2012-12-21
国の会計が現金主義会計になっている理由
なんかあんまり得意じゃない分野の話ばかりで恐縮ですが*1。
「石原スゲェー、財務省はほんとにろくでもない組織だな、複式簿記も導入してないし、単年度会計が諸悪の根源」
という話があるのでこれは御用一般人の出番ではないのかと。
複式簿記がなんたるかはこちらの記事にも書かれていますので略。
「なんで国は単式簿記なんか使ってんの?なんで発生主義会計やんないの?ばかなんじゃないの?」
という人向けに論点を提示するのが目的。判断は自分で考えてちょ。
単式簿記・複式簿記は問題の本質ではなく、現金主義会計・発生主義会計が問題
石原慎太郎さんはだいぶ恍惚の人に近づいているので、「国のバランスシートがない」とおっしゃっていましたが嘘です。国が決算・予算が単式簿記だからといって財務諸表が作れないかというと全くそんなことはありません。前述の記事でも紹介されている通り、財務諸表を作る、ということと簿記の形式は別の問題で、問題は取引(歳出や歳入)のいつの時点で帳簿に計上するのか、という現金主義(現金が入る、払う時点で)と発生主義(歳入・歳出の事実が発生することが決まった段階で)の違いなのです。日本は現在国の会計としては現金主義をとっています。
公会計に現金主義会計が維持されている理由
企業では、一定の期間の間の損益=期間損益計算を正確に行いたいために、発生主義会計が望ましいとされているので、企業会計に親しんだ会計士の皆さんが、「国って現金主義なのかよ、死ねよ」と思いたくなる気持ちも分からないでもありません。しかし国が発生主義会計を導入しようと検討したことがないかというとそんなことはなく、財政制度審議会などがいろいろ検討した結果「現金主義が望ましい」と考えているということです。
1.支出の性質
まず国の支出は、収益・費用として認識するのが難しい項目が数多くあります。また、計上する資産について、発生主義では現金の収入という貨幣性資産の裏付けがないので、実質的に問題となるのは資産・利益の処分可能性になるわけですが、国の純資産などは計上されてはいても処分できないものがほとんどです。また、期間損益計算をする、期間が定められない予算も数多くあります。損失が出たらやめる、ということができない事業に対して「期間損益計算が可能だ」というメリットはいきません。もちろん、公共事業や、企業支援策などについてはそれらを作成する意義もあり、実際にフルコスト、ライフサイクルコストを計算する試みも行われています*2。この点では複式簿記的予算・決算が行われる可能性はあるといえます。
2.会計認識の恣意的な変更の恐れ
某橋下さんが、市長選の前に一生懸命やっていたあれです。発生主義会計を行う際、収益や損益にかんして、実質的に好き放題に改竄される恐れがあります。公会計の対象とする事業はいつからいつまでやるのかはっきりしないものも多いので、収入見込みを変える、フルコストの定義を変える、などをすることで、「粉飾決算」をする余地があるように思います。このあたり外部監査などがどこまで機能するのかわかりませんが。
3.歳出権との関連
例えば国の予算の場合、行政府に歳出権を担保するのは国会による予算決議です。国会による承認を受けていない費目は支出することができません。年度途中に償却が発生した場合、それに対する歳出権を発生させることができません。
4.憲法との兼ね合い
国の歳出は選良たる国会によって審議され、その統制を受けています。日本国憲法では第86条によって、「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。」とされており、これと第83条、85条によって、「国の歳入・歳出は毎年国会議員によって監視される権利が確保される」という建前になっております。ですので、まず複数年度予算というのはこの憲法を変えない限り認められないということです。また前述のような発生主義的な予算・決算を行う場合、どうしても国会による議決が得られない場合というのが出てきます。財政制度審議会でも憲法学者によって第86条が単年度主義・現金主義会計を要請している旨の確認が行われていたはずです。(資料不明。探してちょ。)この憲法に基づいて財政法が定められているおり、基本的には国の予算は単年度主義・現金主義を取ることになっています。一部例外があるのが、JSTなどのファンディングを行う独立行政法人で、政府から切り離された独立行政法人に予算を交付することで実質的な複数年度予算を実施しています。
5.政府の役割の認識
国の基本的な考え方として、国は徴税によって得た資産を歳出によって分配することをもって是(要は蓄財しないよってこと)としていて、当該年度の歳入は当該年度内に歳出することを基本的な目的としています。国にとっての予算・決算とはその計画書であり、報告書なのです。ですからそもそも期間損益という概念と縁遠くなっているのですね。
私個人の意見としては、憲法の改正うんぬんをのぞけば、選良による財政統制を維持する意味で現金主義会計は維持しつつ、予算の透明性、特に中長期の計画が明瞭で、事業の目的、期間が明確なものについては別途発生主義的な予算を計上する、その上で可能な限り迅速に決算とともに発生主義的財務諸表を出す、というあたり移行コストとか考えても妥当なんじゃないのと思いますけれど。
以上話題提供でした。