回天記念館前庭にお重桜
“回天の母”語り継ぎたい
感謝する会が募金呼びかけ
太平洋戦争末期、周南市の大津島にあった特攻兵器「回天」の訓練基地の搭乗員の世話をして母親のように慕われた“回天の母”倉重アサコさんの想いを伝えようと“回天の母 お重さんに感謝する会”(小野英輔世話人代表)は12月12日に大津島の回天記念館前庭にシダレザクラ「お重桜」を植樹することになり、募金を呼び掛けている。
倉重さんは“お重さん”と呼ばれ、徳山の老舗旅館、松政に戦後も含めて長く勤め、皇太子時代の天皇陛下や歴代の総理大臣、徳山港が海軍の軍港だったことから山本五十六をはじめ海軍大将などの接待役も務めた。
太平洋戦争中は大津島の基地の海軍関係者たちが利用することも多く、お重さんはそれとは知らされていなかったが、1944年(S19)11月7日、急に頼まれたという海軍関係の60人のすき焼き会が出撃する特攻隊員の最初の壮行会で、その後も多くの生きて帰らぬ覚悟の隊員を見送った。85年(S60)に亡くなるまで自室に隊員の位牌を置いて朝夕の読経を欠かさなかったという。
平和な日本になることを願ったお重さんのこの体験は2年前、サマンサジャパンの会長でもある小野さんの協力でNPO・ふるさと日本プロジェクトが谷川桜太郎さんの構成、作画で漫画「天回りしや−お重さんと回天特別攻撃隊員」を作り、語り継がれている。
その後、この本を読んだ人から小野さんに記念館前庭の桜が枯れ始めているという相談があり、前庭の平和祈念の鐘楼と対をなす場所に八重のシダレザクラを“お重桜”として植えることにした。
しかし植樹予定地は岩盤をうがち、水抜きの仕掛けもするなど大掛かりな工事が必要で、植樹後の手入れも含めると50万円ほどかかるため、募金に協力してもらうことでたくさんの人にお重さんの想いを伝えることにした。
前庭は回天烈士の名前を刻んだ石碑が並んでおり、シダレザクラはこの石碑に手を差し伸べる姿になる。小野さんは回天で散華して平和の礎になった若者たちを多くの人に知ってほしいという気持ちから「お重さんをもう少し大事にし、また大津島を鎮魂の場としてもっと整備したい」と話している。
募金は1口5,000円。問い合わせは〒745−0845・周南市河東町2-36、サマンサジャパン内、回天の母 お重さんに感謝する会(0834-32-1188、FAX31-5956)へ。
寄付金の振込先は西京銀行本店営業部の普通預金口座2086326「回天の母 お重さんに感謝する会 代表 小野英輔(カイテンノハハ オシゲサンニカンシャスルカイダイヒョウ オノヒデスケ)」。
