くらしの明日:私の社会保障論 精神病棟から町に出る=大熊由紀子
毎日新聞 2012年12月14日 東京朝刊
◇欧州の博物館に日本の「今」が−−国際医療福祉大大学院教授・大熊由紀子
その国の社会保障がどの程度ホンモノかを見破るノウハウがありました。その土地の平均的な精神科病院を訪ねてみる、という方法です。
72年にスウェーデンの医療を取材した時、日本では想像できない光景に出会いました。精神科病院が町の公園の中にあるだけでなく、厚生省の計らいで、隣に母子保健センターや歯科診療所が建てられていたのです。わけを尋ねたら、こんな答えが返ってきました。
「初めは町の人たちも怖いと思ったようです。でも、ここに来れば、偏見だったと分かります。それが伝わって、みんな安心して訪れるようになりました」
89年にイタリアのトリエステを訪ねた時、私のノウハウがもはや通用しないことを知りました。1150人が入院していたサン・ジョバンニ精神科病院がなくなっていたのです。病院はイベントホールなどに改造され、院長の豪邸は病院で年をとった人の住まいになっていました。
医師やナースは精神保健センターを拠点に、入院していた人を支えていました。センターは中学校区に一つ、アパートの一角などにあり、さりげなく町に溶け込んでいます。診療だけでなく、憩いの場やレストランを兼ね、危機状態の時に泊まるベッドも8床用意されていました。真ちゅうの小さな表札が出ているだけなのに、センターは住民によく知られ、人々は気軽に相談に来ていました。
病院で行われていた「作業療法」ではなく、レストランの調理助手や庭師など、30ほどの「ホンモノの仕事」が開発されていました。
93年に再びスウェーデンを訪ねたら、ここでも精神科病院はなくなり、博物館になっていました。博物館で再現されていた「かつての精神病棟」は、今の日本の精神病棟そのものでした。
今月、イタリアの脱精神科病院改革の担い手の一人、T・ロザービオ教授が来日。長崎で開かれた「福祉のトップセミナーin雲仙」で「治療からケアへ」の道筋を語りました。これを機に日本でも「施策改革全国ネットワーク」が発足。同ネットワークは今回の衆院選にあたり、各政党に質問状を送りました。