上杉隆の東京脱力メールマガジン Vol.113
米国の俳優、ジョージ・クルーニーが拘束された。米国スーダン大使館前、飢餓救済活動と対スーダン政府へのデモを行っている最中の逮捕劇だった。
【ワシントン16日AFP=時事】米人気俳優のジョージ・クルーニーさん(写真)が16日、首都ワシントンのスーダン大使館前で同国のバシル政権に対する抗議行動を行い、警察の警告を無視したとして、一時拘束された。
クルーニーさんは父親や議員を含めたグループとともに同大使館前に詰めかけ、スーダン政権の市民への攻撃の中止などを求めた。集まった人々は「食糧を武器として使うな」などと訴えた。
警察は命令を3度無視したとして、クルーニーさんらをプラスチック製の結束バンドで手錠をかけるなどして一時拘束した。クルーニーさんは3時間後に、罰金100ドルを支払って釈放された。
クルーニーさんは人権活動家としても知られており、数日前にスーダンを訪れ、食糧不足の現状をつぶさに見てきていた。釈放後、記者団に対して「(警察で)手荒い扱いを受けたよ」と冗談を言うとともに、「(スーダンでは)多くの人たちが飢えて死のうとしている。これは飢饉によるものではない。人間が作り出した災厄だ。バシル政権によってもたらされた悲劇だ」と語った。 〔AFP=時事〕
もともとクルーニーはジャーナリストの父親を持ち、政治活動にも積極的、実際、自ら監督・主演する映画「グッドナイト&グッドラック」や「スーパーチューズデー(邦題)」などで社会的メッセージの強い作品を世に送り出している。
拘束されたクルーニーに対して、批判的なメディアはほとんどない。むしろ、積極的にクルーニーのスーダン政府に対する主張を報じる傾向にさえある。警察に「拘束」となった途端に、無批判に「悪人」扱いするどこかの国のメディアとは大違いだ。
米国には、俳優といえども米国民のひとりであり、政治的な意志を表明するのは当然だという成熟した空気がある。それは米国のみならず民主主義国家であるならば当然に認められる権利であり、当たり前に存在している雰囲気である。
一方で日本はどうだろうか。3・11以降、窮屈な空気が蔓延している。俳優の山本太郎氏が歩んだ道を振り返れば、彼我の大いなる違いがわかるだろう。
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