【石橋英昭】断崖絶壁から太平洋を望む和歌山県白浜町の名勝・三段壁。海を見下ろすぎりぎりの所に看板が立つ。
「いのちの電話 重大な決断をするまえに 一度是非ご相談下さい」
電話番号がつながる先は町の教会の牧師、藤藪(ふじやぶ)庸一さん(40)だ。
夜中でも藤藪さんは崖に駆けつける。「電話をくださってありがとう」。安全な所に移り、悩みに耳を傾け、朝まで話し込む。保護される人は年100人前後にのぼる。
前任の牧師から自殺防止活動を引き継いだのは1999年。数カ月ほどして三段壁で保護した青年のことが、忘れられないという。
しばらく白浜で過ごし、家族の元に帰ると言って出ていった。だが2カ月後、九州の海岸で遺体で見つかった。「引き留めていればよかった」「頑張れ、と言わなければよかった」――。悩む人にとことんまで寄り添おうと、藤藪さんは覚悟を決めた。
追い詰められた人の居場所(シェルター)づくりにも力を注いできた。
死を思いとどまったものの、仕事がなく、頼る人もない10人ほどが、教会そばのアパートで共同で暮らす。警備員や旅館の仕事に就きながら、人生のやり直しを準備する。失敗をして戻ってきても、何度でも受け入れる。
以前は、自殺は個人の問題とみる風潮が強かった。観光地・白浜で「自殺が多い」と風評が立つのを嫌がる声もあった。藤藪さんの活動に理解を示す人は、初めは多くなかった。
風向きが変わったのは2006年の自殺対策基本法制定から。リーマン・ショックがあった08年、三段壁で身を投げた人が20人を超え、白浜町も危機感を持った。翌年、町や県、警察の協力で夕刻のパトロールが始まった。崖には柵がつけられ、藤藪さんの活動も、行政から様々な助成を受けられるようになった。
藤藪さんが最近気になるのは、三段壁に来る若い世代が増えていることだ。
非正規労働を繰り返すうち、うまく行かなくなり、心を病む。家族とも疎遠。「頑張ってもムダやろ」という言葉を何度も聞く。
日本の年間自殺者数が、15年ぶりに3万人を下回りそうだ。藤藪さんは言う。
「私たちのような水際の活動が広がり、効果が出てきたということ。でも、孤独や生きづらさを抱える人が減ったという実感は、まだない。家族のきずな、教育、困窮者支援のあり方。政治に考えてほしいことはたくさんある」
■超党派の連携カギ
各党の公約を、NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之代表(40)に見てもらった。鳩山、菅政権では内閣府参与を務め、政治の内と外から取り組んできた人だ。
自殺・うつ病対策を明記したのは民主、自民、公明などだが、「どれも表面的な内容」と手厳しい。一番詳しい社民でも、子どもの自殺対策以外は、前回衆院選時と同じ文面だ。
ここ数年、自殺対策が政治の課題に押し上げられたのは、超党派の国会議員の働きが大きかった。今年新しくなった自殺総合対策大綱は民主党の功績だが、選挙後の政権に実行させるためには、各党間の政策競争より、超党派の連携を広げた監視態勢を築くことがカギ、と清水さんはみる。腰掛けの政務三役ではなく、実行力や調整力のある政治家に継続的に関わってもらうことも、必要だ。
清水さんは自殺対策に影響を与えそうな別の争点にも目をこらす。自殺の背景の一つに生活困窮がある。再起には生活保護制度が有用だ。本来保護を受けられるのに利用できず、死に追い込まれる人もいる。
生活保護費急増を受け、自民、維新、民主などが生活保護の給付水準や認定方法の見直しを掲げている。制度が困窮者に届いていない現状を、まず見直すべきだという。