【競馬】スプリンターズS、女王・カレンチャンに立ちはだかる「壁」
2012.09.29
- 土屋真光●文 text by Tsuchiya Masamitsu photo by Nikkan sports
昨年10月のスプリンターズステークス(以下、スプリンターズS)、そして今年3月の高松宮記念と、中央競馬にふたつしかない短距離(芝1200m)GIを連覇したカレンチャン(牝5歳)。普通に考えれば、今年のスプリンターズS(9月30日/中山芝1200m)は当代のスプリント女王として挑戦者を迎え撃つ立場だが、同時に挑戦者としての立場も併せ持つ。これまでに、日本では誰も成し得ていない、スプリントGI3勝という大きな山へのアタックだ。
高松宮記念以来の復帰戦となったセントウルステークス(以下、セントウルS/9月9日、阪神芝1200m)に出走したカレンチャン。前走比22kg増と大幅な馬体増に加え、道中もマジンプロスパー(牡5歳)と競り合いながら逃げるような形になったものの、勝ったエピセアローム(牝3歳)から0.1秒差の4着と、秋シーズンのスタートは上々の滑り出しを見せた。
「体は増えましたが、ほとんどが成長分。その後の調整も順調で、いくぶんかあった馬体の余裕も絞れています」(競馬専門紙記者)と連覇に向けて抜かりはない。これが、国内ではラストランになることをオーナー夫人も明言しており、有終の美を飾るために、万全の状態で本番を迎えられる態勢を整えられそうだ。
しかし、自身の状態が万全であっても、競馬には当然ほかの要素が絡まる。
まず歴史という”壁”が立ちはだかる。
1990年にスプリンターズSが、そして1996年に高松宮記念(当時の名称は高松宮杯)がGIに昇格となったこともあって、日本における短距離GIの歴史はそれほど古くない。それでも、これまでにこのカテゴリーのGI2勝馬は、カレンチャンを含めて7頭。年間に2レースしかないことを考えれば、むしろ多いぐらいだ。
これまでに3勝目に挑戦したのは、2勝馬の7頭のうち、フラワーパーク、トロットスター、ビリーヴ、ローレルゲレイロの4頭。いずれも、その3勝目を狙ったレースで、GI初勝利の馬に敗れているという共通点がある。
名脇役として、長く活躍する馬は多いが、長くトップで居続けるスプリンターは日本ではあまり見当たらない。そのスピード感と同じく、世代交代が早いのも特徴だ。3勝馬がいないのは、こうした短距離路線の消長の激しさにも表れているとも言えるだろう。
そういった意味では、今年はカレンチャンと海外遠征馬を除く全馬がGI未勝利で、下克上の条件を満たしている。ライバルという壁が歴史に裏づけられて、さらに大きな存在となっているということだ。
一番の難敵と目されるのは、同じ安田隆行厩舎のロードカナロア(牡4歳)だ。厩舎の方針で使い分けられたこともあって、これまでにカレンチャンとの直接対決は、高松宮記念(3着)とセントウルS(2着)の2戦のみで、1勝1敗と五分の成績。セントウルSではエピセアロームの強襲を受けて2着に敗れたが、カレンチャンを徹底マークし、ゴール直前で競り落とした内容は負けてなお強しのもの。高松宮記念当時よりも、明らかに力をつけていることがうかがえる。安田厩舎が送り出すもう一頭、ダッシャーゴーゴー(牡5歳)ともども栄冠を譲り合う気は毛頭なく、同門同士の真っ向勝負が期待できる。
話題にあがっているセントウルSで台頭した、3歳牝馬のエピセアロームも強力なライバルと言える。桜花賞前までは今年の二冠牝馬ジェンティルドンナと同等の評価を受けていた逸材で、クラシックこそ結果は出なかったものの、距離短縮によって素質を開花させつつある。父は成長力のあるダイワメジャー、母父は短距離のビッグレースに強いコジーンという血統背景に加え、「いかにもサンデー系らしい切れ味は武(豊)騎手にピッタリ」(競馬専門紙記者)という声もある。海外から参戦するラッキーナインのファウンズ調教師も「カレンチャンと同じくらい怖い」とマークしているほどだ。
昨年の2着馬パドトロワ(牡5歳)も侮れない。今年はサマースプリントチャンピオン(夏開催の短距離重賞をポイント化したシリーズで優勝)のタイトルを手にして、昨年の雪辱を狙う。このシリーズの優勝馬は、本番での勝利こそないものの、2着3着の率は高い。鞍上の安藤勝己騎手はビリーヴのスプリントGI3連覇に王手をかけながら、カレンチャンの主戦である池添謙一騎手が手綱をとったデュランダルに、ゴール寸前で快挙達成を阻まれた。今回は逆の立場という奇縁にも注目だ。
雪辱という意味合いでは、古豪サンカルロ(牡6歳)も怖い1頭。高松宮記念では2年続けて2着、このスプリンターズSも一昨年3着と金メダルまであと一歩というところまで来ている。「セントウルSの惨敗は調整方法を変えた影響。今はビシビシと追って状態も上向き。雨で馬場が渋るのも大歓迎」(競馬専門誌記者)と強気の姿勢だ。
また、過去10年で3勝を挙げている海外勢が今年も来日。スプリント王国・香港からは、昨年の香港スプリント(香港GI・芝1200)を勝ったラッキーナイン(騸5歳)と、今年英国に遠征してキングズスタンドS(英国GI・芝1000m)を勝ったリトルブリッジ(騸6歳)の”両横綱”がやってくる。
「この馬の来日は3回目。そろそろ勝たないと、もう言い訳が残ってない(笑)」とラッキーナインのファウンズ調教師がうそぶけば、「早目に来日してじっくりと調整し、金曜日の昼に自分の足で馬場を歩いて、これならいけると確信できた」とリトルブリッジのシャム調教師は自信の表情を見せる。どちらも希望していた枠を得たことも追い風になりそうだ(ラッキーナイン3枠5番、リトルブリッジ4枠7番)。
国内外の現役屈指のスプリンターがズラリと顔をそろえたスプリンターズS。はたして、カレンチャンは屈強なライバルたちを相手にして、前人未到のスプリントGI3連覇を達成できるのか。秋のGIシリーズ開幕戦から目が離せない。