インタビュー
今,ハイエンドなゲーム制作に取り組む意味とは?――スクウェア・エニックスが「Luminous Studio」で目指す“ゲームの未来”について聞いてみた
スマートフォンの爆発的な普及やカジュアルなソーシャルゲームの隆盛などを鑑み,「ハイエンドゲームの時代は終わった」と指摘するアナリスト/業界関係者も少なくはない。
そんななか,今年の6月に一つの技術デモが公開された。
「Agni's Philosophy」と題されたその映像は,スクウェア・エニックスが「E3 2012」に合わせて用意したもの。「ファイナルファンタジー」の名を冠するこテクノロジーデモは,新型ゲームエンジン「Luminous Studio」で作られており,“次世代のゲーム映像”を分かりやすい形で提示するという内容になっていた。
「Agni's Philosophy」公式サイト
公開されるや否や,リアルタイムCGとは思えないその圧倒的な映像クオリティで世界中のゲーマー達に大きな驚きを与えた(※)わけだが,その映像を見て筆者が改めて感じたのは,「ハイエンドなゲーム」には,本当にこの先の未来がないのだろうか,ということであった。
コンシューマゲームを中心とした「ハイエンドなゲーム」は,この先,滅んでいく運命にあるのか? そもそも“凄いゲーム”とは,本当にコアユーザー向けのものなのか……。
4Gamerでは,そんな疑問を当のスクウェア・エニックスに投げかけてみることにした。話を伺ったのは,「Luminous Studio」プロジェクトの中心人物であり,「Agni's Philosophy」の制作も指揮している同社の橋本善久氏だ。
「Luminous Studio」で実現したいことや,「Agni's Philosophy」に込められたメッセージ,そしてハイエンドゲームの将来についてなど,いろいろなことを聞いてみた。橋本氏,そしてスクウェア・エニックスが見据える「ゲームの未来」とは,いったいどのようなものなのだろうか。
※2012年11月22日現在,再生数は265万を超えている
今,ハイエンドゲームに取り組む意義
4Gamer:
最近,ソーシャルゲームやスマートフォン向けのゲームが大きく注目される一方で,いわゆるハイエンドなゲームに対して懐疑的な声が,ゲーム業界の内外で増えているように思えるんです。
橋本氏:
そうですね。今は,ハイエンドなゲームを作ることが“愚直”に感じられる――そんな風潮はあるかもしれません。
4Gamer:
ハイエンドゲームはビジネス的にリスキーだとか,マニア向けの閉じた方向性だとか,いろいろと言われているじゃないですか。だけど同時に,本当に「ハイエンドなゲームに未来はないのか?」とも感じていて。今日は,そのあたりを含めて,スクウェア・エニックス……というか橋本さんが,「Luminous Studio」で目指すものについてお聞きできればと思っています。
分かりました。ただ,そういう趣旨のお話であれば,まず前置きとしてお伝えしておきたいのは,「Luminous Studio」は,別にハイエンドなゲームを作るためだけのゲームエンジンではないという点です。
以前公開させて頂いた「Agni's Philosophy」をはじめとして,現状は,確かに“ハイエンド感”を前面に出してアピールをしていますが,ゲームエンジンとしての「Luminous Studio」自体は,ガチガチのコンソールゲームやPCゲームだけじゃなくて,スマートフォンやタブレット,さらに将来的にはクラウドをベースとしたプラットフォームなども視野に入れた,統合的なゲーム開発環境を目指しているものです。
4Gamer:
そのあたりは,ゲームエンジンそのものの存在意義として,という話ですよね。制作工程の効率化/システム化は,現在のゲーム開発では欠かせない部分ですし。
橋本氏:
そうです。スクウェア・エニックス全体がより効率的により高品質なゲーム開発をさまざまなフィールドで行っていくためのゲームエンジンという位置づけですね。
ゲームエンジンというと,最近だと,スマートフォンアプリとかが作りやすい「Unity」がよく話題になっていると思うんですけど,僕らがスマートフォンやタブレットに関心がないかというと,決してそういうわけではなくて。僕らとしては,まず技術的に難度の高いハイエンドなところから優先的に攻略していって,そこからローエンドな部分も手軽に作れるようにしていこうと。そういう考え方で「Luminous Studio」の開発に取り組んでいます。
4Gamer:
とはいえ,先ほどの話に戻るのですが,最近はそもそも「ハイエンドなゲームを作ること」に対する風当たりが強いじゃないですか。ハイエンドな方面への投資は必要なのかという議論は,社内でも当然あると思うんです。
橋本氏:
予算規模の小さい作品が大きな収益を挙げている一方で,多額の予算をかけているAAAタイトルが必ずしも売り上げをあげるとは限らないですからね。ビジネス的に考えるなら,ミドルエンドからローエンドのところだけを攻めていればいいという話になりやすいのは分かります。
4Gamer:
そういう風潮に対して,実際のところ橋本さんはどうお考えなんでしょう。あるいは,今後の「ハイエンドゲーム」ってどうなっていくと思いますか?
橋本氏:
そうですね,どこからお話すればいいのか……。
まず,ハイエンドなゲームの存在意義みたいな部分からお話すると,やっぱり僕は,「ハイエンドがあってこそのスクウェア・エニックス」だと考えているんですよね。そこが最初のポイントでしょうか。
4Gamer:
詳しく聞かせてください。
橋本氏:
例えば,今,弊社のソーシャルゲーム「FINAL FANTASY BRIGADE」がとても好調です。これは中身がしっかり作られているのはもちろんなのですが,「ファイナルファンタジーというバックボーン」があるからこそ,多くのお客様に遊んで頂ける作品になっていると思うんですよ。
4Gamer:
ああ,ブランドイメージというか,面白そう/凄そうという“作品の持つ印象”ですよね。
はい。当たり前だけど,やっぱり「FINAL FANTASY BRIGADE」って,ファイナルファンタジーという絶大なブランドがあってこそのビジネスだと思うんですよね。一方で,じゃあそのイメージはどうやって培われるのかって話になると思うんですが,社内で僕がよく例にたとえるのが,フェラーリとF1の話です。
4Gamer:
フェラーリですか。
橋本氏:
ええ。やっぱりフェラーリは,F1のような研ぎ澄まされた世界で結果を残すことで,圧倒的なブランドを培っているわけじゃないですか。そして,そのブランド力があるからこそ,本家のビジネスも成り立っていると思うんですよね。まぁフェラーリ自体は,本当はそもそもF1の方がやりたくて,自家用車のビジネスはオマケみたいなところもあるかもしれませんが,とにかく,ブランディングとビジネスというものをしっかり結び付けている例だとは思うんです。
4Gamer:
そうですね。
橋本氏:
ファッションだって同じですよね。モデルさんがファッションショーで最先端の服を着て,そこでブランドイメージをしっかり作って。そこから普及モデルのデザインを起こして,近所のデパートでも買えるものになっていくという。
4Gamer:
自動車の話でいえば,レースで培った技術や知見が,のちに一般車の方にも応用されていくといった流れもありますよね。
橋本氏:
ええ。研ぎ澄まされたものを作ることは,その作品単体の結果だけではなくて,その周辺にもプラス効果をもたらしてくれると思うんです。まずそこが,ハイエンドなゲームを作ることの意義の一つですね。
4Gamer:
もう一つは?
橋本氏:
もう一つの意義は,今,ハイエンドなゲームっていうと,どちらかと言えばマニア向け,コアゲーマー向けだって言われていると思うんですが,僕としては,将来的には「そうじゃなくなっていく」だろうと考えているからです。
4Gamer:
うーん,どういうことなんでしょう?
橋本氏:
要するに,今はまだゲームのグラフィックスを始めとする体験全般の質が“中途半端”なレベルだと思うんですよね。だから,本当の意味でマスには届いてない状態というのかな。そういう視点を持っているんです。
4Gamer:
ああ。ハイクオリティな映像が果たしてコア向けのものなのか,という疑問はありますよね。
橋本氏:
そうなんです。語弊を恐れずに言うと,コアゲーマーの方が“振り向いてもらえる難度が低い”んですよ。PlayStation 3であるとかXbox 360であるとか,そういうレベルのグラフィックスで「おお,スゲー!」と言ってくれるのは,実はゲーマーの人たちだけで。一般の人たちにとっては「ああ,綺麗だね」って,その程度の捉えられ方でしかない。
そしてゲームと縁遠い人ほど,例えば,旅行が大好きなOLのお姉さんが一番品質に対して手厳しく,ゲームで得られる体験を「すごい!」と言ってもらえるハードルが高いと言えるのではないかと思うんです。
4Gamer:
そうかもしれません。
橋本氏:
だから,そこをもっと突き抜けて,一定の水準を超えたとき――グラフィックスの美しさや洗練されたAI技術などは,より多くの人に振り向いてもらうための強力な武器になるはずなんですよ。
4Gamer:
映像の美しさという意味でいうと,例えば,ハリウッド映画なんかが凄く良い例ですよね。
橋本氏:
ああ,まさにそうですね。
4Gamer:
ハリウッドのメジャータイトルは,それこそ,もの凄いお金をかけて“豪華な映像”を作るわけですけど,これは別にコアに向けてそうしているわけじゃない。むしろ,「マスに訴えるための武器としての映像美」であって。
橋本氏:
映画で言えば,2009年末に公開された「アバター」がもの凄く大ヒットしましたが,もし,あの世界を疑似体験できる,そのまま歩けるよって言われたら,やっぱり「楽しそう!」って純粋に思う人は多いはずなんです。疑似体験という話なら,プレイヤーはただ森を歩いているだけなんだけど,そこに池や川のほとりがあって,蝶々が飛んでいて,水面がキラキラしていて。魚が泳いでいて,鳥のさえずりが聞こえて……っていうだけでもいいと思う。……別に環境ソフトを作りたいと言ってるわけじゃないですよ(笑)。
4Gamer:
いや,おっしゃりたいことはよく分かります。
橋本氏:
つまり,ゲームの技術レベルが上がっていくと,ゲームというものの捉え方自体の幅が広がるんじゃないかってことなんです。それによって,ゲームの内容,ひいてはマーケットを広げられる可能性がある。例えば,本当に素晴らしい体験を得られるなら,「旅行ソフト」みたいなものだって,僕は全然ありだと思うんですよ。実際に現地までピラミッドやヴェニスの街並みを見に行くのは大変だけど,手頃な値段でそれを疑似体験することができるなら,多くの人にとってそれは,きっと面白いものになるじゃないですか。
4Gamer:
そもそも,初期の映画だって,そういう「普段は見ることができない珍しいものを見る」娯楽からスタートしていましたね。
橋本氏:
新しい体験をしたい,というニーズは常にあるんです。だから僕は,今はちょっとゲーム業界全体がカジュアルな方向に寄っちゃっているかもしれないけど,グラフィックスを含めたゲームのテクノロジーがある一定の水準に達したときには,そこでまた“揺り戻し”が起きると思っていて。
4Gamer:
そもそもファイナルファンタジー自体が,スーパーファミコンやPlayStationなど,ハードウェアが進化していくなかで,綺麗なグラフィックスに注力していったのは,スクウェア・エニックスが「ゲームのメジャー化」を志していたからだと思うんですよね。
橋本氏:
そうなんですよね。
4Gamer:
それこそ昔は,綺麗なグラフィックスなんてものはライトゲーマー向けで,逆にパズルっぽいものだとか,ゲームのルールがカッチリしたものこそが「本当のゲームだ!」なんて議論もありましたし(笑)
ああ,ありましたね(笑)。絵なんか関係ない! みたいな。
4Gamer:
……だけど,ここ数年そこが逆転していて,綺麗な映像=コア向けみたいな流れになっている。個人的には,この価値観の変化もちょっと不思議なんですけどね。
橋本氏:
そこはなんでなんでしょうね。
4Gamer:
まぁ一つは,高い投資をしないとその体験を得られない(綺麗な映像を見られない)からという,ゲームを遊ぶための投資コストの問題など,環境的な要因が大きいのかなとは思っていますが。
橋本氏:
確かに。それこそ一昔前は,PlayStation 3を遊ぶために,HD対応のテレビとか5.1chのサラウンド環境とか,そういうものを買い揃えるところからのスタートでしたからね。加えて,やっぱり据え置き機で電源入れてテレビつけてっていうプロセスとか,場所をとるとかを含めると,なかなかハードルが高いっていうのは確かですよね。
4Gamer:
ええ。でも,それなら逆の発想で「そこの投資コストがゼロになったらどうなるんだ」とも思うんです。とくに最近は,まだまだ過渡期とはいえ,クラウドゲーミングみたいなテクノロジーが実用化されてきているじゃないですか。
橋本氏:
要するに,高性能なゲーム機を買わなくてもリッチなゲームが遊べる技術……つまり,ユーザー側の投資コストを押し下げる可能性があるんですよね。
4Gamer:
ええ。
橋本氏:
例えばスマートフォンやタブレットというプラットフォームにしたって,それらを使って手元で操作をしつつも,映像はエアプレイでテレビの大画面で見たり,クラウドを使ってサーバーサイドで処理をさせたりとか,いろいろな使い方が考えられる。ゲーム専用機だけにこだわらなくても,リッチなコンテンツ自体の需要は必ずあるし,それ(リッチコンテンツ)が乗っかる余地だってたくさんあると思うんです。
4Gamer:
そうなった時に,本当に「カジュアルなゲーム」だけでゲーム産業はいいのか? というと……。
橋本氏:
やっぱり,豪華なゲームもほしいですよね。もちろん,例えば20年後とかでも,2Dのカードゲームだったり,カジュアルなパズルゲームみたいなものは残ると思うんですよ。そういうニーズは必ずあるし,残っていく。同じように,ハイエンドなゲームの需要も必ずあるとは思うんですけど,こっちは「かなり頑張らないと生き残れない」とも感じていて。実際,ハイエンドな方向で勝負できる会社って,今はもう世界的に見ても限られていますからね。残すための努力は必要なんじゃないかと。
4Gamer:
そうですねぇ……
橋本氏:
放っておいても,ハイエンドな方向が自然に発展していくような状況ならばいいんですけど,今は残念ながらそういう状況じゃない。だったら,自分たち自身で切り拓いていこうと考えていて,スクウェア・エニックスというか,少なくとも僕が取り組んでいる理由はそういったところですよね。
単なる技術デモに留まらなかった「Agni's Philosophy」の挑戦
4Gamer:
そういえば,「Agni's Philosophy」は海外からの反響がとても良かったとお聞きしています。具体的にはどういう反応があったんですか?
橋本氏:
「Agni's Philosophy」は,6月のE3 2012に合わせて発表させて頂いたんですけれど,公開した途端にインタビューの申し込みが各メディアから来て。注目度がもの凄く高かったですね。ただ,なんか少し勘違いされていたところはありましたが。
4Gamer:
勘違い?
橋本氏:
要するに,「これ,いつ売るの?」とか「プラットフォームは?」みたいな質問が多くて(苦笑)。
4Gamer:
ああ,普通のゲームと勘違いしていたわけですか(笑)。
橋本氏:
そうなんです。なので,「いや,これはあくまで技術デモなんですよ」という説明をたくさんしていた記憶がありますね。
4Gamer:
でも,良い意味で「売り物だと思った」ということですよね。実際,なんか普通の技術デモとは少しノリが違うというか,これがスクウェア・エニックスの新作です!と言われても疑わないレベルでしたし。
橋本氏:
ありがとうございます。
実際,動画を公開したページで行っていたアンケートでは,公開2日間で2万件以上の投稿があったんですが,そのうちの9割くらいが海外の人で。しかも中身を見てみると,それこそほとんどの人がポジティブというか,絶賛に近い内容で。
4Gamer:
動画の再生数も250万近く(※編注:インタビュー時点)まで伸びてますしねぇ。
橋本氏:
それに,今回は技術的な実験であると同時に,実は“裏テーマ”として,「新しいファイナルファンタジー像の模索」であるとか,「海外の人からも支持される世界観作りの実験」という側面もあったんですよ。だから,その意味でも,海外の方から大きな反響を頂けたというのは,本当に嬉しかった。
4Gamer:
海外からも支持される世界観作りというのは,具体的にどういったアプローチなんですか?
橋本氏:
今回の「Agni's Philosophy」でとくに重視したコンセプトは,「ビリーバビリティ(Believability)」という部分ですね。
4Gamer:
ああ,CEDECの講演でもおっしゃっていた。
橋本氏:
ええ。架空の世界で,魔法とかモンスターも出てくるんだけど,それに“納得できる感じ”というんですかね。「お前,さっきの一撃で絶対死んでるだろ」みたいな場面でも,次のシーンではピンピンしているとか,そういうのじゃなくて。主人公はケガもするし,疲れるし,転んだりもするし,恐怖も感じるし,場合によっては簡単に死んでしまう。そういう架空の世界なりの整合性やエモーションに訴えるリアルさを重視したんです。
4Gamer:
それはよく言われる,日本独特の「お約束」の排除,みたいな話ですか?
橋本氏:
はい。魔法も出てくるんだけど,それは簡単に使えるようなものではなくて,もう苦労して,痛みを伴って使っているんだとか,なんというか,都合の良いことだけじゃなくて,都合の悪いこともちゃんとある,そんな現実的な部分を強く意識したんですね。ファンタジーなので,実際にはあり得ないことでも,なんとか“心理的にフィットする”ところに落とし込もうと。
単に見た目だけがリアルというのでは駄目だって話を,今回,プロジェクトの中核を担ってくれた,野末(※),岩田(※)とよく話していて。細かい設定,そして映像の展開を含めて,できる限りビリーバビリティを高めようと考えていたんです。
※野末武志:スクウェア・エニックス ビジュアルワークス部 チーフ・クリエイティブ・ディレクター。ファイナルファンタジーシリーズやキングダムハーツシリーズなどのプリレンダムービーを数多く手がける
※岩田 亮:スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リード・アーティスト。ファイナルファンタジーシリーズやラストレムナントの世界観設定を担当
4Gamer:
でもそれは,例えばファイナルファンタジーを始めとして,日本のコンテンツ(ゲーム)がもっと世界で受け入れられるために必要な考え方の一つですよね。
橋本氏:
そうですね。僕がセガにいた時代からそうだったんですが,経験上からも,日本人より外国人の方がビリーバビリティという部分に敏感なのは凄く感じていたんですね。意外に思うかもしれませんが,日本人よりも外国人の方が圧倒的に論理的納得性を強く求めます。「えぇ,そんなところにこだわるの!?」みたいな。だから,海外の方に受け入れてもらえるコンテンツに仕上げるには,そこにきちんと目を向ける必要があるだろうとは考えていました。
4Gamer:
なるほど。
橋本氏:
そのうえで,「ファイナルファンタジーであるための要素とは何か」を議論していって。思いつく限り,だーっと何十項目もリストアップしていったんですよね。
4Gamer:
クリスタルとか魔法とか?
橋本氏:
そうそう。あとは,召喚獣や美形キャラ,そしてゴージャスであることとかですね。とにかく思いつく限りの項目をリストアップして。そのうえで,次に,いらない項目をどんどん削っていって,「最低限,これがあればファイナルファンタジーに見える」という要素だけを残したんです。
4Gamer:
確かに「Agni's Philosophy」の映像には,一見するとファイナルファンタジーっぽいんだけど,ちょっと洋ゲーっぽさというか,ファイナルファンタジーとしては異質な感じもありますね。
そのあたりも意図的で,「これがあればファイナルファンタジーと言える」という要素を残す一方で,従来のファイナルファンタジーではあまり見られない要素……染みとかシワとか血とか不格好な人々とか,それこそ洋ゲーでよく見られるような要素を盛り込んでみようって考えていたんですね。
4Gamer:
スラムっぽい雰囲気とか。
橋本氏:
はい。ファイナルファンタジーらしさの中にそういうものを変化球として提供して,海外の人たちのハートに刺さるかどうかのテストのつもりがあって。海外の人から見て違和感なく,ナチュラルに受け止められて,かつ日本のファンが見ても納得できる。そんなギリギリのところを攻めたつもりだったので,ちゃんと結果が出て嬉しかったですね。やっぱり正しかったんだ,という自信にもつながりましたし。
4Gamer:
ただ,なんというか,海外を意識するという話になると,やっぱり「意識しすぎてしまう」という問題はあると思うんです。キャラクターが妙に濃くなっちゃったりとか。
橋本氏:
おっしゃるとおりですね。
4Gamer:
そういう部分の取捨選択だったり,落としどころはどういう風に決めていたんですか?
橋本氏:
一つタネ明かしをすると,今回のプロジェクトを始めるにあたって,アーティストに対して最初に制約を入れさせてもらったんですよ。それは何かというと,「主人公は若い女性」というもの。なぜかというと,主人公を男性キャラにしてしまうと,さっき話していた「世界でも日本でも受け入れられるキャラクター」を作り上げるには,とても時間が掛かると思ったんです。男性キャラの理想像って,日本人と外国人ではあまりにもギャップがありすぎるじゃないですか。
4Gamer:
ああ,なるほど。
橋本氏:
もちろん,将来的には,世界的に受け入れられる男性のキャラクターにも挑戦していくつもりですが,今回は,比較的小規模かつ短期のプロジェクトだったこともあったので,時間を優先して,そこは戦略的に割り切ったんですね。あと,絵作りって意味では,やっぱり密度感や華やかさを重視しましたが,そういったいわゆる「ファイナルファンタジーらしさ」とリアルさとの兼ね合い,みたいな部分には苦心しました。
4Gamer:
リアルさとの兼ね合い,とは?
橋本氏:
例えば,ファイナルファンタジーって基本的には衣装とかがとても派手じゃないですか。
4Gamer:
そうですね。
橋本氏:
だけど,あんまり派手な衣装にすると,そのことでビリーバビリティが欠落してしまうことになるんです。また一方で,現実世界にどこにでもあるような服装にしてしまうと,それはそれで「ファイナルファンタジーらしさ」を感じてもらいにくくなる。
4Gamer:
なるほど。
橋本氏:
だからデザインとしては,現実のファッションモデルがファッションショーで着ていても似合うくらい,そこそこ派手にしたうえで,かつ“この派手な衣装を着ていても大丈夫なシチュエーション”っていうのを考えていったり。
4Gamer:
ああ,それでああいう儀式のシーンになっているんですか。
橋本氏:
ええ。まぁほかにも「召喚獣」を出したい,魔法を使うシーンを入れたいとか,もろもろ考えたうえでの,ああいうシチュエーションということですね。そういった一つ一つの設定に対して,ちゃんと理屈を積み重ねていくことで,ビリーバビリティというものは担保できるはずだと。チーム内で議論に議論を重ねて作り上げていったんです。
4Gamer:
世界設定のロジカルな詰め方っていうのも非常に面白い切り口ですよね。ゲーム制作におけるチームワークというか,組織論みたいな話になるとか,どうしてもマネージメント寄りの話に終始しがちですけれど,そういうお話はとても興味深いです。
橋本氏:
もちろん,僕らも100%やりきった!とは思ってはいないんですが,キャラクターデザインや世界観の設定で参加してもらった岩田も,「今回が一番ロジカルに,かつ密度の濃い世界観設定ができた」と言ってくれましたし,一つの方向性は示せたのかなとは思っています。
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