転生先は地球外起源種が存在します (ビーフシチュー)
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誰か自分に、文才を分けてくれぇ!



#07 乙女たちの『ときめき』







 『この世界』の人類は、BETAという地球外起源種と四〇年近くも戦っている。
 しかし残念ながら、その侵略者(インベーダー)相手に圧倒的物量を持たれている人類は依然として滅亡の淵に立っていたのだ。そして、一部の大国以外の各国がBETA相手に絶望的な消耗戦を続けている中、ガンダムの開発も軌道に乗り、問題でもあった搭乗者(マイスター)に関することも解決したため久方ぶりに一〇日間という長期休暇を貰った大和。なので、最近忙しかったこともあって擦れ違い気味だった妹分――大和にとって殺伐とした日常の中での“癒しの象徴”とも謂うべき存在の一人でもある――唯依を連れて何処かへ出掛けるのも良いなと考えていた矢先、丁度良いタイミングで彼女に電話で呼び出されたのだ。

 唯依は大和より五歳年下の一四歳。武家の教育を受けているためか凛としており、真面目で、人の気持ちが分かる心優しい少女だ。
 反面に少しおっちょこちょいな部分もあるようで、当初は世間知らずだったクリスカに対してお姉さんぶっていたのだが……。実際はクリスカの方が三ヶ月ほど上だったと後になって知り、恥ずかしさの余り両手で赤くなった顔を覆って、地べたにゴロゴロと転がって悶えたりする可愛らしい面も持っている。

 そんな唯依が「兄様に話したいことがあるのです……」と、少し思い詰めた声で電話を掛けてきたのだ。
 普段の唯依を知っているだけに、その声の重さが看過できず、大和は法定速度など無視した状態でバイクをぶっ飛ばして篁家へ赴いた。

 玄関のインターホンのボタンを押すが、一向に反応が返ってこない。どうやら唯依の母親である栴納は出掛けているようだが……。唯依自身が出てこないことに大和は首を傾げた。
 留守かとも思ったが、ドアの鍵は開いていたので“勝手知ったる他人の家”の如く、大和は家へと上がり込んだ。

 唯依は直ぐに見付かり、灯りも点けず真っ暗な自室で正座をして待っていた。



「……唯依、どうした?」



 大和の声でビクッと両肩を上げた唯依は、俯き気味だった顔を恐る恐るといった感じに上げ、彼へと視線を向けた。



「に、兄様……」



 何故かそう言ったきり唯依は話そうとせず、視線を彼方此方彷徨わせながらモジモジとして要件を切り出そうとはしなかった。

「思ったよりも大事な話のようだ」と、思った大和は唯依の真正面に座り、特に急がしたりせず、彼女が話し出すのを黙って待っていた。



「……」


「えぇ、と……その……です、ね……ええと……」



 一分、二分と、時間が経つにつれて唯依の顔が徐々に赤くなっていく。
 膝の上で硬く握られた手を優しく大和が触れた瞬間、とうとう意を決した唯依が叫んだ。



「兄様! 私、私はっ……兄様のこと……が、兄様のことがっ」



 ――と、言いながら、唯依はグッと大和との距離を詰め、大きく息を吸い込んで、



「――兄様のことが、ずっと好きでしたっ!」


「…………なに?」



 予想外過ぎた唯依の一世一代の告白に、大和は馬鹿みたいに口を開けて惚けてしまっていた。
 しかし、そんなことなど知ったことかと言わんばかりに、唯依は続けていく。



「兄様の周りには綺麗な女性たちばかりで、私は何時も不安でした。
 だけど、その人たちは私にとっても大事な人たちですから、表立って文句も言えませんし」


「…………」


「だからっ、今日は思い切って告白しようと思ったんです。誰かの、こ、恋人になってしまう前にっ、私の……恋人になって、私だけの兄様でいて下さいっ!」



 唯依は潤んだ瞳で見詰めていた。その目に徐々に涙が浮かび上がってくるものの、濡れた瞳には強い意志が宿っている。

 どうやら大和が仕事に感け、しかも、その仕事仲間が全員知り合いの女性たちだったこともあって危機感を抱いた彼女に、長年溜め込んでいたらしい“想い”を打ちまける決意をさせてしまったようだ。

 見詰め合う二人。今にも泣き出してしまいそうな唯依は、固唾を呑んで大和の返事を待っていた。

 唯依に好かれている自覚はあったものの、それは兄貴分としてだと思っていた大和だが、実際は一人の男性として好かれていたらしい。これまでの人生――『最初の世界』と『前の世界』、そして『今の世界』の三つ――で、こうやって真正面から堂々と普通に(、、、)告白を受けたことがなかった大和は、唯依の本気、それも精一杯の覚悟で紡がれた想いを受けて、直ぐには言葉が出てこなかった。
 しかし、その想いに応えるためにも、大和自身 きちんと返事をしなければならないことも理解していた。



「唯依……」


「――っ」



 名前を呼ばれただけなのだが、唯依は豪く敏感に反応し、小さく震えながらも大和の言葉を聞き逃すまいと注視する。



「……俺も、お前のことが好きだよ」


「――っ!」



 出来るだけ優しく、自ら想っていることを吐露した大和だが、唯依は息を呑んだ。そして、ふらふらと危な気に立ち上がり、躊躇いがちに大和へと近付いて、ギュゥッと、抱きついた。



「兄様……ほっ、本当、ですよね? 嘘じゃありませんよね?」


「あぁ、嘘じゃない――っていうか、何で泣くんだ?」


「だってぇ……」



 大和へぴったりと寄り添い、唯依は嬉しさの余り子供のように泣きじゃくっていた。



「唯依……」



 ため息をしつつ小声で呼ぶと、何を思ったのか知らないが、唯依は身を竦ませた。大和は落ち着かせるように、その頭を優しく撫でる。



「まあ今の流れだと、嬉し涙だっていうのは理解しているんだが……。
 やっぱり泣き顔よりも、唯依には笑顔を見せて欲しいから泣き止んでくれ」


「はい……ごめんなさい、兄様。でも、凄く嬉しかったから……」


「そうか……」



 グジュと、鼻を鳴らす唯依。その後、彼女が泣き止むまで待ってから、大和はポフポフと軽く頭を二度叩いて手を下げた。



「よしっ、話は変わるんだが……」


「……はい……」



 唐突な話題変更もだが、今度は急に大和の方がソワソワ仕出したことに疑問を持ちつつ、唯依は涙を拭っていた。



「最近構ってやれてなかったから、元々唯依を誘うつもりだったんだが……。こういう結果になったから誘い辛いな」


「……はい?」


「唯依、泊まり掛けで旅行へ行こう」


「ふぇっ!?」(兄様と、旅行……?)



 大和は照れからか、豪く早口で捲くし立てた。
 唯依に至っては、いきなりの提案に驚き、思春期特有のあらぬ妄想が先行してしまい顔などがトマトのように真っ赤になってしまったものの、大和との旅行を想像するとワクワクしていたのだった。









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一九五八年――

 米国の火星探査衛星「ヴァイキング1号」の着陸船によって送信された画像データに、火星起源と推定される数種の生命体らしき影が映っていた事が確認された。
 軌道上の衛星観測データによってそれらが火星全土に生息していることが判明する。
 着陸船は画像データ送信した直後に通信不能となるが、この結果に当時の科学者たちを狂喜乱舞させ、人々の多くは火星生命に夢を抱き、火星有人探査に熱狂した。
 しかし、相次いで実施された米ソの探査計画が失敗に終わったため、火星にいる生物の詳細は不明のままになる。




一九六七年――

 国際恒久月面基地「プラトー1」の地質調査チームが月面のサクロボスコクレーターを調査中に火星の生物と同種の存在を確認後、人類史上初の地球外起源種との接触を図るが、同種生命体の襲撃により調査チームの全員が死亡。後に『サクロボスコ事件』と呼ばれる。

 サクロボスコ事件直後から火星生命が大挙に襲来し、各地で戦闘が勃発。これを受け、国連は火星生命の呼称をBETA(ベータ)(Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race:人類に敵対的な異星起源種)と命名。この戦闘は一九七三年まで続き、『第一次月面戦争』と呼ばれた。




一九七三年 四月一九日――

 BETAが地球侵攻を開始。
 中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが飛来し、オリジナルハイヴ(H:01甲1号目標)の建設を開始する。

 第一次月面戦争が終結。
 国連航空宇宙総軍司令部が国際恒久月面基地「プラトー1」を放棄し、月からの全面撤退を宣言。月がBETAの完全勢力下に入ってしまう。月面総軍司令官キャンベル大将が戦中に残した「月は地獄だ」という言葉は、BETAとの激戦を物語るエピソードとして広く知られる。 

 異星文明技術の独占を狙う中国軍は国連軍の受け入れを拒否し、単独でBETA殲滅作戦を展開するが、光線(レーザー)属種の出現により航空兵力を無力化される。一気に劣勢に追い込まれ、同盟国であるソ連に救援を求めるも時既に遅く、戦線を押し戻せないまま一方的に蹂躙され敗走を続けた。敗走を重ねに重ねた結果、戦術核による焦土作戦を試みるもBETAの勢いは全く衰えなかった。




一九七四年 七月六日――

 カナダ・サスカチュワン州アサバスカにBETAの着陸ユニットが飛来するも、喀什の教訓を生かし、米国による戦略核の集中運用でBETAを殲滅するが、カナダの東半分が核に汚染され人が住めなくなる。

同年 一〇月――
 衛星偵察によって、旧イラン領マシュハドに喀什と同様の地表構造物が発見。さらなる調査で(ゲート)地下茎構造(スタヴ)等が確認された事からマシュハドハイヴ(H:02)と命名される。




一九七五年――

 黒海沿岸を北上したBETAが、ソ連領カザフスタン州に侵入し、ウラリスクにウラリスクハイヴ(H:03)の建設が開始される。




一九七六年――

 BETAがユーラシア大陸を北進し始め、ソ連領のヴェリスク、ミンスクに其々ヴェリスクハイヴ(H:04)とミンスクハイヴ(H:05)の建設が開始される。




一九七七年――

 ウラル山脈の南端に達した喀什のBETAが、ソ連北西部まで支配下に置き、ソ連領バルハシ湖の北にエキバストゥズハイヴ(H:06)の建設が開始される。




一九七八年――

 東欧州大反攻作戦『パレオロゴス作戦』はNATO連合軍とワルシャワ条約機構連合軍によるミンスクハイヴ(H:05)攻略作戦が実施されるが、各国との作戦方針の違いなどから大敗北を喫してしまうものの、全欧州連合軍を陽動にして、ソビエト陸軍第43戦術機甲師団・ヴォールク連隊をミンスクハイヴに突入させることに成功するも数時間後に全滅してしまう。
 後に、この作戦で得られ、同連隊が残したハイヴ内部構造の観測情報(ヴォールク・データ)は、以降のBETAに対する戦術・戦略の両面、及び、戦術機開発と衛士錬成の大きな指針となった。

 パレオロゴス作戦直後からBETAの一大攻勢が始まり、これによってソ連は東西に分断され、人類はユーラシア北西部から完全に放逐されることになった。この間にBETAは、ソ連領スルグートにスルグートハイヴ(H:07)の建設を開始される。




一九八〇年――

 北進の勢いを強めるBETAに対し、大幅に弱体していた中ソ連合軍、欧州連合軍は後退を続け、ソ連は東西に分断されてしまう。
 ユーラシア北西部の全域がBETAの制圧圏に。




一九八一年――

 BETAが北欧圏に侵攻を開始。
 スカンジナビア半島に侵入したBETAが、フィンランド領ロヴァニエミにロヴァニエミハイヴ(H:08)の建設が開始される。




一九八四年――

 イラク領アンバールにアンバールハイヴ(H:09)の建設が開始され、これによって中東戦線は大きく後退させられる破目になる。同時に、石油資源の不足が世界中で深刻なものとなりつつあった。

 ソ連領ノギンスクにノギンスクハイヴ(H:10)の建設が開始される。

 喀什からBETAが南進を開始し、ヒマラヤ山脈を迂回してインド亜大陸に侵入。インドを始めとした各国軍は、ヒマラヤ山脈を盾に東南アジア諸国と緊密な連携を保ちながら約一〇年間に渡って前進を食い止めたが、物量に圧され、スリランカに連合司令部を移設して防戦を継続した。




一九八五年――

 ハンガリー領ブダペストにブダペストハイヴ(H:11)の建設が開始され、これによって欧州戦線でのBETAの侵攻はさらに勢いを増す。




一九八六年――

 フランス領ローヌ県リヨンにリヨンハイヴ(H:12)の建設が開始され、英国本土への侵攻に続き、イベリア半島へのBETA侵攻も開始される。




一九八九年――

 スエズ運河防衛線にBETA群が到達。




一九九〇年――

 インド領ボパールにボパールハイヴ(H:13)の建設が開始される。
 これに伴なって、欧州戦線撤退後は喀什ハイヴ攻略に備えてインド方面を重視した人類は、同方面に徹底抗戦方針を打ち出した。

 喀什ハイヴからBETAが東進を開始し、ユーラシア北東部と東アジア、東南アジアが主戦場となり、統一中華戦線とソ連、東南アジア各国は激しい防戦を繰り広げるも、圧倒的物量に圧されて徐々に後退する事になった。




一九九二年――

 中国領敦煌(ドンファン)、ソ連領クラスノヤルスクと立て続けに敦煌ハイヴ(H:14)とクラスノヤルスクハイヴ(H:15)の建設が開始される。
 BETAの予想外すぎる急激な東進に、東アジア諸国で危機感が高まっていった。

 インドのボパールハイヴ(H:13)攻略を目的とした『スワラージ作戦』が実施され、宇宙戦力が初めて投入される。軌道爆撃や軌道降下部隊などの突入は、その後のハイヴ攻略に於いて常套手段となった。
 作戦自体は失敗に終わったものの、年内に陥落してしまうと予測されていたインド戦線への兵力増援に成功した。




一九九三年――

 中国領重慶(チョンチン)に重慶ハイヴ(H:16)の建設が開始される。
 重慶は、統一中華戦線、日本帝国大陸派遣軍が拠点を置く防衛の要だったが、BETAの猛攻により撤退に追い込まれた。

 BETAが東進を開始し、大連へ侵攻。
 大連に向かう大規模BETA群の殲滅を目的とした中韓連合軍、日本帝国大陸派遣軍による要撃作戦『九-六作戦』が実行される。
 しかし、日本帝国軍はBETA群の奇襲を受け、二個大隊が壊滅した。




一九九四年――

 南進したBETA群にインド亜大陸を完全制圧され、そこから東進するBETA群はさらに勢いを増していき、中国戦線は泥沼と化してしまった。これによって領土を失った各国は、国連軍の指揮下に編入された。




一九九五年――

 ユーラシア戦線全域でBETAの侵攻が激化し、ビルマ領マンダレーにマンダレーハイヴ(H:17)の建設が開始される。
 東南アジア方面へのBETA侵攻を警戒し、国連と東南アジアの各国は、マレーシア半島防衛線を構築した。

 未確認の標本から、最小サイズの新種として兵士(ソルジャー)級BETAが初めて確認される。




一九九六年――

 モンゴル領ウランバートルにウランバートルハイヴ(H:18)の建設が開始される。
 シベリア方面、中国内陸部から侵攻するBETAに対して、極東方面の戦況は日増しに激化していった。





 ――【中学 社会 新しい歴史教科書】よりBETA歴史年表(一九九七年度版)









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 一九九七年 八月五日 一〇〇七時(西太平洋標準時)

 日本帝国領 沖ノ鳥島から南へ凡そ二八〇㎞地点の無人島――――





 唯依が精一杯の覚悟を決めて、長年温めていた想いを大和に曝け出してから三日後。大和は当初の予定通り、唯依を連れてとある島に赴いていた。



「…………」



 空は快晴。強い日差しは季節の感覚を麻痺させるほどだ。
 遮るものが何も存在しないので、海風が直接顔に吹き付けてくる。大和は、何んとも言えない潮の香りを堪能していた。

 日本最南端の沖ノ鳥島から、さらに離れた南の島。赤道こそ越えてはいないが、「なんだか新婚旅行にでも行きそうなリゾート地」とひとくくりにされてしまうだろう場所だ。

 因みにBETA大戦が激化している現状、今の各国企業などは娯楽に割くような資金もないため荒れ放題になっていたりするが……。

 御剣財閥が所有するこの島は現在無人島で、偵察衛星や航空機などといったモノの予定軌道から僅かに外れており、誰かに上空からこの辺り一帯を撮影される恐れもないので、文句の付け所のない絶好のロケーションなのだ。それは即ち、世間の喧騒と縁のないことを意味している。

 一キロ以上も続く平坦な砂浜に、背の高いヤシの木が茂り、海岸は遠浅で波も穏やか。朝夕は日光も心地よく、リゾートには最適な環境だった。これで近くに高級ホテルでも在れば、旅行者が絶えない観光地になっていることだろう。

 大和は素足に下駄を履き、黒っぽい作務衣を身に付け、防波堤の縁に腰かけていた。日差し避けにと大型のビーチパラソルを立て掛け、左真横には未だに空っぽであるクーラーボックス。右真横にはリール付きの大きな竿が一本、三脚に立て掛けられている。そして、その隣りには――唯依の一〇歳の誕生日プレゼントであげた山吹色の――ハロがソーラーパネルを内部から展開し充電中だった。

 シ●ノ、ダイ●、ダ●コー、が●かつなど各有名メーカーを押さえ、昨年堂々の売り上げ第一位に輝いたミツルギが最近新発売したばかりのこの立て掛けられている釣り竿は、九九%カーボン製の高級品だ。リールは一八個のボールベアリングによるブレなしガタなしの最新技術の結晶。おまけに電動操作の高速巻き上げ式まで備わっているのだが、現状坊主である大和には“宝の持ち腐れ”であった。
 だが、それでも掛かりそうもない魚を心待ちにしながら、大和は青空の下でゆっくりと、改めて『この世界』の歴史が記されている――学校に通っていないクリスカの勉強にと取り寄せていた――【中学 社会 新しい歴史教科書】を読み耽っていた。



(『この世界』の日本的には、広島と長崎に原爆を落とされていないのだけがせめてもの救いだな。
 まあそれ以前に、BETAの所為で世界規模で地獄な訳だが……)



 この場で釣りを始めてから彼此二時間ほど経っている。

 クリスカとイーニァの教師役をしているため、彼女たちに教える前に復習も兼ねて【中学 社会 新しい歴史教科書】という中学生向けの教科書を何回も読み返していた大和。その中の最後のページに記されているBETAに関する年表部分を見つつ、何の気なしにそう胸の中でつぶやいていた。



「兄様……?」



 鈴を転がすような声に、大和はハッとした。真正面からちょっと濡れたような、大きな瞳が向けられていた。



「兄様、先ほどから竿が(しな)っているんですが……」


「ん?」



 大和の足と足の間から僅かに出ている防波堤の縁に腰掛け、そのまま甘えるように身体を彼に預けていた少女――濡羽色の綺麗な黒髪を、ライトグリーンのリボンで纏め、山吹色に菊・牡丹の花が染められた浴衣に白練色の花が織り込まれた帯を蝶結びにした――唯依は、魚が掛かったのか三脚に立て掛けてあった撓る釣り竿を手に持ってリールを巻いていく。



「あ~、悪い悪い。ちょっと考えごとをな」


「全然悪くはないんですが……。
 ただ、今日のおかずが一品 少なくなるだけですし……――ぁっ……」



 唯依が巻き終わると針だけの状態に肩を落としつつ、それを大和の目の前に無言で掲げる。彼女の「エサを付けて?」という合図らしい。

 斯衛軍養成学校に通うようになってから――女性に対する表現としてアレだが――勇ましくなってきたなと思っていた大和だが、そうでもなかったようだ。

 それに苦笑いしつつ大和はクーラーボックスから青イソメを取り出し、背後から唯依を抱き竦めるような体勢になって彼女の目の前で針にエサを取り付けながら、取り留めのないことを話し始めた。



「そう言えば、聞きそびれていたんだが……。二年ほど前に交通事故で亡くなった――あの妙に俺に突っ掛かってきていた山都綺羅って子。巌谷さんから聞いたんだが、小学までとはいえ一緒の道場に通ってた同門だったって本当か?」


「やまと、きら……? ………………――あぁっ、はい、そうでした。
 確か……えぇ、と~……兄様とは奇跡的なまでに日にちが被ってなかったはずですよ」


「……道理で、一回も道場で会わなかった訳だ。
 それにしても、よく覚えてたな。接点も殆どっていうか巌谷さんに聞くまで、俺はあいつが唯依と同じ学校の同級生だったことすら知らなかったんだが」


「……むしろ、私は今まで兄様が知らなかったことの方が驚きです。あれだけ兄様に対して、意味もなく暴言の数々を吐いていたというのに……。それに、私もはっきりと覚えているという訳でもないですよ? 私が覚えていたのだって、お葬式に出席したから印象に残っていただけですし……。
 ただ、彼のことで覚えているのは、もの凄く自意識過剰で、学校でもよく話し掛けられた記憶も在るには在りますけど、その殆どが一方的に話してるのを聞いてただけだったような気も……。う~ん、今思えば、クラスでも人気者で目立つ存在だった割りに、余り印象には残ってないものですね」



 唯依は大和の行動に口元を緩め、耳と頬を赤く染めるものの目の前でウネウネと動く青イソメに顔を顰めながら、当時の、覚えている限りの山都綺羅についての印象を伝えた。



「まあ、年も離れているのも関係しているかも知れんが、俺が道場で話す相手って主に四人――雷電、真那、冥夜、唯依――以外だと、偶に出稽古で来る真耶か遊びに来る夕呼とまりもぐらいしかいなかったしなぁ……」


(そんな事よりも、その話す相手がほぼ女性ということのが私は何十倍も気になるのですが……)
「えぇ、と……二年前のことですし、兄様が気にするようなことではありません。気に掛けるだけ貴重な時間の無駄ですよ」



 釣り針にエサを付け終えた大和は、それを唯依に手渡した。
 唯依は仕掛けの付け終わった釣り糸を直ぐ様、ぴゅん、と海に放り投げ、そのまま三脚には立て掛けず、釣り竿を持ったまま自分の体重を背後にいる大和へと完全に預けた。



「どうした?」


「ど、どうせ兄様のことですから、その教科書の内容は全て覚えられたのでしょう? それならば、今日のおかずが掛かっているのですから釣りに集中するべきですっ!」


「……覚えはしたけど……――まあ良いか」



 頬を紅潮させる唯依の言葉に文句を言おうとするも、持っていた【中学 社会 新しい歴史教科書】を脇に置いた大和は、彼女の様子に苦笑いを浮かべながらそれに了承した。

 大和が背後から抱き竦める状態で釣り竿を持つと、唯依は嬉しそうに体重をさらに預けてくる。
 密着度がさらに増し、身を乗り出したことにより、大和の頬が唯依の赤くなった頬とぺったりとくっ付き、自分の両腕で彼女の年齢の割りに豊満な胸を挟み込んだ状態に。大きく開いてしまった胸元からは、下着を着けていないのか限界ギリギリまで白磁のような肌のふくよかな胸が露わになり、何とも言えない色気を漂わせていた。



「う~ん……」


「ど、どうしました?」


「あれだ……、唯依もりっぱに成長したよな」


「……――ッ!?」



 明け透けな大和の言動に唯依は始めポカンとしていたが、やがて自分の今の状態と彼の視線、そして、言われている意味を理解して顔をさらに紅潮させ、恥ずかしそうに俯き、



「~~~~~っ、に、兄様のばかぁ。………………で、ですけどぉ……さ、さささ触りたいのでしたら……別に……さっ、触ってくれても――」



 頭から湯気でも出てきそうなほど顔を真っ赤にし、そう消え入りそうな、甘えたような声で言う唯依。
 不覚にもそんな愛らしい唯依の様子に、大和が胸キュンしていたのは内緒だ。

 ただ、



「……いや、触らないからな?」


「ぶぅ~……」



 流石に色々と身体などの問題もあるので、一四歳の少女に手を出すほど大和は腐った人間ではないのだ。最低でも、後二年は経たなければ……。
 大和の返答に、唯依は不満そうに唇を尖らせるものの自身を気遣われていることを分かっているので、直ぐに嬉しそうに彼の頬に頬擦りをしていた。

 何処までも続く水平線しか見えない場所。二人は重なり合ってイチャイチャ(死語)しながら海辺にたたずんでいた。
 その間に、釣り糸を海面に何回か放るが、この日は結局一匹の魚も釣れなかった。何時もと然して変わらない平穏な日常だったものの二人は大いに(、、、)釣り? を楽しんだのだった。










 ――と、いった大和と唯依の甘甘な内容の音声が、遠く離れた日本帝国の一家庭の室内に響き渡っていた。それは、唯依専用山吹ハロに仕込まれた香月夕呼燻製の超小型高性能盗聴送信機から送られる音声で、苦虫を噛み潰したような表情を作りながら皆 聞き入っている。
 悠陽と冥夜、そして、夕呼とトリースタ――現在は夕呼が名付けた社霞という日本名を名乗る――が香月邸の居間へと集合していたのだ。

 因みに、ガンダムマイスターである四人も参加する予定だったが、急遽入ったガンダムの実機訓練で泣く泣く断念していた。

 室内の四人とも似たような表情で、目の前のテーブルに置かれる携帯ラジオサイズの盗聴受信機を眺めていた。冥夜がつぶやく。



「姉上、抜け駆けされたのも不覚の致すところですが、これは更に由々しき事態です」


「えぇ本当に……、早急に対策を練らねばなりませんね。……真耶さん」


「――ここに」



 悠陽がそう言った瞬間、一陣の風が吹き抜ける。そして、何時の間にか悠陽の背後に片膝を付いて頭を垂れる斯衛服姿の月詠真耶がそこにあった。



「狙撃部隊を配備し、大和様に不埒な真似を仕出かした瞬間、何時でも唯依を撃てるようにして下さい」


「はっ……」


「“はっ……”っじゃないわよっ!
 あんたら一体なに考えてんの? あの子を殺す気? そもそも配備したって大和に見付かるのがオチじゃないっ」


「そっ、そうですよ姉上。流石にそれは、些かやり過ぎかと……」



 夕呼と冥夜から注意を受けたものの納得できないのか、唇を尖らせ拗ねる悠陽。



「しかし、畏れながら……」



 しかし、自らが忠誠を誓う悠陽の“想い”を理解しているだけに、真耶は引き下がらなかった。彼女は冥夜に具申しようとするが、



「……もう良いのです、真耶さん。
 些か頭に血が上っていたようですね。冷静になって考えれば、二人の指摘は当たり前でしょう」



 ――と、自らの愚かさを恥ながら言われてしまえば、一介の侍従には反論できない。むしろ、また一つ悠陽が成長したことに対して喜んでいた。



「はっ……」


「香月博士、冥夜、主従共々の無礼、お許し下さい」


「とんだ出過ぎた真似をし、平にご容赦を」



 悠陽と真耶が謝罪を述べる。――と、同時に真耶の姿が煙も残さず消え去っていた。



「……取り敢えず、二人を別れさすっていうのは無理な話ね」


「無理、なのですか……」
「無理、なのか……」


「えぇ、無理よ」



 きっぱりと言い切った夕呼はソファに座り直し、足を組んだ。



「私も付き合いの期間は同じぐらいだけど、あの二人はそれ以上に密接よ。謂わば幼馴染みの関係……――いや、もっと関係性は深いかもしれないわ。なんせあの子(唯依)が一歳になるかならないかぐらいからの付き合いなんだし……。
 相手の良いところも悪いところも全て知り尽くしているんだから、今更二人の仲が拗れる要素は皆無でしょうね」


「ならっ、我々はもう、諦める道しか残されていないということなのか……」



 人類がBETAに負けてしまったかのような絶望に満ちた顔で冥夜が言った。



「そうかもね。だけど、私は諦めるのは嫌よ。むしろ、今更 大和以外の男とそういう関係になるっていう想像するのも嫌なの。
 だから、殿下にこれ(、、)を提案しようと思って今日は呼んだのよ」



 夕呼はそう言って、テーブルに書類を叩き付けた。
 悠陽と冥夜の二人は互いに顔を見合わせた後、双子の成せる業なのかその書類を同時に覗き込んで驚愕、そして、読み進めていく内にその内容に歓喜した。

 その様子を見る限り、喜んで了承してくれるようだ。夕呼は内心「説得する手間が省けてヤレヤレだ」と、安堵の胸をなでおろしていた。



「……博士、私は何をすれば?」



 喜ぶ悠陽と冥夜を尻目に、それまで黙って成り行きを見守っていた霞が夕呼に訊ねた。

 因みに、当然のことながら霞も書類の内容を把握しており、顔には全然出ていないものの諸手を挙げて喜んでいたのだった。



「ん~殿下の力さえフルに使えれば、ほぼ実現できる内容だから、何もしなくても良いんだけど……。
 そうね。社には、大和を説得する役をして貰おうかしら?」


「説得、ですか?」


「そう。全てが上手くいったとしても、渦中の大和自身が納得しないと如何にもなんないでしょう? だから、あんたにはその可愛い顔を使って大和を説得――この場合は“お願い”かしら? ――して欲しいのよ」


「……私に出来るでしょうか?」


「一人が不安だったら、ビャーチェノワとシェスチナの二人でも連れて行きなさい。あの子(唯依)も入れたあんたたち四人に対して、大和は激甘なんだから……」


「……頑張ってみます」



 霞は頬を染めながら、むんっと、胸の前で小さな握り拳を作って可愛らしく気合を入れていた。それを夕呼は、慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだった。

 こうして大和の知らないところで、着々と包囲網が出来上がりつつあったのである。





 ※





 健全な空気、水、食物が得られなければ、人間を含む生き物は生きていくことが出来ないのは当然だ。

 そんな中、各国ともに空気と水の確保は十二分にできているのだが、BETAの脅威に晒されている日本帝国やソ連を始めとする前線の国家では、彼奴ら(BETA)の侵攻によって国土や人工の激減によって食糧生産力が極端に減少してしまっているのが現状だった。

 主に国連からの支援と、BETAにより動植物が激減しているため基本的に代替として合成食品――美味しいものではなく、むしろ、不味い。兎に角クソ不味い代物――を利用して、国民が飢餓状態になるのをどうにかこうにか凌いでいた。

 国連軍が全世界共通の合成食材を使用しているのに対し、米国・オーストラリア・南米諸国などでは自然食材を利用していた。しかも――この御時世で有り得ないことに――食料自給率一〇〇パーセントを維持している米国では、米軍の食事にも自然食材が普通に使用されていたりする。そのため、米軍から国連軍などへと配属された兵士たちには特に評判が悪かった。

 この点が、特に最前線での米軍あがりである衛士などが他国の衛士たちに嫌われる所以とも言える。悲しいことに、今では各国の兵たちの間で“米軍衛士 = うざい奴ら”という嫌な図式が成り立っているほどだ。

 このような、後方に位置する国家は世界的な食糧供給基地としての役割を果たすため、農業生産力の拡充が図られている。
 但し、収穫量の多い穀物を中心に作付けすることが義務化されているため、果物や酒類等の嗜好品は高級品として扱われているのだ。

 これに関してだけは、『この世界』に比べれば比較的豊かであった『前の前の世界』と『前の世界』という二つの記憶を持っている関係上、黒河大和(刹那・F・セイエイ)は未だに不思議な感じがしていた。

 また、大和の好物でもある肉、畜産に関しては――現在の食糧事情的に当たり前のことなのだが――穀物消費量増大に繋がるため、厳しく管理制限されており、難民キャンプの出身者には海中プランクトンなどから作られる合成タンパクしか摂取したことがない人たちも多くなってきているとか……。

 非常に悲しいことである。

 そして、先も出てきた合成タンパクを生成する洋上プラントが、国連主導の下に太平洋、及び大西洋上に建設されている。

 合成タンパクは魚介類や海中プランクトンをベースとして生成されており、国連からの支援物資は全てここから出荷されているのだ。なお衛士用の合成食は栄養素に優れる高分解吸収性食品で、排便量が殆ど(ゼロ)になるよう綿密に設計されていた。
 BETAとの戦闘中、尿意や便意を催せば本末転倒なので大変理に適っていると言える。

 これが『この世界』での常識なのだが、大和は特に気にしていなかった。

 何故なら、こう言ってしまえ語弊があり、今も飢餓で苦しみ、死んでいく者たちにも悪いと思うのだが、大和は表向き今や世界的な企業団体と化している御剣財閥の一社員――しかも、御剣財閥は全面的に軍に協力しており、実際のところは財閥の中枢と言っても過言ではない衛士(ガンダムマイスター)であるため他の者たちに比べて優先的に食料が供給されるからだ。なので、食料に関しては一市民ほど困ってはいなかった。

 もちろん、そういった市民からの血税で供給される分の働きは、命を賭けてキッチリと熟しているのだが……。

 そういった嗜好品、贅沢品が食べたくないか飲みたくないかと問われれば、大和も人間である以上身体が欲していた。特に前世の記憶を持っているので肉や酒の味を知っている分、その思いは他の者よりも強かったのかもしれない。
 なので、ここ何年もの間、貴重なタンパク源は主に魚介類であり、肝心の肉類にいたっては全くと言っていいほど入手できていなかったため今回の長期休暇を利用して、大和は『この世界』で比較的楽にモノが手に入る場所へと赴いていた。










 一九九七年 八月七日 一六四一時(グリニッジ標準時)
 アメリカ合衆国 ネバダ州クラーク郡ラスベガスから北東へ凡そ一三㎞地点 ネリス陸軍基地に程近い街――――





 基地に程近いというのも関係しているのか、豊富な品揃えの繁華街は通り行く人々で溢れ返っていた。

 買い物帰りの主婦、定年を向かえたと思しき微笑みながら歩いている熟年夫婦、腕を組みながらイチャイチャと触れ合っている恐らくティーンエージャー同士のカップルなどなど……。
 それぞれ程度の差こそあれ、みんな一様に平和そうな顔をしていた。

 もちろん彼らも、『この世界』で起こっている悲劇は十二分に理解しているだろう。

 各地でBETAが猛威を振るっていることも、昔は米国と並んで先進国と謳っていた国々であっても満足に配給が行き届かずに飢餓で苦しむ人々が増えていっていることも、祖国を追われて泣く泣く米国に従属している者たちがいることも、すべて知っている。
 しかし、それらは新聞やニュースで伝えられ、実際に彼らが直に目にした経験ではなく、メディアというフィルターを掛けられた状態での情報で知るため、仮想現実であって現実ではないのだ。

 どこの世界でも共通なようで、そういったメディアの発達は現実感を曖昧にさせる機能と化していた。そのため、世界の人々がBETAの脅威に晒されている中でのこの陽気な空気感は色んな意味で、「流石、アメリカ。自由な国だ」と言いたくなってくるほどだった。

 このような温い場所で育った米国育ちの衛士たちを前線に赴く国連軍なぞに配属させれば、それは他国の人間と揉めても仕様がないというものだ。
 BETAに対する意識レベルからして天と地ほども違うのだから……。しかも、こういった奴等は、大概が自己中心的な考えを持っているので始末が悪い。

 そんな中、車の中で待って貰っている唯依や日本で待っている家族、知り合いのために、ここでしか入手できない大量の牛・豚・鶏肉を特注で作った大型登山用ザック二つに入れ、片腕ずつで背負っていた大和は、それらを一瞥するだけに止めて黙々と早足で歩いていた。

 これほどまでに余裕を持った国である米国であっても――むしろ、そんな米国だからこそなのか――差別というものが根強く存在していたため、一刻も早く出国したかったからだ。

 まあ急遽 海外へ行こうと思い立ったので、唯依のパスポートが用意できなかったため精巧な偽造パスポートでの入国だから面倒事に巻き込まれる前にと、いう考えも関係しているが……。

 米国本土警戒網より三キロ程度ほど離れたカナダ――こちらも偽造パスポートでの入国なのだが――から、車で入国を果たした。その後は真っ先に、予め調べていた街一番の精肉店に赴き、念願であった肉を買おうとしたのだ。
 ところが、だ。入店した瞬間、そこの年若い店主に、



「卑しいイエローモンキーめっ!
 ジャップに売る肉はこの店にはねえ!! とっとと余所へ行きやがれっ! ぎゃはははは……」



 ――と、大きな肉切り包丁を振り上げながら言われたのだ。
 態々遥々海を越え、前の晩から楽しみで楽しみで中々寝られず、結局一睡も出来なかったまま妙にテンションが高い状態で車を爆走させてここまで来た大和に向かって……。

 因みに、唯依を車で待たせておいて正解だった。一四歳という多感な時期に、あんな品性の欠片も感じられない下品な人間と会わせてしまえば悪影響の何物でもなかっただろう。

 取り敢えず言い訳としては、テンションが高く、若干興奮状態だったのも加味していたとしか言いようがない。誠心誠意、心を込めて交渉(OHANASHI)を試みたところ、店主は嬉しさの余りに目を赤黒く腫らし、鼻からは愛を垂れ流しながらも快く無料で大量の肉を譲ってくれたのだ。
 だがしかし、現状では一向に大和の気分は晴れていなかった。

 何故なら今現在、大和の目の前には三人組み――日系人と白人と思われるイケメン二人と、黒人のチャラい感じの男が一人立ちふさがっていたからだ。

 三人とも米国陸軍の制服を着ており、その胸元にウィングマークと“少尉”の階級章を身に付けている点から見て、如何やら衛士のようだ。

 休暇中だったのか嬉しいことに三人とも丸腰なのだが、日本人にはないガッシリとした体格を生かすように、それぞれ身構えていた。

 黄金の輝きを放つ髪。サングラス越しでも分かるほどの透き通るような青い瞳を持った皇子様風の白人男性(イケメン)
「いったい如何やって髪を洗うんだ?」と、訊ねたくなるほど丁寧に編み込まれたドレッドヘア。立派に育ち、整えられたラウンド髭を蓄えた黒人男性(ラッパー)
 そして、個人的には余りお近づきになりたくない、二人とはまた違った雰囲気を醸し出していることから考えて、三人組みのリーダーであるのだろうアメジストの瞳に茶色い髪をショートシャギーにしている日系人男性(イケメン)であった。

 因みに、日系人男性(イケメン)への印象は大和の第一印象であり、実際に違っているのなら大変失礼な話である。

 偽造パスポートでの入国な手前、余り深くお近づきにはなりたくない集団だ。万歩譲って彼らが軍人などではなく、軍服を無断で着てしまった頭のイカれたコスプレグループとも言えるかも知れない。
 だが、基地が程近い場所にある以上、この地で、この格好でいることを考えれば、一〇〇パーセント間違いなく、彼ら三人は分類上、認めたくないが、好からぬことを考えている米国衛士に当たるのだろう。

 個人的に、この事実は相当嫌過ぎるのだが……。

 第三者が介入してくれれば嬉しいが、ここは少し奥まった路地裏のためか人が来る気配は感じられず、三人が大和の正面と左右に移動するのを盛大にため息をつきながら黙って見詰めていた。

 三人組みに相対する形になってしまっていた大和の格好は至って普通の服装――紺色の無地の帽子を目深にかぶり、黒縁の伊達眼鏡を着用。灰色のカットソーにベージュ色のクロップドチノ、その上からデニムシャツを着ており、手には武器となる様なものも所持していない。

 もちろん、隠し武器も所持しておらず、強いて上げるとするなら、大量の肉が入った赤い大きな登山用ザックを二つ背負っているくらいか……。

 傍から見れば三人組みと違って軍属ではなく、善良な一市民、又はこの御時世では大変珍しい他国――容姿から考えられてアジア圏出身者――からの旅行者だと思われるのが普通のはずであり、大和は何処から如何見ても軍人と呼ばれるような者ではないことだけは確かだった。

 一市民にしては鍛え上げられた肉体を持っていることを指摘されれば、返答に困ってしまうが……。

 そんな“善良な一市民(笑)”である大和が、なぜ恰好からして余り面倒事になりたくはない小憎らしい軍人三人組みと対峙しているのか?

 もしかしたら大和が全く気が付いていないだけで、背後には『この世界』の人間たちの共通の敵――BETAが存在しており、三人組みはソイツに対して臨戦態勢を整えているだけという漫画みたいなベタベタなオチなのかも知れない。
 だが、現実は非常だった――。



「どこの誰だか知りませんが、僕たちの邪魔をしてタダで帰れるとは思っていませんよねェ?
 あぁっと、これは申し訳ない。黄色いお猿さんには難しい質問でしたね……」


「はっはぁ、それとも、てめェがシャロンの代わりに、俺たちにご奉仕してくれるってのか? あぁん!?」



 当然の事ながら、大和自身に喧嘩――もとい、周囲に漂う濃厚な殺気的に考えて殺し合い――を売ってきているのだ。しかも、どうやら黒人男性(ラッパー)の方はゲ●でも在らせられるようだ。

 この状況の切っ掛けは当たり前だがBETAなんかではなく、実際に大和の背後で、彼のシャツをひしっと両手で握り締める、一、二歳ほど年下だと思われる彼女――ブロンドヘアに白い肌、豊か過ぎる胸が眩しい美女、に現在進行形で成ろうとしている美少女が原因だった。むしろ、各国の軍に比べ、男性軍人の比率が極端に高い米国陸軍基地の近くにも拘らず、この“わがままボディ”にタンクトップ姿という身形で徘徊していたらしいこの美少女も悪いと言えば悪い。男はみんな狼なのだ。

 如何いった経緯かは知らないが、彼女が三人組みのリーダーである日系人男性(イケメン)に言い寄られながら、脇に止めてある迷彩柄のジープに無理やり押し込まれそうになっていた。そこを偶々車を停めていた場所までの最短ルート上だったので、見て見ぬ振りもできなかった大和が次いでとばかりに、やんわりと注意を促しただけなのだが……。

 それが何故か、現在進行形で殺し合いにまで発展しそうになっていた。



(偽造パスポートでの入国な手前、軍人とは問題になりたくなかったんだが……)



 自身のタイミングの良さに涙が出そうになる大和。
 改めて唯依を連れ出さなかったことに安堵する。この三人は違った意味で教育上 非常に宜しくない。

 大和は身構えるでもなく、一歩下がって三人組みを視界に収められる位置へ自然に移動。邪魔になるので、背後に庇うカタチになっている彼女の手を取って、シャツを強く握っている手を外してもらう。

 一定距離まで彼女が下がったのを確認後、大和は背負っていたザックを両方とも下ろした。



「良い格好はしない方が無難だぜ? ヒーロー気取りがっ。
 言っとくが、俺に勝てる奴なんて『この世』に存在しねえんだからよ。しかも、そいつは俺の女になる運命なんだからなっ!」



 正面の一人、先ほどから大和の背後にいる彼女の全身を舐める様に見詰めていた日系人男性(イケメン)がそう叫んでいた時には、すでに左右の二人が大和のすぐ側まで接近していた。



「「――ぉぅ、らぁっ!!」」



 俊敏な動きで接近してきた白人男性(イケメン)黒人男性(ラッパー)の二人が、共に拳を放ってくる。
 だが、弾丸のように突き出された拳は大和に当たる事無く、虚しく空を切ると同時に、三人の視界から姿を晦ましていた。



「ど、どこに行きやがったっ!?」



 三人が姿を探す中、大和は宙にいた。
 二人が迫ると同時に高く跳び上がり、白人男性(イケメン)の肩を借りて、さらに高く跳び上がっていた大和は、空中で体を回転させ、ビルの壁を蹴って一気に降下。



「ぶべらっ!?」



 “壁を蹴った勢い + 重力が合わさった”膝蹴り(ニーキック)が、日系人男性(イケメン)の首筋に埋まる。

 ボキリッ、という木の枝が折れた時のような生々しい音が周囲に響く。
 その強烈な一撃を受けた日系人男性(イケメン)の首は不自然な位置が曲がっており、その体勢のまま白目を剥き、口から泡を出しながら崩れ落ちる。それ以降、首より下がピクリとも動かなくなった。



「「――なっ!!!?」」



 二人はリーダー格の日系人男性(イケメン)が倒れる音で振り返り、変わり果てた仲間に目を見張る。

 その驚きの表情は、大和の直ぐ近く――。

 彼らが振り返った時には、すでに大和は二人の視界から消えていた。
 今の大和の動きを追える人間は『この世界』でも数えるほどしかおらず、何よりも近接戦闘に明るくない『この世界』の米国衛士には捉えることすらできないだろう。

 体勢を低くし、僅かに風を揺らめかせただけの静かな瞬速をもって二人に接近した大和は、順番に鳩尾へ、掌底をアッパー気味に放った。



「ぐぅっ!」


「ぷろっ!」
 


 二人とも三〇センチほど体が浮き上がり、短い息とアルコール臭い吐瀉物を吐きながら崩れ落ちる。

 こちらも日系人男性(イケメン)同様、ピクリとも動かなくなった。当然ながら、そんな三人を助けたりなどということは勿論しない。

 大和は息を吐き、身体の緊張を解くと、後ろに引っ張られたために振り向いた。



「――ん?」


「さ、三人とも……死んだの?」



 そこには、大和のデニムシャツをグイグイ引っ張りながら――少し怯えた表情で――上目遣いで訊いてくる美少女が。

 普通は目の前にある死体なんかよりも、それを作り上げた者に怯えそうなものだが、彼女は見た目に反してかなり度量が大きいようだ。

 幸いなことに手加減もしていたため、僅かにだが三人とも息はしているので辛うじて生きてはいる。
 しかし、流石に彼女には見ただけで判断することは分からないだろうからこの反応も無理はない。

 まあ、リーダー格である日系人(イケメン)の衛士生命は絶たれてしまっただろうが……。

「女の前で少しやりすぎたか?」などと考えながら、大和は彼女を見下ろす。
 ところが、邪気のない綺麗な澄んだ青い瞳からは一切の敵意自体が感じられず、さらに言えば、その瞳からは不安の他にも純粋な興味で爛々と輝いていたのだった。



「…………大丈夫だ。こいつ等はしぶとく生きているから問題ない」


「ッ、――ふわぁ……」



 安心させるように、彼女のふわっふわのブロンドヘアの頭を大和はグリグリと不器用に撫で回す。

 初めはビクついていた彼女だが、今では撫でられることが気持ち良いのかグデングデンに表情を蕩けさせている。



「それと、こんな時間に、そんな格好で彷徨いているお前も悪い。可愛いんだから、一人で出歩くのはもうちょっと自重するべきだったな。
 安物だが、これでも着ていろ」


「わぷっ……ぁ、ありがと……」


「……気にしなくて良い」



 大和は着ていたデニムシャツを彼女へ投げ渡す。

 彼女はいきなりの大和の行動に驚くも、頬を染めて「ふふっ……」とハニカミながら礼を言う。

 不覚にもそんな彼女の様子に、大和の鼓動が高まるが……。
「そのことを知られれば……」と、そう考えただけでも冷や汗が噴き出てきたが、表通りの方から規則正しい足音が聞こえてきていた。



(店での一件がバレたのか……? それとも単純にさっきの遣り取りが原因か……?
 どっちにしろ、さっさと退散した方が良さそうだ)



 ここは少し奥まった路地裏なのだが、流石に表通りの繁華街、及び保安官事務所も程近いだけあって、市民の平和を守るため要請があれば迅速に行動することを売りにしているのだろう。

 保安官が駆けつけて来たようだ。しかも、何故か結構な人数を引き連れているみたいだ。

 理由はどちらにしろ、面倒事になる前に逃げるべく大和は行動を移していく。



「ぁ……」


「……じゃあな。縁があったらまた会おう」



 最後に彼女を一撫でし、撫でるのを止めると、何故か残念そうな表情に。

 その表情に、大和の良心がガリガリと削られていくが、片手を上げ、彼女に向けて手を振りながらザックを背負い直し、全力でこの場を離脱しようとする――。



「あっ、あなたの名前は?」



 少女から乞うように訊ねられた。



「軍人を伸した手前、あまり教えたくないんだが……」


「黙っているから、どうか教えてっ」



 彼女の有無を言わせない態度に、大和は少し考えてから名乗った。



「刹那だ。刹那・F・セイエイ」


「セツナ……」



 頬を紅潮させ、潤んだ瞳で見詰めてくる彼女に大和は首を傾げつつ、そう言って別れを告げ、全力でこの場を離脱した。





 ※





 彼、セツナ・F・セイエイが去った後すぐに、ネリス陸軍基地衛士訓練学校の元教官たちが駆けつけて来てくれた。



(ホント、こんな面倒な騒ぎになるくらいなら、それはそれで面倒だったろうけど、ユウヤたちの誘いを受けていれば良かったわ……)



 白目を剥いて倒れ伏していた三人組のリーダー、先月任官したばかりで、私自身も所属していた105訓練部隊の中でもずば抜けた成績を収め、天才と称されているユウリ・オリムラ。その腰巾着である白人のトーマス・ロスと黒人のタナン・アマサートたちが元教官たちに情けない姿から介抱され、指導という名の説教を受けているのを見て、私は何んとも言えない表情をしていた。

 何故なら、三人組の中心人物であるオリムラが日系人だったためか、彼以外の二人が並んで“セイザ”という日本では割りとポピュラーらしい座り方をさせられ、イイ年をした大人の男たちが半泣き状態の姿は精神衛生上、非常に宜しくないものが含まれていたからだ。

 因みに、リーダーであったオリムラが“セイザ”をしていない理由は、セツナによる強烈な膝蹴り(ニーキック)の一撃によって首の骨を折ったためだ。今は神経を傷つけないよう慎重に担架で運ばれようとしている。

 上官(少尉)を説教をしている下士官(軍曹)の話を、ビルの壁に寄り掛かりながら、右から左に受け流してシャロンは何となくそれを視界に入れて物思いに耽っていた。

 教官であろうと正規兵であろうと、訓練生時代から軽くそれらを圧倒していたオリムラを瞬殺したのにも驚かされた。
 何よりも、あの身の熟し方から考えて一市民とは到底思えないセツナに、訓練校で出会った当初から妙に馴れ馴れしく体に触れてこようとするオリムラから言い寄られて困っていたところを助けられ、尚且つ頭を撫でられたことだ。



(パパにすら余り撫でられた記憶がない私の頭を、“これでもかっ!”と言うほどに……!!)



 自然と両手を撫でられた箇所に持って行き、あの時の何んとも言えない満たされた感情を思い出しながら、頭を軽くさする。

 自分の両頬が赤くなり、自然と口元が緩くなっていくのを感じる。



(今まで私を、年相応に扱ってくれた人がいた、かな……?)



 代々続く有名な軍人家系の出身で、皆須らく軍上層部、又は栄誉ある職に属していた。

 その関係もあってか、私のことを年相応に扱ってくれる人物は今まで殆どいなかった。

 まだ訓練生同士は気安く接しられていたものの――ユウリ・オリムラに関しては、気持ち悪いほど馴れ馴れしく接しられていたが――それでもどちらかと言えば、腫れ物を扱うような感じだった。

 それも両親であるパパ然り、ママ然り、私のことを想って叱ってくれる唯一の存在であった祖父でさえ、撫でられた記憶など数えるほどしかなかったのだから……。

 ただ単純に、一市民であろうセツナが、“私、シャロン・エイム”という人物の立場を理解していなかっただけなのだろう。
 でも、そのことに例え気付いていたとしても、何故か彼の態度は変わらなかったと断言が出来る。



(……セツナが、何時も私の側にいてくれないかしら? そしたら…………――べ、べべべ別にっ、何時でも頭を撫でて欲しいとか、打算的な事を考えている訳では決してないわよっ!?)



 先ほどの身の熟しを見れば、歩兵としては超一級品であり、衛士としての戦術機適性も嘸かし高いはずだ。いや、賭けても良い。絶対に適性値は高いはずだ。生身の状態であれだけの三次元の動きができるのだから、対G適性も抜群に高いことだろう。

 セツナ・F・セイエイは、エイム家にとって理想の婿だ。それならば、



「……白熱してる所すみませんが、軍曹」


「――で、あるからして……は? 何でありましょう、エイム少尉」


「確かこの近くに日本人街がありましたよね?」


「えっ、えぇ、六ブロック先が日本人街になっていますが……、それが何か……?」



 元教官の疑問も最もだ。

 実際問題、父から私のことを頼むとお願いされている元教官としては、ここ米国では差別の対象となっている日本人が住まう場所には近づいて欲しくはないだろうから……。



「少し、ね……。あぁ、もちろん指導を続けてもらってかまいませんよ。
 それと軍曹、指導は念入りにお願いしますね。嫌がる私を組み敷こうとした不埒者たちですから……」



 それを聞いた軍曹の瞳が怪しく光る。



「ほぅ、そうでしたか……。了解しました。誠心誠意、指導に当たらせてもらいますっ」


「えぇ、お願いしますね」



 私の命令(お願い)に敬礼して答える軍曹。
 豪く気合の入った軍曹に悲鳴をあげる二人を尻目に、私は日本人街へ向けて歩き出した。

 背後から軍曹の怒号が鳴り響くが、生憎と私の耳には届いていなかった。

 貰ったシャツから僅かに感じるセツナの匂い。
 それに浸りながら、幼い頃から夢を見ていた私を私として見てくれるかもしれないセツナ・F・セイエイのことを感じて、「乙女かよっ!」と言われるような淡い想いに、私――シャロン・エイムは夢見心地になっていたのだから……。

 因みに、日本人街でセツナ・F・セイエイを捜しに捜すものの一向に見付からず、シャロンは大いに落ち込むことになる。

 彼女が愛しい彼ともう一度出会うのは、それなりに時間を有することになるのだった……。




















◆◇◆◇◆◇◆◇
 ~ おまけ ~
◆◇◆◇◆◇◆◇





 一九九七年 八月二日 〇九四〇時(日本標準時)

 日本帝国首都 京都近郊 斯衛軍養成学校 第二演習場更衣室――――





 衛士を目指す斯衛の子女たちが通う、格式高い斯衛軍養成学校。現在そこへ通っている山城(やましろ)上総(かずさ)は、直ぐ横で自分と同じ衛士専用のパイロットスーツである強化装備を纏いつつある人物を訝しげに見詰めていた。

 その人物とは、今では大分緩和されているとはいえ、上総が一方的に対抗心を持っている篁唯依であった。
 多くの衛士を輩出する名家である山城家だが、譜代武家出身である篁家に比べて、外様武家であるが故に家柄では圧倒的に負けている。なので、負けず嫌いであった上総が唯依に対抗心を燃やすなというのは無理がある話なのだが……。

 上総にとって大事な友人であり、同じ力の者(ライバル)だと認めた相手である唯依の様子が明らかに可笑しいのだ。彼女の周りから桃色のオーラが溢れ出してくるのが幻視してしまうほどに。



「ふん♪ ふん♪ ふん♪ ふーん♪」



 “周りの目など何のその”と、いった感じで、鼻歌交じりに強化装備を着ていく唯依。
 それなりの付き合いの期間はあるが、こんな状態の彼女は始めてで、どう対処して良いやらと上総は困惑していた。見ているこっちが恥ずかしくなってしまいそうになるほど上機嫌である唯依を目の前にし、一緒に着替えていた甲斐(かい)志摩子(しまこ)石見(いわみ)安芸(あき)の二人も首を傾げ、微妙な表情を作っている。

 ただ、能登(のと)和泉(いずみ)だけは理由を知っているのか、ニコニコと微笑む唯依と同じような表情で彼女を見詰めている。そんな和泉が、唯依に話し掛けた。



「ふふっ……、その様子だと上手くいったのね。良かったね、唯依」


「えぇ、アドバイスしてくれて有り難う、和泉。御蔭で長年の想いが成就できたし……。
 もう私、なにもかもが絶好調よっ!」



 ――と、唯依の言っている意味は分からないが、言葉通りに受け取るならば、彼女が本当に絶好調だと伺えられるような、そんな輝かしい空気が漂っているのだけは理解できた。

 そこで上総と志摩子、安芸の三人は漸く気付いてしまった。何時もの変わらない彼女なのだが、何故か滲み出ている女としての色気が昨日とは段違いに違っていることを。
 頬は上気しほんのりと紅色に染まり、瞳も潤んで色っぽい。何時もとは明らかに違う唯依の艶やかな様子に、その()が微塵もないはずである三人の心臓が自然と早鐘をうってしまう。

 そんな三人の様子に気付いていない唯依は、首を傾げつつ何時もとは違う友人たちを心配げにしていた。



「……」


「へっ!? なになに、何でそんな目で見詰めてくるの山城さんっ!」



 唯依の気遣わしげな視線をスルーし、上総は安芸の肩にポンッと手を乗せて痛ましげに彼女を見詰める。自分が調子が良いことを宣言する唯依と、今日この後直ぐに行われる剣術訓練の相手をする安芸に対して、心の底から黙祷を捧げた。

 現在 上総と唯依の剣術訓練による対戦成績は四勝五敗と唯依に勝ち越されている。
 取り敢えず、今日の対戦相手が自分でなくて良かったと、密かに安堵する上総だった――。







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