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国民は極右を選択した - 投票の動機はイデオロギーだ
一部に、今回の選挙結果は自民党の勝利ではなく、民意を得たものとは言えないとする説がある。東京新聞の12/18の1面記事や、それを援用した広瀬隆の主張がそうだ。他の左派系でも似たような見方がある。その根拠は、2009年の衆院選と較べても自民は比例で200万票も得票を減らしているという事実である。2009年の衆院選での自民の得票数は1881万票、今回は1662万票。2005年の小泉劇場のときは2589万票で、投票率の差異はあれ、確かに自民は得票数を落としている。今回の圧勝は小選挙区制のマジックの為せる業であって、真に国民の支持を得た結果ではないという説明だ。広瀬隆は、自民は比例では有権者全体の15.99%(投票数全体では27.6%だが)の得票率しかないのだから、「国民はこの政権を支持していないんだ」と断じている。東京新聞も、「自民党の勝利は、必ずしも民意を反映したものではない」とした。果たして、この議論は当を得た分析と言えるだろうか。自民だけに観察を集中して選挙結果を検証すると、こうした見方も可能ではある。しかし、今回は自民だけを見て論じてはならない。比例の二番手に維新が躍り出ていて、1224万票を集めている(得票率20.3%)。三番手の民主を300万票も上回る数字だ。自民と維新を合わせると2889万票で、得票率は48%という巨大な数字となる。つまり、選挙結果として正確な結論は、極右の大勝利であり、極右が比例得票で半数を制したという事実に他ならない。


この極右2党は、原発政策が同じである。12党が乱立して争ったこの選挙において、脱原発を求める国民世論に抗するかのように、原発の維持推進を堂々と公約したのは、安倍晋三の自民と石原慎太郎の維新だった。自民は経団連から重い負託を受け、維新は核武装のためにプルトニウム保有が必須だとして、選挙で脱原発を否定する論陣を張ったこと、有権者の中で知らない者はない。並び立つ12党の中で、極右2党は原発政策において異端であり、各党が原発ゼロまでの年限を競って差別化を図った論戦において、この2党は論外とも言うべき少数派であった。党首討論会において原発政策は必ずテーマになったし、マスコミも注目して各党の政策を比較一覧表に整理した。かくして投票の結果は、比例得票数においては、第1党が自民(27.6%)で第2党が維新(20.3%)となった。これが民意である。一方、脱原発を前面に掲げて選挙に挑んだ未来は得票率わずか5.6%、共産にすら後塵を拝している。他の脱原発の諸党の得票率は、共産が6.1%、社民が2.3%、大地が0.5%で、4党を合計して14.5%。これが厳然たる事実だ。論じるまでもなく、みんなは脱原発にカウントできない。結局、脱原発派は原発推進派の3分の1しか票を取れず、完敗を喫してしまった。広瀬隆も、東京新聞も、他の左派諸氏も、反原発の市民団体も、この事実から目を背けてはいけない。

この現実は、脱原発のシングルイシューでは選挙を制することができず、政治を変えることができないことを意味している。昨年の3.11以降、デモや集会やパブコメ等を通じて要求を押し出し、マスコミを巻き込みながら盛り上げてきた市民の反原発の気運は、この選挙で意外な民意として裏返され、全く逆の政策選択が結果されてしまった。長妻昭的な概念と基準では、公約は国民との契約書であり、政権与党にとっては国民からの指示命令書である以上、政権与党は粛々と3年以内に「安全な」原発を全基再稼働させ、10年後には(寺島実郎的な原発比率50%の)「ベストミックス」に持ち込まなくてはいけない。このことは、無論、国民の原発に対する意識が、この選挙を通じて一夜で変わったことを意味せず、脱原発の世論が6割強という状況が動揺したものでもないだろう。多数世論が依然として脱原発であることを疑う者はいない。自民や維新の原発推進論を後押しすべく一票を投じたわけではない。それでは何でこのような結果になったのかと言うと、要するにプライオリティが低かったのだ。有権者の投票行動を決定づける動機として、様々にある政治への要求や期待の中で、脱原発の志向が相対的に弱かったということである。脱原発よりも優先しなくてはいけない他の要素や因子があったということだ。それは何かと言うと、一つは安保とイデオロギーの問題であり、もう一つは民主党政権に対する否定と報復だろう。極右2党が選ばれたという事実を冷静に見れば、そう分析するしかない。

当初、今回の選挙の争点は、(1)原発と、(2)消費税と、(3)TPPの3本柱ではないかと言われていた。(1)-(3)が争点であり、原発維持に反対で消費税増税に反対であるなら、有権者は極右2党に投票してはいけない。極右2党は、原発推進で、消費税増税で、TPP推進の政党だからだ。その極右2党が2889万票(得票率48%)を取り、準極右であるみんなの党と合計すると、3423万票(57%)となる。12/18の朝日の22面に選挙分析の記事がある。そこに「改憲派9割強」という見出しが打たれているが、単に議席で9割強であるだけでなく、得票数・得票率の実態を見ても、改憲票が8割近くを占める驚愕の情勢になっている。すなわち、今回の選挙の特徴は、まさに右翼シフトであり、右翼ナショナリズムの嵐が席巻した選挙だったということだ。私はTwitterでファシズム政権が誕生すると呟いたが、この表現は決して大袈裟なものとは言えない。海外から日本を見れば、そういう定義づけを与えて当然だろう。今度の選挙結果は、ネット右翼の欲望が実現した図であり、田母神俊雄らが率いる右翼団体の念願が形になったものである。したがって、この選挙を総括する言葉として最も適切なのは、韓国マスコミが与えた言葉に他ならない。この現実を直視する必要があり、単に自民の得票の推移の一点だけを捉えて、問題の本質を見失う錯覚と自己欺瞞に陥ってはいけない。原発推進派の票とは、自民と維新を足した極右の票数なのだ。結局、イデオロギーとナショナリズムの動機が、脱原発の動機を押し退けたということだ。

この選挙が、たとえば1年前に行われていれば、あるいは今年前半に行われていれば、結果は全く違ったものになっていただろう。脱原発が焦点になり、そこに消費税が加わり、脱原発と増税反対を掲げた勢力が勝っていた可能性が高い。憲法9条は争点の中心にはならかっただろう。今度の選挙の勝敗を分けることになった事件は、9月に起きた反日デモの暴動である。そこで発生し高揚した反中ナショナリズムが、選挙に影響を与える最も強い感情となった。有権者は決してフラットな政策問題に対する理性判断で投票を決めない。政治感情が人の投票行動を動機づける。テレビ報道が「国民の敵」を扇動すると、可燃性化した気分をそのまま投票所に持ち込んでしまう。9月以降、来る日も来る日もオーウェルの「2分間憎悪」的な中国バッシングがテレビで繰り返された。朝はみのもんた、夜は大越健介、週末は辛抱次郎と後藤謙次。中国叩きと民主党叩き。挙げ句、有権者はマスコミが誘導したとおりに素直に一票を入れた。マスコミの選挙報道は、こうしたネガティブな表象を増幅することが主菜で、原発や消費税やTPPなどの政策はむしろ副菜的にフラットな扱いでカタログ化された。マスコミの情報操作の巧妙さに舌を巻く。本来、原発や消費税やTPPは、国民の心底からの怒りや嘆きと共にある問題なのだ。神経を興奮させながら論じなくてはならない問題なのである。それらの政策が、どれほど非道で許しがたい暴政かが言われなくてはならないはずなのだ。

ところが、マスコミ報道は、これら(1)-(3)の政策をまるで官僚がペーパーに箇条書きするように、無表情で無機質なテキストにして一覧表に羅列し、それらを問題視する側の生命力を奪い取ってしまった。熱とエネルギーが付与されてメッセージされたのは、中国への敵視と警戒とであり、マニフェストを裏切った民主党への対処と審判である。この総選挙で国民が何を選んだのか、どういう投票行動をしたのか、マスコミは周到に隠している。脱原発系や小沢信者や左派系は、自民が支持されたわけではないと、都合のいい数字だけを切り取って虚勢を張っている。事実は事実として客観的に正しく見ないといけない。今度の選挙で問われたのはイデオロギーである。中国に対する国防が関心の中心になり、改憲(=平和憲法の否定)へと動員された。つまり、右傾化の言葉で総括する韓国の指摘が正しい。橋下徹が大阪でやっている人権侵害と思想弾圧を、全国規模でやってよいという国民の許可が出たということだ。66年間守ってきた平和国家の国是と理想を捨て、米国の鉄砲玉となる運命を選び、中国と有事に突入する選択に出たのだ。新しい生き方を選んだ選挙である。このタイミングで選挙を打つべく仕掛けたのは米国であり、米国の駒となってプログラムに従って動いたのが、4月からの石原慎太郎であり、9月から12月の野田佳彦である。そしてマスコミである。惨敗することになる野田佳彦は、選挙戦で殊更に「勇ましいことを言うのがいいんですか」と、右翼ファナティシズムを批判するのが口癖だった。

それは、平和主義の路線が惨敗する構図を強調する演出のためだ。惨敗を予定した計画的な台詞なのである。改憲と再軍備を正当化するための、タカ派の勝利を際立たせ、戦争を恐がる国民の逡巡を払拭させるための、平和主義の敗北を印象づける目的の布石の言葉なのだ。


by thessalonike5 | 2012-12-20 23:30 | Trackback | Comments(0)
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