこんなにも書があるのか……」
男「そういうことだな」
726 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 21:59:54.26 ID:KmqRKDbT0
男「それから、こっちは雑誌だな」
黒髪娘「雑誌とは何だ?」
男「あー。んー。あれ? いざとなると結構説明が難しいな」
黒髪娘「そうなのか?」
男「この世界の書には大きく分けて二種類有るんだ。
1つは書。今まで見てきたの全部だ。
もう一つは雑誌、ここにあるようなものだな」
黒髪娘「ふむふむ」
男「書の方は、何か書きたいこと1つに搾って
それについて書かれているんだな。大抵はそうだ。
書き上げたら発表される。
中には長い時間かけて書かれるものもある。
雑誌の方は逆に、日取りを決めて定期的に出ている。
週に一回とか、月に一回とか、年に四回とか」
黒髪娘「ふぅむ」
男「で、色んな出来事が書いてあることが多いな。
例えばこれなんかは旅行についての雑誌だ」
黒髪娘「“宇治”と読めたぞ?」
男「うん、この季節……つまり、雪の宇治に行って
温泉につかろうと、そんな事が書いてあるみたいだ」
黒髪娘「なんて精巧な錦絵なのだろうなぁ」 うっとり
744 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:41:57.86 ID:KmqRKDbT0
男「さて。説明はこんなものかな」
黒髪娘「手間を取らせた、男殿」 にこっ
男「結構時間がたったな。面白かったか?」
黒髪娘「うむ、目のくらむ思いであった」
男「そっか」 なでなで
黒髪娘「……むぅ」
男「それじゃさ」
黒髪娘「ん?」
男「何か買ってやるよ」
黒髪娘「え?」
男「その予定だったんだ。沢山は買ってやれないけれど
買ってやるからさ。何が良い? 選んでみればいいよ」
黒髪娘「よ、良いのか?」 どきどき
男「まぁな。でもダメなものはキッパリダメだからなっ。
……特に店のあっちの端には近づかないことっ!」
黒髪娘「迫力があるぞ、男殿。……それなら」
男「どうした?」
黒髪娘「一緒に選んで欲しい」
746 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:47:18.15 ID:KmqRKDbT0
男「どんな案配だ?」
黒髪娘「えっと、えっと……もう少し」
男「ああ。ゆっくりでいいぞ。時間をかけて」
黒髪娘「選ぶのが楽しすぎるのが問題なのだ」
男「楽しむのが良いって」
黒髪娘 ぱたぱた、ぱたぱた
男「……たのしいなぁ、あいつ」
黒髪娘 ぴたっ
男「お、止まった。実用書にするのか?」
黒髪娘 ぱたぱた
男「違うのか」
黒髪娘 ぴたっ
男「写真集か。そういやそんなのもあったなぁ」
黒髪娘 ぱたぱた
男「せわしないやつ」 ぷくくっ
747 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/22(金) 23:51:41.53 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿、男殿」
男「決まったか?」
黒髪娘「これにしようかと思う」
男「これはまた。面白いのを選んだなぁ」
黒髪娘「そうなのか?」
男「いや、でもそれは読んだことがある。良い本だよ」
黒髪娘「猫の絵が凛々しいと思うのだ」
男「そうだな。小さくて黒いのは、黒髪みたいだ。
……じゃ、それにしようか」
黒髪娘「でも、その。……よいのか?
これは千三百もするから、あの大きな菜が十個も
買えるわけで……そのぅ」
男「いいんだよ。それくらい。遠慮しすぎだ。
それからこっちの一冊は、俺からの贈り物」
黒髪娘「え? え?」
男「古語辞典だよ。黒神はこれがあると助かるだろう」
黒髪娘「こんなに厚い書を頂くわけにはっ」
男「なんだ。絵本を選んだのはそんな理由なのかぁ?
変なところで慎み深いんだなぁ。黒髪は」
752 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:05:07.66 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「変ではない。それが儒教の礼節だ」
男「いいのいいの。これは、俺が、黒髪にあげたいの」
黒髪娘「そんなっ」
男「――あの話だってさ」
黒髪娘「へ?」
男「あの姫が、蓬莱だ龍だなんて無茶振りして
取ってこれないようなものを
ねだったのがいけなかったんだよ。
そうでなければ、男の中にはごく当たり前の好意で
姫に贈り物をしようとした人もいたと思うぜ?
それこそ、送っただけで満足。
あの姫に使って貰えたら嬉しいなぁって、
それだけの気持ちだったヤツだって、
最期に残った五人の皇子以外にはいたと思うんだよなぁ」
黒髪娘「……」
男「まぁ、そいつらはあの話では、予選オチしたわけだけど」
黒髪娘「あの女は見る目がなかったのだ」
男「かもな」
黒髪娘「ありがとう。大事にする。男殿っ」 にこっ
754 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:11:07.27 ID:KmqRKDbT0
――駅前ドーナツチェーン店
男「……っと、こんな感じかな」
黒髪娘「何がなにやらさっぱり判らぬ」
男「うん、説明しても良いんだけど、
後ろも並んでるから」
黒髪娘「わっ」
男「適当に俺が選んじゃうぞ」
黒髪娘「う、うむ。頼む」
男「ミートパイがないのが痛いよなぁ。
あれすげー美味いのに」
黒髪娘「白やら桃色やら、美しいなぁ」
男「甘いんだぜ?」
黒髪娘「甘いのかっ」
男「そりゃもう、大人気ですぜ」
黒髪娘「むむむ……。梅饅頭よりもうまいか?」
男「良い勝負かなぁ」
756 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:18:29.74 ID:KmqRKDbT0
カタン、すとん。
男「まぁ、どうぞ」
黒髪娘「うむ」 きょろきょろ
男「美味しいよ?」
黒髪娘「頂きます」
男「頂きますっ」
黒髪娘 あむっ 「っ!」
男「おお、びびってる。びびってる」
黒髪娘「何という軽さなのだ! 淡雪のようだっ」
男「エンゼルクリームって云うくらいだから」
黒髪娘「どうなつとはこのような食べ物なのか」
男「南蛮渡来の菓子なんだよ」
黒髪娘「これは、なんとも……。
霞を食べているような心地よさではないか」 きらきら
男「どんどんどうぞ?」
黒髪娘「うむっ」
758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:20:53.74 ID:KmqRKDbT0
男「こっちのも行けるぞ? ジャム入りだ」
黒髪娘「うむ。頂いている」 そわそわ
男「どうしたんだ?」
黒髪娘「いや」
男「?」
黒髪娘「男殿……」 ちらっ
男「ん?」
黒髪娘「その、わたしは、何か粗相をしているのではないか?」
男「なんでさ?」
黒髪娘「道行く人も店の人もこちらを見ていないか?」
男「あー。うん」
黒髪娘「なにか、悪いことをしてしまっただろうか」
男(今日のも、お出かけ前に姉ちゃんが
わざわざ着飾らせたコーディネートだからなぁ。
悪い意味で手抜きがないって言うか……。
姉ちゃん無駄にきめまくりだろ……)
黒髪娘「ううう」 おろおろ
759 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:24:33.16 ID:KmqRKDbT0
男「いや、まて。落ち着け。説明するから」
黒髪娘「?」
男「その編み込み、姉ちゃんがやってくれたんだろう?」
黒髪娘「ん? 髪か? そうだ。
姉御殿がそのままだと街歩きでは邪魔にもなるし、
重かろうと編んでくれたのだ」
男「それと、服もさ」
黒髪娘「軽すぎて、心許ない」 かぁっ
男「そういうの、すごく可愛いんだよ。
……タイツとか。似合ってっから」
黒髪娘「――」 きょとん
男「可愛く見えるの。すごく。TVに出てる子みたくっ」
黒髪娘「そう……なのか?」
男「ったく」
黒髪娘「何で男殿が怒るのだ?」 むぅっ
男「怒ってない」
黒髪娘「そんな事無いではないか」
男「なんでもないって。ほら、食べよう?」
黒髪娘「……」
762 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:32:57.50 ID:KmqRKDbT0
――帰りの夜道
黒髪娘「男殿?」
男「ん?」
黒髪娘「その……なんでもない」しゅん
男「そっか」
黒髪娘「……」
男「……」
黒髪娘「……」 ぎゅっ
男「荷物、持とうか?」
黒髪娘「ううん。これは自分で持ちたいのだ」
男「そうか」
黒髪娘「…………機嫌が悪いの……か?」 ぼそぼそ
男「どうした?」
黒髪娘「なんでもない」 ふるふるっ
764 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/23(土) 00:40:27.06 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿……」
男「どした?」
黒髪娘「頭を……撫でてくれないか?」
男「……」
黒髪娘「髪に触れて欲しいのだ」
男「……ん」
ふわり……。
なで……なで……
男「……こうか?」
黒髪娘「……機嫌を直してくれ」
男「怒ってないよ」
黒髪娘 ぎゅっ
男「……黒髪。ほんとだよ」
黒髪娘「……」
男「本当だってば」 なでなで
黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」【パート5】へつづく
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