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304 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 01:47:24.40 ID:KmqRKDbT0
    ――夜の都大路
    ギィ、ギィ……
    友女房「すみません。本当に色々お世話になって」
    男「いや。今回のことは、俺も言い出しっぺだし」
    友女房「それにしても、こんなに助けて頂けるとは」
    男「乗りかかった船って云うか」
    友女房「あの小豆はどうすればよろしいですか?」
    男「朝にもう一回、右大臣家いくよ。
     いや、昼前が良いかな。あとは煮るんだけど、コツがあるし」
    友女房「さようでございますか……」
    男「自信なさそうな」
    友女房「それは……まぁ。
     もちろん、この友。
     姫付きの女房としてどこへ出しても恥ずかしくない
     身だしなみを整えさせて頂きます。
     今回は男様から香油等も頂いておりますし……。
     ただ、やはり歌会ともなりますと、
     多くの方がお見えになられます。
     出席するのは10名だったとしても、
     そのお付きの数たるや数倍にもあがるでしょう。
     姫にはぶしつけな視線も突き刺さるでしょうし、
     なにか事があればその噂は宮中を駆け回ること必至」

307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 01:52:13.24 ID:KmqRKDbT0
    男「……」
    友女房「姫は……。どなたよりも、学問に打ち込んで
     いらっしゃったので、そのことでからかわれよう物ならば
     きっと癇癪を起こしてしまいます。
     その癇癪が大きな傷口になるのではないかと」
    ギィ、ギィ……
    男「黒髪もそんな事を云っていたけれど、
     それって本当かな。嘘……つくつもりはないんだろうけど
     間違いというか、真実ではないんじゃないかなぁ」
    友女房「え?」
    男「黒髪が癇癪? かっとなって?
     ……なんだか違和感がないか? 俺は信じないけどな」
    友女房「でも、現に何回も何回も……」
    男「違うね。絶対に違うね」
    友女房「わたくしには判りません。
     男様には判るのですか? 癇癪ではないのですか?」
    男「ああ。判るな。俺には……うん。身に覚えがあるもん」
    友女房「どのようなことなのでしょう……」

309 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 01:56:35.90 ID:KmqRKDbT0
    男「つまりさ。説明しずらいな……」
    黒髪娘「?」
    男「黒髪は、学問が好きなんだよ。
     見たろう? あの蔵書。金に飽かせて買ったモノが
     ないとは言わないけれど、殆ど黒髪が自分で筆写
     したんだぜ? どんだけ時間かかるんだよ。
     漢詩も、薬草の絵も、天文の図も。
     漢書に晋書。全部手書きだ……」
    黒髪娘「はぁ……。私は無学でして……。
     詳しいことは判らないのです。
     姫がたいそうな、それこそ博士にも勝るような
     学識をお持ちなのは確信しているのですが」
    男「あいつが筆写してるところ見たことある?
     星を見るために夜空をじーっと見てるところは?」
    友女房「それはもう」
    男「すっげぇ嬉しそうじゃなかった?
     にやにや笑ったりしてなかった?
     楽しそうだったろう」
    友女房「ええ。そうですね。この友にはまったく判りませんが」
    男「黒髪はさ……あー。面倒だなぁ、言葉が通じないのも。
     おたくなんだよ。勉強おたくなんだ。
     好きなんだよ、あれが。大好きなの」
    友女房「は、はぁ……」

310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 02:03:04.81 ID:KmqRKDbT0
    男「だから、黒髪や友が云ってるのは癇癪じゃなくてさ。
     いや、もしかしたら癇癪の成分も含まれてるかも
     知れないけれど……」
    男(それはさ。ほら。あれだよ。通じろよっ。
     おたくが、オフ会に行ったとき、
     テンションあがりすぎて知識自慢大会始めちゃうとか。
     語り始めるとストッパー書きかなくなっちゃって
     些細な論争が蘊蓄まみれで無制限になっちゃうとかっ。
     うっわぁ、もどかしい。
     なんでこれが伝わらないかなぁっ!
     つまりあれだよ。
     童貞がちょっと可愛い女の子の前で見栄張りすぎて
     挙動不審になっちゃうのと大差ねぇんだよっ)
    友女房「どう、されました……?」
    男「えー。こほんこほんっ」
    友女房「お熱でもあるのですか? 頬が赤いような」
    男「いや、なんでもねぇですよ?」
    友女房「さようですか」
    男「……黒髪は、人嫌いじゃないよ。
     “みんなに嫌われてる”と思い込んでるだけだ。
     だから歌や漢詩や学問の話が出来ると、嬉しい。
     周囲から見てると怒ってる風に見えるほど、嬉しいだけだよ」

319 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 02:55:04.07 ID:KmqRKDbT0
    ――数日後、藤壺。早春の歌会。
    友女房「大丈夫でございますか? 姫」
    黒髪娘「大丈夫。これくらい」
    友女房「昨晩は」
    黒髪娘「練習した。男殿の注意書きも百回は読んだ」
    友女房「いえ、それではお眠りは……」
    黒髪娘「寝てなんかいられない」
    友女房「はぁ」
    黒髪娘「えっと〜気持ちを落ち着けよいとは思わなくて良い。
     自分の姿勢に気をつけて、相手のことをよく見る。
     相手をよく見て、相手の話を聞くこと。
     正しく聞くこと。相手が何を言っているかではなくて
     “何を言いたいか”を聞くこと」
    友女房「男様ですか?」
    黒髪娘「うむ。……そういえば、男殿は?」
    友女房「流石に歌会の席にはあがれませんから。
     雑色と一緒に牛車止まりにいらっしゃると思いますが」
    黒髪娘「手間を掛けさせているな」
    友女房「そうお思いならば、今日の歌会を乗り切りませんと」

321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 02:59:26.24 ID:KmqRKDbT0
    ――藤壺の広間
    藤壺の君「本日は良くおいで下さいました」
    黒髪娘「お招きありがとう……ござい、ます。
     ……いままでも何度もお呼び頂いたのに
     そのたびに断って参りました。
     申し訳ありません」
    藤壺の君「いえ、よろしいのですよ。
     体調が優れなければ、このような宴も楽しめません。
     全ては御身が一番大切です。黒髪の姫」
    黒髪娘「でも、わたしは……」
    藤壺の君「体調、そして吉凶。
     そう言うことにしておきましょうよ、姫」 にこり
    黒髪娘「お気遣い、ありがとうございます」
    藤壺の君「面を伏せるのは、おやめになったのですね」
    黒髪娘「あ、あ……。記帳越しでも、判りますか」
    藤壺の君「ええ。良いことかと思います。
     今日の黒髪の姫は、いままでで一番素敵ですよ」
    黒髪娘「……それは」
    藤壺の君「参りましょう。本日お招きしたのは
     中納言の二の姫を始め親しい方8人ほどです。
     心案じて過ごして下さいね」

323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 03:13:44.38 ID:KmqRKDbT0
    からり、しず、しず
    黒髪娘「お招き頂きました。
     右大臣家、尚侍を勤めまする黒髪と云います」
    ひそひそひそ
     ……噂の妖憑きの姫よ。まぁ、あの格好。
     右大臣家の娘だもの、服が豪華なのは当たり前よね。
     面を伏せもせずに、醜女のくせに。
     ……あの言葉遣い、殿方のようではありませんか。
    二の姫 パチンッ
     ……! ……。……。
    黒髪娘「生来身体弱く、尚侍の職分も十全に果たせぬ身。
     このような席に呼ばれ皆様の不興を買うことを恐れ
     いままでは庵に閉じこもっていました。
     しかし藤壺の君のご厚情あつく、
     早春、梅の香かおる歌会に呼ばれましたので
     この身を運ばさせて頂きました。
     藤壺の君には厚くお礼申し上げさせて頂きます」
    藤壺の君「本日は歌会とは言え、ごくごく私的なもの。
     後ほどお茶なども振る舞いましょう。
     皆様で、歌を詠み、過ごして頂ければ
     私としても嬉しく思います」

324 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 03:32:39.25 ID:KmqRKDbT0
    しずしずしず
     雪融けてまもなき春ですが梅のつぼみほころび……
      友女房「姫、先ほどの口上はお見事でしたよ」ひそひそ
      黒髪娘「あれしきのことなら。
       それより、緊張でどうにかなりそうだ。
       胸が早打ちして血の気が引く」
      友女房「頑張って下さい」
    しずしず
     本日はお招き頂きありがとうございます……
      友女房「それにしてもそうそうたる顔ぶれですね」
      黒髪娘「藤壺の君の歌会だ。招かれただけで
       宮廷雀からは一段高い扱いを受けるのだぞ。
       当たり前と云えば云えるだろう」
    藤壺の君「それでは、歌の方を……そうですね」
      友女房「始まりましたね」
      黒髪娘「うむ」
      友女房「大丈夫ですか?」
      黒髪娘「漢詩が得手とはいえ、歌が不得手なわけではない。
       このような歌会ならば容易くこなせる、はずだ」

327 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 03:41:00.20 ID:KmqRKDbT0
    〜ゐぐひにいとどかかるしらなみ
      友女房「ど、どんな感じですか?」
      黒髪娘「みな無難な歌を詠んでいるな。
       藤壺様がやはり一枚上手というか
       艶麗な歌を詠んでいなさるが」
      友女房「大丈夫ですか?」
      黒髪娘「こちらだって無難な歌ならば
       いくらだってやりようはある。
       ここは波風をたてずにこなすのが良いだろう」
    藤壺の君「では、黒髪の姫?」
    黒髪娘「うむ……。私の番か。
     そうだな……。
     ――淡雪ににほへる色もあかなくに
      香さへなつかしこぼれたる梅」
    藤壺の君「香りさえ懐かしい……。そうですね」
    ……ちゃんと詠めるではないですか。
     いやしかし一首ではまだ噂どおりの文殊の申し子とは。
     詠むには詠んだけれど、そこまで素晴らしいかしら。
     淡雪を読み込むのは色合いが素敵ですけどねっ。

328 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 03:44:28.41 ID:KmqRKDbT0
    藤壺の君「では……そうですね」
    二の姫「私がその歌を受けましょう。
    
     ――梅が枝に啼きてうつろふ鶯の
     羽しらたへに淡雪の降る」
    藤壺の君「おや、中納言の二の姫」 にこり
      黒髪娘「っ!?」
      友女房「ど、どうしたんですか?」
    同じ淡雪を詠みこむなら二の姫様の方がよほど艶麗ですわ。
    鶯の羽の白さを淡雪の降り積もる色合いと重ねるなんて
    やはり人前に顔も見せることが出来ない醜女の歌とはねぇ
      黒髪娘「こちらの歌に中納言の二の姫が
       切り返してきたのだ。
       くっ。しかも淡雪の梅を重ねて見事な出来だ。
       このような才媛が居たとは……」
      友女房「どうしましょう」 おろおろ
      黒髪娘「どうしようもこうしようも
       むこうがヤる気ならばヤらない訳にはっ」
      友女房「姫様ぁ」

332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:03:28.82 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「――淡雪は誰に零るとも梅の枝に
     零れてのこらじいにしえの花」
    ひそひそ……ひそひそ……
      黒髪娘「この切り返しでどうだ?
       受ける太刀が有るかどうか、見せてもらおう」
    零る(ふる)と零れる(こぼれる)の重ね遊びだと?
    いにしへの花、は「香さへなつかし」を引くのか
    ……妖憑きの姫は古今万巻に通じるとは聞きましたが。
    くぅ、歌がいくら上手くたって、あのように高慢なっ
    二の姫「――」
    (相手をよく見て、相手の話を聞くこと。
     正しく聞くこと。相手が何を言っているかではなくて
     “何を言いたいか”を聞くこと)
    黒髪娘「あ……」
      友女房「ひめ、さま?」
    (喧嘩したいの? 相手がそんなに嫌いなの?
     違うでしょう。相手の気持ち、見て。
     よく見ないと駄目だよ。
     自分が言いたい事じゃなくて相手に届く言葉を選んで)
    黒髪娘「……済まぬ。詠み損じた。
     ――梅が……梅が香にむかしをとへば淡雪の
      こたへぬ白よ吾が袖にやどれ」

333 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:08:38.18 ID:KmqRKDbT0
    何を……詠んで?
    梅の香りに昔のことを尋ねてみれば答えず
    淡雪の白さもまた答えてくれず、でも、それでも
    袖に留まってくれ?
    なんの歌なの。それは、梅と泡雪で春の歌だけど。
    でも、なんだかとても想いのこもった……。
    黒髪娘「う゛。うぅう……」
      友女房「姫様。姫様真っ赤です」
      黒髪娘「恥ずかしいのだ。
       こ、このような歌っ。頼むから虐めないでくれ」
      友女房「どういう事か判りませんが……」
    藤壺の君「ふふふふっ」 にこにこ
      友女房「え? え?」
    二の姫「淡雪と?」
    黒髪娘「その……。二の姫の、唐衣の白が。
     朧にかすみ、煙ったように美しかったゆえ……」おどおど
      友女房「へ?」
    二の姫「吾が袖に?」
    黒髪娘「ご、ご迷惑だろうか?」

335 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:17:23.07 ID:KmqRKDbT0
    二の姫「いえ。最初から、そう願っていました」
    黒髪娘「あ……」
    二の姫「お友達になりましょう」 にこり
    黒髪娘「感謝する」 ぱぁっ
    え? え? なんで……。
    答えず、なんじゃないのか? それでも……?
    二の姫「歌をかわせば判りますよね。
     どれだけの歌をご存じなのか、どれだけ気持ちに
     共感されているか。
     歌の善し悪しなど、評定するものでもありますまい?
     黒髪さまの歌はどれも美しかったです」
    黒髪娘「いや、それは……」
    二の姫「でも、最期の歌が一番
     お心が入っていたように思います」
    藤壺の君「ええ」
    黒髪娘「あれは、その。とっさの……不出来な物で」
    二の姫「良いではありませんか」
    ひそひそ……ひそひそ……

337 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:26:09.78 ID:KmqRKDbT0
    名ばかりの尚侍が……。右大臣家の権力を笠に着て。
    中納言家の二の姫とご友誼を? 信じられません。
    あのような醜女、人と会うことも出来ぬ山だしでは
    ありませんか。話によれば、あれは正腹とも限らぬ
    そうで……
    二の姫 パチンッ!!
      友女房 びくっ
    二の姫「藤壺の上の歌会です。
     自ずと場の品格と云うものが求められましょう。
     付き人の恥は主の恥……そう思います」
    友女房(うわぁ。二の姫も華奢な姿で
     清らかでなよやかな姫君かと思いましたが……。
     その実は悋気の激しい、清冽なお方ですのね)
    黒髪娘「……」
    藤壺の君「歌も一巡りしましたね?
     では、お茶のご用意などをいたしましょう。
     宇治よりのものがありまして、先日いただいたのです。
     皆様にもぜひ……」
    友女房(ふぅ……。これでなんとか一息……)
    黒髪娘「かたじけない」
    二の姫「いいえ。わたくしの我が儘でもありますもの」

341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:48:12.36 ID:KmqRKDbT0
    ――藤壺の広間
    しずしず、とぽぽぽ
      友女房(流石、藤壺の上……。
       ※女房の一人一人に至るまで洗練されていて
       流れるような給仕ですね……)
      黒髪娘「どうした? 友」
      友女房「あ、いえ。藤壺の上のところの女房さん
       太刀は立ち居振る舞いが洗練されていて、すごいな、と」
      黒髪娘「友が一番だ」
      友女房「――え」
      黒髪娘「友が一番すごい」
      友女房「姫様……」
    藤壺の君「お茶が入りました。皆さんどうぞ?
     それから、茶菓もまた頂きまして」
    友女房 ごくりっ
    ※女房:女性の使用人。和製メイド。下級貴族の娘や
     親戚、妾腹の娘等がなることが多かった。

342 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 04:51:20.34 ID:KmqRKDbT0
    藤壺の君「茶菓の方は、先ほど黒髪の姫から頂きました」
    黒髪娘「うむ。唐渡りの茶菓を
     当家の料理人に作らせたものだ。
     今日は梅の香会と云うことで
     梅の香りにあやかったものを用意してみた」
    参加者「これは……?」
    ふわり
    二の姫「梅の香り、ですね」
    藤壺の君「梅酒の香りでしょうか?」
    友女房(男さんが作ってくれた、梅饅頭です。
     あの爽やかな甘さならば、
     きっと居並ぶ姫君の心を開かせることも叶うはず……)
    黒髪娘「桐箱に入っているゆえ、開けて食べてみて欲しい」
    二の姫「これは可愛らしいですね」
    藤壺の君「これは、麦団子なのですか?」
    黒髪娘「麦粉をねって蒸した饅頭という物だ。
     中身には、小豆の餡が入っている」
    二の姫「小豆の……?」

350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:14:09.61 ID:KmqRKDbT0
    ――藤壺の殿、牛車止まり
    男「どうだい、それ?」
    舎人「なんだこりゃ! 美味ぇぇぇ!!」
    雑色「ああ、甘い。食ったこともない味だ!」
    男「梅饅頭、ってんだよ。唐わたりの菓子さ」
    下級女房「おいしいねぇ。すごいねぇ」
    男「もう一個食えよ」
    舎人「でも。んぐっ。良いのかい?」
    雑色「ああ、そうだそうだ」
    男「ん? なんで?」
    舎人「唐渡りってことは、特別な材料が使ってあるんだろう?
     それに、こんなに綺麗に小さく作ってあって。
     俺たちみたいな下っ端に振る舞うような……」
    雑色「ああ。これは、もしかしたら雲上人が食うような
     とんでもないご馳走なんじゃないのかい?」
    ※舎人、雑色:男の雑用係。執事、召使い、ガードマン
    時に牛車の御者なども行なう運転手にも。

351 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:21:44.19 ID:KmqRKDbT0
    男「あはははっ。いいってことさ。
     確かに珍しい材料は使っちゃ居るし、
     滅多に食べられない物だけれど、
     だからといって遠慮してどうするよ。
     こいつは右大臣家、黒髪の姫の心遣い。
     寒い中で待っている舎人や雑色のみなさん
     女房の皆さんにも差し入れしてあげろってさ」
    下級女房「そうなの? あ、あの……」
    男「ん?」
    下級女房「私の友達は、その。
     うちの姫のお付きだから、藤壺の中に……」
    男「ああ。うん。わかるわかる。
     うちのほかの女房さん達もそうだ。お土産だろ?
     こっちに少しよけてある。悪いな。
     こっちに持ってきてあるのは、
     姫達が食べるのを作る時の失敗作とか、
     半端モノなんだけどさ」
    舎人「とんでもない! 天竺の菓子とはこれのことかと思うぜ」
    雑色「ああ、ほんとうだ。妻にも食わせてやりたいもんだよ」
    下級女房「ありがとうね。雑色さん」
    男「まぁ、今後とも一つ頼むよ」

353 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:29:34.44 ID:KmqRKDbT0
    ――藤壺の広間
    黒髪娘「梅の実と梅酒の香り付けがある。
     茶に合うと思うので、良かったら。その……
     食べて欲しい」
    ひそひそ……。ひそひそ……。
    二の姫「頂きますわ」
    藤壺の君「ええ、もちろん」
      友女房(どうですか? どうですか、それ?)
    黒髪娘「……」じぃっ
    藤壺の君「これは……」
    二の姫「甘い。……それに梅の香りと、爽やかさが
     なんて清々しいのでしょう!」
      友女房(やった! やりましたよ!
       これが未来の甘味の実力。いわゆる仕込みですねっ。
       さすが男さんっ。あの祖父君のお孫さんです)
    黒髪娘「よかった」 ほっ
    二の姫「それにしてもこれは初めて経験する甘露です」
    藤壺の君「ええ。干し柿のようにとろりと甘いですが
     それよりも蜜のように心くすぐるような……」

354 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:32:11.81 ID:KmqRKDbT0
    これは……お……美味しいですわね
    確かにこの蕩けるような小豆の味が……。
    別にこの程度の物、あ。それはわたしのぶんでしてよっ。
    唐わたりの製菓の技まで持つとは。文章博士に匹敵する
    学識を持つというのもあながち……
     友女房「姫様。姫さまっ。
      ……気に入って下さったみたいですよ?」わたわた
     黒髪娘「うむ」
    二の姫「雅やかな銘菓です」
    藤壺の君「ええ、ありがとうございます」
    黒髪娘「あ、いや……それは男ど……こほんっ。
     実を言えば、その。
     まだ余っているのだ。
     お帰りの時に持ち帰れるよう包んであるゆえ
     皆様、宜しかったらいかがだろうか?
     ……。その……。皆様方。
     わたしは、生来不調法で、このような席を避けていた」
    藤壺の君「黒髪の姫……」
    黒髪娘「にもかかわらずこのような席でご厚情を頂き
     感謝に堪えぬ。みな、私を悪し様に罵るのも当たり前だ。
     仕事を果たしてこれなかったし、
     今後はすこしでも出仕しなければと思っている。
     ただ、感謝の気持ちだけ、受け取って欲しい……」

359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:44:18.67 ID:KmqRKDbT0
    ――藤壺の前庭。
    ざわざわ……牛車回しを……姫のお帰り……
    藤壺の君「本日はおいで下さって、嬉しかったですわ。
     黒髪の姫君。美味しい、唐渡りの菓子を、ありがとう」 にこり
    黒髪娘「いえ……その……。
     藤壺の上のお心遣いで、胸のつかえもとれました」
    藤壺の君「取れたとすれば、それは姫の手柄でしょう?」
    黒髪娘「私はこんなに癇癪持ちなのに、良くして頂いて……」
    藤壺の君「寂しかっただけではないの?」
    二の姫「黒髪の姫の才気は男にも負けないのですから
     そんなに背を丸めていると世を見誤りますわ」
    黒髪娘「二の姫……」
    二の姫「今度は私の宮にも遊びに来て下さい。
     黒髪の姫には物足りないかも知れませんが、
     古謡の歌合わせでも、お茶でもいたしましょう」
    黒髪娘「ありがとう。その……。
     わたしを、きらわないでくれて」
    二の姫「そのようなことを仰っては駄目ですよ」にこり

361 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 07:58:46.53 ID:KmqRKDbT0
    ――建春門の梅の下
    黒髪娘「男殿、男殿っ」
    男「黒髪、そんなばたばた……おいっ」
    かたっ。とっとっと……
    黒髪娘「っと……。んっ。大丈夫だ。
     少し躓いただけで。
     牛車ではまだるっこしくて困る」
    男「なんだなんだ。貴婦人して疲れたのか?」
    黒髪娘「うむ」
    男「クチ尖らせたって駄目だ」
    黒髪娘「そのようなことはない」
    男「ん? どした」
    黒髪娘「いや、ううん」
    男「なんだよ、変だなぁ」
    黒髪娘「胸がいっぱいで」
    男「上手く行ったのか?」
    黒髪娘「全てみんなのお陰だ」

362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 08:00:53.47 ID:KmqRKDbT0
    男「よかったなぁ、おい。ちゃんと歌も詠めたのか?」
    黒髪娘「わっ。よ、よめた」
    男「偉いな、おい」 わしゃわしゃ
    黒髪娘「男殿に云われたとおり、皆の声を聞いた」
    男「聞こえたか?」
    黒髪娘「……聞こえた」
    男「みんなに嫌われてばかりだったか?」
    黒髪娘「嫌われてもいた。疎まれてもいた。
     侮られても恨まれてもいた。
     ……でも、それだけじゃなかった」
    男「そっか」
    黒髪娘「たぶん……おそらく、友人も。
     できたのだと……思う……」
    男「予想以上の戦火だな」
    黒髪娘「うん……。男殿の……おかげ……」
    男「なんだよ、鼻赤くなって。泣くのか?」
    黒髪娘「泣かないっ」 ふいっ

363 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 08:04:45.00 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿に、その……」
    男「なに?」
    黒髪娘「礼をしなければならない」
    男「気にするなよ」
    黒髪娘「気になる。私はこれでもう大臣家の娘だ。
     明経を学んだ身でもある。礼節を逸したくはない」
    男「それはそれで、めんどうだなぁ……」
    黒髪娘「男殿は望まれることはないのか?」
    男「んー」
    黒髪娘「……」じぃ
    男「望み、ねぇ……」
    黒髪娘「私でかなえられる……ことは、その……
     たいしてないのだが……何か……」
    男「んー」
    黒髪娘「男殿……」
    男(これは、その……。あれかな。フラグ、なのか?
     人生初めて過ぎてさっぱり判らんぞ……。
     どう答えりゃ良いんだ!?
     女の考えてることわからねぇぞ……)

365 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 08:15:23.84 ID:KmqRKDbT0
    むにっ
    黒髪娘「ひゃい?」
    男「いや、水くさいって云うか」
    黒髪娘「られ、ほっぺらをひっふぁるのらっ」
    男「……雰囲気に耐えきれなかったって云うか?」
    黒髪娘「う゛うう」
    男「礼かぁ。なんか考えておくよ。
     それより、祝いの方が先だろう?」
    黒髪娘「りわい?」
    男「今回の作戦も成功だったし。
     舎人や雑色にも恩は売ったしな。いくら貴族がサーバでも
     結局噂の流通はネットワークである女房や召使いに
     頼っているようなこの世界じゃ、下を味方につけるのは
     大きいと思うぞー」
    黒髪娘「??」
    男「いや。友女房とかにも世話になっただろう?」
    黒髪娘 こくり
    男「美味い物でも出して、ねぎらってやれ?」
    黒髪娘「もりろんだ」

378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 09:38:20.99 ID:KmqRKDbT0
    ―― 一月後、黒髪の四阿、炬燵の間
    男「まだまだ炬燵が有り難いなぁ」
    黒髪娘「そうだな。朝夕は特にだ」
    男「それなに?」
    黒髪娘「宿曜道の本だ」
    男「宿曜道ってなに?」
    黒髪娘「暦道と占いの混ぜたような物かな。
     僧都が学ぶ物だけど、なかなか興味深い」
    男「勉強好きな」
    ペラッ
    黒髪娘「むぅ……。その……好きだぞ? 勉強は。
     以前みたいに、出世とか、そう言うことを
     考えなくても。私が、私のままで……。
     好きだ……けっこう」
    男「それでいーじゃんよ」
    黒髪娘「む」
    男「?」
    黒髪娘「そのミカンは私の分ではないか?」
    男「あ。すまん」

379 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 09:44:23.04 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「最期の一個とっておいたのに!」
    男「いや、悪い悪い。半分食うか?」
    黒髪娘「当たり前だ」
    男「ふふふっ」
    黒髪娘「ミカンは丁寧に剥くのが……ん?」
    男「いいや、なんかさ」
    ぺらっ
    黒髪娘「うん」
    男「ずいぶん打ち解けたというか。良い感じになったよな」
    黒髪娘「?」
    男「黒髪もさ、表情が柔らかくなった」
    黒髪娘「そのようなことはない。
     私は常に礼節には気を遣うほうだ」
    男「そりゃ最初からだったけどさ」
    黒髪娘「うむ」
    男「いまは、結構なれてきたでしょ?」
    黒髪娘「そうかな?」

380 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 09:47:29.68 ID:KmqRKDbT0
    男「馴れた馴れた」
    黒髪娘「何か釈然としない物を感じるが」
    ペラッ
    男「そうか?」
    黒髪娘「うむ」
    男「ほら。剥けたぞ。……ほれ」
    黒髪娘「ん」ぱくっ 「……美味しい。ありがとう」
    男「どういたしまして」
    黒髪娘「……むむむ。戌羯羅は金星にして宵を過ぐる、か」
    男「難しそうだな」 むきむき
    黒髪娘「夜空を彷徨う九星についてらしいのだが。
     これは明けの明星について話しているようだ。
     しゅくら、と読むのかな? 梵語は話せないから」
    男「ほれ、もう一個……」
    黒髪娘「ん」ぱくっ 「……ひんやりして美味しいな」
    男「だよなぁ」

383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:07:21.49 ID:KmqRKDbT0
     がたーん!
    黒髪娘「?」
    男「どうしたんだ」
    ばたーん。どたたたたっ。
    黒髪娘「なんだ、騒がしい」
    友女房「姫様っ。大変ですっ」
    黒髪娘「何があったのだ。友」
    男「どうしたんだ?」
    友女房「桐壺様のお付きの者がこちらにっ」
    黒髪娘「なにゆえっ!?」
    男「どうゆうこと?」
    友女房「た、大変ですよ。
     どうやら今回ばかりは探索というか、
     無理矢理にでも見つけるつもりかと」
    黒髪娘「いや、それどころではない。
     ほら、先月末の楽の会を」
    友女房「そ、そうでしたっ」

384 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:11:43.42 ID:KmqRKDbT0
    男「ちょっとまってくれよ。どういう事なんだ?」
    友女房「男様っ。そうだ、男様だってまずいですよっ!」
    黒髪娘「いや、今さら些末なことだっ。
     それよりまずい。まずいな……。
     私はここにいないことになってるし……」
    男「どうゆう事なんだ?」
    友女房「先月の歌会から、話が姫も多少は
     宮中での株が持ち直しまして」
    黒髪娘「多少と云ってくれるな」
    友女房「珍しい物見たさと云いますか、
     あちこちの歌会やらお茶会からたまに声が
     かかるようになったのですよ。
     姫君も、時間が余りかからないような
     小さな会を選んで数回は顔を見せたのですが、
     中でも強烈にお招きを下さっているのが
     桐壺さまでして……」
    黒髪娘「はぁぁ……」
    男「それが、どうだめなんだ?」

386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:15:11.82 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「桐壺様は後宮では大きな権勢を
     持っていらっしゃるのだ。
     しかしもうお歳もめしはじめていらっしゃるし
     今上帝の寵も薄れつつあるとの噂。
     要するに、藤壺の上に強烈な対抗意識を
     持っているのだ。
     私を誘うのも私自身に興味があるわけではなく、
     藤壺の上との間のもめ事に利用しようという気持ちなのだろう。
     それが面倒で、何回も断っていたのだ」
    男「ふぅん。断っていたのなら別にいいんじゃね?」
    黒髪娘「いや、そのぅ……」
    友女房「断る時の口実が問題でして。
     姫は気鬱の病のせいで吉野の別宅へ
     静養に行っていると云うことになっているのです。
     ひと月ほどのことですが」
    男「え?」
    友女房「ですからここにいるのが見つかると
     非常にまずいんですよ」
    黒髪娘「引きこもっていれば
     絶対にばれないと思ったんだが……」

388 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:18:45.20 ID:KmqRKDbT0
    男「どうしてそう言う隙だらけの作戦を立てるっ」
    黒髪娘「う゛。し、しかしっ。
     この庵を留守にすると、男殿の長びつが
     無防備になってしまうではないか」
    男「連絡しておいてくれるなりすれば、そんなのさ」
    友女房「す、すみませんっ。お二方。
     いまは火急の時ですので、どうかご容赦をっ」
    黒髪娘「そうだな。えっと、その使いの者は
     どれくらいでこちらにくるのか?」
    友女房「おそらく、半時もかからぬうちに」
    黒髪娘「ではいまから牛車を仕立てても……」
    友女房「ええ、絶対ばれてしまいますね」
    黒髪娘「くっ……。何か手はないのか」
    友女房「いっそ、女房の服で夕闇に紛れ……」
    黒髪娘「しかしそれで実家へ帰ろうと、
     実家の方も張られている公算が高い。
     どうも私に疑いを持って確認に来ているようだし」
    男「……あー。んぅ……なんだ。
     ひとつばかり、一応思案があると云えば……あるんだが」

390 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:30:50.69 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の田舎屋
    がたがたっ。どてっ。
    黒髪娘「っくぅっ」
    男「大丈夫か?」
    黒髪娘「かたじけない。男殿。……風の香が」
    男「やっぱ違うよな」
    黒髪娘「ここは……」
    男「話しただろう。爺ちゃん家の納戸だ」
    黒髪娘「そうか。ん……」
    男「足とか、平気か? 捻ってないか?」
    黒髪娘「大丈夫のようだ。いまは何時頃なのだろう?
     表はほのかに明るいようだが、夜明け前だろうか?」
    男「いや」すちゃっ 「――殆ど真夜中だな」
    黒髪娘「あの白い灯りは?」
    男「水銀灯だよ。防犯のために、夜を照らしている」
    黒髪娘「そうか……。本当に、別の世界なのだな」
    男「まぁ、気楽にしてよ。ようこそ、二十一世紀へ」

394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:40:03.65 ID:KmqRKDbT0
    ――男の実家
    姉「どーしたのよ、あんた。こんな時間に」
    男「しーっ。声、でかい姉ちゃん」
    姉「なんなの? 父さんの出張に母さんも
    くっついてっちゃったから誰もいないわよ?」
    男「そっか、なら、まぁ。いいけど」
    姉「どうしたのよ? こんな夜中に? 犯罪?」
    男「いや、ちげぇって」
    姉「むー。たいした用事じゃないんだったら老後にしてよ。
     あたし年金生活になったら暇になる予定だから」
    男「姉ちゃんを見込んでたのみがあるんだ」
    姉「金なら借りたい位よ?」
    男「ちがうって、その……さ。
     いや、なんて云えばいいかな。そのぅ……。
     決して問題がある事情って訳じゃないんだけど」
    そぉ
    黒髪娘 ぺこりっ

395 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 10:53:58.80 ID:KmqRKDbT0
    姉「かっ!」
    黒髪娘 びくっ
    姉「可愛い〜♪ わ。わ。なにこれ! まじ!?」
    ぎゅむっぎゅむぅぅぅ〜!!
    黒髪娘「!?」
    男「いや、姉ちゃん。ごめん、そいつ死んじゃうから」
    姉「なによ。ははぁん。これがあれ? 例の。
     難易度SSの女子中学生?」
    男「まぁ……そうなる……かな」
    姉「可愛いわねぇ。すっごいちいさいのっ。
     それに何これ、こんなに長い黒髪とかっ。
     あんたどんだけフェチはいってるのよっ!?
     いっやぁ。フィギュア買う程度かと思ってたけど
     この姉ちゃんもおそれいったわ! いやぁ参った!!」
    男「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 11:02:32.32 ID:KmqRKDbT0
    ――男の実家、居間
    姉「やぁ。ごめんね。あたし、こいつの姉。
     この家に一緒に住んでる。
     まぁ、こいつはいまは半分くらい爺ちゃんの家に
     寝泊まりしてるんだけどねー」
    黒髪娘「お初にお目にかかります。
     わたしは黒髪ともうします。
     弟御にはいつもいつもお世話になっています。
     その恩を返す事も出来ずこのように
     尋ねてきてしまいましたが
     どうかお見知りおき下さい……」 おずおず
    男「あー」 おろおろ
    姉「ちょ……ごめ……」 ぐいっ
    黒髪娘「?」
      姉「ちょっとあんた、あたしを萌え殺す気?
       鼻血でそうじゃない、あの態度。
       髪の毛サラサラで卵肌に潤んだ瞳よ。
       なんであんなに奥ゆかしくて清楚なのよ!?
       あれ絶滅危惧種だから。大和撫子だから。
       お姉ちゃんの物にするから」
      男「なんでそこでそうなるっ」
    黒髪娘「あの……。こんな余分に、本当にご迷惑を」

399 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 11:09:27.33 ID:KmqRKDbT0
    姉「いや、迷惑なんかじゃないですから」くるっ
    黒髪娘「そう……ですか?」
    男「お茶、煎れようか」
    姉「ああ、さっさと煎れてくるように」
    男「わかったよ」
    姉「黒髪ちゃんか。ん、素敵な名前だね」
    黒髪娘「ありがとうございます」
    姉(ふぅん……。男のTシャツにカーゴパンツ、ねぇ。
     どこで着せたのか。“着る物もなかった”のか……。
     やっぱり訳ありの“難しい娘”ってやつなのねぇ)
    黒髪娘「どうされました?」
    姉「ううん。なんでもないよ」
    男「おー。茶を入れたぞ」
    姉「どうぞ、温かいよ」
    黒髪娘「はい」
    姉「ハイとか言って。すげぇ清楚だよ。撫子だよっ」
    男「興奮するなよ。姉ちゃん」

402 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 11:15:36.82 ID:KmqRKDbT0
    姉「で、弟はお姉ちゃんになんのお願い有るのかな」
    男「まぁ、幾つかあるんだけどさ。
     まずはこの黒髪を風呂入れてやって欲しいんだ。
     こいつ、多分こっちのことは相当に疎いから」
    姉「ふぅん。……聞かない方が良い?」
    男「事情は聞かないでくれれば助かる。
     そうだなぁ……帰国子女だと思ってもらって間違いない」
    姉「いいよ。それくらい」
    男「それから着る物なんだけどさ。
     適当な女物見繕ってやってくれるかなぁ」
    姉「んー。あたしの古着って訳にもいかないよね」
    男「バイト代入ってるから、出せる」
    姉「夜が明けたら買いに行くとかで良いの?」
    男「うん」
    姉「一応聞いておくけどさ。しばらく一緒に住むつもり?」
    男「爺ちゃんの家でな。大丈夫。五日間だけだし
     姉ちゃんがおもってるような悪いことはなんにもないし
     俺も、そんな事するつもりはないから」

446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:10:18.23 ID:KmqRKDbT0
    ――夜中のバスルーム
    姉「さ、脱いだ脱いだ」
    黒髪娘「あ、いえっ。その。うわぁ」
    姉「ん? ん? やっぱりちょっと小さめね」
    黒髪娘「ううう。このように明るいところで。
     まるで昼間のような灯りではないか……ですか」
    姉「そりゃお風呂だもん。寝室みたいに
     暗くするわけにもいかないでしょ。……恥ずかしい?」
    黒髪娘「恥ずかしく……ありますが」
    姉「大丈夫大丈夫。気を楽に」
    黒髪娘「……う゛ぅぅ」
    姉(それにしても、このうっすらあばらの浮いた
     細っこい身体とか。そのくせ膨らんじゃってる胸とかっ。
     その身体に絡みつく滑らかな黒髪とかっ!!
     弟、あんた趣味よすぎっ)
    黒髪娘「その……」
    姉「ん?」
    黒髪娘「私はどこか変か……ですか?」

449 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:12:58.54 ID:KmqRKDbT0
    姉「いやいや。綺麗な物だよ」
    黒髪娘「そうですか」 ほっ
    姉「ほら、こっちきて。流すから」
    黒髪娘「あっ……」
    姉「熱かった?」
    黒髪娘「いえ、温かいです」
    姉「おっけーおっけー」
    黒髪娘(こんなに明るくて、夜中に誰の助けも
     借りることなく湯殿に湯を用意させられる……。
     男殿の家は貴族なのか? それともこの世界では
     全ての人々がこうなのだろうか……)
    姉「ん。まずは暖まろうか。髪の毛はまとめちゃおうね」
    黒髪娘「まとめる?」
    姉「うん、束ねて、結おう。大丈夫後で綺麗に洗って上げる」
    黒髪娘「お手数をおかけします」
    姉「ううん。こんなに綺麗だもの。触っていて楽しいよ」
    黒髪娘「そうですか?」 かぁっ
    姉「これは、宝物だね」
    黒髪娘「はい……」

451 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:19:08.12 ID:KmqRKDbT0
    姉「熱くない?」
    黒髪娘「心地良い……です」
    姉「んー。堅いかな−。もっと砕けた口調でも良いんだよ?」
    黒髪娘「う、う……む」 かぁっ
    姉「ふふふっ」
    ざっぱぁ〜
    黒髪娘「姉御殿は子細を詮索せぬのだ……ですね」
    姉「まぁね」
    黒髪娘「……」
    姉「あのばか弟が内緒だっつーんだから内緒なんでしょうよ」
    黒髪娘「弟御を信用なさっておいでだ」
    姉「あはははは。信用じゃないんだってさ」ははっ
    黒髪娘「?」

452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:23:40.58 ID:KmqRKDbT0
    姉「あれはねぇ、へたれだからね。
     へたれが昂じてDTだからね〜」
    黒髪娘「??」
    姉「まぁ、その分大事なものは判るでしょうよ。
     人の大事な物に口出しするのは
     無粋って。ただそれだけよ」
    黒髪娘「無粋、ですか」
    姉「おやおや。真っ赤だ」
    黒髪娘「はい」 にこっ
    姉「ゆだったかなぁ。おいで。髪の毛洗おう?」
    黒髪娘「はい、姉御殿」
    姉(む。……良いわぁぁ。
     この腕の中にすっぽり収まる華奢な身体。
     まじで鼻血物だわ、さすが難易度SS!)
    黒髪娘「どうされました?」
    姉「いえいえ。さ、座って」
    黒髪娘 ちょこん

457 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:40:44.64 ID:KmqRKDbT0
    ――男の実家、男の自室
    かちゃ……
    黒髪娘「……湯浴みからあがった」
    男「ん。そか」
    黒髪娘「その、服を、貸してもらった」おろおろ
    男「どうした? 入れば? 廊下寒いだろう」
    黒髪娘「湯浴み上がりで寒くはないのだが。
     ……服が落ち着かない」
    男「どうした……う」
    黒髪娘「変か? やはり変なのだな? 薄物だし」
    男(なんで素肌ワイシャツなんだよ……!?
     ね、姉ちゃん。あんた何考えてるんだっ)
    黒髪娘「寝具に入れてもらうと良いと」
    男「あ。ああ。ほら、ベッド使って良いぞ」
    黒髪娘「べっど……」
    男「この台だ。布団ひいてあっから」

462 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:45:16.56 ID:KmqRKDbT0
    もそもそ
    黒髪娘「男殿は眠らぬのか?」
    男「あー。うん」
    黒髪娘「それでは寒かろう?」
    男「気にするな」
    黒髪娘「この寝具は男殿のものではないのか?」
    男「うん、そうだ。……悪いな、そんなので」
    黒髪娘「いや……これが良い」 すりっ
    男「そっか」
    黒髪娘「温かくて、良い香りだ」
    男「そうかぁ?」
    黒髪娘「先ほど、姉御殿にしゃんぱうをして頂いた。
     桃の香りなのだ。桃の湯で洗うとは驚いた」
    男「ああ」(そっちの匂いか。びびった)
    黒髪娘「ほら、男殿」
    男「?」

464 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:52:49.03 ID:KmqRKDbT0
    男「どうした?」
    黒髪娘「桃の香なのだ。そうであろう?」 くいっくいっ
    男「ああ。うん、そうだな」
    黒髪娘「姉御殿は優しくしてくれたし、褒めてくれた」
    男「そうか」
    黒髪娘「この髪を褒めてくれたのだ」
    男「ああ、立派な髪だ。
     ……こっちでは、そこまで長い黒髪は珍しいんだよ。
     女でもあちこち出掛ける時代だから。
     長い髪は動くには不便だろう?」
    黒髪娘「わたしも切った方が良いだろうか?」
    男「もったいないよ」
    黒髪娘「そうか。……そうだな。
     私の女としての麗質の、殆ど唯一だし」 ごにょごにょ
    男「肩まで布団に入らないと寒いぞ」
    黒髪娘「でも、男殿と話していたいのだ」

465 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 19:59:57.34 ID:KmqRKDbT0
    男(やばいな。……なんか、こっち来てから
     可愛らしさが二倍に見える。
     やっぱり平安時代の明かりやら服装じゃ
     こっちからみたら駄目コスプレだもんなぁ。
     普通<現代風>の格好してたら美少女じゃんよ。
     犯罪だろ、これは)
    黒髪娘「どうされた?」
    男「いや、なんでもない」
    黒髪娘「全てが明るい。……闇がないのだな」
    男「うん、便利さを追い求めた結果だな」
    黒髪娘「なんだか……とても恥ずかしかった」
    男「明るかったからか?」
    黒髪娘「それもあるが、姉御殿が男殿の姉御だと
     おもうと、その……とつぎ先のようで。
     ううう……姉御殿には嫌われたくないので」
    男「ん? うちの姉ちゃんはそんなに簡単に
     人を嫌ったりはしないよ。ああ見えて度量はあるから」
    黒髪娘「そうでもあろうが……。そうだ。
     男殿も寒そうではないか、この寝具に」
    男「それはダメ」
    黒髪娘「そうすれば話しやすいのに」

467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:03:39.66 ID:KmqRKDbT0
    男「良いから寝ちゃえ」
    黒髪娘「男殿……は?」
    男「俺はちゃんと毛布とか有るし、
     暖房もあるし、平気なの。ちゃんとここにいるから」
    黒髪娘「ん……」ほっ
    男(やっぱ、一人で放り出されるのは、怖いよな……)
    黒髪娘「この寝具は……温かいな……」
    男「だな」
    黒髪娘「……すぅ」
    男「……」
    黒髪娘「……すぅ……くぅ」
    男(前髪、細いな……。額にかかって……)」
    黒髪娘「んぅ……」
    男(眠るとこんなに子供みたいな顔で……)

472 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:33:18.36 ID:KmqRKDbT0
    ――男の自室、遅い朝
    男「……んぅ」
    黒髪娘「すぅ……すぅぅ……」
    男「……なんで。こっちにいる?」
    黒髪娘「すぅ……くぅ……」 きゅ
    男(落ち着け……おれ!!
     多分寝ぼけて、じゃなきゃ心細くて
     ベッドから俺の布団に来たんだろうけど……。
     それにしたって、裸ワイシャツ薄すぎだろっ!
     相手は十二単での生活だったんだぞ。
     こっちが馴れてないのに〜っ)
    黒髪娘 もぞもぞ「あ……んぅ……」
    男「おはよう」
    黒髪娘「おはよう……男殿」
    男「肩、抜かせてな」 そぉっ
    黒髪娘「んぅ……温かい……」
    男「はいはい。もうちょっと寝てて良いから」
    黒髪娘「感謝する……すぅ……」
    男(心臓にわるい……)

474 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:39:54.95 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「んぅ……おはよう、ございま……」
    黒髪娘「……うぅ。……ん」 ぽやぁ
    黒髪娘「友……? 友、手水を……。あ」
     (そうか。私は……。男殿の世界に)
    かちゃ
    男「ああ、目が覚めたか?
     ずいぶんしっかり寝ちゃったな。
     もう昼前みたいだぞ」
    黒髪娘「そうか。あの……。
     布団を奪ってしまったか? すまない」
    男「ああ、気にするな。おなかすいたか?
     姉ちゃんはもう出掛けた。手紙残ってた。
     服を調達に云ってくれたみたいだ。
     行儀悪いけれど、もうちょっと俺の服で過ごしてくれ。
     夕方前には戻ってくるよ」
    黒髪娘「色々お手数を掛ける」
    男「任せとけ」
    黒髪娘「うむ」
    男「飯にしようか」

478 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:46:24.08 ID:KmqRKDbT0
    ――男の実家、ダイニングキッチン
    黒髪娘「これは……」
    男「えーっと。パンと目玉焼きと、ジャムと。
     クラムチャウダーなんだけど……」
    黒髪娘「未来の料理か」
    男「まぁ、そうなる」
    黒髪娘 どきどき
    男「知的好奇心100%の表情だな」
    黒髪娘「食べてみたい」
    男「もちろん。どうぞ。……んじゃ頂きます」
    黒髪娘「頂きます」
    かちゃ、ちゃ……
    男「どう?」
    黒髪娘「うむ。この汁物は……貝か。
     何ともいえぬ豊かな味わいだ!」 にこっ
    男「良かった」

482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:52:12.55 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「このパンなるものの柔らかきこと……」はむっ
    男「気に入ったみたいで良かったよ」
    黒髪娘「朝からこのような馳走をいただいている。
     感謝としか言いようがない」
    男「ん?」
    黒髪娘 もたもた
    男「ああ。ジャム塗るよ」
    黒髪娘「これは、塗る物なのか?」
    男「そう。パン貸してね。……こうやって、こう」
    黒髪娘「ふむ」
    男「わかった?」
    黒髪娘「理解した。……それにしても」
    かちゃ、ちゃ
    黒髪娘「何もかも手間を掛けさせることばかりだ。
     申し訳なくて、消え入りたくなる」
    男「なんだそんなことか。俺が向こうに行ってた時は
     俺の方が世話になっていたじゃないか。おあいこ様だよ」

483 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 20:56:47.62 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「そうであってくれれば良いのだが」
    男「気にすることはないって」
    黒髪娘「ん。これは! この味覚は!」
    男「だめだった? うちは姉ちゃんの方針で
     イチゴジャム禁止なんだわ」
    黒髪娘「それは判らぬが、これはミカンか。
     なんと爽やかで、甘く、芳醇な味わいだろう!」 ぱぁっ
    男「気に入ったか」
    黒髪娘「うむ。これは美味しい! 大変美味しい!」
    男「あはははっ。いいから、ちょっと拭け」 くすくす
    黒髪娘「む?」
    男「ほら、口だして」 きゅっ
    黒髪娘「これははしたないところを見せた」
    男「いや、良いよ。くはははっ」

485 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:04:10.57 ID:KmqRKDbT0
    がちゃん
    姉「あ、ご飯中?」
    黒髪娘「姉御殿」
    男「お帰り、姉ちゃん。早かったね」
    姉「まぁね。朝早めから行ってきたし」
    黒髪娘「ど、どうぞ。こちらへ」
    姉「ありがとうねぇ、黒髪ちゃんっ」むぎゅん
    黒髪娘「うう」
    男「姉ちゃんも何か食うか?」
    姉「あたしテキサスマックバーガー食べてきたから」
    男「そっか。じゃ、何か入れるよ」
    姉「紅茶が良いな」
    男「ほいほい」
    姉「〜♪」
    黒髪娘「どうしたのですか?」
    姉「いやいや。美少女と一緒のランチは目の保養ですよ」
    黒髪娘「??」

497 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/21(木) 21:24:12.97 ID:KmqRKDbT0
    コトン
    男「ほいよ、紅茶だぞ」
    姉「さんきゅー!」
    男「黒髪のも入れるな。これは、紅い茶なんだ。
     甘くして飲んだりする」
    黒髪娘「いただき……ます」
    男「姉ちゃんの前だと大人しいのな」
    姉「気にすること無いのに」
    黒髪娘「そんな事はない……です」じっ
    男「ぷくくっ」
    姉「まぁ、食事の後は着せ替えね! 自信作だからっ」
    男「なんか色々思いやられる」
    黒髪娘「お世話になります」
    姉「くぁ! 可愛いっ!」
    黒髪娘「うう」
    男「晩飯はどうしよっか?」
    姉「あ。鍋にする。弟が作って」
    男「ほいほい。飯の後、爺ちゃん家へ移動すっから」
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