社内SNSでナレッジマネジメントを推進するのが、人材サービス大手のインテリジェンスだ。SNSの導入、活用の経緯を聞いた。

ノウハウや知恵を共有するためのナレッジマネジメントは、意外に利活用が難しいシステムだ。読む人はいても情報を書き込む人が限られるという問題が生じやすいからである。それを社内SNSで乗り越えようとしているのが人材サービス大手のインテリジェンス。実際のところはどうだったのか、SNSの導入、活用の経緯を聞いた。
聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉

画像:高柳 久美子 氏
高柳 久美子 氏
インテリジェンス 派遣・アウトソーシングディビジョン 事業統括部 事業推進部 COHOチーム リーダー
1999年10月に入社。顧客先常駐エンジニアや運用コンサルティングを経験。2007年1月からナレッジマネジメントの推進役を務める。
画像:石毛 弘幸 氏
石毛 弘幸 氏
インテリジェンス ビジネスソリューションズ インテグレーション部 ゼネラルマネジャー
2000年10月に入社(旧ミリオン)。広告代理店の基幹系システムや、携帯電話向けの料金回収代行システムの開発を手掛ける。現在はプロジェクト管理業務に従事する。
画像:中嶋 清貴 氏
中嶋 清貴 氏
インテリジェンス ビジネスソリューションズ プロジェクト統括部 インテグレーション部
2007年9月に入社。図書館向けシステムの開発や、人材派遣会社向けの業務改革プロジェクトを経験。現在は各種システムの要件定義や基本設計などを担当する。

─ 自社のITエンジニアを対象に、社内SNS「ちえぼ」を導入されたそうですね。まずはきっかけを教えてください。

高柳: 社員の増加がきっかけです。当社がエンジニアの派遣事業を始めたのは1998年でした。4年後の2002年には、成功体験や失敗事例を共有する目的で、いわゆるナレッジマネジメントを実践するための電子掲示板システムを導入しました。

─ 2002年とは随分と前の話ですね。最初は掲示板だった?

高柳: ええ。Web掲示板に誰かが質問を書き込むと、それに別の人が回答を書き込むという、シンプルな仕組みです。その後、アウトソーシング専門のグループ会社や、複数のインテグレーション企業を統合して、社員数は1000人を超えるまでになりました。エンジニアのスキルや関心を持っている技術が多様化したこともあって、1つの掲示板では読みやすい形で情報を共有するのが困難になったんです。

それと社員の多くは顧客先に常駐しているので、帰属意識をどう持ってもらうかという面でも課題がありました。そこで2007年にシステムのリプレースを検討し始めたんです。

─ 具体的には、どんな作業から着手したんですか。

高柳: まずRFP(提案依頼書)の作成です。2007年初めから、どんな製品が存在するのかという情報を収集しながら、次期システムで実現したい項目を整理していきました。ようやく人に見せられるレベルにRFPを仕上げたのが12月。ものすごく苦労したのを覚えています。

─ 「人に見せられる」RFPとは面白いですね(笑)。結構なボリュームになったのでしょう。

高柳: 当社の背景説明や参考資料も含んでいますが、全体でA4サイズ32ページになりました。

─ RFPの作成に当って、どんな点に特に配慮しましたか。

高柳: 当たり前ですが、ユーザーがメリットを実感できることを大前提に、要求事項を考えました。メリットがなければ利用は広がりませんから。極端な話、ナレッジマネジメントがなくても日々の業務は回ります。それが、この種のシステムの難しいところです。

─ なるほど。いくつか具体的な例を挙げるとすると?

高柳: 最も重視したのが、「何に詳しい人か」「どのような経験の持ち主か」といったプロフィールを検索して、その人にアクセスできる「KnowWho」の仕組みです。「この人こんな経験しているんだ。ちょっと質問してみよう」といった自然な形で、エンジニア同士の交流を活性化するために、どうしても欲しいと考えました。

もう1つは、まだ完全には実現できていませんが、キャリアの選択肢やプロジェクトに関する情報の充実です。例えば、Rubyという軽量型のプログラミング言語を使ったアジャイル開発の情報を掲載する。するとエンジニアは、「自分の担当以外でどんなプロジェクトが動いているのか」「どういった技術を用いているのか」という情報を知ることができるので、自分なりのキャリアパスを描きやすくなります。

それから、個々のユーザーが主役になれる「場」を提供することも要件に盛り込みました。以前は、熱心に掲示板に書き込んでいたユーザーが、次第に使わなくなるという事態が起きました。知らない人が増えたことに加え、色々な人が共通の掲示板に書き込むようになって、距離感を感じるようになったのが大きな原因です。

─ 欲しい情報は存在するものの、興味がない情報もいっぱいあると。

高柳: はい。それに「仕事に役立たない情報はいらない」という人がいれば、「帰宅してまで仕事関係の情報は見たくない」という人もいます。どちらのユーザーにとってもメリットがあり、使ってもらえるシステムにするには、ユーザーごとの嗜好に見合った情報が得られる場を用意することが、必須の要件です。

インテリジェンスが運営する求人情報サイト
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KnowWhoを重視し提案依頼
オープンソースのSNSを採用

─ ナレッジマネジメントと一口にいっても、グループウェアや文書管理ソフトなど色々あります。その中からSNSを採用した理由は?

高柳: 実はRFPには、SNSを使うとは明記していませんでした。

おっしゃるようにナレッジマネジメントには、Q&A型の掲示板に特化した製品もあれば、全文検索エンジンを駆使して大量のドキュメントの中から情報を抽出するものもあります。ブログやSNSをベースとするソリューションもある。それらの中から、当社が今回の新システムで必ず実装したい「KnowWho」の仕組みを明確にうたっているベンダーに依頼し、5社ほどから提案をいただきました。

─ 各社の提案内容を比較して、最終的にオープンソースのSNSソフト「SKIP(スキップ)」を用いる、インテリジェンス ビジネスソリューションズ(IBS)の提案を採用した。

高柳: 有償ソフトを使う提案はどれも1000万円超でしたが、SKIPはライセンス料がかからないこともあって半分以下の金額でした。もちろんナレッジマネジメントに特化した製品には、随所に利活用を促進するノウハウや工夫が盛り込まれています。それを考えると一概に高いとはいえませんし、実際、2008年前半の時点では1000万円以上の予算を見込んでいました。ただ、その後、全社的にコスト削減の動きが出てきたんです。

─ 現在の経済情勢が影響していると。ところでIBSは以前からSKIPに注目していたのですか。

石毛: SKIPの開発元であるTISさんとは(プロジェクトなどで)つながりがあったので、SKIPの存在は知っていました。しかし当社はナレッジマネジメントシステムを開発した実績はありませんでした。

─ え? 高柳さん、半分以下の金額は確かに魅力的ですが、実績などの面で心配はありませんでしたか。

高柳: 正直なところ、経験豊富なベンダーに依頼して、運用段階でナレッジマネジメントのノウハウを得たいと思いました(笑)。でもIBSの提案だとコストは圧倒的に下がる。そのうえIBSは新システムの利用対象、つまりユーザーです。結果的にユーザー参加型のプロジェクトになるので、使い勝手や稼働後の展開においても効果が大きいと考えました。

改修の規模などを考慮して
実装する機能を選別

画像:倉貫 義人 氏
倉貫 義人 氏
SonicGarden(TIS社内ベンチャー) 代表
1999年4月、TIS(旧東洋情報システム)に入社。2003年から社内SNS「SKIP」の開発を主導する。2008年11月にSKIP事業の社内ベンチャー「SonicGarden」の代表に就任。
画像:松村 章弘 氏
松村 章弘 氏
SonicGarden(TIS社内ベンチャー) 開発担当
2007年4月、TISに入社し、社内SNS「SKIP」の開発を担当する。2008年11月、SKIP事業の社内ベンチャー「SonicGarden」に異動し、SKIPの導入支援などを手掛ける。

─ 開発がスタートしたのはいつ?

石毛: 10月に開始して、1月末までにテストを含め完了しました。

─ 10月までに、機能はほぼ固まっていた。

高柳: ええ。RFPの段階で、従来のシステムで可能なこと、これから実現したいこと、SKIPの機能でできることなどを整理していましたので。

─ IBSはSKIPの機能で実現できるかどうか、改修の規模はどの程度になるかを調べた。

石毛: その通りです。TISの倉貫さんに協力してもらいながら、機能ごとに改修の規模を見積もって、最初に実装できるものと段階的に実装したほうがよい機能を選別しました。

─ ざっくりと言って、機能はフィットしていました?

石毛: 幸い、大きくズレている部分はなかったですね。

倉貫: SKIPはもともと、TIS社内で同様な目的のために使っていたSNSをオープンソース化したものです。当社も部門横断でチームを作ってプロジェクトを進めているので、インテリジェンスさんのニーズに合っていたのだと思います。

─ とはいえ、多少は妥協する部分もあったのではないですか?

高柳: ありましたよ(笑)。例えば、プロジェクトやテーマによってグループを作成する機能です。SKIPではグループに招待された人は自動的に参加する仕組みですが、当社は申請・承認の機能を持たせたいと考えました。ただ、そうした細かい要求を実現するために予算を超過し、プロジェクト自体が立ち消えになるのは避けたかったので見送りました。

図1 インテリジェンスのナレッジマネジメントシステム「ちえぼ」の概要
図1 インテリジェンスのナレッジマネジメントシステム「ちえぼ」の概要

経歴など属性情報を拡張
ポイント加算機能も追加

─ 開発期間は4カ月ですね。SKIPはTISで実績があるので、大きな改修もなく開発はスムーズだった?

中嶋:もちろん改修はありました。例えば、「マイページ」という個々の社員のページに掲載するプロフィールの項目は、3倍程度に拡張しています。

高柳: 誕生日や血液型、出身校など基本的な項目は元々ありましたが、前職は何をしていたか、社内で何のプロジェクトを担当してきたか、どんな資格持っているか、どういった分野に興味があるのかといった項目は、新規に追加しています。

中嶋:それから、以前のシステムで使っていたポイント機能も追加しました。ナレッジを閲覧したり投稿したりすると、ポイントが加算される機能です。閲覧は5〜10ポイント、投稿は50〜100ポイントといったものです。

─ 利用を促進するための機能ですね。システム開発者にとっては本質的とは思えない、やっかいな機能という気もしますが、松村さん、どうですか。

松村: システム側からすると多少は手間が…(笑)。実際、カスタマイズの工数としては多かったと思います。

旧システムからナレッジを移行
稼働後1カ月で書き込みが定着

─ 1月に開発を終え、3月のカットオーバーまで1カ月あります。その間は何を?

高柳: 旧システムからのデータ移行です。2月いっぱいかけました。

─ 以前のシステムは2002年の稼働ですから、情報量が多くて大変だったでしょう。

高柳: はい(笑)。ですので、できるだけ厳選して再利用できそうなものだけを選びました。過去に頻繁に閲覧された「伝説のナレッジ」や、自発的に勉強会を開いているチームが公開した情報などです。

─ それは、新システムの離陸を早めることにつながりますね。

高柳: そうなんですよ。この種のシステムはログインした時に情報が何もないと使われません。そういった過去の情報だけでなく、カットオーバーの1週間ほど前から何人かの人に使ってもらって、情報を増やすようにもしていました。各部署のマネージャにも情報を書き込んで頂くようお願いしました。

─ 正式オープン当初の反応はどうでしたか?

高柳: 3月2日にオープンした当初は照れがあったのか、プロフィールを登録しない人もいました。そんな中、意外な盛り上がりを見せたのが、知り合いの紹介を書くコーナーです。自己紹介より気楽だったようで、1カ月で700から800件、現在は1500件ほどの紹介文が登録されています。

─ 数カ月経った今は?

高柳: 従来の電子掲示板に比べて書き込みやすい、面白いといった意見が多く寄せられています。それとトップ画面に、ランダムに社員の顔写真と所属を表示する機能を持たせました。これの評判がいいんですよ。知り合いではない人でも、「あ、あの人だ」と分かるとか。

─ ひと安心ですね。逆に課題は。

高柳: ちえぼはセキュリティ上、社外からはシンクライアント環境でコンポーネントをダウンロードして使うのが前提のため、面倒だという人もいる。お客様に常駐するエンジニアの中には、常駐先のクライアント環境にコンポーネントを導入できない人もいます。

─ 常駐するエンジニアの帰属意識を高めるという目的を満たせない。

高柳: セキュリティを考えると、難しい問題です。でも仕事に関わる「KnowWho」の情報や他のエンジニアの情報の参照、逆に自分の情報を発信できないという問題は何とか解消しなければなりません。何らかの解決策を考えていきたいと思います。

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