Webマンガにおける視点移動とコマ割、そして単行本化について

・視線と視点

Web漫画における視線移動・コマ割りについて考える為に、まずは一般的な「本」での視点移動を確認しておかなくてはなりません。

※以下の画像での矢印は

緑の矢印「ページ内の時間経過」
赤の矢印「ページ内の視線移動」
青の矢印「ページとページの視線移動」

を表しています。

和書(右とじ、縦書きの場合)


洋書(左とじ、横書きの場合)


マンガ雑誌・単行本(右とじ、コマ割)


私たちは主にこの3パターンの視線移動に非常に慣れている為、例えばこのような

「左とじで、左から右に展開する」アメコミであったりは読む際に、どうしてもストレスを感じてしまうのです。

またWeb上のテキスト読む場合は殆どの場面において

Web上で見る場合(黄色い線はブラウザ1画面の区切り)

Web横書き


という構造になっており、ずらーっと縦長の状態で読んでいくことになり視線移動におけるストレスは、一般的な「左とじ、横書き」の「本」よりも少ないとも言えます。

一方でWeb上で縦書きのテキストを読む場合

Web縦書き


このように、ページ移動時にかなり無理な視線移動を要求される、とてもストレスを感じる構造だということがよくわかります。


さて、これを踏まえた上でWeb漫画の表記に入ろうと思うのですが……
現在Webマンガとして掲載されているものには大きく分けて二つのスタイルがあります。

一つはブラウザ上に見開きのページを表示して、仮想的にマンガ雑誌や単行本と同じ構造を取る――簡単に言えば『Jコミ』http://www.j-comi.jp/のような――スタイル。

もう一つは、VIPの『新都社』http://neetsha.jp/や、『裏サンデー』http://urasunday.com/のような「縦にスクロール」して読んでいくスタイル。

(更には『となりのヤングジャンプ』http://tonarinoyj.jp/や『電脳マヴォ』http://mavo.takekuma.jp/のように、その2つのスタイルが作品ごとに異なって混在しているものもあります。)

先に挙げた「ブラウザ上に見開き」で表示するスタイルおいて読者の視点はディスプレイ中央に集中し、外側には集中されにくくなります。

図にするとこんな感じ。

また縦スクロールするWebマンガでの視線移動は、以下の図のようにります。

Webマンガ(ex.新都社・裏サンデー)


雑誌形式のマンガと同じく、1ページ内での視線は「右上から左下」です。
しかし見開き2ページを表示できないためページ移動の視線移動は「左下から右上」になります。

つまりジグザグと「蛇行するように」視線は移動していくのです。

つまり通常のWebにおいて、文章は「左から右に読まれる」=「左から右に視点が移動する」のとは真逆の「右から左に視線が移動する」という構成になっています。
これはつまり「見慣れていない」=「ストレス値の高い」視点移動となっているのです。

その結果先の挙げた図の視線移動よりも、実際は

Webマンガ(ex.新都社・裏サンデー)修正版


のように「左右の振れ幅の少ない」視線移動で読まれていると考えるべきでしょう。

つまり「見開き型」も「縦スクロール型」も同じように、ブラウザやディスプレイの「中心」が一番「視点の集中」する場所であることは変わりないです。


・「本」になるということ

それでは、紙ベースでの書籍になった漫画(雑誌・単行本)においても同様に「中心」がもっとも「視点の集中」する場所なのでしょうか?

それは違います。

まずはこの図を見てください。

雑誌でも単行本でも物理的に製本され、更には読むためにページを《めくる》という動作が必要となります。
つまり《めくる》動作、あるいはその《めくる》時間というものが「漫画本」には存在します。
その為、上の図に挙げたように見開き2ページの中でも「最初に目に入る場所」が存在し、「製本される」ている以上その本の真ん中(「のど」と呼ばれる部分)は、「最初に目に入る部分」よりも「物理的に遠く」、また左右のページが「重なっている」という「読み難い」場所が存在しているのです。

つまりそこに同じ見開き2ページが存在していたとしても、1クリックで見開き全面が「同時に表示される」Web漫画と、ページを《めくる》ことによって見開きの中でも視界が捉える「ページ内での時間差」が存在する書籍での漫画とでは、まったく別物と言えるほど「視線の移動」も「視点の集中」も異なっているのです。

改めて一つの画像にまとめるとこの様になります。


このようにページ内での注目されるポイントが異なる、というのは「コマ割り」にも大きく影響を与えます。

前回Web漫画における視点移動とコマ割についてブログに書いた際、漫画研究家の泉信行先生からご指摘頂いたように(https://twitter.com/izumino/status/225274459072901120)紙での漫画との大きな違いは「縦ブチ抜き」のコマの使い難さです。

書籍での漫画において「縦のブチ抜き」のコマは、見開いた状態で右端に配置されることが殆どです。
これは先に述べました様に、書籍での漫画において見開き右端は一番最初に読者の目に飛び込む「めくり」と言われる、もっとも目立つ部分になります。

しかしWeb漫画において、右端は読者の視界の端にある「あまり目立たない」部分になってしまうのです。


具体的に見ていきましょう。
下の画像はサンプルとして、日本橋ヨヲコ先生の『少女ファイト』4巻収録の26話「自己暗示」のバレーシーンから、セッターが上げたトスで主人公・大石練が強烈なアタックを放つ場面を、2通りの方法でスキャンしたものです。




私のスキャン技術の問題もありますがw
上の画像はなるべく「のど」の部分を減らし、web上の見開きで表示した状態に近づけたもの、下の画像は「のど」の部分を残して、つまり「普通に手に取っているとき」のような見え方に調整したものです。

これに先に説明した「Webマンガにおける視点の集中」ポイントを書き込むとこうなります。

周辺部、特に右端に設置された縦のコマが殆ど潰れてしまっています。また左上のボールの着地点や、その勢いに驚くプレイヤーも読者の視点から外れてしまっています。
そしてもっとも目立つ筈の中心部には、どの人物も描かれていないのです。

一方で書籍の形式で見た場合

「のど」にあたる中心部は消えていますが、それで見えなくなるのはボールをインパクトした部分くらいのものです(それも空白が潰れるだけ)。
そして「めくり」に該当する一番目立つ部分には、大きくボールが、そして右端の縦のコマで主人公の表情がしっかり描かれています。
また緑の丸で囲った部分に、主人公の姿・セッター・ボールの着地点・他プレイヤーの表情と、バランスよく全てきちんと見えるように配置されてます。
また紫の丸で囲った部分は、次のページへの「引き」であり、アタックを撃って振り切った手の「運動の方向」と「ページをめくる方向」が合致しており、《めくる》行為と作品内での動きが合致した、大変に気持ちよく読める構造になっているのです。

このように、今までの長い漫画の歴史で洗練されてきた書籍の形式での表現は、洗練されてきたが故に、そのままWebの形式に落とし込んでも上手く作用できないのです。

つまり「Webで掲載する漫画」には、その書式・構造に応じた、また別の「視点移動とコマ割」が必要となってくるのです。


・Webマンガを単行本化するということ

では、その「また別の視点移動とコマ割」とはどういったものなのでしょうか?
その方法論は見開き型のWeb漫画よりも若干ではあるが歴史の長い、縦スクロールのWebマンガにおいてその萌芽を見つけることができます。

先の図で示したように、縦スクロールのWebマンガに置いて「左右」のコマはどうしても視線に捉え難く、書籍のマンガと同じ部分に「魅せコマ」「引きコマ」を配置するのは効果的では無いです。

そこで活用されるのが、横に長い「帯状のコマ」です。

例えば裏サンデー連載のONE先生『モブサイコ』第11話http://urasunday.com/mobupsycho100/comic/011_001.htmlを見て頂くと……






このように殆どのページが「帯状のコマで始まる」か「帯状のコマで終わって」いるのです。

これを図にすれば以下のようになります。


書籍型では「ノド」にかかってしまう部分が、Web形式においては潰れずに残る……さらにはここに「縦にスクロールする」という動作が加わる為「帯状のコマ」は画面中央、つまり視点の中心を通過していくことになります。


さて、ここで改めて問題となるのは「書籍のマンガ」を「Webマンガ」に変換することが困難なように、「Webマンガ」を単行本化することにも、非常に高いハードルがあるということです。

『裏サンデー』の言うように、Webマンガ雑誌が収益をプラスにするためには連載作品を「単行本化」し、販売するしか今のところは方法がありません(『裏サンデー』「SAVE THE 裏サンデー」 http://urasunday.com/save_the_urasunday.html

つまり現状「Webマンガ」にとって「単行本化」は不回避な事情であるのです。

それを踏まえた上で『裏サンデー』から原作:戸塚たくす先生/作画:阿久井真先生の『ゼクレアトル』第一話http://urasunday.com/thecreator/index.htmlより
縦スクロールのWebマンガでは見開き1コマが使えない為、ページを「横」にしてパノラマのように描かれているシーンがあります。

このシーンが先日発売された単行本『ゼクレアトル』1巻では


また、同じく『ゼクレアトル』第四話http://urasunday.com/thecreator/comic/004_002.htmlでは、メタ構造を取り入れた本作において、「虚構のキャラクター」と「虚構内虚構のキャラクター」が同じ表情を浮かべてしまう程の驚愕の展開が描かれている。
これは「縦スクロール」として見るならば

シームレスに繋がる表現として成立していますが、これは単行本になることで


というページをめくった先に移ってしまっているのです。

「縦スクロール」版においてはこの驚いている二人が「手玉にとられて驚かさせられる」という印象が強いのに対し、単行本では「本当に衝撃の展開」という印象が強くなってしまっています。
ここではページとコマの配置、その見せ方によって、そこで描かれている意味が変容してしまっているのです。

『ゼクレアトル』の原作である戸塚たすく先生は、ご自信のHP(Zxim http://taks2.sakura.ne.jp/)で『オーシャンまなぶ』という大変面白いWebマンガを描いておられます。
その描き方や内容を見ても、漫画が「Web上でどう見えるのか?/見られるのか?」ということを理解なされていると思います。

つまり、この単行本化における失策の責任はその大半が『裏サンデー』の編集にある、と私は考えます。

正直言ってこの出来では単行本で読むよりも、Web上で読むほうが遥かに完成度の高い【漫画】となっています。
「売れないとマズイ」「売れないと裏サンデーが終わる」というのなら、もっとこういった部分に配慮すべきではないでしょうか?

『裏サンデー』で連載されているマンガを、大変楽しく拝見させて頂いており、これからのWebマンガの発展を期待する身としては応援したいのです、しているのです。

Webマンガを連載する……しかも最終的に単行本化して収益を上げる、というシステムはまだそれほど新しいものではありません。
ましてや「Webマンガでデビューした」漫画家ともなれば、数えるほどしかいないのが現状です。
その過渡期においてWebマンガとしての「魅せ方」というのは徐々に成立しつつあるように思います、今後はそれを「どのように/どうやって」単行本に落とし込んでいくか?という方法論が確立していくことを期待したいと思います。

最後に、その「縦スクロールのWebマンガ」を「見開きのWebマンガ」に変換するという、現在のWebマンガ界の中でもかなり特殊な事を行っている『ワンパンマン』から、その変換の難しさと必要性を見てみます。
ONE先生がWebで描いている『ワンパンマン』(http://galaxyheavyblow.web.fc2.com/)より、第18話のワンシーン

この2つのコマをスクロールして見ることによって、読者は区切り無く「ショッキングなことを言われた」から「ショックを受けてる顔のアップ」へと自然に移行するこができます。

しかし【となりのヤングジャンプ】(http://tonarinoyj.jp/)連載の原作:ONE先生/作画:村田雄介先生版『ワンパンマン』は「見開き型」のWebマンガとなっています。
もし、「縦スクロール」版のまま「見開き型」に変換した場合


となります。

クリックすることによってページが変わる「見開き型」において、このままのページ・コマ構成では、「縦スクロール」時のようにシームレスな印象は無くなってしまいます。
そこで作画の村田先生は、ここにもう1ページ挿入します。




このように「縦スクロール」では読者による「スクロールする」という行為によって身体的に行われていた「ズームアップ」という過程を、そこに「ズームアップするページ」を挿入することによって代替をしているのです。

しかし、これもまた「見開きのWebマンガ」でのみ成立する方法であり、これが単行本化された時に「同じ読み味」を再現しようとするなら、また別の表現が必要となってくるでしょう。


・おわりに、未だ語りきれないこと

ここまで「Webマンガ」の視線移動とコマ割について語ってきました。
が、しかし。
ここには常に「誰もが同じディスプレイとブラウザを使っているわけではない」という問題が付いてまわります。

大きなディスプレイで見てるのか?タブレッドか?スマートフォンか?ブラウザによってデザインが違っていないか?画像の表示設定はどうなっているのか?

書籍というパッケージングされたものとは違う「Web」という場所だからこそ、複雑で語りにくく、しかし自由でまだまだ新しい表現が眠っている場所だと言えます。

今回触れられなかったWebマンガの一大勢力に「4コマ勢」があります。

たとえば『やわらかスピリッツ』http://yawaspi.com/index.htmlで連載されている漫画は大半が4コマ作品であり、ここで説明したものがほぼ通用しない理屈で作られています。

その中の一つ『トド彼』をサンプルとして上げれば、私の環境ではこのように見えます。


しかし、設定によっては

このようにも

このようにも見えます。

オチである4コマ目が「見切れる/見える/見えない」という差は、その漫画に対して持つ感想に大きな差を与えることでしょう。

雑誌・単行本での漫画表現も次々と新しいものが出るなかで、未だ足場の定まっていないWebマンガのこれからが非常に楽しみです。
また何か発見があれば、こうやって記事にしていきたいと思いますので 今後ともよろしくおねがいいたします。
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by SpankPunk | 2012-12-21 21:58 | | Trackback | Comments(0)

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