うーん、これは素晴らしい一冊。他分野のスペシャリストの話は本当に面白いですねー。読書メモをご共有。
「わかりやすい」デザインとは
・僕は「情報」をふたつの形に分けている。ひとつは「データ」。ひとつは「インフォメーション」。データはただの事実で、そこに意味はない。たとえば、編集部から渡された資料の中の「CO2の排出量」は、単なる数値の集まりで敷かない。このデータを読み解くと、終盤から排出量が急激に増えている。つまり、「CO2の排出量は20世紀終盤にものすごく増えた」というのが、編集部の伝えたいデータの意味だ。そうやって意味を持たされたデータがインフォメーションである。
・グラフはデータをビジュアライズしたものであって、意味付けしてはいけないという暗黙のルールがある。隣り合うテキストによって意味づけするのは良いが、グラフそのものはインフォメーションにしてはいけない。そういうロックがかかっているために、多くのグラフは禁欲的で冷たい。(中略)CO2排出量のデータを見ながら、僕の頭に浮かんだのは、オチンチンでできた棒グラフだった。
・ヤンキー車を並べて、そのマフラーを伸ばしたラフを描きながらふと思った。グラフの始まりは普通車にして、CO2の排出量が増えるに従って、だんだんヤンキー車に改造されていくというのはどうだろうか。やってみると、グラフに物語が生まれて、ちょっとした絵本のようになった。
・僕がいくら、誌面や広告の目的に合わせた絵を考えたいと思っても、相手からは「ヨリフジさんのタッチ」しか求められない。それは、広告代理店とプロダクションの間にあった壁であり、オグポンと僕の間にあった壁だった。先輩の手伝いをやめて、事務所もつくって、イラストも評価されるようになった。でも、その壁は消えなかった。
・たまに、「大量の情報があふれる情報化社会だからこそ、わかりやすい表現が必要だ」ちう話を耳にすることがある。でも、この話は、順番があべこべになっている。情報化社会というのは「わかりやすい表現だらけになること」だからだ。
・「芸術は爆発だ!」という岡本太郎の言葉のとおり、多くの芸術家は1号を大切にしてきた。爆発だから、その作品に説明はいらないのである。でもそれは、力のある批評家や評論家が2号になってくれていたからだ。そして、雑誌や美術館といったメディアが3号として世の中に出してくれる。(中略)しかし僕が働きはじめてからの10数年だけを見ても、その枠組みは壊れつつある。すくなくとも、1号が素朴に絵を生み出せば、2号や3号が、うまいことやってくれる、といった世界ではなくなった。
本書の白眉はページの半分ほどを費やしているイラスト(挿絵)の数々でしょう。その意味では文章を読むというよりは、挿絵を楽しむような一冊ともいえます。中でも本の装丁のデザインアイデアについての実例を写真付きで紹介している箇所は、自分の知らない世界を見事に見せてくれます。デザイナーってすごい!と驚くこと請け合い。
グラフィックデザインの世界はまったく知らなかったのですが、彼らの専門性・悩みの一端を窺い知ることができる名著です。デザインに関する仕事がしたい方、デザイナーといっしょに仕事をする機会がある方は読んでおいて損はないでしょう。