第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百六十一日目~百七十日目
“百六十一日目”
太陽が顔を出したばかりの早朝、まだ迷宮に潜っていなかった俺やカナ美ちゃんは、ミノ吉くんやアス江ちゃん、そして次男である鬼若達と久しぶりに顔を合わせた。
というのも、そろそろ俺の詩篇――第四章【王国革命のススメ】とやら――が本格的に開始されそうな予感というか、予兆というか、虫の知らせというか、そもそも最近脳裏に表示される項目の殆どが埋まってきているというか、とにかくこれから起こるだろう事に対しての対策と今後の下準備を進める過程で、大森林の拠点を出発してここに向かって来ている本隊とは別に、別働隊としてとある地点に向かっていたミノ吉くん達のチームが近くにまで来ていたので一緒に飯でも喰う事にしたのだ。
ミノ吉くん一行が加わったので人数がそこそこ多くなったが、俺達が居るのは迷宮都市<パーガトリ>である。
迷宮都市には迷宮に潜り財宝やドロップアイテムを持ち帰る事で日々の糧を得る冒険者や、ひたすら我が道を極める為に迷宮に挑む求道者などに加え、それ等を対象に商売している武器店や防具店、探索を有利に進める道具を売る道具屋やマジックアイテムを売る魔法道具店を運営する人々が多く集まるだけあって、王都などを除いた街と比べ、住んでいる人口も各地からやって来る人数の割合も段違いに多い。
その為、都市には百人単位のヒトが一度に入れる規模の飯屋はそこそこの数が存在している。
ざっと見まわしただけでも、飯屋が立ち並ぶ一角には同じ冒険者組合に所属しているのだろう数十人のグループや傭兵団らしき一団が、わいわいがやがやと談笑しながら一緒に飯を喰っている姿がちらほら見えた。
こちらも数はそれなりだが、それでも六十には届いておらず、探せばすぐに空いている飯屋は見つけられた。
ただ、ミノ吉くんの五メートルはある巨体が巨体だけに、店内では狭いので店外での飯となったがそれは仕方がないだろう。
それで適当に入った飯屋で喰ったのは“獄卒獣馬頭鬼のシャブリ鍋”という名の料理だった。
この料理に使用されているのは料理名通りに馬頭鬼、というこの大陸では珍しい種族であり、かつ派生迷宮に出現するボスモンスターの肉で、シャブリ鍋は簡単にいえば馬肉を使うサクラ鍋のようなものだ。栄養豊富な野菜を入れた鍋に、しゃぶしゃぶの要領で馬頭鬼の肉を入れて喰う。
最近は一段と冷えてきたので、ホカホカとして身体の底から温かくなるようなこの料理は、まさに絶品だった。なにより一緒に飲む酒がより一層美味くなる。
朝から酒、というのはどうかと思うが、【鬼】である俺にとっては水のようなもの、としておこう。
ちなみに馬頭鬼は名称通りに馬頭が特徴的な鬼の一種だったりする。
背丈は四メートルほどと五メートルはあるトロルやミノタウロスと比べて低いが、大きく隆起した筋肉の鎧は見た目通りに人外の膂力を秘め、丸太のように太い脚は馬脚型なので見た目に反して動きは速く、ボスモンスターとなるだけあって生命力も強い。
大剣で腹を裂かれて臓腑が出てもなかなか死なないどころか、脳を半分潰されてもしばらくの間動き続ける事も多々あり、かなり厄介なモンスターだとか。
それになにより牛頭鬼であるミノ吉くんと外見はよく似た種族だが、馬頭鬼と同じく戦斧ではなく刺叉か突棒などを得物として使い、大鎧のような形状の生体防具を装備した牛頭鬼というモンスターと必ずペアで出現するらしい。
一撃の破壊力に優れた牛頭鬼と、素早さに秀で敵を翻弄する馬頭鬼。
この二鬼の阿吽の呼吸ともいえる連携から繰り出される濃密な攻撃は多くの挑戦者を叩き潰し、派生迷宮の最下層にまで至れる冒険者達でさえ、少なくない被害を出している。
種族的にそもそもかなり強靭であり、その上更に迷宮の効果によって強化されている為、かなり強いので討伐されるのは月に一度あるかないか、といった状態だそうだ。
その為、馬頭鬼の肉をふんだんに使用したこの鍋も、それ相応の金額だった。正直朝から食べるような料理でもないし、一回の食事に使う金額ではないと思うが、そんな気分だったので仕方ないとして。
しかしどんなに強いボスモンスターでも、殺されればただの肉。
誰かが馬頭鬼を殺して持ち帰った高値で売れるドロップアイテムの一つ――“馬頭鬼のもも肉”は市場に流れ、その肉をこの飯屋が買い、客である俺達はこうして美味しく頂いている。
これも世の流れとはいえ、少し思う所もある。
俺もいつの日か殺されれば、誰かに肉を喰われるのだろうか。
……多分、カナ美ちゃん辺りが有力だろう。今でも血を吸いたいと言ってくる事が多く、実際に血を吸わせている。その弾みで肉を齧られる事もあり、その度に瞳の奥に表現しがたい感情が揺らいでいるのが見えたので、きっと喰われるに違いない。
まあ、別にカナ美ちゃんならいいか、と思わなくもない。それかミノ吉くん達でもいいか。
などというのはさて置き。
食事を終えた後は、ミノ吉くんを初めて見たお転婆姫が大層興奮してしまったので面倒だった。
巨岩のような背中をよじ登ろうとしては転げ落ち、慌てて俺が受け止めて怪我はせず、しかし諦めずにまたよじ登ろうとして、再度転げ落ちて俺が受け止める。
そんな流れがしばらくループして、怪我こそないものの疲れ果てたお転婆姫は俺の右肩に座り、角によりかかった状態で寝てしまった。身体の一部を変形させているので支えなくても固定できているが、あまり急激な動きは止めた方がよさそうだ。
ただ頼むから涎とかだけは垂らすなよと思いつつ、これまでミノ吉くん達が迷宮に挑んで得た成果を確認する事にした。
今回は前よりも長い期間迷宮に挑んでいただけあって、以前よりも得たマジックアイテムやモンスター素材は量、質、共に申し分ない。
今も着々と増えている団員全員にマジックアイテムの武具、あるいは道具を最低三つは確実に配給できるだけはある。ミノ吉くん達が集めた分もそうだが、やはり大臣を暗殺した際にちょろまかした品々の存在が特に大きいと言える。
ちなみにベルベットの遺産にはまだまだ強力な品も残ってはいるが、それはもう少し全体を強化してからでも遅くは無いだろう。一部はともかく、他の団員が使うにしても、まだ身の丈にあっていない。
ベルベットの遺産は強力な物が多く、取り扱いが難しいからだ。
確認を終えた後は、ミノ吉くん達と久しぶりに手合わせをした。
場所はギルドの施設である訓練場の一画を銀板一枚で貸し切りにし、得物を使うと被害が拡大しそうなので無手でやってみた。
迷宮で鍛えただけあって、以前よりもミノ吉くんの踏み込みは速く、深く、力強くなっており、土台がしっかりした分だけ打撃の威力が向上していた。
勢いよく頭上から振り下ろされた拳を避けると、勢いのままに地に突き刺さったそれは地面を砕いて周囲にズシンと響く轟音と衝撃を発した。
ミノ吉くんが動くたびに太い蹄の跡が地面に刻まれ、その呼吸に混じって漏れ出る炎雷がバチバチボウボウと唸りを上げ、拳には炎熱と雷光の力が宿る。
どれも直撃を受ければかなりのダメージを受けるものばかりではあるが、今回は訓練という事もあり、アビリティを使わなくても避けられないほどのモノではない。
本気だったら流石に使わないといけないだろうが、今回は問題なかった。
休みなく動き続けて一時間ほどが経ち、訓練場がかなり荒れてしまったので止める事にした。まだ物足りないが、強くなった事の確認作業はできたので十分だろう。
荒らした事をギルドマスターに謝罪しつつ、アス江ちゃんに均してもらう事で問題を解決する。放置すると罰金を払う必要があった。
その後は当初の目的通りに行動を開始したミノ吉くん達と別れ、俺達は迷宮に挑む事にした。
カナ美ちゃんと二人で行こうと思っていたが、お転婆姫達もついてくる、という事なので、<パーガトリ>が保有している迷宮の中でも難易度が高い迷宮を選んだ。
【水妖の洞穴】という洞窟型の迷宮で、アリの巣のように入り組んだ造りになっているらしい。
入ってみると事前に集めていた情報通りに周囲の岩肌は水に濡れて怪しく光を反射し、戦闘時には思わぬ妨げとなりそうな凹凸がある床には無数の水溜まりがある。思っていた以上に温度が低くいようで、吐く息が白く染まっている。耳を澄ませば水が流れている音が聞こえ、小さな音でも岩壁に反響して遠くまでよく響いた。
主に水などに関したトラップが多いため、予め防水・防寒装備を用意していないといつの間にか体温と体力を奪われる。光源は岩肌に点々と自生している光苔だけなので見えない事は無いが、かなり薄暗い。
出現するモンスターは基本的に地形を利用して冒険者達の虚を突くタイプが多いらしいが、それ以外にもかなりタフで強力な種が揃っているそうだ。
幾つか例を出せば、一見だけではそこらにある水溜りにしか見えない“アクアスライム”、口から水を弾丸のように射出する“アメン砲”、爪や牙などに強い毒性を獲得した蜥蜴人“ケイヴポイズンリザード”、オーガほどに巨大で鋼鉄以上に硬い外皮を纏う巨大蟹“キングレッドクラブ”、鰐頭にヒト型の胴体を持ち多様な武器を駆使する鰐人“ケイヴワリゲイト”、刃翼と状態異常を引き起こす超音波で闇から攻撃してくる“アサシンバット“、金属質の丸い核を中心にしているので宙を漂っていなければスライムにも見える水を操る“アクアエレメンタル”、背中にある無数の針から電撃を放つ“カミナリアラシ”、長い髭で電気と地面を操作するナマズのような“ジユラシ”などなど。
地形的に水氷属性の能力を持つモンスターがやはり多いが、その弱点になる雷光属性を持つモンスターもチラホラ見られるので、対策は手広くしておかねばならず、油断していると足元をすくわれる事が多いらしい。
ちなみにこの中ではキングレッドクラブが最も手強い。
鋼鉄どころかミスラルすら切り裂く四つの巨大な鋏、硬い外皮と巨大な身体、口から爆発する泡をマシンガンのように無数に吐き出すなど、走攻守はもちろん特殊能力まで持つ存在なので、冒険者達はパーティ構成によっては出会うと即座に逃げたりもするそうだ。
中ボス、とかそういった存在なのだろう。
まあ、そんな一般的な話はともかく。
数は少なかったが、出会うキングレッドクラブは片っ端から銀腕で砕いて殺し、ドロップアイテムである外皮や蟹足などを集める事に終始した。その他のモンスターもできるだけ多く殺しながら進んでいく。もちろん途中にある宝箱もトラップを解除しながら全て回収した。
モンスターの死体は迷宮ではさっさと喰わないと一定時間で消えてしまうし、普通は持ち帰れない。ドロップアイテムとしてなら可能だが、死体そのままに比べればそれはあまりに少量だ。
しかし俺のアイテムボックスに入れれば何故かそのまま持ち帰れるので、お転婆姫達にはダンジョンに溶けて消えたように見せかけながら回収していった。
流石に足手纏いが多かった事と少年騎士達のレベルアップの為、しばしば寄り道しながらだったので時間が足らずにここの最下層部までは潜れなかったが、半分近くまでは到達できたのでよしとしておこう。
帰りは最短距離で帰ればそこまで時間は必要なさそうだ。
今日はそこそこ開けた一画にてテントを張った。
テントは迷宮都市で普通に売られている物と俺の糸を混ぜ合わせて作った物なので、頑丈さには自信がある。キングレッドクラブ級のモンスターには流石に一撃で破壊されるが、アメン砲程度のモンスターの攻撃なら数分は耐えられる。
それに周囲にも糸の警戒網を敷いているので誰かが起きている必要もなく、今夜はぐっすり眠れる準備を整えてから晩飯を作った。
晩飯はダンジョンモンスターを主材料にして作ったが、やはりキングレッドクラブのドロップアイテムで作った蟹鍋は特に美味かった。ギュッと身が引き締まっていて、汁に味がよく染み出している。周囲が寒い事も手伝って、身体の中から温まった。
しかし、かなり食べてもラーニングできなくなってきているので、今度進化する時は、進化するかどうか考えるべきだろう。
“百六十二日目”
夜、モンスターの襲撃は八回ほどあった。
その度に俺が半分寝ながら素早く叩き殺していたので、お転婆姫などはグッスリと安心して眠れていたようだ。
朝飯に殺したモンスターを喰いながら、どんどん深い階層に潜ることしばし。
昼前くらいの時間に、ようやく最下層まで到達した。
最下層は開けたドーム状の空間になっていた。
主な戦場になるのだろう中央の直径四十メートルほどの空間は地面の凹凸も少なく、比較的平らになっているので戦いやすそうだが、それ以上の空間には天井からつららのように垂れている巨大な鍾乳石や棚田の畦のように見える輪緑石などが見られた。
青く澄んだリムストーンプールの中に光水草が自生しているらしく、水中から神秘的な光が発せられ、その光が天井に反射してまるで夜空に浮かぶ星のような光景を演出している。
ボスモンスターが出現する最下層部ながら、神秘的で、観賞する価値はある場所だった。
カナ美ちゃんやお転婆姫達もその光景をぼんやりと見つめ、小さく感想を呟いている。
俺は俺で、今回連れてきている子供達――オーロとアルジェントはこことは違った迷宮に潜らせているので、また一緒に見に来よう、と思った。
しかしそんな静かな時はボスモンスターの出現で終わってしまう。
出てくるのは仕方ないとしても、正直もう少しだけでいいから間を置けと言いたくなったが、それはさて置き。
【水妖の洞穴】のボスモンスターの名は、【オクトルプ・ハイ】という。
水棲生物のキメラのようなモンスターで、かなり異形な姿形をしている。
一応四メートルほどの背丈があるヒト型なのだが、全身はキチン質のような物質で構成された赤黒い外皮に覆われ、腹部にはドラム缶のように太い円状の巨大な口があり、鋭い牙が三列に並んで獲物を求めて微妙に動いている。右手はキングレッドクラブのような巨大な鋏で、左手は前腕部が異様に肥大化しているので盾として使える四本爪の怪手。下半身は蛸のような形状をし、背中からはウネウネと蠢くクラゲの触手のようなものが十数本も生えている。どこか鮫に似た頭部にある、まるで一部の深海魚のような奇妙に大きい四つの瞳は周囲を忙しなく見回し、聞くに堪えない奇声がヒトで言えば口のような部分から漏れていた。
不気味で気持ち悪い姿だが、ボスモンスターだけあって、かなり強い。
右手の鋏や蛸脚の怪力は当然ながら、口のような部分からは強力な赤い溶解液や複数の状態異常――【盲目】【混乱】【硬直】など――を引き起こす墨が放出されるし、なにより触手が一番厄介だ。
背中にあるクラゲのような触手からは、強力な麻痺毒が分泌されている。
触手に一度刺されると大半の者は即座に行動不能に陥り、蛸のような八本の脚で全身を砕かれ、あるいは鋏で細かく切り刻まれるなどし、最後には腹部の巨大な口で喰われる、というのが殺される冒険者の定番のパターンだとか。
その他にも周囲の水を操ったりもしてくるので、対策を練って挑む必要がある。
ちなみに出現時の演出はリムストーンプールの中から飛び出してきたり、天井の中心部にある穴から落ちてきたりと、その時その時によって変わるらしい。
今回はリムストーンプールから飛び出す演出だった。
そんな【オクトルプ・ハイ】には、単鬼で挑戦した。
お転婆姫達が居るので使用できるアビリティは限られていたが、見ただけでは何をしたのか分からない肉体強化の類は使えたので、約三分ほどで殺す事ができた。
硬い外皮は比較的簡単に砕けたものの、非常に柔らかい本体は【物理攻撃耐性】かそれ以上のアビリティを持っているらしく、少々手古摺った。ハルバードで蛸脚を幾度も斬り落としたが、斬った傍から新しい脚が生えるなど、回復力も馬鹿にならない。
それにオクトルプ・ハイはその優れた回復力でも追いつかないほどの大ダメージを受けると、リムストーンプールで泳いでいる巨大魚や巨大蟹などを捕食して回復するので、多少長引いてしまった。
一度回復されてからは回復させないように気を使ったのだが、まさか巨大魚や巨大蟹が喰えなくなると、俺が斬り落とした自分の蛸脚を喰って回復するとは思わなかった。
まあ、俺も同じような事はよくしているのでとやかく言う資格はないのだろうが。
【辺境詩篇[水妖オクトルプ]のクリア条件【単独撃破】【制限時間】【部位破壊】が達成されました】
【達成者である夜天童子には希少能力【捕らえ喰らう者】が付与されました】
【達成者である夜天童子には希少能力【水妖殺士】が付与されました】
【達成者である夜天童子には【遺物】級マジックアイテム【水妖外殻:オクトルプ】が贈られました】
【達成者である夜天童子には【試練突破祝い品[初回限定豪華版]】が贈られました】
それにどうやら、また辺境詩篇をクリアしたようだ。
調べた限りだと、辺境詩篇は一つにつき大体六つか七つのクリア条件が決められていて、その内の三つ以上を満たせばクリアとなるらしい。
条件には【単独撃破】が大体入っているらしく、よってパーティよりもソロで迷宮に挑む者の方が得ている確率が高い。とはいえ、比較的、というだけで珍しい事には変わりないようだが。
まあ、自己強化の手段としてはかなり手っ取り早い手法だと言える。
ボスモンスターを単鬼で、それも迷宮の力で強化された種族を斃すというのは厳しいが、やってやれない事はない。現に俺がそうしているのだから。
ただし実力があっても他の条件を満たせるかどうかは運次第だろうが、カナ美ちゃん達にも一応はやらせるべきだろう。
という事で、オルトルプ・ハイの死体を後で喰う為にさり気無く回収した後、続けてカナ美ちゃんにボス戦をやらせてみた。
既に【単独撃破】【制限時間】【部位破壊】のクリア条件三つが判明しているので、それを満たすようにやればかなり簡単にできるだろう。
という予想は当たった。
新しく迷宮によって生み出されたオクトルプ・ハイを約十分と時間はかかっていたが、それでも無事に倒した。そして条件を満たすように戦った為、辺境詩篇[水妖オクトルプ]をカナ美ちゃんはクリアし、俺と同じ能力を得た。
ここまでは予定通りである。
ただ、獲得したマジックアイテムは【水妖外殻:オクトルプ】ではなく、同ランクのマジックアイテム【水妖奇剣:オクトルプ】だった事には興味を引かれた。
どうやら貰えるマジックアイテムにはバラつきがあるようで、能力も形状も違う。ただ、ボスモンスター名を冠するアイテムである、という事だけは共通していた。
俺が得た水妖外殻を試しに使ってみると、オクトルプ・ハイのような形状の外骨格を一瞬で装着できた。俺が【外骨格着装】の効果で装備できる二つの外骨格――【赤熊獣王の威光】と【翡翠鷲王の飛翼】――のようなものらしく、動きに阻害感は無い。背中の触手や蛸脚も、慣れは必要だが思った通りに動かせそうだ。
外殻系のマジックアイテムは、一種の変身アイテム、とでも思えばいいのだろうか。
ちなみにお転婆姫の護衛である少年騎士曰く、水妖外殻は【遺物】級の中でも取引価格が最も高い部類の品だそうだ。ボスモンスターの能力を疑似的とはいえ得られる品である事に加え、辺境詩篇をクリアしないと得られない類の品なのだから、当然と言えば当然か。
それからカナ美ちゃんが得た水妖奇剣は、刀身がクラゲのような触手で形成されていた。先端からはオクトルプ・ハイ同様、強力な麻痺毒が分布され、十数本にも及ぶ触手は再生能力つきで持ち主の意思一つで自在に動かせるらしい。
触手を束ねて刺突剣の様にする事も、触手をしならせて多節鞭のような扱いもできるようで、応用力がかなり高いようだ。
やばい、カナ美ちゃんが本格的に女王様のような道を辿っている。
普段の性格は明るく温厚でお淑やかなので問題は無いが、一度スイッチが入ると凶暴化――以前寝込みを襲ってきたゴブリンの首をもぎ取ろうとしたのはいい思い出――するので、少し心配だったりする。
……まあ、いいか。大変な目に会うのはカナ美ちゃんの敵だろうし。と思う事にした。
という事で気を取り直し、巨大な氷像と化している二体目のオクトルプ・ハイを密かに回収してからドーム状のボス部屋にて色々と素材を回収した。
素材というのは光水草とか、オクトルプ・ハイが喰っていた巨大魚などだ。光水草は限定された場所にしか生えていないので珍しく、巨大魚は高価な薬の素材になり、巨大蟹も高級食材として貴族に高く売れる。
これらはオクトルプ・ハイを無事倒す事が出来たパーティだけが得られるボーナスのようなものなので、遠慮なく貰っていく。
ちなみに最初に殺した時に採取しなかったのは、これらはそこそこ時間が経たないと再生されないので、終わりに集めればいいかと思ったからだ。
帰り道は最短距離を駆け抜けた。体力がなく足も遅いお転婆姫を俺が肩車し、先頭に立って出会ったモンスターを片っ端から薙ぎ払ったので二時間とかからない。
ジェットコースターに乗ってはしゃぐ子供のようなお転婆姫の反応には、少し和んだ。
と同時に、実の子供達にも、ちゃんと親らしい事をせねばと戒める。鍛えるだけでなく、他の事も勉強させてやらねば。
“百六十三日目”
三日間は出てくるなと言って迷宮に入れていたメンバー全員が無事帰還した。
中にはダンジョンモンスターとの戦闘で大怪我を負った者もいたが、事前に支給していた錬金術師さん作体力回復薬やドロップアイテムを使って治療済みなので、大した問題は無い。
時間があったので最下層まで到達できた組が予想以上に多く、その全てがボスモンスターを討伐できた訳ではないが、討伐できた組もいるので、とりあえず十分な戦果だといえるだろう。
今までの訓練で培ってきた力を実感できたのか、清々しい表情を浮かべている者も多い。
その中でオーロとアルジェントはボスモンスターを討伐した組に入っている。
流石俺の子だと思いつつ、頑張った褒美として異邦人の青年から奪っておいた魔砲とタバルジンなどをプレゼント。
オーロが魔砲を受け取り、アルジェントはタバルジンを受け取った。これは性格的に長女オーロが遠距離戦を好み、長男アルジェントが接近戦を好むからだ。
どちらもプレゼントを喜んでいたので、喧嘩する事はないだろう。
その他にも迷宮で得たマジックアイテムを回収し、再分配した後、今日は各自の好きなように行動させる事にした。つまりお休みである。
一応お転婆姫には護衛役として、少年騎士で遊ぶ為にお転婆姫に色々吹き込んでいるカナ美ちゃんをつけ、俺はオーロとアルジェントと共に、再度【水妖の洞穴】に潜る事にした。
最下層に至るまでの道中は出くわすダンジョンモンスターの殺害方法と解体の仕方、構造的な弱点などを二人に教えつつ、様々な話をしながら進んでいく。
俺がゴブリン時代に種族特性として最初から持っていたアビリティの一つ、【早熟】が遺伝しているが故に二人の肉体と精神の成長は非常に早いが、それでもやはり子供である。本音と建前を駆使してくる輩と出会った時の対処法などは日々教えてはいるが、子供らしく純粋な部分もあるので用心していても騙される事はそれなりにある。
イヤーカフスには俺の分体が居るので最悪の事態になっても居場所や助言、補助などはできるが、やはり自力で対処できるだけの戦闘力や思考力は鍛えておいた方が無難だろう。
と思いながら潜っていると、昼をやや過ぎた頃、ようやく最下層に到着した。最短距離を進んでいたので、戦闘や講義をしつつもあまり時間はかかっていない。
背後に居るオーロが『私達の時はここより弱くても、ゆっくりと警戒しながら潜っていたのに……やっぱりお父さんって凄いんだね』と呟くと、アルジェントは『だよね。赤い蟹……キングレッドクラブ、だっけ? の外皮、触ってみたら、かなり硬かったよ。なんでこれがあんなに適当な殴打で砕けるんだろ?』と小首を傾げている。
多少は立派な父の背中を見せられたかな? と思いつつ、複雑な視線を向けてくる子供達とボス部屋の神秘的な光景を堪能した。
そのついでに二度目のオクトルプ・ハイの討伐を行った。
目撃者もオーロとアルジェントだけであり、時間も勿体ないのでアビリティの重複発動で一気に殺しにかかる。
がその前に、危ないのでオーロとアルジェントまでは届かないように真空の膜を作って音を遮断し、更に保険でベルベットの遺産の一つである、即死攻撃に対し自壊する事と引き換えに一度だけ無効化するマジックアイテム【残命の指輪】を渡した。
準備が整ったので、一定確率で敵を殺す【死を招きし鬼声】と、音量を跳ね上げ状態異常を付与する【黒使鬼の咆撃】で先制攻撃を行う。
すると自分でも驚くくらいの大声が響き、周囲の鍾乳石などは木端に砕けて砂となり、周囲の水は激しく波打ち水泡を弾けさせ、岩壁に反響して音量を更に増幅して、声を聞いたオクトルプ・ハイはゆっくりと前向きに倒れた。
ドチャガチャ、と音を出し、全く動かなくなる。
それに、え? と驚きつつ、アイテムボックスから取り出したハルバードの穂先でオクトルプ・ハイの肉体を突いてみる。突くと穂先から雷が迸り、オクトルプ・ハイの肉が焦げる匂いがするが、しかし動く様子は無い。
しばらく放置してもそれは変わらず、どうやら即死してしまったらしい。
【辺境詩篇[水妖オクトルプ]のクリア条件【単独撃破】【制限時間】【一撃必殺】が達成されました】
【達成者である夜天童子には希少能力【水妖滅殺師】が付与されました】
【達成者である夜天童子には【遺物】級マジックアイテム【水妖怪盾:オクトルプ】が贈られました】
【達成者である夜天童子には【試練突破祝い品】が贈られました】
えーと、多分前回得た【水妖殺士】が攻撃命中確率などを水増ししたに違いない。
基本的にこの世界の法則で得た希少能力――【撃滅の三歩】、【生者を喰らう者】、【水妖殺士】、【捕らえ喰らう者】など――は俺が【吸喰能力】で得た数々のアビリティと違い、その殆どが常時発動している。
これらは意思一つでオンオフを変えられるラーニングしたアビリティと違って不便な時も確かにあるが、こうして思わぬ結果を出す時もあるので驚かされる。
まあ、いいか、という事で三体目になるオクトルプ・ハイの死体を回収し、前回よりやや少ないが再生していた素材を採取して、さて帰るか、と振り返ると硬直しているオーロとアルジェントと目があった。
途端に奇妙な沈黙が流れる。二人の視線が妙に痛い。
あまりに理解できない物体を見ているような、そんな目だ。
決して実父に向けるような類のものではない。
無性に居心地が悪くなり、それを誤魔化す為、今度はオーロとアルジェントにオクトルプ・ハイの討伐を挑戦させてみた。言っておくが強制ではなく、どうだ? と聞いたら妙に興奮し始めた二人がやってみたいと言ったからである。
ただ俺が加わっては訓練にならないし、かといって未熟な二人が倒せるほどオクトルプ・ハイは弱くない。
高火力で多種多様な魔弾を放てる魔砲をオーロに、傷口を爆破するタバルジンをアルジェントに渡しているとはいえ、まだ総合的な能力では大きく劣っている。
恐らく二人だけでは数分と経たずに触手に刺されて行動不能になり、あるいは蛸脚に捕まって殺され、喰われるだろう。
なのでブラックアンデッド・ナイトを二体【下位アンデッド生成】で造り、二人のサポートに専念させた。
遠距離からはオーロが慣れないながらも多種多様な魔弾を魔砲で撃ち込み、中距離からはアルジェントが白銀のパルチザンを射かけつつタバルジンやパルチザンで攻撃し、近距離では常にオクトルプ・ハイの気を引く二体のブラックアンデッド・ナイト、というパーティだ。
俺はボス部屋の前に腰かけ、エルフ酒を飲みながら観戦した。
オクトルプ・ハイの弱点や注意点は既に教えているし、いざとなれば割って入るので大丈夫だろう、と思っていたのだが。
僅かにあった心配は杞憂に終わった。
攻撃を一番多く浴びた二体のブラックアンデッド・ナイトの内、一体は既に消滅し、残りの一体も半身が消滅していてほぼ大破したといってもいい状態であるとはいえ、それに守られていたので二人は障害が残るほど大きな怪我を負う事なく討伐し終えた。
一時間以上、と時間はかかっているし、圧倒的に自己よりも強い前衛に守られて、辺境詩篇の条件も満たせなかったとはいえ、格上のボスモンスターに勝った。
その意味は大きく、吸収した経験値量も膨大だったのだろう。
息も絶え絶えの疲労困憊で、最下層の濡れた床で仰向けに寝転んでいる二人のレベルは大きく上がり、オーロは【魔砲使い】、アルジェントは【斧爆士】という新しい職業を得たようだ。
二人は既に【槍士】と【射手】を訓練中に自力で獲得し、更に俺から遺伝したのか【狂戦士】と【格闘士】などを持っている。
それぞれのレベルはまだまだ低いのだが、【職業】の数は多いので、それだけ補正は強くなる。二人は肉体面でそもそも人間を軽く凌駕しているのだから、補正による強化率は人間とは比べ物にならない。
人間と亜人両方の特性を持つミックスブラッド系の成長力は明らかに桁が違うようだ。もしかしたら、この二人なら将来俺を超えるかもしれない。
子供は親を越えるものだと思っているので、それは嬉しい可能性だ。
ただ当分負ける気は無い。親の威信がかかっているのだから。
と思いつつ、成長した二人を褒め、オクトルプ・ハイの死体を回収し、役目を終えた黒骨を食みながら最短距離で地上に戻った。
その途中で二人に任せられる程度のダンジョンモンスターと遭遇すれば戦っていたので時間はかかったが、夕食にはなんとか間に合った。
ダンジョンの出来事を話のネタにしつつ、今日は魚料理を堪能した。
その際には今回の攻略でアクアスライムから“スライム酒:クーフォレア”という銘の酒がドロップしていたので、ついでに飲んでみた。
理由としてはクーフォレアを得た時に【物品鑑定】で調べたところ、魚料理に合う、と記載されていたからだ。
実際に飲んでみるとサッパリとしたのど越しで、甘みがしっかりとありながらキレのある辛さで、魚料理に合う酒、というのは本当だったようだ。
“百六十四日目”
太陽が出たばかりの頃、大森林にある拠点からやって来た本隊が迷宮都市の外にある森に到着した。
その数は四〇〇に達している。
結構な数だが、しかしそのメンバーの殆どはゴブリンとホブゴブリンだった事で、本隊の到着を楽しみにしていたお転婆姫は落胆を隠せていなかった。
俺の肩に座った状態で『ええ? これ本気? いやいや、ゴブリンとか、冗談でしょ?』とでも言いたげな態度である。声には出さず、視線だけで訴えているだけだが、俺にはそう感じられた。
それは少年騎士や他の護衛達も同様で、ハッキリとは言わないが肩を落として項垂れていたので見れば分かる。
一応デュラハンや竜人、オーガといった強力な種族も居るが、全体から見ればやはり少ない。だから許容範囲外ではないが、世間一般で弱いと認知され、実際に弱いゴブリンとホブゴブリンで半分以上が構成された軍勢では、頼りなく思えて当然だ。
これから迎える大孫達【貴族派】との内乱で少しでも多くの戦力を欲しているお転婆姫達からすれば、今は亡き大臣の妨害工作によって予定よりも味方が少なかったので、戦力増強は急務だった。
しかも大孫達はそろそろ動きそうで、焦っている部分もある。
そして期待されていた俺が用意したのがこれでは、お転婆姫の反応も仕方ない。
背に腹は代えられないとはいえ、どうせなら、と思うのが人間だ。俺はあえて何も言っていなかったが、勝手に想像して期待していた分、その反動は大きくなったのだろう。
俺も何も知らなければそうなったかもしれない。
肩の上で普段とは違って真剣な顔になり、今回の戦力を計算して計画を下方修正し始めたお転婆姫に思わず苦笑しつつ、既に習性として昇華されている午前訓練を開始させた。
今日は空から疎らにだが白雪が降り、寒風が吹いているが、傭兵団の統一装備品である各種エンチャントされた紋様入り外套を着た団員達は息を白く染めながら、準備体操をした後訓練を開始した。
普段通り、実戦形式の訓練だ。
多少の怪我ならイヤーカフスの効果によって治癒する為、その動きは激しく、訓練というには余りにも過激である。
迫る剣尖を完全に回避できずに首を斬られ、ツツツと赤い血を流し、太い動静脈こそ斬られなかったがもう少しで死ぬ一歩手前だったにも拘らず、怯むことなく手にした得物で反撃する者。
勢いの乗った戦槌によって片腕の骨を砕かれ、激痛に苛まれながらも精神力で痛みを抑え込み、腕のお返しとばかりに相手の骨肉を叩き砕く者。
やや離れた場所から同階梯の魔術を衝突させ、対消滅による破壊と轟音と閃光を撒き散らしている者。
あえて魔術をマジックアイテムの盾で受け止め、しかし余波で手足などが傷つきながら、止まる事なく相手に向かって前進する者。
多対多でコンビネーションの訓練か、地位の高い者に率いられ、咆哮を上げながら剣戟を交わす者達。
人間の構成員が放つ戦技を、自力で鍛え抜いた技巧によって捌き、流し、弾き飛ばす者。
訓練だというのにその様子は実戦としかいえず、まるで死を恐れぬその姿に、お転婆姫達は目を丸くしてしばらくの間放心していた。
普通の人間の精神構造だととてもではないができないだろう血生臭い訓練風景は、そうなるように訓練・改造した俺が言うのもなんだが、初めてみると絶句するかもしれない。
実際優れた回復手段がなければ訓練中の怪我で死んでいただろう団員は結構いるし。
普通、そんなもんはせんだろうな、と思う。
それでも反応が面白く、くくく、と俺やカナ美ちゃん達がお転婆姫達の様子に笑っていると、気がついたのか頬を赤らめ、恥ずかしそうに身を捩った。
俺の傭兵団のゴブリン達は普通のゴブリンとは違うのだよ、普通のゴブリンとは。
それにもちろん、他の団員もな。
と、自慢してみる。するとお転婆姫は『アポ朗の癖に生意気なー』とでもいいたそうな表情を見せた。
頬を赤く染め、気恥ずかしそうではあるが、楽しそうな表情だ。
とりあえず一時間ほど訓練を眺め、本隊はこの森の中で待機させて迷宮都市に帰還した。
斥候を放ち、騒音や閃光などは分体が大気などを操作して迷宮都市に伝わらないようにしているとはいえ、散歩と称して迷宮都市外に来ている俺達はそろそろ帰る必要があったからだ。
事前に排除したから居ないとは思うが、生き残っている誰かの密偵が不審に思うかもしれない。
まあ、それは杞憂だった訳だが、明日には王都に戻る為、浅い階層までならと条件付きで迷宮に潜る事を許可したり、訓練したり、買い物したりして迷宮都市に留まる最後の日を過ごした。
そろそろ俺の詩篇が始まるのではないか、と思いつつ温かい布団に包まり――
【世界詩篇[黒蝕鬼物語]第四章【王国革命のススメ】の開始条件の全てが満たされました。
解放条件クリアにより第一節【雌伏の時】、第二節【予兆の陽】、第三節【狼煙の唄】、第四節【破喰の牙】、第五節【毒死の翁】、第六節【這終の城】、第七節【戦火の弾】、第八節【闘避の馬】、第九節【斧滅の蹄】、第十節【勇戦の儀】、第十一節【哭滅の鬼】、最終節【統率の姫】まで進みます。
詩篇は既に第一節【雌伏の時】から第五節【毒死の翁】まで進行していた為、成功報酬の全てを得る事はできません。
ただし、残りの各節に隠された条件をクリアする事で全てを得る事は可能です。
世界詩篇[黒蝕鬼物語]第四章【王国革命のススメ】は第六節【這終の城】から開始されました。
健闘を祈ります】
――今まであった≪YES≫≪NO≫の選択肢もなく、強制になるとは少し予想外だったが、まあ準備も大体終わっているので問題はあまりなかった。
それにしても、アナウンスがだんだんと変化しているような?
“百六十五日目”
早朝、骸骨百足に乗って最初と同じメンバーで王都に帰還する。
行きと帰りでメンバーが違っていれば変だと思われるからだが、本隊は既に王都の地下に潜伏しているので問題は特にない。
この世界でも比較的進んだ文明を築いている王都の地下には、【異界の賢者】主導の下、長い月日と大金が費やされ、生活を便利にする上水道や下水道などを張り巡らせている。
王都では他と違ってわざわざ井戸や川から水を汲んでくる必要は無く、蛇口を捻れば新鮮な水が即座に飲めるし、トイレはくみ取り式ではなく水洗式だ。
ただ、本当ならもっとシンプルな構造にしたかったのだろうが、王都が広大だった事と、既に家屋が完成していた事、そして【異界の賢者】自身に専門的な知識があまりなかったのだろう。
地道な努力によって地下に張り巡らされたそれ等は、微妙な手違いや諸事情によって湾曲したり合流したりした結果、まるで迷宮のように入り組んだ道筋を形成している。
複雑過ぎて下手に潜れば道に迷い、何処に居るのかすら分からなくなるほどだ。
しかもいつの間にかネズミ系モンスター――体毛と歯が鉄と同等の硬度を持ち小型犬程の大きさを誇る“鉄鼠”、何もしなければ害は無いが一匹殺すと周辺の仲間が集まってきて連鎖的に小爆発するという厄介な特性を持つ“バクサネズミ”、ベンゾキノンを放出するミイデラゴミムシや強力な毒針を持つスズメバチといった様々な昆虫の特性を色濃く持つ“バグズラット”など――や、汚水やゴミを取り込んで肥大化した“トラッシュスライム”、下水の中を泳ぎ汚物に塗れた“トラッシュマンバ”といったモンスターが住み着いてしまい、かなり危険だ。
ただし危険ではあるが、これらモンスターは暗闇を好む為、数が増えすぎない限りは地上に出る可能性は少ない。地下に潜る事さえしなければ、王都の住人が地下のモンスターに襲われたなどという事は今まで一件も出ていないのがその証拠だろう。
だから一般人は地下には近寄らないし、近寄らせない。
地下に子供が遊んで入り、死体や肉片で発見されるなど、特に珍しい事でもないからだ。望んで産まれなかった捨て子などは、あえて放置される事も多いらしいが。
普通なら、地下にはせいぜい増えすぎないよう定期的に出されるモンスター退治の依頼を受けた冒険者が入るだけだろう。
だが後ろ暗い事をしている輩には、地下は大変ありがたい場所だった。
先も述べたように捨てられた誰かの子を拾って商品にする事もあるし、表ではできない非合法な事を生業にしているならず者達が住み着いている。
地区ごとに大小様々な組織のアジトがあり、普段はならず者協定のような取り決めによって平和なものだが、数か月に一度は定期的に縄張り争いをしているらしい。
それが危険な地下がより危険な場所にしている原因なのだが、それはさて置き。
地下には以前から使えないかと分体を使って探索していたし、密かに行っていた他国の密偵狩りの副産物として俺が自由にできる一区画がある。
そこは元々とある麻薬の売買を生業にしていた組織のアジトだったのだが、お転婆姫が使い道がないので潰せ、と言ってきたので潰した結果、使う者が居なくなった場所だ。
放置するには部屋が結構手が入れられて綺麗だし、使わないままにするのは勿体ない、という事で俺が使っていたのだが、今回はそこに本隊を隠している、という訳だ。
とはいえ数が数だけに色々と増設する必要性はあったのだが、増設作業は森林の拠点で手慣れている団員達に任せればいいだろう。
今頃は暮らしやすいよう、せっせと地下で作業中だ。
ちなみに王都の警備がザル、という訳ではない。
四〇〇もの軍勢が発見される事なく王都内部に入れいている時点でザルだ、と言えるかもしれないが、俺が城壁の下を掘削して直通ルートを作ってしまったので、流石に仕方がないと思う。
見つけられたら、それこそ驚きだ。
まあ、これはどうでもいい話だろうからここまでとして。とりあえず、釣りで餌に獲物が喰いつくまで待つように、ゆったりとその時が来るまでの僅かな一時を堪能する事にした。
“百六十六日目”
今日は久しぶりに、お転婆姫から受けたそもそもの依頼である衛兵達の訓練を再開した。
迷宮都市に行っている間に予め決めた訓練をさせていたのだが、どうやらサボっては居ないらしく、皆動きの無駄が多少減っているようだった。
ただ一つ気になった事がある。
それは護衛としてお転婆姫についていった一行と琥珀宮に残した残留組の間に、ハッキリとした差があった事について、だ。
たった数日しか違わないのに、明らかに強さの上達速度が違っている。
レベルによる身体能力の変動による差、といった理由ではないだろう。確かにレベルが上がっている者もいたが、せいぜい“1”か“2”レベル上がった程度で、これは誤差の範囲内だ。
だが、確かに一撃の重さも、攻撃の速度も、戦技の力強さなどもハッキリと違っていた。
恐らく、これが俺が周囲に与える補正の効果をハッキリと示している証拠ではないだろうか。
今までは比較対象がかなり微妙――産まれた時から補正対象、あるいは比較できる相手が不在等々――だったので本気で調べる気にはならなかったが、丁度いい機会だったので色々調べる事にした。
苦労しつつ、それが本当に正確な数値なのかはさておき、色々と考えさせられる有意義な時間だった。
夜、今日の晩飯はオクトルプ・ハイを使うことにした。
調べた限りではまだ猶予はあるが、放置し過ぎるとラーニングできる可能性が減るかもしれないので、今日が食べごろだろう。
手元には四匹分の死体があるので、一匹目は丸焼きにして俺専用に、二匹目は刻んで刺身、三匹目は天ぷら、四匹目は各種料理に、という感じに調理してみた。
食べてみて分かったが、オクトルプ・ハイは喰う部位によって味が大きく違っているようだ。
蛸脚は蛸、右手の鋏は蟹、太い左手はウニ、背中の触手は甘いゼリー状の何か、鮫頭は鮫肉、といった具合だ。
外皮は硬すぎるので俺しか喰えなかったが、流石ボスモンスター、身体全てが一級品の食材のようだった。
【能力名【触手生成】のラーニング完了】
【能力名【ロレンチーニ・オーガン】のラーニング完了】
【能力名【硬密キチンの外皮】のラーニング完了】
【能力名【削る鮫の肌】のラーニング完了】
【能力名【切断力強化】のラーニング完了】
【能力名【忌避すべき黒の蛸墨】のラーニング完了】
久しぶりに六つのアビリティをラーニングできた。
【触手生成】は背中にあった触手を作る事ができ、【ロレンチーニ・オーガン】は鮫の電流を感知する器官で、【硬密キチンの外皮】は俺が持つ【外骨格着装】で装備できる外骨格――【赤熊獣王の威光】と【翡翠鷲王の飛翼】――などの強化が可能、【削る鮫の肌】は鮫肌の事であり、【切断力強化】はそのままの意味、【忌避すべき黒の蛸墨】は情報にあった状態異常を付与する蛸墨が吐けるようだ。
強力なものが多く、これからはボスモンスターを狙って狩った方が効率がよさそうだと思った。
“百六十七日目”
実は最近、王都から他国の密偵が姿を眩ませている。
といっても最大の原因は俺にある。
実は以前から、俺は密偵達を追っていた。朝の間に分体で密偵の情報――容姿、年齢、所属、装備、拠点などなど――を収集し、夜闇に紛れて狩っていたのだ。
こういう時には【ヒト攫い】や【盗聴】、【認識困難】などが非常に役立つ。【認識困難】はともかく、【ヒト攫い】など普段あまり使う場面はないが、特定の場面で非常に役立つアビリティ、というのはありがたいものだ。
いざという時、思わぬ助けとなる事も多い。
沢山喰ってて良かった、と思う。
それで俺が密偵狩りをしていた理由は、情報収集、という意味が強い。
やはり王都に居たままでは他国の情報を調べるのにも限界があった。それに知る人ぞ知る裏話などは、やはりその道のプロに聞くに限る。他国の貴族の後ろ暗い事など、結構面白い話は多かった。
それに密偵は食材としても優秀だ。まだ一つもラーニングできていないが、取得済みのアビリティレベルを上げるのには大いに役立っている。やはり精鋭だけあって、各種能力は高い。
だが、そんな密偵も最近の王都はヤバいと感じ始めたのか、一時的に祖国へ戻っていく者が多くなってきた。それも危機察知能力の高い者から順に居なくなるで、目をつけていた腕利きから居なくなる。
数日迷宮都市に行っている間に、思っていたよりも数が少なくなっていた。
本当ならまだじっくり密かに数を減らしていく予定だったのだが、このままでは密偵が誰も居なくなってしまいそうなので、ここらで一気に狩る事にした。
全く、思う通りにはなかなか進まないようだ。
そう思い立ち、ヒトも疎らになる夕暮れから始めて、狩る事三十四人。
幾つもの拠点を潰し、そこに残されていたマジックアイテムや王国貴族の裏事情を綴った書類、非合法的な手段にて集められていた禁制品等々をありがたく回収する。
物品と情報と食材を一度に入手できるという、なかなか旨みのある仕事だった。
狩りもひと段落し、琥珀宮に帰ろうかと思った時には既に深夜で、王都の殆どは闇に包まれ静かなものだ。
空には星月の輝きがあり、吐く息は白く染まる。既に寝入った多くの気配、震えそうになるほど冷たい外気。
周囲の風景も文明の発達度も全然違うのに、何処となくあの日――俺がアオイに殺された夜に似ている気がした。
今頃、あいつはどうなっているのだろうか。俺は俺が殺された事に対して特に怨みや怒りは抱いていないが、俺を殺した事でアオイが警察に捕まって牢屋にぶち込まれていないといいんだが、心配だ。
まあ、知る術は無いから考えるだけ無駄なんだけども。
と思いながらヒトが消えた大通りを歩いていると、背後にアイツは立っていた。
まるで幽鬼のように、闇の中にアイツは静かに佇んでいた。
“百六十八日目”
午前訓練を滞りなく終え、午後は琥珀宮にてこの世界の勉強をする事にした。
俺は本体や分体を使って手広くこの世界についての知識は得ているが、それでも知らない事の方がまだまだ圧倒的に多い。
そりゃ転生してからまだ半年も経過していないのだ、知らない事の方が多いのは当然だろう。
それにしても、やはり王国の中心部だけあって、そこそこ貴重な書籍や魔術書などを多数読む事ができるのはありがたい。お転婆姫の計らいがあればこそだが、王国国立図書館の書籍は良い参考書類ばかりなので勉強も捗るというものだ。
調べようと思えば、各国の特徴や保有している大まかな戦力、【勇者】や【英雄】の性格や武装などの情報、地域別の特産品や各迷宮の傾向、法律や法則、美味な食材や調理方法など、今後に生かせそうな情報を簡単に知る事ができる。
赤髪ショートや鍛冶師さん達からこの世界についての情報は仕入れているが、それ以上に詳しい情報を知りたいと思えば、やはり図書館から書籍を借りて読むほうが確実だ。
書籍を読み解きつつ、隣にいるオーロとアルジェントの勉強を見ながら、ゆったり寛ぎながら最後の平穏を堪能した。
こういう一時もいいもんだ。
そして夜、釣りの餌に獲物が引っ掛かったので、誰に気づかれる事なく俺達は地下へと潜る事にした。
“百六十九日目”
明朝、陽が昇るのと同時に王城にてクーデターが起こった。
これは当然大孫を筆頭とした【貴族派】によるもので、王城に努める騎士や貴族、近衛兵に紛れこんだ手勢が一斉に行動を起こした。
入念に練られたクーデターは、開始と殆ど同時に王国に居る王族のほぼ全員の身柄を確保する事に成功する。
王族が住まう各宮を守護している衛兵達とは少なからぬ抗争があったものの、最後には数による暴力で押し切ってしまったようだ。ただ相対しているとはいえ同胞だったからだろう、重軽症者は多数出たものの治療が迅速だった事もあり、一応死者は少ないのが救いと言える。
まあ、【水震の勇者】フリード・アクティは家族を人質に取られて仕方なく、【岩鉄の勇者】ガスケード・バロッサ・メロイは今は亡き大臣に返せていない恩義によって、大孫達【貴族派】の尖兵として動いたのだから当然だろう。
王国に四人しかいない【勇者】――俺が取り込んだ復讐者が居れば五人だったのだろうが――の内、二人を確保すれば大抵の事は何とでもできる。【勇者】に選ばれた数名の強者も加われば、なおさらだ。
もっとも、その【勇者】二人と仲間の一行が大孫達の最大の敵であるお転婆姫を確保する為に琥珀宮に突入して、しかし入ってみると人一人いないもぬけの殻状態、という状況と直面し、しばし呆然としていたのには思わず笑ったものだ。
水勇は家族の為にと意気込んでいただけ、その反動はより大きかったように思える。
対して岩勇は出し抜かれた事でムスッとした感じだったが、短時間で持ち直したので戦えば少々厄介そうだ。
個人的には二人とその他の間抜けな面は目に焼き付いているので、映像に残せなかった事だけが悔やまれる。
というのはさて置き。
予想外の事態が起こりつつも、それでも現在は概ね大孫達の計画通りに少々影の薄い王様を含め、第二王妃やお転婆姫の弟妹達は王城にある尖塔に幽閉されてしまった。
とはいっても扱いは丁寧なもので、外にこそ出られはしないが、生活の基準は落ちていない。それはもともと尖塔は政戦に負けた王族などを幽閉する場所でもあるので、尖塔にある部屋はどれも豪奢な造りになっているからだ。
尖塔の構造的に守りやすく攻めにくい事に加えて、今は警戒が強いので救出するのはやや骨が折れるだろう。だが、俺が救出する確率は殆ど無いのでどうでもいい情報だ。
まあ、大孫達はお転婆姫よりも幼い弟を新しい王にしようとしているし、王様達は【貴族派】以外の公爵家などに対しての切り札なので殺害はされないという事だけは確かだ。
今のところは、だが。利用価値がある限りは殺されはしないだろう、たぶん。
それで今回の奇襲でまだ捕まっていないのはお転婆姫と第一王妃だけとなっている訳だが、逃げられたと悟るや否や大孫達は慌ただしく捜索の手を広げた。王城や宮を抑える最低限度の戦力だけを残し、それ以外の手勢の殆どを費やして、まるで王都中をひっくり返さんばかりの勢いだ。
そうまでして二人を探しているのは、【貴族派】からすれば王様何かよりもこの二人の方が厄介極まる相手だからだろう。今は亡き大臣が今回のようなクーデターの基礎を築いたのも、大孫がそれを実行に移したのも、そもそもこの二人が居たからに他ならない訳だし。
最大の敵を逃したままで、安心などできるはずもない、という訳だ。
だが恐らく、何もしなくても俺達が見つかる事はないし、大孫達は俺達を見つけられない。
第一王妃は、昨日の内に俺達と同じく私兵を率いて地下に潜ったからだ。
各宮には、その宮の主だけが知る秘密の通路、というものがある。それがどこにあるのかは王様さえ知る事ができず、故にその中に入ってしまえば捜索の手が伸びる事はあり得ない。
しかも第一王妃は王国に四人いる【勇者】の一人、闇勇を手勢に抱え込んでいる。水勇と岩勇を同時に相手すれば例え闇勇とて勝てる道理はないが、隠密に関しては闇勇が圧倒的に勝り、その力で第一王妃達を隠蔽し通すだろう。
戦闘力はともかく、一度逃げの態勢に入った闇勇一行を見つけるのは至難の業だ。
第一王妃は守り通す、そう直接本人から聞いていたので間違いない。
という事で第一王妃はさて置き、俺達が居るのは各宮にある王族が脱出する為に造られた秘密の通路であり、その通路に存在している今までお転婆姫すら知らなかった部屋にいる。
部屋は縦三十メートル横二十メートル高さ四メートルほどの長方形状をしていて、人数が人数だけに少々手狭だが、寛げないほどではない。
ただ大昔から時間をかけて積もったのだろう分厚い埃のせいで部屋は汚れ、空気は淀み、経年劣化にて壊れてしまっている装飾品の具合によってどれほどこの部屋が使われる事なく放置されていたのか予想する事はできた。
ここをお転婆姫が知らなかったのは、どうやらここを知っている存在が誰かに伝える前に死んでしまったかららしい。
というのも部屋の放置され具合からも分かる事ではあるが、秘密の通路に幾つか飾られている石版の内、巨大な猿人とバトルアックスを装備した麗人が戦う姿が掘られているモノを、ちょちょいと弄ると現れるこの部屋に入って最初に見たのが背中に矢を受けて死んだのだろう遺体が残っていた事が何より重大だ。
恐らく暗殺者か何かに襲われて、必死でここまで来たのだろう。そして床を掻き毟りながら誰に看取られるでもなく逝ってしまったこの人物に数秒黙祷し、遺体はすぐに片づけた。
という事で、こうして誰からも忘れされた部屋に居れば、俺達が見つかる可能性は更に低下した事になる訳で。
とりあえず過ごしやすいように部屋の掃除をする事にした。
まさか大孫達も、自分達の足元で標的が悠長に掃除をしているとは思うまい。
うむ、想像するだけで笑えそうだ。上では必死で探しているのに、探し物は下でまったりしているのだから。
客観的に見れば、大孫がなんだかピエロに見えて哀れである。
そうして現在進行形で王国の在り方が変化しているというのに、俺達は焦る事なく仕事を進めていった。
動き出すのは夜からなのだから、慌てる必要性は皆無である。
“百七十日目”
星月が世界を照らす夜。
人も疎らな王城に、音もなく蠢く者達が居た。それは徹底的に鍛えられた精鋭ゴブリンであり、隠密行動を得意とする下忍コボルド達である。
彼等の手には艶消しされたミスラル製の短剣か、あるいは生体武器の一種である直刃の忍刀が握られている。
身に纏うのはハイディング効果を上昇させる黒衣と、黒骨で組まれた動く外装鎧のみ。
そんな彼らは声を出す事は無く、ハンドシグナルやアイコンタクトで連絡を密に取りながら、獲物を求めて動いていた。
隠密性を最大にまで高めた彼らが狙うのは、【貴族派】の子飼いの私兵達だ。
広い王城の廊下を歩き、不審人物がいないか警戒している敵の背後ににじり寄り、口を封じ、首を斬る。音もなく、流れるように行われるその動作は手慣れたもので、例え数メートル先にある廊下で誰かが立っていても覚らせる事は無かった。
狩られた死体は死体袋に入れられて持ち帰り、血の一滴すら現場に残す事もない。
熟練の暗殺者のような彼らだが、【貴族派】とはあまり関係の無い、ただ仕事をこなしている普通の兵士が近くを通る時は何もせずに身を隠す。
柱の物陰に潜んだり、兵士の死角に入りこむのは当然で、彼らの中でも特に優れた個体は黒骨の外装鎧の形状を変形させて天井に張り付くなど、常軌を逸した事をこなす事もある。
そうして狩りは夜明けまで続き、行方不明となった私兵の数は五十を越えた。
だが私兵が見つかる事は無く、代わりに発見されるのは十人にも及ぶ貴族の死体。
大孫や蛇爺といった影響力の強い人物ではなく、末席に連なる程度の存在だが、大臣と同じ毒で殺されたのだろう異形となった貴族の死体は、起こしに来たメイド達によって発見されたのだった。
最大の敵には逃げられたものの、王国の大半を手中に収めた事で【貴族派】に所属する者達は多少油断していた。そんな時に起こったこの暗殺は、大臣が事もなげに殺されたという忘れかけた恐怖を呼び起こす事となる。
ひっそりと自分の領地に戻る者、女体と酒によって重圧から逃げようとする者、豪快に嗤い殺せるものなら殺してみろと息巻く者。
その反応は様々で、だが共通して表現しがたい恐怖を抱いた。
一応、貴族達も馬鹿ではない。犯人は大凡見当がついている。お転婆姫に雇われた黒い使徒鬼だ。闘技場でも見せた戦闘能力ならば、大臣の屋敷の警戒網を突破する事も可能だろう。
だが証拠というものが無く、限りなく犯人だというのに断定まではできない。
そしてそう思わせて犯人は別にいる、とも考えられる。
それがより混乱させ、撹乱させる事となっているのだが、貴族達に正解を導きだす術はなかった。
そこで届く、お転婆姫軍を率いて決起する、との報告。
大孫達はお転婆姫に逃げられはしたが、それでもたった一日でそのような情報が上がってくるとまでは思っていなかった。
それはクーデター直前までは確かにお転婆姫は琥珀宮に居る、という情報を掴んでいたからだ。
お転婆姫と懇意にしている公爵家までは馬を走らせても三日はかかる。それを一日で、とはとても考えられないからだ。
だから大孫はその報告をした部下に向けて、あり得ない、その情報は間違いではないのか、と幾度も詰問し、やがてお転婆姫ならばそれも可能か、と納得した。
そう思ったのも、お転婆姫のように、建国した始祖王ロルギスの血を受け継ぐ者には他者の心を読む力が宿っているからだ。
ただし今の王族の殆どは血が薄まる毎に力を失い、少ない例外を覗いて、直接触ったり、聞き取れないくらい小声でしか相手の心の声は聞こえない。
そしてその少ない例外が、お転婆姫と第一王妃である。
第一王妃はその目で見た者が考えている事を読み取る事ができた。
ただし巧妙に隠された本音の部分を読むのは難しいようで、努力次第では偽の情報を与える事も可能であるが、驚異的な異能である事に変わりない。
対して、【先祖返り】とすら言われるお転婆姫には、【半人覚】だった始祖王ロルギスに限りなく近い異能が備わっている。
ただ見るだけで、あるいは存在を認識するだけで対象の心のかなり深い部分までを読む事ができるその力は、あまりに強力すぎたと言える。
そして異能の他に【判定の神の加護】まで持って生まれてしまったが故に、生まれた直後から十二歳になるまで尖塔の中に閉じ込められ、一歩も外に出される事もなく、大事に大事に育てられていた経歴を持つ、自由がなかった王女。
生まれた時から他人の鎖に繋がれて、他人の綺麗な部分と汚い部分を誰より多く見た結果歪んだ少女。
それゆえにお転婆となり、それゆえに陰で他者を操り、王国が壊れても自分の自由を得ると決意した王族の姫君。
だからお転婆姫ならば、今回のクーデター予め予想する事も可能だったのかもしれない。厳重に隠していたとはいえ、どこかで漏洩したのかもしれない、大孫はそう結論を出した。
王国の在り方を根底から覆し、自分の自由の為に、自分の都合がいいようにしようとしていたお転婆姫ならば、と。
そして、遠い祖先が残した異能に対して苛立ちを覚えつつ、お転婆姫の兵を迎え撃つ為の準備に奔走する事となった。
――始祖王ロルギス。
王国を築いた【勇者】と【英雄】という二つの職業の特性を併せ持つ稀有な【英勇】にして、人とモンスターの混血児。
ロルギスの母は【戦霊の守り人】と呼ばれ、今よりも強力なモンスターが跋扈していた暗黒時代を生き、現在の王国の領土の半分近くを開拓したとされる、バトルアックスを得物とした【英雄】ルスカティア。
ロルギスの父は【災厄指定個体】級モンスターとされている、【山の神】が【終末論・征服戦争】に負けて神力の全てを失い零落した結果世界に産まれた【堕神:山陰の翁】が、自らの脳髄と骨肉から産んだ猿人に似た姿をしている心読む【覚】。
ルスカティアと覚の出会いは、戦場だったらしい。
ルスカティアは【英雄】であるが故に多くの人が集い、仲間となり、やがてその中から新しい子供達が産まれた。今よりも強力なモンスターが跋扈していたので、仲間同士の結束は強く、しかし人間が得られる生活の糧は限られていた。
だからか、人間同士の争いも多かった。モンスターよりも、倒しやすい、ただそれだけの理由で多くの戦争があった。
そこに、山脈と森林を越え、熱砂の砂漠を踏破し、海原を越えた先にあるはるか東方の島国より【覚】がやってきた。
覚は生みの親である堕神の無念を受け継ぎ、世界を支える【大神:■■■】によって決められた方向性に従い、非常に獰猛で強靭な肉体をしていた。
他者の心を読み取るだけでなく、四メートル以上ある体躯に生えた剛毛は竜鱗と同等の硬度があり、動きも音を追いぬいた、と言われているほどだ。
そんな覚は、ルスカティアと他部族間に起こった戦争に乱入した。
そして三日三晩の戦争の末に、ルスカティアによって首を切り落とされた。
覚による被害は甚大で、戦争に参加していたルスカティアの仲間も、戦争していた他部族も殆ど全滅に近い被害を被った。
それが原因で二つは合流し一つになった訳だが、なぜルスカティアは覚の返り血によって妊娠した、怨敵の子供といえるロルギスを生んだかは定かではない。
ただルスカティアは戦えなく己の代わりに、ロルギスを自分一人でも戦えるように鍛える事となる。
と、王家に伝わる石版にはそう掘られている。
まあ、要するに。
今日一日の出来事を分かりやすく纏めると。
大孫の私兵や貴族が暗殺される。
【貴族派】の間に不安が広がる。
そこに届くお転婆姫挙兵の情報。ただし半分デマ。通信鬼――情報伝達に特化させた分体――で味方の公爵家の叔父様に連絡して、叔父様は本当に兵を率いて王都に来ているので。お転婆姫は現在も地下にいる。
大孫はその情報を半分以上本当だと思う。それはつい最近まで幽閉されていたお転婆姫が、自分の自由の為に裏で色々してたのを知っている為。
そしてそれを迎え撃つ為に、軍を準備中。
そこに這い寄る俺達地下待機組。私兵の肉が美味しいです。
とまあ、こんな感じだろうか。
お転婆姫が裏でしていた事は色々あるが、例を出せば、言葉巧みに誘導して犯罪を犯させて処分、不正を見つけて脅して何かをさせて処分、奥さんに不倫を漏らして世間体をズタズタに、等々。
長い幽閉生活で歪んだ心で溢れた自由を求める渇望の下、読心能力を遺憾なく発揮し過ぎて、それを危惧した大臣に邪魔されまくってあわや誘拐暗殺、となっていたのは自業自得だろうが。
他人の心を読み過ぎたせいで強制的に高くなっている精神年齢と思考能力も、経験が付随していないので思わぬ凡ミスが出るようだ。
ただ読心能力も何故か俺には効かないし、団員達にも効果は薄い。
だから本性を知ったところで今更どうでもいいし、読心とちょっとした特技以外は歳相応のか弱い美少女なので問題もない。
雇い主と雇われ人の関係は、何処まで続くかは不明ではあるが、まあそこそこ続くのではないだろうか。
今日はちょっと普段と違った趣向だったので、疲れたので寝た。
明日からも今日の様に敵戦力をちょくちょく削っていこうと思う。
遅くなりました。
理由は活動報告の通りです。
本当なら消えた方がもっと上手く、細かく書けていたんですが、これで勘弁してください。
皆さんもバックアップとかこまめに取ってくださいね。
投げださない為に。
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