中村勘三郎丈のご逝去に謹んで哀悼の意を表します




今朝、勘三郎さんの訃報に接し、ふと思い出したのは幼児の頃に楽しく聴いていたラジオ番組でした。
やはり幼児だった勘九郎さん(当時)が、喜劇俳優の伴淳三郎さんと丁々発止で掛け合うトーク番組で、

いたずら坊主の勘九郎ちゃんに、伴淳さんが毎回タジタジさせられるのですが、
あれは地でやっておられたのでしょう。とにかく見事なやんちゃんぶりで、それが可笑しかったのです。

長い歳月、歌舞伎座に足を運び、勘三郎さんの数多くの演目を拝見しているのに、
どうしてこんな大昔のことが思い出されるのだろう、とふと我に返ると、目頭が熱くなりました。

私に求められていることは、歌舞伎役者としての中村勘三郎丈を語ることではなく、
なぜ勘三郎さんが57歳という若さで亡くなられたのか、この一点に尽きると思いますので、
冷静になってしたためてみたいと思います。

食道がんの原因につきましては、専門医の見解にゆずるとして、
その遠因は、ご自宅の建替えにともなう取り壊しと、転居の方位にあったと考えます。

旧宅を立ち退かれた2010年5月は、「八白の年月同盤」でした。
常々申し上げておりますように、「年月同盤」のときは転居してはいけません。

しかも、このときは中宮、年盤「寅」、月盤「巳」で、「巳寅の害」ですから、
家の取り壊しもまた、してはいけない時期でした。

遠因はそれだけではないので、過去の記事をご参照いただければと思います。

「中村勘三郎丈 食道がんとは何故のことあって」

しかしながら、食道がんの手術から肺炎に至った遠因は、入院された病院の方位に尽きます。

中村邸から癌研有明は「東南」方位、年盤「寅の五黄殺」、月盤「子の七赤金星」でした。

ご存知のように癌研有明は、国内有数のガン専門病院ですが、
いかに名医揃い、スタッフや設備が一流といえども、
五黄殺の方位で入院されてしまっては、治るものも治らなくなります。

このときの入院方位が、どうにかならなかったものかと悔やまれます。
仮に、「東方位」の東大病院で手術されておられれば、少なくとも肺炎にはならなかったはずです。

(ここで誤解のなきようにお願いしたいのですが、これはあくまで自宅からみた方位の話であり、
癌研有明がわるい、東大がよい、という意味ではありませんので、よろしくお願いします)

肺炎は、月盤の七赤(右肺炎)が出てしまったとみますが、
もう一つ気になりますのは、7月27日の手術日が土用中だったということです。
私の過去の鑑定から、土用中の手術はどうしても予後がわるいのです。

そして、ひとたび、わるい方位で動きますと、次から次へとわるい方位へ行くものです。
9月に転院された病院は、癌研有明から西北方位であり、
年盤「巳の七赤暗剣殺と歳破」、月盤「戌の八白土星」でした。

これでは、医療スタッフが懸命の対応をされても、どうすることもできなかったでしょう。
苦しかったでしょうね、勘三郎さん。

次に、「北東」の病院へ転院されたのですが、
ここは「未年」の勘三郎さんにとって、「未の本命殺」でした。

自力で呼吸ができないとは、どんなに苦しかったことでしょう。

息子さんたちは、京都の舞台で懸命に頑張っておられるそうですよ。
安心して、どうか、安らかにお眠りください。

今日、私たちは日本の宝を失いました。



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2012.12.05 (Wed) | # | | Edit

Re: No title

> 朝からショックを受け、何とも気の重い一日となりました。先代のひいきだった私は、当代に先代の面影を見てきましたが、あの何とも言えず人を惹きつける芸風が記憶のなかのものだけになってしまったことが、とても辛く・・。

> 小山三が心配です。

クマさま、ほんとうに、小山三さんが心配です。ショックはいかばかりか、と。
先代には黒子のように仕え、坊ちゃま大事でいらした方なだけに。

晩年、先代はよく神楽坂を散歩しておられました。
毘沙門せんべい店には、「勘三郎せんべい」という、ちょっと焦がし気味のせんべいがあって、
これが上手いのです。先代の希望によって作られたものだそうです。
20年前は、これをお中元、お歳暮に使っておりました。

ところで、クマさま、昨日はよくない日柄でした。転んだりしやすい日。
お大事になさってくださいね。12月7日以降は、よい運勢になりますから。

2012.12.06 (Thu) | れいらん #- | URL | Edit

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