日本男性の「男らしさ」とは―自衛隊を取材した米大女性教授に聞く

 日本経済は、今年4~6月、7~9月と2四半期続けてマイナス成長となった。過去15年で5回目の景気後退ということになる。就職難や年収減、リストラ、父親の世代より豊かになれず、結婚もままならない若年層の急増など、日本男性が直面する壁は、日ごとに厚く、高くなる一方だ。

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サビーネ・フリューシュトゥック教授

 過酷な競争にさらされ、先の見えないグローバル化時代を生きる21世紀の日本男性にとって、「男らしさ」とは何なのか。はたして、日本の男性は、先輩の世代よりも弱くなったのか――。『Recreating Japanese Men』(仮題『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで、「男性性」の変遷を追う」』、来年1月、明石書店から邦訳版発売予定)の共同編集者であるカリフォルニア大学サンタバーバラ校のサビーネ・フリューシュトゥック教授(現代日本文化研究)に話を聞いた。

――日本人男性への集中的な取材などを通して、「マスキュリニティー(男らしさ、男性の特質)」を分析したそうだが。

 フリューシュトゥック教授 イラク戦争開戦前後、数多くの自衛隊員にインタビューを行った。短期入隊を許可してもらい、基礎訓練にも参加した。一人2時間くらいかけて、入隊の目的から人生観、父親や祖父をはじめとする家族などについて、じっくり話を聞いた。わたしが外国人女性であることから、自分たちの男性性が脅かされる心配がないと考えたのだろう。誰もが、抱えている不安などを本音で語ってくれた。

――結果は?

フリューシュトゥック教授 まず、2世代にわたって戦争と無縁の日本では、戦争が、もはや理想とされる男らしさの踏み絵ではないことが分かった。わたしの出身であるオーストリアなど、欧州の大半の国々でもそうだ。

 隊員は出身地などもまちまちだったが、経済的理由から大学に行けないため、自衛隊や防衛大学校に入ることで、大学進学のチャンスがつかめるのではないかと考え、入隊した人が多いようだった。

 また、戦争に行きたいと思っているのではなく、災害時の救助活動など、もっと大きく重要なことを世の中のためにして役立ちたい、というポジティブな動機が目立った。両親とうまくいかなかった人が、入隊によって人生を立て直したいというケースもあった。国防といった大きな問題よりも、むしろ個人的な人生観にかかわる入隊動機が多かった。

 一方、米国では、今も戦争になるたびに、兵士こそ男の中の男、といった認識が繰り返し強調される。日本や欧州よりもマッチョ信仰が根強い。日本では、欧米がひとくくりにされ、日本だけが特殊だと思われがちだが、違う。日本は、むしろ西欧文化に近い。

 世界の子供たちの学力を比較したとき、東アジア諸国の学生は数学と科学が得意だが、米国の学生は「self-confidence(自信)」の高さが際立っている。欧州の大半の国では、常に自分が優れていると自慢することは、ナルシスト的行為として、悪いこととみなされる。だが、米国では、成功に必要なものとして教えられる。興味深い相違だ。

――草食化など、日本人男性の男らしさは危機にさらされているのか。

フリューシュトゥック教授 メディアは、「最近の若者は、いったいどうしたのか」などと報ずるが、「男らしさ」は、国を問わず、時代によって変わることを理解すべきだ。たとえば第二次大戦のころと今とでは、すさまじい変わりようだ。男らしさは流動的である。

 20世紀前半には父親や祖父を理想と考える若い男性が多かったが、今は、スーパーヒーローを理想とする若者が多い。上の世代とのヒエラルキー(階層化)が崩れつつあるからだ。金融危機や経済危機により、若者は、もはや現在の中高年のようなライフスタイルを送れないため、上の世代の価値が下がり、お手本とは考えられないのである。米国や欧州をはじめ、これはグローバルな問題だ。

 日本では、景気後退のせいで、それまで理想とされた男らしさの劣化が進んだ。日本経済が全盛だった1980年代には、ホワイトカラー職の「サラリーマン」が中流層のあるべき姿とされたが、今ではすっかり魅力を失い、そうした認識は消え去った。若者は、もはや父親のようには生きられない。世代的な危機と男らしさの危機が、日本や欧米の若者を襲っている。

 ちなみに、社会には保守的な形での男らしさが現存する場所がまだ残っている。政界が、その1つだ。おそらく新種の男らしさに最も適応できない世界が、政治ではないか。

――今、日本の男性にいちばん必要なものは何か、読者にアドバイスをいただきたい。

フリューシュトゥック教授 男らしさの危機を「好機」に変えることだ。たとえば女性が、従来の結婚のあり方を拒み、結婚も出産もしたくないと言うのなら、父親世代の男性が望んだ妻の像ではなく、女性をパートナーとしてとらえ、新たな異なる夫婦関係や恋人関係への道を探ることである。

 不景気は、男性に、男らしさの多様化への道も開いた。経済低迷により、正社員としてでなく、不安定だが自由な人生など、これまでとは別の、さまざまな生き方を模索する必要が出てきたのだ。サラリーマンに取って代わる、これという力強い男らしさの象徴が生まれていないのは、そのためである。現代の男らしさは、たった1つのスタイルなどでくくれるものではない。複数の要素が共存することで成り立っている。

 翻って、その分、女性が強くなり、男女平等が進んだ。女性は、専業主婦として子供を産み、結婚生活を送ることが、もはや経済的な保障を約束しないと気付き、女性の考えも大きく変わった。

 自衛隊に短期入隊し、基礎訓練を受けるだけのタフさを持ちながら、穏やかな語り口で、日本や欧州から見た米国のマッチョ文化や日本男性論を鮮やかに分析してくれたフリューシュトゥック教授。その教授が再三口にしたのが、男らしさは常に変わるため、決まりきった尺度では測れない、というものだ。

 先進国共通の問題とはいえ、マッチョ信仰の強い米国の男性に囲まれていると、日本人男性の穏やかさや控えめさが際立つ。だが、そもそも草食化は悪いことなのか。シングル男性が増えることは問題なのか。ピンク色のシャツを着ることは、「男らしくない」ことなのか――。

 「失われた20年」や少子高齢化で、日本が大きく変わることを余儀なくされる中、新しい男らしさと女らしさを楽しみ、危機を幸せに変えることが、日本経済再生のカギかもしれない。

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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト

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