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file185 「和の化粧」

美しくなりたい!
女性たちの永遠の願いをかなえるのが化粧です。人気のつけまつげはどんどん進化し、口紅やアイシャドーの豊富な色彩は女性たちの心を躍らせます。

化粧品会社の牧野香苗さんです。

牧野 「カラーバリエーションが多く増えたことによって自己表現のバリエーションも非常に幅広く増えました。メイクをする過程で色を選ぶ楽しみというのも非常に広がったのではないかと思います。」

美容専門雑誌を参考にメイクテクニックを磨く女性たち。
実は、似たような本が200年前にもありました。
江戸時代から大正時代まで版を重ねたロングセラー、「都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)」です。
低い鼻を高く見せる化粧法など、さまざまな化粧法が記されています。白粉(おしろい)の白、口紅の赤など化粧品の種類も色数も限られていた江戸時代。女性たちは、精一杯工夫をして化粧を楽しんでいました。
今回は、日本女性の美の探究に迫ります。

壱のツボ 白の神髄は“ツヤ”にあり

まずは歌舞伎の世界をのぞいてみましょう。
歌舞伎役者の尾上松也さん。立役(男の役)も女形(おんながた) もこなす注目の若手です。
町娘の化粧を見せていただきましょう。
白粉をひときわ濃く塗るのが鼻筋。鼻に光が集まり、高く見えます。ほほなどは薄めに。白の濃淡でメリハリをつけます。

白の塗り方ひとつで肌はいろんな表情を見せてくれるといいます。

尾上 「女形をやるとき、常に透明感のある肌でよりきれいに客席から見えるように工夫しています。 白粉を塗って顔を白くするときはある程度のツヤが出るように心がけてやっていますね。」

最初のツボは、
「白の神髄は“ツヤ”にあり」

庶民にも広く読まれていた「都風俗化粧伝」。
この本をもとに江戸時代の化粧を研究してきた江戸化粧の第一人者、髙橋雅夫さんです。

髙橋 「この本を読んでみますと、いたるところにツヤっていう言葉が出てくるんですよね。光沢のあるツヤですね。江戸の庶民は、肌の自然なツヤを出すことに大変苦労をしていたわけです。」

「都風俗化粧伝」をもとに江戸時代後期の江戸商家の娘をイメージして白粉の塗り方を再現してもらいました。
「白粉をする伝」という項目を立て、ツヤを出すための手順が細かく記されています。
「白粉をとくことを第一とすべし。」
まずは、白粉をよく溶きます。白粉のときようが悪いと、ツヤが出ず見苦しいとあります。
次に、白粉を顔に塗ります。
「ていねいに幾たびも刷(は)くべし。」
よく伸ばすことの重要性が説かれています。

「眉刷毛(まゆはけ)に水を少し付け、紙の上よりまた幾たびもはくべし。」
塗っては、紙で吸い取る。これを繰り返すことで細かい粒子だけが肌に残ります。
「少しあおぎ、いささかの風をあつべし。」
風を当てて、白粉を乾かし肌になじませます。そして、湿った手ぬぐいで目の上を押さえ、目元に白粉が付きすぎるのを防ぎます。

江戸時代の庶民の白粉は厚く塗り重ねるのではなく、薄化粧です。
髙橋雅夫さんは解説します。

髙橋 「地肌の色を美しく光沢を出して強調するということです。べったり白粉を塗るわけではなく、地肌の色に薄くべールをかぶせているということです。」

厚塗りの場合、光が全て表面で反射してしまい目に映るのは白粉の白だけですが、白粉を塗っては落としを繰り返すと、肌の表面に白粉の薄いべールができ、光が白粉と肌の両方で反射し、自然な輝きが生まれるのです。
これが都風俗化粧伝のいう“ツヤ”。
素肌の色を生かすことで初めて生み出されるのです。うっすらと塗られた白粉が肌本来の色と響きあい、輝くような艶(あで)やかさを生みだしています。

現在の女性の化粧。
成分も方法も違いますが素肌感を生かした自然なツヤが改めて注目されています。
化粧品会社のメイクアップアーティスト、YABUさんです。

YABU 「ツヤのある肌がすごくトレンドとして上がってるんですね。そのツヤも明らかにツヤっぽい仕上がりではなくて、内側からにじみ出るような自然なツヤが求められています。日本人の肌はフラットで平面的な顔の方が多いので、そこにツヤを与えることによってより立体感のある肌を作ることができるんですね。」

光の効果を最大限味方に付けた「ツヤメイク」。
そこには、日本女性を美しく見せるための知恵が詰まっていました。

弐のツボ 紅の究極は玉虫色


女性を華やかに彩る口紅の赤。江戸時代は、主に紅花から作られていました。
紅花の産地、山形県。
こちらでは、昔ながらの方法で紅を栽培加工しています。黄色が下から次第に赤く変化してゆく紅花。3分の1が赤く色づくと、摘みどきです。

紅花農家で紅花技術継承者の今野正明さんです。

今野 「黄色が99%、赤がたった1%というのが紅花です。それを黄色が多い段階で摘んでしまいますと、赤の色素が十分でなくなりますし、また、咲きすぎて、赤になってしまったものは加工する段階で黒くなって単にゴミのような色になってしまいますので、真っ赤な口紅ができるにはこういった花を摘まなきゃいけないということですね。」


摘んだ花びらを水で洗いながらもむ作業。
赤い色素を取りだすため、水に溶けやすい黄色の色素を、洗い流していきます。同時に、花びらに傷をつけることで酸化を促します。四日後。口紅のもととなる見事な赤色になりました。

しかし、こちらの浮世絵、下唇が緑色です。一体どういうことでしょう。
化粧の歴史に詳しいポーラ文化研究所の村田孝子さんは言います。

村田 「口紅の流行というのが江戸の後期、文化・文政ごろに面白い現象が現れるんですね。玉虫色に発色するという笹色紅(ささいろべに)が流行したんです。下唇だけ緑色になっている唇があるんですけれども、あれは、遊女とか御殿女中、身分の高い女性たちが行った化粧で、特徴的な化粧とも言えますね。」

江戸時代の一時期流行した玉虫色は女性たちにとって特別な色でした。

二つ目のツボは、
「紅の究極は玉虫色」


この玉虫色は、どのようにして生み出されたのでしょうか。
今も江戸時代から続く方法で口紅を作っている会社にお邪魔しました。
先ほどの紅花から作った液体に麻の束をつけます。
麻には紅の色素を集めやすい性質があり、液を麻に吸い込ませる作業を繰り返すことで、純度の高い紅を取り出すことができるのです。
こうしてできた液をろ過して、紅を抽出します。手間をかけることで純度の高い紅が出来上がりました。


紅職人の糸田新一さんです。

糸田 「紅の魅力というのは、自然が持つ本来のやわらかい赤、それが紅の魅力だと私は思います。」


薄く伸ばして塗るとやわらかみのある愛らしい赤。さらに幾重にも、塗り重ねてみると、色が変わってきます。紅が、玉虫色の輝きを放っています。
純度の高い紅を塗り重ねたときだけ、この色が生まれます。高級な紅をふんだんに使えたのは、裕福な女性。玉虫色の唇は豊かさの象徴でもありました。

紅に詳しい伊勢半本店 紅ミュージアムの島田美季さんです。

島田 「大変高価な紅は庶民にはなかなか手の届かない存在で、代わりに墨をベースとして唇に塗り、その上から薄く紅をつけることで笹色紅の代わりとして広く広まっていきました。それほどまでに庶民にとっても非常に玉虫色の輝きというのは憧れであり、魅力であったと言えます。」

墨を塗った上に薄く紅を重ねると、確かに玉虫色に見えます。
簡単には手に入らない、唇の玉虫色。
涙ぐましい努力をしてまで真似しようとした憧れの色でした。

江戸時代、お猪口(ちょこ)などに塗って売られていた口紅。
上質な紅は、玉虫色の輝きを放っていました。女性たちは、少しづつ水で溶かし、大切に使いました。高価な紅を幾重にも塗り重ねてはじめて現れる玉虫色。それは、まさに究極の色でした。

参のツボ 乙女心をくすぐるデザイン

鏡を前に化粧するのは、女性にとって大切な時間。
そのパートナーとなるのが、化粧道具です。
江戸時代、ある工夫が施された鏡台が流行しました。

村田孝子さんは言います。

村田 「この鏡台は、江戸後期から末期にかけてのものなんですけれども、特徴としては引き出しが右に開くんですね。普通は手前に引き出しが開くんですけど、引き出しが右についていると、より鏡に自分の顔を近づけて念入りにお化粧が楽しめると。こういった形の鏡台の出現で、女性たちがより長く鏡に向かって、紅の付き具合などを丹念にチェックできるようになったので、より女性たちが楽しく一時を過ごせたんじゃないかと思いますね。」

鏡に向かう長い時間。周りには、化粧を楽しくしてくれるおしゃれな品々がありました。
例えば、白粉の包み紙。かぐや姫の物語と考えられる絵がすられたものや、小野小町の絵など、美女にあやかりたい女心をくすぐるデザインです。
そして、歌舞伎役者を描いたもの。團十郎や菊五郎のように白くなれる、とか。
いろんなグッスが、あの手この手で、化粧する気分を盛り上げてくれていたのですね。

最後のツボ、
「乙女心をくすぐるデザイン」

白粉を塗るときに使った道具。陶器の三段重ねとなっています。下の段に水を入れ、上の二段で濃さを調節しながら白粉を溶きました。
よく見ると、巻物が描かれています。美しくなるための秘伝の書なのかもしれません。

キュートなアイテムの宝庫とされるのが紅板(べにいた)。口紅を持ち歩くための道具です。
開くと、中に紅が塗られ、外出先での化粧直しに使われました。

システム手帳に見えるこのアイテム。
「携帯化粧道具」です。開くと化粧道具がぎっしり。白粉ケース、小さなくし、毛抜き、そして、白粉のはけ。写真の左に取り出されているのは、右ポケットに収められていた手鏡です。かわいさ満点。
化粧にかける時間を楽しく過ごそうとした江戸時代の女性たち。
カワイイものに囲まれながら、キレイになりたいという気持ちは、今も昔も変わりません。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

先日、映画館で映画を鑑賞してきました。何の作品を観るか決めておらず、行った時間にタイミング良く上映されるものを選ぶことに。それは男女の役割が逆転した江戸時代の城内のお話しでした。水色や黄色、もえぎ色といった色とりどりの着物で着飾るのは美しい男性たちです。感心したのが効果的な「色の使い方」。鮮やかな色がスクリーンを彩る中、ここぞ!というときに使われていたのが、“黒”“赤”“白”という三色だったのです。主人公の個性を主張するのに用いた“黒”の着物。カラフルな着物が多い中、ひときわ目立っていました。さらに、身支度を整える主人公の目じりに引かれた“赤”のライン。白粉を施した“白”肌に浮き立ち、覚悟を決めた男の瞳が不気味なほど美しく感じられました。シーンを印象付けるため効果的に使われた色に「和の化粧」との共通点を見出したのでした。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Hallway Ted Combustible Edison
When You Wish Upon A Star Good Buddies
Samba For Maria Norman Connors Featuring Freddie Hubbard
Broadway Newyork String Quartet
Spain Trouvere Quartet With Toshiyuki Honda
NOS.6 Chic Corea
Fly To The Moon Julie London
All The Things You Are Paul Desmond / Gerry Mulligan
Alfie New Roman Trio
Mickey Mouse March 斉藤ネコ
My Romance Gary Burton / Makoto Ozone
Love For Sale Miles Davis
Sidewinder Turtle Island String Qauartet
Waltz For Debby Monica Zetterlund
Alice In Wonderland Branford Marsalis
Who's Afraid Of The Big Bad Wolf? 斉藤ネコ
Take The A Train Newyork String Quartet
I'll See You Again Bob Thompson
Hey John Blossom Dearie
Someday My Prince Will Come 斉藤ネコ

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