今日は短編SSを一本投下します。
先日、WEB拍手でシチュのリクエストがありまして、私も書いてみたいなと思ったものですから、ちょっとした短編に仕上げてみました。
リクエストくださった方の考えていたものとはちょっと違うかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。
「お父さん・・・お母さん・・・ひどい・・・こんなのってひどい!」
僕をかばうように立っているパジャマ姿のお姉ちゃん。
その背中がふるふると震えている。
怒っているのだろうか・・・
泣いているのだろうか・・・
向こうの部屋には血まみれのお父さんとお母さんが倒れていて、ぴくりとも動かない。
死んでしまったのだろうか・・・
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・
******
「行ってきます」
セーラー服姿のお姉ちゃんがつま先をとんとんと床に打ち付けて靴をなじませている。
「気をつけて行くのよ」
「はーい」
お母さんの声にそう返事してばたばたと玄関を出て行くお姉ちゃん。
それがいつもと変わらない朝の光景。
バスで高校に通わなければならないお姉ちゃんはお父さんと同じぐらいに朝が早い。
僕の中学は家に近いので、そんなに朝はあわてる必要がないんだけど、お姉ちゃんは大変だ。
それにお姉ちゃんは女だから、よけいに朝は手間がかかるものらしい。
自慢の髪をとかしたり化粧品のようなものをつけたりして、ちょっとおしゃれするから時間がかかるのだ。
まあ、男だって制汗スプレーだのなんだの使うからそんなに変わらないんじゃないかとは思うのだけど、女は時間がかかるものらしい。
なので、いつも朝はばたばたしてる。
お姉ちゃんが出かけることで、やっと少しは静かになるのだ。
「ほら、和樹(かずき)もさっさと支度しなさい。遅れるわよ」
いけない、矛先が僕に向いてきた。
さっさと朝食をかき込んで学校に行かなくちゃ・・・
『昨夜、またしても暗黒魔団ヴェゾルグによる破壊活動が行なわれ、死者12名を出す惨事となりました・・・』
テレビから流れてくる暗いニュース。
最近出没するようになった謎のテロ集団“暗黒魔団ヴェゾルグ”
まるで一昔前の特撮のような怪人が暴れまくるとかで、監視カメラの映像にその姿が映っていたりもする。
警察でも対処に苦慮しているらしく、特別対策チームを編成して対処するということらしいが、そのあたりはまだマスコミには伏せられているらしい。
ネットの掲示板あたりでは虚実真実取り混じったいろいろな書き込みが流れているが、暗黒魔団ヴェゾルグがどういった連中なのかについてははっきりしない。
「またなの? お父さんの会社、大丈夫かしら・・・」
お母さんがテレビのニュースを見て心配する。
僕も気にはなるけど、今まで襲われてきたのは重工業系の会社や大きな企業が多いから、お父さんの会社はたぶん大丈夫じゃないだろうか。
「大丈夫だと思うよ。お父さんの会社はそんなに大きい会社じゃないし、ヴェゾルグよりも不景気でリストラのほうが心配だよ」
僕はちょっと茶化しつつお母さんにそう言って安心させてあげる。
「そうよねー。ヴェゾルグも企業ばかり狙わないで政治家とか狙えばいいのにね」
「うんうん、今の首相とかね。さて、ごちそうさま」
僕は食器を台所に下げ、上着とカバンを手に玄関に向かう。
口臭予防にガムを一枚口に入れ、靴を履いて玄関を出る。
「行ってきます」
それが今朝のことだった。
******
「キュイーッ!!」
「キュイーッ!!」
全身黒尽くめの直立したアリのような男たちが何か言っている。
人間にはわからない言葉でコミュニケーションを取っているのかもしれない。
荒らされて家具が散乱したリビング。
必死の抵抗をしたらしいお父さんは、僕が小学生のころ使っていたバットを掴んだまま倒れていた。
そしてそのそばではお母さんも・・・
「お父さん・・・お母さん・・・」
絞り出されるようなお姉ちゃんの声。
僕はその声すら上げることはできなかった。
「どうやらこの家にいるようだな」
破壊されて大きな穴が開けられた壁から、巨大な体格の人影が一人入ってくる。
その姿は異形。
全身をトゲの突き出たグレーの鎧で覆い、頭部は茶色の牛の頭になっている。
その口には牙が生え、鋭い眼光が僕たちに向けられていた。
「魔人ゴズモウ・・・」
僕は以前テレビで見たヴェゾルグの幹部の姿に、思わずその名をつぶやいた。
「ほう・・・俺様の名を知っているか小僧。やはりテレビというものは情報伝達には威力があるらしい」
お姉ちゃんの後ろ側にいる僕に、ゴズモウが笑いかけてきた。
「お、弟には手を出さないで!」
スッと僕とゴズモウの間をさえぎるお姉ちゃん。
かすかに震えているのに、それでも僕を守ろうとしてくれているんだ。
ここは僕がお姉ちゃんを守らなくちゃいけないのに・・・
僕はグッとこぶしを握る。
そうだよ・・・
僕が守らなくてどうするんだ。
「ふん。小僧などには用はない。抵抗しなければ生かしていてやってもいい」
「だったら・・・」
「俺様が用があるのはお前だ」
ゴズモウの言葉に僕は驚いた。
お姉ちゃんに用があるって?
どういうこと?
「わ、私に?」
お姉ちゃんも驚いているらしい。
僕はゴズモウがお姉ちゃんを見ている隙に、そっと戸棚に手を伸ばす。
そこには果物ナイフが置いてある。
果物ナイフなんかじゃ勝つのは難しいだろうけど、時間を稼いでお姉ちゃんを逃がすんだ。
僕はそう思い、どうにか果物ナイフを手に取った。
「ふむ・・・確かにお前には素質があるようだな。だが、表面にはでていない。どうりで見つけるのに手間取ったはずだ」
「私を探すためにここへ来たというの?」
「そうだ。見つけるのに手間取ってしまったので、このあたり一帯を探し回ってしまったがな」
ニタリと笑うゴズモウ。
さっきから近所ではパトカーや救急車のサイレンが鳴り響いていた。
「ひどい・・・手当たり次第に殺したというの?」
「俺が入り込むとギャーギャー喚くのでな。叩きのめしてやったらみんな動かなくなったわい。人間はもろいものよ。グハハハハ・・・」
僕はぞっとした。
こいつらはまさに悪魔だ。
最低最悪のテロリストたちなんだ。
「さて、それでは始めるとするか」
ゆっくりとお姉ちゃんに近づいてくるゴズモウ。
「ひっ、こ、こないで!」
「お姉ちゃんに近寄るな!」
お姉ちゃんが小さく悲鳴を上げたとき、僕はお姉ちゃんの脇から飛び出した。
「むっ?」
「和樹っ!」
「てえーい!」
僕は果物ナイフを構えて突進する。
僕がお姉ちゃんを守るんだ!!
「ふん!」
「ぐはぁっ!!」
僕の頬に激痛が走る。
「和樹っ!」
お姉ちゃんの声を聞きながら、僕はテーブルとソファの間に吹っ飛んでいた。
「がふっ」
テーブルが倒れ、上のものが飛び散り、僕はかろうじて殴られたんだということを理解する。
果物ナイフはどこかへ飛んでしまい、僕は頬を押さえるしかできなかった。
「小僧、おとなしくしていろ」
僕をにらみつけてくるゴズモウ。
「や、やめて! それ以上弟に手を出さないで!」
再び僕の前に立ちはだかるお姉ちゃん。
悔しい・・・
悔しいよ・・・
僕はいつもお姉ちゃんに守られてばかりだ・・・
痛みと悔しさで涙が出る。
「ふん、よけいなことをするからだ。そこでおとなしく見ていろ。お前の姉が生まれ変わる様をな」
「えっ?」
「えっ?」
僕もお姉ちゃんも思わず声を出す。
生まれ変わる?
それっていったい・・・
「くそっ、お姉ちゃんに手を出すな」
僕はようやく立ち上がる。
「和樹、大丈夫?」
振り返って僕を見るお姉ちゃん。
その顔は青ざめていた。
「お姉ちゃん。逃げて!」
僕はもう一度ゴズモウに跳びかかった。
せめて目潰しでもできれば、お姉ちゃんを逃がせるかもしれない。
神様、僕に力を・・・
「がふぅっ」
僕は再び殴り飛ばされる。
やっぱり魔人には手も足もでない。
今度はお腹を殴られたおかげで、僕は夕食を吐き出してしまっていた。
「和樹ぃっ!!」
僕のところに駆け寄ってくるお姉ちゃん。
その顔が涙で濡れている。
ごめんね、お姉ちゃん・・・
僕、お姉ちゃんを守れなかった・・・
「ふん、うるさい小僧だ。捻り潰してやるわ」
「や、やめてください。もう弟には手を出さないで。用があるのは私なんでしょ? 弟を殺したりしたら、私も舌を噛みます」
お姉ちゃんが僕の体に覆いかぶさる。
お姉ちゃん・・・ごめんね・・・
「ぬう・・・めんどくさい奴め。いいだろう。その小僧は生かしておいてやる。その代わり儀式を受けるのだ」
「儀式?」
「そうだ。お前は我がヴェゾルグの洗礼を受けるのだ」
ゆっくりとお姉ちゃんに近づくゴズモウ。
「や、やめろ・・・」
僕は苦しい息の下で、必死に声を出す。
「か、和樹、しゃべっちゃだめ。死んじゃうよぉ」
お姉ちゃんが泣いている。
悔しい悔しい・・・
僕には何もできないのか・・・
「わかりました。儀式を受けます。だから弟だけは助けてください」
「お姉ちゃん・・・」
僕は唇をかむ。
どうにかしたいけど躰がもう動かないんだ。
悔しいよ。
お姉ちゃんを逃がしたいのに・・・
悔しいよ・・・
「うむ。それでいい。なに、儀式が済めばそのような小僧のことなどどうでもよくなるわ」
ゴズモウがにたにたと笑っている。
その後ろで黒アリ男たちが何かの用意を始めていた。
******
荒らされた部屋の中央に横たわる黒い繭のような物。
さっきお姉ちゃんはその繭のような物に入れられてしまった。
きっといやだったに違いないけど、僕のほうを見て無言で自分から立ち上がり、ゴズモウに導かれるままに繭の中に入れられたのだ。
僕は何度も行っちゃだめだと言ったけど、黒アリ男たちが僕を押さえつけ、お姉ちゃんは行ってしまった。
僕はただ涙を流すしかできなかった。
「グフフフ・・・小僧、よく見ておけ。そろそろお前の姉が魔人となって出てくるころだ」
「えっ?」
僕は耳を疑った。
お姉ちゃんが魔人になる?
生まれ変わるってのはそういうことだったのか?
お姉ちゃんが魔人に?
「嘘だ」
「あん?」
「嘘だ! お姉ちゃんが魔人になんかなるはずがない! お姉ちゃんはちょっとしたことで怒るし僕とけんかだってよくするしおやつだって取り合ったりするけど、絶対に魔人になんかなるものか! あの優しいおねえちゃんが魔人になんかなるものか~!!」
僕は叫んだ。
ありえない。
お姉ちゃんが魔人になるなんてありえないんだ。
たとえどんなことされたって、お姉ちゃんは魔人になんかなるもんか!
「グフフフ・・・はたしてそうかな? まあ、よく見ていることだな。グハハハハ・・・」
ゴズモウは笑っていた。
シュウッて音がして、黒い繭が消えていく。
その霧のようなもやの中からゆっくりと姿を現すお姉ちゃん。
・・・・・・
僕は息を飲んだ。
お姉ちゃんの姿が・・・
お姉ちゃんの姿は変わってしまっていた。
肩口までの髪も、気の強そうな目も、口げんかでは絶対負けない口元も、何も変わってはいない。
でも、お姉ちゃんは変わってしまった。
両耳の上からは捩じれた角が生え、両目の瞳は赤く縦長になり、口からは小さな牙も覗いている。
黒いつやのあるスカート付きのレオタードのような衣装を着て、両手には長手袋を嵌め、背中からはコウモリのような翼が生えていた。
ひざ上までのブーツを履き、お尻からは尻尾まで伸びている。
まるでゲームにでてくるインプかサキュバスみたいな姿なのだ。
僕はあまりのことに声がでなかった。
「グフフフフ・・・どうやら終わったようだな。魔人になった気分はどうだ?」
ゴズモウがお姉ちゃんに語りかける。
するとお姉ちゃんはペロッと舌なめずりをするとこう言った。
「はい、最高の気分ですわ。私は魔女サキュビア。暗黒魔団ヴェゾルグの忠実なるしもべ」
紫色の唇が信じられない言葉をつむぐ。
僕はとても信じられない。
あのお姉ちゃんが・・・
優しかった僕のお姉ちゃんが・・・
「う、嘘だー!」
僕は思わず叫んでいた。
黒アリ男に押さえつけられていたけど、僕は必死で振りほどこうとした。
でも、奴らの力はとても強い。
「嘘だ嘘だ嘘だー!! 嘘だと言ってよお姉ちゃん!!」
僕はただ叫ぶしかできなかった。
「うふっ、和樹ったらまだ生きていたの? もうとっくに殺されたかと思ったけどよかったじゃない」
僕のほうを見て笑みを浮かべるお姉ちゃん。
その笑みはとても冷たくぞっとするものだ。
「お姉ちゃん・・・」
「ばかねぇ。ゴズモウ様に逆らうなんて愚か者のすることよ。私たち魔人に人間が敵うはずないでしょ」
口元に手を当てて楽しそうに笑っているお姉ちゃん。
まるで虫けらでも見るかのように僕を見ている。
「お姉ちゃん・・・」
信じたくない。
信じたくないけど・・・
信じたくないけど、お姉ちゃんはもう・・・
「お姉ちゃんなんて呼ばないで欲しいわ。私は魔女サキュビア。お前たち下等な人間とは違うのよ」
「うわぁっ!! お姉ちゃんを返せ!! お姉ちゃんを元に戻せ!! お姉ちゃんを元通りにしろぉっ!!」
僕は暴れた。
もうどうなってもよかった。
お父さんもお母さんも死んじゃった。
そしてお姉ちゃんは魔人にされちゃった。
こんなことってあっていいはずがない。
「うふふふ・・・やはり下等な動物ね。騒がないの。せっかく生き延びたんだし、私が可愛がってあげる。なんと言ってもあなたは私の“弟”だそうだものね」
お姉ちゃんが僕のそばに来る。
「少し眠りなさい。カ・ズ・キ・・・」
その赤い瞳が僕を見つめ、僕は意識を失った。
******
ぴちゃ・・・ぴちゅ・・・
あふれてくる蜜。
僕はそれを全て舐め取ろうと舌を這わす。
「あん・・・ああ・・・いいわぁ・・・いいわよ・・・もっと舐めなさい・・・」
お姉ちゃんの命令が下される。
僕はもっと激しく舌で舐めまわす。
奥からあふれてくる蜜が、僕の口いっぱいに広がり、僕はとても幸せな気持ちになる。
「あふ・・・いいわぁ・・・さすが魔獣カメレオンね。舌使いは絶品だわ。それとも、今はカズキって呼んであげようか?」
カズキ・・・
なんだか僕はうれしくなる。
「オネエチャン・・・」
僕は左右別々に動かせる目でお姉ちゃんの姿を見上げる。
黒い衣装を身につけたお姉ちゃんは魔女サキュビア様だ。
美しく残忍なヴェゾルグの女幹部様。
僕はそのしもべとして働いている。
きちんと命令をこなせば、こうしてご褒美がいただける。
なんて幸せなんだろう。
「オネエチャン・・・」
僕はもう一度サキュビア様のことをそう呼んだ。
「うふふ・・・だめよカズキ。そう呼んでいいのは二人きりのときだけなんだからね。いつもはちゃんとサキュビア様って呼ぶのよ」
サキュビア様が素敵な笑顔でそう言ってくれる。
この笑顔のためなら僕はなんだってやってやる。
下等な人間どもを殺しまくり、地上をヴェゾルグのものにしてやるんだ。
そうしたらサキュビア様はまたご褒美をくれるに違いない。
ああ、楽しみだ・・・
「さあ、カズキ。今度はお前のモノで私を満足させるのよ。いいわね」
手袋に包まれた指を舐めながら、僕を誘うサキュビア様。
「はい、オネエチャン」
そう言って僕はサキュビア様と一つになる。
「ああ・・・ん・・・」
サキュビア様の声がまた一段と高くなった。
END
いつもとはちょっと雰囲気の違うものになったかもしれませんね。
よろしければお読みになった感想などいただけるとうれしいです。
それではまた。
- 2009/03/18(水) 20:58:16|
- 異形・魔物化系SS
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