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不肖・宮嶋のオラオラ日記

600ミリがやってきた

文・写真宮嶋 茂樹 プロフィール

みやじま しげき/1961年5月生まれ。兵庫県明石市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業。幼少の頃のあだ名は「明石の火打ち石」。通称「不肖・宮嶋」。自称は「写真界のハリソン・フォード」改め、「写真界のジョージ・クルーニー」(年齢が同じやから)。写真週刊誌の専属カメラマンを経てフリーの報道カメラマンに。主に、修羅場を好むが負傷が絶えず、負傷・宮嶋と呼ばれていたものが、不肖・宮嶋に転じたという説もある。第2回雑誌ジャーナリズム賞、第4回日藝賞を受賞するも世界的ビッグタイトルには未だ恵まれず、そこが宮嶋の限界と揶揄されている。本人は「50歳引退宣言」を撤回し、新米カメラマンの頭を蹴落とすことを生きがいに55歳まで現役を続けると宣言し直している。

なお、著書は40冊以上。売れ行きは、そのほとんどが採算ラインをやや上回る程度。最新刊は東日本大震災の記録である「再起」(KKベストセラーズ)、「不肖・宮嶋のビビリアンナイト」(祥伝社)。文藝春秋からも6冊の刊行物があるが、なぜかすべて絶版。もちろん、刊行予定もない。

寒さで報道陣の携帯電話やカメラが次々アウト

 現場では雪が降っていた。まだ自分の指紋もついてない600ミリの白い巨体に容赦なく雪が降りかかる。現場での最大の敵は寒さであった。低温化で携帯電話やカメラのバッテリーの性能が著しくドロップアウトしてしまい、報道陣から悲鳴が上がる。低消費電力の我が新入り愛機はそんな悪条件をものともしない。

中央自動車道上り線勝沼側。時折しも総選挙公示直前。地元山梨の前衆議院議員が視察と称して、通行止めを突破して警察官を困らせる。どうせ車を停めるならもうすこし考えて停めればいいものを。ロックしたままどこかに消えて大顰蹙(だいひんしゅく)。
上り線大月側。トンネル内が高温のため救助もままならない。が、外の気温は氷点下。
負傷者を搬送するためにドクター・ヘリが舞い降りる。下道は高速からの迂回車両で大渋滞、まさにヘリの出番だが、軍用ヘリと違い悪天候に弱い。降り始めた雪にあせる。
降雪が始まり、再離陸できない恐れがあるためドクター・ヘリが飛び立つ。トンネルを出たらヘリがいたなんて、まるで映画「ミッション・インポシブル」である。

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